サウジ・日本合作アニメ映画『ジャーニー』について~(6)視聴者の反応・ネット上の話題

目次 | 概要 | キャラ一覧 | 声優 | 物語背景 | インタビュー | 反応と話題 | 先行配信視聴方法

肯定的なものから否定的なものまで多種多様のコメントをネット上から集めました。ネタバレも含んでいますのでご注意ください。

なお引用を意味する「」で囲った部分に関しては管理人の個人的な意見を反映しておりません。サウジアラビア王国やミスク財団そして東映アニメーションの批判が目的で掲載しているのではなく、合作アニメ映画にまつわる様々なリアクションを調べるための情報収集なので何卒ご了承願います。

  1. 日本におけるレビュー
  2. サウジラアビア、アラブ世界における様々な反応~予告動画公開後から封切り前までの期間
    1. 一般的な情報交換・雑談系のコメント
    2. プラスの反応
    3. 議論・マイナスの反応
  3. サウジラアビア、アラブ世界における様々な反応~公開後
    1. 総合評価と採点を行っているレビューから
    2. 称賛コメントあれこれ
    3. キャラクターや背景のデザインについて
    4. 作画・画面の動きについて
    5. 声優について
    6. ストーリーについて
    7. 音楽について
    8. 映画館・観客・視聴について
    9. 辛口コメントあれこれ
  4. 映画ジャーニーに関するネット上の話題について
    1. 「ジャーニーはサウジアラビアの子供を教育するためのアニメ」
    2. 「ジャーニーは国民統合のために作られた」
    3. 「宗教説法的な教育アニメに思えるのだけれども…」
    4. 「映画で肝心のカアバ神殿が見当たらないのはどうして?」
    5. 「アブラハの鼻はどうしてあんな風になってしまったのか?」
    6. 「鳥怖い」「密集した鳥がびっしりで黒いブツブツが苦手な自分には辛かった」
    7. 「神様恐い」
    8. 「象がかわいそう」
    9. 「えっ、バトルがそんなラストだなんてひどくない?」
    10. 「アウスとアブラハの戦いにはちゃんと決着をつけてほしかった」「映画だからもっと話を盛ってアウスが倒せば良かったのに」
    11. 「イスラーム以前の時代が作品化されるのは珍しいのでは?」
    12. 「ジャーニーはイスラームと無関係の史実だからトラブルフリーで安心」
    13. 「預言者ムハンマドは出てこない?」
    14. 「アラブの国やサウジアラビアは自分でアニメを作れないの?」
    15. 「アニメが一切作られなかった国サウジに突然降臨した初のアニメ映画なのに超ハイクオリティー」なのは本当?
    16. 「ジャーニーはサウジと日本の初合作」
    17. 「石油王がスポンサーとして日本のスタジオを助けて作品も好きなように作らせてくれる」
    18. 「サウジアラビアやアラブの人々は皆日本に感謝している」
    19. 「アラブやイスラームのアニメを作ってあげれば喜ばれるだろうし、日本のアニメ業界も潤ってWin-Winになるはず」

日本におけるレビュー

日本語で書かれた感想はGoogleやTwitter(X)のキーワード検索で探せるので、ここではレビューサイトへのリンクのみ置いておくことにします。

サウジラアビア、アラブ世界における様々な反応~予告動画公開後から封切り前までの期間

一般的な情報交換・雑談系のコメント

日本語版とアラビア語版について

現地ではアラビア語吹き替えでアニメを見るのはシリア系汎アラブアニメチャンネルSpacetoonなどで育つ子供時代、オリジナルの日本語で見るのは大きくなってから、というのが一般的です。そのためアラブ人のアニメ好きたちからは以下のようなコメントが多数聞かれました。

  • 「アニメをアラビア語で見るのは子供の時以来。なんか不思議な感じがする。」
  • 「日本語版とアラビア語版、どっちを見ようかな。迷ってしまう。」
  • 「日本語版も見たい。」

現地では子供向け以外の日本アニメ映画はそのまま日本語で字幕をつけて上映されることが多いことも手伝って、日本人声優に対する認知度も非常に高いです。

  • 「中村さんや神谷さんたちが公開時の挨拶に来るかな。」
  • 「◯◯の~役になっている(日本人声優)ーーさんが演じてるらしい。」

映画館で見ることに関して

サウジラアビアでは日本におけるニュースリリースで言及されたVOXシネマズ以外にも各映画館で上映。近くに映画館があってさっそく事前予約を入れた人から、楽しみなのに近くに無くてがっかりする人まで様々でした。

  • 「一番乗りで見に行きたい。」
  • 「ストーリーには興味が無いけど、作画と日本人声優の演技が目当て行くつもり。」
  • 「兄弟と行く約束をしたよ。」
  • 「もう予約したの?見に行くかどうか決めたいから、感想を聞かせてね。」
  • 「自分の国では上映しないみたいで悲しい。他の手段で見られるようになるのかな?」
  • 「4DX技術を導入、ってあるけど近所の映画館では普通のタイプの座席での上映らしいので残念。」

他作品との比較

ジャーニーが放映されるVOXシネマズ他では同時期に色々な日本アニメ映画が上映されたため、それらと比較する声も聞かれました。

  • 「進撃の巨人も上映されたし、次はジャーニーも見ないとね。」
  • 「名探偵コナンの映画よりもジャーニーの方が気になる。」
  • 「自分は鬼滅の刃の方かな~」

その他の反応

上記以外の雑談系コメントをピックアップしてみました。

  • 「マンガプロダクションズのスタッフたち、きっとSpacetoon世代に違いない。」
  • 「これまでにも日本との共同制作が報じられたこともあったが完成せずに立ち消えたりしていた。ジャーニーは無事に完成して嬉しい。」
  • 「制作開始が発表されてからの2年間、ずっと楽しみに待っていた。」
  • 「Netflixとかでそのうち配信されるかな。」
  • 「楽しみ。海賊版はいつ出回るかな。」
    *アラブ世界は昔ほどではありませんが著作権侵害が多くファンサブ、ファンダブ、コピー動画のネット上配布が非常に多い地域です。映画館でスクリーンをスマホ撮影したものが出回っていることも。ジョークも込みなのだとは思いますが、現地の状況が反映されたコメントだと言えそうです。
  • 「サウジアラビアのアニメ映画というだけでもすごいのに、ムハンマド王太子の財団が作ったというのがこれまたすごいと思う。」
  • 「アブラハの仮面、笑える。」「いや、そうおかしくもない。昔の戦いで鼻を切られて無くしているから。」
  • 「アブラハは毛皮を身に着けてるけど、暑そうに見える。」
  • 「アクスム側がずいぶんとトライバルなデザインになってるね。」
  • 「エチオピアは悪役だけど自分はアフリカ人で見た目も似てるからそっちを応援しちゃおうかな。」
    *アラブ諸国にはアフリカ大陸の国々も含まれており、このコメントを書き込んだ人はソマリア人でした。アラビア半島のアラブ人よりもアビシニア(エチオピア)人であるアブラハの方が親近感を覚えるため、アラブ人をやっつけちゃえ的なアブラハ応援コメントがこの後の行に出てきていました。
  • 「サウジがこのアニメで成功したらうちらも自前のアニメを作って国のブランド再構築をやりたいものだ。」

プラスの反応

トレーラー(トレイラー)が公開され、アラブ諸国・イスラーム諸国を中心に「すごく楽しみ」「クオリティーがすごく高い」「描写やせりふがハラール(=イスラーム的にOKなことを意味)なアニメで嬉しい」「やっと字幕無しでアニメを楽しめる。」といった書き込みが見られました。

作画クオリティーの高さ

日本の視聴者同様、東映による高品質な作画やなめらかな動きには高い期待が寄せられています。

  • 「クオリティが高くて鳥肌が立った。」
  • 「これは伝説級。」
  • 「すごく手間をかけた作画なのが分かる。」
  • 「細かく描き込まれていて動きもなめらか。」
  • 「筆舌に尽くしがたいレベルですごい予告動画。楽しみで仕方がない。」

声優の演技が良い

アラブ人のアニメファンは俳優が声優業を兼業して吹き替えを行うことが多かったアラビア語版よりも原語である日本語版を好む層が一定数いるのですが、ジャーニーについてはアラビア語版についても肯定的・称賛のコメントを寄せている人たちが多かったようでした。

  • 「アラビア語吹き替えはあまり好きじゃないけどこの作品だけは別。」
  • 「アラビア語版の演技がすごく気に入った。」
  • 「このアラビア語版の演技は伝説になりそうなレベル。」
  • 「アラビア語版がすごく良いから、英語字幕をつけて海外でも上演した方が良い。」
  • 「アニメは日本語で見るべきって保守的なタイプだったから日本語版のチケットを買ってしまったけれど、こんなにアラビア語版の演技が良いならアラビア語版の座席を予約すれば良かった。」

メインキャラクターの声優陣が皆日本アニメを見て育った世代で、日本人声優らの演技を取り入れているためアラブ人アニメファンに受け入れられやすいからなのかもしれません。

「アラビア語版なんていらない」というコメントも見かけましたが、海外のアニメファンにはこうした日本語版至上主義なところがしばしば見られるのでアラブ世界だけの現象ではないものと思われます。ジャーニーに関するこの手のコメントは数としてはかなり少ないように感じました。

イスラーム的にOKな描写

イスラーム教徒のアニメファンたちからはジャーニーに対し肯定的なコメントと「クルアーンに出てくる話を改変しているのではないか?」という否定的なコメントの両方が出ていました。

肯定的な意見としては、子供時代から親しんでいるクルアーンの話がハイクオリティーアニメとして世界に発信されるという興奮、イスラーム的NGが少ないという安心感に関する感想が多かったようです。

  • 「100%ハラールアニメ。」
  • 「セリフもイスラーム的な言い回し。」
  • 「ムスリムとしてこのアニメを応援したい。」
  • 「預言者ヌーフ(=ノア)様やムーサー(=モーセ)様の話も出てくるみたいですごく楽しみ。」
  • 「イスラーム教徒により作られたイスラームの話、イスラームの価値観が世界に発信されるというのは素晴らしい。」
  • 「親がアニメ趣味に対して否定的だけれど、この映画なら堂々と見ても大丈夫だと思う。嬉しい。」
  • 「自分は親と一緒に鑑賞する予定。」

