アラブ人名におけるファーストネームとその種類
用語の発音と意味
発音
اِسْم
[ ’ism ] [ イスム ]
英語表記:Ism
日本語表記:イスム
語頭の「اِ」はハムザト・アル=ワスル(ハムザトゥルワスル、ハムザト・アル=ワスル、ハムザトルワスル、接続ハムザ)ということで、一般的な正書法(正字法)ではハムザ無しで書かれます。
定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] の語頭と同じで、無音価の長母音アリフにただ短母音を足したものではなく声門閉鎖音/声門破裂音である ء(ハムザ)が主体で表記上台座の ا(アリフ)のみがつづりに現れている特殊な事例となっています。
定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] が先頭に接頭した場合この語頭のハムザの発音は省略され、اَلْ [ ’al- ] [ アル= ]+اسْم [ (’i)sm ] [ (イ)スム ] → [ ’al(子音連続を避ける補助母音「i」を入れる)-sm ] → اَلِاسْم [ ’ali-sm ] [ アリ=スム ] という発音に変わります。(しかし実際には現代アラビア語でもフスハーでもアーンミーヤでもこのハムザは読んでしまい、اَلْإِسْم [ ’al-’ism ] [ アル=イスム ] と発音することが広く行われています。)
意味
一般的な名詞として اِسْم [ ’ism ] [ イスム ] が持つ意味は
- (物・事・人などの)名前、名称
- (文法用語として)名詞
となっています。
人名としては主に本人の名前(ファーストネーム)のことを指します。
形容詞をつけて修飾が行われた場合にはフルネームといった熟語の「ネーム」部分として使われることも。この اِسْم [ ’ism ] [ イスム ] に数詞に関連した形容詞をつけるとパーツ数によって長さが異なるフルネーム(2パーツフルネーム、3パーツフルネーム、4パーツフルネーム等)のどれに相当するかが表現されます。
なお、それぞれの人名のアラビア語表記・英字表記・カタカナ・意味については当サイトの別コンテンツアラブ人名辞典をご参照ください。
▶『アラブ人名辞典-男性の名前』
▶『アラブ人名辞典-女性の名前』
地域や時代による違い
地域による違い
ご当地ネーム、宗派別の違いなど地域差があるアラブ人名
アラブ人の名前といっても、全ての地域で同じような名前が使われているとは限りません。預言者ムハンマドやその別名と見なされているアフマド、マフムードが多い傾向はある程度共通していますが、アラビア半島で頻繁に使われるもの・レバノン周辺でポピュラーなものなどがあり名前を見ると出身地がある程度推測できることも珍しくありません。
どの国にもその土地を防衛した英雄なり縁のある人物はおり、同じイスラーム教といってもスンナ派とシーア派とでは命名傾向が大きく異なる、キリスト教徒だと聖人の名前が多くイスラーム教徒とはかなり趣の違うフルネームになっている、といった具合にアラブ世界全体よりも各国別・共同体別に状況を見た方が良いなど名前事情もまちまちです。
創作におけるネーミングと違和感の問題
創作でネーミングをする場合、特に商業作品としてアラブ諸国に売り込みをかける予定がある場合、この地域差・コミュニティー差から来る「キャラ設定と名前が合っていない」という問題を考慮に入れる必要が出てきます。
砂漠の王子様キャラということでアラビア半島の砂漠地帯の男性にレバノンやシリアで多い名前をつけたりすると、アラブ人は「なんか違う」「アラビア半島のアラブ人の名前じゃない」となる可能性が高くなります。
人名辞典には「アラビア半島の湾岸地域(アラビア湾/ペルシア湾沿い)に多い名前」と注意書きがあることも少なくないのですが、そうした名前をエジプト人につけるのも不自然です。
アラブ人でないとそこまで把握した上で命名するのは難しいですが、商業作品でアラブ人キャラを登場させる場合は名前・衣装などが論争の原因になることも少なくないのでアドバイザーなりを入れられた方が良いかもしれません。
時代による命名傾向
現代でもムハンマド、アフマドはたくさん
アラブ世界に行くと名前に関して驚かれるのがムハンマドさんがとにかく多い点です。こうした名前はイスラームの預言者ムハンマドに由来しているものが大半で昔も今も大勢の赤ちゃんに名付けされています。
関連記事
『アラブ人の名前のしくみ~ムハンマド、アフマド、アブドゥッラーが多いのはなぜか?』
ファーストネームは時代や地域によって差があり、赤ちゃん名前ランキングを見るとイスラーム世界全域で定番のムハンマド等以外はサウジアラビア、パレスチナ、エジプトといった国によってかなりの違いがあることがわかります。
時代物の創作をする場合、迷ったら超定番の名前を選んでおけばまず間違いはないかと思います。
今では命名が減っている名前も
遊牧民の部族社会だったイスラーム以前のジャーヒリーヤ時代と現代とでは選ばれる名前も大きく違っています。大昔は男性名に使われていた حَرْب [ ḥarb ] [ ハルブ ] (戦争・戦闘)などのように部族名としては残っているもののファーストネームとしては廃れてしまった名前もあります。
アラビア語を習ったり現地で生活したりする際にアラブネームを持つ必要が出たら、現地の人に何が良いか聞いてから決めることをおすすめします。キャラクターのネーミングを決める時も同様ですが、現代の人物用にと歴史上の偉人や過去の有名人の名前からとったら古すぎて「おじいちゃんっぽいね」「おばあちゃんの世代の名前だよ」と言われる可能性もあるためです。
ファーストネームと定冠詞
人名についている「アル=」と普通の定冠詞との関係
