要旨~アッサラームアライクムの意味・返事
先にまとめを置いておきます。長文を読むのが大変な方はここだけ読むのでもOKです。
基本の短いバージョン
اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ
[ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum ]
[ アッ=サラーム・アライクム ]
平安があなたたちの上にありますように(Peace be upon you.)
相手が1人でも「あなたたち」と複数形で言うのが一般的。通常「こんにちは」と訳されていますが実際には日本語の「ごきげんよう」の方が近いです。
▼
وَعَلَيْكُمُ ٱلسَّلَامُ
[ wa-‘alaykumu/‘alaikumu-s-salām(u) ]
[ ワ・アライクム・ッ=サラーム ]
ワ・アライクムッサラーム
あなたたちの上にも平安がありますように(And peace be upon you too.)
より丁寧なバージョン
اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ وَرَحْمَةُ ٱللهِ
[ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum wa raḥmatu-llāh(i) ]
[ アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトゥ・ッラー(ヒ) ]
アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトゥッラー
平安、そして神のご慈悲があなたたちの上にありますように
▼
وَعَلَيْكُمُ ٱلسَّلَامُ وَرَحْمَةُ ٱللهِ
[ wa-‘alaykumu/‘alaikumu-s-salāmu wa raḥmatu-llāh(i) ]
[ ワ・アライクムッ=サラーム・ワ・ラフマトゥ・ッラー(ヒ) ]
ワ・アライクムッ=サラーム・ワ・ラフマトゥッラー
あなたたちの上に平安、そして神のご慈悲がありますように
さらに丁寧なバージョン
اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ وَرَحْمَةُ اللهِ وَبَرَكَاتُهُ
[ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum wa raḥmatu-llāhi wa barakātuh(u) ]
[ アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトゥ・ッラーヒ・ワ・バラカートゥフ ]
アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトゥッラーヒ・ワ・バラカートゥフ
平安そして神のご慈悲と祝福があなたたちの上にありますように
▼
وَعَلَيْكُمُ ٱلسَّلَامُ وَرَحْمَةُ اللهِ وَبَرَكَاتُهُ
[ wa-‘alaykumu/‘alaikumu-s-salāmu wa raḥmatu-llāhi wa barakātuh(u) ]
[ ワ・アライクムッ=サラーム・ワ・ラフマトゥ・ッラーヒ・・ワ・バラカートゥフ ]
ワ・アライクムッ=サラーム・ワ・ラフマトゥッラー・ワ・バラカートゥフ
あなたたちの上に平安、そして神のご慈悲と祝福がありますように
基本バージョン~アッ=サラーム・アライクム
各単語の語末に日本語の「て・に・を・は」に相当する母音がつくことの意味については『アラビア語アルファベットの書き方と読み方のしくみ』で紹介しています。意味説明のところで「主格とか母音 u って何?」となった方はそちらを参照願います。
先に言う側
اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ
[ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum ]
[ アッ=サラーム・アライクム ]
アッ=サラーム・アライクム
平安があなたたちの上にありますように(Peace be upon you.)
