命名に使うネーミング・名前辞典について
海外には英語やフランス語で書かれた、もしくはアラビア語との併記になっているアラブ人名辞典やムスリムネーム辞典が複数あって創作物の命名に使う時に便利です。
ただ注意しなければならない点もいくつかあります。
英字表記は正確でないこともしばしば
アラブ人名辞典に書いてある英字表記は誤っていること・文語アラビア語本来の基準から外れた物がしばしば混じっており、一つの人名に対して時として10とか20ある色々なバリエーションからピッアップしたいわば氷山の一角しか掲載されていないこともしばしばです。
作者がネイティブの方の場合、外国人のアラビア語学者とは違って学術的な転写とは異なる英字表記になるとかなり適当でアラビア語での実際の発音から離れたつづりが1個載っているだけということもあり得ます。
ムスリムネーム辞典=アラブ人名辞典とは限らない
イスラーム教徒の名前リストやムスリムネームサイトに載っている人名のうち、非アラブイスラーム地域の名前が混じっておりアラブ諸国が舞台のストーリーにおけるキャラクター命名の資料にするには向いていません。
世界各地にイスラーム教徒は大勢いますがアラビア語っぽく思えてもアラビア語由来ではないことも多いです。アラブ向けに販売する商業作品の場合は特に注意が必要で、名前を聞いただけで「あ、これアラブ人じゃない」となることもしばしばです。
本を買う際はアラブ人名だけに絞った辞典を選ぶことをおすすめします。
読み書き言葉と日常会話が大きく違うアラビア語
標準語ではなく方言での発音に置き換わりやすいネーミング辞典
『フスハーとアーンミーヤとは?』でも紹介している通り、アラビア語はアラブ世界共通で違いが少ない読み書き言葉(文語、フスハー)と毎日の生活で使う口語(話し言葉、アーンミーヤ、方言)に分かれています。
学校の国語として学ぶのは標準アラビア語ですが皆が使っている方言と違って生活に使わないので苦手な人が多く、ネーミング辞典類で「項目語自体は書き言葉の標準語なのに読みガナは方言」を招く原因となっています。
日本で売られているネーミング辞典も担当した方が両方の種類のアラビア語を使い分けできていないために方言発音が混ざったものが多く、「出身地や舞台を特定せずに済む標準語を選んで命名したつもりが大阪弁になっていた」「掲載語のラインナップ自体は標準語の語彙なのに読みガナ部分はなまっている」的なことが起こりやすいです。
標準アラビア語と方言で違う発音
アラビア語は元々日本語のスラングggrks(ググレカス)のように子音部分だけを文字で表現して残りの母音a・i・uは書きません。しかも標準語にはeとoの母音が無いので標準語のiはeに、uはoに方言で置き換わりほぼ同じものとして扱われ、長母音(「ー」と伸ばす音)が短くなってしまったり、色々な部分が変化します。
そのため標準語としては gugurekasu(ググレガス)と読む文章が、話し言葉のアラビア語ではgogrkeso(ゴグレケソ)だのgegrekso(ゲグレクソ)だの豊富なバリエーションに変容するのがつきもので、日本で売られているネーミング辞典は後者のような話し言葉的読みガナがついているものが多いです。
アラビア語は標準アラビア語と方言での読み方が違うのが普通で、アラビア語未習の方がネーミング辞典を鵜呑みにしてしまうと日本語に置き換えれば「小さい家」とごくごく無難な命名をしたはずが話し言葉の「ちいせえ家」、「かわいいお姉さん」が「かわええねーちゃん」といった命名になってしまっているようなことが多発します。
日本で入手可能なネーミング辞典は内容の精度に要注意
日本語で書かれたネーミング辞典類にはアラビア語訳が掲載されているものがいくつかあるのですが、その正確性はまちまちです。
正確な発音とは全然違っている、方言での発音のためネイティブが聞くと「それエジプトのアラビア語だよ」「それドバイのアラビア語じゃないよ」となってしまい作品の舞台設定にそぐわない、アラビア語としては読み間違いの名前をつけてしまうーといった具合にキャラクター名のクオリティーや設定との整合性に影響してしまう要因を大半のネーミング辞典が抱えています。
アラビア語を学ばれていない方だと気が付かないまま命名に使われてしまう訳ですが、上記のような話し言葉・方言なまりになっているものからアラビア語を理解されていない方が関与したと思われるはちゃめちゃなカタカナ表記になっているものまで玉石混交状態なので相当な注意が必要です。