その語が元々示していた意味合いを強調するための定冠詞付加用法
歴史上の有名人物を見ているとファーストネームに定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ](al-)がついているケースがしばしばあるのに気がつかれた方もいらっしゃるかと思います。これはジャーヒリーヤ期から中世にかけて比較的多く見られた用法で、現代では珍しくなっているとされています。
第4代正統カリフ・シーア派初代イマームであるアリーの息子たちであった2人その典型例です。
- اَلْحَسَن
[ al-ḥasan ] [ アル=ハサン ]
Al-Hasan
アル=ハサン - اَلْحُسَيْنِ
[ al-ḥusayn / al-ḥusain ] [ アル=フサイン ]
Al-Husayn / Al-Husain
アル=フサイン
第2代正統カリフである
- عُمَرُ بْنُ الْخَطَّابِ
[ ‘umar(u) bnu-l-khaṭṭāb ] [ ウマル・ブヌ・ル=ハッターブ ]
Umar ibn al-Khattab
ウマル・イブン・アル=ハッターブ
の父親の名前「アル=ハッターブ」にも定冠詞「アル=」が含まれています。
アラビア語の文法書ではこれは非限定名詞を限定化する通常の定冠詞の用法とは異なり、固有名詞化する前の一般的な語として本来持っていた意味・語義をほのめかす示唆用法とされています。
元々人名ということで意味上の限定がなされている固有名詞に定冠詞を上乗せしてつけることに関しては文法家の意見も分かれているようですが、アラブの文法書を見ると
固有名詞は元々限定されているので非限定名詞を限定名詞化する定冠詞の用法とは異なっている。名前の由来となった形容詞を想起させ元々の意味を示唆するという لَمْح الْأَصْلِ [ lamḥu-l-’aṣl ] [ ラムフ・ル=アスル ] の働きがある。
などと書かれていたりします。そのため英語の the と同じような「その」「あの」という意味・文法的機能で解釈しないよう注意が必要で、定冠詞アルがファーストネームについている場合は、その人が「ほらあの◯◯さんだよ」的にその後有名人物になったかどうかに関係無く赤ん坊の時点で親が固有名詞化した「英雄」を「秀でた人」とわざわざ強調して最初から定冠詞つきで命名した事例があることを考慮に入れる必要があります。
『アラビア語ハンドブック』における解説に関して
アラブの文法書に見当たらない”威厳のアル”という項目
『アラビア語ハンドブック』p.155には”威厳のاَلْ“という項目でファーストネームにつく冠詞「アル=」が歴代カリフや国王の名前につけ威厳や権威を与えるためにつけられたものだという説明がありますが、複数のアラブ人向け大型文法書で確認しましたがそのような解説を見つけることはできませんでした。
実際ジャーヒリーヤ時代以降の色々なアラブ人名を見ていると、カリフになった訳でも国王になった訳でも無い比較的一般人に近い人のファーストネームにも冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ](al-)がついているケースをしばしば目にします。
高い地位を得た人物のファーストネームに威厳を与えるために後から添える冠詞アルという説明はアラブの文法書のどこにも載っていないように見受けられるのですが、他の文法用語が「実際に文法家らの聞き取りによって(当時正しいフスハーを話しているとされていた部族民らの間で)使用が確認できた事例」ではなく「音声上の問題」と誤訳されていることからするともしかしたら「語源、元の意味、由来」という意味で用いられている أَصْل [ ’aṣl ] [ アスル ] を別の意味「出自、血筋」で訳出して「その人の血筋・身分(が高いことを意味する)アル」とされた結果が”威厳のاَلْ“というネーミングの背景にあるのことも考えられます。
これについては著者の先生に面識が無い管理人には何とも言えない部分なので、ひとまずこの文法項目についてアラブ圏で出版された各種文法書をベースに内容を見ていきたいと思います。
ムハンマドにアルがつかないのは音声上の問題ではない
「音声上の問題からمحمدやمحمودなどにはالは付きません」とありますがこれは新妻先生がアラビア語による文法書の読み違いをされていると思われる部分で、実際には「文法学者らによるベドウィン系アラブ人に対する聞き取り調査等でそのような実例が聞かれなかったので不可」の意味となっていmさう。
アラブの文法書には على السَّماع や سَماعِيّ といった用語を使い簡潔にしか書かれていない解説も多いのですがこれは قِيَاس [ qiyās ] [ キヤース ] の対義語で音声とか発音とは無関係である模様です。イラク出身の著名文法学者 فَاضِل السَّامَرَّائِيّ(ファーディル・アッ=サーマッラーイー)先生著『معاني النحو』(マアーニー・アン=ナフウ)はその部分をかなりの字数を割いて丁寧に説明しており
- لَمْح الْأَصْلِ 用法は実際の用例がある表現限定すなわち سَمَاعِيّ(サマーイー。文法用語キヤースの対義語。)である
- 文語文法の基準となる実際に話されていた文法学勃興期頃の遊牧アラブ人アラビア語というソースにおいて使用例が見出だせない محمد(ムハンマド)、معروف(マアルーフ)、صالح(サーリフ)といった人名を使って後世の人間が勝手に冠詞 ال をくっつけたファーストネームの新造・命名が許されない
ことが理解可能です。
