アラビア語のあいさつ・きまり文句~朝(おはようございます)

アラビア語における朝のあいさつとその意味・発音・文法に関する話題をまとめたページです。長いので一番最初に「発音と意味だけわかれば十分」という方の要旨を置いてあります。

現在執筆中ですが区切りが良いところまで書けたので投稿しました。今後返事バージョンやイスラーム以前バージョンも含め複数追加予定です。

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ライラさんが話しているアラビア語の「おはようございます」サバーヒルヘイル、実装されたボイスでの発音についてなど。

要旨~アラビア語における朝のあいさつ

基本のやり取り

たいていのアラビア語の学習書に載っている基本の「おはようございます」です。

صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ

メジャーかつ標準的な発音:
[ ṣabāḥu-l-khayr/khair ] [ サバーフ・ル=ハイル ]
直訳:善の朝(≒良い朝)でありますように
意訳:おはようございます

▼ 上のあいさつへの返事

صَبَاحُ ٱلنُّورِ

メジャーかつ標準的な発音:
[ ṣabāḥu-n-nūr ] [ サバーフ・ン=ヌール ]
直訳:光の朝(≒良い朝、素晴らしい朝)でありますように
意訳:おはようございます

*上と全く同じ「サバーフ・ル=ハイル」で返事することもOKなのですが、アラビア語の教科書では「サバーフ・ル=ハイル」と言われたら絶対に「サバーフ・ン=ヌール」などと言い換えての返事をすべきだと思いやすい説明文になっていることが多いです。

時間に関係なく交わすイスラームのあいさつ

相手がイスラーム教徒だと思ったら知り合いでなくても率先して口にすべきとされているあいさつです。「良い朝を」といった時間帯に結びついたあいさつよりも優先度が高く日本の「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」と同じタイミングで言うため、学習書では便宜的に「こんにちは」などと訳されているものです。

良い共同体を作って天国に行けるよう仲間同士で言う合言葉のようなものなので、知り合いでなくても「この人、自分と同じイスラーム教徒かも?」と感じた時点で顔を合わせたりすれ違ったりする時に声をかけるために使い、スピーチの最後や別れ際にも口にされます。

اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ

[ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum ] [ アッ=サラーム・アライクム ]
直訳:平安があなたたちの上にありますように(Peace be upon you.)
意訳:皆さんごきげんよう

▼ 上のあいさつへの返事

وَعَلَيْكُمُ ٱلسَّلَامُ

[ wa-‘alaykumu/‘alaikumu-s-salām(u) ] [ ワ・アライクム・ッ=サラーム ]
直訳:あなたたちの上にも平安がありますように(And peace be upon you too.)
意訳:皆さんもごきげんよう

基本のあいさつ「良い朝を」(≒おはようございます)

アラビア語の教科書に「おはようございます」の意味で載っている定番表現です。初級学習書でこれ以外の朝のあいさつを代わりに掲載していることはまず無いぐらいで、アラビア語を勉強している方が必ず触れるフレーズとなっています。

最初に言う側のフレーズ「良い朝を」(≒おはようございます)

صباح الخير

صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ
メジャーかつ標準的な発音:
[ ṣabāḥu-l-khayr/khair ] [ サバーフ・ル=ハイル ]

アラビア語には読み書きの言葉でかしこまったシーンで使う文語(フスハー)と方言を使った日常会話の口語(アーンミーヤ)という2種類のアラビア語が併用されています。(▶ 詳細:フスハーとアーンミーヤとは?

そのため同じあいさつなのに色々な発音のバリエーションが生じることになります。

意味

このあいさつの構成要素

صباح الخير は間にスペースが入っており、見た目上は2語から構成されています。

*日本では学術的なカタカナ表記においてスペースが入る語の切れ目に「・」、つづり上はくっついて1語に見えるものの実際には2つのパーツになっている定冠詞+定冠詞がくっつく語を「=」で結ぶことが多いです。当サイトでもその方式を採用しています。

صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ

語末の母音まで全部読む文語発音(非休止形):
[ ṣabāḥu-l-khayri/khairi ] [ サバーフ・ル=ハイリ ]
直訳:善の朝(が/だ)、良いことの朝(が/だ)、安寧の朝(が/だ)、morning of goodness
意訳:良い朝を、おはようございます、Good morning

