アラブ人名辞典-男性の名前

List of Arabic Given Names (Male) [ Arabic-Japanese ]

各種アラブ人名辞典(アラ-アラ、アラ-英)・中世から現代までのアラビア語大辞典・現地記事にて確認しながら日本語訳し、プラグインにデータ入力して作っています。「♪発音を聴く♪」をクリックすると発音サンプルの音声が流れます。

現地発刊のアラブ人名辞典5冊前後+串刺し検索で辞典を20~30冊ほどチェックし管理人の自分用メモとし、そこに創作・命名向け情報などをプラス。検索エンジンに全部載るよう全ネームを1ページに出力しています。長いので頭文字別ページや検索をご利用ください。

*アラビア語由来の名前を持っている人=アラブ系・アラブ人ではないので、トルコ、イラン、パキスタンなど非アラブ系の国における発音や表記とは区別する必要があります。(言語によってはアラビア語と少し意味が違ったり、アラブ男性名がその国の女性名になっていることも。)
* [ ] 使用項目/行数が少ない部分は未改訂の初期状態、【 】使用項目は改訂履歴あり。■ ■使用項目は直近改訂あり/新規執筆分で情報の正確性も高めの部分となっています。
*文藝春秋社刊『カラー新版 人名の世界地図』(著:21世紀研究会)巻末アラブ人名リストは当コンテンツの約1/3にあたる件数の人名・読みガナ・語義の転用と思われる事例となっていますが当方は一切関知していません。キャラ命名資料としてのご利用・部分的引用はフリーですが、商業出版人名本へのデータ提供許諾は行っていないので同様の使用はご遠慮願います。

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名前辞典の見方

カタカナ表記/アラビア語表記/英字表記/日本語での意味[補足]

アラブ人の名前はファーストネーム部分も家名部分も英字表記に揺れがあります。文語のつづりと母音記号に比較的忠実なこともあれば、口語で起きる二重母音の変化を反映したり子音が2個連続しているはずの部分を1文字だけで済ませているケースもありカタカナ化をする時に間違えやすいです。

英字表記については、使われ得るパターンをなるべくたくさん列挙するようにしているので、多用されないつづりも含んでいます。

たとえはハーリドの場合、KhalidとKhaalidのようにアーと長く伸ばす長母音āを1文字だけで表現するKhalidと2文字並べてKhaalidとする方法がありますが、アラブ人やアラビア語由来人名を持つイスラーム教徒が通常用いるのはKhalidの方です。キャラクターネーミングの際はアーを-aa-ではなく-a-、イーを-ii-ではなく-i-、ウーを-uu-ではなく-u-と当て字をしている英字表記を使うのが無難なのでおすすめです。

アラブ人名辞典-男性

現在、このディレクトリには 15 の名前があります (検索語 アッバース を含む) 結果をクリアする.
アスラーン
母音記号無し:أصلان
母音記号あり:أَصْلَان [ ’aṣlān ] [ アスラーン ] ♪発音を聴く♪
Aslaan、Aslan
獅子、ライオン

■概要■

日本ではアルスラーン、アルスランというカタカナ表記が多い男性名 أَرْسَلَان [ ’arsalān ] [ アルサラーン ] と同様にオスマン語・トルコ語から輸入された外来人名で「獅子、ライオン」の意味。キャラクターネーミングで用いられるアスラーン、アスランはこの人名のこと。

テュルク系言語・オスマン語・トルコ語で使われてきた男性名アルスラーン(アルスラン)、アスラーン(アスラン)のうちアラブ世界に定着し一部の詳しいアラブ人名辞典にも載っているのは前者の方。

アルサラーン(アルスラーン)はアッバース朝初期にイラク方面から来たラフム朝統治者一族出身男性アルサラーン(アルスラーン)を父祖とする家名としてレバノンで有名。先祖が移住してきた西暦700年代から有名家系として延々と続いており、現代でも国会議員を輩出するなどしている。一方アスラーン(アスラン)の方は名辞典等に掲載されていないことが多くアスラーン(アスラン)という名前を持つアラブ人男性も非常に少ない。

ネット等でも「アスラーンはトルコ人の名前だよ」「アスラーンはトルコ語でライオンって意味だそう、アラビア語の男性名 أَسَد [ ’asad ] [ アサド ] とか لَيْث [ layth / laith ] [ ライス ] とかと同じだね」と書かれているなど、アラブ人名として定着・浸透したものではないことがうかがえる。

元々アラブ世界では獅子、ライオンという意味の人名アサド、ウサーマ、アッバース、ガダンファル、ディルガーム、フィラース、ライフ、バースィル、アッザーム、サーリー、サーリヤ、ハーディー、ハーリス、ハイダラ、ハイダル、ファーリスなどがある。アルサラーン(アルスラーン)はそれらの伝統的アラブ人名に比べるとテュルク系・トルコ系のイメージが強い男性名であるためアラブ人キャラのネーミングに使える典型的アラブネームであるとは言い難い。さらにアスラーン(アスラン)はそれよりもマイナーであることから、アラブ系キャラ命名には非推奨。

なおネットで出回っている
●トルコ語などで獅子を意味するアスラーン(アスラン)だがアラビア語では「昼下がりに、午後に」という意味の عَصْرًا [ ‘aṣran ] [ アスラン ] が由来の男性名。
●アスランはアラビア語で「夜明け、暁」という意味の男性名。
といった情報はいずれも誤報で、「アスランは昼下がり、午後」説については単にカタカナ表記が同じだという理由からアラビア語では全くつづりの違う単語を人名の語源として解釈してしまったのが原因だと思われる。

オスマン語(オスマン朝時代のトルコ語)で使われていた「獅子、ライオン」という意味の男性名は أَصْلَان [ ’aṣlān ] [ アスラーン ]、アラビア語で「昼下がりに、午後に」を意味するのは عَصْرًا [ ‘aṣran ] [ アスラン ] という名詞対格の副詞用法、アラビア語で「夜明け、暁」は فَجْر [ fajr ] [ ファジ(ュ)ル ] という具合に、「アラビア語にアスランという男性名がある」「トルコ語で獅子(ライオン)という意味のアスラーン(アスラン)と違って午後の意味」「アスランというアラビア語人名は午後3時ぐらいのことらしい」といった言説は全て混同や誤解によるものだと言える。

ちなみにアラビア語には多少似た語 أَصْلًا [ ’aṣlan ] [ アスラン ] がある。名詞対格の副詞的用法で、意味は「元々は、当初は」の意味。つづりも発音もトルコ男性名アスラーン(アスラン)に類似しているが無関係で、أَصْلًا [ ’aṣlan ] [ アスラン ] で人名として使われることは無い。

■発音と表記■

アラビア語における発音はアスラーンで対応する英字表記としてはAslaan、Aslanがある。日本語のカタカナ表記としてはアスラーンの他に長母音部分が短母音化したアスランが挙げられる。

アッバース
母音記号無し:عباس
母音記号あり:عَبَّاس [ ‘abbās ] [ アッバース ] ♪発音を聴く♪
Abbaas、Abbas
(嫌悪感や怒りから)眉をひそめることが多い、しかめ面をやたらとする、度々渋面をする、苦い表情をやたらとする(男);(他の獅子たちが逃げ出すほどの)獅子、ライオン;厳しい(一)日