アラビア語が掲載されているネーミング辞典の紹介
実際に購入して全ページに目を通し、内容的に無難だと思われる順に並べました。
13ヶ国語対応! ファンタジー・ネーミング辞典EX
編:幻想世界研究会
アラビア語部分執筆:(シルクロードの絵本屋さん)高岡 寛(敬称略)
出版社:宝島社
出版:2011年
おすすめ度:★★★☆☆
コメント:誤字脱字・読み間違い・形が似た同士のアラビア文字取り違えによる読みガナ不具合の類が結構ありますが、日本で出版されたアラビア語掲載ありの多言語ネーミング辞典の中で一番無難な本です。現代標準アラビア語での発音に準拠しているので架空世界・ふんわりアラブな創作物の設定に使うのに向いています。
構成
英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・スペイン語・ポルトガル語・ラテン語・ゲール語・ロシア語・ギリシャ語・アラビア語・ヘブライ語・中国語での意味を見開きに詰め込んだ多言語ネーミング辞典です。
辞典自体はジャンルーサブジャンル別で巻末に50音順索引がついています。
RPG界で活躍されている桂令夫(東京大学文学部イスラム学科卒)氏によるアラブ人名解説コラムが2ページ分ついており、主に近現代以前のアラブ人に多く見られる名前パーツの紹介がなされています。
表記と誤字脱字の有無
アラブ世界で各国共通の読み書き言葉(文語、フスハー)に基づいたカタカナ表記になっているので、特定国の方言の要素は特に見られません。
どことは指定しないけれどもふんわりアラブ的な地域を舞台として設定している作品、「アラビア半島の砂漠のプリンスが主人公だけれども現地方言がわからないからとりあえずアラビア語で」といった時は特にこのネーミング辞典のようなカタカナ表記が必要になってきます。
ただ、他の多言語ネーミング辞典に比べれば内容がしっかりしているものの、誤字脱字・読み違い・形が似ている文字同士の混同により全然違う発音に置き換わっている・項目に入っているアラビア文字部分が別項目のそれで入れ違っているといった箇所が少なくありません。
一例:本書での記載→一般的な現代標準アラビア語カタカナ表記
- 最後:آخر(アーハル)→ アーヒル(アラビア語でのつづりは全く同じながら、補う母音の違いでアーハルは「別の」、アーヒルは「最後の」という全く違う語に)
- 挑戦:تحد(タハッダン)→ タハッディン تحد → タハッディー تحدي(能動分詞語形の読み間違いで全部の母音記号を省略しない文語的な発音ではタハッディンとなりますが、会話などで使われる一般的な発音かつ日本における標準のカタカナ表記としてはタハッディー)
- 聖書:الكناب المقدس(アルキターブルムカッダス)→ الكتاب المقدس(ت [ t ] が点の数の違いのみだけでパソコンキーボードで隣り合っている ن [ n ] に置き換わってキナーブルムカッダスと読めるつづりになっている)
- 狂気:جذون(ジュズーン)→ ジュヌーン جنون(キーボード位置が離れた一見似た文字同士の ن を ذ として混同したままカタカナ化)
- 運命:محير(マヒール)→ マスィール مصير(キーボード位置が離れたあまり似ていない文字同士の ص を ح として混同したままカタカナ化)
似た形のアルファベット同士の区別のようなごく初歩的な部分での取り違え、格や分詞といった文法面における担当者さんの覚え違いが原因と思われる読みガナなども散見されるのでアラビア語単語集として使うことはお勧めできないです。
管理人コメント
アラビア語部分担当者さんの方言反映率や独特なカタカナ表記の割合が少ないのでアラビア語収録多言語ネーミング辞典を使うならこちらをお勧めします。
アラビア語と日本語とで逆になってしまう語順などについては自分で確認していただく形になりますが、Google翻訳の不正確な機械音声読み上げを耳で聞き取ってネーミングするよりもずっと正確なカタカナ表記になると思います。
13か国語でわかる新・ネーミング辞典(/新装版)
編:学研辞典編集部
アラビア語部分執筆協力:菅瀬 晶子、豊泉 麻衣子(敬称略)
出版社:学研プラス
初版:2005年
新装版:2016年
おすすめ度:★★☆☆☆
