ゲーム作品アラブ風キャラ名考察『ツイステッドワンダーランド』編

長いです。アラビア語既習者向けの細かい記述が混じっているので、未習の方は目次から必要な部分を選ぶなどして読み飛ばしつつお読みいただければと思います。

このページを設置した経緯について

ゲーム作品 ツイステッドワンダーランド(ツイステ、twst)のスカラビア寮&熱砂の国キャラクターの名前について当サイトを利用されるファンの方が2020年を通じて多かったことを受け設置したページです。

検索ワード上位にカリム、ジャミルという人名が来る日が長期間続いたため気になって調べたことでツイステの存在を知ったのですが、管理人自身はおたくとして通る道は通ってきた人間ながらゲームは一切やらないので「人名辞典や名前のしくみ解説を見たものの訳がわからなかった」「アラビア語ができないのでどう考察すべきか迷う」といった語学・アラブ事情メインで記事を提供させていただく形となった次第です。

アラビア語由来ワードの考察手段

Google翻訳の使用について【考察関連】

Google翻訳は日本語を入力してアラビア語の意味を出すという機能についてはかなり怪しいです。アラビア語での発音が聞けることになっていて合成音声が読み上げをしてくれますが、発音の方もAmazon製の合成音声に比べると遥かにクオリティが低いため読み間違えが多く、それらを考察の根拠とすることはおすすめできません。

كريم と入力して「クリーム」と出るのは 外来語のクリームを كريم とつづって「寛大な」という意味のカリームとは違う母音がふってあるためです。いわゆるつづりだけ同じで補う母音・発音・意味が違う同士なのですが、どちらなのかを判別する参考となる他の単語を含む文章として入力されていないことからGoogle翻訳が正しい翻訳をできず、人名ではなく同じつづりで食べ物のクリームを意味する方を答えとして返してきている形になります。

كليم と入力して「キリム」と訳されるのも同様の理由です。كليم が「話者、対話者」という意味のカリームではなく違う母音を補う外来語のキリムだと認識されてしまっています。アラビア語は母音が表記に現れず自力で補って読む言語ですが、Google翻訳がアラビア語文特有の母音補足作業が苦手なために判断を誤り「キリム」と訳出したものです。

Google翻訳はアラビア語の一般的な文章を英語にする性能は向上してきているのですが、日本語→アラビア語に訳するとかアラビア語の音声を正確に読み上げるといったジャンルではまだ発展途上です。珍回答を楽しむには向いていますが人名考察やキャラ命名に使うにはリスクが大きいです。

ネイティブに聞く場合【考察関連】

アラブ人に直接聞く場合必ずしも正確な答えが返ってくるとは限りません。というのも日本におけるアラブ人名のカタカナ表記特有の傾向や癖まではご存知でなく、元になったアラビア語名を当てたり該当するアラビア語表記を書く過程で最適な候補を見落とすことがしばしばあるためです。

また母音のエ・オが無いせいでア・イ・ウの日本人名を耳で聞き取ってカタカナ化するのが苦手な方が多く、日本における一般的な表記ルールを知らないために日本で標準的なつづりとはぜんぜん違うカタカナ表記をする方も少なくありません。そのためアラビア語の名前をカタカナで書いてもらった場合は名前辞典なりで確認してから使うのが無難です。

以前日本の新聞社がアラブ人スタッフに委託して記事を翻訳した際、ゆりこがヨリキ、ゆうじろうがヨギローになってしまいそのまま公開。後から記事に訂正が入るといった出来事が実際にありました。

このようなことが多発しやすいので、キャラクター名について確認する場合には日本語とカタカナ表記に明るいネイティブに聞く、両言語の名前事情を把握している日本人に質問するのが安心かもしれません。

サイト内の関連コンテンツ

熱砂の国の言葉=アラビア語という訳ではありませんが、お名前考察作業に関連したコンテンツがありますのでよろしければご覧ください。

Kalim、Jamilの語形がそっくりな理由

まず最初に、カリム(アラビア語ではカリーム)とジャミル(アラビア語ではジャミール)が音のリズム的に全く同じ、語形上完全に同じ型である件について触れておきたいと思います。

カリム、ジャミル、アジームは同じ語形のパズルピース違い

アジーム(アラビア語のアズィーム?)も含め、これらの語は全て同じ語形をしており語根という子音のセットだけを入れ替えたものになります。

aī」という語形は形容詞に多く、寛大さに関する色々な単語を形成する子音のセット「k-r-m」を当てはめると كَرِيم [ karīm ] [ カリーム ]、言葉・発話に関する子音のセット「k-l-m」を当てはめると كَلِيم [ kalīm ] [ カリーム ]、美しさや善行に関する子音のセット「j-m-l」を当てはめると جَمِيل [ jamīl ] [ ジャミール ] という単語が出来上がります。

アジームは asim という英字表記と読みが一致しないので何とも言えませんが、アラビア語には偉大さを示す語根「‘a-ẓ-m」を当てはめた عَظِيم [ ‘aẓīm ] [ アズィーム ] という形容詞の男性形があります。アラブ諸国では使われませんがイスラーム諸国で男性名として命名されることもあるらしいこの名前については、日本語で往々にしてアジームとカタカナ表記されます。

同じ語形のアラビア語ネームは他にもたくさん

アラビア語にある同じ語形としては「k-b-r」を当てはめた كَبِير [ kabīr ] [ カビール ](大きい)、「j-d-d」を当てはめた جَدِيد [ jadīd ] [ ジャディード ](新しい)、「q-d-m」を当てはめた قَدِيم [ qadīm ] [ カディーム ](古い)など非常に多くの語が挙げられます。

那須にいるスナネコのお父さん「シャリフ」も元はこの語形で、高位・高貴・栄誉・栄光に関する子音のセット「sh-r-f」を当てはめた شَرِيف [ sharīf ] [ シャリーフ ] がアラビア語における元の発音となっています。ちなみにスナネコのお母さん「ジャミール」もこの語形で、ジャミル君と同じ単語のカタカナ表記違いです。

カリム・アルアジーム

公式サイトキャラクター紹介
https://twisted-wonderland.aniplex.co.jp/character/kalim
カリム・アルアジーム
Kalim Al-Asim

ファーストネーム

カリムのままアラビア語に復元するアプローチ【考察関連】

カリム君のファーストネームは Kalim と書かれています。アラビア語ではこの英字表記通りにアラビア文字化すると

كَلِم
[ kalim ] [ カリム ]

【集合名詞的に】言葉(言葉のひとつひとつを意味する كَلِمَة [ kalima(h) ] [ カリマ ] の集まり)

になりますが、人名ではありません。

長母音を復元した上でアラビア語化するアプローチ【考察関連】

日本でアラブ人名をカリムと書いてある場合は、元のアラビア語ではカーリムとかカリームと発音している名前の「ー」(長母音)部分を復元せずに英字表記 Karim や Kalim をそのままカタカナ化している可能性が非常に高いです。

まずは Kalim という英字表記に関係無く、日本語で「カリム」と書かれることが多いアラブ人名の候補を挙げると以下のようになります。

前半に長母音「ー」を補って原語で「カーリム」だったと推測

كَارِم
[ kārim ] [ カーリム ]
英字人名表記例:Kaarim、Karim
▶寛大な、気前の良い

後半に長母音「ー」を補って原語で「カリーム」だったと推測

كَرِيم
[ karīm ] [ カリーム ] ♪発音を聴く♪
英字人名表記例:Kariim、Karim、Kareem
▶寛大な、気前が良い、高潔な、高貴な

アラブ人・イスラーム教徒ファンの方々がSNSで「カリム君の名前の由来はこっちの気がする」と話していたりするのがこちらです。

気前が良く客人を十二分に歓待するのはアラブで重視される美徳の一つです。「アンタ・カリーム」は「あなたは寛大で気前の良い人だ。」という意味、「イスムカ・ル=カリーム」は相手の名前に対する尊敬を込めて「あなたのお名前・ご芳名」という意味になります。また預言者ムハンマドの別名としても人気があります。

定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ](al-)がついた اَلْكَرِيم [ ’al-karīm ] [ アル=カリーム ] は唯一神アッラーの別名・属性名「寛大なる者」「寛大なるお方」になるのですが、アッラーの属性というのはカリームという形容詞で表現される人間一般よりも遥かにその度合が強い比類無きカリームさの度合いを有するという意味合いが込められており「最も寛大なるお方」というニュアンスを持っています。

一方男性名としてカリームと名付ける場合はそこまで強くなく、ごく普通の範囲内における「寛大な、高潔な、高貴な、気前が良い」といった意味合いで収まるという違いがあります。

كَلِيم
[ kalīm ] [ カリーム ] ♪発音を聴く♪
英字人名表記例:Kaliim、Kalim、Kaleem
▶話し手、話者、対話者、話しかけられた人、対話相手;負傷した、(心または身体が)傷ついた、傷つけられた

語根 k-l-m には会話することに関連した意味と負傷に関連した意味がありますが、日常で多用されるのは話すことに関係した意味の方で

  • كَلَّمَ [ kallama ] [ カッラマ ]=話しかける
  • تَكَلَّمَ [ takallama ] [ タカッラマ ]=話す
  • كَلَام [ kalām ] [ カラーム ]=言葉
  • كَلِمَة [ kalima(h) ] [ カリマ ]=語

と色々な語形に k-l-m という語根をあてはめていくことで会話や言葉に関する単語が作られます。

傷に関連した意味合いを持たせる語根としての用法では

  • كَلَمَ [ kalama ] [ カラマ ]=傷つける
  • كَلَّمَ [ kallama ] [ カッラマ ]=傷つける

といった単語があります。同じアルファベットを使いまわしているのでどの単語にも كـ ـلـ ـم(k-l-m)の各文字が現れています。

このアプローチ内での有力候補はどれ?

カリムとカタカナ表記されるアラブ系人名であるカーリム、カリームのうち最もポピュラーなのは كَرِيم [ karīm ] [ カリーム ] (寛大な、気前が良い、高潔な、高貴な)で、アラブ人に「カリムって日本語で書くアラブ人の名前があるけど元は何だと思う?」と聞けば全員から كَرِيم [ karīm ] [ カリーム ] と返事が来るぐらいに多用される男性名となっています。

r ではなく l を使った كَلِيم [ kalīm ] [ カリーム ](話し手、話者、対話者、話しかけられた人、対話相手;負傷した、(心または身体が)傷ついた、傷つけられた)はアラブ地域では用いられない男性名であることから、現実のアラブ人名としてあり得るかどうかという観点から見た場合は候補にも出てこないぐらいマイナーだと言えます。

ただアラブ人名辞典に載っていない場合でも、英語で書かれたイスラームネーム辞典を買ったりすると一見アラビア語っぽいものの実はウルドゥー語でパキスタン周辺で使われているムスリム名が混ざっていたりするので寛大という意味ではない方の Kalim が正解である可能性は否定しきれません。

アラブ人の名前としては使われていないのに他の南アジア地域のイスラーム教徒の名前としては十分あり、ということがしばしばありますのでアラビアベースに多国籍世界観が混ざっているアラジンのことを考えると本当は Karim のカリーム、つづり通りな Kalim のカリームのどちらが正解かは判断しきれないように思います。

検索すると実際にヒットするインド方面のムスリムネーム Kalim から取ったのかもしれないですし、単に Karim と Kalim の r と l を意味の違いを考えず入れ替えただけかもしれないですし、考察だけで確定するのは難しいです。

どうしてKalimなのか?【考察関連】

海外のアラビア語を理解しているツイステファンの方達の間では「カタカナでカリムという音を聞いて、r と l を区別できずに Kalim と書いてあるだけで本当は Karim の意味のつもりで命名したのでは?」という考察が複数なされているのを見かけました。

ツイステッドワンダーランドでの「Al-」の説明がアラビア語のそれとは異なっていること、カタカナ表記がアラビア語を仕事にしている人たちが使っているスタンダードから離れている事実を鑑みると、名前について設定した作者の方はガチのアラビア語ネーミングを徹底させようという意図はお持ちではなかったのではないでしょうか。おそらくそこまで細かいことは考えておらず、「カリム=寛大な、らしいからそれに決めよう。英語でのつづりは何にしようかな」といった軽い動機で Karim から Kalim に変更された可能性も十分に高いという推察ができるかもしれません。

Kalim というつづりにされた時点で何か文字遊び的なメッセージが込められており、純粋にアラビア語的に突き詰めて考察するのではなく敢えてアラビア語から外れている英字表記に隠された意味がある、ということも考えられます。

単なる参考として挙げると、

  • ディズニーのアラジンでは王子になりすましていた時にアリ王子(Prince Ali)と名乗っていた。英字表記の Ali をアラブ人男性名 Karim の「ari」部分にはめこんで K「ali」m、すなわちKalimとした。
  • Kalim の文字をシャッフルすると Malik になりアラビア語の مَلِك [ malik ] [ マリク ](王、キング)と同じになる。カリム君関係の設定・デザインにアラジンのサルタン王を思わせる部分があるとのことなので、その関連から。

など。

ちなみにカタカナでは ari と Ali はどちらもアリになるので似ていますが、日本語でよく「アリ」と書かれるアラビア語の人名はアリーと言い、「ア」部分の発音が違います。

عَلِيّ
[ ‘alī(y) ] [ アリー ] ♪発音を聴く♪
一般的な英字表記:Ali
▶高い、高貴な

第四代正統カリフでシーア派初代イマームに位置づけられているアリー・イブン・アビー・ターリブのファーストネームとして有名な男性名です。

語頭の「‘」部分はアインという文字で喉のところを締める感じで発音。また厳密には語末まで全部を発音すると [ ‘alīy ] で、アクセント位置が lī 部分に来る [ アリーュ ] もしくは [ アリーィ ] のような読み方をします。

しかし口語など日常的な会話では単なる [ ‘alī ] [ アリー ](アクセント位置は ‘a 部分)と発音します。英語でのアラブ人名アリ(ー)のつづり Ali はそうした口語風の発音が由来となっています。日本におけるこの男性名の標準的なカタカナ表記もアリーです。学術書とかもアリーで載っています。

ディズニー関連で名前が近いキャラクター

Kareem(カリーム / カリム)
「寛大な、気前が良い、高貴な」という意味の方の كَرِيم [ karīm ] [ カリーム ] の英字表記パターンの一つであるKareemがアラジン『Aladdin and the King of Thieves』に登場しているとのこと。大勢出てくるラクダの一頭というマイナーキャラだとのこと。

Kileem
AladdinのTVシリーズに出てくる元戦士の名前。カリム君と同じ l の字を使っているバージョン。

Kalim(カリム)は預言者?【考察関連】

كَلِيم [ kalīm ] [ カリーム ] は神を意味する「アッラー」という名詞が後ろから属格支配(所有格支配)した

كَلِيمُ اللهِ
[ kalīmu-llah(i) ] [ カリーム・ッ=ラー(ヒ) ]
*2語を切り離してカタカナ表記すればカリーム・アッラーですが、実際には息継ぎせず一気読みするのでカリームッラーという発音になります。
▶アッラーとの対話者、アッラーに話しかけられた者

「アッラーとの対話者、アッラーに話しかけられた者」という複合語になります。これは預言者ムーサー(モーセ)のことを表す、他の預言者とは共有していない彼特有の通称です。

كَلِيم [ kalīm ] [ カリーム ] のみ1語では「預言者」という意味は持ちません。神と対話するとか神から預言を受けるというニュアンスは特に持たず、「(誰か他の人から)話しかけられた、(誰かと)会話している人」という受動態的な意味を持つ普通の語です。

そこに後ろから唯一神アッラーを意味する語を続けることで「アッラーのカリーム」という熟語ができ、アッラーとの対話者という意味が与えられます。

*アラビア語では「~の◯◯」は日本語と語順が逆になり、「◯◯ ~」という並びになります。「その家(アル=バイト)のドア(バーブ)」は「アル=バイト・バーブ」ではなく逆の「バーブ・アル=バイト」。しかも定冠詞「al-」の「ア」を読み飛ばして「バーブ・ル=バイト」とします。なので「神との対話者」は「アッラー・アリーム」ではなく「カリーム・アッラー」の語順になります。

この كَلِيمُ اللهِ [ kalīmu-llah(i) ] [ カリーム・ッ=ラー(ヒ) ](カリーム・アッラー、カリームッラー)は英語だと「the one who talked with God」すなわちアッラーから言葉を受けた者、アッラーに語りかけられた者、アッラーが語りかけを行った相手、神との対話者であるムーサー(モーセ、モーゼ)のことを指します。イコール「預言者」という意味の熟語とは違います。

元々預言者ムーサーの別称だったこの熟語は、アラブ地域には見られないもののイスラーム圏全体で見てみると男性名として使われることもあるようです。本来は神から語りかけられた者というムーサーの有名な別名であるはずの複合語が人名として取り入れられているケースを調べてみると、カリーム・アッラー(カリームッラー)さんたちが英字表記として Kaliim Allah、Kalim Allah、Kaleem Allah、Kaliimullah、Kalimullah、Kaleemullah、Kaliimallah、Kalimallah、Kaleemallahなどを使っていることが確認できました。

お名前サイトでは「神の代弁者」という意味で紹介しているサイトもありますが正確な訳ではなく、厳密には「神が(好んで)言葉をかけた相手」「神との対話者」なので単なる代弁者とは性質が異なります。神が親しく語りかけた相手=預言者としての特質を大いに兼ね備えた人物・アッラーと特に親しい預言者、というニュアンスがありクルアーンに出てくる預言者ムーサーの逸話とリンクしている彼だけの別名です。

カリムは神の名前が由来?【考察関連】

カリームの候補であるカリーム كَرِيم [ karīm ] [ カリーム ] に定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ](al-、英語のtheに相当)がついた場合はアッラーの属性名・別称である99の美名のひとつ اَلْكَرِيم [ ’al-karīm ] [ アル=カリーム ] となり、「寛大なるお方、寛容なるお方、恵み深きお方(=アッラー)」という意味になります。

Wikipediaなどは「慈悲深きもの」等と書かれていたりしますが、「慈悲深きもの」は通常別の美名 اَلرَّحْمن [ ’ar-raḥmān ] [ アッ=ラフマーン ] に割り当てられる訳語です。一方「アル=カリーム」だとイスラームの専門書やサイトでは「寛大なる者、寛容なる者、恵み深き者」と書いてあります。語が持つ別の意味を用いて「最も高貴なるお方」となっていることもあります。

