アラブ人名辞典-男性の名前

List of Arabic Given Names (Male) [ Arabic-Japanese ]

各種アラブ人名辞典(アラ-アラ、アラ-英)・中世から現代までのアラビア語大辞典・現地記事にて確認しながら日本語訳し、プラグインにデータ入力して作っています。「♪発音を聴く♪」をクリックすると発音サンプルの音声が流れます。

現地発刊のアラブ人名辞典5冊前後+串刺し検索で辞典を20~30冊ほどチェックし管理人の自分用メモとし、そこに創作・命名向け情報などをプラス。検索エンジンに全部載るよう全ネームを1ページに出力しています。長いので頭文字別ページや検索をご利用ください。

*アラビア語由来の名前を持っている人=アラブ系・アラブ人ではないので、トルコ、イラン、パキスタンなど非アラブ系の国における発音や表記とは区別する必要があります。(言語によってはアラビア語と少し意味が違ったり、アラブ男性名がその国の女性名になっていることも。)
* [ ] 使用項目/行数が少ない部分は未改訂の初期状態、【 】使用項目は改訂履歴あり。■ ■使用項目は直近改訂あり/新規執筆分で情報の正確性も高めの部分となっています。
*文藝春秋社刊『カラー新版 人名の世界地図』(著:21世紀研究会)巻末アラブ人名リストは当コンテンツの約1/3にあたる件数の人名・読みガナ・語義の転用と思われる事例となっていますが当方は一切関知していません。キャラ命名資料としてのご利用・部分的引用はフリーですが、商業出版人名本へのデータ提供許諾は行っていないので同様の使用はご遠慮願います。

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名前辞典の見方

カタカナ表記/アラビア語表記/英字表記/日本語での意味[補足]

英字表記については、長母音の有無を忠実に書いたバージョンから→長母音部分を短母音で記したバージョンの順に左から並べてあります。アラブ人の名前は英字で書く場合長母音アーをaaの2文字で表記することは少なく、aのみの1文字になっていることが多いです。使用頻度が高いつづりから順番に並べている訳ではないのでご注意願います。

アラブ人名辞典-男性

現在、このディレクトリには 7 の名前があります (検索語 カイス を含む) 結果をクリアする.
アナス
أَنَس [ ’anas ] [ アナス ] ♪発音を聴く♪
Anas
親しみ、親愛、人を安らがせること;大勢、大人数の集団
【 預言者ムハンマドの教友(サハーバ)でアンサールだった أَنَس بْن مَالكٍ [ ’anas(u) bnu mālik ] [ アナス・ブヌ・マーリク ](アナス・イブン・マーリク)のファーストネームでもある。彼はヤスリブ(後のマディーナ/メディナ)のハズラジュ族出身。預言者ムハンマドが移住してきた時はまだ少年だったがイスラーム改宗者だった母の取り計らいにより身の回りの世話をすることとなり、青年期まで預言者の近くで過ごしたという。長期間にわたり預言者ムハンマドの言動を実際に見聞きしたことから言行録(ハディース)にも名前がよく登場する。】

アブド・◯◯ / アブドゥル◯◯(アブド・アル=◯◯)
■定冠詞が無い名前が◯◯に入る場合
عَبْد [ ‘abd ◯◯ ] [ アブド・◯◯ ] ♪発音を聴く♪
Abd ◯◯
■定冠詞が語頭に接頭する名前が◯◯に入る場合
عَبْدُ الْـ [ ‘abdu-l-◯◯ ] [ アブドゥ=ル・◯◯ ]
Abd al-◯◯、Abd al ◯◯、Abd Al ◯◯、Abd al◯◯、Abd Al◯◯、Abdul◯◯など

◯◯のしもべ、◯◯の下僕(≒◯◯の崇拝者、◯◯の崇敬者)

■名前の構成と意味■

99の美名と言われるアッラーの属性名・別名などと組み合わせて作る複合名。名詞 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷、下僕)を崇拝対象となる名詞「◯◯」が後ろから属格(≒所有格)支配した属格構文(イダーファ構文)「◯◯のしもべ」という作りになっている。和訳には「奴隷・下僕」という意味も含まれるが具体的には「崇敬する◯◯様の教えをよく守り信仰を実践する敬虔な人」といったニュアンス。

イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代から存在した非常に古い伝統的中東ネーム・アラブ名で、メソポタミアの古代文明時代から存在したとされる「◯◯のしもべ」「◯◯の奴隷」という意味を表す複合名の一種がイスラーム以降も形を変えて残ったもの。旧約聖書のダニエル書に出てくるアベデネゴ(Abednego)はアッカド語由来の名前が変形したもので「Negoのしもべ」すなわちアッシリアやバビロニアで崇拝されていたナブー(ネボ)神のしもべであることを意味。アッカド語人名Arad-Mardukも「マルドゥク神のしもべ」を意味するなど、「◯◯のしもべ/奴隷」という形式の人名は中東において長い間用いられてきたものだった。

ジャーヒリーヤ時代当時は各地のご当地神様や部族全体で信奉する神などがアラビア半島内に複数併存。◯◯部分に多神教の神や偶像の名前やカアバ神殿といった名称が入ったが、イスラーム布教以後それらの名前を持つ人々はイスラームの唯一神信仰と抵触しない名前へと時には預言者ムハンマドの助言も受けながら改名が進められていった。

現代においてはスンナ派共同体内だとアッラーの名前と組み合わせたアブドゥッラー(アブド・アッラー)やその属性名(通常「アッラー99の美名」と呼ばれるものから選ぶ。ただし99個きっかりではなく使われない名称があるほか、99美名リスト掲載外の名称も◯◯に入るなどする。)と組み合わせたアブドゥッラフマーン(アブド・アッ=ラフマーン)などが広く命名に用いられている。

個人崇拝・偶像崇拝への忌避感が強いスンナ派地域では預言者・使徒ムハンマドへの崇敬からアブドゥンナビー(アブド・アン=ナビー)、アブドゥッラスール(アブド・アッ=ラスール)といった男性名もまれに見られるが、サウジアラビアではイスラーム教義にそぐわないとしてそれらの命名を禁止している。

イラクのようなシーア派が非常に多い地域では第4代正統カリフ・シーア派初代イマームのアリーやその子孫・親族各故人への崇敬が行われているため、アブド・アリー(アブド・アリー)といった具合にシーア派における重要人物の個人名や別称が来る名前も多く見られる。しかしスンナ派ではアッラー以外に対する個人崇拝として忌避されており、シーア派特有のアブド・◯◯系ネームが宗派差別の一因になることもあるという。

イラクではサッダーム・フセイン政権崩壊後政府がシーア派系となり逆にスンナ派信徒差別のようなものも生まれ宗派対立案件がしばしば生じるようになった。そのためシーア派側が好まないとされるアリーよりも先に正統カリフの位についた面々の名前を持つ人物が不利になるといった逆転現象も起こっているという。

なお、この「アブド・◯◯」はキリスト教徒コミュニティーなどでも使われており、◯◯部分にイエス・キリストを指すメシアといった意味合いの言葉が入った男性名も見られる。

■発音と表記■

◯◯に定冠詞が入らない名前(主に個人名)が来る場合、عَبْد [ ‘abd ◯◯ ] [ アブド・◯◯ ](英字表記はAbd)となり発音上の変化や数え切れないほどの膨大なつづりバリエーションが生じることは無い。Abd部分が口語的な母音挿入によりアビド、アベドに近くなった発音に対応したAbid、Abedに置き換わることがあるのと、◯◯に入る名前の何通りかの英字表記を把握しておくのみで十分なので比較的扱いが楽だと言える。

アッラーの美名(属性名、別名)と組み合わせる場合は通常定冠詞を伴う唯一神の属性名「al-◯◯」(◯◯なる者アッラー、最も◯◯なる者アッラー)が来るので、Abd al-◯◯のように複合名の2語目語頭に定冠詞al-(アル=)がつく。文法規則上このタイプの1語目に定冠詞al-(アル=)は付加できないので、「アル=アブド・アル=カリーム」とはしない。このような語形にすると2語目が1語目を形容詞修飾する構文となり「高貴なるしもべ」「寛大なるしもべ」となってしまうので創作におけるネーミングの際は要注意。

口語アラビア語(方言)では定冠詞が [ ’il- ] [ イル= ](英字表記:il- など)や [ ’el- ] [ エル= ](英字表記:el- など)と発音されることが多く、アブディル◯◯(アブド・イル=◯◯)やアブデル◯◯(アブド・エル=◯◯)という発音やそれに即した英字表記が派生する原因となっている。

