アラブ家名辞典

List of Arabic Family Names [ Arabic-Japanese ]

現代アラブ世界において家名(ファミリーネーム)と呼ばれ苗字/名字/姓のように用いられているものを収録。祖先名そのままをラストネームとしていたり、人名にただ定冠詞「al-」[アル]をつけたりしただけのものとは違い、ファーストネームとして使われることがまず無いケースをピックアップし随時追加中です。

ソースはネット上の人名リスト、郷土史系サイト、人名辞典、アラビア半島やイエメン等の部族・支族名鑑、アラビア語(アラ-日、アラ-英、アラ-アラ大型)辞典、オスマン朝時代の役職名・肩書き辞典、YouTube(発音確認用)などです。

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英字でのつづりについて

アラブ人の名前はファーストネーム部分も家名部分も英字表記に揺れがあります。文語のつづりと母音記号に比較的忠実なこともあれば、口語で起きる二重母音の変化を反映したり子音が2個連続しているはずの部分を1文字だけで済ませているケースもありカタカナ化をする時に間違えやすいです。

英字表記については、使われ得るパターンをなるべくたくさん列挙するようにしているので、多用されないつづりも含んでいます。

たとえはハーリドの場合、KhalidとKhaalidのようにアーと長く伸ばす長母音āを1文字だけで表現するKhalidと2文字並べてKhaalidとする方法がありますが、アラブ人やアラビア語由来人名を持つイスラーム教徒が通常用いるのはKhalidの方です。キャラクターネーミングの際はアーを-aa-ではなく-a-、イーを-ii-ではなく-i-、ウーを-uu-ではなく-u-と当て字をしている英字表記を使うのが無難なのでおすすめです。

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アラブ家名辞典

現在、このディレクトリには 9 の 名前 があります (文字 ア で始まる)
アール・◯◯
آل [ ’āl ] [ アール ]
Al ◯◯(、Aal ◯◯表記はまれ)
▶【名詞】(男性の)家族、子供たち;付き従う者たち、援助者たち;◯◯家、◯◯一族

【 部族から枝分かれして家名の元になった先祖の名前をとって家名としている場合などに使われる名詞。◯◯とセットで属格構文(≒所有格構文)になっており、◯◯部分には通常家長・一族の父祖となった先祖男性の名前が入る。

アラビア語辞書の定義だと家族・一族以外にもいわゆる郎党も含んだ枠組みになっているが、ファミリーネームとして使う場合は「一家」「一族」を意図していると言える。

辞書によっては「栄誉ある一家にのみ使う」「たいていの場合は栄誉ある一家に用いる」と書いてあることも。ネット上で「アル・◯◯」と書いてある王家の家名や「アラブ世界では定冠詞のアルがついた家名は王家の印」と誤って説明されているものの多くがこの名詞アールを意図したもので、定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ]」混同される傾向が非常に強い。

なおアラビア半島の王族にアール・サウード、アール・サーニー、アール・マクトゥームのようなファミリーネームがあるため「アール(Al)で始まるのは王族・豪族だけの家名」と間違えられがちだが、部族の分家を示す一方式なので一般国民的な一族でも「アール・◯◯家」という表現を使っていることもある。

家名類の習慣に関しては国・地域・部族(/大部族連合)によって違いがあり、王族の家名に定冠詞アルがついている国もあれば名詞アールがついている国もあり、名詞アールつきの家名持ちがたいてい有力者一族な地域もあればそうでない一族がアール◯◯を名乗る地域もあったりと、家名に関する傾向や法則はまちまちだと言える。

ちなみに欧州の王族(ブルボン家)などをアラビア語訳する時もこのアールが使われ「アール・ブルボン」という風に表現される。】

【 英語でAaal表記は少なくAlと書かれていること、定冠詞al-と間違われがちなこともあってか、日本語のカタカナ表記ではアールではなくアルとなっていることが多い。】