なお『アラビア語ハンドブック』にはこのタイプの冠詞がついた人名は形容詞(分詞)型の名前に限るとの解説がありますが、アラブの複数文法書によると動名詞(例:فَضْل [ ファドル ]~意味「恩恵、恩」)や具象名詞(例:صَخْر [ サフル ]~意味「岩」)などにも適用可能だとのこと。
最近の王族のフルネームで人名に後から冠詞「アル=」がつく例は違う事情がある
クウェートの首長家などでは旧来の بن [ bin ] [ ビン ] で父子間の名前をつなぐことをせず、父より前の世代の各ファーストネームに冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ](al-)を接頭させる方式がとられています。
これはアラブ人同士の議論・雑談ソースによると بن [ bin ] [ ビン ] を用いたナサブ表現に置き換わったもので古典アラビア語の文語文法には無かった用法だろうとのこと。現地の認識は『アラビア語ハンドブック』に載っているような”アルがついていなかった国王のファーストネームに後から威厳を与えるために追加されたアル”とは違っている模様です。
元々の語義を示唆するため「アル=」をわざわざつけて命名した人名であっても日本語のカタカナ表記では省略される
日本では標準的なカタカナ表記の際にアラブ人名・地名に含まれる定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ](al-)を一律で除去してしまうため、ただの「ハッターブ」さんと定冠詞つき「アル=ハッターブ」さんのファーストネームが持つわずかな違いが反映されていません。
創作ネーミングの際はアル無しファーストネームが無難
現在ではそのような命名は少なく基本ルールとしては普通に何もくっつけない形容詞や名詞をファーストネームにすることが多い、と覚えておけば大丈夫かと思います。創作キャラクターネーミングの際はファーストネーム部分に「アル=」(もしくはそれが変化した「アッ=」「アン=」)はつけないのが推奨です。
「太陽」という意味で宇宙に唯一存在する天体としての定冠詞つき اَلشَّمْس [ ’ash-shams ] [ アッ=シャムス ](the Sun)とキャラクターに命名している方が結構いらっしゃるようなのですが、アラブ人名としては定冠詞無しの شَمْس [ shams ] [ シャムス ](太陽、a sun)が適切です。
キャラクターに命名する場合は「al-」(アル=)部分を取ることを管理人的にはおすすめしたいと思います。
色々な複合ファーストネーム
ファーストネームの語数
通常ファーストネーム(イスム)は1語ですが、2語~からなるものもあります。(注:定冠詞は1語とは数えません。)
元々アラブには現代のような多種多様の複合名は無く、イスラーム初期もアブドゥッラーといったアブド・◯◯が主に命名に用いられていた程度。その後外から輸入され次第に定着していったのだとか。
こうした複合名は2語以上あるので、1語目を本人の名前、2語目を父親の名前と間違えないよう要注意です。父や祖父の名前の部分にまで複合語が入る場合も同様です。
普通のフルネーム(three-word names)
أَحْمَد مُحَمَّد أَحْمَدُ [ ’aḥmad muḥammad ’aḥmad ]
Ahmad Muhammad Ahmad
アフマド・ムハンマド・アフマド
・1語目:本人の名前
・2語目:父の名前
・3語目:祖父の名前
本人の名前が複合名の時
عَبْد الْكَرِيمِ مُحَمَّد أَحْمَدُ [ ‘abdu-l-karīm muḥammad ’aḥmad ]
Abd al-Karim Muhammad Ahmad
アブドゥ・ル=カリーム・ムハンマド・アフマド
・1語目:本人の名前
・2語目:父の名前
・3語目:祖父の名前
ファーストネームが複合名でも、Abdullahのように英字表記を1語のようにくっつけて書いてあるものは元のアラビア語を見ないと2語からなる名前だとは気付かないことがあるかもしれません。
「宗教(信仰)の◯◯」といった
「アブド◯◯」や「◯◯ッディーン」のような複合名(=~の◯◯)ー اِسْم مُرَكَّب [ ’ism murakkab ] [ イスム・ムラッカブ ] ーの場合は2語から成ります。(注:エジプトでは戸籍登録と国民ID管理のためにこの複合名のファーストネーム新規命名を禁止しています。)
色々なバリエーションがあるポピュラーな複合ネームは以下の通り。
- عَبْد ــ [ ‘abd — ](アブド・◯◯)
‘Abd al-◯◯、◯◯のしもべ
al-◯◯部分はたいていアッラーの99の美名が入ります。詳細は別ページ『アラブ人の名前のしくみ~「アブド◯◯」(~のしもべ)』にて。
*この「アブド・◯◯」は普通アラビア語で2語から構成されるためつづり上スペースを空けるのが正書法(正字法)での書き方になります。しかしネイティブの中にはアブドとアル=◯◯部分をスペース無しで各人がかなりいて、その場合は見た目上1語のように見えます。アラビア語を理解されない方はそれを見て1語のファーストネームだと勘違いしないよう注意が必要です。意味を調べる場合、パソコン等でコピー&ペーストしたらスペースを入れて切り離してから1語ずつ調べていくことになります。 - ــ الدِّينِ [ –ud-dīn ](◯◯・ッ=ディーン)
◯◯ al-Dīn、信仰・宗教の◯◯
中世に本人の業績を讃えて与えられていた肩書きが個人名に転じたものです。◯◯部分には本人の活躍や業績を示すようなキラキラした内容の名詞が来ます。(例:高み、崇高さ、光、力、支柱、幸福、美、飾り、剣、星、流星、太陽、灯火、王冠、勝利、月、満月、支援者) - ــ الْإِسْلَام [ –u-l-’islām ](◯◯・ル=イスラーム)