日本のアニメは女性キャラクターのサービスシーンや体型を見せるためのショットがある、露出多めな女性服デザインが多い、スポンサーとの兼ね合いが登場する道具・武器・ストーリーを左右する、子供向け作品でも大きなお友だち向けに百合・BL的ほのめかしがある、イスラームとは違う価値観・来世感・進化論的展開が入っているため子供に見せづらい、といった感じで日本の視聴者には喜ばれてもイスラーム教国にそのまま輸出できない作品が数多く存在します。

アラブ諸国ではドラえもんでも飲酒シーンを削ったり女の子の短いスカート姿を修正し生足部分を色塗りしてタイツやレギンスを履いているかのように加工したりするなど、アニメが無意識のうちに子供に与える刷り込みが今でも強く警戒されています。

マンガプロダクションズ作品はそうしたNG描写をクリアした状態で売り込みをかけているため、上映前の時点では登場人物の服装などに関しておおむね好意的に受け止められているように見受けられました。

象の年と象の章やクルアーンに出てくる色々な預言者の物語が登場することも「ムスリムとして応援したい」という意見が多く出た原因となりました。預言者ムハンマド生誕直前の頃の話ですがイスラームなアニメと見ている人も少なくなく、そういった視点で「世界の人々に見てもらいたい」と流行を願う人もいた感じです。

サウジ人のアニメーターや声優が関わったことの喜び

マンガプロダクションズが共同制作したということで、サウジアラビアのアニメファンたちから喜びと称賛のコメントが多数出ていました。

  • 「自国の若者たちが活躍してくれて嬉しい。」
  • 「非常に誇らしい気持ちだ。」
  • 「サウジの若者たちよ、よくやった!」
  • 「これからも頑張ってアニメを作っていってもらいたい。」
  • 「国内のアニメ産業成長を支えるべく我々はこのアニメを応援すべき。」

『ジャーニー』についてはサウジアラビアの映画館で一足先にアニメ映画を公開したアニメスタジオMyrkott社のCCOも注目しており、真っ先に映画館に観に行くつもりであると記し作品の成功を祈るとコメントしています。

映画公開前にアップされた作品紹介動画などでは

  • 東映アニメーションとの合作である。
  • 日本側の監督・キャラクターデザイン・作曲家の名前と代表作を紹介。非常に豪華な顔ぶれとなっている。
  • 世界各地の映画館で上映されるサウジアラビア映画は初めて。
  • あらすじをざっと紹介した後、4DX技術がどのようなものかを説明。座席が動いたり香りが漂ったりするシステムについて。
  • サウジアラビアで映画産業が育ってきていること、ついに世界との競争に参入すること、サウジアラビア人がどのような人々なのかを世界中に伝える映画であること、「サウジラアビアの大志を阻むものは無くサウジ人たちはどのような分野でだって活躍できる」とミスク財団やマンガプロダクションズそしてムハンマド王太子(皇太子)の事業に関連したコメント。

などが語られていました。

議論・マイナスの反応

日本ではもっぱら東映がアニメを作ってあげて喜ばれている・感謝されているといったリアクションが紹介されていますが、実際にはそれ以外の意見も交わされている状況です。全く異なる文化・宗教の二国間がアニメ共同制作をするとどのようなリアクションが出てくるのかを探るべく、ネット上にあった様々なコメントを集めてみました。

封切り直前は楽しみだという声が圧倒的に多くなっていったのですが、短い予告動画が出たばかりの頃は宗教・歴史的観点からの疑問や批判も結構出ていたように思います。

一般的な感想

象の章、象の年以外に関する各種感想を集めてみました。

  • 「東ローマ帝国(ビザンツ帝国)やサーサーン朝ペルシアとアラブ人の戦いとかもっと面白い題材があったのでは。」「そうするとイスラームの話になってしまうからトラブルにならないようにと日本の会社は避けたのかも?」
  • 「キャラが日本人の顔をしている。肌を浅黒く塗ったらアラブ人、みたいなこれまで通りのパターンはもう勘弁してほしい。」
  • 「こういうアラブが題材の作品はいらない。見たいのは今まで通りな日本のアニメ。」
  • 「アラブ製アニメだし成功はしないと思う。アラブ製のアニメはいまいちぱっとしないものが多いし…」
  • 「ファンタジー作品ならいっそアブラハとかメッカとか出さない方が良かった気がする。」
  • 「色々起きている中でアニメという娯楽にこれだけの大金を注ぎ込むというのはちょっと…」
  • 「失業問題や生活苦に取り組まなければいけないのに娯楽に国のお金をこれだけたくさん費やすのはいかがなものかと思う。」

クルアーンの象の章の物語を脚色した件について

他のページでも書きましたが、ジャーニーは単なるアラビア半島の古い民間伝承や歴史物語ではなくイスラームの教義の根本を支えるクルアーンとその解釈書、象の年の事件50日後に誕生した預言者ムハンマドの伝記の一部分として扱われています。

象の年の出来事は宗教教義として語られたままに信じることが求められる傾向が強めな話となっており、イスラーム圏では子供時代からクルアーンのお話としてアブラハ進軍の絵本やアニメを見て育ちます。予告動画に対して批判まではしないものの「え、話が違うけどどうした?」「クルアーンの話をいじっちゃってるの?」という困惑が生じやすかったようです。

宗教系アニメに関しては改変や後代の勝手な解釈で乱してはならないと考える人が少なくないため、歴史ファンタジーとして味付けされたジャーニーに対し色々な感想・意見が上がっているのを見かけました。

  • 「象の年ではメッカの民は戦わなかった。アブラハ軍はメッカに侵入できないまま鳥の大群に滅ぼされたのに、どうしてこんなにストーリーを変えたのだろう?」
  • 「象の年をテーマにしたアニメはこれまでに何度も作られたし、それぞれちょっとした脚色は入っていてストーリーはいずれも同一ではなかった。ただジャーニーほど大きく改変したものは初めて。」
  • 「起こらなかった戦いを描き、存在しなかった人物を主人公としてゼロから作り出してしまった。」
  • 「アブラハがまるで極悪人みたいに描かれている。」
  • 「当時多神教徒だらけだったメッカの民がアッラーを信じていたかのように美化しないでほしい。偶像崇拝していた彼らを肯定する描写はイスラーム的にも良くない。」
  • 「アッラーが鳥の大群を遣わしてアブラハ軍を単独で撃退したはずなのに人間たちが活躍したように描いている。イスラームに害をなすアニメ。」
  • 「アニメとしてのクオリティーは高いが中身が問題だ。」
  • 「イスラームの教義や預言者ムハンマドさま生誕につながるクルアーンの話をこんな形で描かないでほしい。」
  • 「歪曲するぐらいならアニメを通してイスラームやクルアーンの物語に触れない方がまし。ちゃんとした本だってあるじゃないか。」
  • 「面白くなるから、歴史ファンタジーだからといってクルアーンの章句に関わる象の年の話をここまで歪曲するのは許されない。イスラーム圏でジャーニーを受け入れがたく感じる人は多いはずで、東映は訴えられてもおかしくない。」
  • 「不動の存在であるべきクルアーンの物語をエンターテインメント目的で脚色・改変・誇張しその神聖さを損ねてしまった。宗教としてのイスラームを千夜一夜物語(アラビアンナイト)のおとぎ話同様の存在に堕とす行為。無知な視聴者はこれが象の年の話だと誤解してしまう。」
  • 「クルアーンにまつわるイスラームの映画だとは言及されておらずアラブやサウジの文化・歴史に愛着や誇りを抱かせるための作品を生み出すのが方針らしい。ナショナリズム的映画にイスラームを利用しているのでは。」
  • 「ジャーニーは宗教面で危うい領域に足を突っ込んでしまったのでは?」
  • 「これをきっかけにイスラーム関連で日本アニメ規制論が出ないか心配。」
  • 「日本人に作らせたからこんなことになった。」
  • 「子供に見せてはいけないアニメ。イスラームについて間違って覚えてしまう。」
  • 「クルアーンの物語を描く(日本風)アニメという新時代が到来したと感じていたのに、こんな風に改変してしまっては安心して子供に見せられない。」
  • 「アラブの歴史をアニメ化してくれたことは嬉しい。でもここまで話を変えてしまうのではなくもっと忠実にしてもらいたかった。自分はアニメおたくだがイスラームの歪曲には立ち向かうべきだと思っている。東映にはGoogle翻訳で日本語に変えた抗議文を送ったり、サウジアラビアの制作会社にもメールをした。日本人が象の年の意義を知らないのは仕方がないけれどもサウジ人ならばよく知っていたはず。それなのにどうしてこんなことになった?皆も抗議活動に加わってほしい。」
  • 「このような歪曲されたストーリーの映画を見ることは宗教的な罪になる。二大聖地の国が作った公式アニメがこうなっているなんて。すごくワクワクして楽しみにしていたのにショック。」
  • 「このアニメを通じて歴史を書き換えるつもりなのだろうか。」
  • 「クルアーンの物語の改変はアッラーの御言葉を歪めてしまう行為。」
  • 「東映には多くのファンを失うようなことをお金のためにするのはやめてほしい。」
  • 「他の動画でもそうだったが、マンガプロダクションズのアニメ作品は歴史・戦闘を美化して描く傾向があるように感じられる。」

これらに対しては

  • 「イスラームに直接害が及ばなければいいんじゃない?まだ本編は見てないけど。」
  • 「予告動画を見ただけ騒ぐのは本のタイトルと表紙を見て批判するのと同じこと。封切り前に早合点せず公開されてから判断しようよ。」
  • 「せっかく完成した初のサウジアラビア-日本合作アニメ映画なんだし、まずは粗探しをするのではなく応援しよう。」
  • 「みんな本を読まないんだしアニメでも歴史に興味を持つならいいじゃないか。」
  • 「これってファンタジーだよ?そんなにこだわる必要って無いのでは?」
  • 「たしかに象の章や象の年からインスピレーションを得てはいるけれども、実話とかなり違う架空のファンタジーに近い。なのに皆誤解をして騒いでしまっている。」
  • 「抗議活動呼びかけなんかで作品公開の喜びを邪魔しないでもらいたい。そういう活動は他の日本製アニメ相手にやっていてくれないかな。」
  • 「公開後に荒れる可能性が高いから、会社側は動画のコメント欄を閉じた方が良いと思う。」