アシュラム、アル=アシュラム
母音記号無し:أشرم
母音記号あり:أَشْرَمُ [ ’ashram ] [ アシュラム ] ♪発音を聴く♪
Ashram
母音記号無し:الأشرم
母音記号あり:اَلْأَشْرَمُ [ ’al-’ashram ] [ アシュラム ]
al-Ashram
▶鼻が裂けている、鼻先が切り取られて欠けている(人);口唇裂の(人)

■意味と概要■

先祖の身体的特徴にちなんだあだ名(ラカブ)由来の家名で、身体的特徴や障がいを表す名詞・形容詞の典型的語形である أَفْعَلُ [ ’af‘alu ] [ アフアル ] 型語形。アラブ人名辞典によってはファーストネームと家名の両方として使われると書いてあるものがあるが、主に後天的負傷による呼び名だったことからもっぱら家名としての使用が行われており、ファーストネームに特化した人名辞典には載っていないことが多い。なお、定冠詞(アル)はついていたりついていなかったりする。

アラブ世界は部族抗争や戦乱で身体の一部を欠損する人も少なくなかったこと、また先天的障がいをそのまま本名に代わるあだ名として流通させるという風潮がしばしばあったことから、「鼻が欠けている」「耳が切れている」といった外見由来の通称が家名として定着した例も少なくない。イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代にアビシニア(エチオピア)から侵攻しイエメン一帯でキリスト教勢力を拡大し象の軍団を率いて北上(通称「象の年」)したと言い伝えられているアブラハも、内輪での勢力争いの際に鼻を切られたことからアラブ側では「アル=アシュラム(鼻裂け、鼻欠け)」という別称を付して呼ばれることがしばしば行われてきた。

アシュラムまたはアル=アシュラムの家名を持つ人々はアラブ諸国にまたがって居住しており、イエメン、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、イラク、クウェート、シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナ、エジプト…等広い範囲で見られる部族名、ファミリーネームとなっている。レバノンのようなイスラーム教・キリスト教混在地域ではイスラーム教徒のアル=アシュラム家とキリスト教徒のアル=アシュラム家両方が混在。イスラエルのユダヤ教徒にもアシュラム姓がいるが、リノイ・アシュラム(Linoy Ashram)元新体操選手(東京オリンピック金メダリスト)の場合は彼女の父方がイエメン系ユダヤ教徒一族の出身であることにちなむ家名だという。

ちなみに『ロードス島戦記』他の登場人物に「アシュラム」という男性騎士がいるが、作者の水野良氏公式Twitter(X)投稿によると「インドから中近東の名前」「中近東にいそうな名前」というイメージを持ちつつ好みの語感で命名したものだったという。

なおインドにあるヨガの道場・修行場の名称アシュラム(ashram)とは英字表記もカタカナ表記も全く同じだが、サンスクリット語由来だとのことでアラブ男性名・家名のアシュラム(Ashram)とは無関係な異なる単語。インドのイメージでアラブ風キャラクターにアシュラムと命名すると「鼻欠け、鼻裂け」という全く違う意味になってしまうので混同しないよう要注意。

アスカリー、アル=アスカリー
عَسْكَرِيّ
[ ‘askarī(y) ]→Askarii、Askari、Askary、Askaree
اَلْعَسْكَرِيّ
[ ’al-‘askarī(y) ]→al-Askarii、al-Askari、al-Askary、al-Askaree
▶軍人
【家長・先祖の職業に由来するニスバ。定冠詞がついていたりついていなかったりする。】

アダウィー、アル=アダウィー
عَدَوِيّ
[ ‘adawī(y) ]→Adawii、Adawi、Adawy、Adawee
اَلْعَدَوِيّ
[ ’al-‘adawī(y) ]→al-Adawii、al-Adawi、al-Adawy、al-Adawee
▶バヌー・アディーの、アディー族の、バヌー・アディー出身の、アディー族出身の

