イラクとグレンダイザー

目次 | 概要 | スタジオ | 主役声優 | OP歌詞&訳 | サウジアラビア | イラク

イラクとグレンダイザー

グレンダイザーパロディー~苦しみを笑いに昇華させるイラク人のブラックジョーク精神

イラクでは往年の名作日本製アニメというと『UFOロボ グレンダイザー』、『アラビアンナイト シンドバッドの冒険』、『まんが猿飛佐助』が有名で、現地メディアでは今でも人気俳優らがこれらの作品のコスプレをしてパロディーを演じるといったことが行われています。

イラクは自虐的なブラックジョークが特徴のコメディー大国なのですが、こうしたグレンダイザーのパロディーがTVドラマで放送されたことも。混乱を極めるイラクの政治・社会状況を反映した内容で、笑えるシーン満載なものの色々と考えさせられる構成になっています。

ホービーおじさんが営むレンタルビデオ屋でおすすめ作品を尋ねた男性。内容が良くない、対象年齢が低すぎる、といった理由でなかなか気に入った作品を見つけられませんでしたが、ホービーおじさんが「人がロボットを操縦するストーリーはどうだい?」と語りだしたリアリティーにあふれるストーリーに「おやじさん、まるで自分が体験したみたいに話すね?映画より面白そう。」と食いつきます。

「そう、あれはわしが若い頃のことだった…」と始めたのがデュークことダイスケの物語。

ある夜黒いシミが増えた月に異変と悪のにおいを感じたダイスケ。自転車に乗るのが上手くないようで足をはさんでしまいますが、基地にたどり着き博士にズームで月を見せるよう依頼。ベガ側陣営がいつの間にやら月の実権を握っていたことを知ります。

博士はダイスケ側(地球側)のお偉いさんアブー・ナジュム(直訳すると「星の父」)がベガ連合軍とはいつも戦ってばかりだしいっそのことあげてしまえばいいと月を譲り渡したこと、グレンダイザーがあっても無駄だからバラして売り払ってあくせく働いて生計を立てればいいじゃないかと言ったことを明かします。ダイスケは憤って自分にはグレンダイザーがあるから力づくで月を取り戻す、アブー・ナジュムの意向には従わないと宣言。

一方ヒカル*は宇宙人の存在を信じる父ダンベエに幼い頃から宇宙服のコスプレをさせられ宇宙人と結婚させるからなと言われて育ちうんざり気味。バルコニーで望遠鏡片手にUFOを探す父親に「メロンみたいに素敵なハゲね。でもお願いだから危ないしバルコニーから戻って。」と案じつつも「ダンベエ父さん、UFOだの言うのはもうやめてちょうだいよ。」と諭します。

*髪の色と長さのせいでまぎらわしいですがマリアではありません。ダンベエが娘のヒカルに宇宙人であるマリアのコスプレをさせてUFO趣味全開の環境で娘を育てた的な設定になっています。

その矢先にダンベエは飛行物体を見つけ喜び「ようこそ!自分はあんたらの仲間だ!」と騒ぐのですが、それは月奪回を目論むダイスケをたたきに来たベガ連合軍のロボットで街を攻撃し始めてしまいました。

急いでグレンダイザーに乗り込むダイスケ。しかしエンジンがかかりません。バッテリー切れだと思い交換してもらうも起動せず。原因はイラクで横行している品質を偽ったまがい物のハイオクガソリンでした。「私じゃない、作業員の落ち度だ。」と弁解する博士。

ダイスケは踏め、足を離せ、親指は77番ボタンだ…といった博士から指示されるやたら複雑な操作手順で混乱したりするものの何とか起動に成功。しかしグレンダイザー号自体の調子が悪くメンテ不足で部品も外れるなどして必殺技はことごとく不発。ポンコツロボットで戦った挙げ句金的攻撃を食らって倒れてしまいます。

(このシーンを見るとグレンダイザーが負けたように思えるのですが、ストーリーが飛んでいて病院に収容されている場面では「ベガと戦って勝ったし月も取り戻した」とダイスケは言っています。)

そして病院。意識を失い眠り続けるダイスケ。しかし「クシャミさえすれば意識が戻る」という博士の言葉通り目を覚まします。自分の見立て通りになったことを喜ぶ博士。ヒカルも「生きてる!」とホッとした様子。しかしダイスケは呂律が回らず博士やダンベエをしっかり認識できていない様子。博士の名前を散々間違えてしまいます。