といったレスも返されたりも。

主人公が実在した預言者ムハンマドの教友と同名だった件

主人公アウスのフルネームはアウス・イブン・ジュバイル(/アウス・ブヌ・ジュバイル/アウス・ビン・ジュバイル)ですが、偶然なのか意図的なのか預言者ムハンマドらを移住者として迎えたヤスリブ(現在のマディーナ/メディナ)のアンサール(=援助者たち、支援者たちの意味)であり教友(サハーバ)といわゆる日本語でいうところの同姓同名です。

そのためアラブ各国・イスラーム諸国においてはジャーニーが実在したアウス・イブン・ジュバイルの物語だと勘違いする人も少なくなかったようです。

  • 「これはハイバルの戦いで亡くなったアウス・イブン・ジュバイルが主人公らしい。でもハイバルの戦いの死亡年などを考えても計算が合わない。どういうことだろう?」
  • 「マディーナの民だったアウス・イブン・ジュバイルがメッカで戦ったなんで聞いたことがない。関係の無い歴史上の人物を別の舞台に登場させるなんてイスラーム的にまずいのではないか。」
  • 「実在したアウス・イブン・ジュバイルなのか、ただの同名なのか明らかにしないと。」
  • 「教友をアニメ映像化するのは偶像崇拝に抵触しかねないから良くないと思う。」
  • 「アラブ人の名前なんて山のようにあるのにどうしてわざわざ実在する教友と同名にしたんだろう。」

このことからも、アラブやイスラームを舞台にしたアニメや漫画ではうっかり同姓同名に設定しないようフィクションならフィクションらしくネーミングを行った方が問題になりにくいことがうかがえます。

宗教界隈からはこれといった禁止令も出ず終わった『ジャーニー』公開

放映前の5月時点で「クルアーンの話をこんな風に変えたらだめだ。」「これを架空のフィクションの一環として見る視点が生じること自体が良くない。」的なコメントが出始めたのですが、これに呼応してイスラーム系サイトに抗議記事も掲載されるなどしました。

@つきのメンションツイートをして宗教家のアカウントに意見を求める人や東映の公式アカウントに抗議文を送る人も出ましたが、良くも悪くも大ヒットには至らなかったためもあってか宗教界のこれといった反応も少ないままとなった模様です。

マンガプロダクションズはサウジアラビア王族所有スタジオなのでサウジ国内で公的機関の宗教家が注意喚起の意見を出すことは考えにくく、実際にそのような騒動は起きませんでした。

過去にボイコット的な運動が起きたポケモン等とは違いジャーニーはアラブ諸国であってもサウジアラビア以外は上映映画館が少なく大勢の目に触れる訳ではないので、どこかの国の在野の宗教家が抗議活動を展開するといったことも無く終わったとの印象です。

なお伝承・宗教的史実と色々違っている件についてはネット上での議論を受けて質問したアラブ系メディアに対してマンガプロダクションズCEOが自ら回答。エンターテインメント作品として映画を制作する以上歴史で起こった通りにただ忠実にシナリオを書く訳にはいかないこと、映画に合わせて実在しないキャラクターたちを登場させていることを語っていました。

サウジアラビアではそれまでタブーだった事項に関し「娯楽のためだから」と解禁していくということが続いていますが、ジャーニーでの設定についてもそのような形で従来の自主規制を大幅緩和した形となった模様です。

イスラーム活動家による映画容認議論と国外からの批判

ジャーニー公開直前、宗教家枠で活動しておりサウジラアビアのテレビチャンネルにも出演している青年が映画館での予告動画もしくは試写映像らしきものを前に「この映画はアッラーが作り給うた」と称賛している動画がネット上に出回りました。

この青年については学歴やフルネームの家名部分に関して有名なファミリー出身であると連想させる印象操作(*彼が一員として名乗ったファミリーからは否定声明発表済)があるとして度々取り沙汰されてきた人物だったらしく、絶賛コメントは作品のPRと援護射撃にならずプチ炎上を起こすきっかけとなってしまったようです。

発言は近隣国家であるクウェート在住のイスラーム活動家男性に取り上げられ、「文筆という剣をもって、イスラームに仇をなす者を斬る」と普段から公言している彼によって晒される結果に。

BGMとして音楽も入っていてイスラーム宗教家としては認知すべきではないコンテンツだったことから「彼のように言動で人々を惑わす人物は追い払われるべき」「こうやって娯楽でサウジアラビア人たちの信仰深さが薄められていっているように思う」「アニメというものが嫌になった」といった厳しいコメントがイスラームを遵守しようとするTwitterユーザーらから寄せられました。

王太子(皇太子)の改革に賛同し彼を信じてついていこうとするサウジ国民らがいる一方、そうした利害関係の外にいて純粋にイスラーム擁護活動に勤しんでいる人たちからは否定的な見方もされかねないという部分が垣間見られた一件だったように思います。

この件についてはその後しばらくしてから検索してみましたが騒動は拡大しなかった模様です。

作品に裏の意味があると受け取った人の意見

敵役のアブラハはアビシニア(エチオピア)のアクスム王国から派遣されイエメン ヒムヤル王国の王座におさまった人物です。キリスト教徒ではありましたが、自分が建てた大聖堂への巡礼者増加計画に邪魔だからと神の館カアバを壊そうとした不届き者・不信仰者としてイスラームでは語られています。

アブラハはカアバ神殿を壊そうとするような軍事行為を試みる人物の代名詞として使われるなどし、イエメンから攻撃を仕掛けてくる様子が似ていることからサウジアラビアではフーシ派(フーシー派/フースィー派/アンサール・アッラー)やそのバックにいるとされるイラン、シーア派勢力が現在のアブラハと形容されている記事もしばしば見かけます。

そのためアニメ映画ジャーニーに裏の意味を見て取った人もいて

  • 「これはサウジアラビアの対イエメン戦を肯定するプロパガンダ映画なのでは。」
  • 「イエメンでのジェノサイドを正当化する作品。第二次世界大戦で南京事件というジェノサイドを犯した日本人が加担して作り上げたアニメ。」

と日本による戦争犯罪とからめて合作を形容しているコメントもありました。

SNS上で見かけた議論ですが似た話題があちこちで繰り返されている様子は無く、たまたまそういう話し合いになったという感じだったようです。

自国の若者らの活躍と映画の公開を喜ぶサウジアラビア人はさすがにこうした辛辣な意見は嬉しくなかったようで、SNS上では「絶対的指導力を持つムハンマド王太子(皇太子)のようなリーダーがいるサウジアラビアへの嫉妬」「サウジの若者らの躍進を喜ばない人間の言うこと」「サウジアラビアのアンチはアニメのように直接関係の無いことにまですぐにイエメン攻撃やカショギ(ハーショクジー/ハーショグジー)暗殺事件のことをからめようとする」といった否定的なレスポンスも寄せられていました。

アラブ世界では対立している国家・集団・宗派に対してテレビ番組・ネット動画・歌を使ってディスるということも行われているので、請け負った作品が暗示的メッセージを含んでいるかどうかチェックを入れておかないと騒動が起きてからその事実を認識するに至りびっくりということになりかねません。

上で挙げたコメントはジャーニーにおける脚色が政治・宗教・軍事的目的から行われたと解釈され得るリスクを示したものですが、対イエメン軍事行動の当事者である王太子(皇太子)所有スタジオであるため通常の商業アニメよりもそういう受け止められ方やクレームのつけられ方をされやすかったのかもしれません。

サウジラアビア、アラブ世界における様々な反応~公開後

実際に映画を見たサウジアラビア、アラブ諸国の視聴者らによる感想・レビューをTwitter、ウェブフォーラム、YouTubeなどから集めてみました。

現地での公開がスタートした2021年6月17日頃から一番乗りで見たサウジアラビアなどの観客が早速レビューを公開。色々な意見が投稿されました。

総合評価と採点を行っているレビューから

採点は現地での慣習らしくいずれも10点中何点という表記になっています。

サウジアラビア辺りでは日本アニメを見まくっているアニメおたくが増え普段からテキストや動画でレビューを投稿している人も多いため、長所・短所の双方を具体的に挙げながら作品を総合的に批評しているケースをかなり見かけました。

  • 「アラブ人声優の演技はとても素晴らしく、見て後悔はするということは無かった。アニメ制作としてのレベルは非常に高く絵や動きといったビジュアル面での楽しみは10点中9点。一方シナリオ・ストーリー運びは低めで6点。初めて作ったアニメ映画としては応援するに値するだけの水準はあった。」
  • 「第1作目としては素晴らしい出来。制作関連のレベルはすごかった。初のサウジアラビア-日本合作としての全体的な評価は10点中6点。おそらく評価は海外の(*管理人注:非アラブ諸国の)観客の方が高くつけると思う。」
  • 「全般的に見て良い映画だった。総合評価は10点中6点。預言者たちの物語が本編を分断させて損ねてしまっていたと思う。サウジアラビア作品は他の映画も含め不必要なパートを詰め込んでしまう傾向があるように感じる。」
  • 「通常のアニメ映画よりも劣る部分はあるけれども興味を引く作品だし、まだスタート地点に立ったばかりで今後改善の余地があると思う。ストーリー、シナリオ、キャラクター設定が弱点。10点中5点。期待しすぎず雰囲気を楽しんだりするのが良いかも。」
  • 「自分は作画は良いとは思えなかった。史実を歪曲していたのがだめだった。映画の半分ぐらいが預言者ヌーフ、ムーサー、フードのストーリーだったし登場人物に物語をしゃべらせる形式は良くなかった。よって10点中4点。」

    他の人の返事「作画は悪くなかったんじゃないかな。アラビア語での演技とか新しい試みでもあったし。ただ歴史からの引用という部分はそうだね、ひどかったかも。預言者たちの物語のところでは眠くなったよ。」
  • 「絵と動きは5点。ストーリーは0点。」
  • 「トレーラー(トレイラー)がすごく良かったからアルスラーン戦記やキングダムのようなアニメだと思って行ったら、絵のクオリティーもストーリーも全然違う感じだった。10中点の5点もあげられない。」

各預言者の物語はアラブ人だと子供時代から絵本・アニメ・学校の授業・宗教講話…と何度も何度も繰り返し触れて育つため新鮮味が感じられないのは仕方が無いかと思います。

称賛コメントあれこれ

現地では王族とメディアとのつながりが強く辛口コメントが公共の電波を使って流れることは無いのですが、サウジの若者たちが作った映画を応援したいアニメファンやマンガプロダクションズの新しいアニメ作りを評価した人たちも実際にいてSNSを中心に称賛コメントを投稿していました。