このアッラー99の美名は元々本やサイトによって訳が違うことが多いのですが、日本語で書かれたアラビア語・イスラーム関連のWikipedia・ウェブ百科類は間違いが少なくないので、参照の際には注意が必要です。できれば専門書やイスラーム教徒向けのサイトで確認することをおすすめします。

これは人名としても使えるプラスな意味の形容詞「カリーム」がアッラーの属性名とかぶっているだけで、通常アラブ・イスラーム地域では子供にカリームと名付けるのは良い人格になることを願ってのことであり、アッラーにあやかってアッラーと同じ名前を我が子に授けているわけではありません。

アラブ地域・イスラーム地域的にはアッラーと同一の名前を名乗ってはならない、アッラーの99の美名から好きな形容詞なりを気軽に取ってきて男児名にすることはしてはならない、という原則があります。

詳細は別ページにて→『アラブ人の名前のしくみ~ファーストネーム(イスム)

「カリムが神の名前由来である」「アッラーの名前と同一である」「カリム君は神にも等しい」といった考察は、個人で空想・妄想を膨らませてわくわくする分には楽しいかと思うのですが、架空ではない現実のアラビア語という観点からでは無理があります。

しかしながら日本の創作界隈ではこのアッラーの美名がネーミングに使われている例も結構見かけるので、アッラー99の美名にあったカリームやアジームが元ネタである可能性は十分に有り得ます。

カリムはカリフに似ている気がする【考察関連】

カリム君といつも一緒にいるジャミル君がジャファー(ジャアファル)を連想させることもあり、カリムはアッバース朝ハールーン・アッ=ラシードともリンクがありカリムという名前も「カリフ」が由来なのでは?という考察を見かけることがあります。

*イラクではアッバース朝カリフのハールーン・アッ=ラシードは憎しみの対象として見ている人が多いとか。それはシーア派イマームを長年弾圧・監禁し最期には毒を盛って死なせたと言われているため。シーア派が過半数を超えているイラクではイマーム殉教記念日になるハールーン・アッ=ラシードを糾弾するシーンを含めた人物伝なども放映されています。

カリフは日本のアラビア語、イスラーム関連業界では「ハリーファ」とカタカナ表記されることが多いです。

خَلِيفَة
[ khalīfa(h) ] [ ハリーファ ]

英字表記例:Khalifa、Khalifah
▶後継者、カリフ

アラビア語で「後継者」という意味の語で、語根「kh-l-f」は何かの後に来ることや遅れに関連した語を作るのに使われる文字列です。イスラーム的な文脈において、預言者ムハンマド亡き後の後継者・代理人らがこの名前で呼ばれました。

語末に名詞や形容詞の男性形を女性化するのに多用されるター・マルブータがついていますが、「ハリーファ」の場合は女性化目的の用法ではないのでこの語形で男性を示します。

語末にター・マルブータ(ـة)がついている以外はカリム(カリーム)やジャミル(ジャミール)と同じ語形です。なので耳で聴いたときに「似ている」と感じやすいです。

なおカリム語頭の ك [ k ] と違ってカリフ(ハリーファ)語頭の خ [ kh ] はカとハの中間であるかすれた音で全く違う子音です。しかし日本のアラブ・イスラーム研究者界隈では該当する音が無いためハ行で代用してハリーファとカタカナ表記されます。またそれ以外の一般人の方々、英語などを経由した発音に引っ張られカ行でカタカナ表記したカリーファというつづりもしばしば見られます。

さらに長母音を省略してハリファとかカリファとカタカナ表記されることもありますが、全て元のアラビア語は同一でどれもカタカナ表記で生じたバリエーションになります。統治者としてのカリフという意味で使われることもあれば、男性名としてファーストネームに使われることもある名詞となっています。

アラビア文字で書くと語形と真ん中の語根 ل [ l ] だけが共通しているのみで共通点は語形ぐらいしか無いのですが、カタカナで書いて日本語で発音した場合はカリフとカリムでもっとそっくりに感じられる次第です。

ファミリーネーム

古い資料の誤りについて

家名に含まれる「Al-」(アル)に関してまず注意していただきたいのが、長期間にわたりアラブ系ネームや考察で多くの方が利用されてきたであろう資料に重大な誤りがあった点です。

資料では家名と定冠詞「al- / Al-」に関する説明に間違いがあり、アラビア語の「アール」という名詞と「アル」という定冠詞を混同してしまっていました。

部族制であるアラブ社会では、部族名やそれから派生した氏族名に定冠詞”al”をつけて父祖名の後におき、出身部氏族を明らかにすることがしばしば行われます。とくに大部族や名門氏族の出であることを示す場合に多く使われます。

とありましたが、正確な情報ではなく、基本的に定冠詞「al-」は英語のtheと同じ使い方をしているに留まります。人名の最後の方の家名や出自を示す部分にアルがつく理由は、

  1. 人名は固有名詞で限定されている。出自や部族名を表す部分は形容詞なので人名部分に同じ限定された状態で修飾する必要がある。なので「~の◯◯」という風に人名部分に結びつくために文法上定冠詞のal-をつけて合わせている。
  2. アラビア半島などではファーストネームに続くアルつきラストネームが家長名由来の家名・部族分家名になっていることが多い。家長のファーストネームに直接定冠詞アルをつけることで「あの◯◯(のファミリー)」「例の◯◯(のところの一家)」と数ある同名の◯◯の中で特定の人物を示す役割を持たせる。人名につける場合は英語の the に相当する「あの」「その」という限定する機能とは少し違っていて、「◯◯・イブン・△△」「◯◯・ビン・△△」(△△の息子◯◯)という旧式のフルネームを使っていた地域で広まった代替表現とも言われている。
  3. 家名が先祖の性質・身体的特徴由来や職業名になっている場合にアルがついていることが多い。定冠詞アルをつけることで「△△な人(のファミリー)」「△△な人(のところの一家)」という通称・二つ名で皆に知られている特定の人物が家長となっているファミリーネームであることを示す。

アラビア半島のいわゆる砂漠の国の元首ファミリーのファミリーネームは多くが大部族の分家で、定冠詞アルとは英字表記がAlでそっくりながら全く異なる「アール」を冠した家名が多く、定冠詞アルがつく家名を名乗っている元首一族は少ないぐらいかもしれません。

Alをアルではなくアールと読む方の分家名はアラビア半島のいわばロイヤルファミリーネームについていることが多く成員も「おれたちその家の人間だよ」ということで家名を名乗ったりで目立つため貴族的な印だと勘違いされやすいのですが、元々は大部族の分家名の定型表現なのでイラクなどの地方部族の分家などの人たちもアール◯◯と名乗ったりしています。

アラビア語の辞書には「アールはたいていの場合栄誉ある一家の家名に用いる」と書いてあることもありますが、「たいてい」が示している通り例外もあって王族や豪族以外が「アール・◯◯」である可能性もあり「アールがついたら絶対に王家」とは言い切れない感じです。

「普通の人は定冠詞アルの方がラストネームについている人が多く、アールは統治者一族や有力な家ぐらいしか普段のフルネームで名乗らないという土地柄では定冠詞アルのついた家名よりも名詞アールのついた家名の方が有力者一家の目印になる。そうでもないケースはあるけれど創作物の設定時は定冠詞アルよりも特別感が出せる。」といった感じの理解が妥当かと思います。

各国元首の家名一覧:『アラブ人の名前のしくみ~各国元首の名前と家名

「アルがついた家名は王族」「アルがついている家名だから名家」といった感じで、アニメやゲームにおいて家名の定冠詞「al-」に関してthe以上の設定をしてあるアラブ系ネームがあるとしたら、おそらく上記のような誤りを含んだ古い資料が原因かもしれません。

実際にはアラビア半島各王家の家名には定冠詞アルがついている国もあれば名詞アールがついている国もあってまちまちですし、王家でなくてもアルやらアールやらがつくことは珍しくないです。

現地は国境という意味での国ごとの枠組みがある一方、国をまたいだ大部族連合のつながりもあり国が違っていても家名やら伝統やらを共有していたりと結構入り組んでいたりします。

定冠詞「al-」と◯◯家の意味になる名詞「Al」の違い

アラビア半島の複数王族が家名として使う آل [ ’āl ] [ アール ] は定冠詞 اَل [ ’al ] [ アル ] の姉妹語・変形というわけではなく、名詞 أَهْل [ ’ahl ] [ アフル/アハル ](家族、親族)に近い意味合いを持った名詞です。

定冠詞アルは「-」を使い後続の語とつなげますが、アールはスペースを入れるだけなので区別できます。ツイステでは定冠詞の時にだけ入れる「-」でAlとAsimをリンクさせてあるので、アラビア語の名詞アールではなく定冠詞アルが由来と見て考察を進めたいと思います。

アラビア語の「al-」との比較

ツイステでの設定(カリムくん談)【ゲーム内セリフ】

カリムくん達の名前や素性について語られているセリフはさほど多くないようです。そこから色々な考察が生まれた形ということのようです。作中で語られているのは

「カリム・アルアジームは『アジームさん家の息子カリムくん』って意味になるな。」

「アジーム家は王族じゃないから、オレは王子じゃないぜ、親戚筋には王族もいるけどな。」
「熱砂の国の古い言葉で『アル』は『息子』を意味する。」
「そんで、家を興した祖先の名前を家名にして……」
「以降生まれた男児は全員『その息子』って名乗ることがあるんだ。」

「熱砂の国の富豪は他国の王族よりよっぽど金持ちだ。ゴマをするなら俺よりカリムにしたほうがいい」

キャラクターのセリフをまとめてみると:

  • 家を興した先祖の名前を家名にする
    アラビア語と同じです。いくつかある家名の作り方の1バージョンに一致しています。
  • 以降生まれた男児は『その息子』と名乗る
    アラビア語と異なります。アラビア語では男児・女児共通。先祖名にアルがつくのはその人物を限定して英語のtheをつけてラストネームとして使う家名作成の用法で、「~の子」「~の息子」という親子関係は示しません。この設定からツイステの「アル」はアラビア語の定冠詞と同形ながら異なるものであることがわかります。
  • アジームが先祖の名前で、本人の名前がカリムだから「アジームさんちの息子カリム君」という意味になる
    アラビア語の場合は「アルアジーム=アジームさんの一族、アジームファミリー」になるので、カリム・アルアジームと人名・家名を並べた場合は英語のファーストネームとラストネームを並べた場合に相当。カリムが名前でアルアジームが姓相当の部分ということのみ示します。
アルが「~の息子」「~さんちの息子」はツイステ独自設定でアラブ人の名前にそういう意味は無し

ツイステッドワンダーランドの中ではアルアジームという家名が「アジームさんちの息子」という意味で、アジームが祖先の男性名、アルが「~の息子」を示すことが本人によって説明されているとのことですが、これは完全なツイステオリジナル設定です。

アラビア語のアルには一切そういう用法はありません。

カリム君登場からだいぶ経った2022年末の時点で「中東の名前の前につくアルは~の息子、~さんちの息子」という情報が現実のアラブ人名のルールとして拡散してしまう状況が驚くほど進んでおり、SNS上で実在するアラブ人名を「ツイステで勉強したから知ってる。このアルは息子という意味。」と書かれる方が非常に増えたように見受けられるのですが、ツイステッドワンダーランドの影響を受けてネーミングされた架空のキャラクター以外のアラブ人名に適用してしまうと全て間違いになってしまうので注意が必要です。

その他、考察に含まれているアルの意味との差異

考察で取り上げられている「御~」といった意味を添えることも無いです。純血とか直系とかそういう意味もありません。

実際のアラブ圏ではアルのついた家名アル=◯◯の◯◯部分は遠い先祖の名前で代々引き継いでいるのが一般的です。家長が代替わりした途端に新しい家長の名前△△の前にアルがついくということはありません。アルは基本的に現役家長の身分や立場を示すものではないです。分家したり中興の祖が出てその人の名前や通称由来の家名に置き換わったりしない限り、カリム君が跡を継いだ途端にアル=カリム家という名称には変わらない、というのがアラブ式家名システムになります。

→『アラブ人の名前のしくみ~様々なラストネーム・ファミリーネーム
→『英字表記されたアラビア語の名前とカタカナ化~定冠詞al-(アル)と複合名

またアラブ世界では家名「アル◯◯」を長男や跡継ぎだけが名乗れるという規則も無く、同じ父親から生まれた子供たちは男女共通で長男・長女から末っ子まで全員同じファミリーネームを名乗るのがアラブ式です。数十人いたとしても子供は全員もれなく「ファーストネーム・アル◯◯」となります。

生まれてから死ぬまでずっとその家名「al-◯◯」で、跡継ぎになった時点でアルが外れるとかそういう変化は全く起きません。また女性は独身でも他部族の男性に嫁いでもその家名「al-◯◯」のままです。直系子孫、純血の子女という意味合いも持っておらず、父親がその家の人間で認知をしている限り海外出身のお母さんから生まれたハーフ/ダブルの方でも家名はアル=◯◯を名乗ります。

なお、現代ではイブン(~の息子である◯◯)、ビント(~の娘である◯◯)というパーツはフルネームに入れなくなっているので、ファーストネーム等の後にそれらをはさまず直接ラストネームをくっつけます。なので息子でも娘でもファーストネームの後にすぐラストネームを置くような短いフルネームは一律に「◯◯ al-△△」という構成になります。

定冠詞アル自体には「△△家の者、成員」「△△家の息子」という意味は無いのですが、「◯◯・イブン・△△」「◯◯・ビン・△△」(△△の息子◯◯)という旧式フルネームの代替としてアラビア半島周辺に広まったという経緯があるため、フルネーム「◯◯ al-△△」の定冠詞つき「al-△△」部分がかつての「△△の息子」という表現に置き換わったケースが少なくありません。

そのため「アル△△」というラストネームが「アル△△の(出身の、成員の)」というニュアンスを与えることになります。

なのでカリム君のフルネームもアラビア語の定冠詞アルに先祖名アジームがついたパターンと見るならばファーストネーム+ファミリーネームというフルネーム「カリム・アルアジーム」から「アジーム家のカリム」という意味を読み取ることが可能です。

アルつき家名=文法上定冠詞がついただけ≠名門【考察関連】

家長の名前にアルをつけることができるのは名門の一族だけという制限は無く、色々な種類の分家名の作り方があって、その一つが族長の息子たちA、B、C、Dのファーストネームに全部一律に定冠詞「al-」をつけるという方式もある形です。

また同一の部族でも分家名の方式は一通りとは限らず、現地で出版された部族の分家名大百科で確認しても巨大な部族の場合は「定冠詞al-+家長名」だったり「~の父」「~の息子」という通称だったりとまちまちです。

なので定冠詞アルの有無は王族とか商家とかそういう身分区別の絶対的な指針にはなりません。名詞アール(◯◯家)の方はアラビア半島で複数の王家・首長家が家名表示に使っていますが、定冠詞アルの方はもっと普通で英語のtheぐらいの重要性しか持っていません。

アラブ世界では地元で有名人になった祖父とかがいて「あの◯◯の一家」「例の◯◯一家」という風に◯◯な特徴によって家長が周囲から認知されるようになっていった時点で、人名・職業名・通称となった形質◯◯に定冠詞「al-」がついて家名のようになっていくという過程がしばしば存在します。その界隈や同じ部族内において何らかの理由で区別されるようになって生まれていく家名なので、「◯◯さんち」「◯◯家」という意味の定冠詞アルつき家名「アル=◯◯」が必ずしも富裕の名門を示すとは限りません。

その人が気にしている外見・障がい(例:目が飛び出ている、聴覚が不自由な)や決して褒められない悪癖(例:飲んだくれ)があった場合でも家名に転じてしまう土地柄だったので、定冠詞「al-」がついた家名といっても◯◯部分には色々な種類がある感じです。

引き継がれず途中で変わることも多い家名【考察関連】

また「アル=人名」方式のファミリーネームは、家長名を家名にしただけなので永遠に子孫が引き継ぐとは限らず、途中で変更になることもあります。分家ができれば元々は同じ「アル=◯◯」家だった一族でも、枝分かれした時点で「アル=△△」や「アル=◇◇」を別々に名乗るようになるのでファミリーネームを見ただけでは「アル=◯◯」の成員だと気付かなくなることも。

分家云々に関わらず、元々は部族由来の形容詞と定冠詞al-を組み合わせた「al-◯◯ī」というラストネームを持っていたはずの人たちが、子孫の代になって祖父名をラストネーム代わりにする名乗りに乗り換えるパターンもあります。

元々部族名由来のラストネームがあっても、近代までは商家として商いで成功すると「~屋」という職業名やその店の主力商品をそのまま家名に取り入れた「~ジー」(例:サーブーンジー=石鹸屋)が新しいファミリーネームになったりしていたりもして、建築家ザハ・ハディド氏の祖先も途中で部族系家名から石鹸屋に家名が変更となっています。この傾向は比較的アラビア半島の外に多かったものになります。

部族社会と分家「アル=◯◯」

サウジアラビアなどは部族社会ということで部族由来の家名や分家名がずっと残っています。ツイステの場合はご先祖のアジームさんの名前の前に「Al-」がついている部族民的な家名となっているので、砂漠の部族社会的な家名を彷彿とさせる語形であるようには感じます。

ちなみに地中海東岸地域(シリア・レバノンといったレヴァント地域)の場合は定冠詞al-がついている家名があっても、家長のファーストネームではなくあだ名か職業名との組み合わせになっていることが多いです。

いずれにせよ千夜一夜物語のアラジン自体中国出身の男子なので、アラジンとアラビア半島のど真ん中の砂漠のサウジやアラブ首長国連邦辺りは必ずしも結びつかない部分があります。大元の世界観的にはもっと広大な舞台を股にかけているのがアラジンくんの大冒険です。アラビア語とは縁の薄いどこかのイスラーム風地域の青年なので、アラブっぽくない部分・アラビア語的に間違っている部分があってもおかしくありません。

「◯◯家の息子」【ゲーム内説明+考察関連】

作中では「Al-」が「◯◯さんちの息子」という意味を与えられていますが、アラビア語で息子は اِبْن [ ’ibn ] [ イブン ](ibn、Ibn)です。口語風の発音は بِنْ [ bin ] [ ビン ] などです。

→『アラブ人の名前のしくみ~ナサブ(◯◯の息子/娘で示す系譜)