【 出身部族 بَنُو عَدِيّ [ banū ‘adī(y) ] [ バヌー・アディー ] に由来にするニスバ。通常は定冠詞を伴う。アディー عَدِيّ [ ‘adī(y) ] [ アディー ] は男性名で、敵に向かって真っ先に駆けていく戦士の軍勢を意味する。

バヌー・アディーはジャーヒリーヤ時代から続くクライシュ族の支族で、ウマル・イブン・アル=ハッターブの出身家系。預言者ムハンマドの教友(サハーバ)にも複数のバヌー・アディー出身者がいた。現代では主にサウジアラビアのヒジャーズやリヤード周辺に居住。】

アッタール、アル=アッタール
母音記号無し:عطار
母音記号あり:عَطَّار
[ ‘aṭṭār ] [ アッタール ] → Attaar、Attar
母音記号無し:العطار
母音記号あり:اَلْعَطَّار
[ ’al-‘aṭṭār ] [ アル=アッタール ] → al-Attaar、al-Attar
▶香水商;香料屋、香辛料屋;薬屋、薬売り;(馬やロバに荷物を載せて香辛料・茶葉・菓子・石鹸等を売って回る)食糧雑貨行商人

■意味と概要■

家長・先祖の職業に由来するニスバ。定冠詞がついていたりついていなかったりする。「عِطْر [ ‘iṭr ] [ イトル ](香水)を売る者」という職業名を表すのに多用される語形の男性形。عَطَّار [ ‘aṭṭār ] [ アッタール ] は動作主であることを意味する能動分詞同様の名詞の内容を強調する語形で、「香水をたくさん身にまとっている、香水をぷんぷんさせている」「香水商、香水売り」という2通りの意味合いを表し得る。

アラブ世界の伝統的なアッタールは香水以外にハーブや香辛料を店頭に並べていることが多かったため、アッタールという語が香水商、香辛料売り、薬屋といった比較的幅広い職業ジャンルを指す。】

■発音とつづり■

通常の英字表記では本来2個連なっているttを1個に減らしたAtarなども存在。Attarと書いてあってもアタールとカタカナ表記されていることが非常に多いが、原語であるアラビア語としては促音「ッ」が入ったアッタールと発音される。

アディーブ、アル=アディーブ
أَدِيب
[ ’adib ]→Adib、Adeeb
اَلْأَدِيب
[ ’al-’adib ]→al-Adib、al-Adeeb
▶文学者、作家、教養がある人物
【家長・先祖の職業に由来するニスバ。定冠詞がついていたりついていなかったりする。】

アブー・ラバン
أَبُو لَبَن
[ ’abū laban ] →Abu Laban、Abou Laban、Abulaban、Aboulaban
▶ラバンの父(ラバンのように清らかで善良な人物;ラバンを飲むのが大好きな男性;ラバン屋、ラバンの製造業者、ラバンの販売人)

【パレスチナやレバノンに見られる家名。لَبَن [ laban ] [ ラバン ] はアラビア語で牛乳もしくはヨーグルト(状の乳製品);凝乳;乳製品類を指す。エジプだとラバンはただの牛乳を意味するが、シリア・レバノン周辺ではヨーグルト風乳製品を意味する。

أَب [ ’ab ] [ アブ ](父) という語は後ろから属格(所有格)支配を受けて أَبُو [ ’abū ] [ アブー ](~の父)へと語形が変化する。أَبُو لَبَن [ ’abū laban ] [ アブー・ラバン ] という尊称・近親呼称形式だが、実際には家長となった人物がラバンのように心が澄み清らかで醜聞とは縁遠い善良な人物であることからアブー・ラバンとあだ名されるに至ったラカブだったり、家長がラバンを飲むのが大好きで好物にちなんでアブー・ラバンと呼ばれるに至ったアブー・バクル、アブー・フライラと同種のラカブだったり、家長がラバンの製造者や販売者であることに由来するニスバだったりする。】