またパキスタン、インド方面ではアブド+定冠詞+◯◯の「アブドゥル◯◯」の発音をal-からul-に置き換えるなどした英字表記が多く見られる。

■アブド・◯◯系ネームと非アラブ圏制作商業作品に頻出するアラブ人名アブドゥル、アブドゥールとの関係■

アブド・◯◯や定冠詞を含むアブドゥル◯◯(アブド・アル=◯◯)は2個ないしそれ以上が組み合わさっている複合名であるにもかかわらず、◯◯を抜いた「アブドゥル」部分だけが本人のファーストネームだと勘違いされることも多く、日本などでもファーストネームがアブドゥルアズィーズ(アブド・アル=アズィーズ)で1個扱いなのにアブドゥルさん、アブデルさん、アブドルさんと呼ばれることが一般化している。

ハリウッド映画といった映像作品、商業作品でもアラブ人キャラというと「Abdul」と命名されることが多く、アラブ人らの間で「またアブドゥルだ。そんな名前のアラブ人なんていないのに。」と議論が巻き起こるケースも珍しくない。

しかしアブドゥル単体を使うことが全くの間違いであるかというとそうでもなく、アメリカ人歌手で父親がアラビア語圏であるシリア出身ユダヤ教徒というポーラ・アブドゥルのようにアブドゥル単体が家名として使われているケース、アフリカ系イスラーム教徒男性がアブドゥル、アブドゥールを単体で個人名などとして使っている例も見られる。

ただし「Abdul」単体で男性名・家名として使われている場合は、アブド・◯◯とは違うアラビア語表記で عَبْدُول [ ‘abdūl ] [ アブドゥール ] のとd直後が長母音部分となる。日本語でポーラ・アブドゥルなどとカタカナ表記している「アブドゥル」は本来アブドゥールだったものを短くアブドゥルと書いているだけで「アブドゥル◯◯」のアブドゥル部分とは全くの別物なので要注意。

アラブ人の名前としては、アラビア語つづりを確認の上 عَبْدُول [ ‘abdūl ] [ アブドゥール ] と確認できたもの以外は十中八九「アブドゥル◯◯」と途中で切ってしまったものなので、創作目的でのネーミングとしては「アブドゥル」を避けるのが無難。商業作品の場合はアラブ圏に売った際にツッコミ祭になる可能性が大きいため。

なお『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズに登場するモハメド・アヴドゥルのようなアヴドゥル(avdol)という名前はアラビア語には存在しない。アラビア語にはvの音が無く、本項で取り上げた「◯◯のしもべ(アブドゥル◯◯)」やまれに存在する「アブドゥール」のどちらとも異なるため。(モハメド・アヴドゥルのアヴドゥルはポーラ・アブドゥルが元ネタだとのことなので、原語であるアラビア語風に発音しても「ムハンマド・アブドゥッラー」とはならないものと思われる。ポーラ・アブドゥルのアブドゥルはアブドゥッラーではなくシリアなど一部地域に見られる عَبْدُول [ ‘abdūl ] [ アブドゥール ] という別の名前であるため。)

ウタイバ
عُتَيْبَة [ ‘utayba(h) / ‘utaiba(h) ] [ ウタイバ ] ♪発音を聴く♪
Utaybah、Utayba、Utaibah、Utaiba
ワーディー(ワディ、ワジ、涸れ川)の(小さな)曲がり目

【 男性名としても使われる名詞 عُتْبَة [ ‘utba(h) ] [ ウトバ ](ワーディー(ワディ、ワジ、涸れ川)の曲がり目)の縮小形。敢えて訳すなら「小さな」という意味合いを添えられる。ウトバと並んでイスラーム以前のジャーヒリーヤ時代から使われてきた古い名前。

ウタイバは預言者ムハンマドの娘ウンム・クルスームの元夫 عُتَيْبَة بْن أَبِي لَهْبٍ [ ‘utayba(h)/‘utaiba(h) bnu ’abī lahb ] [ ウタイバ・ブヌ・アビー・ラハブ ](ウタイバ・イブン・アビー・ラハブ)の名前でもある。彼の兄も預言者ムハンマドの娘ルカイヤと結婚していたが、アブー・ラハブがイスラーム共同体と対立関係に入ったことでそれぞれ預言者ムハンマドの娘2人と離縁。ルカイヤ、そして彼女の死後ウンム・クルスームがウスマーン・イブン・アッファーン(後の第3代正統カリフ)と再婚することとなった。