人のフルネームでは本人のファーストネームと父の間に挿入し、その際にイブンの「イ」部分の音が脱落します。フルネームではなく家系図の代わりとなる表現では無限にこれを続けて「本人の名前・ビン・父の名前・ビン・祖父の名前・ビン・曽祖父の名前…」とずっとひいひいひいひいひい(以下略)爺さんの△△までたどってストップさせて最後に家名を置くのですが、家名が「Al-◯◯」だった場合にはAl-の直前のみイブン(ビン)は置きません。

家名の前にイブンの複数形アブナーゥを置いて「アブナーゥ・アル◯◯」とした場合には「アル◯◯家の成員の子息たち」といった表現をすることは一応あるのですが、フルネームに関しては「カリム・イブン・アルアジーム」(アジーム家の子息カリム)のような言い方はできません。

人名の意味を調べる時の注意点【考察関連】

カリム君本人がアジームはご先祖様の名前と説明していることから、Asim の部分がファーストネームでかつアラビア語か中東言語の男性名であることがわかります。

英字表記で「Al-」と表記するのはアラビア語の定冠詞の「al-」なのですが、作中ではオリジナル設定で「◯◯さんちの息子」「◯◯家の息子」という前提で話を進めたいと思います。

◯◯部分が Asim かつカタカナ表記がアジームなので、Asim と書いてアジームと呼ぶアラブ名を探す必要がありますが、残念ながら存在しません。

アラブ人名の英字表記では

  • 通常、長母音を示す横棒が省略される
  • 発音がsに似ている複数のアルファベットを同じ英字のsで表記する

アラブ人名英字表記で s(*shとは区別)になっている部分はいずれもサ・スィ・スを意味しており、ザ・ズィ・ズと濁点がついて濁ることはありません。しかしフランス語圏の場合だとsが1個だけの時は濁点がつくので英語圏と全くアラブ人名表記ではHasanがハザンになってしまうことから、ssを重ねてハサンと読ませることが広く行われています。

また日本では元のアラビア語でアズィームと発音する人名をアジームやアジム、ザーイドと発音する人名をザイドやザイード、カースィムをカーシムやカシムとカタカナ表記することが広く行われています。

しかしアラビア語では子音の組み合わせである語根が単語の持つ意味を決めるためsとshiを入れ替えただけで全く別物の名前になってしまいます。また語根というパズルを語形にあてはめて意味のバリエーションを作っていくため、カリームをカリムのように短くしただけで元のアラビア語では違う意味に変わってしまいます。

なので日本語化されたカタカナ表記を元にアラブ人名辞典をたどっていく時には、以下の点に留意する必要があります。

  • 日本語のカタカナで聞いた時の音がハーリスとなるHaris(守る人)とHarith(耕す人)という人名があった場合、英字表記でHarithと書いてあるにもかかわらず「あ、こっちの意味のほうが良いからHarithは守る人って解釈しよう」としてはいけない。
  • カスィームと書いてある以上、Qasīm(カスィーム=分けられた、分け前)とQāsim(カースィム=分ける人)の中から「こっちにしようかな」とカースィムの欄に書かれている意味を取ってくることはできない。

Asimは一体何なのか?【考察関連】

Asim をアズィーム(日本で流布しているカタカナ表記だとアジーム)と読めるのは、アラブ人名の英字表記から元の発音を推測して読むルールを知らず読み間違えた時、欧米に帰化したアラブ人の名前を現地風に発音した時だけです。

*海外移住したアラブ人の名前については、現地の言語の読みに引っ張られてHasan(ハサン)をハザン、Ahamd(アフマド、アハマド)をアーマドと発音してしまうといったことがよく起きます。

ツイステッドワンダーランドにおいても、設定を行った方がアラビア語の英字表記とその読み方の規則を把握されていなかった可能性が考えられます。もしくはそういう間違い系とは関係無しに人名部分はアラビア語風であってアラビア語ではない作品オリジナルのつづりとして設定された可能性も非常に高いと思います。

アラブ人名辞典と命名規則をまとめている立場としては「Asimと書いてアジームと読む名前は無いので、アラビア語の観点から考察することには限界がある。英語圏ではJasmineがジャズミンと濁点つきで発音されたりするように、アジームもアラビア語としてはアスィームなのをアズィーム(アジーム)と読んでいるかもしれない。ゲームキャラクターの設定なので深読みするレベルの理由自体そもそも無いかもしれないが、それも含めて作った方にしかわからない。」ということしか言えません。

まずは英字表記Asimのみで見た場合
候補を並べてみると

まずはアジームという後半部分を長母音にしている制限を取っ払って、Asimという英字表記から引き出せる名前候補を挙げていきたいと思います。

アラブ人名でAsimで書かれている場合、濁点は一切つきません。考えられるのはアースィム、アスィーム、アスィムのいずれかです。実際に使われている・実在する語を並べてみると

عَاصِم
[ ‘āṣim ] [ アースィム ] ♪発音を聴く♪
英字人名表記例:Aasim、Asimなど
▶護る者、防御者

Asim という英字表記だけ見せてアラブ人に「どの男性名だと思う?」と聞いた場合に返ってくる返事の筆頭候補です。アラブ人名として実際に使われている能動分詞です。

أَسِيم
[ ’asīm ] [ アスィーム ] ♪発音を聴く♪
英字人名表記例:Asiim、Asim、Assim、Aseemなど

近年になって男児の命名に使われるようになった新造のマイナー男児名らしく、管理人自身ニュースや新聞で実在するアスィームさんを見かけたことは無いです。

アラビア語の赤ちゃん命名サイトでは「家畜を放牧場に出す者」「視線を投げかける者」という意味も与え得るとはしているものの、語源がはっきりたどれる人名ではなく音的に良い感じだからと使われているものと説明している命名サイトもあります。

عَسِيم
[ ‘asīm ] [ アスィーム ]
英字人名表記例:Asiim、Asim、Assim、Aseemなど

まれに人名や家名として使われることがあるようです。しかし辞書を調べてぱっと意味が出てくる一般的な名詞という訳ではないようでした。

عَصِيم
[ ‘aṣīm ] [ アスィーム ]
▶何かの残り;体に残っている汗の跡、ラクダの脚についている尿の汚れ

これはさすがに人名にするには汚いかと思います😅

有力なのはどれ?

عَاصِم [ ‘āṣim ] [ アースィム ](護る者、防御者)は al-Asim という英字表記とアラブ世界における名前・家名としての使用頻度からすると最も有力な候補です。 「護る者、防御者」という意味もあるので「うん、良い名前だな」ということで考察に用いられている方も多いかと思うのですが、カタカナ表記の「アジーム」が確定を躊躇する大きな原因となります。

Asim と書いてアジームと読ませるといった解釈は、Kosaka と書いて香坂(こうさか)と発音する日本人名を「小坂(こざか)」と同じだとして「香坂はこざかと読みます。小さい坂と言う意味も示します。」と紹介するのと同様の行為になります。

欧米のような非アラビア語圏におけるアラブ人名発音によくある特徴を当てはめれば、アースィムをアスィーム、アースィムをアーズィム(例:s1個だとz音のように濁点がつくフランス語圏)と違う風に読むことは十分に考えられるのですが、ツイステッドワンダーランドの場合は一応熱砂の国の出身であるカリム君が自分で名乗っている・使っているスペルと発音であり熱砂の国言語に即した発音を忠実にカタカナ化していると考える方が自然かと思います。

だとするとアジームという語形と長母音位置が一致する「アスィーム」の方が候補としては最も近いと言えるわけですが、マイナーな新造男児名だとのことですし通常のアラブ人名ネーミング辞典に載っているような名前でもないので、おそらくこの名前も違うかと思います。

いずれにせよどちらもアジームとは読めないのでアラビア語人名を原語に近くカタカナ化したと考える場合は候補から全て外れます。

仮にアラビア語由来人名の s を濁点つきで発音している、本来はアーズィムなのに長母音として伸ばす部分が前半ではなく後半になってアズィーム(アジーム)で読まれているといった英語圏で起きるような現象まで考察に含めるとしたらアースィム、アーズィムあたりも候補に入ってきますが、ここでは次に移ることにします。

カタカナ表記アジームからのアプローチ

アジームというカタカナ表記をそのまま素直にアラビア語化すると以下の2通りとなります。

عَجِيم
[ ‘ajīm ] [ アジーム ]
▶アラビア語をきちんと話せない人

アジュマーンという部族の祖がこのあだ名で呼ばれていたとされています。アラビア語で語根「 ‘ – j – m 」はアラブ人ではなくアラビア語をきちんと話せないことを単語に与えます。本人の舌にトラブルがあり上手く発語ができなかったことから「アジーム(アラビア語をきちんと話せない人)」という通称がついたとのことです。

アジームというカタカナ表記に近いのはこの語ですが、意味的にもこれで決まりという結論は出しづらいです。

أَجِيم
[ ’ajīm ] [ アジーム ]
▶同じ飲食物ばかりが続いて飽きてしまいうんざりして嫌になってしまった

アラビア語の大辞典には「同じ飲食物ばかりが続いて飽きてしまいうんざりして嫌になってしまった」といった意味の形容詞として載っています。

あとはチュニジアにこのつづりでアジームという発音する港街があるとか。スターウォーズの撮影地にもなりました。

アジームというカタカナ表記に近いですが、人名としては通常使われないこと、英字表記が Ajim となり Asim とは一致しないことから候補から外すことにしたいと思います。

原語でのアズィームをアジームと書いてある可能性からアプローチ

次に考えられるのが、日本語のカタカナ表記で広く行われている「原語ではアズィームなのにカタカナでアジームと書いてある」パターンです。

アズィームとカタカナ表記できるアラビア語は

عَزِيم
[ ‘azīm ] [ アズィーム ]
▶(走りが)激しい

アラビア語の大辞典などに「(走りが)激しい」という意味などが載っていますが、人名としては使わず。

عَظِيم
[ ‘aẓīm ] [ アズィーム ]
▶偉大な

ただの z とは違うアルファベットで [ dh ] の音を重々しくこもらせて発音した文字を含みます。文語では舌を歯にはさんで発音するため Azim 以外に Adhim と書かれていることもあります。

意味は「偉大な」ですが、定冠詞 اَل [ ’al ] [ アル ](アル=)をつけ اَلْعَظِيم [ ’al-‘aẓīm ] [ アル=アズィーム ] にするとアッラーの属性・性質を示す別名(99の美名)になってしまい、英語だと「Allah the great」と訳される「偉大なる者(アッラー)」という唯一神にのみ許される肩書きと一致してしまいます。

アッラーの属性名(アッラーという名称に対する定冠詞アルつき形容詞修飾)の存在、そして「偉大な」という意味がビッグ過ぎることもあってかアラブ人名には通常使われず、アラビア語で書かれた人名辞典にも載っていません。

ただ、イスラーム圏の他地域にはこのアズィームさんがおりパキスタンとかの人名としてはあり得るようです。

有力候補はどれ?

アルアジームが Al-Asim とは書いてありますが、非アラブ諸国のイスラーム圏で人名として使われることがあること、アッラー99の美名が日本の創作物でネーミングに使われることがしばしばあることを考えると عَظِيم [ ‘aẓīm ] [ アズィーム ](偉大な)の日本風カタカナ表記アジームが元ネタなのでは…という気がします。

アラビア語という観点から厳しく吟味すればおかしいので最終候補に残すことはしないのですが、日本国内の創作物におけるネーミングという見方をするとかなりの有力候補であると言えます。

もしかしたら「アーズィム」「アージム」の変形かも?と推測する場合

さらに考察の幅を広げてアラビア語でアーズィムという人名をアズィーム→アジームと日本風にカタカナ表記した場合のチェックもしておきたいと思います。

عَازم
[ ’āẓim ] [ アーズィム ]
▶決心している、決意した(者)

能動分詞由来の人名です。決意を胸にした勇ましく前向きなイメージの男性名です。ただ Azim や Aazim もしくは口語風にiがeに転じた Azem や Aazem が使われている英字表記なので、z でなく s を使った Asim と結びつけるのは厳しいです。

アラブ的な男性名なのでアラビア語としてナチュラルという観点からだけで選ぶなら عَاصِم [ ‘āṣim ] [ アースィム ](護る者、防御者)に並ぶ有力候補だと言えます。

عَاجِم
[ ’ājim ] [ アージム ])
▶物を噛んで固いか柔らかいか確認している(者)、文章に点や母音記号をつけている(者)

人名辞典には載っておらず、意味的にもこれはさすがに違うかなという感じがします。

آزِم
[ ’āzim ] [ アーズィム ]
▶牙

アラビア語辞書を見る限り「牙」といった意味があるっぽいです。マイナー単語ですし人名辞典にも載っていないです。

آجِم
[ ’ājim ] [ アージム ]

複数のアラビア語大辞典を参照しましたが、このままの語形(能動分詞語形)では載っていませんでした。元になる動詞の意味から導き出すと「食べ物に飽きて嫌になった(人)」という意味で理解できそうです。さっきの考察で出した أَجِيم [ ’ajīm ] [ アジーム ](同じ飲食物ばかりが続いて飽きてしまいうんざりして嫌になってしまった)の関連語になります。

ディズニー関連で名前が近いキャラクター

ツイステッドワンダーランド(ツイステ)に出てくるアラビア語風ネームの2人については、ディズニー作品に出てくるアラブ系登場人物の名前を片っ端からリストアップしていくと見えてくるものがありそうだ、ということで私の方でも探してみることにしました。

アシーム(Asim)

ディズニーシー アラビアンコーストのマジックランプシアターにいるオリジナルキャラクターでマジシャンであるシャバーン(Shaban)の見習いだとのこと。英語サイトを見て回ったところアシーム君の英字表記はAsimになっていました。このアシーム君の名前を取り入れて、他の方の考察にもある通りAl-Asimと書いてある部分をつなげ読みするとアルアジーム→アラズィム→アラズィンとなりアラジンに近く聞こえる的な言葉遊びをしてある…のかも?しれません。

Asimと書かれたアラブ名は英語読みとかなり違うことは広く知られている訳でもなくアジームやアジムと読んでしまう方は結構多いので、Azim(アジーム)というアラビア語の形容詞・イスラミックネームと合わさって、アルアジームという家名がこのキャラクターから考案された可能性もひょっとしたらあるかもしれません。

アルアジームはアッラーの別名?【考察関連】

ちなみにただの形容詞 عَظِيم [ ‘aẓīm ] [ アズィーム ] に定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ](al-)とつけると اَلْعَظِيم [ ’al-‘aẓīm ] [ アル=アズィーム ] となります。「偉大な」という形容詞に定冠詞をつけて「アル=アズィーム」英語の the 的な意味を持たせると、「偉大だという性質を持つ中でも唯一無二の存在であられるアッラー」というニュアンスとなり「アッラー99の美名」と呼ばれる神の属性名・別名「偉大なる者(=アッラー)」となります。

ツイステでは元が Azim(アズィーム)である可能性が高いアジームを先祖の名前として設定し、そこに家名につく「Al-」を接続してあるだけだと思うのですが、偶然にもアッラーを意味する語と一致してし「アッラーと同一の名前を名乗ってはならない」という部分に抵触。アラブ人の家名としては考えることが非常に厳しい語形をしています。(アラブ人ファンが「神様の名前みたいだからアラブ人のファミリーネームには無い。」と言うのもそのためです。)

*アッラーの名前から男児名を取ってきてはならない件についての細かいルールについては→『アラブ人の名前のしくみ~ファーストネーム(イスム)

なので「アルアジームが神の名前由来だ」「カリム君はファーストネームもファミリーネームも神がかっていて高貴すぎる」という解釈は、架空ではない現実のアラビア語という観点からでは無理があります。

しかしながら、日本の創作界隈ではこのアッラー99の美名がネーミングに使われている例も結構見かけるので、カリーム同様元ネタである可能性は十分に有り得ます。

イラクのサマーワにアズィーム家がある!?【余談】

定冠詞のついた Al-Azim ではなく、定冠詞抜きのアズィームに「◯◯家」を示す名詞アールを組み合わせた آل عَظِيم [ ’āl(u) ‘aẓīm ] [ アール・アズィーム ](Al Azim、アール・アズィーム)の方であればアラビア語的にアル=アズィームよりも適切な語形だったと言えます。

ちなみにアラビア語で「アズィーム家」を意味する様々なキーワードで検索したところ、イラク系の複数ウェブページ経由で آل عَظِيم [ ’āl(u) ‘aẓīm ] [ アール・アズィーム ](Al Azim、アール・アズィーム)つまり「アズィーム家」が実在していることを確認できました。

調べてみるとこのイラクのアズィーム家の族長の名前は عَظِيم [ ‘aẓīm ] [ アズィーム ](偉大な)一語のみ・単体でのファーストネームではなく、مُحَمَّد عَظِيم [ muḥammad ‘aẓīm ] [ ムハンマド・アズィーム ](Muhammad Azim、ムハンマド・アズィーム)という複合名だったようです。

アラブ世界には他人のフルネームや主語述語をそっくりファーストネームで命名してしまうケースがあるのですが、このムハンマド・アズィーム氏についてもおそらく預言者ムハンマドに対する称賛の気持ちを意識して「ムハンマド(muḥammad)様は偉大なり(‘aẓīm)」というイメージで預言者ムハンマドにあやかって命名された2語1組のファーストネームだったものと考えられます。

アラブ世界では「ムハンマド・◯◯」で一人のファーストネームにする複合名ではムハンマド部分が省略され「◯◯」の部分だけで呼ぶことが多いため、このイラクのムハンマド・アズィーム氏が家長の一族も地元サマーワでムハンマド・アズィーム家と呼ばれたり、ムハンマド部分を省略してアズィーム家と呼ばれたりしているようでした。

なお عَظِيم [ ‘aẓīm ] [ アズィーム ](偉大な)はアラブ世界において男性名としてはまず使わない珍名ということで、これ以外の他のアズィーム家はアラビア語サイトで見つけることはできませんでした。

トルコ語の合金説について【考察関連】

アラビア語に Asim と書いてアジームと読む名前が無いことから、トルコ語の合金「alaşım」説が出たようです。しかし ş は s に似ていますがシュと同じshの音で、

[ ɑ.ɫɑ.ʃɯm ] (アラシムとアラシュムの中間のような感じ)とジのように濁点はつかず、アジームとは全く違うように聞こえつづりが似ているだけの共通点しか持っていません。

アルアジームが al- と asim の組み合わせであることを考えるとトルコ語「合金」説は無理があると思うのですが、日本で考案されたキャラクターネーミングだとアラビア語として正しいとかトルコ語としてどう発音するといった細かいことは気にされず本来の読み方が採用されていないことも多いので、合金説が完全に否定できるとまでは断言はできないかもしれません。