普段の会話ではハイリとは言いませんが、文法学習の時によくこういう省略無しの発音を行います。なので意味説明のこの項目では「サバーフ・ル=ハイル」ではなく敢えて「サバーフ・ル=ハイリ」としてあります。

なお、小さな「ـَ」や「ـُ」は母音記号といって本来は文字として現れない部分がわかるように書き足したもので、文法・発音学習の時などのみ用いられます。普通にメッセージとして書く時は記号無しの صباح الخير を使います。(▶ 詳細:アラビア語アルファベットの書き方と読み方のしくみ

1語目

صَبَاحُ

[ ṣabāḥu ] [ サバーフ ]
【名詞・主格】(主語の時)朝が;(述語の時)朝だ

1語目のパーツ

صَبَاح

[ ṣabāḥ ] [ サバーフ/サバーハ ]
【名詞】朝

これの語末に主格であることを意味する母音「u(ウ)」を加えたものが上の صَبَاحُ [ ṣabāḥu ] [ サバーフ ] です。日本語の「フ」は唇同士が近づく「f」ですが、アラビア語の「ḥ」は喉(咽頭)を狭くして出す音で、母音の「u(ウ)」が最後につかない ṣabāḥ だとサバーハに近く聞こえることしばしばです。

2語目

اَلْخَيْرِ

[ ’al-khayri/khairi ] [ アル=ハイリ ]
【名詞・属格(≒所有格)】善の~

2つのパーツをつなげ書きしているので見た目上は1語で、文法的にもこれで1語としてカウントします。

1語目のパーツ~(1)定冠詞

اَلْ

[ ’al- ] [ アル= ]
【定冠詞】その~;(総称として)~というもの
*英語の定冠詞 the に似た使い方をします。定冠詞は単独で切り離して書かないのでハイルの語頭にくっつきます。

2語目のパーツ~(2)名詞「善、良いこと;安寧」

خَيْر

[ khayr / khair ] [ ハイル ]
【名詞的に使う時】善、良いこと;安寧;富裕、(豊かな)資産;《現代では稀用》(財産・資産としての)馬
【形容詞的に使う時】良い、善良な;有益な
【比較級として使う時】より良い、より善良な
【最上級として使う時】最も良い、最も善良な

ハイルという語は名詞的に働く時と、形容詞的に働く時とがあるのですが、ここでは名詞的な使い方をしています。なので「善」「良さ」「安寧」といったニュアンスになります。

これの語頭に定冠詞、語末に属格(≒所有格)であることを意味する母音「i(イ)」を加えたものが上の اَلْخَيْرِ [ ’al-khayri/khairi ] [ アル=ハイリ ] です。アラビア語の属格は所有格に似た働きをするため、ここでは「~の朝」の「~」部分になります。

1語目と2語目をつなげる
「善の朝、良いことの朝(≒良い朝)」は日本語と逆の語順で並べる

アラビア語は日本語と違って修飾語は後ろに来るため、日本語と同じ語順「善の朝、良いことの朝(≒良い朝)」という意味でも「アル=ハイル(善、良いこと)+サバーフ(朝)」ではなく日本語と逆の語順「サバーフ(朝)+アル=ハイル(善、良いこと)」という順番で並べます。

定冠詞アルの「ア」は読み飛ばす

2語目に定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] がくっついている語が来る場合、単に並べて「サバーフ・アル=ハイル」とすると読み間違いというか通常息継ぎしないはずの場所で区切った不自然な読み方になってしまいます。

定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] 語頭の [ ’a ] [ ア ] 部分は前に息継ぎ無しで別の語が来る時は読まず、「サバーフ・ル=ハイル」となります。ٱ の上にあるしずくのような形の記号(ワスラ記号)はその部分を読み飛ばすという印になりますが、パソコンのキーボードからは直接入力できない発音記号ということもあり学習書以外ではまず書かれません。

息継ぎせずに2語分を一気読みする

ネットのアラビア語講座などでは単語の意味を説明するために区切って読むために「サバーフ」「アル=ハイル」のように並べて発音することも多いですが、実際には息継ぎ無しで一気読みします。

なので「サバーフ・アル=ハイル」のような定冠詞アルの「ア」を呼んでしまう発音や、「・」や「=」を分け目ということで「サバーフ」「アル」「ハイル」や「サバーフ」「ル」「ハイル」を細切れに読み上げると間違いになってしまいます。