なおウタイバは有名部族の名前としても知られるが、ウタイバ族については父祖の名前がウタイバという訳ではなく一族の男性名からとられたといった説があるという。】

【 口語的にuがoに転じた発音オタイバに対応した英字表記はOtaybah、Otayba、Otaibah、Otaiba。アラビア語文語の二重母音「ay(=ai)」部分は日常会話・口語ではei(エイ)もしくはē(エー)音になることが一般的で、ウテイバに対応したUteybah、Uteyba、Uteibah、Uteiba、ウテーバに対応したUtebah、Uteeba、Uteba、オテイバに対応したOteybah、Oteyba、Oteibah、Oteiba、オテーバに対応したOteebah、Otebaなどが英字表記として見られる。

携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響からSNSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた表記3utaybah、3utayba、3utaibah、3utaiba、3otaybah、3otayba、3otaibah、3otaiba、3uteybah、3uteyba、3uteibah、3uteiba、3oteybah、3oteyba、3oteibah、3oteiba、3otebaなどが派生し得る。

ウトバ
عُتْبَة [ ‘utba(h) ] [ ウトバ ] ♪発音を聴く♪
Utbah、Utba
ワーディー(ワディ、ワジ、涸れ川)の曲り目

【 部族名としても使われている名前。現代アラブ世界では男性名としての認識が強いがアラブ人名辞典によると元々は男性・女性の両方につけられる名前だ(った)という。

縮小形は عُتَيْبَة [ ‘utayba(h) / ‘utaiba(h) ] [ ウタイバ ]。ウトバ、ウタイバはどちらもイスラーム以前のジャーヒリーヤ時代から使われてきた古い名前。

ウトバは預言者ムハンマドの娘ルカイヤの元夫 عُتْبَة بْن أَبِي لَهْبٍ [ ‘utba(h) bnu ’abī lahb ] [ ウトバ・ブヌ・アビー・ラハブ ](ウトバ・イブン・アビー・ラハブ)の名前でもある。彼の弟 عُتَيْبَة بْن أَبِي لَهْبٍ [ ‘utayba(h)/‘utaiba(h) bnu ’abī lahb ] [ ウタイバ・ブヌ・アビー・ラハブ ](ウタイバ・イブン・アビー・ラハブ)も預言者ムハンマドの娘ウンム・クルスームと結婚していたが、アブー・ラハブがイスラーム共同体と対立関係に入ったことでそれぞれ預言者ムハンマドの娘2人と離縁。ルカイヤ、そして彼女の死後ウンム・クルスームがウスマーン・イブン・アッファーン(後の第3代正統カリフ)と再婚することとなった。】

【 口語的にuがoに転じた発音オトバに対応した英字表記はOtbah、Otba。

携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響からSNSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた表記3utbah、3utba、3otbah、3otbaも使われている。】

カイス
قَيْس [ qays / qais ] ♪発音を聴く♪
Qays、Qais
困難、苦難、厳しさ、飢え

【男性名カイスの概要と意味合い】

イスラーム以前からある古い男性名。ジャーヒリーヤ時代を生きたアラブの詩人イムル(ウ)・アル=カイス اِمْرُؤ الْقَيْسِ [ ’imru’u-l-qays/qais ] [ イムルウ・ル=カイス ](イムルウ・アル=カイス、日本ではイムル・アル=カイス、イムル・カイスと書かれていることも。) は本人のファーストネームが جُنْدُح [ junduḥ ] [ ジュンドゥフ ] だったが、この「苦難の男」という意味のあだ名(ラカブ)で広く知られた。

イムルウ・アル=カイスが「苦難の男」と呼ばれたのは彼の波乱に満ちた人生にちなんだものとされるが、カイス自体がイスラーム以前のジャーヒリーヤ時代に崇拝されていた多神教・偶像崇拝時代の神の名だったという説明も見られる。元々はエドム人の神Qosのことで、その名はナバテア文字でも書き残されているという。