  • 「作品に関わった人たち全員にありがとうと言いたい。」
  • 「サウジの若者たちよ、アラブの若者たちよ、よくやってくれた。」
  • 「マンガプロダクションズありがとう。次回作も頑張ってもらいたい。」
  • 「アラブ人の誇りとなる映画だろうとは思っていたけれど、観て考えが変わった。これはイスラーム教徒全員にとって誇りとなる大作だ。」
  • 「何もかもが素晴らしい映画だったと思う。」
  • 「素晴らしすぎるプロデュースで、鳥の大群が襲ってくるシーンでは鳥肌が立ちました。」
  • 「今どきの世代にイスラームの物語やアッラーへの信仰心を伝える良い手段になっていると思う。娯楽にあふれているこの時代、本もあまり読まなくなった子供たちにイスラームを教えるにはこういう映画は効果的。」
  • 「忍耐、アッラーを信じる心、諦めない心について伝える宗教・教育的なとても良い映画でした。」
  • 「ストーリーは子供時代から慣れ親しんできた話だったが、象の年を映像化した作品は見たことが無かったので面白かった。」
  • 「良い映画だから、子供に血や暴力のややエグいシーンに耐性があれば連れて行ってあげることを勧めたい。」
  • 「子供向けな内容だったから、気晴らしがてら弟とかを連れて行ってあげるのに良いと思うよ。」
  • 「このようなスタイルでアラブの歴史を描いたアニメは初めて見ました。面白かったので似たような感じの映画をもっと作ってほしいです。」

キャラクターや背景のデザインについて

誰が気に入ったとか、こうだと良かったとか、雑談っぽい感想をピックアップしてみました。

  • 「グレーヘアのズララが気に入りました。」
  • 「アブラハのキャラクターが良かった。」
  • 「日本人の作ったアニメではアラブ人が正確に描かれていないためどの作品でも違和感を覚えるが、ジャーニーは違った。ひげの生え方までもがアラブ人っぽくてナチュラル。」
  • 「日本人が制作したアニメやコミックに出てくるアラブ人女性はみんな奴隷か踊り子みたいに露出がすごく多い服を着ているけど、ジャーニーではきちんと正しい姿で描かれていて良いと思った。」
  • 「ハリウッド映画のような変なアラブではなくきちんとデザインされた衣装を着ているのが嬉しかった。頭巾などの考証もちゃんとできていると思う。」
  • 「ディズニーのアラジンみたいにアラブが舞台なはずなのに砂漠だらけで建物もインド風なアニメが多い中、ジャーニーは正しく描いてくれている。背景の自然も建物も全部自分たちアラブ人が普段見ている実際の光景そのもので違和感が無かった。」
  • 「ディズニーや諸外国のアニメスタジオが作った映画ではアラブ世界といえば砂漠ばかりでアラブ人はインド人のような服を着ている。でもジャーニーはそんな間違ったアラブの姿を是正し正しいイメージを世界に伝えようと頑張ってくれている。欠点よりも長所の方が多い作品。厳しい評価をしている人たちもいるけれど、この映画にチャンスを与えてあげて。」

作画・画面の動きについて

ジャーニーの美麗な映像を目当てに映画館まで足を運んだアラブ人アニメファンたちが多かったのですが、期待通りだったという人やそうでなかった人など色々な感想が書き込まれていました。

  • 「絵がすごくきれい。時間をかけて丁寧に作ったことが伝わってきた。」
  • 「精緻なイラストで、キャラクター同士がぶつかるバトルシーンも迫力満点だった。」
  • 「バトルシーンなどはサウジのスタジオがほぼ関与していないのか東映らしさを感じた。」
  • 「説話シーンの絵が気に入りました。目の保養になりました。」
  • 「CGIを使っているらしく象の動きが良くなかった。2年半もかけて制作したのだし、宣伝では戦闘シーンが売りのようにPRしていた上にONE PIECEの東映だということで期待していただけに残念。」
  • 「CGIの使用頻度が高すぎた。使うのは良いけれども魅せるプロフェッショナルな使い方をしてもらいたかった。」
  • 「サイドストーリーの説話が静止画に近かったので動いている普通のアニメだと良かった。」
  • 「サイドストーリーはアニメではなくそこだけコミックのようだった。」
  • 「サイドストーリー部分はパワーポイントのスライドショーみたいだった。」
  • 「対決シーンの俊敏な動きはNARUTOやONE PIECEのようでイスラームやその預言者たちが題材のアニメには合っていないと思う。」
  • 「ズララの戦い方はアラブっぽくなく周囲に合っていないと思いました。」

声優について

声優に関する一般的な雑談など。

  • 「日本語版は通常のアニメ作品なら一堂に会することが無いというほどに豪華な顔ぶれ。」
  • 「日本の声優たちが発音が難しいはずのアラブ人の名前や固有名詞をきちんと読み上げているのがすごいと思った。」
  • 「言葉では言い表せないぐらいに主演の古谷徹さんが大好き。」
  • 「映画館まで足を運んだ理由の一つが黒田さん。」
  • 「黒田さんが出てるって知ってたらアラビア語版じゃなく日本語版を選んだのに…」
  • 「アラビア語版に対して期待していなかったせいもあるけれど、アラブ人声優らの演技がすごく良くて終始鳥肌が立ちまくりだった。宗教や預言者に関する話だから威厳あるフスハー(*文語アラビア語のこと)はぴったりだと思った。」
  • 「アラビア語版ではアブラハ役声優の演技が際立っていた。」
  • 「アラビア語版はどの声優も良い演技をしていたけれども、アブラハ役とニザール役が特に良かった。」
  • 「アラビア語版アウス役の演技が気に入った。」
  • 「アラビア語版アウス役は語り聞かせパートの部分の読み上げをもう少し表現力豊かにした方が良かったと思う。」

ストーリーについて

アラブ人観客からは、日本の観客からもリアクションの多かった3つの長い挿話に関するコメントが多く寄せられていました。

  • 「アブラハらに天罰が下るシーンは鳥肌ものでした。メッカ軍を裏切った連中に対する報いが描かれていたのも良かったです。」
  • 「最後に象たちがメッカの方向に向かって跪いた様子はまるでアッラーとカアバ神殿に跪拝しているようで感動からゾクゾクしてしまいました。」
  • 「アブラハの最期は伝承通り石つぶてに打たれる死に方をする方が自分は好みだった。」
  • 「作画とかは良いけれど、シナリオ・ストーリー運びが悪かった。」
  • 「自分が好きな古谷徹さん目当てで観に行きました。古谷さんのセリフは想像以上に多くて、主人公が語り手になる預言者たちの挿話がとにかく長くて映画の構成としては良くなかったように思います。」
    *ある意味古谷氏の衰えないパワーと若々しさを味わえるファン必見の作品だと言えるかもしれません。
  • 「戦争の話だから戦闘シーン目当てで行ったのにサイドストーリーが長すぎて物足りなかった。もっと本編に集中できる作りだと良かった。」
  • 「いざ戦闘という段階で挿話が入るので緊迫感が続かず元の場面に戻った時に本編何だっけ?という感じになってしまったのが残念。」
  • 「いよいよ戦闘シーンだという緊迫感・興奮がサイドストーリーで全部吹っ飛んでしまった。」
  • 「説話を挿入するスタイル自体は別に構わなかったと思う。だがそのタイミングや長さが大問題だった。」
  • 「3つの挿話は多すぎる。主要キャラクター3人と関連付けて登場させてはいたものの、正直全然接点は無かったと思う。」
  • 「3つも過去の回想と語りを入れる必要は無かった。預言者ヌーフと洪水の話1つぐらいで十分。」
  • 「説話の3つめでギブアップ。上映途中に映画館から出たのは今回が初めて。」
  • 「挿話は教育プレゼンテーションのようでアラブ人向けの映画だと感じられなかった。海外向けな気がする。」
  • 「全部よく知ってる話しだからムスリムには退屈。でも説明不足だから海外の観客にとっては何の話なのかよく分からないであろうアニメになってしまっている。」
  • 「我々アラブ人はアブラハの末路を知っているけれども、そうでない海外の観客向けにメッカ住民らの苦悩や恐怖をもっと具体的に描写すると良かった。そうすればアッラーによる奇跡の偉大さもより印象的に伝えられたと思う。」
  • 「当時多神教の中心地だったはずのメッカや地域の宗教的状況について一切触れられていない。象の年のことを知らない観客向けに予備知識を授けるような説明パートを置いた方が良かった。」
  • 「~は・・・でしたみたいにナレーションで説明してしまっている部分が多かった。場面描写で直接観客が心情を推察して楽しむ方が感情移入できたと思う。」
  • 「説明調で話が進むので、人物の深い描写が足りなかった気がした。主人公の幼少期の苦労とかズララとの関係とか、サイドストーリーを削ってもっとキャラクターに深みを与えるような詳しい場面があった方が良かった。」
  • 「アウスとズララの関係性についてもっと掘り下げてもらいたかったです。2人の友人関係に関する描写が駆け足になってしまいましたが、アウスとアブラハの対峙の方は予想以上に良かったと思います。」
  • 「主人公は苦労しました、アブドゥルムッタリブは皆に尊敬されています、とさらっと説明するだけではなくもっとそれを感じ取れるシーンを増やした方が良かった。アブラハなどは作中最大のヴィラン(悪役)でありラスボスなのだから、どうしてそこまで傲慢になってしまったのかとかを描いてほしかった。」
  • 「映画だけでは説明不足に終わってしまっているのでアニメシリーズを作ってもらいたい。」
  • 「主人公アウスは盗賊をしていたことを度々思い出しては悔悟している様子だったけど、ジャーヒリーヤ時代当時はそこまで気にされるほどの悪行という扱いではなかった。そういう部分ではアラブ文化を誇張していると感じた。」
  • 「アラブにはアウスやその仲間のような歴史上の人物がまだまだいっぱいいるから、次回作以降は彼らを取り上げてほしい。」

音楽について

ネイティブとして聴いたアラブ風BGMに関するコメントです。

  • 「絵だけでなく、音楽も素晴らしいクオリティーだった。」
  • 「アラブの楽器をちゃんと使っているのが良かった。」
  • 「作曲家がアラブ音楽を取り入れてくれているのが伝わってきたのですが、預言者ヌーフのシーンでエジプトのダンスのような音楽が流れてきたりと場面に合っていないように感じました。」
  • 「音楽が歌謡曲系なのでアニメの場面に沿っていないように感じた。」
  • 「音楽はアラブ風だけどタラール・マッダーフとかムハンマド・アブドみたいな湾岸歌謡曲っぽくて宗教アニメであるジャーニーに使うようなBGMではないと感じた。他も全て現代音楽でジャンルや時代に合っていなかったし、音量も大きくて自分的にはこの映画の欠点の一つだった。」
    *アラブ・イスラーム世界では宗教アニメに歌謡曲・ダンス調のBGMをつけることは好まれていないというのがこのコメントの背景にあります。敬虔な人はBGM音楽が入っている作品自体を嫌うため、動画に「注意 音楽あり」と書かれていることも。