■意味と概要■

能動分詞男性形の強調語形。動詞 عَبَسَ [ ‘abasa ] [ アバサ ]((嫌悪感や怒りから)眉をひそめる、眉間にしわを寄せる、顔をしかめる)の動作主・行為主であることを意味する能動分詞(行為者名詞)の基本語形である عَابِس [ ‘ābis ] [ アービス ](眉をひそめている(者)、しかめ面をしている(者))よりも回数が多いこと、度合いが激しいことを示す。

注釈書などにおける詳しい語義説明では「眉をひそめ獅子のような」「怒りで顔つきが変わり獅子のような表情になっている様子」と記載されていることも。このことからも顔をしかめた憤怒の様子が、咆哮し他の個体を威嚇する勇猛な獅子(ライオン)の姿に重ねられライオンの別名となったことがうかがえる。

ライオン(獅子)の別名の一つで、他のライオンたちが(畏怖して)逃げ出してしまうような(勇猛な)雄ライオンを意味。男性名はそうした力強い獅子にあやかって命名されてきたもので、諸々のアラビア語大辞典では獅子の別名にちなみ男性名として用いられるといった説明が書いてあることが一般的。そのため人名の意味としては「眉をしかめる」さんではなく「獅子(ライオン)」さんとして解釈することを推奨。

元々の由来としてはかなり獰猛なニュアンスで昔のアラブ人が重んじた勇猛で敵をけちらす騎士といった印象をも与える人名でもあるが、後代ではイスラーム史上に名を残した預言者ムハンマドの一族出身者であるアル=アッバース・イブン・アブドゥルムッタリブや、シーア派に崇敬されるアル=アッバース・イブン・アリーにあやかった命名が増えたため、「獅子(ライオン)のような強い子に育ってほしい」ではなく「アル=アッバース様をお手本に育ってほしい」「アル=アッバース様のお名前に守られて育ちますように」といった名付け動機である事例の割合が高くなっている。

■アッバース朝の名称■

アッバース朝の名称はこの男性名が由来で、アッバース家の祖となった預言者ムハンマドの叔父(父アブドゥッラーの弟だが預言者ムハンマドと3歳違い)اَلْعَبَّاس بْن عَبْدِ الْمُطَّلِبِ [ アル=アッバース・ブヌ・アブディ・ル=ムッタリブ ](アル=アッバース・イブン・アブドゥルムッタリブ)にちなむ。アル=アッバースはイスラームに改宗し、異教徒との戦闘にも参加した。

■シーア派における重要人物、アル=アッバース■

アッバース家の父祖同様、中世には定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] がついた「アル=アッバース」というファーストネームだった者は少なくなく、第4代正統カリフ・シーア派初代イマーム アリーの息子にもアル=アッバースの名を持つ اَلْعَبَّاسُ بْنُ عَلِيِّ بْنِ أَبِي طَالِبٍ [ ’al-‘abbās(u) bnu ‘alī(yi) bni ’abī ṭālib ] [ アル=アッバース・ブヌ・アリー(イ)・ブニ・アビー・ターリブ ](アル=アッバース・イブン・アリー・イブン・アビー・ターリブ)がいた。

彼は預言者の娘ファーティマとは別の妻が産んだ男子で、シーア派第2代イマーム アル=ハサンとシーア派第3代イマーム アル=フサインらの年の離れた弟だった。قَمَر بَنِي هَاشِم [ qamar(u) banī hāshim ] [ カマル・バニー・ハーシム ](ハーシム家の月)という二つ名を持つ人物で、美男だったという。アル=フサイン一行が全滅に陥ったカルバラーでの戦いにおいては軍旗を持つ役割を果たした。

飲み水不足に苦しんだ自軍のためユーフラテス川の水を届ける役目を負ったことから اَلسَّقَاء [ ’as-saqqa’ ] [ アッ=サッカー(ゥ/ッ) ](水を与える者、水を汲み与える者、水を注ぎ与える者)という呼び名も持つ。アル=フサイン側から飛び出し敵陣を突破した一行は川で遭遇した敵軍と対峙、何とか水を得ることに成功。アル=アッバースは兄らが喉の渇きに今も苦しんでいることを思い川で水を飲むことを我慢したまま自陣に向かったが、道中敵軍に再び見つかりその身と水袋を狙われてしまう。彼は手を切り落とされてもなお敵の刃に噛みついて応戦したが絶命。イマームのアル=フサインの悲痛な叫びが戦場に響き渡ったという。

徳の高い人物という意味でついた通称・敬称は أَبُو الْفَضْل [ ’abu-l-faḍl ] [ アブ・ル=ファドル ](アブー・アル=ファドル)。直訳は「徳の父」だが、アラビア語的な言い回しで意味としては「徳を持つ人、徳のある男性」といったニュアンス。

イラクのカルバラーには彼の墓廟があり、異母兄であるイマームのアル=フサイン墓廟の近くに位置。国内外シーア派信徒が参詣する重要施設となっている。そのような事情からこのアッバースという名前も彼に対する崇敬からシーア派信徒家庭の男児に命名されることが少なくなく、ジャアファルやカーズィムなどと並んでいわゆるシーア派ネームのひとつとなっている。

かつてイラクは軍事ミサイルとしてアル=フサイン(アル=フセイン、アル・フセイン、アルフセイン)やアル=アッバース(アル・アッバース、アル・アッバス、アルアッバース、アルアッバス)を所有していたが、これらはシーア派第3代イマームのアル=フセインとその弟である名騎士アル=アッバースを想起させるネーミングだった。

またシリア情勢で名前が出てくるイラク系シーア派民兵組織アル=アッバス旅団(アル・アッバス旅団、アルアッバス旅団、アッバス旅団)ことアブー・アル=ファドル・アル=アッバース旅団(アブー・ファドル・アッバース旅団)は彼の名前にちなむ。旅団の旗などで لواء أبو الفضل العباس の後に (ع) と添えられているのは預言者一族などの名前に添えたりする祈願文 عَلَيْهِ السَّلَامُ [ ‘alayhi/‘alaihi-s-salām ] [ アライヒ・ッ=サラーム ](彼の上に平安がありますように)の略。

■表記と発音■

長母音āがē寄りになる方言におけるアッベースに近い発音に即したAbbesといった表記も見られる。本来2つ連ねる重子音部分-bb-を1個に減らしたAbas、Abesもあるがアバス、アベスではなくアッバース、アッベースという発音を意図したものなので要注意。

日本語での主なカタカナ表記としてはアッバース、アッバスが見られる。

なお定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] がついた「アル=アッバース」はイスラーム史上重要な地位を占める人物の名前を彷彿とさせるので、ネーミングの際は単なる「アッバース」とするのが無難。

アルサラーン
母音記号無し:أرسلان
母音記号あり:أَرْسَلَان [ ’arsalān ] [ アルサラーン ] ♪発音を聴く♪
Arsalaan、Arsalan
獅子、ライオン

■意味と由来■

テュルク系言語ならびにペルシア語で「獅子、ライオン」を意味する名として使われていたものがアラビア語圏に輸入された外来人名。非アラブ圏からの輸入男性名だが資料からかなり古い時代にアラブ世界内部で使われていたことがうかがえ、アッバース朝時代初期に現シリア・レバノン付近にやってきたラフム朝ゆかりの人物がこのアルサラーン(アルスラーン)の名を持っていたことが伝えられている。