アジーム家?アル=アジーム家?どっちが正しい?【ゲーム内せりふ+考察関連】

アラブ人の名前のしくみ~様々なラストネーム・ファミリーネーム』からの抜粋です。

日本語のカタカナ表記にする際、ファミリーネームに含まれる定冠詞al-は省かれ、原語では「アル=◯◯」と読んでいるにもかかわらず、日本語では「アル=◯◯」ではなく「◯◯家」とのみ書かれることが広く行われています。

اَلْـ ــ
[ ’al-◯◯ ] [ アル=◯◯ ]
→ 日本語のカタカナ表記:◯◯家

家長の名前が元になっているファミリーネームだとその大御先祖◯◯氏のファミリーという意味が定冠詞(=英語のthe)つきの「アル=◯◯」というアラビア語になっているので、日本語にする際「◯◯の一族」「◯◯家」という意味にするためアル部分を取り除いたりしている感じです。

元のアラビア語ではラストネーム(ファミリーネーム)に含まれる定冠詞アル部分を読まずに省略することはしない(*ただし اَلْحَسَن [ アル=ハサン ](先祖名ハサンに定冠詞をつけた家名)を آلُ حَسَن [ アール・ハサン ](ハサン家、ハサン一族)と言い換える際は定冠詞が取れたりします)ですが、日本語でカタカナ表記をする場合にはアラビア語表記にはある定冠詞アルを日本語化せず省略することが多いという点に留意して扱う必要があります。

純アラブ名としては個人的な意見も入っていますが次のような使い分けが良いような気がします。

  • アラビア語での元の読み方
    اَلْـ ــ [ ’al-◯◯ ] [ アル=◯◯ ]
  • 日本語でカタカナ化して~家をつけた場合
    アルを抜いて「◯◯家」とするのが日本では一般的
    アラビア語と同じにしてアルつきの「アル=◯◯家」でも間違いではない
  • 「◯◯家」抜きでファミリーネームを呼ぶ・指す場合
    「アル=◯◯」(英語の「~一家」the ~sとはちょっとニュアンスが違うかのしれませんが定冠詞theつきなのは似ています。

アラブ人は相手のファミリーネームで「おいアルアジーム」とか「おいアジーム」のように呼ぶことはまずしません。ニュースや論文で「(アル)アジーム氏」のようにラストネームで言及することは多いのですが、相手が目の前にいて知人・仲間同士で呼び合う場合は基本的にファーストネーム、ファーストネームから作った愛称、クンヤの類を使うことになります。

ツイステッドワンダーランドの中では家名で呼んでいるシーンがあるとのこと。日本のゲームなのと色々なバックグラウンドの子たちが集まっている学校ということで名字呼びで統一されていると考えることもできるかと思います。

ちなみにツイステの作中ではアルが息子という意味で説明されているのでアラブ式のこの方法は合致しません。ツイステの熱砂の国の言葉の設定では「アル=アジーム家」とすると「アジームさんちの息子家」になってしまうことを考えると、家名を呼ぶ時はアル抜きの「アジーム家」とするのが正しいものと思われます。

アルアジーム(Al-Asim)のAlってもしかしてアラジンの愛称アルのこと?【考察関連】

男性名アラジン(Aladdin)ですが、よく間違えて「アラビア語で Aladdin は定冠詞 Al(アル)と addin に分解される」と言われることがあります。

アラジンのアラビア語での元々の発音はアラーウッディーンです。これが英語のAladdin [ əlǽdn ] [ アラディン ] になった訳ですが、説明すると長くなるのでアラビア語でのつづりや発音の変化の過程については『英字表記されたアラビア語の名前とカタカナ化~定冠詞al-(アル)と複合名』の『アラーウッディーンがアラジンになるまで』で確認していただければと思います。

Aladdinはアラビア語で2つの名詞が組み合わさったいわゆる複合名というタイプなのですが、実際には Ala が 1語目、ddin が2語目由来です。ddin 1文字目の「d」は定冠詞 al- の直後に d の字が来ることで変形した ad- の残りで、定冠詞1文字目の「a」は前に別の単語Alaが来ることで消失。なので英語の the に相当する定冠詞は Ala の Al 部分ではなく ddin の d 部分だということになります。

ディズニーのアラジンではジーニーから愛称「アル」で呼ばれていますが、アラブ圏の場合アラーウッディーン(アラー・アッ=ディーン)さんは2個組み合わさっているうち前半の名詞「アラー」が一般的なニックネームになります。

ただツイステッドワンダーランドではそういう事情とは別にディズニー版アラジンに合わせてKalim Al-Asimに彼が名乗っていた王子名「Ali(アリ)」や愛称「Al(アル)」がはめ込まれている可能性は十分にあるかと思います。

フルネームをアラビア語で書くとどうなる?

カリム君の場合はアラビア語に当てはめられない要素が多いですが、考察の中で出てきた単語を

(ファーストネーム) الـــ..+(ラストネーム)+..

の各部分に埋め込んでアラビア語表記とする形になります。

カリムの方は英字表記通りに「l」でいき、asim の方はあえてカタカナ表記のアジームを重視し英字表記の s を無視してイスラーム圏で見られる「偉大な」という意味の عَظِيم [ ‘aẓīm ] [ アズィーム ] に置き換えるという解釈であれば

كليم العظيم

やっぱり l の Kalim で話し手とか話し相手とかいう意味じゃなく寛大の方がしっくり来るから Karim に読み替えたい、でも家名のご先祖名部分は「偉大な」という意味の عَظِيم [ ‘aẓīm ] [ アズィーム ] に置き換えるという解釈であれば

كريم العظيم

Kalim の l を尊重はするけれどもアジームと濁点をつけて読むのが手違いか意味がある操作かもしれないという解釈をし、al-asim の asim は現代になってから増えつつあるという男子名の أَسِيم [ ’asīm ] [ アスィーム ] が元になっていると考えるならば

كليم الأسيم

l の Kalim で話し手とか話し相手とかいう意味じゃなく寛大の方がしっくり来るから Karim に読み替えたい、アジームと濁点をつけて読むのが手違いか意味がある操作かもしれないから al-asim の asim は現代になってから増えつつあるという男子名の أَسِيم [ ’asīm ] [ アスィーム ] が元になっていると考えるならば

كريم الأسيم

Kalim の l を尊重はするけれどもアジームと濁点をつけて読むのが手違いか意味がある操作かもしれないという解釈をし、al-asimのasimはまれに男性名や家名として使われることがあるアスィームと同じだと考えるならば

كليم العسيم

lのKalimで話し手とか話し相手とかいう意味じゃなく寛大の方がしっくり来るからKarimに読み替えたい、al-asimのasimはまれに男性名や家名として使われることがある عَسِيم [ ‘asīm ] [ アスィーム ]と同じだと考えるならば

كريم العسيم

といった具合に、組み合わせは考察の内容次第でかなりのパターンを作ることができます。この調子でこれまでに書いた候補を並べてパーツを入れ替えていただく感じになりますが、正解がどれなのかは管理人にもわからないのでこれについては自分の解釈に応じてお好みで、としか言えない状況です。

*なお、アラビア文字の上下にある小さな斜め線や◯は母音記号と呼ばれる発音を指定する印です。普通の人名を書く時にはここで書いた組み合わせ例のように省略されます。作品やアクセサリーを作る時はこのような母音記号抜きの文字本体オンリー版をご利用ください。

アラブ世界では太陽=冷酷の象徴?【考察関連】

光属性と太陽、アラブ世界における月と太陽

ゲーム中でカリム君は光属性でファンの皆さまの間でも太陽にたとえられることが多いようですが、実在するアラブ文化の理解という範囲においては「太陽は千数百年前から美貌・輝き・偉大さ・高貴・寛大な存在としてプラスイメージで描かれる存在」という理解が妥当かもしれません。

アラビア語の比喩用法としては、同じ宮廷に偉い人が複数いた場合「太陽が王様、月が大臣」といった使い分けによって称賛をすることもあり、月と太陽を使った比喩表現には正反対の性質よりも共通点が複数見られるなどします。なのでアラビア語をやっている側からすると、対極にある者同士というよりは違うようで実は似ている同士といったイメージが強めに感じられます。

二次創作で「カリム君=寛大な暖かい太陽」にするのは認識不足?

「カリム主人公の二次創作で太陽が良い意味に使われているけど、砂漠の国々(アラビア)では真逆。だからそういう設定は本当は間違っている。」という指摘ですが、常に良い意味での使い方がアラビア語的には正解なのですが運営側は残酷な砂漠の太陽という意図で設定しているかもしれないので、どちらがベターなのかは断言しづらいところです。

日本で有名な「砂漠の太陽は冷酷で奪う存在、アラブではけなし言葉」説が有名になり過ぎてしまっているので、アラブにおける本来の使い方をすると二次創作を読んだ人に伝わりにくい可能性が高くなるかもしれません。またゲーム中でも寛大さとは全く違う冷酷な方の太陽のイメージが付与されているということはあり得るかと思います。

*なおアラビア語で太陽は اَلشَّمْسُ [ ’ash-shams ] [ アッ=シャムス ] といい、カリム(カリーム)やアジームといった語とは特に関連が無い名詞となっています。

日本語書籍を通じて広まった誤った情報

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アラブ世界における月と太陽

SNSで知ったのですが日本では「アラブ世界においてあなたは太陽のようだは無慈悲・非常・冷酷・残酷という意味のけなし言葉で、月のようだは優しいという意味になる。」という認識が一般的のようです。出所は日本語に関する有名な書籍やそれらが出典となっている教科書・テストなどらしく記憶に残っている方も多いのだとか。

実際のところアラブ世界ではこのような対比はせず、月は美貌・かわいらしさ・色白の象徴として多用され、太陽は事柄・真実が明白であることの比喩や全てをあまねく照らす存在やあらゆるものにまさる強い光を放つ高い地位にあることを占める存在のたとえとして使われるなどし、文学的な表現ではどちらも良い意味で用いられるのが一般的であるように思います。

国語・修辞論(雄弁術)の比喩技法の単元では「美貌の象徴=太陽と月」と明記されているほどで、「月=優しい、太陽=冷酷非情」「女性をほめるつもりで太陽にたとえると大惨事」といった日本で有名なアラブ文化解説は、残念ながら事実に基づかないアラブ=砂漠=ずっと暑くて乾燥しているという固定観念と憶測から生まれてしまった架空の豆知識だと言っても過言ではありません。

太陽は冷酷どころか寛大なる恵み・慈悲・見返りを求めない親の愛の比喩表現として使われることも少なくなく、日本で定着してしまっている(誤解と想像から生じたであろう)「月=慈愛、太陽=冷酷非常・奪うもの」というアラブ文化解説の内容とは真逆です。

そのような比喩の場合、月ではなく太陽の方が「途切れることが無く、分け隔てせず皆に等しく、燦々と輝く太陽のように温かく優しい慈愛を注ぎ続ける人」のたとえになります。なので冷酷・非常とは正反対になる訳です。

月も太陽も恋人に対する讃美に使えますが、アラビア語やアラブ世界の文化に忠実な設定をしたい場合に大事なのは現地で実際に使われている比喩のルールに基づいて使う点です。「きみはまるで月のように美しい。そして太陽のように輝きぼくの人生を照らしてくれる。寒く暗い夜にぼくを導き、寒い冬にぼくに温もりをくれるまるで愛の泉のようだ。」といったフレーズにすればアラブ風ラブレターの出来上がりです。

アラビア語における太陽と月の比喩用法リスト

  • 月~男性名詞
    (男性にも使いますが特に女性の)美貌、色白、(満月のようにぷくっとした)ふくよかさ、丸い形、(他の星々よりも強い)輝き、闇の中での導き、長や大臣(←太陽を王にたとえた場合は月が大臣、星が貴人といった位置づけ)といった高い地位、満ち欠けのようなうつろい、新月のように姿を消す=離別・恋人の心移り
  • 太陽~女性名詞
    (天空で最大・最高たる太陽のような)高い地位、(他の星々・惑星が全て消えて見えなくなるほどの)強い輝き、(月よりも無謬性が強い)宗教的な導き・啓蒙、(諸王の中でもずば抜けた)王者、国王、卓越、寛大さ、恩恵、慈悲・慈愛、美貌、丸い形、日の出・日没=逢瀬・離別
  • 太陽+月
    太陽と月に共通する光のような強く輝き並び立つ者がいないような人、もしくは太陽と月が持つそれぞれ異なる美点を色々と持ち合わせている人

「暑いのって嫌だよね」から生まれたタイプの慣用句

暑いアラビアの夏・太陽光の割には「太陽みたい」という慣用句が絶賛になるという件ですが、それとは逆に「太陽が照りつけて暑くてしんどい」というマイナスイメージから生まれた慣用句も存在します。

  • 心が冷える・心が凍る=嬉しい、幸せだ

これは雨・雹(ひょう)・雪が天からの恵みでひんやりして気持ちが良いことから来ています。これについてはアラビア半島の厳しい夏というイメージと合致しているわかりやすい例だと思います。

ジャミル・バイパー

公式サイトキャラクター紹介
https://twisted-wonderland.aniplex.co.jp/character/jamil
ジャミル・バイパー
Jamil Viper

ファーストネーム

アラビア語的な意味では

日本語で書かれた人名辞典では Jamil の i 部分に本当はあった長母音を復元せずにジャミルと書かれていることが多いですが、アラビア語通りの発音はジャミールです。

Jamil と英字表記するアラブ男性名はジャミールぐらいしか無いのでジャミル君の場合は元の名前がすんなり特定できる感じです。

جَمِيل
[ jamīl ] [ ジャミール ] ♪発音を聴く♪
英字人名表記例:Jamiil、Jamil、Jameel
▶【形容詞】美しい(外見・容貌以外にも、所作・人柄について「良い」ことを示す形容にも使います)、美男の、美貌の;佳い、良い
▶【名詞】親切、善行

ジャミールはとんでもなくずば抜けた美しさ・素晴らしさという強い度合いを示すことはありませんが、ただの顔だけなイケメンに限らない色々な種類の良さ・善さ・佳さを示します。おおまかに言うと、体全体の外見や風貌、その人の人柄や行動が他者に好感や良い印象を与える場合に使います。

英語では「Giving pleasure or delight to the mind – shapely; sightly; beautiful; charming; comely; graceful」「beautiful, graceful, lovely, comely, pretty, handsome」などと説明されます。

対義語は قَبِيح [ qabīḥ ] [ カビーフ ] で、意味は「醜い・嫌な・卑劣な・醜悪な」などです。

美貌の男性はジャミール、女性はジャミーラという形容詞で表せますが比喩表現を使って「月みたい」「満月みたい」と言うことも多いです。またハンサムな男性の場合は وَسِيم [ wasīm ] [ ワスィーム ](ハンサムな)という形容詞の方がよく使われています。

ジャミールは人間の美以外にも物事・考えといった対象にも使い、「(それは)いいね」「きれいな景色」「いい考え」といった表現にもジャミールという形容詞を持ってきたりします。

品詞の種類

人名辞典の男性名欄には通常ジャミールは形容詞という説明で載っています。ただアラビア語のジャミールのような語形は厳密には日本語でいうような形容詞とはちょっと違った性質を有しており、分詞のように機能することから صِفَة مُشَبَّهَة [ ṣifa(h) mushabbaha(h) ] [ スィファ・ムシャッバハ ](分詞類似形容詞)と呼ばれています。

アラビア語のスィファ・ムシャッバハはただの形容詞とも名詞とも違う働きをするのですが、これについては中級以上の一部文法書で格変化の法則などが紹介されています。

男性形と女性形

アラビア語では名詞や形容詞に男女の別があるので、女性版は英字表記の語末に a の音を加えた جَمِيلَة [ jamīla(h) ] [ ジャミーラ ] とし語形を変える必要があります。

アラビア語では三人称・男性・単数が基本の語形で、女性形はその語末のつづり・発音を変えたり時には語末以外の単語の語形を変えたりして作ります。男性形がジャミールで女性形がジャミーラといった具合に、英字表記の時の語末に a を足すだけで女性化するのはその典型的な変更パターンです。

本来の文語アラビア語(フスハー)における厳密なルールでは [ jamīlah ] [ ジャミーラ ] とふんわり [ h ] の音を入れて発音するのですが、現代会話アラビア語では [ jamīla ] [ ジャミーラ ] までしか読みません。ジャミーラという女性名の英字表記にJamila、Jamilahが混在しているのはそのような理由によります。

なおジャミールをジャミルと日本でカタカナ表記することが多いのと同様、女性形のジャミーラも日本語では英字表記の Jamila を見たままにカタカナ化し長母音部分を復元しないジャミラというカタカナ表記が多いです。

アラブ人にジャミールさんはあまりいない?