ネットの日本語ページや日本語ツイートで اَسَّلَامُ عَلَيْكُمْ と書かれていることがありますが、音が同化して لْ [ l ] と読まなくなった2字目を書き忘れてしまっている誤字脱字です。正しくは上の通りで اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ です。母音記号が無い場合は السلام عليكم になります。
*日本語サイトでは「アッ=サラーム・アライクム」ではなく「アッサラーム・アライクム」もしくは「アッサラームアライクム」というカタカナ表記が広く使われています。当サイトはアラビア語学習ブログなので定冠詞部分を他のページに合わせて「アッ=」としています。
意味
「神が与える平和・平安・安寧・幸福を祈り共同体内で広め合うために交わす」という教えに従って運用されている
意味は「平安があなたたちの上にありますように」で相手の平和や安寧を願うフレーズとなっています。単なる平和・平安・安寧・幸福・健康祈願とは違っていて、唯一神アッラーを信じ彼に見守られる暮らしをすることで得られる数々の安心といったニュアンスなので宗教色は強めです。
このサラームの挨拶はお互いの間に融和・友愛関係を築き平和な共同体を構築するためのキーフレーズで、たくさん交わすことは善行であるとして推奨。クルアーン(コーラン)の文言や預言者ムハンマドの言葉によってもその重要性が裏付けられ、顔見知りから知らない人まで、年齢に関係なく皆が「アッ=サラーム・アライクム」と言い合うことが重要であると教えられています。
元々はメソポタミアの古代文明時代から使われていた挨拶の子孫らしいのですが、セム系一神教であるユダヤ教・キリスト教・イスラームにおいては「平和の挨拶」「平安の挨拶」は神・主によってもたらされる平和・平安・安寧・幸福・健康といった概念になっています。
「この人はイスラーム教徒っぽいな」と思ったら知らない人にも言う合言葉的な挨拶
イスラーム教徒(男性信徒名称:ムスリム、女性信徒名称:ムスリマ)がどんな挨拶よりもまずこれで交わすようにと教義上推奨されている挨拶なので、出会った時・別れ際、テレビ・ラジオ番組の開始・終わり、スピーチや手紙の出だし・締めくくりなど様々なシーンで使われています。
知り合いでなくても「この人イスラーム教徒かな?」と思ったら声をかけるシステムなのですが、声をかけられて返事をするというのは「私も同胞のイスラーム教徒ですよ」というサインになったりもします。
日本人の非イスラーム教徒の人がイスラーム教徒の人に向かってこの挨拶をした時に「あなたはイスラーム教徒ですか?」と質問されることがあるのもそのためです。時には「あれ、イスラーム教国出身っぽくないのに信者の人だったのかな?」などと確認を取ろうとする人もいるので、実際に似たような経験をされた方も結構おられるのではないかと思います。
サラームは何のことか?具体的にどういう意味の挨拶か?
詳細は下の方で改めて紹介しているのですが、この挨拶は同じセム系一神教であるキリスト教の「主の平和」「神の平和」と似た考えを持っていて、単なる人と人との良好な関係を示したものとは少し違っています。
法学者によって意見は違うようですが、いずれにせよ神が介在することで与えられる平和・平穏・安寧を願うフレーズとなっており、
- 「唯一神アッラーによってイスラーム教徒たちがあらゆる害悪・不幸・病気・地獄の業火などから守られますように」
- 「アッラーが信徒らを見守り気にかけてくださっている」(アッ=サラーム部分を唯一神アッラーの属性名・称号・二つ名と考える場合の解釈)
といった意味が込められているとされている模様です。
同じ唯一神アッラーを信じるイスラーム教徒たちにアッラー自らが与える幸福といったニュアンスな上にサラームの部分が神の御名だと考える人もいるということで、本来は宗教的で重みのある言葉だと言えるかもしれません。
日本語だと定番の訳「こんにちは」よりも「ごきげんよう」に近い意味と使い方
日本では慣習的に「こんにちは」の意味で紹介されておりアラブ圏で作られた映像作品の英語字幕でも「Hello」という訳になっていることが少なくないのですが、会う時もさよならする時も使うことなどからむしろ「ごきげんよう」の方に近いように思います。
アラブ人が「こんにちはではありません。訳が違います。」的なコメントをネット上で書き込んでいたりするのもそのような事情によります。
時間に合わせて相手の幸せや安寧を願う「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」系の挨拶は別にありアッ=サラーム・アライクムはそれらと同列にないことも教義上明確化されているため、ネイティブとしては「こんにちは」という訳がしっくり来ないのだと思われます。