コメント:ネットのネーミング辞典にも転載され利用者がとても多いソース。パレスチナ方言色が強く、口語とか関係無い部分での母音つけ間違いや標準的日本語表記とは異なる読みガナが多いのでお勧めしづらいです。
構成
英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・スペイン語・ポルトガル語・オランダ語・ラテン語・ギリシャ語・ロシア語・中国語・韓国語(朝鮮語)・アラビア語での訳を並べたジャンル別用語集です。
辞典自体は50音順でジャンル別索引つき。ごく一般的な語学用単語集に近いラインナップで、ギルドとか異世界といったファンタジー用語は収録されていません。
「2016年に新装版が出ていますが内容は2005年の物と同一です」というレビューを見かけたので、どちらのバージョンを購入しても変わりは無さそうです。
表記と誤字脱字の有無
各項目で上にカタカナによる読みガナ、下に母音記号なしのアラビア文字が書いてあります。
実際の発音に即したカタカナ表記にされたと本には書かれているのですが、監修の先生が学ばれたパレスチナ方言特有の名称や発音が多く、砂漠の王国という典型的なアラビア半島地域の言葉と違っており日本における創作ニーズと合っていない部分があります。
また方言とは関係無くアラビア語的に間違いなのでは、辞書で一つずつ文語と口語それぞれの正確な発音記号を確認しながら覚えていったのではなく母音があいまいになる日常会話を通じて主で耳からのリスニングで習得されたのでは、と思われるカタカナルビが複数見られる点が気にかかりました。
一例:本書でのカタカナ表記→一般的な現代標準アラビア語カタカナ表記
- 氷:タルジュ →文語:サルジュ [ thalj ]
- ヘビ:タアバーン →文語:スウバーン [ thu‘bān ]
- 3:タラータ →サラーサ [ thalātha(h) ]
- 信頼:ティカ →スィカ [ thiqa(h) ]
- 妻:ザウジャト →ザウジャ [ zawja(h) ]
- 第1、最初の:アッワル →アウワル [ ’awwal / ’auwal ]
- 挑戦:タハッディン →タハッディー
- かもしか:ガッザール →ガザール [ ghazāl ](ガッザール=ghazzālは「紡績工」)
- 米:アルズ →アルッズ(アルズは「杉」)
- 世界:ドウニヤ →ドゥンヤー [ dunyā ](方言だとディンヤー、ディニエ等の発音になることも)
- 甘い:ヘルゥ →文語:フルウ [ ḥulw ] などなど…
詳しくは
▶ 命名資料レビュー『13か国語でわかる新・ネーミング辞典』(学研)【現在編集のため一時休止中】
管理人コメント
中東関連学界の標準カタカナ表記とも一般の書籍・記事における日本での慣用表記とも異なるオリジナルのカタカナ表記、方言発音とは関係無い部分での母音つけ違い(読み間違い)などが多めだったので★2としました。個人的にはこの本はお勧めできないです。
この辞典の内容はウェブ上のネーミング辞典にも転載されており、これらをソースにして命名した創作物・モバイルゲーム類はカタカナ表記が独特なので判別がつきやすいです。
幻想ネーミング辞典
編:新紀元社編集部
出版社:新紀元社
初版:2009年
おすすめ度:★★☆☆☆
コメント:エジプト方言の特徴が強く出ており標準アラビア語とはかなり違っています。アラビア語のカタカナ化があまり得意ではないネイティブの方が全編担当されている可能性が高く、大きな間違いではないものの日本におけるスタンダードなカタカナ表記から外れた項目がほとんどを占めているのでお勧めしづらいです。
構成
英語・フランス語・イタリア語・ドイツ語・スペイン語・ロシア語・ラテン語・ギリシャ語・アラビア語・中国語での訳を並べたジャンル別用語集です。辞典自体はジャンル別で巻末索引つき。
『幻想ネーミング辞典』という題名だけあって幻獣の名前なども収録されています。
表記と誤字脱字の有無
各項目で上にカタカナによる読みガナ、下に母音記号なしのアラビア文字が書いてあります。
全ページを日本語ができるエジプト人ネイティブに依頼した可能性が高く、各項目に掲載されている単語は標準アラビア語で使われているものが選ばれてはいるのですが、発音を示した読みガナがエジプト発音(いわゆるなまり)になっています。
そのため標準アラビア語の j が g に置き換わっていて、「ー」と長く伸ばす音(長母音)部分も取れてしまっている状態です。話し言葉の発音なので標準アラビア語の u は o、i は e に変わっています。