男性名のジャミール自体はアラブ世界においてあまり使用頻度は高くないマイナーネームです。ウマイヤ朝時代の詩人にジャミールというファーストネームの人がいたりしてアラブ人の名前として使われてきた語ではあるのですが、現代ではジャミールを命名に使うことは少なくなってしまったようです。

アラブ世界では同じ語根 j-m-l を違う語形にあてはめてジャミール同様「美」に関する概念を意味する名詞にした جَمال [ jamāl ] [ ジャマール ](英字表記はJamaal、Jamal)という人名の方が遥かにポピュラーです。

元々ジャマール1語だけを使った美男・美夫・佳男さん的な意味の命名に加え、大昔に功績を挙げた人物に与えられていた جَمَال الدِّينِ [ jamālu-d-dīn ] [ ジャマールッディーン ](英字表記はJamal al-Dinなど、意味は信仰の美・宗教の美など)という称号由来の男性名を意図した命名であることも。

昔はジャマールッディーンのような複合名がOKだったのに長い名前は国民登録の入力欄に入りきらないからと規制された国もあり、そうした地域ではこの名前をファーストネームとしてつけていた伝統の代替として1語目のジャマールだけを残して男児名として使うことが増えたこととリンクしています。

またジャミールと同じような「良い」「佳い」「美しい」というニュアンスで حَسَن [ ḥasan ] [ ハサン ] という名前があるのですが、そちらは預言者ムハンマドの孫でありシーア派イマームであるアル=ハサンのファーストネームであることからジャマールよりもはるかに高頻度で命名に使われています。

ちなみにJamil(ジャミール)さんはアラブ世界の外の方が多いようです。検索してみると各国のイスラーム教徒男性がヒットするかと思います。

ディズニーに関連したJamilという人名

ディズニー作品声優Jameela Jamil氏

ジャミル君との命名とは直接関係無いかもしれませんが、インドを舞台にしたアニメ作品『Mira, Royal Detective』のAuntie Pushpa役声優がインド-パキスタン ハーフのJameela Jamilさんという女性なのだとか。

ジャミール(ジャミル)と同じ語根 j-m-l を使ったキャラクター

  • ジャマル
    東京ディズニーシーのアラビアンコーストに置かれているラクダ像の名前。語根はジャミールと同じ j-m-l ですが「美」の概念とは関係が無く جَمَل [ jamal ] [ ジャマル ](オスのラクダ)から来ているものと思われます。
  • ジャマル
    東京ディズニーシーでかつて行われていたアトモスフィアショー『ファルーク&ヒズ・キャメル』で行商人ファルークとコミカルなやり取りをしていた相棒のラクダの名前。こちらも「美」とは無関係で جَمَل [ jamal ] [ ジャマル ](オスのラクダ)から来ているものと思われます。
  • ジャマル(Jamal)
    実写版映画アラジンに出てきたパン屋の青年でアニメシリーズのFarouk(ファルーク、アラビア語通りの発音は فَارُوق [ fārūq ] [ ファールーク ])に対応。アラブ人名でJamalと英字表記しジャマルとカタカナ表記する男性名は جَمال [ jamāl ] [ ジャマール ](名詞:美)の方で、ジャミル君の名前の由来と思われる جَمِيل [ jamīl ] [ ジャミール ](形容詞:美しい)の関連語です。男性名ジャマ(ー)ルですがアラビア語では全く別の語として扱われるのでラクダとは特に関係がありません。

ファミリーネーム

Viperは英語

Viperはアラビア語ではありません。単に英語の毒蛇のことかと思います。

アラビア語の文語や多くの口語には v と p の音が存在しないので基本的に Viper のような人名・家名は無いです。ただしペルシア語やトルコ語の影響が強いイラク方言は p や ch の音を多用。パーチャチー(一般的な英字表記はPachachi)といった他の地域には無い家名も少なくありません。

ただ v は別で、v 音を含んでしまうとアラブ人・アラビア語の名前である可能性を打ち消してしまうと言っても過言ではありません。なので全く同じ発音やつづりの人名なり普通の名詞なりを純アラビア語の中から探すことは不可能だと言えます。

アラビア語で「毒蛇」は何と言う?

アラビア語で毒蛇は أَفْعَى [ ’af‘ā ] [ アフアー ] と言い女性名詞になります。アラブ世界では自然に関連した名前については男性でも女性名詞を命名に使うことがしばしば行われてきましたが、このアフアーは男性名としてはアラブ地域では使われていないようで調べても人名・家名としては出てきませんでした。

アラブ人の名前のしくみ~ファーストネーム(イスム)』にもある通り、イスラームの命名規則では皆が嫌がったりバカにしたりする動物や、有害なものの名前を子供につけることは許されていません。

田舎には邪視信仰の名残りが見られ、嫉妬されないよう犬コロ・ロバ野郎・名無しといった命名をわざとすることがありますが一般的ではなく、ジャミル君のような普通の青年の名前としては考えにくいレアネームだと言えます。

なお毒蛇という意味ではありませんが、蛇の意味があるポピュラーな男性名自体は存在します。

عُثْمَان
[ ‘uthmān ] [ ウスマーン ] ♪発音を聴く♪
英字人名表記例:Uthmaan、Uthmanなど
▶ヘビ、ヘビの子供;野雁のヒナ

第三代正統カリフの名前としても有名な男性名です。口語的な発音では u が o に転じてオスマーンに近く聞こえます。

イラクにある「ヘビ家」【余談】

検索してみたところ、イラクのナジャフ周辺に آل ثُعْبَان [ ’āl thu‘bān ] [ アール・スウバーン ] という家名があることがわかりました。スウバーンはアラビア語で蛇という意味なのですが、このアール・スウバーンの成員と思われフルネームの家名部分にスウバーンが含まれているイラク人の人名を複数見つけました。

非常に珍しいですが、アラブ世界にもこのような蛇の名前を持つ家名があったようです。

家名と外国語【考察関連】

アラブ世界でアラビア語ではないファミリーネームが無いわけではありません。

  1. 国際結婚をしていて父方が外国人のため子供がアラブ式の家名を名乗っていない。
  2. 外国から来て居着いた一族であるためアラビア語以外の由来の家名である。たとえば大巡礼をしたまま住み着いた、労働者や起業家としてやってきて何代目かにあたる等。外から来た時代によりその背景は様々で、アラブ・イスラーム世界では黒人奴隷であっても特定アラブ系部族の庇護民になることでアラブ風の家名を得たりもしています。
  3. トルコ系支配者による統治の影響から、レバノン~エジプト~イラク近辺のようにアラブ系なのにトルコ語由来の職業名を持っているファミリーが少なくない。
  4. アラブ世界の内部で暮らしてはいるが、異教徒で元々異なる言語を持っていたコミュニティなのでイスラーム方式のアラビア語ネームではなくキリスト教的・洋風な響きを持っている。(アッバース朝時代のカリフであるハールーン・アッ=ラシードの側近一族で後に粛清に遭ったことでも有名なバルマク家もペルシア人家系でイスラーム改宗前は仏教徒で仏教寺院を統轄していた有力者ファミリー。バルマクという家名自体がサンスクリット語由来だと言われています。)

といった具合にいくつかのケースがあります。

そうした現実のアラブ世界にあてはめてジャミル君実家の非アラビア語家名を考察するとしたら

  • 既に現地の国籍を持ち何代もそこで暮らしておりそれなりの地位にいるが、元は海外からの移民だった。
  • 熱砂の国が非アラビア語圏の強大な国に支配されたことがあり、英語的な家名が流入して純熱砂の国人なのにバイパーという洋風の家名を名乗るようになった。
  • ずっと熱砂の国に住んでいるが異教徒一族で違う言語を話しており、家名として非アラビア語的な単語を採用したままずっと世代を重ねてきた。
  • 元はアラビア語風の家名を持っていたが、先祖の家業や先祖の性格・形質が由来の家名が新しくつき Viper というファミリーネームに置き換わって英語風の家名を名乗り続けている。たとえば家業が毒蛇とあだ名されるような性質のものだったから、家名の由来になった先祖が毒蛇バイパーのような人物だったため通称でそう呼ばれていた、等。
  • 妄想をさらに膨らませるなら、バイパー一族は熱砂の王国の前にあった古代王国や辺境の王国の末裔で、現在使われている熱砂語とは違う家名を太古の昔から維持している、等…

現代のアラビア半島には外国人労働者が大勢いますが、スカラビア寮の2人はファーストネームがアラビア語名なので少なくともイスラーム圏出身のイメージであるものと思われます。

熱砂の国から連想されるアラビア半島のイスラーム諸国の気質として、単なる使用人の域を超えた従者などに非ムスリムを起きたがらない傾向・非ムスリムが作った食事を口にしない傾向があるため、個人的にジャミルくんはカリムくんと同じ宗教で、かつ同国出身もしくは近隣諸国出身の宗教面では同胞にあたる存在なのかな?という印象を持ちました。

(なにせゲームなので、生真面目にアラビア語で考察せずにふんわりとそういうものだとして理解して受け止めた方が良いのではないかという気もします。むしろその方が本来の意図にや正解に近い線を行けるルートかもしれません。)

ディズニー作品とViper

ディズニー作品関連では、スカラビアのモチーフとなっているアラジンに出てくるジャファーが作中で蛇に変身するシーンがあります。英語では「Viper に変身した Jafar」と書かれていることも。Aladdin(アラジン)においてはバイパーといえばまずジャファーのイメージ、という感じのようです。

あとはアラジンのアニメでBlack Viperという名称のものが出てくるようです。一応ディズニー作品にも登場する名詞だと言えるかと思います。

ジャミル・バイパーで「美しい毒蛇」の意味になるか?【考察関連】

残念ながら純粋なアラビア語ではそうなりません。というのも形容詞とその被修飾語の位置が日本語とは逆になるため日本語の「~な◯◯」はアラビア語で「◯◯・~」と前後逆転するためです。

アラブ人の名前はフルネームを「~・◯◯」と並べた場合、~がファーストネーム、◯◯がラストネーム(父親の名前、祖父の名前、祖父よりもっと前の先祖の名前 etc.)になり、ジャミル・バイパーという語順から以下のような意味や主語・述語関係を想像することができます。

  • ジャミル・バイパー
    • ジャミル君の父の名前がバイパーでラストネームとして使っている
    • 祖父の名前がバイパーでラストネームとして使っている
    • 先祖の誰かがバイパー氏でラストネームとして使っている
    • 先祖のあだ名や家業がバイパーでラストネームとして使っている
    • 主語+述語として見ると「ジャミルはバイパーです(Jamil is a viper)。」つまり「ジャミルは毒蛇だ。」となり、beautiful viper=美しい毒蛇としては解釈できません。
    • 「美しい、バイパーは。」(日本語の倒置っぽい堅い古風な構文、ジャミルを単なる形容詞としてではなく分詞に類似した語だと見てかなり無理な解釈をした場合。)

ジャミルとバイパーの語順を入れ替えたり定冠詞アルを加えたりした上で文章や主語・述語として見ると以下のような感じになります。純粋なアラビア語として考えると「ジャミル・バイパー」では美しい毒蛇という意味できませんが、逆にするとようやく「美しい毒蛇」という解釈を導き出せることになります。

  • バイパー・ジャミル
    • 【非限定】(とある)美しい毒蛇
    • バイパー氏は美しいです
  • アル=バイパー・アル=ジャミル
    【限定】(その)美しい毒蛇
    *「その美しい毒蛇」と限定形にするには、修飾語と被修飾語の両方に定冠詞アルをつける必要があります。
  • バイパー・アル=ジャミル
    美しきバイパー氏
    *バイパーが固有名詞と考えるならばバイパーの前に定冠詞アルをつけなくても文法間違いにはなりません。

『グランブルーファンタジー』のジャミル・ウルジュワン君が「美しい紫」と解釈されるのも日本語の語順に慣れている方特有の解釈であり、「美しい紫」という意味にするには「ウルジュワン・ジャミル」と逆にする必要があります。

また人名は固有名詞で意味上限定されているので、「美しいムハンマド」「美しき男ムハンマド」のように人名に形容詞の修飾をつける時は、限定されている人名に合わせて「ジャミール」の語頭に英語の the に相当する定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ](al-)を接続して「アル=ジャミール」とした上で「ムハンマド・アル=ジャミール」(美しいムハンマド氏)としなければいけません。

もしジャミールに定冠詞「al-」をつけず「ムハンマド・ジャミール」とすると、主語・述語関係になってしまい意味も「ムハンマドは美男です。」に変わります。

という具合にアラビア語的には間違いなのですが、日本では「ジャミル・◯◯」という人名を「美しい◯◯」という風に解釈・考察するのが一般的なので、おそらくツイステッドワンダーランド作者の方もジャミル・バイパーを「美しい毒蛇」というイメージで命名されたものと推察されます。

フルネームをアラビア語で書くとどうなる?

カリム君と違ってジャミル君の名前のアラビア文字表記は候補がほぼ1個しかありません。

ジャミルは十中八九「美しい」という意味の形容詞ジャミールを日本語風にカタカナ表記したものだと思うので、アラビア文字で書くと جَمِيل [ jamīl ] [ ジャミール ] に。

家名のバイパーは英語での発音に忠実なカタカナ表記をするとヴァイパーですが、文語のアラビア語には v と p の子音が無いのでこれらを表すアラビア語の文字もありません。そのためアラビア文字を使っていてかつ [ v ] [ p ] 音がある周辺諸外国語から文字を借りてきて [ v ] を ڤ で、[ p ] を پ で代用することもあります。

*ペルシア語式の [ v ] はアラビア語の و [ w ] という同じつづりであってかぶってしまうので外来語の [ v ] の当て字にはまず使いません。

外来語に長母音を加えてアラビア語化する慣習から [ ヴァイ ] ではなく [ ヴァーイ ] と伸ばした上で当て字をしたフルネームは

جميل ڤايپر

となりますが、このように外国語から借りてきた点がいっぱいの文字を使うのはメジャーな表記ではありません。

通常はアラビア語にある文字の中にある類縁の子音をあてて [ v ] を ف [ f ] で、[ p ] を ب [ b ] で表記することが行われます。しかし ڤپ はアラビア語では普段使わない文字なので、点の数が3個ではなく1個しか無いアラビア語の f と b の文字に置き換わってしまいます。

そうしたアラビア語の事情に基づいたフルネームのアラビア語版は

جميل فايبر

となります。

また英語の舌を巻き上げる「アー」は無いので、英単語の ar や er 部分は [ アル ] や [ イル ] をあてます。アラビア語文語では母音がa・i・uの3種類しか無いので、[ エル ] と読ませたい場合でも母音記号などの表記上は [ ’ir ] [ イル ] と同じつづりになります。

英語で Viperと書いて「毒蛇」を意味する語はアラブ圏では自動車のモデルなどとしてアラビア語表記で登場するのですが、何の予備知識も無く当て字のとおり発音すると فَايْبَر [ fāybar/fāibar ] [ ファーイバル ] となりかねません。そんなつづりですが外国語の音にアラビア文字を当てただけなので、察した上で [ ヴァーイパー ] と読ませることが意図されています。

アラビア語で光ファイバー回線といった語の fiber [ ファイバー ] も全く同じつづりになってしまうので紛らわしいですが、Viper も「فايبر」が一般的な当て字となっています。

既に述べた通り、アラブ人は英語の巻き舌 ar を [ アー ] と読むのが苦手で [ アル ] になる人が多く [ ヴァイパー ] は [ ヴァイパル ] になりがちですし、p 部分を [ b ] で発音してしまう人が大半なので、現実のアラブ世界では Viper という英語を [ ヴァイバル ] と読まれる可能性が非常に高いです。

また英語の viper を見て発音するよう頼んだ場合、er 部分を [ エル ] で読み [ ヴァーイベル ] に近く発音される可能性も高いです。

*なお、アラビア文字の上下にある小さな斜め線や◯は母音記号と呼ばれる発音を指定する印です。普通の人名を書く時には省略されます。作品やアクセサリーを作る時はこのような母音記号抜きの文字本体オンリー版をご利用ください。

アラブ人風なのに長髪や三編みってどうなの?

髪を長くして三編みを組んだブレイズのようになっているジャミル君。現代のアラブ人・イスラーム教徒男性の髪型に比べるとだいぶ違う感じで「アラブ人っぽくないのでは?」「イスラーム教徒男性としてふさわしくないのでは?」と感じる方がいるかもしれません。

しかしアラブ人男性は元々長髪が多く、遊牧民男性が長い三編みを垂らすことは珍しくありませんでした。今では西欧化して短髪が好ましい(多くのアラブ諸国ではツーブロックが大人気です。イスラームでは本来ツーブロックはNGですが洋風の髪型が席巻しています。)・洋風の長髪は男性らしさが足りずけしからんという風潮が広まりましたが、かつてお下げ姿はお洒落な伊達男の象徴だったとか。

預言者ムハンマドは耳たぶ~肩ぐらいまでの長さまで髪があり三編みを4つほど下げていたという言い伝えが残っています。原理主義活動家が一般男性よりもひげだけではなく髪も長めにしていることがあるのは、預言者自身が長髪だったこと(=預言者のスンナ)に倣ったものです。

ただ預言者の髪型が耳から肩にかけての長髪とお下げだったということで、イスラーム教徒男性の長髪はそれを越える長さとなる肩から下まであるようなロングヘアはNGというガイドライン(預言者のスンナ)ができました。

しかしながら昔の遊牧民男性らの多くはイスラーム的規定内ラインである肩よりずっと下まで髪を伸ばし非常に長いお下げをゆらゆらさせていたことが記録・写真にも残っており、上の動画のように大河ドラマでもそれを再現して男性陣が皆長髪+お下げ姿(人によっては細い縦ロール風)で登場します。

ジャミル君のような前髪を垂らした洋風のスタイルとは違うのですが、髪型や三編みに対する思い入れは似たような感じで昔のアラブ人男性も長髪を整えるためヘアオイルを使ったりしてお手入れしていたようです。昔ながらの肩近くまである長髪を維持している部族のドキュメンタリーを見たことがあるのですが、「天然油を使って髪の束をねじり、素敵な髪型になるようにと青年が念入りにお手入れをしています。」といったナレーションが入っていました。

アラビア語圏だからジャミル君も英語表記の時にJamilのJの上の棒を右から左に書く?【考察関連】

 ◀ジャミル君がこの書き順をしている説について

ジャミル君に添えられた手書き風のフォントでの「Jamil Viper」でJの上にある短い棒が右から左に書かれているように見える、アラビア語圏がイメージなのを反映させた結果ではないか、という考察があるのを見かけました。

こちらはジャミル君の名前 Jamil のアラビア語表記 جميل の頭文字部分 جـ の書き順です。書き始め部分は英語のJと同じ「左→右」で右端の鋭角を書いた後で初めて「左←右」方向になります。

[ j ] の音を示すジームというアルファベットは単独だとすごく丸みのある J を左右反転させて中央に点を足したような形です。

こちらはアラブ人の子供向けに英語の J j のつづり方を教えているビデオです。英語のレッスンなので上の短い棒は普通に「左→右」方向で書くように指示しています。

普段アラビア文字で「ジャミル」とつづっている人が別に後から学んだ英字の J の上の短いふた部分を逆の「左←右」に書いてしまいがちかというとそうとも言い切れず、「アラビア文字は細部のパーツも文章の文字列も全部右から左に書くという誤解から導かれたものなのでは…」という感じがしないでもないです。

アラビア語では文字本体に後から書き足す短い棒や点のようなパーツを「左←右」に書くことが多いのでもしかしたらジャミル君も英語の「J」の上棒をそうしている可能性はあります。ツイステで使われている手書き風の Jamil Viper のスクリーンショットを見ると、J の上は i の字の上部分と逆方向がふくらんでいるのでそこだけ逆方向に書いたことを意図しているという考察は正しいのかもしれません。

個人的には英字を一通り勉強したにもかかわらず通常と同じ書き順で書いていないというのが従者として厳しく教育されてきたというジャミル君の境遇、外国語教育に熱心で英語慣れしている人も少なくない恵まれた層のアラブ人生少年漫画らの状況と合わない感じがして過設定な気もしますが、細かいところに細工がしてあるキャラ設定だとしたらそれはそれですごいな、と思います。