◯◯ al-’Islām、イスラームの◯◯
こちらも肩書きがファーストネームに転じたものです。◯◯部分には剣といった語が入ります。
定冠詞「al-」(アル)に関する発音のルール、複合語になった時のつなげ読みの方法、英字表記の色々なバリエーション、定冠詞をal-と書いたりud-と書いたりまちまちな件の理由については当サイトの別ページを参照願います。
→『英字表記されたアラビア語の名前とカタカナ化~定冠詞al-(アル)と複合名』
ムハンマド+違う名前の2個セットでファーストネーム1個
ムハンマド単体ではなく他の名前と組み合わせるパターンです。これは近年のパソコンによる国民ID登録の都合で複合名禁止が各国で進んでいることもあって減ってきてはいるようなのですが、近現代のアラブ地域でしばしば見られたタイプの命名になります。
預言者ムハンマドの名前に恩寵を求めてくっつける
2語以上の名前を組み合わせて1セットとしてファーストネームにする、複合名ー اِسْم مُرَكَّب [ ’ism murakkab ] [ イスム・ムラッカブ ] ーのパターンです。形としては「ムハンマド・◯◯」という◯◯部分に、アフマド、アリー、アミーン、ファールークといった別の名前を置いたものになります。
アラビア語では تَبَرُّك [ tabarruk ] [ タバッルク ] (祝福・恩寵があるようにと願うこと)目的でムハンマドという名前と組み合わせるファーストネーム、という書かれ方をしていることが多いです。イスラーム誕生期の先人らが行っていた命名の習慣とは異なるといった理由でイスラーム法学的な見地からは良くないとされる複合名の形式ですが、赤ちゃんに預言者ムハンマドの名前を通じて恩寵や幸運が舞い込むようにとしばしばこのような命名が行われてきたそうです。
ムハンマドの部分は預言者にあやかってつけたものでファーストネームの本体・メインなのは2語目の方ということらしく、ムハンマドさんが非常に多いことも手伝って他の人から呼ばれる時は「◯◯」の部分だけという感じになりやすい模様。
ムハンマド・◯◯タイプ複合名の実例
- مُحَمَّد حُسْنِيّ [ muḥammad ḥusnī(y) ]
Muhammad Husni、ムハンマド・フスニー
口語的に発音するとムハンマド・ホスニーとかモハンマド・ホスニーとかになります。 - مُحَمَّد أَنْوَر [ muḥammad ’anwar ]
Muhammad Anwar、ムハンマド・アンワル - مُحَمَّد عَلِيّ [ muḥammad ‘alī ]
Muhammad Ali、ムハンマド・アリー
エジプトではこのような命名をした場合、本人が有名人として知名度 شُهْرَة [ shuhra(h) ] [ シュフラ ] を得た場合はムハンマド部分が省略されてフスニーやアンワルの部分だけでファーストネームが呼ばれるようになった例が一般的です。そのためエジプト元大統領たちも普段メディアではフスニー、アンワルというファーストネームで報道されていました。
ムバーラク 元エジプト大統領の例
エジプトのムバーラク元大統領の名前はムハンマド・ホスニー・ムバーラクもしくはムハンマド部分を省略した通称のホスニー・ムバーラクをフルネームとして報道することが多かったのですが、彼の場合「ムハンマド・ホスニー」がファーストネームで「ムバーラク」がラストネームです。
本人・父・祖父3つの名前を並べたフルネームとは違いこれには父親の名前(アッ=サイイド)は登場しません。ムバーラクも祖父ではなく、何代か前の御先祖様の名前で家名的に使っているものになります。
サーダート 元エジプト大統領の例
(アッ=)サーダート元大統領の名前ムハンマド・アンワルのアンワルについても同様で、フルネームはムハンマド・アンワル・アッ=サーダートもしくはムハンマド部分を省略した通称のアンワル・アッ=サーダートとして報道することが多かったのですが、彼の場合「ムハンマド・アンワル」がファーストネームで「アッ=サーダート」がラストネームです。
「アンワル」は父親の名前ではなく本人の「ムハンマド・アンワル」の1組が彼のファーストネームになります。父親の名前はアンワル・ムハンマドもしくは略してムハンマドだった模様。
彼の兄弟も複合名で、ムハンマド・アーティフ(通称アーティフ、口語風発音はアーテフ)だったとのこと。
古い資料における説明の誤りについて
ネット上で長い間提供されてきた古い日本語資料では、この「ムハンマド・◯◯」方式の名前について
ムスリムがキリスト教徒と、ユダヤ教徒など数多くの異教徒達と混じり合って住んできた社会にあっては、自分が敬虔なイスラームの徒であることを自ら明示するために、本来の自分のファースト・ネームの頭に預言者ムハンマドの名をくっつけてひとつの名とする呼び方が時に行われます。 |
とありました。その資料を読むと
- 本来その人物にはファーストネームが1つしかなく、「ムハンマド・◯◯」の◯◯部分だけが本当の名前である。
- 異教徒が多い地域において、自分が敬虔なイスラーム教徒だと差別化して他人に示すことが目的。
- ムハンマドの部分は信仰心のアピール目的で自分の意志で後から付け足した。
という風に理解できてしまうのですが、正しくは
- 元々赤ちゃんの時に2個セットで命名された。その人のファーストネームは1語ではなく生涯変わることなく2語1組。
- ムハンマドという名前がありふれているためその人が有名になればなるほどムハンマド部分はむしろ省略され呼ばれなくなってしまい、あちこちにアピールする機会は減っていく。ムハンマドが地域内にあふれ返っているため、むしろ「ムハンマド・◯◯」の◯◯部分で本人が識別される傾向が強くなる。