レバノンでは家名にもなっており今でも国会議員を輩出するなどしている。スンナ派のアルサラーン(アルスラーン)家、ドゥルーズのアルサラーン(アルスラーン)家、シーア派のアルサラーン(アルスラーン)家がそれぞれあるという。

オスマン語やトルコ語におけるアルスラーン(アルスラン)、アスラーン(アスラン)のうちアラブ世界に定着し一部の詳しいアラブ人名辞典にも載っているのは前者の方で、アスラーン(アスラン)の方は名辞典等に掲載されていないことが多い。

元々アラブ世界では獅子、ライオンという意味の人名アサド、ウサーマ、アッバース、ガダンファル、ディルガーム、フィラース、ライフ、バースィル、アッザーム、サーリー、サーリヤ、ハーディー、ハーリス、ハイダラ、ハイダル、ファーリスなどがある。アルサラーン(アルスラーン)はそれらの伝統的アラブ人名に比べるとテュルク系・トルコ系のイメージが強い男性名であるためアラブ人キャラのネーミングに使える典型的アラブネームであるとは言い難い。さらにアスラーン(アスラン)はそれよりもマイナーであることから、アラブ系キャラ命名には非推奨

アラブ世界は多くの地域がオスマン朝の支配下にあったため、このアルサラーンのようにトルコ語の人名を持つ人物が今でも存在する。この أَرْسَلَان [ ’arsalān ] [ アルサラーン ] 語頭にある「ア」の音が取れた رَسْلَان [ raslān ] [ ラスラーン ](獅子、ライオン)という人名の流通もあり、シリア ダマスカス老舗コーヒーポット製造元の名前から命名されたラスラーン・ポットはアラビア半島のコレクターの間でも人気が高い。

なおネットで出回っている
●トルコ語などで獅子を意味するアスラーン(アスラン)だがアラビア語では「昼下がりに、午後に」という意味の عَصْرًا [ ‘aṣran ] [ アスラン ] が由来の男性名。
●アスランはアラビア語で「夜明け、暁」という意味の男性名。
といった情報はいずれも誤報で、「アスランは昼下がり、午後」説についてはアラブ人名事情に通じていない人物が単にカタカナ表記が同じだという理由からアラビア語では全くつづりの違う単語を人名の語源として解釈してしまったのが原因。

オスマン語(オスマン朝時代のトルコ語)で使われていた「獅子、ライオン」という意味の男性名は أَصْلَان [ ’aṣlān ] [ アスラーン ]、アラビア語で「昼下がりに、午後に」を意味するのは عَصْرًا [ ‘aṣran ] [ アスラン ] という名詞対格の副詞用法、アラビア語で「夜明け、暁」は فَجْر [ fajr ] [ ファジ(ュ)ル ] という具合に、「アラビア語にアスランという男性名がある」「トルコ語で獅子(ライオン)という意味のアスラーン(アスラン)と違って午後の意味」「アスランというアラビア語人名は午後3時ぐらいのことらしい」といった言説は全て混同や誤解によるものだと言える。

■発音と表記■

アラビア語圏ではアルスラーンではなく أَرْسَلَان [ ’arsalān ] [ アルサラーン ] と発音されるので、トルコ語系の発音「アルスラーン」「アルスラン」と混同しないよう要注意。

アラビア語では2語から成る外来語の1語目・2語目の切れ目に母音「a」を伴うことから、千夜一夜物語(アラビアンナイト)に出てくる王の名前もシャフリヤール、シャハリヤールではなく شَهْرَيَار [ shahrayār ] [ シャフラヤールとシャハラヤールを混ぜたような発音 ] と日本で出回っているカタカナ表記とは微妙に違う読み方となる。

ただしアラブ圏で活躍した男性の名前にArsalanではなくArslanという英字表記があててあることも少なくない。

カーズィム
كَاظِم [ kāẓim ] [ カーズィム ] ♪発音を聴く♪
Kaadhim、Kadhim、Kaazim、Kazim
怒りを抑える(者)、怒りをこらえる(者);沈黙している、黙っている(者);(ラクダが)喉がカラカラに乾ききって、非常に喉が乾いていて

【 能動分詞の男性形。元になった動詞は كَظَمَ [ kāẓama ] [ カザマ ]。カッとなってしまっても自制し怒りをぐっと飲み込んで抑えることや、苦難を耐え忍ぶような様を意味する。

シーア派の十二イマーム派第7代イマームの通称としても有名。本名は مُوسَى [ mūsā ] [ ムーサー ] で父の名前を添えたナサブは مُوسَى بْن جَعْفَر [ mūsā bnu ja‘far ] [ ムーサー・ブヌ・ジャアファル ](ムーサー・イブン・ジャアファル)だが、「怒りを抑える者」という意味の形容詞を通称・あだ名(ラカブ)としてつけた مُوسَى الْكَاظِم [ mūsa-l-kāẓim ] [ ムーサ・ル=カーズィム ](ムーサー・アル=カーズィム、日本では定冠詞アル=部分を抜いたムーサー・カーズィムというカタカナ表記が一般的。

アッバース朝のカリフ位を脅かす存在として弾圧を受けていたが、理不尽な扱いに激昂したりせずぐっとこらえて耐え忍んだ人柄からつけられた通称だという。彼はカリフであるハールーン・アッ=ラシードにより度々投獄されており、晩年は何年間も牢獄で過ごし、最後には毒を仕込んだナツメヤシを無理やり食べさせられて殺害されたと言い伝えられている。

イラクのシーア派コミュニティーでは、貧者・弱者に尽くす実直な人物であったにもかかわらずアッバース朝カリフ ハールーン・アッ=ラシードの強権政治に耐え忍んだ挙げ句に命を落としたイマームとしてとらえられており、バグダードの墓廟がある地区は彼の通称にちなんで اَلْكَاظِمِيَّة [ アル=カーズィミーヤ ] と呼ばれている。サッダーム政権崩壊後はシーア派政府が国家運営をするようになったため、国営TV放送では命日に合わせ彼の苦難やハールーン・アッ=ラシードによる弾圧に対する批難を織り交ぜた伝記特番や霊廟への参詣光景が流されるなどしている。

このような背景からカーズィムの名前を持つ男性はアラブ諸国の中でも特にシーア派人口比率が大きいイラクに多い。日本ではイラク出身の歌手 كَاظِم السَّاهِر(カーズィム・アッ=サーヒル、口語風発音はカーゼム・アッ=サーヘル)のファーストネームとして覚えている人も多いかと。】

【 学術的な英字による表記ではzの下に点をつけたẓを使うが、これは口語(方言)で ز [ z ] を重くした音になるという発音を反映したもので、文語(フスハー)では ذ [ dh ] を重たくした音として発音する。そのため英字表記でも Kaadhim、Kadhimとなっていることが少なくない。

口語風にiがeに転じカーゼムと発音されるのに対応した英字表記はKaadhem、Kadhem。またイラクだとこの語形がカーズムのように発音されたりするため、Kaadhum、Kadhum、Kaazum、Kazumといった英字表記も見られる。

またズ部分のظは方言でضと相互に置き換わりが起きる文字で、كاظمではなくカーディムもしくは口語発音のカーデム、カードゥムと読めるكاضمというアラビア語つづりで書かれていることがある。英字表記においてKaadim、Kadim、Kaadem、Kadem、Kaadum、Kadumといった各種バリエーションを生む原因。Kaadum、Kadumについてはイラク方言などにおける能動分詞語形の発音がカーズム、カードゥムのように読まれることなどが関係している。