ちなみにカタカナ表記は学術的にスペースの場所に「・」、英語の the に相当する定冠詞と直後の語の間に「=」を入れたりもしますが、実際にはひとまとまりの「サバーフルハイル」と聞こえるため、アラビア語のあいさつ紹介記事では「・」「=」無しのサバーフルハイルとなっていることも少なくありません。

具体的な意味

このあいさつは善・良さや安寧に恵まれた朝を相手に願うもので、直訳は「善の朝」「良いことの朝」「安寧の朝」「morning of goodness」といった直訳に。相手が元気で幸福な朝を過ごすことを祈っている内容となっています。

形容詞修飾に言い換えると「良い朝」となるのですが、アラビア語学習書や会話本では「善の朝を」「良い朝を」などとは書かずに意訳して「おはようございます」「Good morning」などとしてあるのが普通です。

「朝」の語末に主格の母音「u(ウ)」がついている「サバーフ・ル=ハイル」の解釈

要は相手に「良い朝を」を願ってあげる言葉なのですが、アラビア語の母音記号としてはメインパーツとなる「朝」の語末に主語もしくは述語になった時の主格を示す母音「u(ウ)」がついた صَبَاحُ [ ṣabāḥu ] [ サバーフ ] になっていることが一般的です。

「私はあなたに善の朝を願います」といった動詞を使った表現の省略形であれば「善の朝(≒良い朝)」部分が動詞目的語であることを示す対格の母音「a(ア)」を伴って「善の朝(≒良い朝)を」という意味合いになるのですが、ここでは「朝」の部分の語末につく母音が [ ṣabāḥu ] [ サバーフ ] と主格の「u(ウ)」なので元になった文の主部か述部のどちらかであることが推測可能です。

解釈(1)「あなたの朝が”良い朝になりますように”」の述部が残ったと解釈

解釈(1)ではこのあいさつが元々主語と述語が揃った長い文章だったものが省略され、「善の朝、良いことの朝、安寧の朝」という片方だけが残ったためだとされています。

元になったとされる文章

صَبَاحُكَ صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ

語末の母音まで全部読む文語発音(非休止形):
[ ṣabāḥuka ṣabāḥu-l-khayri/khairi ] [ サバーフカ・サバーフ・ル=ハイリ ]

語末の母音を省略する文語発音(休止形):
[ ṣabāḥuka ṣabāḥu-l-khayr/khair ] [ サバーフカ・サバーフ・ル=ハイル ]

見た目上の構文:あなたの朝は善の朝だ【断定・肯定】
実際の構文:あなたの朝が善の朝でありますように【祈願文・願望】
意訳:あなたの朝が良い朝になりますように

文法的解釈

「あなたの朝は善の朝だ」という断定・肯定と同じ構文で願望を表す祈願文が元になっていると考えるパターンです。この場合は主部が「あなたの朝」で述部が「善の朝」で、日常的に使われているのはこの述部である後半部分だけだという文法的な解釈になるとのこと。

ここでは主語や述語になった時の主格母音「u(ウ)」がついているので、厳密に訳すとすれば「良い朝を」という対格(≒目的格)ではなく「善の朝でありますように」「良き朝でありますように」となります。

解釈(2)

 

「朝」の語末に主格の母音「a(ア)」がついた「サバーハ・ル=ハイル」の存在とその解釈

発音

あいさつの中に含まれる発音が難しい字

このあいさつは以下の文字から成り立っています。具体的にどのような発音をするのかは文字をクリックすると開く別ページにてご確認ください。

ص ب ا ح  ا ل خ ي ر

リンク先の説明や図解を見ればおわかりいただけるように、このフレーズには日本人にはなじみの無い子音が何個も含まれており、舌や喉を使いつつも勢いよく一気読みする必要があるので結構大変です。

サード(ص):ṣ

普通の س(s)と違う音で、舌の付け根を盛り上げ舌の中央をくぼませて発音。こもったような重々しい「サ」の音になります。

ハー(ح):ḥ

日本語の「ハ」と違う音で、のどひこ(のどち◯こ)よりも奥・喉仏があるエリアよりも上の咽頭という場所を力んで狭くすることで出す音です。日本語の「ハ」よりももう少し息が喉のところにぶつかる感じです。「

ḥu」はカタカナ表記すると「フ」になりますが、日本語のフと違って唇同士を寄せ合って出す「fu」ではなく、喉の入り口を引きしぼって出すため日本語の「フ」よりは「ハゥ」に近く聞こえることも。