- 異教徒に対して敬虔な信徒であることをアピールするというよりは恩寵を求める民間信仰的な色彩がある。(イスラーム法学者がイスラーム誕生後の始祖の時代には無かった習慣であると言っていること、「ムハンマド・◯◯」が恩寵を求めての命名であると叙述していることから。またエジプトの習俗を記した本でもムハンマドという名から恩恵を得るべく命名される複合名として紹介されているため。)
- 本人の意志が一切介在できない時期である出生直後(*アラブ世界では生まれて7日目に命名するのが通例)に名付けられており、むしろ両親や祖父母といった親族の意志でムハンマドつきの複合名が与えられた。
という説明が正しいものと思われます。
その他の複合名
あまりに長い名前だと戸籍登録時にパソコンの入力欄からはみ出るからといった理由で禁止されるようになってきている複合名ですが、アラブ世界では地域によっては少なくない割合で用いられてきたようです。
父親と母親の間で名前候補に折り合いがつかないから両方を1セットにしてファーストネームにする、尊敬している人物の名前にあやかってファーストネームにしたため長くなった、親が好きな政治家に対する愛が溢れすぎて我が子にも命名してしまう、など理由はさまざまなようです。
たとえばエジプトが誇る大作家 نَجِيب مَحْفُوظ(najīb maḥfūẓ→エジプト方言でナギーブ・マフフーズ/マハフーズ)。このナギーブ・マフフーズはナギーブがファーストネーム、マフフーズがラストネームかと思いきや、これで全部で本名のファーストネーム部分になります。お産に立ち会った医師の名前から取ったそうです。
彼の父親の名前もこれまた複合名で、عَبد الْعَزِيزِ إِبْرَاهِيم(アブドゥルアズィーズ・イブラーヒーム)でファーストネームとなっています。アブドゥルアズィーズはアブドゥ・ル=アズィーズ → アブド+アル=アズィーズに分解できるので、彼のファーストネームはアラビア語だと3語(複合男性名1個+男性名1個)ということになります。
好まれる名前の種類
イスラーム世界では、預言者ムハンマドの名前、その親族で初期イスラームを支えた人々の名前、歴代の預言者・使徒の名前、英雄の名前、アッラーのしもべを意味する「アブド◯◯」などが好まれてきました。
しかし近年では宗教色が弱い名前、小洒落た名前、洋風の名前も増えてきています。
キリスト教徒家庭では預言者や聖人の名前などが良く使われているようです。
預言者ムハンマドの別名
預言者ムハンマドにあやかって命名される男児名は本名である
- مُحَمّد [ muḥammad ] (ムハンマド)
Muhammad、称賛を受けた・讃えられた・称賛されるべき
*動詞派生形第2形の受動分詞。
以外にもあり、彼の別名である以下の名前も好まれて昔から使われてきました。
- أَحْمَد [ ’aḥmad ](アフマド もしくは アハマド)
Ahmad、称賛された・より称賛された・最も称賛された
*比較級・最上級の語形。ムハンマドと同じ語根。 - مُصْطَفَى [ muṣṭafā ](ムスタファー)
Mustafa、選ばれた・選ばれし
*動詞派生形第8形の受動分詞。 - أَمِين [ ’amīn ](アミーン)
Amin、正直な・誠実な - كَرِيم [ karīm ](カリーム)
Karim、寛大な・高潔な・高貴な・気前が良い
*気前が良く客人を十二分に歓待するのはアラブで重視される美徳の一つ。 - عَبْد الله [ ‘abdullāh ](アブドゥッラー)
Abd Allah / Abdullah、アッラーのしもべ
またクルアーンの章名にもなっている神秘の文字も一部では預言者ムハンマドの呼びかけであり別名だと考えられているとか。厳密には別名ではないそうですが、別名だと信じあやかって命名する人もいる模様。
- طٰهٰ [ ṭāhā ](ターハー)Taha
- يَاسِين [ yāsin ](ヤースィーン)Yasin
イスラーム法学者によってはこうしたクルアーンの章名を子供につけるのをよしとしないという旨の法的見解を述べている人もいるそうです。
祖父の名前
アラブ世界では父方祖父と同じ名前を長男につけることが少なくありません。
大昔には祖父が存命中に孫に同じ名前をつけると祖父の死を招くという考えがあったそうですが、今では薄れて祖父と同じ名前の男性が多くなっています。
兄弟の名前と関連性を持たせた命名
男児が何人もいる家庭の場合、兄弟同士で同じ語根を共有した名前を命名されることがしばしばあります。
語根の共有
例えば預言者ムハンマドの名前にも含まれる、称賛を意味する語根「ح م د」(ḥ-m-d)。この語根からはムハンマド、アフマド、マフムード、ハマドといった男性名が作られ、長男から順番にムハンマド、アフマド…と命名していく方式があります。
兄は「◯◯」で弟は「小さな◯◯」
またジャーヒリーヤ時代から見られたパターンとして、形容詞や名詞とその縮小形を使う用法があります。アラビア語には「■u■ay■(■u■ai■)」という特定の語形が元の語を小さくしたものという意味を示し、「小さい方の◯◯」や「小さくてかわいらしい◯◯」といった使われ方をします。
そして長男・次男と男児が複数いる家庭において、兄には元の語「◯◯」を名付け、弟には「小さな◯◯」という縮小形の意味で名付けられるということが大昔からなされてきました。