アラビア半島では大昔に عَبْدُ قَيْس [ ‘abd qays/qais ] [ アブド・カイス ] や عَبْدُ الْقَيْسِ [ ‘abdu-l-qays/qais ] [ アブドゥ・ル=カイス ](アブドゥルカイス、アブド・アル=カイス。「カイスのしもべ」の意。)という男性名があり部族名にすらなっているが、ジャーヒリーヤ時代のアブドの後に来るのは神・偶像の名前であったためカイスが多神教崇拝対象だったことがうかがえるとされる。ジャーヒリーヤ時代にはアブド・カイスやアブドゥルカイス(アブド・アル=カイス)以外にもカイス単体をファーストネームする男性の存在が複数名知られていたことが記録から判明しているとか。

【男性名カイスと熱愛のイメージ】

■ライラーとマジュヌーンの男性主人公カイス

中東圏の熱愛・悲恋・狂愛物語として有名な『ライラ(ー)とマジュヌーン』に出てくる青年のファーストネームがこのカイスだが、ライラーに激しく恋い焦がれたカイスには مَجْنُون [ majnūn ] [ マジュヌーン ](ジンに取り憑かれた(≒人外の精霊的存在に憑かれて奇行に走るようになった、言動がおかしくなってしまった);狂った、発狂した;狂人)という別名がつけられた。

ニザーミー作の悲恋物語バージョンでは族長の息子カイスが学校で出会ったライラーとの恋に落ちるが、ライラーはカイスとの関係が家族にばれて最後には別の男性に嫁がされる。ライラーは最終的にカイスと結ばれること無くこの世を去り、マジュヌーン(狂人)と化したカイスはその墓前で一人孤独にその生涯を終えるが、世捨て人のようになり狂おしいまでに恋い焦がれるカイスにイスラーム神秘主義的な唯一神アッラーへの渇望・思慕を投影したものとなっている。

元々のモデルは قَيْسُ بْنُ الْمُلَوَّحِ [ qays/qais(u) bnu-l-mulawwaḥ ] [ カイス・ブヌ・ル=ムラウワフ ](カイス・イブン・アル=ムラウワフ)もしくは قَيْسُ بْنُ الْمُلَوِّحِ [ qays/qais(u) bnu-l-mulawwiḥ ] [ カイス・ブヌ・ル=ムラウウィフ ](カイス・イブン・アル=ムラウウィフ)。よく知られたストーリーの一つは彼がアラビア半島の現サウジアラビア王国地域ナジュド地方アーミル族出身で、一族が所有する家畜の世話などをしながら一緒に育った父方いとこのライラー لَيْلَى الْعَامِرِيَّةُ [ layla/laila-l-‘āmirīya(h) ] [ ライラ・ル=アーミリーヤ ](ライラー・アル=アーミリーヤ)と好き合うようになったという設定。彼らの恋物語が周囲に知られたためにライラーの家族がそのままカイスといとこ婚させることを拒む。ライラーが別の男性と結婚した後は彼女を忘れたくても忘れられない思いをまぎらわせるかのようにカイスは恋愛詩を作りながら各地を放浪することとなったという筋書きになっている。

ニザーミー版のように狂気じみた愛に溺れたために مَجْنُون [ majnūn ] [ マジュヌーン ](狂人)と呼ばれた訳ではなく、その強い愛ゆえに مَجْنُون لَيْلَى [ majnūn(u) laylā/lailā ] [ マジュヌーン・ライラー ](ライラーのことを狂おしいまでに愛した男)という通称で知られるに至ったという。なおアラブ版ではライラーの墓前で息絶えていたのではなく、放浪先で行き倒れ小石が広がる涸れ谷で亡骸が見つかったという結末になっている。

彼が実在した一人の詩人だったかについては複数の文人らが疑義を表明するなどしてきたが、アラブ世界では男性名カイスは熱愛に身を焦がす男性、恋人に狂おしいまでの思慕を寄せる男性の代名詞ともなっており「أَنَا قَيْس وَأَنْتِ لَيْلَى」[ ’ana qays/qais wa ’anti laylā/lailā ] [ アナ・カイス・ワ・アンティ・ライラー ] で「僕はカイス、そして君はライラー。」といった愛し合う恋人同士を表現するフレーズなども存在する。

■マジュヌーン・ルブナー

アラブには同じカイスという名前の男性が登場するもう一つの熱愛・悲恋物語が存在する。それが مَجْنُونُ لُبْنَى [ majnūn(u) lubnā ] [ マジュヌーン・ルブナー ](ルブナーのことを狂おしいまでに愛した男)という通称で知られる قَيْسُ بْنُ ذَرِيحٍ [ qays/qais(u) bnu dharīḥ ] [ カイス・ブヌ・ザリーフ ](カイス・イブン・ザリーフ)。