実際にはアッラーが最初の人間アーダム創造時からイスラームの挨拶として定めたとされるイスラーム共同体の友愛を促進する合言葉のようなものなので、ぴったりの訳語を見つけること自体が難しいと言えるかもしれません。
決まったジェスチャーは特に無し
アラブ世界に関しては、このサラームの挨拶と同時に行う「手を合わせてお辞儀をする」といった決まったしぐさはしません。ボリウッド映画に出てくるような「右手を上げて額(おでこ)に近づける」ということもしないです。
ネット辞書に英単語サラーム(Salaam)の意味として「イスラームの挨拶;深いお辞儀」と載っていたりしますが、アラブのイスラーム教徒は自分が頭(こうべ)を垂れるのは唯一神アッラーのみだと考えている人も多く、日本式のお辞儀あり挨拶を非常に嫌がることも珍しくありません。
アラブ式の挨拶は抱擁、握手、頬へのキスが基本です。本来これらは同性間に限るべき行為ですが、世俗主義や開放政策によって握手に関しては男女間でも行われるようになってきています。
文の構造
「アッ=サラーム・アライクム」の文の構造としては「アッ=サラーム」部分が主語(主部)で、「アライクム」部分が述語(述部)になります。
- ُاَلسَّلَام
[ ’as-salāmu ] [ アッ=サラーム ]
【定冠詞を語頭に伴った限定名詞・主格】平安、平和、安寧が;【神の称号】最も平安なる御方、平安者(たるアッラー)
▶語末の u は主格を示す母音で「アッ=サラーム」が主語であることを示します。
▶この語末の「u」は直後に息継ぎする時は発音せず m 音で止め [ ’as-salām ] [ アッ=サラーム ] としますが、直後に来るアライクムを息継ぎせずに続けて読むので u 音は省略せずに [ ’as-salāmu ] [ アッ=サラーム ] と発音します。- اَلْ
→ اَل
[ ’al- ] [ アル= ] → [ アッ= ]
【定冠詞】その~;(総称として)~というもの
▶英語のtheに似た使い方をします。定冠詞は単独で切り離して書かないのでサラームの語頭にくっつきます。
▶直後に定冠詞に含まれる ل [ l ] 音と発音場所が近い س [ s ] の子音が来るので同化が起こるため、「アル」ではなく「アッ」の発音に変化し、لْ の上についている小さな ○ 記号(スクーン)が取れます。そして「アル=サラーム」ではなく「アッ=サラーム」という発音に変わります。 - سَلَامُ
[ salāmu ] [ サラーム ]
【非限定名詞・主格】平安、平和、安寧が
▶定冠詞がつかない時は主格であることを示す u と非限定名詞であることを示す n がついて [ salāmun ] [ サラームン ] となりますが、ここでは定冠詞アルが語頭にくっついて限定されているので n は取れて [ salāmu ] [ サラーム ] とします。
- اَلْ
- عَلَيْكُمْ
[ ‘alaykum/‘alaikum ] [ アライクム ]
【前置詞+人称代名詞接続形】あなたたち(二人称・複数)の上に- عَلَى
[ ‘alā ] [ アラー ]
【前置詞】~の上に
▶後に人称代名詞接続形がくっつく時には عَلَيْـ [ ‘alay/alai- ]「アライ」の音に変わります。ـَيْـ [ -ay- ] 部分は実際には二重母音なので [ -ai- ] と英字表記されていることが多いです。 - ـكُمْ
[ -kum ] [ -クム ]
【人称代名詞・接続形(男性・複数)・属格(所有格)】あなたたちの
▶男性複数は3人以上の男性もしくは男女混合の集団を指します。كـ の字が二人称であることを、そして ـم の字が男性複数であることを示します。
▶アラビア語では相手が一人でも複数形を使うと尊敬(تَعْظِيم [ ta‘ẓīm ] [ タアズィーム ])表現になるのですが、ここではあまり関係が無く「あなたたち」となっているのにはもっと違った理由・背景があります。詳しくは下の方で紹介しています。
- عَلَى
アラビア語には英語の is に相当する語は無いので、「アッ=サラーム」(平安が)+「アライクム」(あなたたちの上に)であるという風に並べるだけで「平安があなたたちの上にあります」という意味になります。
ここは内容的にそうなりますようにと祈願する内容なので「平安があなたたちの上にありますように」と日本語訳します。英語だと「Peace be upon you.」や「May God’s peace be upon you.」などと訳されていることが多いです。