映画館・観客・視聴について

サウジアラビアやその他アラブ諸国からの報告コメントです。

  • 「何回も観に行きました。」
  • 「自分が行った時は親と一緒に来ている10代の子供が多かったです。」
  • 「自分が行った映画館は客席にいたのは10人ぐらい。期待外れだという評判のせいもあるのかなあ。」

辛口コメントあれこれ

サウジアラビアなどのアニメファンは日本アニメ慣れしておりいわゆるレビューや分析をいつも行っている人も少なくないことから、エンターテインメント作品として見たジャーニーに対して厳しめの評価を行っているケースも。

  • 「サウジアラビアのスタジオが色々と関与した作品らしいけれど、自分にはほぼ100%日本アニメであるように感じられた。」
  • 「自分は好きになれなかった。」
  • 「退屈してしまって途中で眠っちゃった。結局映画が終わる前に帰宅したのだけれど、お金もったいないことしちゃったかも。」
  • 「若者向けだとのことだったけれど子供向けっぽいストーリーだった。」
  • 「映画に行った子供もつまらなかったと言ってた。」
    *目新しい少年ジャンプ風のバトルアニメだと思って行ったら全て全部乳幼児時代から聞かされていた馴染みのストーリーでしかも教育番組っぽい部分が大きかったためのようです。
  • 「退屈なアニメだと思う。」「作ってもらって感謝しているアラブ人っているのかなあ。」

    これに対するリアクション「制作国日本での受けを優先で作ったアニメだったのかもしれないね。」
  • 「考証担当のスタッフもいたとのことだけれど、その割には大幅に歴史を変えてあったように思う。ちゃんと考証の仕事したのかなあ。」
  • 「日本人の監督と脚本家が作った我々の宗教・歴史・文化を歪曲する意図のこもっているアニメ」

    これに対するリアクション「でもこれサウジアラビア人が原案で作った映画だよ?陰謀も何も自前のアニメだから…」
  • 「巨人のアード族と声優の神谷さんとの組み合わせでどうしても進撃の巨人を連想してしまいました。映画館にいた観客もそのシーンで『巨人だ…』と話していました。」
  • 「巨額の予算を投じたと報じられているのだし、もう少し頑張ってほしかった。」
  • 「色々辛口レビューを言ってしまったが、アラブ人によるアニメ映画制作の流れが止まってほしいとは思っていない。マンガプロダクションズには今後も頑張ってもらいたい。」
  • 「なんか誉めすぎレビューが多い気がする。アニメの本当の質に合っていない気がする。」

    それに対するリアクション「誉めすぎレビュー・けなしすぎレビューの両極端な感想が多いから、皆もっと冷静にコメントすべき。」
    *アラブのスタジオが日本風アニメ映画を作ったのは初めてだったため、レビューや提案の類が積極的に投稿されている感じです。次回作に活かしてもらえるよう敢えて厳しいことも言うと書いている人も。

映画ジャーニーに関するネット上の話題について

「ジャーニーはサウジアラビアの子供を教育するためのアニメ」

ネット上でそのように紹介されていることもありますが、本国では青少年向けに作られたPG-12指定の若者対象作品で、サウジアラビア側のスタジオであるマンガプロダクションズも対象年齢が高めの青少年向け映画だと明言しています。

マンガプロダクションズはこのジャーニーの前にキッズ向けにアラビア半島の歴史や偉人について教える『アサティール』を放送。そちらは小学生ぐらいまでのお子様向けの『まんがサウジむかしばなし』的なのんびりした雰囲気のアニメになっています。

しかしジャーニーを見たサウジ人の中には、青少年向けと言われていたジャーニーが実際にはもっと低い年齢の子供にちょうど良いと感じた人も少なくなかったようです。

「ジャーニーは国民統合のために作られた」

本国ではそのような話は出ていません。ナショナリズム的な目的で作ったのだろうという声は出ましたが公式の制作目的は日本製アニメを見せたくない保護者層のニーズに応える、次世代育成に役立つアニメを作る、娯楽産業を振興する等です。

ジャーニーは映画館が解禁され国産エンターテインメント作品の増産を促進している流れに乗って生み出されました。

スタジオの上部機関であるミスク財団はムハンマド王太子(皇太子)の所有であり、財団全体が彼の打ち出した未来に向けた政策ビジョン2030を支える形で活動しています。国の重要な資産である青少年を育て上げることが最大の課題であり、サウジアラビア国内で新規に各産業分野を開拓できるように世界各地に派遣して学ばせるというプロジェクトが既に稼働しています。

ジャーニーは若者らが日本からアニメ技術を持ち帰るための超豪華な実地訓練場所として活用されたほか、若い世代のやる気・勇気・頑張りを喚起しサウジアラビア愛を強めるようにと作られたとか。

マンガプロダクションズの作品は全てサウジアラビアの次世代に自国の歴史・文化を教えるとともに「昔の偉人ってかっこいい」「自分もああいう風になりたい」「自分がアラブ人で良かった」「サウジ人としての自分も悪くない」といった愛国心や自己肯定感を育むために作られていますが、国内での分離・対立が昔からの課題となっているスンナ派とシーア派をまとめ上げるといった国民統合レベルのメッセージを感じさせる作品はリリースされていないです。

「宗教説法的な教育アニメに思えるのだけれども…」

国内外の観客に学んでもらうための映画なのでそう感じられても仕方が無いかと思います。

マンガプロダクションズは若者育成に注力するムハンマド王太子(皇太子)所有非営利財団の傘下スタジオなので、ジャーニー自体が普通の商業アニメとは全く違う性質を持っています。ただの娯楽アニメではなく歴史・文化学習と王国PRのための政府広報アニメに近い気がします。

ジャーニーについてはマンガプロダクションズはイスラームのアニメ、宗教学習のアニメとは一切言及せずに作品宣伝を行いました。現地ではイスラームも含めてサウジという王国の歴史・文化的資産としてブランド再構築をしナショナリズム色を強化した形でアニメを作っていると評されたほどで、報道でも徹底して「アラビア半島の歴史・文化・価値観」という点が強調されていました。

現地ではそれまで宗教作品扱いだった象の年の物語からイスラームという言葉を抜いてサウジ的に書き換えたと受け止めた人たちもおり、イスラーム愛の喚起よりもサウジ愛の育成に重きが置かれている作品だという評価もあったほどでした。

そのため日本で説明されているような「宗教教育目的で製作されたアニメ」との印象は薄く、実際のところ同じ象の年を題材にしたアニメ作品群の中でも宗教色はおそらく最も弱いです。

管理人はアブラハの進軍をテーマにしたアニメ作品群を一通り見ましたが、他のものはクルアーン(コーラン)の朗誦が入ったりしており遥かに宗教説法っぽいです。管理人にはイスラーム布教アニメではなくイスラーム教徒の自国民に分かりやすい題材を盛り込んだ若者向け自己啓発+海外向けアラブ紹介広報のミックスに近いように感じられました。

「映画で肝心のカアバ神殿が見当たらないのはどうして?」

イスラーム以前、しかも火災が起きて青年期預言者ムハンマドらが改築する前の古いカアバ神殿の姿で登場しているため気付かれなかった方が多いようです。

カアバ神殿はマンガプロダクションズの制作風景を伝えるビデオの中にも登場しています。


引用元:マンガプロダクションズ公式Twitter動画

アニメーターの方が描いているこの布の垂れ下がった低い社がカアバ神殿です。この建物だけ周囲が空地になっており、アラブの大河ドラマに出てくるカアバ神殿と似た形・高さをしています。

当時は巡礼者が周りを回って祈りを捧げたり、カアバ神殿の近辺に市場ができて色々な店が客に物を売っていたとされています。

エジプトで作られた映画に出てくるイスラーム以前(ジャーヒリーヤ時代)当時のカアバ神殿です。映画自体は女優のサービスシーン満載で多神教の中心地としてのメッカ巡礼風景も歴史書通りの描写になっていないなど正確性に欠ける映画ですが、ジャーニーに出てくる社に似ているので多少参考にはなるかと思います。

当時はとても低い建物で木も使っていたため火事で燃えてしまったのだとか。預言者ムハンマドが若かった頃、紅海沿いの海岸に打ち上げられた難破船の木材やらを運んできて再建したと言われています。そのためイスラームでは預言者ムハンマドがカアバ神殿再建の立役者として語られることもしばしばです。

カアバ神殿には長い間木材も使われていたそうですが、サウジアラビア王国が出来てからその耐久性や耐火性が問題になり改築時に石材メインに切り替わったとのこと。

「アブラハの鼻はどうしてあんな風になってしまったのか?」

アラブの伝承におけるアブラハの略歴のところ紹介しているのですが、アクスム王国から別のタイミングで南アラビア(現在のイエメン)に派遣されたもう一人の司令官(王族)と一騎打ちした際に刀剣で斬りつけられ鼻の付近を欠損したとされています。

奴隷時代に罰を与えられ大怪我を負ったとか、元罪人だったからといった理由ではなく、彼が権力闘争でのし上がってきた象徴的な怪我となっています。

「鳥怖い」「密集した鳥がびっしりで黒いブツブツが苦手な自分には辛かった」

あのびっしり凝集した鳥の大群はアブラハ軍の末路とアッラーによる神罰を描写する上で定番かつ欠かせないシーンとなっています。

空が埋め尽くされ真っ黒になったという伝承をよりリアルに再現するほど評価が高くなる形です。象の年事件を描いたアニメやドラマでは集合体恐怖症の人に一切配慮していないレベルでこれでもかというほどの数の小鳥が登場し、クライマックスを盛り上げます。

実際にアラブ世界の観客はジャーニーの鳥襲撃シーンを見て身体がゾクゾクするほどに感動したという人も少なくなかったようです。

「神様恐い」

ジャーニーの終盤は「神様の凄さを非イスラーム圏の観客にも是非感じ取ってもらいたい」ということでアラブ人にとってはおすすめシーンの一つとなっています。

日本で見られた方で「イス◯ム怖い」「中東の神様って恐い」と感想を書かれているケースを複数見かけましたが、アラブ側制作陣にとってはサウジアラビアやイスラームの凄さを伝える名場面として作ったことが予想されます。