スカラビア

(スカラビアが一般的な考察の通りスカラベ+アラビアの合成語だという前提で書いています。)

スカラベはアラビア語だと جِعْرَان [ ji‘rān ] [ ジウラーンとかジィラーンとかジァラーンみたいに聞こえる発音です ] とか خُنْفُس [ khunfus ] [ フンフス ] で辞書に載っていますが、scarabにアラビア文字を当てただけの سكاراب [ sukārāb ](アラビア語にはcと書いてkと読む字は無いので ك [ k ] を当てます。あとアラビア語では外来語に当て字をする際スカラブではなくスカーラーブのように元々は短かった部分を伸びた長母音の音にすることが多いです。) や scarabee に当て字をした سكارابيه [ sukārābī → sukārābe(語末の ه [ h ] は外来語の語末が [ e ] であることを示すような黙字的な使い方)] も見られます。

「アラビア」自体はアラブ世界を示す地名としては使われておらず、「アル=アラビーヤ」単体ではアラビア語・Arabicといった意味になることが大半です。

サウジアラビア王国のアラビアについては「王国」を意味する名詞が女性であることに合わせて「アラブの」という意味の形容詞「アラビー」を「アラビーヤ」と女性化させて形容詞修飾させている部分を抜き出したものが由来になっています。熱砂の国の言葉がアラビア語と全く同じだと仮定した場合、寮名がこのサウジアラビア方式であれば名詞スカラベを形容詞化させた「スカラビー」が寮や建物を示す何らかの女性名詞「◯◯」にくっついて「スカラビーヤ」になったパターンが考えられます。

اَلْـ… السُّكَارَابِيَّة
[ ’al-◯◯-s-sukārābīya(h) ]
[ アル=◯◯・ッ=スカーラービーヤ ]
▶スカラビア◯◯、スカラベの◯◯

寮なり館なりを示す女性名詞の◯◯部分に定冠詞アルがついた限定名詞で、そこに定冠詞がついたスカラベを想起させる形容詞の女性形スカーラービーヤが続き形容詞修飾していると考えるパターン。スカラービーヤの語頭が s の字なので定冠詞はアルからアッに発音が変わります。

سُكَارَابِيَا
[ sukārābiyā ] [ スカーラービヤー ]
▶スカラビア

一方スカラビアがシリア、リビア、モーリタニアのように形容詞がくっついていないそれ単体での固有名詞だと仮定すると、語末が ا(アリフ)という長母音 ā を示す文字で終わるパターンが考えられます。これはアラブ系国家にしばしば見られる国名の語形です。

アラブ人のツイステプレイヤーさんたちの間ではこの سُكَارَابِيَا [ sukārābiyā ] [ スカラービヤー ] もしくは外来語ということでアラビア語のルールから外して語頭を suk ではなく sk にした سْكَارَابِيَا [ skārābiyā ] [ スカラービヤー ] が使われているようです。

ちなみに語末の発音ですが、実はアラビア語では日本語で「◯◯◯ア」とカタカナ表記・英語で「◯◯◯ia」と表記される国名・固有名詞の語末部分は「◯◯◯ア」と日本語のカタカナ表記になっているだけで元は ◯◯◯yā [ ヤー ] として書かれていることが多いです。

日本語でアラビアはアラビア語だとアラビーヤ、シリアはスーリヤー、リビアはリービヤー、モーリタニアはムーリーターニヤーと表記するのが実際の発音に近いです。

そのためアラブ人ファンの皆さんもScarabiaを現地で馴染みがある国名・地名の語形に変えて s-k-r-b-y-ā という文字の並べ順・つづりにしたのだと思われます。

その他の話題

スカラビア関係のイベント等についている名称についてネットから拾ってみました。

アリアーブ・ナーリヤ

日本語で書かれたネーミング辞典には「العاب نارية(アルアーブ・ナーリヤ)」と載っていますが、元になった本におけるカタカナ表記があまり正確ではないのと文語と耳で聞いた口語との間に生じる誤差のようなものがあります。

元の文語での発音は以下の通りです。

أَلْعَابٌ نَارِيَّةٌ
[ ’al‘āb nārīya(h) ] [ アルアーブ・ナーリーヤ ]
▶【名詞+形容詞】花火

文語における語末の格変化まで全部読む発音は [ ’al‘ābun nārīyatun ] [ アルアーブン・ナーリーヤトゥン ] ですが日常でそのように読むことはありません。un や tun の部分を省いた上記のような発音になります。

「(h)」は本来の文語では軽く「ナーリーヤ」のように発音すべき場所ですが、現代の日常会話では手前の「ya」までしか読みません。

アリアーブの部分について

أَلْعَابٌ
[ ’al‘āb ] [ アルアーブ ]
▶【名詞・複数形】遊び、ゲーム

名詞の複数形で、意味は「遊び、ゲーム」です。アラビア語では物事の複数形は単数の女性名詞と同じ形容詞をつけます。文語で語末までフルに読むとアルアーブンになりますが、通常はアルアーブまでしか発音されません。

口語では أَلْف [ ’alf ] [ アルフ ](数字の「1000」で千夜一夜のアラビア語タイトルにも含まれる語です)に母音が入り込んで أَلِف [ ’alif ] [ アリフ ](アルファベットの名前と同じ発音、イラク方言だとスクーン記号がついた部分を保持できず起こる母音挿入でアルフのような語形がアリフに変わってしまいます)になるといった現象もあるので、「アリアーブ」も一応許容範囲かなと思います。

監修したアラブ人が Aliab や Aleab のような英字表記、アリアーブやアレアーブのようなカタカナ表記を提示する、もしくは参照したネーミング辞典類にそう書いてあっても不思議は無いです。

アルアーブがアリアーブになっていることに何らかのメッセージが隠されている可能性もあり得ます。たとえば

  • ディズニーのアラジンでは王子になりすましていた時にアリ王子と名乗っていた。音が似ているアルアーブの先頭部分をアリアーブにしてアリの名を込めた。

など。カリムの名前 Kalim が Karim に似ているけれども意味が全然違ってしまうのとは異なり、アルアーブをアリアーブとした程度では特に変わりはありません。アラビア語の方言での発音として処理できるぐらいの小さな差だと言えます。

いずれにせよアラブ風なだけで日本製ゲームかつ西欧人が考案したアラジンというふわっとした世界なので聞いて意味が伝わるならそこはまあ気にしないということで…

ナーリヤの部分について

نَارِيَّةٌ
[ nārīya(h) ] [ ナーリーヤ ]
▶【形容詞】火の

アルアーブを修飾する女性形の形容詞(単数形)で、「火の」という意味です。アラビア語のニスバ形容詞という文法項目が関わっていて、名詞 نَارٌ [ nār ] [ ナール ](火)を形容詞化する يّ [ iyy(当サイトでは īy と表記しています) ] を接続させて「火の」という火に関連していることを示す形容詞を作り出したのがこのパーツになります。

ニスバ形容詞化された時点での男性形は نَارِيٌّ [ nārī(y) ] [ ナーリー ] で、語末まできっちり読むとナーリーユンになりますが日常ではユンの部分からはunが抜けてナーリーュかナーリーィに近い発音、さらにはy部分も抜いてしまってナーリーと聞こえることが多いです。

前に来るのがアルアーブという名詞の複数形(女性として扱います)なので、ナーリーも性の一致で女性形に変えた上で形容詞修飾をさせます。

女性形は女性化の機能を持つ ة [ ター・マルブータ ] がついてナーリーヤという発音の語形になります。厳密には [ nārīyatun ] [ ナーリーヤトゥン ]、もしくはワクフという語末の母音を省く読み方では [ nārīyah ] [ ナーリーヤ ] ですが日常ではトゥンやは発音しないので [ nārīya ] [ ナーリーヤ ] に聞こえます。

アリアーブとナーリヤの語順について

なお、アラビア語では形容詞を被修飾語となる名詞に後続させるので「遊び+火の=火の遊び=花火」という熟語になります。

花火とアラブ世界

アラブ首長国連邦の新聞記事新聞記事によるとアラブ世界に火薬や花火の知識が伝わったのは西暦で13世紀のことだったとか。化学者だったアラブ人の書き記した文献には اَلْأَزْهَار الصِّينِيَّة [ ’al-’azhāru-ṣ-ṣīnīya(h) ] [ アル=アズハール・ッ=スィーニーヤ ](中国の花々)という名称で登場していたといいます。

現代アラビア語は近代に入ってから欧米諸語の熟語をそのままアラビア語訳したようなものが多く、アルアーブ・ナーリーヤも fireworks なりの直訳だった可能性が考えられます。

ヤーサミーナ シルク

ヤーサミーナの部分について

当サイトのアラブ人名辞典の女性編にもヤーサミーナという項目がありますが、ヤーサミーナは「(1輪・1つの)ジャスミン」という意味の名詞もしくは女性名です。

يَاسَمِينَةٌ
[ yāsamīna(h) ] [ ヤーサミーナ ]
英字表記例:Yasamina、Yasaminah、Yaasamiina、Yaasamiinahなど
▶(1輪・1つの)ジャスミン

語末の読みに関する文法的な注意点

単なる花という意味の名詞の時は語末までフルに読むと [ yāsamīnatun ] [ ヤーサミーナトゥン ] となり-tun、-tin、-tanの三段変化による格変化をします。

しかし女性名として使う場合アラビア語ではタンウィーンが取れた يَاسَمِينَةُ [ yāsamīnatu ] [ ヤーサミーナトゥ ] という二段変化になります。人名のヤーサミーナは-tu、-ta、-taという格変化をしますので母音記号を全部ふった上でアラビア語考察をされる方は要注意かと思います。

ヤーサミーンとヤーサミーナの違い

ヤーサミーンとヤーサミーナの違いには格変化は関係していません。ター・マルブータが持つ女性化以外の違う機能にまつわる語形の変化になります。

アラビア語では語末に ـةター・マルブータ)という文字を加えることによって集合名詞という複数を示す語の中からピックアップした1個であることを示すことができます。

女性名としても使われる يَاسَمِينٌ [ yāsamīn ] [ ヤーサミーン ] が花・樹木・種類としてのジャスミンを指すのに対し、ヤーサミーナはそのうちの一つ即ち花一個というニュアンスを持っています。女の子本人が一輪のジャスミンにたとえられているような、可憐で愛らしい名前です。

ディズニー版アラジンに出てくるジャスミン姫の名前はアラビア語版だと前者のヤーサミーンの方になります。一方ツイステの方はヤーサミーナです。

ツイステのゲーム中ではヤーサミーナ河の花火大会を楽しむという内容になっているとのこと。花火大会の由来や衣装の色がアラジンのジャスミン姫を示唆している点から考えると、ヤーサミーナはただの花の名前というよりはプリンセスの名前にちなんだ人名・地名(固有名詞)だという感じがします。

またゲームでは皆頭に一輪のジャスミンを挿しているので「ヤーサミーン」ではなく「ヤーサミーナ」になっているのもそれを意図したものであることが推察可能です。

なお機械翻訳にかけると定冠詞アルがついた الياسمينة [ アル=ヤーサミーナ ] などと返ってくるかと思いますが、ジャスミン姫といった人名としてヤーサミーナを使う場合は定冠詞 ال はつけずに ياسمينة [ ヤーサミーナ ] のみとするのが基本ルールとなっています。またGoogleだと ـة がついていない上に定冠詞がついた الياسمين [ アル=ヤーサミーン ] が結果に表示されるかもしれませんが、同じジャスミンという意味でも文字数が違うヤーサミーナとは別の名前なので混同しないよう注意が必要です。

ヤーサミーンの語源

アラブ圏では「ヤーサミーンはギリシア語もしくはペルシア語由来、人によっては古代エジプト語だと説明する人もいる」といった説明がなされています。「古代エジプトの文書にも名前が登場する」といった説も調べてみると面白いとは思うのですが、現地で一般的な語源の説明はペルシア語由来だとするパターンだと思います。

辞典ムフタール・アッ=スィハーフから

西暦1200年代に刊行された中世のアラビア語辞書『مُخْتَار الصِّحَاحِ』[ mukhtār-ṣ-ṣiḥāḥ ] [ ムフタール・ッ=スィハーフ ](ムフタール・アッ=スィハーフ)によると、ヤーサミーンはアラビア語化された外来語で当時は يَاسِمِين [ yāsimīn ] [ ヤースィミーン ] や يَاسِمُون [ yasīmūn ] [ ヤースィムーン ] といった語形が使われていたようです。同辞書の説明によると前者は يَاسِم [ yāsim ] [ ヤースィム ] の男性規則複数語尾属格・対格の語形、後者は男性規則複数語尾の主格の語形から来ているとのこと。

元になった يَاسِم [ yāsim ] [ ヤースィム ] が単数形で、最後にくっついている「ーン」部分はそれの複数形であることを示す語尾という文法的解釈だったとか。そしてアラビア語の詩では単数のヤースィムの方を使っている例も残っているそうです。

辞典タージュ・アル=アルースから

18世紀に刊行されたアラビア語辞書『تَاجُ الْعَرُوسِ』[ tāju-l-‘arūs ] [ タージュ・ル=アルース ](タージュ・アル=アルース)でも確認してみました。

同書によるとジャスミンの意味で用いられていたのは يَاسِمُون [ yāsimūn ] [ ヤースィムーン ] もしくは يَاسَمُون [ yāsamūn ] [ ヤーサムーン ] で単数形は يَاسِم [ yāsim ] [ ヤースィム ]。アラブ人の中には男性複数と同じ語尾の格変化をさせて目的語となる時には対格の يَاسَِمِين [ yāsimīn/yāsamīn ] に変える人たちもいたのだとか。

また يَاسِم [ yāsim ] [ ヤースィム ] を集合名詞として扱い、集合名詞のうちの一つであることを示す ة [ ター・マルブータ ] をつけることで「一輪のジャスミン」という意味に変えた يَاسِمَة [ yāsima(h) ] [ ヤースィマ() ] なる語形も使われていたといいます。

その他資料から

アラビア語における別の呼び名、即ち外来語であるヤーサミーン以前が使われる前のアラブ流の呼び名は سَمْسَق [ samsaq ] [ サムサク ] だった、ペルシア語での元の語形は يَاسَمَن [ yāsaman ] [ ヤーサマン ] だったという説明などもアラビア語辞書には書かれていました。

なおペルシア語辞典を見ると يَاسَِم [ yāsim/yāsam ] [ ヤースィム/ヤーサム ] で「ジャスミンのこと」と載っているのですが、アラビア語で書かれた外来語辞典にもヤーサミーンの語源としてヤーサマンと並べて両方とも元になったペルシア語の単語だと紹介しているものがありました。

ペルシア語での元の意味

海外の植物紹介や名前辞典サイトにはジャスミンの由来に関して「ペルシア語でgift from God、God’s gift(=神様からの贈り物)といった意味を持っていた」と書かれています。

こういうペルシア語由来の語源系ネタは現代ではなくもっと古いペルシア語の領域になるのでペルシア語で書かれた大辞典なりしっかりしたソースをあたって確認するのが良いのですが、残念ながら管理人はペルシア語ができないので掘り下げることはできず。

また進展があったら追記したいと思います。

口語風発音はヤースミーン

一方方言辞書だと يَاسْمِين [ yāsmīn ] [ ヤースミーン ] の発音で載っていることが多いです。(その場合の英字表記はYasmiin、Yasmin、Yasmeen、Yassmiin、Yassmin、Yassmeenなど。)

「アラビア語ではジャスミンはヤスミンです」と紹介されていることがあるのもそのためです。こちらの方が y を j に置き換えるだけな感じなので、ジャスミンという日本などにおける発音に近いかもしれません。

元々ヤーサミーンとかだったのにJasmineのJの字になったのはどうして?

J と書いて [ y ] の音で読むヨーロッパの言語に合わせてつづりが Yasmine ではなく Jasmine に変わったことが原因だとネットで説明されているのを見かけたことがあります。

研究社の『リーダーズ英和辞典』にも語源と伝わったルートが書かれており「C16<F<Arab<Pers」とあります。これは「ペルシア語よりアラビア語に入ってからフランス語経由で英語圏に伝わり、英語での初出が西暦の16世紀だった」という意味だとのこと。

さらに調べてみると英英辞典では「1555–65; ‹ MF jasmin, var. of jassemin ‹ Ar yās(a)mīn ‹ Pers yāsman, yāsmin」とあり古いフランス語の時点で Jasmin になっていたらしいことが判明。一体どこで切り替わったのか詳しい確認作業が必要なようです。

j と y は元々発音する場所が近い音同士なのでどこかですり替わったのだろう、とは思うのですが…

ジャスミンの花をつける場所は右と左で意味が違う?

アラブ世界全土で共通している訳ではないのですが、チュニジアだと男性が耳のところにジャスミンなどの花をつける習慣があり

  • 右耳にジャスミンをつけたら既婚男性
  • 左耳にジャスミンをつけたら未婚男性

という違いがあることが知られています。

シルクの部分について

おそらくシルク部分は普通に英語の「絹」

なお「ヤーサミーナ シルク」ですがアラビア語で「シルクジャスミン」を意味することはありません。シルクの部分は違う外国語だと思われます。衣装関連のアイテムとして「ヤーサミーナ シルク」が用意されているということなのでここは普通に英語のシルク(絹)を指しているのではないでしょうか。

シルクジャスミンと関係はある?