例としては、第4代正統カリフの息子たちである حَسَنٌ [ ḥasan ] [ ハサン ](佳人)と حُسَيْنٌ [ ḥusayn/ḥusain ] [ フサイン ] (小さな佳人)が非常に有名です。預言者ムハンマドに対する迫害で知られたアブー・ラハブの息子 عُتْبَةٌ [ ‘utba(h) ] [ ウトゥバ ](涸れ川の曲がり目)と عُتَيْبَةٌ [ ‘utayba(h)/‘utaiba(h) ] [ ウタイバ ](涸れ側の小さな曲り目)も同様のパターンになります。
なおフサインのような名前は現代においては預言者ムハンマドの孫でシーア派イマームのアル=フサインにあやかっての命名が非常に多いため、フサインという名前だからといってその人が男兄弟の中での弟で必ずその上にハサンという兄がいるとは限りません。イラクのようなシーア派優勢地域ではフサイン(フセイン)さんだらけで大変人気のある男性名となっています。
イスラームで禁止・忌避・敬遠される名前の種類
イスラームにおいて子供の命名で避けるべきとされている名前があります。名前によってはシャリーアに反するとして法的見解(ファトワー)が出るなどしているので、検索すると色々な情報を見つけることができます。
アッラーの名前・属性・別名
アッラーそのものを指す表現で、アッラー以外に持ち得ない属性を表す形容詞や複合語は子供につけてはいけないとされています。اَلله [ ’allāh ](アッラー)という語はもちろん、99の美名と言われる別名に含まれる語がこれに相当します。
اَلْكَرِيم [ ’al-karīm ](al-Karim、アル=カリーム)という美名・アッラーの別称は「寛大なる者(アッラー)」という意味ですが、定冠詞「al-」(アル)がつかない كَرِيم [ karīm ](カリーム)自体は元々人間の寛大さを表すのに使うごく一般的な形容詞です。なので男児の命名にも使っても問題はありません。
アッラーのようになって欲しくてつけた名前だとかアッラーの別名をそのまま命名したという訳ではなく、神の属性を示すのにも使われている人間の好ましい特性・形容詞を採用した、という理解が妥当かと思います。
ただしこれに関しては定冠詞 ال をつけないことが条件で、カリームは良くてもアッラーの別称を指す定冠詞ありのアル=カリームは許されないとされています。
子供につけてはいけないアッラーの属性名の一例
アッラー99の美名に掲載されている属性はアッラー以外に許されない形容詞も少なくなく、イスラームの法学者が出した法的見解によって子供の命名に使うことが禁止されています。
これらは定冠詞al-の有無にかかわらずイスラーム教徒の男児に命名することはできないとされています。
- خَالِق [ khāliq ](ハーリク)創造主、創造者
- رَحْمٰنُ [ raḥmān ](ラフマーン)慈悲あまねき者
- حَكَم [ ḥakam ](ハカム)裁定者、正しく裁く者
- أَحَد [ ’aḥad ](アハド)唯一無二の者
- صَمَد [ ṣamad ](サマド)永遠に自存する者
- رَزَّاق [ razzāq ](ラッザーク)糧・恩恵を与える者
- جَبَّار [ jabbār ](ジャッバール)制圧する者
- مُتَكَبِّر [ mutakabbir ](ムタカッビル)偉大なる者、至大なる者
- أَوَّل [ ’awwal ](アウワル)最初の者
- آخِر [ ’ākhir ](アーヒル)最後の者
- بَاطِن [ bāṭin ](バーティン)潜在している者 などなど…
مُهَيْمِن [ muhaymin/mihaimin ](ムハイミン)については法学者によって意見が異なるようですが、名付け禁止と見る者もおり男児の命名にはなるべく使用しない方が良いのだとか。
アッラーの99の美名とキャラクターのネーミングについて
ネット上では「アッラーの99の美名が由来」という表現が時おり見受けられますが、厳密には上のような制限があり人間にも共通の性質を示す形容詞に限って子供の命名に使って構わないという枠組みがあります。
キャラクターのネーミングに使用される場合、当サイトの人名辞典やネット検索で人物名として数多くヒットするようであれば命名に使えます。しかし検索してもアッラーの名前としてしか出てこず、人名辞典で「アブド・◯◯」(アッラー/◯◯のしもべ)という形でしか載っていない形容詞については避ける必要があります。
人名以外でも、組織や何らかのキャラクターの名称には流用しないのが無難かと思います。
預言者ムハンマド以外に持ち得ない特性
預言者ムハンマドの本名やその別名と同じファーストネームをつけることは好まれますが、彼本人の人間が持つことのない立場や特質を意味する名称を流用することは忌避されています。
- سَيِّد النَّاسِ [ sayyidu-n-nās ] [ サイイドゥ・ン=ナース ]
人々の主 - سَيِّد وَلَدِ آدَمَ [ sayyid(u) walad(i) ’ādam ] [ サイイド・ワラド・アーダム ]
アーダムの子孫らの主 - سَيّد الْكُلِّ [ sayyidu(/saiidu)-l-kull ] [ サイイドゥ・ル=クッル ]
万人の主
悪い意味の名前
戦乱や苦難など、共同体に害悪となるような内容の名前。イブリースといった悪魔の名前。また罵りや嘲笑の表現に使われる犬やロバといった悪い意味合いを持つ動物の名前。
ただ砂漠で生活してきた遊牧民(ベドウィン)の民間信仰には「子供を災難・妬みの邪視による被害から守るためわざとひどい名前を我が子につける」というものがあり、古い人名には犬やロバのようにアラブで蔑まれる傾向にあるものにちなんだ命名がしばしば見られたといいます。
祖父母の名前を孫がもらう習慣が原因で村落部などにおいてそうした珍名をつけられてしまうケースもあり、若者世代が役所に改名申請を出す一因になっている模様です。