「カタカナ表記はできる限り各国語での発音に近い表記を採用した」とありますが日本におけるスタンダードな方法に準拠しておらず、エジプト方言で普段読んでいる時の響きを担当者の方の個人的な感性とカタカナ表記方法でそのまま日本語化した読みガナになっています。(例:「スィー」の発音を”セィー”で表現)
一例:本書でのカタカナ表記→一般的な現代標準アラビア語カタカナ表記
- 最後:アーケル → アーヒル
- 新しい:ガディード → ジャディード
- 週:イスブー → ウスブーウ
- 100:メアア → ミア
- そよ風:ナセィーム → ナスィーム
- 天災:カーレサ・タベイエッヤ → カーリサ・タビーイーヤ
- 木:シャガル → シャジャル などなど…
このネーミング辞典を使って命名してしまうと「アラビア半島の砂漠をイメージしたはずなのに全然違うエジプト人のアラビア語になっている」「カタカナ表記自体がかなり妙だ」となってしまいまうので、全部エジプト発音を通している件はどちらかというとマイナス要素だと言えます。
他の言語に関してもカタカナ表記に特徴があり
- 朝:モーニン → モーニング
- 真夜中:ミッナイト → ミッドナイト
- 明日:トィマーロウ → トゥモロー
- 1(*数字の一):ウワン → ワン
- 大きい:ビグ → ビッグ
といった具合に英語も日本で流布しているカタカナ表記ではなく発音を聞いたままにカタカナ化したとなっています。
複数言語において創作のネーミングに使うには向いていない表記となっているので、アラビア語に限らずこの本全体がそういう傾向なのかもしれません。
なおアラビア語部分のつづり間違いはそんなに多くありません。文字同士が連結せず途切れてしまっているタイプ・活字ミス、他の見出しと入れ違っているケースがところどころで見られます。
管理人コメント
この本を使って命名している方も結構いらっしゃるようなのですが、日本語でいうと標準語の文章を全部大阪弁発音に置き換えて音読している感じの読みガナがついてしまっているのでネーミング資料としてはあまり適していません。
ほぼ全編エジプト方言発音になっていること、カタカナ表記もスタンダードなものとはかなり違う担当者さん特有のスタイルである、幻獣の名前など日常生活で使わない語の精度が他の部分に比べると低めである、英語部分も命名辞典としては使えないカタカナ表記である、といった点が創作向けネーミング辞典としてはかなりのデメリットになってしまっているので★2としました。
エジプトが舞台で敢えてエジプト人っぽいアラビア語をしゃべらせたいといったニーズがある場合は別ですが、そうでない場合は他の本を使われることを検討されるのが良いかもしれません…
クリエーターのためのネーミング辞典
出版:学研辞典編集部
初版:2011年
アラビア語部分執筆協力:菅瀬 晶子(敬称略)
おすすめ度:★★☆☆☆
コメント:『13か国語でわかる新・ネーミング辞典』と違ってアラビア語は巻末の小さなおまけで、カタカナ表記も正確ではないです。
作品内で色々なものに命名を行うためのジャンル別単語集といった感じの本です。メイン部分は英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・スペイン語・ラテン語・ギリシャ語・ロシア語で、巻末に中国語・韓国(朝鮮)語・アラビア語の『+3か国語ミニネーミング辞典』が付録として掲載されています。ミニ辞典部分は10数ページと少ないので、アラビア語に関してはこの本単体ではネーミング作業の用途には不十分です。
各項目では上にカタカナによる読みガナ、下に母音記号なしのアラビア文字が書いてあります。
カタカナ表記についてはおおむね問題はありませんが、方言での発音や文法的な誤りに近い母音のつけ間違いや重子音有無の取り違えがあります。これについてはベースになったと思われる『13か国語でわかる新・ネーミング辞典』と全く同じです。
命名辞典サイト、アラブ人名紹介サイト、Web百科
ジェトロ資料『アラブ人名の由来と正しい呼び方』
アラブ人名の由来と正しい呼び方
元々のURL:http://www.jetro.go.jp/ext_images/world/middle_east/sa/others/pdf/name.pdf
