アラビア語アルファベットの発音を覚えよう~(■)アリフ・マクスーラ[ ى ]

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アリフ・マクスーラ [ ى ] とは?

أَلِفٌ مَقْصُورَةٌ の発音

ى 文字名 音価 IPA 月/太陽
أَلِفٌ مَقْصُورَةٌ ’alif maqṣūra(h)
アリフ・マクスーラ
(ā)

アルファベット名の発音
・[ ’alif maqṣūra(h) ] [ アリフ・マクスーラ ](語末を省略する普通の読み方)
・[ ’alifun maqṣūratun
] [ アリフン・マクスーラトゥン ](格を示す語末母音も全部読んだ場合)

男声:プロのナレーターさんによる収録

女声:Amazon TTS Zeina

アリフ・マクスーラは28個あるアルファベットの中に含まれない文字です。

一部の語の最後において長母音 ā の音や -an [ -’an ] [ -アン ] 語の音を示すのに使われます。長母音 ā をどんな時にアリフで書くのか/アリフ・マクスーラで書くのかは正書法(正字法)で学ぶ項目で、一定のルールと例外を覚える必要があります。(個別に覚えても良いのですが規則性があります。)

アリフ・マクスーラは ي [ yā’ ] [ ヤー ] から点2個を取り去った形をしています。厳密にはヤーに点2個を必ずつけるようになったのが後代になってからで、元々は語末だけは他の字と間違える危険性が低いからという理由からヤーもアリフ・マクスーラも ـى(点無しヤー)で書かれていました。(=古典アラビア語では点2個をわざと書かずに省いていたのではなく、最初から不要だとして書いていなかった。)

ちなみにアラビア語の文法書ではハムザと組み合わせた ئ はアリフ・マクスーラではなく弁別点2個を表記しない ي [ yā’ ] [ ヤー ]と書いてあります。ـئـ も下に点2個を書かない ي [ yā’ ] [ ヤー ] です。

語末に来るアリフ・マクスーラの例

長母音āを同じく表す ا(アリフ)と違って、語末で弱文字 ي の音が保持しきれずに長母音 ā になったことを ى(アリフ・マスクーラ)が示していることが多いです。

カフェ

非限定形

مَقْهًى

[ maqhan ] [ マクハン ]
【場所を表す名詞・主格でもこの語形】カフェ、喫茶店
*日本のアラビア語学習書や単語集ではたいていの場合 [ maqhā ] [ マクハー ] と読むように読みガナがついています。

定冠詞をつけての限定

اَلْمَقْهَى

[ ’al-maqhā ] [ アル=マクハー ]
【場所を表す名詞・主格でもこの語形】そのカフェ、その喫茶店
▶定冠詞がつくと非限定を示す n 音添加(タンウィーン)が無くなります。

アリフ・マクスーラの性質

アラビア語で書かれた文法書や文法解説サイトによると、مَقْصُورَةٌ [ maqṣūra(h) ] [ マクスーラ ] は受動分詞 مَقْصُورٌ [ maqṣūr ] [ maqṣūr ] の女性形で、「制限された;限定された;短縮された」という語義のうち「短縮された」もしくは「制限された」から来ている名称だとか。

*発音が似ている مَكْسُورَة [ maksūra(h) ] [ マクスーラ ](受動分詞「壊れた」の女性形)と混同しないよう要注意です。昔Wikipediaの日本語版に「壊れたアリフ」と誤って掲載されていたことがありましたが、正しい情報ではありません。変形したとか壊れたとかそういう意味ではなく、下記のような理由に基づくネーミングです。

日本語で書かれた文法書とかだと

定冠詞 ال [ ’al- ] [ アル ] が後続するとアリフ・マクスーラ部分の発音が長母音の ā から短母音 a へと短くなってしまうことから「短縮され(得)る」という名称で呼ばれている

といった解説が書いてあることが多いような気がするのですが、実際に調べてみるとそういう由来では無い様子。

解説書やアラビア語文法ネタのネット記事にアラビア語で書かれた解説だと、

  1. 女性名詞 صَحْرَاءُ [ ṣaḥra’(u) ] [ サフラーゥ/ッ と サハラーゥ/ッ を混ぜたような発音 ](砂漠)のように語根ではない余剰文字が最後についていて直前が ا(アリフ)となる語末 ء(ハムザ)である ـَاء [ ーā’ ] [ アーゥ と アーッ の中間のような発音 ] である أَلِف مَمْدُودَة [ ’alif mamdūda(h) ] [ アリフ・マムドゥーダ ] と比較すると、ア~ッと長く伸ばされず比較的短めに聞こえるから。
    *アリフ・マムドゥーダのマムドゥーダは「広げられた・伸ばされた」という意味
  2. マクスーラは「制限された」といった意味で使われていて、アリフ・マクスーラの部分に母音が現れない(≒母音記号がつかない)ことからアリフ・マクスーラと呼ばれている。

といった説明になっていることが多いようです。

管理人は日本語の色々な文法書で「定冠詞などが後続すると短母音化して短くなることがあるアリフだから」と読んでいたために、アラブのアラビア語文法学的には実は違う命名由来だったらしいことを長年知らずにいました😅

日本語アラビア語文法書は結構そういう誤差があるので、勉強を続けて何年も経ってから「え、そうだったのか?!」となることが多いような気がします…

語末がアリフ・マクスーラになるのはどんな時?