イラク南部付近では邪視よけのために بَلَاسِم [ balāsim ] [ バラースィム ](「名無し」を意味する合成語)[ ソース ]と命名する慣習があったそうですが、住民の首都部移住に伴い南部だけではなく首都圏生まれの一部男性がこの名前をつけられるようになったとか。そのため今でもイラクのメディアでは時々「名無し」さんという男性が出演しているのを見かけます。
イスラーム以外の崇拝につながるもの
イスラーム以外の神の崇拝、偶像崇拝を意味する名前は忌避されています。
例えば、「アブド◯◯」(◯◯のしもべ ♂)や「アマト◯◯」(◯◯のしもべ ♀)の◯◯部分に他の神の名前が来る場合です。イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代には多神教の神の名前を◯◯に当てはめた「アブド◯◯」という名前が複数ありましたが、現在では当時使われていたそのような名前は命名されません。
- عَبْد الْعُزَّى [ ‘abdu-l-‘uzzā ] [ アブドゥ・ル=ウッザー ]
Abd al-Uzza、(多神教崇拝ジャーヒリーヤ時代の女神)アル=ウッザーのしもべ
また◯◯部分に特定の人物が当てはめられる場合も同様です。シーア派ではアリー、アルハサン、アルフサインといった名前が入るファーストネームがありますが、スンナ派地域においては忌避すべきという法的見解が公式に出ているそうです。
ファラオや暴君の名前をつけたりするのも好ましくないとか。これについては聖書やクルアーンで一神教信徒達を苦しめたという描写があり、彼らの名前がイスラーム教徒の子供の命名にはふさわしくないという理由のようです。
イスラーム教徒にもかかわらずキリスト教徒や西欧人の名前をつけるのを禁止する国もあります。アリス、ナンシー、リンダなどなど…
近年になって語感が良い・音的にかわいらしいといった理由で人気が出ている女児名の中には調べたら海外の神・偶像の名前や神話に出てくる女神の名前だったということで、サウジアラビアでは過去にいくつかの名前に対して禁止令が出ています。
天使・天女
イスラームにおける法的見解(ファトワー)が出たことがあり、それによれば مَلَاك [ malāk ](天使)という名前をつけることは禁止だとのことです。サウジアラビアでは大天使ジブリールの名前をつけるのも禁止らしく、命名通告リストに含まれていました。
天使・天女を指す複合語なども同じく好ましくないらしく、命名すべきではないという法学者の意見も出ているようです。
天使という意味の名前を女児につけたりするのが良くないという認識はアラブ世界全域に知れ渡っているわけではなく、後から知って法学者のイスラーム電話相談などで「知らずにマラークと名付けてしまいました。改名すべきでしょうか?」という相談が寄せられているのを見かけます。専門家の解答によると、イスラーム以外の偶像崇拝に直結するような禁止事項に完全に当てはまる名前とは異なり、慌てて改名するほどの禁忌では無くそのまま名乗り続けるのも可能であるようでした。
「◯◯ al-Dīn」や「◯◯ al-Islām」
◯◯部分に良い意味合いの名詞を入れて作る複合名「◯◯ al-Dīn」(信仰・宗教の◯◯)や「◯◯ al-Islām」(イスラームの◯◯)もあまり良くないという意見があるようです。
命名された人物の素行が悪ければ、本来模範的な行動が讃えられて与えられていた名称の意味合いに反するとともに、名前に含まれる信仰・イスラームという語が汚されるおそれがあるためだとか。
法学者への命名相談
アラブ世界ではイスラーム法学者にテレビ、ラジオ、ネットで色々な相談をできるようになっています。子供の命名相談もそのひとつで、命名を考えている名前や既につけてしまったものの実は良くない名前だと知って改名すべきかどうか迷っている、といった話題が度々取り上げられています。
電話相談番組の一例です。天使という意味のマラク(マラーク)という名前をつけて良いのかどうかという話題についての動画で、リビアの女性がマラクと既に命名してしまった娘の名前を改名すべきかどうかを相談しています。
近年エジプトで人気女児名ランキング入りしている مَكَّة [ makka(h) ] [ マッカ ] という名前の是非に関する質問に対して法学者が答えている動画です。彼自身はわざわざ聖地マッカ(メッカ)という変わった命名をしなくても…という意見のようですが、命名自体は可能であり命名する以上はマッカという名前を汚さないよう敬意を払って扱う必要があるといった回答をしています。
国ごとの命名禁止ネーム
エジプトで新生児への命名が認められない名前
戸籍登録とIDカード管理の都合上からエジプトでは複合名の新規命名、また公安上の犯罪防止観点から「اِسْم الشُّهْرَة」[ ‘ism-sh-shuhra(h) ] [ シュフラ ] (通称)使用が禁止となっています。
また、狂人・けだもの・阿呆といった悪意ある醜い名前も禁止というコメントが出たことがあるとニュース記事には書かれていました。エジプトでも「アブド◯◯」の◯◯部分に預言者や使徒といった名詞を入れる命名は禁止されているそうです。
その後洋風の名前も禁止リストに加えられたとのこと。罰金や刑罰の期間も定められているそうです。
サウジアラビアの命名禁止リスト
過去のニュース記事を読んだところ、サウジアラビアでは官庁が新聞で命名不可の名前に関する勧告を定期的に掲載しているとのことでした。عُكَاظ [ ‘ukāz ](Okaz紙)という新聞に出されている通告を見つけることができたので見てみました。
50ネームが載った禁止リストというのを見てみると、洋風の名前、預言者のしもべ、使徒のしもべ、天使、預言者といった宗教関係で忌避される名前に加え、王国・王子といった王室に関連した名称が掲載されていました。