アラブ人イスラーム教徒の方は「神様の凄さ・恐さが相手に伝わる→神への畏怖から信仰心・尊敬が芽生える」という風に考える傾向にあるのですが、日本人だと苦笑いになってしまったり「やっぱりイスラームって怖い宗教なのかも…」となったりしやすいことまではさすがに気付かない方が多いように感じます。(あくまで管理人の個人的な経験に基づく印象です。)

この点については宗教観が全く違う日本では逆効果になってしまうという文化・宗教的なギャップを如実に示しているように思いました。

マンガプロダクションズは今後も日本にコンテンツを販売し続ける予定だとのことなので、ヒットを狙うために日本向けバージョンなりを作って抑えるべき場所は抑えマイルドな描写にするといった工夫も時として必要になってくるのかもしれません。

「象がかわいそう」

動物が好きな人にとっては辛いシーンだったかと思います。

クルアーンで語られている通りに人間も象もぼろぼろになった光景が日本アニメ調でリアルに描かれ因果応報と強大なる唯一神アッラーの怒りと比類無き力が示された場面ということでアラブ人観客の心を掴んだりもしたようですが、戦争で亡くなった人間や道端に遺棄された動物の遺体映像が普通にモザイク抜きで放送されるアラブ圏とは違い日本にはそうしたシーンへの耐性があまり無い人の方が多いのではないでしょうか。

イスラーム的な文脈では象も不信仰者らの一団・武器だったという扱いなので、現地では「象がかわいそう」というコメントはまず見かけません。どちらかというとアッラーへの信仰の大切さを思い出し気持ちを新たにする感動的な場面として扱われる傾向が強いです。

イスラームにおける預言者の説話では警鐘を鳴らしても馬鹿にして信じなかった不信仰者らが最後まで悔い改めないケースが多く、死の直前に神の奇跡を信じてもう手遅れ…というストーリーがポピュラーです。アブラハや象たちもその典型例で救われることはありませんでした。

象の死や直接的な死の描写については「神の御業の象徴」「ここが特に感動できる良いシーン」「アッラーを想起して信仰心を新たにできる爽快な場面」という発信側の意図と受け取る日本人側の感覚の違いが出やすい部分かもしれません。

日本では『かわいそうなぞう』といった作品を通じて戦争と象の悲しい物語に馴染んでいるため象が無惨なことになるシーンにはかなり敏感だと言えますが、サウジアラビア側はさすがにそこまでは考慮していなかったものと思われます。

「えっ、バトルがそんなラストだなんてひどくない?」

イスラームとクルアーン(コーラン)でそうなっているので既定路線です。本来の伝承ではメッカ民は山に逃げただけだったため、唯一神アッラーの絶大なる力が一層強調された物語となっています。

ジャーニーはメッカの人間たちが積極的に抵抗をしたことになっておりバトルものらしい設定に味付けされているだけで、決着をつけたのがアッラーだったという部分は遵守しています。ここに違和感を覚えるのは、宗教的バックグラウンドが異なる日本ゆえだと思われます。

BGMもアラブ世界のイスラーム系宗教映画のクライマックスで使われるようなアザーンやタクビール(アッラーフ・アクバル)を想起させる旋律で、知っている人は聴くと「あ、音楽も神様の偉業をを賛美してるな」とすぐに気付く感じになっています。

アザーンというと日本製アニメがサンプリングしたアザーンの断片を使って回収騒ぎになったことを覚えている方が多いかもしれません。しかしアラブやイスラームの映像作品ではアザーンと同じ音階で合奏しているBGMは度々使われており、アッラーを強く称賛する劇的なシーンで出てくることもしばしばです。

「アウスとアブラハの戦いにはちゃんと決着をつけてほしかった」「映画だからもっと話を盛ってアウスが倒せば良かったのに」

残念ながら宗教上の制約により不可能なシナリオとなっています。

実在しなかったアウスという人物を作った上に史実とは異なりメッカが防衛隊を組織したことになっているストーリーだけでも現地では宗教面でかなりの冒険をしたと見なされており、アッラーが単独でアブラハ軍を撃退したという宗教的史実までいじってしまうとクルアーン否定・改変となり大騒ぎになってしまうためです。

日本の観客だと「アブラハ、そんなんで死んじゃうの?戦いはどうした?!」となってしまうシーンですがクルアーンではもっとあっけないラストで、メッカ側との戦闘すらしないままアッラーの神力によって奇跡が起き滅ぼされてしまいます。

アラブ人もイスラーム諸国の視聴者も桃太郎並に親しんでいる物語なのでほぼ全員が結末を知っており「アニメでどう描くのか」「本来全部単独で敵を片付けてしまったアッラーの介入をどのぐらい宗教的事実に寄せてあるか」に着目して視聴する感じになります。

アブラハが改心するとか象だけメッカ民の戦利品になって心機一転元気に暮らすといった筋書きは許されないというのが現地の事情です。

ジャーニーのラストはあれが最大限の脚色であり、それ以上のフィクション要素投入は乗り越えてはならない一線を守らないイスラーム冒涜になってしまいスタジオを所有している王太子(皇太子)に影響が出てしまいます。

現地事情から推察する限り、アウスにアブラハを殺させるようなシナリオはアラブ世界・イスラーム世界から非難を浴びるレベルの御法度であるように思います。「アニメだからいいじゃない」と暗黙のルールを破ることで王太子(皇太子)の財団は反イスラーム的・イスラーム軽視だとみなされ将来の二大聖地守護者としての適性を問われるリスクも大きく、仮に日本のスタジオ側がアウスがとどめを刺す話にしたがったとしてもサウジ側からストップがかかる案件となり得ます。

東映アニメーションはサウジアラビアの全面的な監修を受けていたのでアウスがアブラハを討つラストにはしませんでしたが、仮に中東にアニメを売り込もうとして日本の会社が単独でイスラームやアラブの歴史を題材にした作品を制作した場合、面白くするためにやったはずのことがイスラーム圏における会社への信用が一気に失墜する契機となるリスクがこうした意識・バックグラウンドの違いに潜んでいると言えるかもしれません。

「イスラーム以前の時代が作品化されるのは珍しいのでは?」

珍しくはないです。預言者ムハンマド誕生前の諸預言者たちの物語としてのイスラーム的な作品だけでなく、昔のアラブ社会を描いた大河ドラマとしての定番テーマだからです。

アラブ世界ではイスラーム以前のジャーヒリーヤ時代は詩作が盛んだった上に色々な英雄もいたため好まれる題材の一つです。イスラーム的な観点では歴代の預言者たちや預言者ムハンマドの生誕直前~青年時代と重なるため子供向けアニメになることも多いです。

礼賛をしない限り多神教時代を描くこと自体はタブーではないので、ラマダーン中のテレビドラマにこの頃の英雄が主人公となる作品が放送されることもあります。

遊牧民ならではの寛大さ、人としての強さ、雄弁なアラビア語の詩などサウジアラビアやアラブ諸国が未だに見本とするような原点があるとされているのがジャーヒリーヤ時代なので、多神教信仰を除く部分については現代においても模範だと見なされています。

マンガプロダクションズがジャーニーの前にTV放送した『アサティール』もイスラーム以前のアラビア半島の昔話です。自国の文化や偉人に誇りを持ってほしいという意図で作ったアニメなので、ジャーヒリーヤと呼ばれる古い時代を生きた英雄や偉人が多数登場する物語となっています。

ただ当時のことをありのままに描いてしまうと多神教徒だったサウジ人の歴史がクローズアップされてしまうことにもなるせいか、ジャーニーではイスラーム教徒っぽくアレンジされておりパラレルワールドのようになっています。

「ジャーニーはイスラームと無関係の史実だからトラブルフリーで安心」

日本ではジャーニーを「預言者ムハンマド生誕前なのでイスラームとは無関係」「アニメ制作でネックとなるイスラームを出さないという賢明な設定」「史実なので安心して見られる」と受け取られた方が多いようです。

しかし実際とのところこの映画はイスラームの教えと唯一神アッラーが関係している宗教教義的な話を味付けして歴史ファンタジーというガワで覆って売り出しているもので、元の話はただの民間伝承ではなくクルアーンとその注釈書そして伝承を吟味した宗教家・歴史家らの業績という世界とリンクしています。

アラブ・イスラーム文化を知っている人であればこれは宗教的事実(その宗教の中では実際に起こったこととして語られている内容)であって歴史的事実(歴史資料に裏付けされた本当に起こった記録上の出来事)につながる各種資料とは違っているのだと把握しているケースが多いのですが、日本人観客の大半は映画の紹介文や内容から実在した出来事を劇画調に描写したものだと想像するかもしれません。

しかしながらヘブライ人がエジプトから逃れる際にモーセの前で海が真っ二つに割れたという奇跡と同じで、本当に可能だったかどうか検証するといったことは無しに「イスラームの教え、クルアーンでの教えだから書かれている通りに疑わず信じるべき奇跡の物語」として受け入れるべき内容、それが象の年の伝承となっています。

現代に入ってから新しいアブラハの碑文(ムライガーン碑文)が見つかった時には「メッカにアブラハは来ていなかったのでは?」と一部で騒ぎになったようですが、「それを信じることはアッラーの御言葉であるクルアーンを否定することになる」と宗教界隈から注意喚起がなされるなどしました。

発掘された碑文と照らし合わせ周辺諸国の歴史書を確認した結果「アブラハはもう死んでいたのでは」「アクスム一行はメッカに来なかったのでは」と唱えた歴史学者らもいますが、イスラームではそうした検証内容は認められていません。モーセの海割れ奇跡と同じでイスラームの教え自体は確固として不変なので、敬虔な人は後から発掘された碑文と齟齬がある場合は碑文の内容の方を否定しクルアーンの内容を信じます。(欧米における進化論問題と同じです。)

日本の視聴者は神が遣わした鳥の大群を見て「え、これ神話みたいなやつ?」と思われるかもしれませんが、事実として扱うべき疑ってはいけない事項なので敬虔なイスラーム教徒に「もしかしてこの部分は嘘?」「こんなことある訳が無いよね?」のような質問をすることはNGだと言えます。