Webアーカイブ:https://web.archive.org/web/20200817024258/https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/middle_east/sa/others/pdf/name.pdf
おすすめ度:★★☆☆☆
コメント:日本におけるアラブ人名に対するいくつかの誤解が流布する元になった資料です。人名の用法や由来に関する説明に多数の誤りがあり、利用することで間違ったネーミングや理解をしてしまうリスクが高いです。
ジェトロが以前掲載していたPDF形式の資料です。ネット上でも「わかりやすい」というレビューが多く、引用されることも少なくありませんでした。あちこちでURLが転載されていたので、今でもネットアーカイブで探して資料として使っている方もいらっしゃるのではないかと思います。
こちらのPDFファイルには日本貿易振興機構リヤド事務所編とありましたが、元は中東協力センターニュースという中東協力センター機関紙に掲載された記事だったとのこと。執筆者は宮崎(宮﨑)和作氏という石油業界で活動されていた方で、オイルビジネスに必要なアラブ人名と敬称に関する知識をまとめられたという感じだったようです。
インターネット利用が今ほど盛んではなかった当時としてはアラブの要人につける敬称の説明が詳しく貴重な資料だったかもしれません。ところが内容的にはかなりの誤りがあり、執筆者の方がアラビア語資料で確認されないまま推測や印象で書かれたでのではと思われる説明が多いです。
- カタカナ表記や英字表記があまり正確ではありません。アラビア語の定冠詞al-に関しアルがアッになる太陽文字の法則も反映されておらず全てアルと書かれています。
- イラン系サウジアラビアビジネスマンのファーストネームをアラブ人名の例に含めてあります。
- アラブ人名の語数の数え方が誤っており定冠詞al-を1語とカウントしてしまっているため、本来2語からなる複合語を3語からなる名前として紹介しています。
- 家名のアルについての用法が正確に説明されていません。王族や名門氏族が家長名に定冠詞アルをつける、という事実とは異なる既述があります。
- 「家」という意味の名詞アールを含む家名と定冠詞アルを冠した家名と混同して全て定冠詞アルつきと分類してあります。アールに関する言及が一切無く、執筆者の方が英字でAlと書かれているのを見てアールとアルを同一視されていた可能性が非常に高いです。
- 祖父名の欄に祖父名ではない家名が入っています。
- ムハンマド・アリーのような複合名の由来・命名目的・名付けタイミング、男性名アフマドの由来等が誤っています。
- 預言者名リストの対照表に誤りがあり、別の預言者名が書かれている項目があります。
『アラブ人名の由来と正しい呼び方』という題名はつけられているものの実際には正しくない説明がとても多く信頼性に欠けるものでした。以前この資料でアラブ人名について勉強された方、まだ手元にPDFのコピーがあって今後も使用される方は情報のアップデートと大幅修正が必要だと思います。
みんなで作るネーミング辞典
ネーミング辞典
https://naming-dic.com/
おすすめ度:★★☆☆☆~★★★☆☆
コメント:ソースとなったネーミング辞典のカタカナ表記の問題点や誤字類をそのまま引き継いでいます。アラビア語に関しては利用はあまりお勧めできません。
現在は編集できなくなっているようですが、紙で発売されたネーミング辞典類をソースにしているようで収録語数がとても多いです。検索窓もあり便利です。
読みガナは資料による違いから複数通りのカタカナ表記が載っている場合もありますが、それらはたいてい文語と口語(方言)での発音の違いか、書いた人のカタカナ化のセンスや癖を反映したものかのどちらであるように感じました。
カタカナ表記についてはネーミング辞典のおかしな点(特定口語での発音、アラビア語的な間違いに含められる母音のつけ間違い)をそのまま引き継いでいるので利用の際には注意が必要です。
魔法がセヘル(標準語ではスィフル)になっていたり、嵐がアーセファ(標準語ではアースィファ)で語末のアラビア語つづりが口語のそれになっていたりすること、場合によっては「どうしてそういう読みガナに?」というものもあるので、正確性を求める方には向いておらず特定地域色を排したアラブのどの地域にも適応できる汎用性を確保するという観点で言えば利用はおすすめできません。