一般的に、三語根の最後の語根が弱文字 و のものが動詞完了形などの中において w の音を保持できずに ā に置き換わってしまった場合にはアリフの形での長母音 ā になり、最後の語根が弱文字 ي のものが y の音を保持できずに ā に置き換わってしまった場合にはアリフ・マクスーラの形での長母音 ā になる、といった大まかな違い・目安があります。

語末が普通の長母音アリフになる場合
دَعَا
[ da‘ā ] [ ダアー ](呼ぶ)
語根が د ع و で第3語根が و [ w ] のため、動詞完了形の語形 فعل にあてはめても発音が変わってしまい ā になっているケース。
*ちなみに3つめの語根はアリフではなくワーウです。アラビア語では弱文字やハムザは前後の音やその単語の語形に影響されて変身するため、「語根は何か?」と聞かれた場合は変身前の字の方で考えます。

語末がアリフ・マクスーラになる場合
مَشَى
[ mashā ] [ マシャー ](歩く)
語根が م ش ي で第3語根が ي [ y ] のため、動詞完了形の語形 فعل にあてはめても発音が変わってしまい ā になっているケース。
*ちなみに3つめの語根はアリフ・マクスーラではなくヤー(ゥ/ッ)です。アラビア語では弱文字やハムザは前後の音やその単語の語形に影響されて変身するため、「語根は何か?」と聞かれた場合は変身前の字の方で考えます。

英語などで書かれた詳しい文法書で紹介されている話になるのですが、長母音 ā を示す ـَاـَى の間には大昔(正書法が確立するウマイヤ朝期頃)の時点ではまだ発音の違いがあったとされているのだとか。アリフ・マクスーラが語末に来る ـَى の方は普通の ā ではなく ē 寄りの音で読んでいたと考えられているとのこと。

現代アラビア語の口語でも ā を ē 寄りに発音する اَلْإِمَالَة [ ’al-’imāla(h) ] [ アル=イマーラ ] という現象が複数の方言で起きることが知られていますが、元々ジャーヒリーヤ時代~イスラーム初期も長母音の ā を ē で発音することが行われておりクルアーン朗誦学のレクチャーを見ても長母音「アー」音の「エー」発音の問題が登場したりします。

ي の代わりに用いられるエジプトの ى

実際の例

エジプトでは単語の終わりに来る يى を区別せず ى で書くという慣例があります。エジプトの新聞や書籍を読む時は注意が必要です。

فِي 
[ fī ] [ フィー ]
~の中に(エジプト以外でのつづり)

فِى 
[ fī ] [ フィー ]
~の中に(エジプトでのつづり)
*これはアリフ・マクスーラではありません。弁別点を書かない古い書き方のヤーになります。
*[ fā ] [ ファー ] や [ fan ] [ ファン ] と発音するわけではありません。

このような点がついていない ـى

  • اَلْيَاءُ غَيْرُ الْمَنْقُوطَةِ
    [ ’al-yā’(u) ghayru/ghairu-l-manqūṭa(h) ] [ アル=ヤー(ゥ/ッ)・ガイル・ル=マンクータ ]
    点のついていないヤー、弁別点無しのヤー
  • اَلْيَاءُ بِدُونِ النُّقْطَتَيْنِ
    [ ’al-yā’(u) bidūni-n-nuqṭatayn/nuqṭatain ] [ アル=ヤー(ゥ/ッ)・ビドゥーニ・ン=ヌクタタイン ]
    点2個がついていないヤー、弁別点2個無しのヤー

などと呼ばれているもので、アリフ・マクスーラとは区別されています。

ちなみにアラブのニュース記事などを読んだのですが、エジプト以外にこのつづりを採用している国は無い模様。エジプトの場合は語末の يى に統一するようきちんと校閲を入れているとの紹介も見かけたことがあります。

「エジプトとスーダンだけがやっている」と書かれた記事もあったのですが、スーダンの新聞をPDFでいくつか見た限りでは点ありでした。もう少し確認が必要なようです。

エジプトだけこのようなつづりになった理由

つけなくても他の文字と区別できるからということで元々弁別点を足すのが他の文字よりも遅かったのが ـي で、後代になってからシャーム地方(シリアやレバノン近辺)では長母音 ā を表さない ـى については下に点が2個ある ـي を用い区別するように。

一方昔のままの古いルールを続けてきたのがエジプトで、他のアラブ諸国が語末を ـيـى で書き分けるようになっても変わらずに ـى で統一しているとのことです。

カイロにはアラビア語の文法や正書法(正字法)に関する公式見解を発表するアラビア語アカデミーがあり、同組織は1980年に「長母音āを示す方は点無し ـى とし、そうでないヤーは点をつけ ـي として区別する。」と定めたそうですが、エジプトでは今でも広く ـى 統一表記が続けられている形となっています。

これについては他地域のアラブ人たちから「エジプト人は ـيـى を区別できないのか?」「語末を全部 ـى で書くのは大間違いだ。」というバッシングの原因ともなっており、アラビア語における古いルールを知らない人には「エジプト人が勝手に作り出したつづりだ。」と勘違いされることもあるようです。

クルアーンのウスマーン版なども点無しヤー

ちなみにウスマーン版、ウスマーン本と呼ばれるクルアーンもこの方式で、現代において印刷されムスリム家庭に置かれているものも ـيـى の書き分けをしておらず、アリフ・マクスーラになっている部分に短剣アリフを記す ىٰ ことで区別しています。

エジプトの点無しヤーはこの古い表記を継承したものですが、これを現代でも続けることに関してはアラブ諸国から「エジプトだけが足並みを揃えないせいで混乱が起きている」と言われることが多く、賛否両論(というよりは大半が批判)となっています。

 

(2024年3月 アリフ・マクスーラとアリフ・マムドゥーダの定義の修正)