携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響からSNSのユーザーネーム等では ظ [ ẓ ](*文語フスハーでは ذ [ dh ] 音を重くこもらせた発音、一部口語では ز [ z ] 音を重くこもらせた発音)を「6′」に置き換えたKaa6′im、Ka6′im、Kaa6′em、Ka6′emや口語での置き換わり後に含まれる ض [ ḍ ] を「9′」に置き換えたKa9′im、Kaa9′em、Ka9′emなどの使用が見られる。】

クルスーム
كُلْثُوم [ kulthūm ] [ クルスーム ] ♪発音を聴く♪
Kulthuum、Kulthum、Kulthoum、Kulthoom、Kulthom(*2個連なっているKulthoomの-oo-を1個に減らしたもの)
顔や頬の肉がぷっくらしている人、むちむちでふくよかなほっぺの人、もちほっぺの人、もちもちすべすべした頬の人、顔が丸々とした人;旗の上に取り付けられた絹布;象(فِيل)、巨象( زَنْدَبِيل ، زَنْدَفِيل :アラビア語辞典に出てくるザンダビール、ザンダフィールはペルシア語単語を組み合わせた古い複合語で「巨象」の意味)

■名前の意味と男性名・女性名としての用例■

イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代から使われていた古い名前。四語根動詞 كَلْثَمَ [ kalthama ] [ カルサマ ] は頬の肉がふっくら集まって満ちておりしわの寄った渋面をしていないことを意味する。اِمْرَأَةٌ كُلْثُومٌ [ ’imra’a(tun) kulthūm ] [ イムラア(トゥン)・クルスーム ] のように男性形から女性形を作る女性化の ة(ター・マルブータ)をつけなくとも女性名詞に男性形と同じ語形のまま修飾をする。

●元来は كُلْثُوم [ kulthūm ] [ クルスーム ] 単体は男性名、母・持ち主という意味のウンムを合わせた複合名 أُمّ كُلْثُوم [ ’umm kulthūm ] [ ウンム・クルスーム ] は女性名という使い分けがされていたという系統の「クルスームは男性名、ウンム・クルスームは女性名」という記述の中世刊行アラビア語大辞典や現代刊行の人名辞典が複数ある
●クルスーム単体を男性名としてだけでなく女性名としても使っていたという系統の「男性にも女性にも命名される名前」と記しているアラビア語大辞典(لِسَان الْعَرَبِ [ lisānu-l-‘arab ] [ リサーヌ・ル=アラブ ](リサーン・アル=アラブ。中世に刊行され今でも広く利用されている大辞典で「アラブ人の言語」の意。)など)・人名辞典が複数ある
●現代のアラビア語大辞典や人名辞典ではクルスーム単体を女性名とのみ記載しているものが複数ある

といった具合に男性名、女性名のどちらなのかについては説明がまちまち。

كُلْثُوم [ kulthūm ] [ クルスーム ] は主に「顔や頬の肉がぷっくらしている人、むちむちでふくよかなほっぺの人、もちもちすべすべした頬の人、顔が丸々とした人」という意味で、生まれた時にむちむちでぱつんぱつんの重量級ほっぺをした愛らしく福福しい赤ちゃんだったことなどから命名に使われていたという。子供や青年・成人男女の頬の肉がぷくぷくというのはアラブの伝統的な価値観においては悪い意味ではなく、むちむちふっくらして好ましい様子として受け止められてきた。

クルスームという男性名は現代において多くはなく、預言者ムハンマドとハディージャとの間に生まれた娘であるウンム・クルスームにあやかった複合女児名「ウンム・クルスーム」の一部としての用法がメインとなっている。

■クルスームの名を持つ歴史上の人物■

クルスームのファーストネームを持つ歴史上の人物としてはジャーヒリーヤ時代のムアッラカート詩人 عَمْرُو بْنُ كُلْثُوم [ ‘amr(u) bnu kulthūm ] [ アムル・ブヌ・クルスーム ] (アムル・イブン・クルスーム。いわゆるナサブ形式の人名表記で「クルスームの息子アムル」の意。)の子孫でシャーム地方(現シリアのアレッポ近辺)生まれの詩人 كُلْثُوم الْعَتَّابِيّ [ kulthūmu-l-‘attabī(y) ] [ クルスーム・ル=アッタービー(ュ/ィ) ] がいる。彼はバグダードへ赴き当時アッバース朝のカリフであったハールーン・アッ=ラシードならびに大粛清前のバルマク家を称賛する詩を残している。

■発音と英字表記・カタカナ表記■

英字表記や日本語カタカナ表記ではカルスームとなっていることもあるが文語での元々の発音はクルスーム。カルスームは口語的・方言的な発音だとのこと。800年ほど前に刊行されたアラビア語辞典には口語において ك [ k ] に母音uをつけずaにした كَلْثُوم [ kalthūm ] [ カルスーム ] という発音がされている件が記されており、カルスームという読み方が中世から存在していたことがうかがえる。

日本語におけるカタカナ表記はサ行を当ててクルスームとするのが標準的だが、タ行を当ててクルトゥーム、クルトゥムとしている記事も見られる。アラビア語の口語で كُلْثُوم [ kulthūm ] [ クルスーム ] の ث [ th ] 部分が ت [ t ] 音に置き換わって كُلْتُوم [ kultūm ] [ クルトゥーム ] と発音する人が少なくなく英字表記でもKultuum、Kultum、Kultoom、Kultoumになっているケースがある件も関係しているものと思われる。

口語における発音の置き換わりで كُلْسُوم [ kulsūm ] [ クルスーム ] と発音する人がいること、また非アラビア語圏における子音の置き換わりなどを反映したであろうKulsuum、Kulsum、Kulsoum、Kulsoom、2個連なっている-oo-を1個に減らしたKulsomといった英字表記もある。

アラブ人名の英字表記においてouは短母音の [ u ] [ ウ ] もしくは長母音の [ ū ] [ ウー ] を表すのに使われており、人名クルスームの英字表記バリエーションに含む「-ou-」もオウではなくウーとカタカナ化することとなる。そのためKulthoumや口語発音ベースのKultoum、Kulsoumはクルソウム、クルトウム、クルソウムではなくクルスーム、クルトゥーム、クルスームという発音を意図したつづりとなっている。

語頭「Ku」のuが口語的にoに転じたコルスーム寄りの発音に対応した英字表記はKolthuum、Kolthum、Kolthoum、Kolthoom、Kolthom。さらに口語発音的なコルトゥームに対応したKoltum、Koltoum、Koltoom、Koltom、コルスームに対応したKolsuum、Kolsum、Kolsoum、Kolsoomなども。

また後半の長母音 [ ū ] [ ウー ] が口語風の [ ō ] [ オー ] になったクルソーム、コルソームあたりが由来だと推察されるKulthoam、Kolthoam、Kulsoam、Kolsoamなどもイスラーム名他の表記として使われているのを観測。

ザイダーン
زَيْدَان [ zaydān / zaidān ] [ ザイダーン ] ♪発音を聴く♪
Zaydaan、Zaydan、Zaidaan、Zaidan
(常に)増加(すること)、(絶えることなく)生長(すること)

【 アラブの伝統的男性名 زَيْد [ zayd / zaid ] [ ザイド ](増やすこと;(物や財産が)増えること、増加、増大、生長)の双数形風語形ネーム。アッバース朝時代にこの双数形のような語末の人名が流行したとのこと。