月を取り戻したとヒカルに無邪気に報告しますが、憤って戦いに出ていったダイスケのせいで彼が倒れている間にダンベエの農場も失われ地球も壊されてしまったことを知らされます。(*コメント欄を見る限りクウェートを取り戻すと言って進軍し散々な目に遭ったイラクを重ねて見る人も少なく無い模様。)

ずっとUFOを夢見て探していた宇宙人のせいで全てを失ったダンベエ。院内にいる怪我人は地球人のわずかな生き残りで、彼らがいたのは地球の小さな残骸に乗っかっている病院でした。

地球側の人間アブー・ナジュムはベガ側にすり寄って追従の意思を示し手を結んでしまっており、ダイスケ一行は宇宙空間に見放され賃料を払ってかろうじて病院に滞在することを許されるという立場に堕とされていました。主人公一行は今のイラク人にそっくりな状態になりこのパロディードラマは結末を迎えます。

グレンダイザーは通常イラクで解決不可能な苦境から救ってくれる存在の比喩として使われたりもするのですが、このドラマではそのような希望すら潰され汚職や諸外国利権優先で国民を軽視する政治のために疲弊しきっているイラク人を暗示したストーリーとなっています。

そうした真っ暗な世情をブラックジョークやギャグに仕立てる自虐的なまでのコメディー好きはイラクの国民性としてアラブ世界では知られており、主役は抜群の演技力で知られるイラクトップ級喜劇俳優であることも手伝ってこのグレンダイザー動画は高い視聴者数を記録しています。

*アラブ諸国は日本と違ってテレビ局や制作会社公式のドラマが放送後すぐに無料でYouTube公開されることが多く、このビデオもそうした正規動画の一つです。

イラクでのグレンダイザー人気に関する色々な話題

「イラクでグレンダイザー新国旗案がウケた」という話について

当時の情報がイラク側、アラブ諸国側に残っていないグレンダイザー国旗案の一件

イラクにおけるグレンダイザー人気を表す出来事として日本でよく引き合いに出されるのが、グレンダイザーをあしらった新国旗案のネタです。

「新しい国旗のデザインでもめているけど、グレンダイザーにしたら誰も反対しないだろう」というジョークがネットで拡散したとの内容なのですが、定期的にキーワード検索で探してもグレンダイザーイラク国旗案ネタに関連した記事・画像・SNS投稿類が全く見つからず、管理人が毎日イラクのニュースやバラエティー番組を2年半以上視聴し続けていても一度も登場したことがありませんでした。

本当に話題になったのか、一大ムーブメントになったのであれば10~20年ぐらい経過しても何らかの情報が残っていてもおかしくないのですが、方言の影響でつづりに揺れがある”グレンダイザー”の色々なつづりに変えたりして検索しても全く情報が出てこない状況です。

先日ようやくグレンダイザーというキーワードが出てくるやり取りを見つけましたが、他の図柄を見て「グレンダイザーにでもしたら」と軽口を投稿しているFacebookの返信がやっと発見できた程度で、未だにグレンダイザー柄の国旗イラストが出回った件についての直接的な裏取りができていません。

元々は2008年にアジアプレス公式サイトにあった記事

ネットに残っている転載の記録をたどっていくと

新イラク国旗のデザインをめぐって政府内で各勢力が激しく対立していた1月、「もうこれにしようぜ。これなら反対するやつはいない」とグレンダイザーを描いた「国旗案」がネットでイラク人のあいだに広まり、笑いをさそった

というアジアプレスの記事が元々のソースだった模様。

今はページが無くなっておりエラーメッセージが出ますが、坂本卓氏の『「ことばで読み解くイラク」(3) 「グレンダイザー」』(2008年5月28日投稿)の一文が引用されその後定番ネタとして転載が繰り返されている形のようです。

当時は坂本氏の周辺で出回っていた画像なのかもしれませんが、ネット・各種SNS検索で現在一切ヒットしないところを見ると一過性の流通だった可能性も考えられます。

日本ではイラクにおけるグレンダイザーの影響力の大きさを示す例としてよく登場しますが、現時点ではアジアプレスにあったという記事以外にソースが見当たらない状況なので、真偽未確認情報として扱った方が良い案件かもしれません。2年以上探しても見つからないのですが、万が一元ネタを発見できればこちらのページで追加報告したいと思っています。