彼は上記のマジュヌーン・ライラーことカイス・イブン・アル=ムラウウィフと大体同じ時代に生きた詩人で、アラビア半島の現サウジアラビア王国地域ヒジャーズ地方キナーナ族支族であるライス族出身。外出時喉が乾いて立ち寄った先で知り合ったルブナーへの想いが実って結婚するが、子供に恵まれなかったため親族特に父親から別の女性を新たに妻として迎えるようプレッシャーをかけられるようになり離婚を余儀なくされ、彼女への変わらぬ愛を詩に昇華させるに至った。

ルブナーも再婚するが、ある時ラクダを売った相手が彼女の新しい夫だったという偶然から彼の家を訪ねたことで思いがけず再会。ルブナーの夫は彼女を離縁、カイスとルブナーは復縁・再婚することとなる。しかし彼女はイッダ(待婚)期間中に亡くなってしまい再婚は完了せず。「彼女の死は私の死」と詩をつづったカイスもやがて死去。悲しき愛の物語として語り継がれている。

【英字表記のパターン】

アラブ人名では元々qだった部分を発音場所の近いkで置き換えるケースがしばしば見られ、このカイスもKaysやKaisと英字表記されていることがある。

ay部分は実際の発音は二重母音aiとなる。口語ではこの二重母音aiが [ ei ] [ エイ ] や [ ē ] [ エー ] に転じるなどするため、قيس というアラビア語名がケイス、ケースのように発音された場合に対応しているであろうQeis、Qees、Qes、Keis、Kees、Kesといった英字表記も存在する。

サアドゥッディーン(サアド・アッ=ディーン)
سَعْد الدِّينِ [ sa‘du-d-dīn ] [ サアドゥ・ッ=ディーン ] ♪発音を聴く♪
Sa'd al-Diin、Sa'd al-Din、Saad al-Diin、Saad al-Din、Sad al-Diin、Sad al-Dinなど
宗教の幸福、宗教の幸運、信仰の幸福、信仰の幸運

【 男性名としても使われる名詞 سَعْد [ sa‘d ] [ サアド(サァドに近く聞こえることも) ](幸福、幸運)を後ろから定冠詞のついた名詞 اَلدِّين [ ’ad-dīn ] [ アッ=ディーン ](宗教、具体的にはイスラーム教という宗教を示唆)が属格(≒所有格)支配したイダーファ構文の複合名。元々功績を挙げた人物に与えていた称号(ラカブ)が一般男性名となったもの。

宗教(イスラーム)が彼による貢献のおかげで幸福・幸運を得られる、という意味ではなく人の側がイスラームから幸せ・幸運を得る、宗教・信仰によって幸福・幸運を得た者、というニュアンスだとか。】

【 分かち書きをするとサアド・アッ=ディーンだがアラビア語ではこうした複合語は途切れさせず一気読みする。定冠詞を含む語の前に別の語が来た時は語頭の [ ’a ] [ ア ] 音は省略され、かつ1語目の語末にある主語の格を示す母音「u(ウ)」も読み上げるため、合わせてサアドゥ・ッ=ディーンに。カタカナ表記はこうした一気読みする複合名に関しては「・」などを用いずサアドゥッディーンとするのが標準的。

前半部分のつづりは単体の時の人名 سَعْد [ sa‘d ] [ サアド(サァドに近く聞こえることも) ] と同様のつづりバリエーションを考慮に入れる。Sa'd、Saad、Sad、Said、Saedなど。後半部分は定冠詞部分が促音化したアッ=を反映しない「al-」のままのal-Diin、al-Din、al-Deen、al-Den、al-Deanと促音化を反映した「ad-」を含むad-Diin、ad-Din、ad-Deen、ad-Den、ad-Deanなど。