一見「2人のザイド」と解釈できる語形で人名辞典にも双数形と書かれているなどするが、純粋な双数の範疇から外れているため双数形本来の語尾 ـَانِ [ -āni ] [ -アーニ ] ではなく余剰の2文字として扱われ、その結果二段変化 زَيْدَانُ [ zaydānu / zaidānu ] [ ザイダーヌ ] となる-という学説がメジャーだとのこと。なお通常人名として発音する場合は語末の母音を省いた休止(ワクフ)形 ـَان [ -ān ] [ -アーン ] となる。

サッカー界の大御所Zinedine Zidane氏のZidane(ジダン)は彼のファーストネームではなくラストネーム(ファミリーネーム、家名)だが、このザイダーン(の別発音ズィーダーン)表記は語末が-neになっているフランス語風バリエーションのひとつ。ちなみにジダン氏はアルジェリア系フランス人だが家系的にはカビール人(ベルベル人)でテレビ番組などで自分のアイデンティティーはアラブ人ではなくカビール人の方だと語ったことも。】

【 zにつく母音がiになり続くيが二重母音「ay/ai(アイ)」ではなく長母音īの一部となった口語発音 زِيدَان [ zīdān ] [ ズィーダーン ](♪発音を聴く♪)も多用されている。長母音部分が短めに詰まった感じの発音も含め、対応する英字表記としてZiidaan、Ziidan、Zidaan、Zidan、フランス語圏風語末つづりのZidaane、Zidaneなどが挙げられる。

二重母音が口語的に発音されると [ zay / zai ] [ ザイ ] が [ zei ] [ ゼイ ] や [ zē ] [ ゼー ] に変わることが多いため、ゼイダーンやゼーダーンという読みに即した英字表記 Zeydaan、Zeydan、Zaidaan、Zeidan、Zedan、Zeydane、Zeidane、Zedaneなども存在。

日本語ではズィーダーン、ズィダーン、ズィダン、ザイダーン、ザイダン、ゼイダーン、ゼイダンなどが混在。外国語人名のカタカナ表記によくあるzi(ズィ)のji(ジ)置き換わりが行われたジダンも多く、特にサッカー界のZinedine Zidane氏に関してはこのジダンが一般的。】

サミール
سَمِير [ samīr ] [ サミール ] ♪発音を聴く♪
Samiir、Samir、Sameer
(晩・夜になされる会話・会談・談話で)話をしている(人)、話者、話し手;(晩・夜になされる会話・会談・談話における)話し相手、同席者;(話・歌・音楽などで無聊を慰め)楽しませる人、エンターテイナー

【 動詞 سَمَرَ [ samara ] [ サマラ ](夜に会話をする)より。通常の能動分詞 سَامِر [ sāmir ] [ サーミル ] よりも回数が多いことを示すなどする強調の意味合いがある語形 فَعِيلٌ [ fa‘īl(un) ] [ ファイールン ] 型にあてはめたもので、ここでは度合いの違い以外は通常の能動分詞とあまり変わらない意味合いとなる。

通常の能動分詞 سَامِر [ sāmir ] [ サーミル ] 同様、سَمِير [ samīr ] [ サミール ] も سَمَر [ samar ] [ サマル ](夜の語らい、夜に行う談話)の動作主・行為者であること、またその話し相手であることを示す。

サマルの元来の意味は「夜の会話」で砂漠などの屋外で月明かりを浴びながら語らうことなどを指した。同席者は友達同士とは限らず、家族・知人・地域住民・座談会参加者・親友など色々な関係性で結ばれた者同士が参加者・同席者となり得る。知人と歌・ごちそう・踊りを楽しんでワイワイするエンターテインメント、楽しい夜更かし、夜遊びという意味合いは後代になってから加わった用法だという。

預言者ムハンマドの時代には現代よりも سَهَر [ sahar ] [ サハル ](夜遅くまで起きていること、夜更かしすること)と سَمَر [ samar ] [ サマル ](夜の語らい、夜に行う談話)との区別がもう少しはっきりしており、「翌朝明け方の礼拝を寝過ごしてしまわないよう、サマル(夜の会話)は早めに終わらせ就寝すべきである」といった教えも残っているなどする。

一方、ペルシア的色彩が強めだったアッバース朝時代は宮廷内での飲酒が行われカリフの話し相手・飲み仲間・詩作披露係として نََدِيم [ nadīm ] [ ナディーム ] と呼ばれる立場の人物が複数存在。(彼らの一人が『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』にも登場する詩人アブー・ヌワース。)

彼らのように酒を飲みながら芸能を楽しみ歓談する行為もアラブの文献では سَمَر [ samar ] [ サマル ] と描写していることも少なくなく、نَدِيم [ nadīm ] [ ナディーム ]((飲む際の、宴席での)同伴者、同席者;飲み友達、飲み仲間、呑み友達、呑み仲間;仲間、友達、親友)と سَمِير [ samīr ] [ サミール ] が似たような意味で使われたりもしている。

上記のように、サミールは必ずしも「夜のおしゃべりを楽しむとても仲の良い友人」「親友」という意味になる訳ではないため、状況や文脈に応じて和訳する必要あり。】

【 長母音ī(イー)を示すeeが1文字に減らされたGhareb、Garebも使われているがガレブではなくガリーブという発音を意図しているつづりなので要注意。

日本語におけるカタカナ表記としてはサミール、サミルが混在。なおサミル、Samir、Samerという英字表記の場合は違う男性名 سَامِر [ sāmir ] [ サーミル ]((晩・夜になされる会話・会談・談話で)話をしている(人)、話者、話し手;(話・歌・音楽などで無聊を慰め)楽しませる人、エンターテイナー)と混同しやすく、しかも英語圏ではサーミルのような名前の長母音が後半にずれてサミールと読まれる可能性があり英語風発音が参考にならないこともあるため、元のアラビア語表記を見ないと区別ができなかったりする。 】

サラマ
سَلَمَة(Salama、Salamah)アカシア・エレンベルギアーナ(学名Acacia ehrenbergiana Hayne。エジプト東部や紅海周辺の乾燥地域に生えるアカシアの仲間。トゲのある木で実は黄色で中の種は緑色。葉は皮なめしに使われる。)[アッバース朝が興る過程でシーア派側に立ったアブー・サラマの名前などに出てくる]

ジャアファル
جَعْفَر [ ja‘far ] [ ジャアファル ] ♪発音を聴く♪
Jaafar、Jafar
(特に小川といった大きさは限定せず)川;小さな川、小川;大きな川、大きくて広い川;水に満ちた川;川のように寛大さにあふれる男;(川のように)乳をたくさん出す雌ラクダ

■意味と文法的解釈■

中世~現代のアラビア語辞書を見ると、جَعْفَر [ ja‘far ] [ ジャアファル ] は「小川」を指すこともあれば逆に「大きくて広い川」を指すこともあるという。単に「川」のことも。ただ元は「川、小川」という意味だが現代では「川男、川太郎」的な発想で命名されるのではなく基本的にはイスラーム史上実在した有名なジャアファル達にあやかってつけられた男性名なのが普通。

文法面では جَعْفَرُ [ ja‘faru ] [ ジャアファル ] という二段変化か?それとも جَعْفَرٌ [ ja‘farun ] [ ジャアファルン ] という三段変化か?という問題がしばしば取り沙汰されるが、古い詩や散文に三段変化の実例があることなどから専門家らによって三段変化のみの名詞だという見解が出されている。