利用する場合はアラビア語でのつづりだけチェックし、それをオンライン辞書検索にかけて発音記号経由で読み方を調べて改めてカタカナ化すると良いです。
アラビア語ワードリストとしては内容的に★2つですが、無料で懐に優しいコンテンツということで★2.5としました。
ピクシブ百科事典
中東人名の一覧
https://dic.pixiv.net/a/%E4%B8%AD%E6%9D%B1%E4%BA%BA%E5%90%8D%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
おすすめ度:★★☆☆☆
コメント:命名辞典とは少し違います。
アラブ人名辞典というよりは中東系の名前をつけられたキャラクターのリストといった方が近いです。アラビア語以外の名前も混じっていたりすること、また命名辞典としての正確性はあまり重視されていない感じなので、ネーミングの資料としては向いていないような気がします。
アラブの人名 – EFENDI.jp
アラブの人名 The Arab Names
http://www.efendi.jp/rq/script/languages/ancient/names/arab_names.html
おすすめ度:★☆☆☆☆
コメント:アラビア語由来のイラン人の名前リストなのでアラブの人名リストではありません。カタカナ表記の誤りがあるのでそのままネーミングに使ってしまうと読み間違えをしているキャラ名になってしまいます。アラブでは男性名扱いするものが女性名欄に入っているケースも多いです。
概要
個人の方のウェブページです。アラブ人の名前という表題ですが、内容自体はアラビア語由来のイラン人(ペルシア語)の名前リストであってアラブ人の名前リストではないように思います。
このウェブページを参考に商業作品のキャラクター名をつけた例を何度か見かけることがありますが、読み間違いしてしまっている状態で命名されてしまっておりキャラがちょっと可哀想な感じがしないでもありません…
カタカナ表記
- シーア派優勢地域であるイラン特有の名前が複数掲載されています。スンナ派ネームが多いアラビア半島砂漠地域をイメージしたアラブ系キャラの命名にはあまり向いていません。
- アラビア語からペルシア語に移入される際に発生する発音の変化(w→v、q→g(h)、重たいd→z)などが反映されています。アラブ人の名前としての発音とはかなり異なるのでアラビア語ネームリストとしての利用はおすすめできません。
- 英字表記もアラブ人名の一般的つづりとは違っています。ネーミングの際は検索し直して一般的な英字つづりにされた方が無難です。
- 原語に本来含まれる「ー」と伸ばす音(長母音)を省いたカタカナ表記になっています。
- アラビア語では男性名であるにもかかわらず女性名として紹介されている名前が複数あります。女性名の欄から選んで命名してもアラブ人の男性名をつけることになりかねないので注意が必要です。たとえばモニールはアラビア語のムニールが語源ですがイランでは女性名として使われるのだとか。しかしアラビア語でムニールは男性名で、アラブ人女性キャラクターをムニールと名付けることは適切なネーミングではありません。アラビア語ではター・マルブータをつけた女性形ムニーラ(口語発音はモニーラ)にする必要があります。
- 女性名の語末がアラビア語の-ahではなくアラビア語一部方言やイラン風の-ehになっています。しかもカタカナ化の際に文字にはしない女性名語末hの文字をフでカタカナ化してしまってあるため、女性名のほとんどの語末に「フ」がつくという重大な誤りが見らます。たとえばJamilehがジャミーレではなくジャミレフ、Naderehがナーデレではなくナーデレフになっており、これを作品の命名に使うことは回避しなければいけません。(実際にジャミレフ、ナーデレフとキャラクターにネーミングしてしまった例を見かけたことがあります。)
- 名前の意味がアラブ人名としては適切ではないものが複数見られます。たとえばジャミレフ(正しくはジャミーレ、アラビア語ではジャミーラ)が多芸多才とありますが、アラビア語では「美しい;良い、素晴らしい;親切」という意味です。Naderehなどもナーデレフと「フ」をつける誤りがある以外に元のアラビア語ではナーディラが基本の発音なのでイラン風・ペルシア風の読みになっているイメージを与えやすくなっています。