ハー(خ):kh

日本語では「kha・khi・khu」を「カ・キ・ク」で当て字する表記も見られますが、標準的なカタカナ表記は「ハ・ヒ・フ」です。なので通常は「カイリ」「カイル」ではなく「ハイリ」「ハイル」と書かれています。この خ(ハ)はのどひこ(のどち◯こ)やその手前の柔らかい部分に舌の奥を寄せてかすれた音として発音します。

ラー(ر):r

ハイルのルは英語の uncle や ill の l や bird の r ではなく日本語の「いる」の「る」に近いです。舌を歯茎のところでしっかり弾いて聞こえるように発音。アラビア語の r は英語のように舌を巻き上げてそらす音ではないので、「ハイゥ」「ハイィ」「ハイァ」っぽい聞こえ方ではなく「ハイル」としっかり発音します。なお「ハイルルル」のようにルをブルブルと震わせて繰り返す必要はありません。

アラブ人でも ر(r)をはじき音やふるえ音として発音できないために「ハイゥ」「ハイィ」「ハイァ」のような読み方をする人はいるのですが、これは「特定の方言でそういう発音をすることがある」という類の発音バリエーションではなく、ルスガ(舌足らず)と呼ばれています。

その人の癖や舌の生まれつきの形状から通常の発音ができないために生じる発音なので、矯正訓練を受ける人、場合によってはこの発音ができない舌の先天的構造を変更するために手術を受けることも。

ラテン文字転写に含まれる -ay- と二重母音「ai(アイ)」

アラビア語学習者にとって調音が難しい文字が複数含まれているので、あいさつとしてはスムーズかつネイティブそっくりな発音がしづらい部類に入ります。

なお、khayri に khairi を併記してあるのは、アラビア語では -ay- 部分が二重母音「ai(アイ)」の発音となるため実質 -ai- と同じになるためです。そのため海外ではアラビア語のあいさつを英字表記する際に khayr(i) となっている場合と khair(i) となっている場合とに分かれます。

これは当て字の問題なので発音自体はどちらも「ハイリ」や「ハイル」となります。khayr となっているからといって特別に「ハイェリ」のような読み方をする訳ではないです。

発音(文語)~サバーフ・ル=ハイリ(非常に堅い文法学習のような読み方)

صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ
語末の母音まで全部読む文語発音(非休止形):
[ ṣabāḥu-l-khayri/khairi ] [ サバーフ・ル=ハイリ ]

てにをは的な意味で単語の終わりにつけられる母音 a・i・u(ア・イ・ウ)

日本語のてにをはに相当する部分は単語の最後につける母音 a・i・u(ア・イ・ウ)で示し、主語や述語の時は主格の「u(ウ)」、所有格支配「~の◯◯」の「~の」部分にあたる部分は属格の「i(イ)」、動詞の目的語で「~を」に相当する部分は対格の「a(ア)」という音を加えることで表現されます。

見出しに「発音(文語)~サバーフ・ル=ハイリ(非常に堅い文法学習のような読み方)」と書いたのは、そうした語末の母音 a・i・u(ア・イ・ウ)を全部読み上げていく方法で、現代アラブ世界ではアラビア語原理主義的な人がわざわざ発音する場合を除き他者との会話でこのような発音がされることはありません。

アラビア語学習の音読練習のようになってしまう「サバーフ・ル=ハイリ」

アラビア語の文章として上記のような全部の母音を省略しないで読むと صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ [ ṣabāḥu-l-khayri/khairi ] [ サバーフ・ル=ハイリ ] となるのですが、これはアラビア語の文法の勉強をする時や国語の学習として音読する時ぐらいにしかされない読み方です。

日本で出されたアラビア語テキストにはこの読みガナがついていることがあるのですが、実際に使うには非常に不自然なのでアラブ人相手に言わないことをおすすめします。普通の日常会話発音でフレンドリーに言うべきところでこのガチガチの文語発音をするとお笑いとかコントのようになりかねないためです。これを聞いて爆笑される可能性もあるので、アラブ人に「サバーフ・ル=ハイリ!」とあいさつしてしまわないよう要注意です。

発音(文語)~サバーフ・ル=ハイル(実際の会話で言う時の読み方)

صَبَاحُ ٱلْخَيْرْ
語末の母音を省略する文語発音(休止形):
[ ṣabāḥu-l-khayr/khair ] [ サバーフ・ル=ハイル ]