サッカーとグレンダイザーだけが国民を一つにする?~イラクの現在

グレンダイザーは80年代、90年代に子供だった人たちの思い出アニメ

グレンダイザーが人気だった国の一つイラクではもう懐かしアニメ(グレンダイザー、サスケ、アラビアンナイト シンドバッドの冒険あたりが同国における思い出の日本アニメだとか)の枠に入っているのでメディアでアニメ作品として盛んに取り上げられることは少ないです。

昨今では度重なる戦乱の後にがれきとなったイラクからいかにして立ち上がっていくか、高騰する物価と崩壊したインフラとどう向き合っていくかということが国民の関心事で、日本に対する注目は原爆投下にもかかわらず戦後復興を成し遂げた実績をどうイラクに応用できるかという点が連日メディアで取り上げられています。

とはいえグレンダイザーはイラク人の記憶の中に強い印象として残っており、慣用句として定着するに至っています。トーク番組でも不可能なことに挑む人、皆が苦しみ抜いているところに助けに来てくれる存在、要求・要件が多すぎてそれを満たす人物が見当たらない場合などの比喩に使われているのをしばしば耳にします。

グレンダイザーと現在のイラク

日本では「イラクではサッカーとグレンダイザーだけが対立・反目続きの国民を一つにまとめてくれるという言葉が有名らしい」と紹介されていることがあるかと思います。

しかしイラクはサッダーム政権崩壊後坂を転げ落ちるように文化大国・農業大国の地位から引きずり下ろされ、サッカーやアニメをのんびり楽しんでいられるような状況ではなくなってしまいました。

不法所持武器の普及・激しい民族/宗派/部族対立・諸外国からの内政干渉・国政改善を求める人々の連続暗殺・インフラ破壊・頭脳流出・大量国外移民・安易な輸入解禁による国内産業の停滞・価格暴騰による生活貧窮・渇水による長年の水道水不足や停電の継続・大卒者の就職難・隣国からの麻薬流入による中毒者激増・自殺率上昇・離婚率激増による社会崩壊・教育現場の機能不全などあらゆる困難に見舞われています。

サッカー界は未だに制裁を受けており、国内サッカー場は複数がぼろぼろの廃墟状態。イラク代表チームもかつての攻撃力あふれるプレーはすっかり失われ負けも増えてしまい、「あんなのうちらの代表じゃない」「応援するのをやめた」とTVインタビューで激白している人も結構目にします。

サッカーの試合が原因で対立部族同士が喧嘩を始め、中火器まで持ち出してドンパチを始め家を何軒も全焼させた事件も起きています。数日前も違う地域のチーム同士の対戦でサポーター同士が揉める案件が発生。現地では「国民を一つにまとめるはずのサッカーがこんなことになってしまうなんて嘆かわしい」と報道されるようになってきています。

水がずっと家に来ないまま数年暮らしている、渇水で家畜が死んだ、貧乏で小学校に行くのをやめて資材拾いや建材工場で働く子供が増えているような地域も少なくなく、苦しいながらも皆がグレンダイザー話で盛り上がるとかそういう次元ではなくなってしまっています。

サウジラアビアや湾岸諸国のようにお金をつぎ込んでアニメやコミックを楽しむことが難しい環境ですが、若者らの中には日本のアニメを好みイラストを書くことを心の支えにして何とか踏ん張っているケースもあるようです。日本ではイラクの女の子がアニメに救われたという話が紹介されましたが、イラクのメディアでも大学で化学を専攻したのに見合う職を見つけられず肉体労働している青年がアニメイラスト描きを励みに生きているというニュースをやっているのをつい最近見ました。

グレンダイザーで団結できるのはもう昔話になりつつある印象ですが、グレンダイザーが圧政を行う腐敗した政権への抵抗運動のシンボルとして使われることが多いため、イラクではこれまでに何度かグレンダイザーという言葉や市街地のウォールアートが着目されるということを何度か繰り返してきました。

しかし先に起こった抵抗活動では多くの市民活動家らが殺害され、真相究明を求めた遺族が暗殺されるなど、その余波が未だに残っている状況です。

多くの人が絶望する中、夢を捨てずにイラクに留まってなんとか道を切り開きたいと考えている若者がまだ残っていることは闇の中にさした光のごとく明るい話題なのかもしれません…