アラブ人名に関する一般書籍~命名規則や背景事情の解説
人名から読み解くイスラーム文化
出版:大修館書店
著者:梅田 修
初版:2016年
おすすめ度:★★★★☆~★★★★★
コメント:日本語で書かれたアラブ人名本の中では最もしっかりした内容だと思います。
アラブ・イスラーム世界における名付けの文化や命名規則について紹介した読み物です。非常に細かいルールは載っていませんがアラブ人の名前の背景について全体像をつかむのに適しています。
謝辞によると執筆にあたってはイスラーム研究者の小杉泰先生やアラビア語研究者の仲尾周一郎先生らの協力を受けたとのこと。そのためアラブ人名紹介本の中では内容的に最もしっかりした本になっているように思います。
★を0.5程度少なくしたのは、p.36でヤースィル・アラファートの本名フルネームのうちファーストネームである複合名ムハンマド・アブドゥッラフマーンとそれに続く父の名前アブドゥッラウーフの後に来るアラファートやアル=クドゥワといった固有名詞の説明が正確ではないように思われたためです。
詳しくは
▶ アラブ人の名前のしくみ~有名人探訪編:ヤーセル・アラファート
人名の世界地図
出版:文藝春秋
編集:21世紀研究会
初版:2001年
カラー新版:2021年
おすすめ度:★★☆☆☆
コメント:きちんとした資料をソースにしている部分とそうでない部分との落差にがとても大きいです。不正確な部分は全くの誤報も含まれており人名の誤字脱字もあるので鵜呑みにしない方が良いです。
世界の色々な国の人名に関する軽い読み物です。イスラーム世界の人名という項目にアラビア語系の名前が出てきます。
色々な書籍をベースに書かれたとのことなのでそれらに準拠した部分はきちんとしているのですが、アッラー99の美名のカタカナ表記など不正確な記述も多数混ざっているためアラビア語・イスラーム事情に詳しくない方だと情報の選別が難しく間違った部分をネーミングに使ってしまう可能性が高くなるおそれがあります。
結構大事な名前の部分でカタカナ表記が不正確なので、ネーミングの資料として使うことはあまりおすすめできません。
男性名ジャマルはラクダが由来としている件
『人名の世界地図』では「強い動物にちなんだ名前」「男性名では力強さ、有用さをあらわすために動物名をつける」ことの例としてエジプト元大統領のファーストネームであるジャマール(日本語記事での慣用表記:ジャマル)を挙げています。
エジプトのナセル大統領はジャマル・アルドゥン・ナセルが本名で、ジャマルとは「ラクダ」のことだ。 |
とありますが、大統領の名前に誤植(*アルドゥンではなくアブドゥンです)がある上、彼の名前は جَمَال [ jamāl ] [ ジャマール ](美、美しさ、佳さ)であるにもかかわらず実質無関係な جَمَل [ jamal ] [ ジャマル ](オスのラクダ)と混同してしまっている状態です。
当方の知識不足を疑い中世以降の辞書を調べてみましたが、ジャマールとジャマルは同じ語根 j – m – l ではあるものの、ラクダ جَمَل [ jamal ] [ ジャマル ](オスのラクダ)みたいになってほしくて男児に جَمَال [ jamāl ] [ ジャマール ](美、美しさ、佳さ)と命名したのがこの人名の由来だというのは聞いたことが無く、アラビア語の専門書でも記述も見つけることができませんでした。
- アラビア語の(オス)ラクダという名称 جَمَل [ jamal ] [ ジャマル ] 自体はアッカド語などの時代には既に「gammalu」として存在。先行するセム系諸語にあった g 音が j 音に置き換わっているアラビア語の「jamal」はその時代の名残りで変わっていない。
- アラビア語でジャマールが美という意味で使われだしたのは語源をはっきりたどれないぐらいの大昔だったため、アラビア語で書かれた専門書でもラクダとの関係性について断定的な結論は述べられていない。
- アラブ圏において「جَمَال [ jamāl ] [ ジャマール ](美、美しさ、佳さ)の語源は جَمَل [ jamal ] [ ジャマル ] だ」というのはしばしば語られることで、英語圏の記事などで紹介されていたりもするが、アラビア語で書かれた専門書やアラビア語学の専門家が書いたアラビア語-英語大辞典を見る限り「ラクダが美しいから」と違う説明が複数載っている。「ラクダはアラブ人が大切にしている動物で美しいからジャマールが”美”という語義を獲得した」というのは民間語源なものである可能性もあり、両者の関連性を断言することは難しい。