シルクジャスミン(ゲッキツ)自体は学名の Murayya に由来する يَاسَمِين مُورَايَّا [ yāsamīn mūrāyyā ] [ ヤーサミーン・ムーラーイヤー ] というアラビア語名で紹介されています。

シルクとアラビア語

絹(シルク)についてはアラビア語で حَرِير [ ḥarīr ] [ ハリール ] といいます。カリム君やジャミル君と「絹の街」を探訪するイベントだとのことなので、シルク部分は英語の silk(アラビア語での当て字はسِيلْك [ sīlk ] [ スィールク ] になります)でアラビア語のヤーサミーナ(ヤーサミーナがジャスミンさんという女性名なのかどうかは不明ですが)と組み合わせた「ヤーサミーナ絹」という語を意図している可能性は大きそうです。

もしシルク部分もアラビア語だと仮定すると、そのような読み方で耳にして大半の人が思い浮かべる語としては شِرْك [ shirk ] [ シルク ](多神教、多神崇拝)が筆頭候補となりますが文脈に全く合いません。これは日本語のカタカナ表記でスィの音をシで書くことから起きるもので、「シルクと書いてあるものの実際の外国語として発音しているのを聞くとスィルクである」パターンを考えるべきかと思います。

سِيرْك [ sīrk ] [ スィールク ] もしくは سِرْك [ sirk ] [ スィルク ] が日本語風のカタカナ表記になってシルクと書かれていると仮定すれば外来語にアラビア文字を当てた「サーカス」という意味の名詞と推定することもできます。

「ヤーサミーナ シルク」で「ジャスミン・サーカス」となりそうな感じですが、純アラビア語として見た場合は語順が逆になり「スィールク・ヤーサミーナ」でジャスミン・サーカスになります。(ヤーサミーナ・スィールクだと「サーカスのジャスミン(さん)」という意味になります。)

しかしゲームのイベントで「絹の街」に行くという設定や衣装関連アイテムの名称として「ヤーサミーナ シルク」が出てくる点からすると、シルク部分はやはり絹という意味だと考えられます。

アラビア語では絹という布地について言う時はスィルクではなくハリールを普通使いますが、当て字をした英語由来のスィルクは絹のようにツルツルになるシャンプーやトリートメント剤の商品名(例としては Sunsilk [ サーンスィルク ] など)としてポピュラーです。

海外には Jasmine Silk(ジャスミン・シルク)という会社もありますし、絹の銘柄・商品名としてアラビア語人名と英語由来のsilkを組み合わせた熟語「◯◯ シルク」というのは現実世界でもあり得る組み合わせだと思います。全部分をアラビア語化してしまうと名前を覚えられない方が増えてしまうという問題点も出てきてしまうので、ゲームのネーミングとしてはアラビア語と英語のミックスぐらいが適度で良いのかもしれません。

イスラームと絹の衣服

余談ですがイスラームにおいて絹の男性服は禁止(ハラーム)とされています。絹製の衣服を着ても良いとされているのは女性のみです。預言者ムハンマドの言行録であるハディースを通じて、絹と金は男性が身にまとってはならず女性のみに許されるという言葉が残っています。

そのためアラブ諸国の男性向け伝統衣装は毛製といった絹以外の素材から作られています。体型がはっきり出るような細い服や薄くてぴったり肌につくような衣服も避けなければいけないのだとか。

金も同様にNGだということで男性が指にはめている指輪はシルバー系になります。歯医者で金歯を入れても大丈夫かどうかイスラームの法学者に相談する人もいます。(カリム君は金系のアクセサリーを身に着けつけており、エジプトといった中東系の異なる文化圏のイメージが混ざっている感じです。)

イスラームに関してはこのような細かいけれども世界中で広く知られている訳ではない規定が色々とあるので、創作物でいちいちそれらに則って設定するのも何かと大変だと言えるかもしれません。

ナジュマ(ジャミル君の妹)

نَجْمَة
[ najma(h) ] [ ナジュマ ]
Najma、Najmah
▶(1個の)星;スター、花形;茎を持たないイネ科などの植物

語末の読みに関する文法的な注意点

単なる(1個・1つの)星という意味の名詞の時は語末までフルに読むと [ najmatun ] [ ナジュマトゥン ] となり-tun、-tin、-tanの三段変化による格変化をします。

しかし女性名として使う場合アラビア語ではタンウィーンが取れた نَجْمَةُ [ najmatu ] [ ナジュマトゥ ] という二段変化になります。人名のナジュマは-tu、-ta、-taという格変化をしますので母音記号を全部ふった上でアラビア語考察をされる方は要注意かと思います。

ナジュマの意味

この名前の男性バージョンは نَجْمَ [ najm ] [ ナジュム ] です。これに ةター・マルブータ)という文字をつけて女性形に変化したものが نَجْمَة [ najma(h) ] [ ナジュマ ] です。

ター・マルブータは男性形の名詞や形容詞を女性化する用法が有名でアラビア語学習でもその女性化機能を一番最初に学びます。しかしター・マルブータには集合名詞のうちの特に1つ・1個という単数を示す語形を作る機能もあり、ナジュマの語末にター・マルブータがつくことで「1つのナジュム」つまり「1個の星」などを具体的に指すという役割を持っています。ナジュマの意味に「(1つ・1個の)星」とあるのはそのためです。

語末の音が -u から -a になってナジュム→ナジュマとなるこの語形変化はヤーサミーン→ヤーサミーナと全く同じ理由によります。

なおこのナジュマという語、大昔は1個の星という意味では使われておらず茎を持たないイネ科植物の1株・1本を指すことが一般的だったとのこと。

人名辞典によるとアラブ人の伝統では男性名 نَجْمَ [ najm ] [ ナジュム ](星)の女性バージョンは複数形 نُجُوم [ nujūm ] [ ヌジューム ](星々、複数の星)で、後から星という意味の女性名としてナジュマの方が加わった形である模様です。

ちなみに元々語根「n-j-m」は「出る、現れる」といった概念に関連しています。そこから空に出る・現れる天体→星、地中からにょきっと生えてくる植物といった連想が起こり [ najm ] [ ナジュム ] という動名詞が色々な意味を持つようになりました。そのため星にせよ植物にせよ「出る」という現象を共有している形となっています。

*アラビア語の動名詞はただの名詞ではなく、目的語をとる用法など動詞に類似している性質を有しています。しかし「星」といった意味で使う場合は一般的な名詞のようにふるまいます。

ちなみに現代において女性名でナジュマというと普通は星という意味に取られます。

また現代では天体の星という意味以外にも芸能人・人気者・花形といったいわゆる英語や日本語の star、スターと同じ意味で用いられることも多いです。たとえば اَلنَّجْمَة الْمِصْرِيَّة [ ’an-najma(h/tu)-l-miṣrīya(h) ] [ アン=ナジュマ(トゥ)・ル=ミスリーヤ ] は直訳するとエジプトの星、つまりエジプト人女性スターという意味になります。

語根「n-j-m」には元々「出る、現れる」に加えて「突出する、秀でる、優れる」という概念もあり、海外から star(スター)という語が入ってくる前から似たような意味も持っていたようです。「他の人よりも出る」=「傑出する」という連想から生まれた意味合いだと思われます。

地域による発音の違い

英字でのつづりですが、エジプト方言等では na が ne、j が g に置き換わってネグマという発音になるため、Negma や Negmah といったバリエーションも見られます。文語フスハーやその他の方言におけるナジュマと同じですがネグマと発音するのがエジプトの首都カイロ近辺の口語です。

ナジュマちゃんのモデルは?

他の方々の考察からすると原作であるアラジンとの対応関係は

兄サイド

ジャミル(Jamil、Jameelなど)
*アラビア語で جَمِيل [ jamīl ] [ ジャミール ](美しい、佳い;親切、善行)。

ジャファー(Jafar、Jaafarなど)
*アラビア語で جَعْفَر [ ja‘far ] [ ジャアファル ](小川、川)。シーア派では崇敬対象となるイマームの名前であるためシーア派信徒が好んで男児に命名。アラジンで悪役魔法使いのネーミングに使われていることに対しては「イマーム様の名前なのに。シーア派のイメージを悪くするためにわざとつけたのか?」などとコメントする人も。また海外では「大臣がジャアファルだからアグラバーはシーア派の王国なのでは」と考察している人も見られます。

姉妹サイド

ナジュマ(Najma、Najmahなど)~ジャミル君の双子の妹
*アラビア語で نَجْمَة [ najma(h) ] [ ナジュマ ]((1個の・1つの)星;スター)。

ナシラ/ナシーラ(Nasira)~ジャファーの双子の姉妹
▶Disney Wiki(https://disney.fandom.com/wiki/Nasira
*アラビア語圏でのつづりは نَاصِرَة [ nāṣira(h) ] [ ナースィラ ](援助者、助力者)もしくは نَصِيرَة [ naṣīra(h) ] [ ナスーィラ ] (ナースィラの強調形で同じく援助者、助力者の意味)の両方が混在。

アラビア文字でのつづりと英字でのつづりを比べると分かるように、それぞれの双子は兄同士・妹同士でJとJそしてNとNといった具合にきちんと頭文字が一致しています。

アラブ世界における星のイメージ

カリム君に関する考察のところでも概要を紹介していますが、アラブ文化における太陽と月のイメージや比喩表現についての関連記事『アラブ世界における月と太陽』から星に関する部分を抜粋し追加情報をこちらに掲載しておきたいと思います。

星とアラビア語の比喩表現

日本で広まってしまった誤解のような「太陽=冷酷非情」↔「月・星=優しさ・美」という対立関係はアラビア語の比喩表現では通常見られません。むしろ太陽を絶対的な頂点に君臨する者や尽きることがない無償の愛といった良い意味で比喩に使うことが一般的なので要注意です。

プラスの比喩

  • 物理的に高い場所にある
    ▶地位が高いことを意味。太陽・月・星は天空に位置するので一般人の手の届かない場所にある高貴な人、強い崇拝対象にある人を表現するのに使用。
  • 輝いている、きらめいている
    ▶アラビア語では男女問わず美人・色白・輝きは月やら太陽やら星やらを総動員して褒め称える比喩表現の伝統あり。

マイナスの比喩

  • 月と一緒に空にある場合、月の強い輝きでかすんでしまう
    ▶月が高位にある王といった人物の比喩の場合、他の有力者を星に見立てその優劣を光の強さで示している。為政者を称賛する詩がその典型例。星単体では輝いて美しく目立つが、もっと大きい天体と比べてしまうとかすんでしまうことも。
  • 圧倒的な太陽の前では月や星の光は勝つことができない
    ▶太陽を絶対的な権力と高位にある王にたとえた場合、光の強さにおいて少しランクダウンする月が大臣、さらにその後に続く貴人が星として描写される。
イスラームと月・星

月と星はイスラームのシンボルと言われることが多いのですが、公式にそれらがイスラームの象徴だと裏付ける言説はありません。中東~地中海地域では月と星(特に金星)のモチーフはもっと古い時代から見られたシンボルで、イスラーム以前の宗教もそれらをあしらったレリーフ等を残しています。

アラブ諸国ではオスマン朝の影響下にあった期間が長かったことから元支配地域を中心に月星旗が残ったと言われています。過酷な太陽との対比で月・星の穏やかさがイスラーム教で称賛されているから、といった理由ではありません。

ナジュマちゃんがジャミル君を呼び捨てにしている件

アラブ圏では親しい身内同士で「くん」「ちゃん」「さん」をつけて呼び合うことはしません。

身内同士

父親を呼ぶ時は英語のmy fatherに相当する語、母親はmy motherに相当する語を用い両親の本名を言うことはしません。

  • 父親に対して
    • 文語:أَبِي [ ’abī ] [ アビー ](父さん)
    • 口語:بَابَا [ bābā ▶ bāba ] [ バーバー ▶ バーバ ](洋風に「パパ」)
      *話し言葉では語末の長母音(伸びる音)が短くなるのでつづり上はバーバーですが実際にはバーバと聞こえます。
    • 口語:アブーヤ、ユバ、ヤーバ など地域により様々
  • 母親に対して
    • 文語:أُمِّي [ ’ummī ] [ ウンミー ](母さん)
    • 口語:مَامَا [ māmā ▶ māma ] [ マーマー ▶ マーマ ](洋風に「ママ」)
      *話し言葉では語末の長母音(伸びる音)が短くなるのでつづり上はマーマーですが実際にはマーマと聞こえます。
    • 口語:ウンミー、ユンマ などなど地域により様々

詳しくは:『アラブ人の名前のしくみ~呼びかけ:「お父さん」「お母さん」

兄弟姉妹については以下のような表現があります

  • 兄弟に対して
    • 文語:أَخِي [ ’akhī ] [ アヒー ](兄さん、弟くん)
    • 口語:アフーヤ など
  • 姉妹に対して
    • 文語:أُخْتِي [ ’ukhtī ] [ ウフティー ](姉さん、妹ちゃん)
身内による愛称・ニックネーム

兄弟姉妹同士で呼び合う時は上のような「兄ちゃん」「弟ちゃん」「姉ちゃん」「妹ちゃん」呼び、親が子供を呼んだりする時は「息子ちゃん」「娘ちゃん」呼びやファーストネームをそのまま呼ぶこともできますが、日本で洋介を「ようよう」・敦を「あっくん」と愛称で呼ぶのと同じような感じで دَلْع [ dal‘ ] [ ダルウ(実際はダラアに近い発音で、口語では دَلَع [ dala‘ ] [ ダラウ(ほぼダラアな発音) ]) ](ニックネーム)を使うことが広く行われています。

たとえば جَمِيل [ jamīl ] [ ジャミール ](ジャミール、ジャミル)だとジャンムール [ jammūl ]、ジュージュー [ jūjū ] など。نَجْمَة [ najma(h) ] [ ナジュマ ] だと ナッジューム [ najjūm ]、ナッジューマ [ najjūma(h) ]、ヌーヌー [ nūnū ] など…

(*ジュージューやヌーヌーのような「◯ū◯ū」語形の愛称は幼児か若い女性のイメージがあり、男性が成人してからもジュージューと呼ばれるのは珍しくちょっと恥ずかしい感じかと思います。)

「アブー・◯◯」(◯◯の父)パターンでないニックネームについてはだいたいの場合元々の名前にある語根を抜き取って別の語形にあてはめることで作られます。ジャミル君なら「j-m-l」、ナジュマちゃんなら「n-j-m」を使って母親や他の親族の考案のもと乳幼児っぽいかわいい語形にそれらの語根を入れて愛称が決められます。

アラビア語で愛称を作る際に多用されてきた語形 a■■ū には元々「小さくてかわいい◯◯◯」のようなニュアンスが含まれているので、こうしたニックネーム自体が日本語の「~ちゃん」「~っち」に近い印象を与える機能を持ち合わせています。これにジャミル君の語根「j-m-l」をあてはめれば jammūl(ジャンムール)、ナジュマちゃんの語根「n-j-m」をあてはめれば najjūm(ナッジューム)もしくは女性形に変えて najjūma(ナッジューマ)など。

ニックネームは自由度が高く、ジャミル君という男の子がいたとするとジャンムールやジュージュー以外にジャムジャム [ jam jam ] やらほぼ原型が分からないぐらいの珍ニックネームやら、親の個性と感性が大いに反映された愛称づけが行われている感じです。

こうした幼少期のかわいいニックネームについては日本でも同じような話が聞かれますが、男児の場合は成長して立派な若者・いい年をしたおじさんになってもお母さんが昔と同じジャンムールやらジュージューやらの愛称で呼ぶケースがしばしばあり「妻子の前で恥ずかしいからやめてほしい」といった愚痴が聞かれることも…

先日見たイラクの街頭インタビューでも「いい年して子供の時と同じニックネームで呼ばれたくないな~」という青年らのコメントが放送されていました。

友人同士での愛称・ニックネーム

アラブ世界には何らかのファミリーネームを持っている人が多いのですが、「なあ鈴木」「おい佐藤」「ねえ中川ちゃん」と呼び合う日本とは違い家名やラストネームを使って相手を呼ぶことはまずしません。

友人同士の場合は本当のファーストネームを呼び捨てることもできますが、アラブ圏は本名そのままで呼ぶことを避ける傾向が強めな地域だったため愛称を使うことが今でも広く行われており、お互いを呼び合っているのを聞いても彼らの本名でないということがしばしば起こります。

アラブ諸国でも友人同士のニックネームの種類は統一されておらず地域性があるのですが、そのうちの種類としては

  • 元の名前に含まれる文字を使った愛称
    家族同士で使うのと似たような本人のファーストネームに含まれる文字(語根)を使ってアレンジしたニックネームで呼ぶ。
  • 「◯◯の父」方式の愛称
    アラビア半島~レヴァント地方(シリアなどの地中海東側の国々)近辺だと本人のファーストネームから連想できる名前を組み合わせたクンヤ「アブー・◯◯」(◯◯の父)で未婚の青年らが呼び合う習慣がある。たとえば第4代正統カリフのアリーにはハサンという息子がいたのにちなんでアリー君のことを周囲が「アブー・ハサン」(ハサンの父)という愛称で呼ぶなど。
  • 全然違う名前
    本名とは全く違う名前で呼ぶケースも。本人がダサいファーストネームを嫌って通名を使っているといった理由によるもの。親が祖父母から名前を取ることが結構あり、古臭くて改名したいと言い出す人もいる土地柄とも関係。

アラブ世界でも国によってかなり違うのですが、ツイステッドワンダーランドに出てくる料理類のレクチャーからするとアラビア半島の湾岸地方や地中海東岸諸国がイメージになっているようなので、カリム君やジャミル君のような青少年層は上のうちファーストネームのアレンジか「アブー・◯◯」方式のニックネームを使っているような連想がしやすいかもしれません。

たとえばイラクの例ですが先日見かけたテレビインタビューでは「自分の本名はアリーなのに家族も友人もアッラーウィーという愛称で呼んでいる。アリーと呼ばれたことがもう長年ずっと無くてアッラーウィーとしか言われていない。」と話している人もいました。

家名でその人を呼ぶケース

一方家名で呼ぶケースも存在しており、特にニュース・政治家といった公人・スポーツ関連・論文や専門家の発言の引用ではラストネーム(家名)だけが言われる・書かれるということが行われています。

ツイステを例にすると「アジーム曰く」「ヴァイパー氏インタビュー」のような感じで日本などと同じ名字だけで特定の個人を指すという用法です。日本では「フセイン政権やビン・ラディン殺害のように本人のファーストネームでない部分で呼ぶのはアラビア語として間違っている」と説明されがちですが、実際にはそうでなかったりします。

ちなみにこれを友人同士でやる地域もあるようなのですが、かしこまった言い回しになるので茶化したような感じになってしまい普通ではないイレギュラーな使い方に分類される模様です。

reversed kinship

アラビア語圏は日本と違い父親が子供を呼ぶ時とは逆パターン、つまり子供が父親を呼ぶ時も「お父さん」「パパ(バーバ(ー)等)」と呼ぶ習慣があります。これは英語で reversed kinship(リバースト・キンシップ)等と呼ばれるもので、世界の複数地域に見られます。

この逆さま呼びかけはお母さん、おばあちゃん、おじいちゃん、おじちゃん、おばちゃんとの間などでも発生。

そのため日常会話でも子供・孫・甥姪に向かってそれぞれ「パパ」「ママ」「じいちゃん」「ばあちゃん」「おじちゃん」「おばちゃん」と呼びかけることになります。

よくテレビで遺族(殉教者)の女性が「おかあさーん!」と言いながら自らの顔や頭を叩いて号泣・時には悲しみのあまり気を失ってその場に崩れるシーンが流れるのですが、これは彼女の実母を想って呼んでいるのではなく、息子を亡くした苦しみを彼への呼びかけとともに吐露しているものになります。