■有名人物■

人名としては、イスラーム初期に実在した預言者ムハンマドの従兄弟で第4代正統カリフ アリーの兄、ジャアファル・イブン・アビー・ターリブのファーストネームなどとして知られる。

従兄弟である預言者ムハンマドにとても良く似た容姿で、困窮者への援助を惜しまない寛大な人物だったと伝えられている。マッカ(メッカ)からエチオピア、マディーナ(メディナ)への移住を経験。勇敢な戦士としても知られ、ムウタの戦いでは両腕を斬り落とされてもなおイスラーム軍の旗を抱えて手放さなかったという。

天の楽園に召される際、失くした両腕の代わりに翼を神より授けられたとされ、双翼の持ち主(2つの翼を持つ者)、飛翔する者といった意味合いの別名を持つ。殉教地であるヨルダン南部に彼の霊廟がある。彼の肖像画(偶像崇拝禁止のため顔は隠されているが)も両肩から大きな翼がのびている構図が多い。

後代における有名なジャアファルとしては千夜一夜物語に出てくるアッバース朝カリフ ハールーン・アッ=ラシードの側近ジャアファル。彼は権勢を誇ったバルマク家(元は仏教徒家系で「バルマク」自体がサンスクリット語由来だとも言われる)粛清の際に斬首され死去。現代にも語り継がれる逸話となっている。

日本の創作物ではバルマク家のジャアファルを念頭に置いたネーミングがなされていることがしばしばあるが、ジャアファルという人名は多くハールーン・アッ=ラシードの妻ズバイダ妃の実父もジャアファルというファーストネームだった。ハールーン・アッ=ラシードとその妻ズバイダがアブー・ジャアファルとウンム・ジャアファルというクンヤ(~の父・~の母という意味の通称)で呼ばれたりと、アッバース朝時代はカリフのファーストネームがジャアファルだったり通称のクンヤがアブー・ジャアファルっだったりする人物が複数いた。

■シーア派に好まれる男性名の一つ■

なおジャアファルは第6代シーア派イマームのファーストネームでもあるため、シーア派信徒が大事にしている名前の一つとなっており男児の命名に用いる傾向が強い。アラビア半島地域などでは「ジャアファルというファーストネームの人=シーア派、スンナ派ではない」という認識があり、ディズニー映画の大臣がジャファーだったころから「アグラバーはシーア派王朝かも」とコメントが書かれる一因となっている。

創作物でアラビア半島中央部や湾岸地方の砂漠地帯の典型的なアラブ人を登場させる場合、王族や首長の名前にジャアファルと命名するとスンナ派王室揃いである現地事情と矛盾する可能性があるので要注意。

■発音と表記■

jaとfaの間に喉を締めつけて出す ع [ ‘ayn / ‘ain ] [ アイン ] という子音が入っているので、アラビア語ではジャアファルもしくはジャァファルという発音になるが、英字表記ではアインを示す「‘」を書かないのが普通で、aで置き換えたJaafarなども使われる。「‘」を置き換えず省略するとJafarという英字表記になる。これらの英字表記がジャーファル、ジャファルというカタカナ名の元になっているものと思われる。

jをgに置き換えてガアファル、ガァファルと発音する地域(エジプト首都近辺など)もあることからGaafar、Gafarと英字表記されていることもある。ただしGaafar、Gafarが必ずしもgetやgoのようなg発音を意図しているとは限らず、ジャアファル、ジャァファルと発音する読みに対応していることもある。

なおar部分は英語風にarを読むとアーとなるが、アラブ圏ではarと読むためアラビア語ではジャーファー、ジャファー、ガーファー、ガファーとは発音しない。

またfを2つ連ねてJaffar、Gaffarなどと英字表記されており日本語ではジャッファール、ジャッファー、ガッファール、ガッファーのようにカタカナ表記されていることもあるが、Jaffarと書いてジャアファル、ジャーファル、Gaffarと書いてガアファル、ガーファルもしくはジャアファル、ジャーファルという発音を意図しているので要注意。これ以外にもジャーファル発音とした上でさらに長母音位置を後方にずらしたジャファールというカタカナ表記も見られる。

特に「Gaffar」は唯一神アッラーの属性名として有名で男性名としても使われることがある غَفَّار [ ghaffār ] [ ガッファール ](大いに赦す、赦し深い)と混同しやすいが、Abd [ アブド ](~のしもべ)というが前に来ずGaffarとのみ単体で書いてあるアラブ人名、イスラーム教徒名英字表記は十中八九「(小)川」という意味のジャアファルの方だと考えて差し支えない。

なおジャアファルの「ア」はアラビア語では喉を力んで発音するため日本語の「ア」と違って力強い響きとなるが、非アラビア語圏では日本語の「ア」と同じ発音に置き換わりやすい。現地語でジャーファルに近い発音をする地域の場合はアラビア語的なジャアファルよりもジャーファルの方が適切なカタカナ表記ということもあり得るので、イスラーム教徒男性名として日本語表記に直す場合は要確認。

ナディーム
نَدِيم [ nadīm ] [ ナディーム ] ♪発音を聴く♪
Nadiim、Nadim、Nadeemなど
(飲む際の、宴席での)同伴者、同席者;飲み友達、飲み仲間、呑み友達、呑み仲間;仲間、友達、親友

【 (主に夜に)飲んだり談話を楽しんだりする場や宴での同伴者・同席者という意味。同席して一緒に飲んで・談話する相手のこと。歓談や芸能を楽しむ سَمَر [ samar ] [ サマル ](夜の会話/談話/歓談/宴席)と関連付けて使われることも。

酒宴以外における同伴者・同席者を指すのにも用いられるが、主にアルコール類の摂取を伴う場について言う言葉であるため、命名してから「酒を共に飲む相手というイスラーム的でない由来の名前をつけてしまいました。改名すべきでしょうか?」という相談を法学者にしている人の例なども見られる。

酒宴を開き人を侍らせること自体はイスラーム以前のジャーヒリーヤ時代からアラブ人は行っていたが、ペルシア的要素を多分に有していたアッバース朝時代にも宮廷内での飲酒が行われていた。カリフに同伴して酒類を飲んだり作詩をしたりする職業的・専門的なナディームらがおり宮廷文化の一端を担った。享楽的傾向で知られ『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』にも登場するアブー・ヌワースもその一人。彼は現代イラクの首都バグダードに銅像があるほか、彼の名前を冠したアブー・ヌワース通りは魚の丸焼きマスグーフ専門店の名所としても知られる。

アブー・ヌワース通りはイラク経済全盛期にレストランやナイトクラブがずらりと並び、イラク人らの会食でにぎわい外国人観光客が多数訪れる観光名所だった。エジプトの新聞はかつて「バグダードで人を見失ったらアブー・ヌワース通りに行けば良い。相手も必ずそこを通るだろうからきっと見つけられるはずだ。」と書いたことすらあったとか。旧政権崩壊後は国民の生活水準変化により気軽にマスグーフランチを楽しむことも難しくなり、アブー・ヌワース通りの店舗も多数閉店したという。