ちなみに عَبْد النَّاصِرِ [ ‘abd-n-nāṣir ] [ アブドゥ・ン=ナースィル ] も禁止リストに入っていいますが、これはアッラーの別称として確定するだけの論拠や出典が無く99の美名にも含まれていないからだそうです。
サウジアラビアはこのようにイスラーム的観点から許されないと判断されている名前と、王家の地位を軽んじるような王族の肩書きっぽい名前とが混ざった状態で禁止リストに載っている形となっています。
生まれた月・日にちなんだ命名
日本における「皐月」さんのように、生まれた月にちなんでつけられる名前がいくつかあります。(ただし、使われるのは全部の月・曜日ではなくそのうちのいくつかになります。)
生まれた月にちなんだ名前
日本の旧暦に相当するイスラーム暦(ヒジュラ暦)の名前のうち、子供の命名に使われるものになります。
- مُحَرَّم [ muḥarram ] [ ムハッラム ] ♂
Muharram、ヒジュラ暦1月 - رَجَب [ rajab ] [ ラジャブ ] ♂・♀
Rajab、ヒジュラ暦7月
*jをgで発音する地域では [ ragab ] [ ラガブ ] という読みになるため、Ragabという英字表記にも。 - شَعْبَان [ sha‘bān ] [ シャアバーン ] ♂
Shaban / Shaabaan / Shaaban、ヒジュラ暦8月 - رَمَضَان [ ramaḍān ] [ ラマダーン ] ♂
Ramadan、ヒジュラ暦9月
アラブ以外の地域ではḍ部分の発音がzになるためラマザーンに。それらの地域での発音を反映した英字表記はRamazan、Ramadhanなど。
生まれた曜日にちなんだ名前
現在も使われている曜日の名前です。
- خَمِيس [ khamīs ] [ ハミース ] ♂
Khamis、木曜日:5番目 - جُمْعَة [ jum‘a(h) ] [ ジュムア ] ♂
Jumah、金曜日
ファーストネームで呼ぶことについて
基本的にはファーストネームかそれ由来の通称で呼び合う
現代のアラブ社会では相手との立場差や距離感が大きくなければ「~さん」「~様」に相当する敬称はつけずにファーストネームかそれに由来する通称だけで呼びます。
アラブ世界では古くから本人のファーストネームを何もつけず単体で呼ぶということはあまりされておらず、本名の代わりに「アブー・◯◯」(◯◯の父)、「ウンム・◯◯」(◯◯の母)という通称(クンヤ)で呼ばれるなどしてきました。
若者も本当のファーストネームではなく家族や友人から愛称形のニックネームで呼ばれることが多く、地域差はあれど周囲の誰も自分の本名でずっと呼んでいないという人もいたりします。
ちなみにエジプトの場合、最近はもう庶民層を除くと既婚子持ち女性が「ウンム◯◯」と呼ばれることは少なくなっているのだとか。現代に関して言うと、距離感がある相手や目上の人物には肩書きや敬称をつけるということが行われています。また英語のミス、ミセス、ミスターに相当する敬称も使われることがあります。
古い邪視信仰と命名~本当の名前と普段使いの名前
アラブ世界では戸籍に載っている名前と実生活で周囲から呼ばれる時の名前が全く違っていることがあります。
単に「祖父母の名前をもらったから古臭くて嫌だ」という理由で本人が違う名前を考えたといったケースから、民間信仰が理由で赤ちゃんの時からそうされているケースまで様々です。
たとえばパレスチナでは邪視・妬みの力により赤ちゃんが亡くなったり病気をしたりして無事に成長できない事態を防ぐため全然違う名前で我が子を呼ぶ慣習があった [ ソース ] とか。ライトノベルの設定にありそうな「真名を呼ばれるとまずいから仮名で周囲に呼ばせる」にちょっと似ているかもしれません。
パレスチナ解放機構(PLO)議長だったヤーセル・アラファート氏が本名ムハンマドでありながらヤーセルを名乗っていた理由については複数説がありますが、現地ソースでは公文書にも残っている彼の幼名だと書かれていることも。上記の民間信仰が理由でつけられた邪視防止目的の通名だったのかもしれません。
ラストネーム(家名)で呼ばれることもある
ファーストネームで呼び合う社会だからといってラストネーム(家名など)部分で全く呼ばれないかというとそうでもありません。
大統領といった公人はニュースや新聞でラストネーム部分だけで呼ばれることもあります。日本では「フセイン大統領やムバーラク大統領と呼ぶのはラストネーム・家名で呼んでいることになるのでアラビア語としては間違い」という説明が一般的ですが、実際には現地でも見られる用法です。
また論文などで引用する際にもフルネームをいったん述べたら後はラストネーム部分だけで呼んでいたりします。
これについては『アラブ人の名前のしくみ~フルネーム』で詳しく紹介していますのでそちらをお読みください。
同名の人が何人もいたら?
イスラームにおける最後の預言者・使徒であるムハンマドの名前は今でもポピュラーで、同じクラスや場所にムハンマド君が何人もいるという事態は珍しくありません。
そのような場合は父親の名前を添えて
- مُحَمَّد أَحْمَد [ muḥammad ’aḥmad ]
ムハンマド・アフマド(お父さんがアフマドの方のムハンマド) - مُحَمَّد فَوْزِيّ [ muḥammad fawzī(y) ]
ムハンマド・ファウズィー(お父さんがファウズィーの方のムハンマド)
と区別したり、それぞれの特徴を示すような何らかの形容詞をつけて区別したりします。
(2022年9月:定冠詞つきファーストネーム部分追記、ページ全体誤字脱字等点検)