読み書きやかしこまった場所で使う文語アラビア語(フスハー)でありながら、休止(ワクフ)形と呼ばれる最後の母音を除去した読み方をすると、不自然さがより少ない発音になります。

最後の母音まで全部読み上げる音読練習のような読み方では صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ [ ṣabāḥu-l-khayri/khairi ] [ サバーフ・ル=ハイリ ] としますが、日常会話の発音に近いナチュラルな読み方は最後の「i」を読まない方法で、صَبَاحُ ٱلْخَيْرْ [ ṣabāḥu-l-khayr/khair ] [ サバーフ・ル=ハイル ] となります。

アラブ人相手に言う時は上の「サバーフ・ル=ハイリ」ではなくこちらの「サバーフ・ル=ハイル」を使うのがおすすめです。

発音(口語)~方言による日常会話での発音

上が外国人向け学習書や教科書・書籍・かしこまった場面でのアラビア語(文語、フスハー)における発音だったのに対し、実際に各国のアラブ人たちが日常会話で話している方のアラビア語(口語、アーンミーヤ)での発音というのがまた別に存在します。

アラブ世界は広大で方言の数も膨大なのですが、話し言葉に特徴的な発音変化はある程度共通しています。

語末などの母音が落ちる

文語(フスハー)の休止形発音では صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ [ ṣabāḥu-l-khayri/khairi ] [ サバーフ・ル=ハイリ ] の最後にある「i」を読まない صَبَاحُ ٱلْخَيْرْ [ ṣabāḥu-l-khayr/khair ] [ サバーフ・ル=ハイル ] が一般的でナチュラルに受け止められる読み方となっています。

さに口語では息継ぎをするかどうかに関係なく文中の語末母音がどんどん除去されていってしまうので、1語目の「朝」の語末についていた「母音u(ウ)」も落ちて صَبَاحُ [ ṣabāḥu ] [ サバーフ ] から صَبَاحْ [ ṣabāḥ ] [ サバーフとサバーハの中間のような発音 ] になります。

また必ずそうなるとは限らないのですが、方言によっては語頭の文字の直後に入る母音も落ちてしまうことから、صْبَاحْ [ ṣbāḥ ] [ スバーフ/スバーハ ] に聞こえることがあります。このような発音はモロッコなどのアフリカ大陸北部マグリブ(マグレブ)諸国に多いです。

定冠詞の発音変化とつなげ読みの際のバリエーション

2語目語頭にある定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] の発音が、口語では اِلْ [ ’il- ] [ イル= ] さらには口語的に i が e 寄りに転じた [ ’el- ] [ エル= ] になります。

文語では2つの語を息継ぎせずに一気読みする際 صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ [ ṣabāḥu-l-khayr/khair ] [ サバーフ・ル=ハイル ] と「u(ウ)」音が現れる形で「ーウ・ル=」と連結するのですが、口語だと母音を省く→発音をスムーズにするためにまた補う、といった作業をするために違う発音が流布しています。

「ーイ・ル」で連結した場合は صَبَاحِ ٱلْخَيْرِ [ ṣabāḥi-l-khayr/khair ] [ サバー・ル=ハイル ] に。「ーエ・ル=」で連結した場合は [ ṣabāḥe-l-khayr/khair ] [ サバー・ル=ハイル ]、「ーア・ル=」で連結した [ ṣabāḥa-l-khayr/khair ] [ サバー・ル=ハイル ] となります。

二重母音部分の変化

صَبَاحُ ٱلْخَيْرِ [ ṣabāḥu-l-khayr(i)/khair(i) ] [ サバーフ・ル=ハイル ] についてはつづり上 -ay- と当て字をするような部分が実際には二重母音「ai(アイ)」の発音となることは上でも紹介したかと思います。

口語(日常会話のアラビア語、方言)ではこの「ay / ai(アイ)」部分の発音が変化し、「ei*(エイ)」、さらには伸びる音である長母音となった「ē(エー)」になってしまいます。

*ei(エイ)は ey という英字表記になっていることもあります。

その結果あいさつとしては同一でつづりも全く変わらないのに [ خَيْر ] [ khayr / khair ] [ ハイル ] 以外の [ kheyr / kheir ] [ ヘイル ] や [ khēr ] [ ヘール ] 読みが併存する形となっています。