そういうこともひっくるめて意外と作品にイスラームがからんでいるというのがジャーニーの実情だと思います。

「預言者ムハンマドは出てこない?」

アブラハが象を連れてメッカに入ろうとして失敗したのは預言者ムハンマドが生まれる50日前だとされており、アラブ・イスラーム世界では象の年事件が最後かつ歴代の中で最高の預言者がアッラーによりもたらされた年を象徴付ける劇的な事件だとされています。

そのため象の年の話は預言者ムハンマドの生涯の一部とみなされており、彼の人物伝の序章として扱われています。預言者ムハンマド生誕祭の学芸会演目に選ばれることも珍しくありません。

ジャーニーにおいて主人公が戦いからだいぶ経って回想するシーンがあるとしたら、もうその時には預言者ムハンマドは生まれていた可能性が濃厚です。おそらくアラブ人やイスラーム教徒は「あ、預言者ムハンマド様がお生まれになっている頃だな」と考えるのが自然だと思われます。

まだ生まれていないのにイスラーム共同体誕生を予期させる夜明けの前兆として扱われるのがこの象の年の事件です。

なお映画ジャーニーでは預言者ムハンマドの到来という新しい時代が迫っているこの様子を現代サウジアラビアの新時代幕開けと重ねているように見受けられます。

強大なアブラハ軍に立ち向かい奇跡を信じ諦めない主人公の姿は、自国民がこれまで成し遂げてこなかった新たな分野に取り組み色々な業界に参入していく困難をものともしない意欲的なサウジアラビアの新世代像・理想像に近いのではないでしょうか。積極的で自己肯定感の強いサウジアラビア人・アラブ人を育て上げるというミスク財団、マンガプロダクションズの理念・希望を反映しているように感じます。

「アラブの国やサウジアラビアは自分でアニメを作れないの?」

アラブ各国ではラマダーン時期にドラマやアニメの新作を一挙に放送します。それらはアラブの会社によって作られており、それなりに長い年数にわたって複数の作品をリリースした実績のあるアニメスタジオも各国に存在します。

ラマダーン時期に向け大量に存在する放送局がこぞって番組を用意するのですが、アラブ世界に含まれる国の数が多いので合計数がかなりのものとなります。どの番組を見るかを決めるのも大変だったりで、ジャンル別に分類されるなどした検索機能つき特番ガイドサイトすらあるほどです。

年ごとの新作数がとにかく多いため数十年分の蓄積数も膨大です。そこに映画も加わるためイスラーム・アラブ文化・歴史に関するメジャーなテーマはたいていカバー済みで、有名な英雄ともなると複数回映像化されていたりします。

ジャーニーのベースになった象の年も複数のアニメや実写ドラマが存在する有名なイスラミックストーリーの一つです。ラマダーン中は信仰心やアッラーへの崇敬を高めるような内容の作品が多いため、象の年の物語は映像化されやすいエピソードの一つとなっています。アラブの歴史というよりもイスラームの話なのでトルコでも映像化されたりしました。

アラブ諸国にもアニメスタジオがあり通常のテレビ局がそれらと仕事をしているにもかかわらず今回サウジアラビアが日本の東映と組んだのは、ムハンマド王太子(皇太子)が筋金入りの日本アニメ好きだったことが大きく関係していると思われます。東映の清水慎治顧問も、海外事業紹介ビデオで当時プリンスだった王太子(皇太子)が大の東映アニメファンで直接声がかかったと詳しい経緯を明らかにしています。

マンガプロダクションズはアラブ世界で唯一日本風アニメを制作しているスタジオです。社員の大半が日本アニメ好きのSpacetoon世代なので、日本と合作でき技術研修も受けられるというのは非常に魅力的でありかつ全力で取り組みたいと願う事業だったのではないでしょうか。

またムハンマド王太子(皇太子)のミスク財団は、世界各国にサウジ人を送り留学・研修・インターンを通じて得たものを自国に持ち帰らせそれを国内諸産業の発展に利用するためのプロジェクトを推進しています。

アラブにある既存のスタジオではなく日本の東映と共同制作するに至ったのは、高い技術力を持つ日本に若者を送りたいと願ったサウジアラビアと海外事業を拡大したい東映の思惑とが一致した結果でもあったと言えます。

ムハンマド王太子(皇太子)は東映に対してディズニーに負けている場合ではないと叱咤激励したのだとか。自らの財団から資金を出してサウジアラビアをPRするアニメを東映から出したのは、王太子本人の希望や夢をある程度反映しているのかもしれません。

「アニメが一切作られなかった国サウジに突然降臨した初のアニメ映画なのに超ハイクオリティー」なのは本当?

サウジアラビアにおけるアニメ産業の歴史とサウジアラビア国産映画・アニメについての話は別コンテンツ『サウジアラビアにおけるアニメ産業』を参照願います。

在ドバイ サウジアラビア系スタジオの『ビラール』

2015年、アラブ首長国連邦にあるサウジアラビア系Barajoun Entertainmentスタジオがサウジアラビア人監督によるサウジアラビア初のアニメ映画『بلال(Bilal: A New Breed of Hero)』を公開。

同作品はイスラーム共同体最初のムアッズィン(アザーンをする人)となった元奴隷のビラールが主人公で、史実に基づきつつもアニメ風の描写がなされておりワクワク感も添えられたかなり脚色の多い内容となっています。宗教的史実とだいぶ異なっておりエンターテインメント作品としての映画に仕立ててある点ではジャーニーと共通しています。

ビラールは英語版が米国で上映されたほか、2017年にはサウジアラビア航空が本国よりも先に機内で放送。映画館が解禁になったサウジ国内でも遅れて上映が実現しました。

『ジャーニー』は現地でも「サウジ初のアニメ映画」と紹介されたりしているのですが、こちらの『ビラール』も拠点と制作場所がドバイなだけで創業者/監督がサウジアラビア人だったことから「サウジアラビア初の長編劇場アニメ」「英語に吹き替えられアメリカの映画館でも公開された初のサウジアラビアアニメ映画」と書かれていることが多いようです。

サウジアラビアのスタジオが作った国産アニメ映画『マサーミール』

2020年にはサウジアラビアにあるアニメスタジオMyrkottが約100分の映画を公開。Netflixの日本語版では『マサーミール 〜ダナとおかしな3人組〜』という題名で配信されています。

このような国産劇場アニメもあったので『ジャーニー』が何もかも初という訳ではなく、ある程度の下地があり国内で機運が高まってきた時にちょうど登場した作品という感じです。

ともあれ『ジャーニー』はサウジアラビアに拠点がありかつサウジ人の起用を目指しているスタジオが日本との合作で日本風のハイクオリティーなアニメを作ったという点で目新しいと言えるのではないでしょうか。

「ジャーニーはサウジと日本の初合作」

サウジアラビアのマンガプロダクションズと日本の東映アニメーションとの合作が日本で放送・放映されたのはこれで3回目となります。

ちなみにARINATとガイナックスが共同制作すると発表していた『砂漠の騎士』は結局完成せずトレーラー(トレイラー)動画がリリースされたのみとなってしまいました。なお、ARINATのCEOは現在マンガプロダクションズのCEOを務めています。

ARINAT社が『砂漠の騎士』(Desert Knight)を製作発表した当時のアニメファン向けリポートです。詳細は『サウジアラビアにおけるアニメ産業』をご覧ください。

「石油王がスポンサーとして日本のスタジオを助けて作品も好きなように作らせてくれる」

マンガプロダクションズはアラブによるアニメ作りが最終目的

残念ながらそれは無いものと思われます。

マンガプロダクションズは王太子が手動しているビジョン2030やミスク財団の理念に従って活動。サウジアラビア国内でのアニメ産業確立・人材育成・日本からの技術移転と100%国産化、サウジ人・アラブ人を主人公にすることで国内外の視聴者が同国への愛着や理解を深めるのを目的にアニメを作っています。

「日本にある既存の有名作品の続編が見たいからお金を出してあげる。」「日本人が好きなアーティストやスタジオにのびのびと新作を作ってほしいから資金はばんばん提供しますよ。」的な話とはちょっと違っていて、グレンダイザーリブートやキャプテン翼権利獲得などアラブ受けする作品が選ばれているので、日本人が見たがっているものに気前よく資金を出してくれる都合の良いパトロンになってくれるのとは事情が違っています。

マンガプロダクションズの合作アニメ事業はムハンマド王太子(皇太子)が東映を支援したいという個人的な感情も入っているとは思いますが、スタジオが普段のインタビューで強調している点から判断する限り日本のアニメ業界を救うためというよりは日本の技術を吸収しサウジアラビアに移植していくとか、アラビア語版権利や世界配信権を取得してビジネスにすることに主眼を置いているようです。

ただ関係者が語ったところによるとほんの数年でアニメ産業を成長させられるとは考えていないそうで、10年・20年と続けていってようやく完全自立できるだろうと理解した上でこつこつプロジェクトを進めていく決意をもって取り組んでいるとのこと。東映アニメーションを始めとする日本各社への業務委託やSNKなどの企業買収による関与というスタイルはまだまだ続きそうです。

「サウジアラビアやアラブの人々は皆日本に感謝している」

ジャーニーの完成が報じられた時日本のブログや動画では「サウジ人はみんな大喜び」「日本にものすごく感謝しているらしい」とプラスに伝えられがちでしたが、サウジアラビアの実際の評価はだいぶ違っていました。

喜びの声自体はSNSやYouTubeコメントで多数寄せられたのですが、サウジアラビアの国家事業の成功を祝うという空気も手伝って現地で最も大きかったのは自分たちのアニメを自らの手で作った喜びや身内の躍進に対する期待と応援の声でした。

日本に対する感謝は「全ての関係者にありがとうと言いたい」系のコメントに含まれている程度で、「日本よありがとう!」と言っている人よりも「日本人が関わったせいでイスラームの説話が改変された」というクレーム系の数の方が多かったとの印象です。

そのため日本のまとめブログに書かれているような「日本はすごい」「日本の会社にもっと色々な作品をお願いしたい」「うちらがお金を出すから好きなようにやっちゃって」という日本絶賛コメントやアニメ制作外注拡大の要望が続々と寄せられる的なことは起きませんでした。

これはジャーニーがムハンマド王太子(皇太子)個人の組織であるミスク財団による事業であることも大きく関係しています。ビジョン2030という未来のサウジアラビアに関する指針と直結したこのアニメ制作計画では、若い人材を育て今まで王国に根付いていなかった色々な分野で彼らを活躍させることが目指されています。