ことなどから、アラブ人名としてジャマール(美)と命名した動機が「ラクダのような力強い男」「ラクダにあやかって強き男になってほしい」「ラクダのような強く有用な男児になってほしいという願いを込めた」だったとは考えにくく、特に根拠が無い民間語源に混同やオリジナル要素を加えた誤解であると言わざるを得ません。
アラブ世界においては、ラクダは辛抱強さ・記憶力(飼い主のことを忘れない、ひどいことをされた恨みをずっと覚えている)の代名詞としては大変有名なのですが、美しさの比喩として使う動物ではありません。なのでエジプト元大統領のファーストネームがラクダに由来するというのも誤った情報(いわゆるガセビアの類)となっています。
一体どこからこのような情報を得たのか、編集にあたられた「21世紀研究会」さんのアラビア語関連部分に関する正確性の配慮には疑問が残るというのが正直なところです。
ナセル大統領(ジャマール・アブドゥ・ン=ナーセル大統領)のジャマールはラクダではなく جَمَال الدِّينِ [ jamālu-d-dīn ] [ ジャマールッディーン ](ジャマール・アッ=ディーン、ジャマールッディーン。意味は「信仰の美」「宗教の美」で称号だったものが人名に変わったパターン。)同様「美」だと考えるのが妥当なので、豆知識としてこの「ジャマル(美)さんはラクダが由来の人名」を信じてしまわないよう要注意です。
英字表記は同じでも実際には違う人名の混同
上のジャマール(Jamāl、美)とジャマル(Jamal、ラクダ)の混同同様、本書の中では英字表記がかぶるものの違う人名を混同している事例がいくつか含まれています。
元ワン・ダイレクションのゼイン・マリクのマリク(Malik、アラビア語では مَالِك [ mālik ] [ マーリク ] で「所有者、支配者、統治者」の意)を別のマリク(Malik、アラビア語では مَلِك [ malik ] [ マリク ] で「王」の意)と混同するなど、英字表記が同じでもアラブ人名としては違うというよくある間違いがそのままネット記事などから転載・引用されしまっている状態です。
記事での再引用に際しては注意が必要かもしれません。
当サイトのアラブ人名辞典からの転載について
2021年に刊行された改訂版である文藝春秋社の文春新書『カラー新版 人名の世界地図』(著:21世紀研究会)巻末大索引のp.430~p.439にはアラブ人名の男性名・女性名リストが載っているのですが、カタカナ表記・英字表記・語義説明の特徴や収録された人名の内容を精査させていただいた結果ごく一部の追加・加筆を除きほぼ全体にわたって当サイトのアラブ辞典を抜粋・掲載した可能性が非常に高いように見受けられました。(本を見た時にびっくりしました…)
しかしながら、当サイトのアラブ人名辞典から男性名約200、女性名約120という大量転用を行う件については一切許諾は行っておらず書籍にも参考ソースとして本サイトURL等が記載がされていない状況です。
当方は同書巻末のアラブ人名リストにつきましては一切関与しておりませんので、転載先の内容や出版社側の内容一部改変による不正確な情報には責任を負いかねます。なにとぞご了承ください。
抜粋時期が数年前ということで『カラー新版 人名の世界地図』刊行後に当サイト側で訂正を行った箇所についても未訂正のままとなっている上、当サイトのカタカナ表記とは異なる不正確なカタカナ表記が混入している、アラビア語としては発音しない読みガナを加えてある、別々の人名を同一人名としてまとめてあるといった改変部分があるために情報の精度が低下してしまっているとの印象です。
またマイナーネームを一緒に収録している当サイトのコンテンツに依拠しているためか「耳にすることが多い名前を紹介している」と記載されているにもかかわらずアラブ人名としては稀な部類に入る人名もリストに含まれていたり、男性名ではないと気付いて後から女性名に移動したイムティヤーズがそのまま男性名となっていたりと、当サイトの問題点もそのまま引き継いでしまっています。
実際の語義や最新の内容につきましては『アラブ人名辞典-男性の名前』ならびに『アラブ人名辞典-女性の名前』にて改めてご確認くださいますようお願い申し上げます。