なお نَدِيم [ nadīm ] [ ナディーム ] 自体は動詞 ندم から得られる分詞類似の فَعِيلٌ [ fa‘īl(un) ] [ ファイール(ン) ] 語形だが、「飲み・宴席で相伴する」という動詞は動詞派生形第3形の نَادَمَ [ nādama ] [ ナーダマ ] や第6形の تَنَادَمَ [ tanādama ] [ タナーダマ ] が用いられる。

第1形(基本形) نَدِمَ [ nadima ] [ ナディマ ] は「後悔する」という全く違う概念を示すが、これに関しては「元々 مُنَادَمَة [ munādama(h) ] [ ムナーダマ ](飲み・宴席での同伴)は مُدَامَنَة [ mudāmana(h) ] [ ムダーマナ(フ/ハ) ] の子音字の位置があべこべになったもので إِدْمَان الشَّرَابِ [ ’idmānu-sh-sharāb ] [ イドマーヌ・ッ=シャラーブ ]((相伴役との)飲酒にひたること、酒を飲んでばかりいること)という意味だった語の子音字が入れ替わりこのような文字順になった」という文法学者の説が中世の複数アラビア語大辞典等で紹介されている。しかし نَدِيم [ nadīm ] [ ナディーム ] の語源に関しては他にも諸説あるといい、確定した学説ではない模様。

なおペルシア文学などの飲酒にまつわる詩に出てくる酌人の方は سَاقِي [ sāqī ] [ サーキー ](水を注ぐ者;酒を注ぐ者、お酌をする人)。非限定形の時の語形は سَاقٍ [ sāqin ] [ サーキン ]。水などを注ぐという意味の動詞の能動分詞男性形。しばしば若人・青年が担当したため少年愛とからめて語られることも少なくなかった。】

【 長母音ī(イー)を表す英字表記は複数通りあり、-ii-を使ったNadiim、-i-を使ったNadim、-ee-を使ったNadeem、-e-1文字に減らしたNaedm、-y-を使ったNadym、-ie-を使ったNadiem、-ei-を使ったNadeim、-ea-を使ったNadeamなどが併存。アラビア語に即した発音をベースにする場合はナデム、ナダイム、ナディエム、ナデイム、ナデアムとカタカナ表記をしないことを推奨。

日本語におけるカタカナ表記としてはナディーム、ナディム。】

ハサン
母音記号無し:حسن
母音記号あり:حَسَن [ ḥasan ] [ ハサン ] ♪発音を聴く♪
Hasan
佳い(人)、良い(人)、善い(人);美しい(人)、美貌の(人)、佳人の(人)、佳人、美男

■名前の概要と意味■

イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代から使われている伝統的男性名。イスラーム期に入ってからは預言者ムハンマド一家待望の初孫となった人物の名前という意味合いも加わり、長きにわたって男児の命名に使われてきた。

(定)冠詞をつけ اَلْحَسَن(’al-ḥasan、アル=ハサン)とした場合は、第四代正統カリフ/シーア派初代イマームのアリーと預言者ムハンマドの娘ファーティマとの間に生まれた長男で次男アル=フサインの兄を指すことが多い。シーア派第2代目イマームとして崇敬を受けており、敬称・通称である مُجْتَبَى [ mujtabā ] [ ムジュタバー ](選ばれた(者)、選ばれし(者))はシーア派信徒が多いイラクなどでしばしば見られる男性名でもある。

イラクなどに信徒が多いシーア派の十二イマーム派では第2代目のアル=ハサン以外にも第11代目のハサン・アル=アスカリーがこのハサンという名前を持つ。彼はアル=アスカリー(軍隊の;軍人)という二つ名を持っているが、これはアッバース朝カリフ側からの弾圧を受け生涯の大半を戦いに費やしたことが由来。

■発音と表記■

sを重ねてHassanと書かれていることもあるが、これは濁音化するフランス語圏でハサンではなくハザンという読みになってしまうのを回避するためのつづりであることが多い。本来はハッサンと読ませるためにそうつづっている訳ではないが、日本では見たままのカタカナ化によりハッサンと表記されていることが非常に多い。

また口語風に母音がeに置き換わってハセンに近く読まれる方言発音に基づくHasen、Hassenという英字表記もある。イラクなどではそうした文語単語末の-anを-enに寄せハサンをハセンと方言発音する人が少なくない。(元)アナウンサーの国山ハセン氏のハセンは本項目の男性名ハサンのイラク方言発音ハセン。

ちなみにHassanという英字表記の場合、アラビア語ではつづりが異なる حَسَّان [ ḥassān ] [ ハッサーン ](美しさがとても多い(=とても美しい、非常に美男な)、善がとても多い(者))という別の男性名の英字表記バリエーションHassanとかぶるので元のアラビア語表記か実際の発音を聞くかして確認する必要がある。日本語のカタカナ表記でも両方ともハッサンと書かれることがある人名なので混同しやすい。

なおこの人名をハサヌとカタカナ表記している例も見られるが、いわゆるタンウィーンを伴う三段変化の人名なので、非休止形は حَسَنٌ [ ḥasanun ] [ ハサヌン ]、休止形は حَسَنْ [ ḥasan ] [ ハサン ] となる。ハサヌは語末に母音uが伴う حَسَنُ [ ḥasanu ] [ ハサヌ ] を示唆するカタカナ表記だが、単体でハサヌは二段変化として誤読した発音になってしまうこと、また現代フスハーによるアラビア語会話では"ハサヌ"と唇をすぼめ母音uを添加するような読み方はしていないため、標準的なハサンの方が適切だと思われる。

この人名をタンウィーン抜きで حَسَنُ [ ḥasanu ] [ ハサヌ ] と読むのは後方から属格支配を受けるイダーファ構文の時や、呼びかけの يَا [ yā ] [ ヤー ] の直後に来るいわゆる呼格の時となる。ニスバを伴う時はタンウィーンは取れず حَسَنٌ الْتَّمِيمِيُّ のように表記、本来は非休止形であればハサン語末のタンウィーン直後に補助母音iが付加され حَسَنٌ التَّمِيمِيُّ [ ḥasanuni-t-tamīmīyu ] [ ハサヌニ・ッ=タミーミーユ ] となるはずだが、現代フスハーの会話でそのような発音がなされることは皆無に近く、ハサン語末のタンウィーンを抜き母音uのみ残すという古典的フスハー本来の休止形を簡略化した感じの حَسَنُ التَّمِيمِيّْ [ ḥasanu-t-tamīmīy ] [ ハサヌ・ッ=タミーミーィ ] のような読み上げが広く行われている。

マスルール
母音記号無し:مسرور
母音記号あり:مَسْرُور [ masrūr ] [ マスルール ] ♪発音を聴く♪
Masruur、Masrur、Masroor、Masrourなど
喜ばされた、喜んでいる、嬉しい(人)

【 動詞 سَرَّ [ sarra ] [ サッラ ]((~を)喜ばせる)の受動分詞で「喜ばされた(人)」つまりは「喜んでいる(人)、嬉しがっている(人)」の意味。日本では千夜一夜物語(アラビアンナイト)にも出てくるアッバース朝カリフのハールーン・アッ=ラシード(日本では定冠詞を抜いてハールーン・ラシードとする表記が多い)のお抱え首切り処刑人・太刀持ちの名前でバルマク家粛清の際にジャアファルらの首を落とした人物としても知られており、しばしば創作におけるネーミングにも登場する。】