マンガプロダクションズ自体が王太子(皇太子)の打ち立てたビジョンを実現すべく努力しており、彼らがリリースした作品はサウジアラビア人クリエイターらの創意と頑張りとして称賛されることが一般的になっています。

「アラブやイスラームのアニメを作ってあげれば喜ばれるだろうし、日本のアニメ業界も潤ってWin-Winになるはず」

ジャーニー公開のニュースを見ると「向こうの国では日本アニメがすごく人気らしい。アラブやイスラームの歴史アニメを作って売れば喜ばれるに違いない。金持ちのアラブ諸国がスポンサーになって日本人アニメーターたちに仕事をくれれば待遇改善も見込める。」という風に考えてしまいがちかもしれません。

現地のアニメ事情

しかし事態はそんなに簡単ではないと管理人は考えます。というのも

  • アラブ人は日本やアメリカの会社はアラブ人やアラブ・イスラーム文化を正確に描くことはできず、キャラクターたちもアラブ人に見えないということで評判が良くない。『アラビアンナイト シンドバットの冒険』のように早い時期にアラビア語化され愛された作品があるものの、正確な描写だったかというと残念ながらそうではなかった。
  • アラブやイスラームのストーリーはアラブ人の手で作られるべきと考えている人が多い。
  • アラブ製アニメ映画・TVシリーズは日本アニメを見慣れた層からはいまいちだという評価を受けており、ストーリーなり作画なりで残念な要素を抱えているアラブのスタジオが日本の会社と合作をすれば残念な結果になるのではないかという懸念が強い。
  • これまで通りの日本アニメを楽しみたいアニメファンが多く、下手に合作などしてもらいたくないと考える風潮がある。日本の会社が単独で企画・制作したアニメの方が良い作品ができるだろうからアラブの会社は関与しなくて良いというおたく層が一定数存在する。
  • 日本など外国人がアラブやイスラームのアニメを作ることは、アラブ人自身が守ってきた純粋なアラブ文化に異教の宗教観・価値観・文化を意識的もしくは無意識に混入することにつながり、一種の文化破壊であると見なされている部分がある。
  • イスラームに関する物語は脚色や史実との乖離が好まれず、イスラーム専門機関の監修を受けたことを示すテロップが入った作品に信頼が置かれている。そうした枠に収まらないイスラームアニメができることに対して抵抗感がある。
  • 現地にはドラマ・アニメ制作に強いエジプトやシリアなどの国がありラマダーン時期を照準に毎年複数の新作が放映。アラブ・イスラームの歴史や文化に関する番組が既に大量に作られており自給自足がある程度実現していて、アラブのテレビ局はそれらに発注している。
  • アラブ人アニメーターの育成や雇用機会の創出には関心が持たれているが、日本人アニメーターを雇ったり呼び寄せたりすることへの要望は特に無い。
  • 自国民に役に立つ事業なので巨額予算を注ぎ込むことが容認されているが、王族個人が好きなアニメを見るためのスポンサー業となってしまうと道楽扱いされてしまい支持は得られにくい。

といった事情があるためです。

アラブ人が喜ぶ作品を日本単独で作って買わせるのは困難

アラブ・イスラーム圏のファンたちは日本のアニメを好んで見てはいますが、若者らを中心に人気があるからといって日本の会社が現地の歴史や文化に関する作品を作ったら皆が大喜びするとは限りません。

2020年のことですが、Netflixが配信した『悪魔城ドラキュラ -キャッスルヴァニア-』(*制作はアメリカで日本アニメではありません)に出てきたセリフがアラブのイスラーム教徒らの嫌悪感を引き起こすというトラブルが起きました。預言者ムハンマドの言葉としてキャラクターがとある文言を口にしているのですが、真贋判定において預言者の本当の言葉ではないとされている一文だったためイスラームの正しいイメージを損なうシーンだと批判が出て「だからNetflixは嫌いなんだ」という意見が多く書き込まれるなどしました。

こうした問題が起きないようにするにはアラブ人のサポート役を置く程度では解決が難しく、アラブ人の考証担当やキャラクターデザイナーなどを複数関与させる必要があり、非常に手間がかかるものと思われます。

現地で求められているのは日本からの技術移転による自力でのアニメ作り

マンガプロダクションズの関係者インタビューをいくつも見ましたが、日本の技術をサウジアラビアに持ち帰ることはたびたび語られているものの「サウジの潤沢な資金で日本のアニメ・ゲーム業界を応援したい」「優秀な日本人アニメーターを取り込み雇いたい」といった話は出て来ていません。

重視されているのは「自国の若者がどれだけ海外から技術を持ち帰り祖国の産業発展に寄与できるか」「いつ日本人の手を借りずに済むようになるのか」「マンガプロダクションズには引き続き頑張ってほしい」という点であり、インタビュー番組のアナウンサーも「いつ日本抜きでできるようになるのか?」と質問するなどしています。

このことからも現地の関係者や一般人の意識は永続的に日本と組んで日本人の世話になろうと考えているのとはだいぶ違っているように感じました。

日本アニメで育った世代は憧れのスタジオと仕事をしたり作品を委託することに大きな喜びを覚えているのは事実です。ただやはり根底には「自力で作れれば良いのだが…」という意識もあり、「アニメ業界で働きたいけれど自国には機会が無い。訓練を受けて仕事に就きたい。」「自国でアニメ産業が発展してほしい。」という願いがマンガプロダクションズへの支持を後押ししているとの印象です。

サウジアラビアにおける労働力のサウジアラビア化という流れ

アラビア半島では色々な分野における労働者を自国民化しようと政策を打ち出すなどしています。サウジアラビアのケースでも自国民のアニメーターを増やすことが目指されており、サウジアラビアの別のスタジオについてネットで紹介された時もサウジ人スタッフが何割かということがわざわざ書かれていたほどです。

マンガプロダクションズも事業を支えるために非アラブ人の社員を雇っているのですが、積極的に雇用しているのはサウジ人やアラブ人です。

そのため日本での待遇に苦しんでいる日本人アニメーターらをまとめて引き抜いてくれる救世主的存在になるとは残念ながら考えにくいです。サウジアラビアにあるアニメスタジオのサイトをいくつか見て回ったのですが、外国人アニメーターはいるもののエジプトといったアラブ圏出身者が多くサウジ人とアラビア語で仕事ができる人材が雇われている感じでした。

アラビア半島の富裕地域での外国人労働者の暮らしはカルチャーギャップなども手伝って何かと大変で、ネイティブとの賃金格差も存在します。日本人がサウジアラビアで暮らす苦労など、仮に転職できてもまた違った悩みがあり得ることも考慮に入れる必要があるのではないでしょうか。

アラブは超親日で日本人や日本の物をありがたがる土壌とは限らない

日本ではアラブ人は日本人に好意的でサウジアラビアも超親日国だと思われがちですが、日本に関心の無い層は普通に辛辣だったりします。学ぶべき技術が多いと認められてはいても日本の宗教観など「余計なものは不要。こちらに持ち込まないでくれ。」という姿勢の人が多く、何をしても大目に見てもらえるような絶賛ぶりとは異なります。

「日本はすごい」神話も「これが日本の真実」「日本人に質問してみた」系のアラビア語YouTube動画(高視聴数を獲得していることもしばしばです)などで否定され、「高い自殺率と少子化で滅びそうな民族」「アラビア語や中東の地理に疎く、皆勤勉で賢いのも嘘だった」「現実を知ってがっかり」「日本人がア◯ばかりだなんて超ショック」「アラブ社会を批判するために日本を必要以上に美化して時には嘘すら混ぜ込んでいただけだったんだ」「もはや科学技術しか取り柄の無い国」といった意見も広がりつつあり、日本人に関して冷めた見方をする人もだいぶ見られるようになっています。

今は韓国製品の進出や韓流アイドルの認知度が上がり中国との関係性・経済依存も強まるなど、中東における東アジアの他の国々の存在感が増しています。韓国BTS(防弾少年団)の人気は日本の芸能人とは比べ物にならないぐらいに高く、アラビア半島地域を中心に多くの女性ファンを抱えています。

「アラブ人のためにアニメを作ってあげれば喜んで買うだろう」をやってしまうとコケて大損しかねないので、普通に日本でも人気が出るような作品を作ってアラブにも売るという従来の形の方が採算も取れて現実的なのではないでしょうか…

合作とリスクの話~共同制作により特定集団を支持することになる可能性

日本が特定のアラブ系国家と協力するとその国や主流の宗派・マジョリティーにとってはプラスのストーリーでも他国や国内の少数派・マイノリティーにとってマイナスの内容になることもあり得ます。アラブの国を応援したと思ったら実は別のアラブの国の攻撃を示唆する内容を知らずに一緒に作っていた、ということも起きかねません。

相手国に監修してもらえば政治・宗教面のNGを回避してくれるかというとそうとは限らず、相手側がタブーを破った上で作品を作ろうとする場合も踏まえて日本側が自衛する必要があるのではないでしょうか。

「うちの国にそんな文化・習慣はありません」「私たちはそんなことはしません」と説明された内容が実際には存在している同国の恥部なだけだった、「監修したから安心して描いて大丈夫」と言われたものの実はそれが大胆なアレンジで現地の一般人には刺激がかなり強くリスクが高い描写であることもある、といったケースでは自分の側がどれだけ現地事情に通じているか・相手がどうしてそういうことを言ったのか理解できるだけの経験値・知識がいいくるめられてしまうことや批判のターゲットを回避することと直結してきます。

そのようなリスクも考慮に入れて、日本の会社がアラブ世界で事業展開する場合は自社に宗教・政治面でNGが無いかどうかをチェックする独自アドバイザーを置くのが良いと言えそうです。

サウジアラビアでは2017年にゲーム動画制作技術を持つ若者有志が作ったという戦争動画が話題になったことがありました。その中ではムハンマド王太子(皇太子)が陣頭指揮を取りサウジアラビア軍がイランを攻撃、核施設も破壊し占領に成功するという筋書きでした。ソレイマニ司令官が捕縛されるシーンもあり実在する人物が登場する非常にリアルな内容のゲーム画像でした。

日本人はアニメ・ゲーム技術の移転と聞くとつい平和的な娯楽目的にだけ使われるように思いがちですが、この一件はエンタメ技術が直接的な他国攻撃支援のツールとして利用される可能性を示唆するものだったと言えます。

 

(2023年8月 一部修正・情報アップデート、後半部分スリム化)