これらを組み合わせるとSa'd al-Diin、Sa'd al-Din、Sa'd al-Deen、Sa'd al-Den、Sa'd al-Dean、Sa'd ad-Diin、Sa'd ad-Din、Sa'd ad-Deen、Sa'd ad-Den、Sa'd ad-Dean、Saad al-Diin、Saad al-Din、Saad al-Deen、Saad al-Den、Saad al-Dean、Saad ad-Diin、Saad ad-Din、Saad ad-Deen、Saad ad-Den、Saad ad-Dean、Sad al-Diin、Sad al-Din、Sad al-Deen、Sad al-Den、Sad al-Dean、Sad ad-Diin、Sad ad-Din、Sad ad-Deen、Sad ad-Den、Sad ad-Dean、Said al-Diin、Said al-Din、Said al-Deen、Said al-Den、Said al-Dean、Said ad-Diin、Said ad-Din、Said ad-Deen、Said ad-Den、Said ad-Dean、Saed al-Diin、Saed al-Din、Saed al-Deen、Saed al-Den、Saed al-Dean、Saed ad-Diin、Saed ad-Din、Saed ad-Deen、Saed ad-Den、Saed ad-Deanといった英字表記が派生し得る。

さらには1語目と2語目の息継ぎ無しつなげ読みに即したスペース無しのSa'duddiin、Sa'duddin、Sa'duddeen、Sa'dudden、Sa'duddean、Saaduddiin、Saaduddin、Saaduddeen、Saadudden、Saaduddean、Saduddiin、Saduddin、Saduddeen、Sadudden、Saduddean、Saiduddiin、Saiduddin、Saiduddeen、Saidudden、Saiduddean、Saeduddiin、Saeduddin、Saeduddeen、Saedudden、Saeduddeanなども派生し得る。

つなげ書きパターンでは母音u部分が口語的なoに転じサアドッディーン寄りとなったSa'doddiin、Sa'doddin、Sa'doddeen、Sa'dodden、Sa'doddean、Saadoddiin、Saadoddin、Saadoddeen、Saadodden、Saadoddean、Sadoddiin、Sadoddin、Sadoddeen、Sadodden、Sadoddean、Saidoddiin、Saidoddin、Saidoddeen、Saidodden、Saidoddean、Saedoddiin、Saedoddin、Saedoddeen、Saedodden、Saedoddeanなども考えられる。

また口語的に1語目と2語目を連結する際に定冠詞語頭の「ア」音が残った感じのサアダッディーン系統発音に即したSa'daddiin、Sa'daddin、Sa'daddeen、Sa'dadden、Sa'daddean、Saadaddiin、Saadaddin、Saadaddeen、Saadadden、Saadaddean、Sadaddiin、Sadaddin、Sadaddeen、Sadadden、Sadaddean、Saidaddiin、Saidaddin、Saidaddeen、Saidadden、Saidaddean、Saedaddiin、Saedaddin、Saedaddeen、Saedadden、Saedaddeanなどもバリエーション候補として考慮に入れる必要がある。

-dd-を1個に減らしたSa'dudiin、Sa'dudin、Saadudiin、Saadudin、Sadudiin、Sadudin(以下略)なども同じ男性名の表記バリエーションだが、重子音化した促音部分がわからなくなっているのでSadudinあたりは仮にアラブ人名だとした場合サドゥディン、サドディンとカタカナ化してしまうと原語アラビア語の発音とはかなり変わってしまうので要注意。

パキスタン、インド方面では1語目末につく格母音「u」と定冠詞とをドッキングさせたSaad ud-Din、Sad ud-Deenといった表記も見られる。定冠詞部分については南アジア風のud-以外にアラブ系人名の英字表記として「al-◯◯」、「Al-」、スペース無しの「Al◯◯」。スペースありの「Al ◯◯」など複数通りが併存。口語における定冠詞の発音変化に即した「el-」「il-」そしてさらに後続の د [ d ] との発音同化を反映した「ed-」「id-」の系統が上記の多様な英字表記各パターンに加わる形となる。

また、携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響からSNSのユーザーネーム等では1語目 سَعْد [ sa‘d ] [ サアド(サァドに近く聞こえることも) ](幸福、幸運) 真ん中の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えたSa3dそして母音挿入を反映したSa3id、Sa3edといった表記も見られる。】

ヌールッディーン(ヌール・アッ=ディーン)
نُور الدِّينِ [ nūru-d-dīn ] [ ヌール・ッ=ディーン ] ♪発音を聴く♪
Nuur al-Diin、Nur al-Din、Nuruddin、Nurddinなど
宗教の光、信教の光、信仰の光明
【 イスラームという信教・宗教の正しき導きを人々を照らす光にたとえた複合名。ラカブと呼ばれる敬称・尊称が男性名に転じたもの。その人物がイスラーム教徒として正しく導かれ厚い信仰心を持っていることを示唆。】