【 語頭のmaが口語的にmeとなった発音メスルールに対応した英字表Mesruur、Mesrur、Mesroor、Mesrourなども同じ人名。】

マンスール
مَنْصُور(manṣūr→Mansuur、Mansur、Mansoor、Mansour、Mansor)♪発音を聴く♪
アッラーにより助けられた、神から勝利を授けられた、勝者
[ アッバース朝第2代カリフのラカブ(称号)がこのマンスールに定冠詞をつけた اَلْمَنْصُور(’al-manṣūr、アル=マンスール)だった。 ] [ MaがMeと読まれてMensur、Mensoor、Mensourと表記されているアラビア語由来の名前もあるが、元は同じ語である。]

ムウニス
مُؤْنِس(mu’nis→Mu'nis、Muunis、Munis)♪発音を聴く♪
人を愉しませる、人を楽しくさせる、無聊を慰める者
[ イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代では木曜日がこの名前で呼ばれていたという。*現代では الْخَمِيس(’al-khamīs、アル=ハミース)。昔は使用人や奴隷が この مُؤْنِس(mu’nis、ムウニス)という名称で呼ばれることもあった。アッバース朝時代に立身出世した مُؤْنِس الْخَادِم(mu’nis ’al-khādim)Mu'nis al-Khadim、ムーニス・アル=ハーディム、=اَلْمُظَفَّر الْمُعْتَضِدِيّ(al-Muzaffar al-Mu'tadidi)も元はカリフの宦官だった。ギリシア系白人奴隷とも伝えられている軍人で、90歳前後まで長生きしたとされる。]
[ 厳密な発音はmuの後に声門閉鎖音/声門破裂音ハムザが来るためムゥニスやムッニスに近いが、口語では喉を閉じて息の流れを止める代わりにムーニスと長母音として読まれるなどする。また話し言葉ではMuがMoに転じてモーニスに近い音となり、英字表記がMoonis、Monis、Mounisに変わるなどする。さらに後半部分のiがeに近くなる口語発音ムーネスに即したMunes、Mounesや、モーネスに即したMoones、Mones、Mounesといった英字表記がある。その他、声門閉鎖音/破裂音部分をaに置き換えたと思われるMuanis、Moanis、Muanes、Moanesなども。]

ラシード
母音記号無し:رشيد
母音記号あり: رَشِيد [ rashīd ] [ ラシード ] ♪発音を聴く♪
Rashiid、Rashid、Rasheed
理性ある、分別のある(人);(イスラーム教徒としての)正しい道に導かれた、正しい道を進んでいる者、真の信仰心を有する者;正しい道へと導く者、導き手;成人した(人)

■意味と概要■

動詞 رَشِدَ [ rashida ] [ ラシダ ](正しく導かれた;理性がある、分別がある;成人する/した)の状態が1回きりではなく続いておりその状態をその人の性質として備えていることを表す。形容詞的用法などで使われる、分詞に類似した فَعِيلٌ [ fa‘īl(un) ] [ ファイールン ] 語形。

فَعِيلٌ [ fa‘īl(un) ] [ ファイールン ] 語形は場合によって行為者・動作主であることを示す能動分詞的なものと動作の対象であることを示す受動分詞的なものとがあるが、ラシードの場合は元になった動詞が自動詞であることから能動分詞 فَاعِلٌ [ fā‘ilun ] [ ファーイルン ] と同等の意味合いを示すパターンとして扱われている。

イスラームの唯一神アッラーの属性名(99の美名、美称)には اَلرَّشِيد [ ’ar-rashīd ] [ アッ=ラシード ] という称号が含まれるが、こちらについては定冠詞がつくことで他の者との格差・度合いの違いが示され、「自らの被造物・信徒たちを正しい道へとよく導く者」という具合に単なる導き手よりも優れた存在・導き手として至高であることを表している。

日本の創作界隈ではアラブ系キャラにこのラシードや姉妹語のラーシドが命名されることが多いが、分別があり思慮深くイスラーム教徒として正しく生きている人物を想起する名前であることからネイティブらに「キャラクターの設定と名前が合っていない」と言われることもしばしば。

なお、一部日本語記事で紹介されているような「勇敢な(者)」という語義は持たない。日本で誕生したアラブ風・中東風キャラクターに雄々しいタイプや戦闘系が少なからずいるのはおそらく「勇敢な者」という意味の名前だと思われてきたことが一因だと思われる。実際のアラビア語におけるはむしろその正反対の理知的・敬虔なイスラーム教徒という物静かなイメージを与える男性名で、ネイティブたちが「キャラ設定と名前に合っていないのでは」とコメントする理由となっている可能性あり。

■アッバース朝カリフ ハールーン・アッ=ラシードの称号としても有名なラシード■

アッバース朝第5代カリフであるハールーン・アッ=ラシードのラシードはこの人名と同じ名詞・形容詞が由来。ハールーンというファーストネームが限定扱いの固有名詞であることから、後置修飾する形容詞/名詞のラシードが定冠詞 اَلْ で [ ’al- ] [ アル= ](al-)を伴ったアッ=ラシードという形となり前に来るファーストネームのハールーンにかかっている構造。「ハールーン・アッ=ラシード」で「正しき道に導かれた者ハールーン」「導き手たる者ハールーン」「分別ある者ハールーン」といった意味になる。

なおシーア派では第7代イマームに当たる مُوسَى الْكَاظِمُ [ mūsa-l-kāẓim ] [ ムーサ・ル=カーズィム ](ムーサー・アル=カーズィム)がハールーン・アッ=ラシードによって不当に投獄され陽の当たらない監獄で鎖に繋がれた生活を送った挙げ句毒殺されたとされており、同カリフにアッ=ラシードという称号を付すことを嫌う傾向がある。

イマーム追悼詩には「ハールーンよ、お前がラシード(正しきイスラームの道に導かれた者)だというのならイマーム様を投獄などしなかっただろうに。驕れるお前の言葉を聞く者などもう誰もいない。犯した所業への罰を受けるがいい。罪が多すぎて墓の土すらお前のことを嫌う始末だ。そしてお前の名は一人として口にしたがらない。」といった非常に厳しい内容のカリフ非難が含まれることも。

ラシードが単なる男性名・ファーストネームではなく為政者の称号として用いられる場合の重みを示唆している一件だとも言える。

■発音と表記■

英字表記がRashidの場合はつづり違いで同じ語根からなる別男性名 رَاشِد [ rāshid ] [ ラーシド ] と混同しやすいので要注意。実際の発音やアラビア文字での表記を確認しないと区別が難しい。(アラブ首長国連邦の統治者の名前で日本などにおける創作で男性名・王族名としてよく採用されているのは、本項目のラシードではなくラーシドの方。)

なお日本語のカタカナ表記では、ラーシド以外にも英語表記Rashidをそのままカタカナ化した感じのラシッドが多用されている。

また長母音ī(イー)を表すee部分が1文字に減らされたRashedという英字表記も使われている。こちらも別男性名 رَاشِد [ rāshid ] [ ラーシド ] の口語風発音 [ rāshed ] [ ラーシェド ] の当て字として使われることが多く、混同しやすいので要注意。実際の発音やアラビア文字での表記を確認しないと区別が難しい。

日本語のカタカナ表記ではラシェッド、ラシェドとなっていることが多いが、元々は本項目のラシードもしくは別人名ラーシドの口語風発音ラーシェドを意図した英字表記なので、ラシェッドやラシェドと発音するアラブ人名が別にある訳ではない。