あとお父さんに「ねえパパつまらないよ~。アイス食べたいからお出かけしよう?」とねだる娘たちに「お父ちゃんたち(*娘たちのこと)、こんな時間にでかけてる人はいないからね?」と諭す会話が学習書に掲載されていたりもします。

おばあちゃんが孫に向かって「ばあちゃん!かわいい◯◯ちゃん!」と言っているのも同様で、日本人からすると慣れるまではちょっと不思議なやり取りに思えることも。

アジーム家御殿や熱砂の国の建物はモスクに見える?【ネット議論関連】

2022年夏にUAE在住アラブ人腐女子さんのネット書き込みが議論になったとのこと。これについて簡単にまとめておきたいと思います。

アラジンのサルタン宮殿はイスラーム建築の墓廟タージ・マハルがモデル

ディズニーのアラジンは歌詞で何度もアラビアと出てくるのでアラブ世界が実質的な舞台なのかもしれませんがデザイン・設定は各国が混ざっており、サルタンの宮殿はインドのタージ・マハルがモデルになっているとされています。

タージ・マハルはインド近辺を支配していたイスラーム帝国(ムガル帝国)の統治者が亡くなった妻を弔うために作った大変豪勢な墓廟(お墓とそれを覆う建物のセット)なので、海外にはアラジン サルタン宮殿に関して「王様は奥さんを亡くしてるから彼女を弔いながら娘のジャスミンと墓廟に住んでる」といった解釈を書いている人もいます。

イスラームでは本来個人崇拝は禁止ですが、色々な分派や民間信仰があるためドームのついた墓廟・霊廟が数多く存在しています。その人が大物だったり統治者の身内だったりするとお墓の上の建築物も立派に。

カリム君実家のお屋敷には立派なタマネギが乗っているほかミナレット風の塔があり、前には公園ということで家の正門らしき部分につながった通路を持つ広場のようになっています。ぱっと見では中東にある有名大モスクやイラクにあるシーア派歴代イマームの霊廟に似ているため、現地の人には宗教施設に見える原因となっているのかもしれません。

鳥瞰図に描かれたアジーム家城下町とも呼べそうな立派な街には小さなタマネギがついた建物が点在しており、一斉に礼拝時間を告げるお知らせアザーンが響くような大モスク・中小モスク・聖者廟が立ち並ぶ都市を高台から眺めた時の風景に似ています。(*アラブ諸国の一般住宅は平屋根です。)

日本国内のみが対象であれば砂漠の国のかわいい街でさらっと受け止められて終わりだと思うのですが、英語版を作り海外展開を始めた時点でタマネギ乗せ御殿が大モスクに見えると言い出す人が現れる可能性が高まったとも考えられます。

ところで、議論の一因となったらしいアラブ首長国連邦(UAE)のグランドモスクは「リアルなアラジンの宮殿」などとして紹介される観光スポットとして有名で、イスラーム世界各地のモスク様式を折衷しデザインされた多国籍プロジェクトによる現代建築です。

タージ・マハルを作ったムガル帝国の様式も取り入れているためアラジンのサルタン宮殿に似ていると感じる人も多いとか。映像作品でアラブやらインドやらが混じったエキゾチックなイメージに慣れている外国人観光客を集めるのに一役買っている施設だけあって、ディズニー アラジンを彷彿とさせる率がアラブ地域の他のモスクよりも高いです。

ディズニーアラジンとアラブ世界との緊張関係

歌詞差し替え問題があったことも関係しているのですがディズニーのアラジンは実写版も含めアラブ・イスラームがらみで批判・指摘を最も多く受けてきたであろうアニメ作品となっており、これにインスパイアされた作品も本家が抱えているオリエンタリズム的側面をある程度引き継ぐことになります。

日本だと多くの方が「ディズニー アラジンはどの国かわからないようぼかして上手く作られてるしイスラーム教徒だと一言も出てこない」と思われているかもしれませんが、そもそもの原作がアラブ圏で作られたアラビアンナイト物語であること、歌でアラビア(*イスラームの国でも民族が違うのでアラビアと言えばペルシアやトルコではなくアラブの国だと自動的に確定します。)と複数回出てくる、現地では宗教によって名前や服装が違うアラジンキャラはイスラーム名でイスラーム教徒の服装、とサインが多数出されている状態です。

ディズニーシーのアラビアンコーストで交わされる「サラーム」という挨拶もイスラーム教徒専用の言葉なのですが、アラジン関連ディズニーアニメに含まれる歌(例:金曜日が休日だといった内容)でもイスラーム教世界を描いていることが強く示唆されています。そのためアラブ人やイスラーム教徒は完全なる架空の世界だとは感じにくく、どんなにインド風に寄せられていても自分たちアラブ人がモデルだと受け止めやすいポイントが作中に色々と散りばめられている形となっています。

ツイステッドワンダーランド英語版のリリースはアラジンがらみの議論が散々行われてきた地域に乗り出したことにもなる訳ですが、実在するアラブ文化・服装・食べ物(例:シャーワルマーはトルコから伝わってシリア付近でアラブ化された料理です。)の紹介がゲーム中で複数回登場したりするため本家ディズニー アラジンよりもずっと現実のアラブ世界と結びつけられアラブ人によるツッコミや文化・宗教講座がされやすくなっているのかもしれません。

アラブ・中東世界の描写と国内外での認識差

海外における昔ながらの日本人ステレオタイプというと細目・眼鏡・首からカメラ・合わせが逆の謎の着物というのが長らく続いてきましたが、アラブ世界でも日本人のイラストは依然としてそんな感じですし映画に出てくる日本人も非常にステレオタイプ的です。日本が舞台のはずなのに中国風の建物が出てきたり、アジア各国とミックスされた謎世界に仕上がっていることもしばしば。

海外映像作品の日本がどこか風変わりなように、日本で作られたアラブ・イスラーム世界風舞台のアニメ・漫画類も同じように正確でない描写があるのである意味お互い様だと言えるかもしれません。

海外作品の描写を通じて日本では「上にタマネギが乗っている立派な建物=アラブの宮殿」というイメージが定着しているため、アラブものや中東風砂漠世界もののイラストやコミックも宗教施設系の外観をした宮殿が出てくることが少なくありません。

逆のパターンに置き換えると「日本の近代以前が舞台の海外製作品がチャイナ服やアオザイが混ざったような謎の服を着たキャラ満載で、TLシーンやBLシーンになると武家屋敷や城郭の代わりにお寺なのか神社なのか不明でしかも中国の塔楼にも見える建築が必ず出てくる」的な感覚に近いのですが、もちろん日本の絵師さんたちがアラブのことを詳しく知っている訳ではないのでどうしても似たようなことになりがちです。

タマネギ建築物もアラブ風宮殿・大邸宅に欠かせない要素だと思われているので「描いているのがモスクのつもりは無いのに?」「タマネギが乗っているからってモスクに見えるだなんておかしい」となりやすいですし、ネイティブの方から指摘されなければ「大変だったけど自分なりに頑張って砂漠の王国っぽい建物や衣装を描いたな~」で済んでいたということで「えー…」となってしまうこともあるかと思います。

実際のところ、二次創作を楽しみたいだけの若い方が個人で中東やイスラームの文化や建物について細かい知識を仕入れた上で架空要素を上手く加えて描くのはかなり大変な作業になるのではないでしょうか。

アラブ・イスラーム世界では日本アニメ浸透の結果おたく人口が激増。TL、BL、エロ・グロあらゆるジャンルに進出。日本語を学んだりWeb翻訳を使ったりして日本で作られたファン作品を読んで回るようにもなりました。

しかし商業作品ならともかく国内の狭い範囲の同趣味のファンが見てくれたら嬉しいなぐらいの気持ちで公開しているつもりの趣味の二次創作までがそうした海外在住同作品ファンらのことも考えてアラブやイスラームの正しい描写を心がけるというのは難しく、人によっては「気兼ねなく満喫したいのに水をさされた気分」と感じられるかもしれません。

日本では同人関係は自萌他萎の世界ということで合わないと思ったら何も言わずに身を引く・そっとページを閉じるのが暗黙の了解ですが、おたくコミュニティーが育ちきっていないアラブ地域の人だとそういうマナーや引き際のようなことは知らなかったりします。それぞれのキャラについたファン同士のバランス関係も知らないまま書き込みをすることも大いに考えられます。

普段は海外だと英語等で議論が行われていて日本と海外のファンは棲み分けをしているのですが、向こうから日本語で日本側に参加するとなると異文化間ギャップもあり荒れやすいのではと思います。

オンラインゲーム界では既にルール順守意識が異なるアラブ勢チーターらの行動が有名となってしまっていますが、同人界も今後は海外勢によるファンアートの無断転載に加え中東地域ファンとのやり取りでトラブルになることが増えていくことがあるかもしれません。

背景としてのモスク風建物描写

巨大なタマネギが乗っていて建物・敷地の隅に塔がある建物はモスク・墓廟(宗教的重要人物のお墓)っぽいのは確かです。現地の大統領宮殿なども伝統様式を取り入れた施設は上にタマネギを乗せているのでタマネギドームが全部宗教施設というわけではないのですが、外見上よく似ているので日本の絵師さんたちが一般豪邸とモスクとの微妙な線引きを把握するというのは非常に困難だと思われます。

タマネギを青く塗るとぐっとモスクっぽさが増すのですが、緑色のタマネギは預言者ムハンマドなどにゆかりがあるモスク、金色のタマネギはシーア派イマームの霊廟・墓廟に多いイメージです。「タマネギ宮殿を無くしたらアラジン世界じゃなくなってしまうけれどモスク問題は気になる」という方はひとまずカラーリングで青以外に緑や金を避けられるのが良いかもしれません。

ちなみに日本語で「アラブ 宮殿」などとサーチするとモスクの写真が表示されることが少なくないようです。それもアラブ風御殿を描いたつもりが実はもろに礼拝施設や超重要人物の墓廟だったということになる一因となっていると思われます。

紛らわしい物を排除する手っ取り早い方法は

  • タマネギ屋根も尖塔も除去する。
  • イスラーム様式の宮殿ということでタマネギ屋根(ドーム)を乗せる場合はモスク的なカラーリング緑・金・青などを避ける。その上で礼拝時間を知らせるための塔(ミナレット)だけ抜き敷地や宮殿の隅にそれらしいタワーを描かないようにする。
  • ドームのみ/ドーム+塔を描く場合は上に伸びた避雷針・アンテナのような部分のてっぺんにモスクの特徴である月のモチーフをつけない。

ですが、ドーム屋根も塔も抜く対策を施すと代わりにどんな建物を描いたら良いかわからなくなってしまうかもしれません。その場合は「◯◯ heritage village」「◯◯ old palace」などで検索するのがお勧めです。◯◯部分をSaudi(サウジ)、Dubai(ドバイ)、Baghdad(バグダード)のように違う地名に書き換えてサーチすると各地にある遺産文化村に立ち並ぶ伝統建築や日用品、実在する有力者の邸宅の写真を見られます。

絵師さん全員にこのような余力・意向があるとは限りませんし、意図的にアラブ・イスラームを侮辱し煽るような発言・作品発表を繰り返さなければ身に危険が及ぶこともまず無いので、商業作品として現地で公式に発売しない限り自己判断で加減や気にする/しないを決めていただく感じかと思います。

アニメ・漫画・ゲームが宗教問題化するケースとは?

絵文字の件も含め、騒動を心配する方が多いようなので軽く触れておきたいと思います。

アラブ世界の腐女子人口が増加の一途をたどっていくと風当たりが強くなる可能性もありますが、基本的にイスラームの宗教家は粗探しのため色々なアニメを調べて回ることはせず信者から相談されて初めてDVDや漫画を用意して検証作業をする形です。

イスラームとBL/百合描写を結びつけた冊子類を現地イベントで見たおたく女子さんが信心から「こんなものが国内で流通している」と宗教者に相談・通報する、娘の部屋でどう見てもモスクに見える施設で致している同人漫画を発見した親が憤慨して規制を訴え出たりする、ガチャ等の課金がえげつないために大金が動く件が問題化する、となった時点で騒ぎになる感じです。

*オンラインゲームPUBGは食糧難でも課金をやめられず貢ぐ若者が絶えないイラクなどで問題化。エジプトでは長時間プレーを繰り返していた男児がPUBG画面がついたままのスマホ脇で心臓発作死、女児がPUBGプレー直後に自死、PUBGのやり過ぎを叱られ禁止令を出された男児が自死といった事件が相次ぎ現地最高峰宗教機関が乗り出す事態に発展しました。子供に暴力性を植え付けるとして槍玉に挙げられる筆頭と化した感があります。

現時点では報復・テロのイメージを過度に恐れず情報収集をした上で適度に対処していくのが良いかもしれません。国内だけでやり取りし中東地域に向けて販売しない限り自主規制的な感じでファン同士で決めていけば十分だと思われます。

モスクの絵柄と絵文字

モスク背景よりもずっと前にカリム君を意味するのにアラブ宮殿風の絵文字を使っていた実はモスクでカップリング表示に使うのはまずいから変更しようという流れになったことがあるかと思います。

「モスクの絵文字」専門家に聞く懸念点 人気ゲーム「ツイステ」ファン呼びかけで注目』というニュース記事にもなるなど結構話題になったようですが、これもディズニー アラジンのサルタン宮殿がイスラーム式お墓御殿タージ・マハルを参考にデザインされたために起こったことだったと言えるかもしれません。

アラブ・イスラーム諸国で使われている色々な絵文字・組文字
イスラーム的な意味合いを持つ絵文字・合字(組文字)や日本には無い手のジェスチャーを表す絵文字などを紹介。

ただ上記ページにも書いたのですが、意外とアラブ人でもこのモスクの絵文字を قصر [ qaṣr ] [ カスル ](=palace、宮殿)という意味で使っていて、「◯◯パレス」的なネーミングのレストラン宣伝投稿の飾り絵文字になっていたりと結構軽い扱いをしているケースも見かけられます。

日本でもひとまず18禁な文脈で使わなければセーフなのではないでしょうか…

ヤンデレ作品向けに人気のアラビア語フレーズ”ヤーアブルニー”【二次創作関連】

書籍『翻訳できない世界のことば』で紹介され一部界隈の人気と共感を得た”YA’ABURNEE(ヤーアブルニー)”。ヤンデレ、悲恋を表すのにピッタリな同人作品向けの言葉として出版社が推薦もしているこの言葉ですが、英語版の元々の説明違い・日本語版での誤訳・出版社さんの誤解から日本では独自の理解・解釈がされている状況です。

「せっかく大好きになった言葉なのにそういう話はやめてほしい。自分はこのまま日本式ヤーアブルニーを使いたい。」という場合はクリック回避を強く推奨しますが、もし興味がある方がいらっしゃいましたら読んでいただければと思います。

『翻訳できない世界のことば』で紹介されたYA’ABURNEE(ヤーアブルニー)の意味や背景

最後に

以上がアラビア語とアラブ人名という観点からの考察用資料になります。半ば面白がって作ったページを最後までお読みいただき恐縮です。

アラビア語の「アル」に「~さんちの息子」という意味が無いことからもわかるように、ツイステッドワンダーランドに関しては熱砂の国特有な部分が多くアラブ文化・イスラーム・アラビア語による細かい考察だけで正解を得ることはできないのが現状です。

作中では実在する純アラブ料理やアラブの文化・習俗類が紹介されたりしていますが、言語については熱砂の国の言葉と表現しているだけでアラビア語とは一切言っていません。ゲームに出てくるという豆知識は現実のアラブ諸国の話でモデルの言語もアラビア語以外には考えられないのですが、建物や衣装はもっと東のイラン・インド・アジア方面も混ざっており「熱砂の国のモデルは◯◯王国」とは特定できないようになっています。

ファンタジーなのでどこかの世界のどこかにあるアラブ風の世界があるというふんわりした設定であれば、特にアラビア語に忠実になる必要も無いと思います。

そもそもモチーフになったディズニー版Aladdin(アラジン)は歌でアラビアが連呼されているものの正確でないアラビックネームのキャラがいるなど設定面はあまり厳密ではありません。主要キャラはイスラーム教徒特有の名前なのでアラブ・イスラーム世界を意図していると見当がつくのですがビジュアル面はもっとごった煮ミックスです。

原作千夜一夜物語アラビアンナイトのアラジンは中国の男の子で中東近辺を冒険するわけですが、そもそもアラジンの話自体西欧人の創作で後から付け足されたストーリーなのでアラブ的正確さを備えているとは言いづらいです。

外国語のネーミングは原語への忠実さやリアイティにこだわりすぎると逆に外国語薀蓄教室のような作品になってしまって面白みが減ってしまったり、リアルすぎて架空世界として楽しめなくなったり、日本国内で流布している一般的なカタカナ表記と乖離して違和感を与えたりという弊害も与えます。

今回は考察用情報補充と妄想用ネタ提供ということで私自身がこのような記事を書きましたが、大事なのはプレイヤーの方々が作品を存分に楽しまれてキャラクターを心ゆくまで愛でられることなのではないかな、と思っています。

元々私自身はメディアや創作物のアラブ人名表記等が変でも「意識が低い」「直すべきだ」みたいに騒ぐのではなく「じゃあ資料を書いて提供すればいいんだ。そしてそれを見た方が自分で判断して決めればいい。」という方向に進むタイプなのですが、アラビア語の勉強を思い立つ前の高校時代トルコ語とアラビア語の区別もよくついていないまま創作物になんちゃって中東ネームをつけたことがあり、世間で生み出されたアラブ・中東ものの設定が御本人なりの精一杯の考案の結果だということも重々承知しているつもりです。

以前から検索ワード履歴を通じてツイステファンの皆様のたぎる探究心と愛を感じさせていただいておりまして、「作品にはまって色々調べたいのに情報が足りない」「二次創作のキャラクター名をそれなりに調べてからつけたい」「色々話をふくらませてオリジナルストーリーを作って楽しみたい」といったニーズはどの時代も変わらないな…と懐かしみつつ、何かお役に立てることがあればと思いこのようなコンテンツを作成した次第です。

今後も創作の資料になるようなページをコツコツ更新していきたいと思いますので何卒よろしくお願い申し上げます。

長くなりましたが、これにて失礼します。

 

(2024年6月 トルコ語合金説に関する考察を修正)