また [ khēr ] [ ヘール ] は早口で発音すると [ kher ] [ ヘル ] に近く聞こえることも。

話し言葉(口語)である方言での聞こえ方

以上の変化をふまえると、教科書的なものに載っている「サバーフ・ル=ハイル」以外にも、アラブ人はこの「良い朝を(≒おはようございます)」を色々なパターンで発音していることになります。

組み合わせ的には

  • 1語目と2語目の連結部は「ーウ・ル=」で2語目は文語的なハイル
    サバーフ・ル=ハイル
  • 1語目と2語目の連結部は「ーウ・ル=」で2語目は口語的なヘイル
    サバーフ・ル=ヘイル
  • 1語目と2語目の連結部は「ーウ・ル=」で2語目は口語的なヘール
    サバーフ・ル=ヘール
  • 1語目と2語目の連結部は口語的な「ーイ・ル=」で2語目は文語的なハイル
    サバーヒ・ル=ハイル
  • 1語目と2語目の連結部は口語的な「ーイ・ル=」で2語目は口語的なヘイル
    サバーヒ・ル=ヘイル
  • 1語目と2語目の連結部は口語的な「ーイ・ル=」で2語目は口語的なヘール
    サバーヒ・ル=ヘール
  • 1語目と2語目の連結部は口語的な「ーエ・ル=」で2語目は文語的なハイル
    サバーヘ・ル=ハイル
  • 1語目と2語目の連結部は口語的な「ーエ・ル=」で2語目は口語的なヘイル
    サバーヘ・ル=ヘイル
  • 1語目と2語目の連結部は口語的な「ーエ・ル=」で2語目は口語的なヘール
    サバーヘ・ル=ヘール
  • 1語目と2語目の連結部は口語的な「ーハ・ル=」で2語目は文語的なハイル
    サバーハ・ル=ハイル
  • 1語目と2語目の連結部は口語的な「ーハ・ル=」で2語目は口語的なヘイル
    サバーハ・ル=ヘイル
  • 1語目と2語目の連結部は口語的な「ーハ・ル=」で2語目は口語的なヘール
    サバーハ・ル=ヘール
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は「ーウ・ル=」で2語目は文語的なハイル
    スバーフ・ル=ハイル
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は「ーウ・ル=」で2語目は口語的なヘイル
    スバーフ・ル=ヘイル
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は「ーウ・ル=」で2語目は口語的なヘール
    スバーフ・ル=ヘール
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は口語的な「ーイ・ル=」で2語目は文語的なハイル
    スバーヒ・ル=ハイル
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は口語的な「ーイ・ル=」で2語目は口語的なヘイル
    スバーヒ・ル=ヘイル
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は口語的な「ーイ・ル=」で2語目は口語的なヘール
    スバーヒ・ル=ヘール
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は口語的な「ーエ・ル=」で2語目は文語的なハイル
    ズバーヘ・ル=ハイル
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は口語的な「ーエ・ル=」で2語目は口語的なヘイル
    ズバーヘ・ル=ヘイル
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は口語的な「ーエ・ル=」で2語目は口語的なヘール
    ズバーヘ・ル=ヘール
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は口語的な「ーハ・ル=」で2語目は文語的なハイル
    スバーハ・ル=ハイル
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は口語的な「ーハ・ル=」で2語目は口語的なヘイル
    スバーハ・ル=ヘイル
  • 「朝」語頭の母音脱落+1語目と2語目の連結部は口語的な「ーハ・ル=」で2語目は口語的なヘール
    スバーハ・ル=ヘール

…などが考えられ、耳で聞いた時にはたいてい上のうちのどれかに近く感じられるかと思います。

方言ではないアラビア語の「おはよう」として載せるには一番標準的な文語発音「サバーフルハイル」にするのが適切ですが、会話本やアラビア語フレーズ紹介だと元ネタが方言の発音だったりでネット上にも様々なカタカナ表記が出回っている状況です。

アラビア語学習書でテキストと音声教材とで微妙に発音が違うことが結構あるのですが、たいていていは書き言葉のフスハーと違う口語発音になっていてナレーターさんが普段自分の使っている方言での発音でしゃべってしまった結果生じたずれだったりします。

ネット記事などに登場する発音について

ネットのアラビア語あいさつ紹介は無料で読めるため引用・転載されやすいのですが、アラビア語を十分に習得されていない方が書かれたと思われる記事も含まれており、読み間違いと言えるようなカタカナ表記になっていることが少なくありません。