【アブーの部分には何通りかのつづりがあり、レバノン人やパレスチナ人の人名表記として多用されているのはAbu、Abouの2種類。アラビア文字上では2語からなる複合語だが、英字表記では分かち書きをしてAbu Laban、Abou Labanとする場合と、つなげ書きをしてAbulaban、Aboulabanとする場合とに分かれどちらも多用されている。

日本語では長母音部分を復元しないアブ・ラバンやアブラバンというカタカナ表記も見られる。また口語では母音uが母音o寄りで発音することが多く、アボー・ラバンという読みに基づいたAbo Labanという英字表記もある。】

アル=◯◯
اَلْـ [ ’al- ] [ アル= ]
al-◯◯、Al-◯◯、al ◯◯、Al ◯◯、al◯◯、Al◯◯など
▶英語のtheに相当

【 アラビア語における定冠詞。英語のtheに相当するが、アラビア文字上では英語と違いスペースを入れず直後に何らかの語をくっつけて使用する。

ラストネーム中においては
(1)本人もしくは先祖の出身部族・出身地由来の形容詞を固有名詞で限定されているファーストネーム等に連ねるために限定・非限定の一致を行い「al-」とつけてある
(2)家名が先祖のファーストネームや通称由来で「あの」「例の」といった感じで特定する用法で「al-」とつけてある
ものなどに分けられる。

部族社会であるアラビア半島などは部族名由来の形容詞や支族・分家の家長のファーストネームなどに定冠詞アルをつけたラストネーム(ファミリーネーム、日本の姓・名字に相当)を持っている人が大半を占めており、ファーストネームではなくラストネームだけを表記するスポーツのポジション表でほぼ全員の選手がアル◯◯なのもそのため。

ちなみに、かつて日本貿易振興機構(ジェトロ)リヤド事務所が公開していた『アラブ人名の由来と正しい呼び方』というPDFファイルには「王族や名家が家名に定冠詞al-をつける」と誤った記述が載っており、サウード家、サーニー家、マクトゥーム家などのファミリーネーム「Al ◯◯」前半に来る「Al」がアラビア語定冠詞のアルだという誤解が日本国内で普及してしまった。しかし実際には آل [ ’āl ] [ アール ] という定冠詞とは全く違っており、「(男性にとっての)家族、子供たち;付き従う者たち、援助者たち」という意味を示す名詞である。

日本では長母音を省略して「アル・◯◯」と書かれがちなため定冠詞つきの「アル=◯◯」と勘違いされやすいことも誤解の一因であると言える。】

【 口語(方言)では [ ’il- ] [ イル= ] や [ ’el- ] [ エル= ] に変わることが多いため、al-ではなくil-やel-になっているケースも。el-に置き換える人が多い地域の代表例はエジプト。

一般的に英字表記の場合は定冠詞と定冠詞がつく◯◯部分とは「-」でつなぐことが多いが、スペースを入れるだけやスペース抜きでくっつけてあたかも一語のようにつづってある人も少なくない。

小文字でal-とする以外にも定冠詞の語頭を大文字にしたAl-も使われ、かつ-無しのスペース使用だと「Al ◯◯」になってしまい家名を示す別の語 آل [ ’āl ] [ アール ](Al ◯◯)と全く区別がつかなくなるので特に注意が必要。】

アンマール、アル=アンマール
عَمَّار
[ ‘ammār ]→Ammar、Amar
اَلْعَمَّار
[ ’al-‘ammār ]→al-Ammar、al-Amar
▶建築屋

【家長・先祖の職業に由来するニスバ。定冠詞がついていたりついていなかったりする。普通の人名・ファーストネームで全く同じ語形の عَمَّار [ ‘ammār ] [ アンマール ](Ammar、Amar)があるが、そちらは「長生きの」という意味で命名されている場合が多い。】

【本来は子音mが2個続いたmmだが英字表記ではm1個というつづりもある。ただし元々はアンマールであってアマールやアマルではないので注意。】