最後に実際に使うと不自然に聞こえてしまう避けるべき例をいくつか挙げておきたいと思います。

Google翻訳の発音~サバーフルハイリ

Google翻訳はアラビア語↔日本語訳の精度が低く機械音声による読み上げも間違いが多いのですが、アラブ風キャラ名の意味・発音確認やネーミングのための利用がかなりされているかと思います。

「Google翻訳が返してきた発音はアラブ人がしている実際の発音と違う」と考えた上で利用するのがベストなのですが、おはようのあいさつについても少し発音が不自然になってしまっています。

この記事を書いている2023年7月初旬時点では少しサバーフルヘイリ寄りのサバーフルハイリと読み上げられるのですが、抑揚がナチュラルでないのに加え、また実際の発音では「khayr / khair(ハイル)」で止めないと文法学習をしている感じになってしまうにもかかわらず「khayri / khairi(ハイリ)」と発音されてしまっています。

またつづりに応じて機械的に出力される英字表記は「sabah alkhayr」で、サバーフ・アルハイルと読めるような分かち書きになっています。これはスペースの位置に合わせて区切ってつづっているもので、実際には al の a は読まないので「サバーフ・アルハイル」ではなく「サバーフ・ルハイル」なりにする必要があります。

サバー・アルハイール

ネット記事などではハイルをハイールと「ー」を入れて伸ばした発音が紹介されていることがありますが誤りです。ハイルをハイールと伸ばすと語形が変わってしまい元の意味を表すことができなくなります。

また口語(方言)になると二重母音「 -ay- / -ai-(アイ)」の音は保持されずエイかエーの発音に変わるので、ハイルはハイールのように伸びることはせずヘイルやヘールになってしまいます。なので文語でも口語でもアラビア語において「サバーフ・ル=ハイール」になることは基本的にあり得ないと考えた方が良いです。

「サバー・アルハイール」についてはハイルをハイールと伸ばす以外にも、サバーフ(/サバーハ)の語末にある咽頭でハァっと出す音が抜けてしまっている、読み飛ばすべき定冠詞「アル」の「ア」を発音してしまっているなど、アラビア語会話的に不自然な部分が3箇所含まれているカタカナ表記です。

「朝」を意味する صَبَاح [ ṣabāḥ ] [ サバーフ ] は単体だとサバーフとサバーハが混ざったような発音になるのですが、英字表記からカタカナ化する際に Sabah の「-ah」部分を英語のように長母音の「ー」にして「サバー」とつづる方が少なくありません。

英語圏に移民したアラブ人名を現地語の英語風に発音する際には Sabah と書いて「サバー」でも構わないのですが、アラビア語では文語(フスハー)でも口語(アーンミーヤ)でもサバーフとかサバーハとかに聞こえる発音を行います。

最後の ح(ḥ)を読まないと صَبَا [ ṣabā ] [ サバー ] という発音になり、「子供である;子供じみたふるまいをする」という意味の動詞や「東風」という意味の名詞に置き換わってしまい、「良い朝」であるはずの熟語が「善が子供じみたふるまいをした」とか「良い東風を」といった文章と同じ響きになってしまいます。

また英語の the に近い使い方をする定冠詞「アル」の「ア」は一気読みをする際に発音しないので、文中にあるのに「ル」ではなく「アル」と呼んでしまうと要らない場所で息継ぎをして定冠詞をわざわざ言い直す形になります。不自然なので「サバーフ・アル」ではなく「サバーフ・ル」と読む必要があります。

アラブ人であれば朝に「サバー・アルハイール」と言われれば「ああ、おはようのつもりなんだな」とわかってくれるとは思うのですが、「でも発音は変だけど…」となってしまうのでネット記事に書いてあっても真似はしないよう要注意です。

カタカナや英字でのつづり

アラビア語の文章や熟語は息継ぎをしない限りつなげ読みをするので、未習者の方は音読を聞いただけでは区切れがわかりません。

そのためアラビア語の「おはよう」も全部つなげて書くカタカナ表記、アラビア語つづりでスペースが入る部分に「・」を入れる表記、さらに定冠詞アルがくっついている部分を全角「=」を使った「アル=◯◯」や半角「=」を使った「アル=◯◯」にする学術的な表記などが入り混じっています。

英字表記も聞いたとおりに全部つなげて書く方法、アラビア語つづりでスペースが入る部分に同じようにスペースを入れる表記、定冠詞の後に「-」をいれて「al-◯◯」とする表記などに分かれています。