方言による口語日常会話での発音
[ ‘alaykum ] [ アライクム ] の「ay」部分は二重母音「ai」なので ‘alaikum と表記されていることも多いです。しかも英字表記では喉を使う音である ع を示す「‘」のような記号は省かれるのが普通なので、語頭がただの母音「ア」であるように感じられる Alaykum とか Alaikum とだけ書かれていたりします。
このアラビア語の二重母音 [ アイ ] は話し言葉で [ ei ] [ エイ ] や [ ē ] [ エー ] のような音に変わりやすいので、「アレイクム」や「アレークム」と聞こえることも多いです。
さらに口語風の読み方では [ -kum ] [ -クム ] の u が o に発音されて「アレイコム」や「アレーコム」になります。アラビア語の挨拶紹介で「アッ=サラーム・アレイコム」等と書かれていることがあるのはそのためです。(この程度の違いならアラビア文字上のつづりの違いはありません。)
日常会話では「サラーム・アレイクム」「サラーム・アレークム」のように定冠詞「アッ=」部分はほとんど聞こえなかったり、定冠詞無しのサラームを使った挨拶をしたりということもあります。
方言によっては定冠詞「アッ=」の「ア」部分が違う「エッ=」「イッ=」、人称代名詞「クム」(kum)が「コム」どころか「コー」(kō)になったりすることもあって、「エッサラーム・アレーコー」「イッサラーム・アレーコー」のように聞こえたりもします。(この場合はアラビア文字で السلام عليكو とつづられたりします。)
そうした口語発音から定冠詞が取れたりすると「サラームアレイコ」「サラームアレーコ」「サラムアレイコ」「サラムアレーコ」といった発音に。
イスラーム教徒の人が言うこの「アッ=サラーム・アライクム」ですが、定冠詞部分がはっきり読まれない、一気読みで m と ‘a がくっついて ma に近い発音に聞こえる、最後の -kum が -kun に聞こえる、日本語カタカナ表記では原音とは離れた省略が行われたりといった要素も加わったりで「サラマレクム」「サラマレイコン」「サラマレーコン」「サラマリコン」というカタカナ表記も見かけます。
「m」と「n」は最後に来ると区別がやや難しいこと、アラビア語でもレバノンなどの方言では「あなたたちの/を」を意味する「-クム」の発音が「-クン」~「-コン」になること、色々な言語でこの挨拶が使われていることなどからアラビア語とは違う響きに変化していたりすることから「アッサラームアライクン」「アッサラームアレイクン」「アッサラームアレークン」「アッサラームアライコン」「アッサラームアレイコン」「アッサラームアレーコン」などが使われている記事・ネット投稿も結構あるようです。
アラブ世界で国によってこのアッ=サラーム・アライクムが違った響きになったり、東南アジア諸国といったイスラーム諸国でだいぶ縮まった発音に聞こえたりするのはこのような事情によります。
短いバーション
定冠詞無しの「サラーム・アライクム」
サラームに定冠詞のつかないバージョンもあります。
سَلَامٌ عَلَيْكُمْ
[ salāmun ‘alaykum/‘alaikum ] [ サラームン・アライクム(/会話時省略発音:サラーム・アライクム) ]
平安があなたたちの上にありますように
はクルアーンの中でも複数回登場していて、イスラームを心から信じ・実践するする信徒らに対し「あなたたちに対して平安があるように」と神の側からメッセージを伝える際に使われた文言でもあったとのこと。現代でもアッ=サラーム・アライクムの定冠詞無しバージョンとして使われるなどしています。
イスラーム法学者の見解によると二人称複数を使った سَلَامٌ عَلَيْكُمْ [ salāmun ‘alaykum/‘alaikum ] [ サラームン・アライクム ](平安があなたたちの上にありますように)や二人称単数を使った
- سَلَامٌ عَلَيْكَ
[ salāmun ‘alayka/‘alaika ] [ サラームン・アライカ(/会話時省略発音:サラーム・アライカ) ]
男性相手:平安があなたの上にありますように - سَلَامٌ عَلَيْكِ
[ salāmun ‘alayki/‘alaiki ] [ サラームン・アライキ(/会話時省略発音:サラーム・アライキ) ]
女性相手:平安があなたの上にありますように
を使っても良いとのこと。
なお سَلَامٌ عَلَيْكُمْ [ salāmun ‘alaykum/‘alaikum ] [ サラームン・アライクム ] は最後の審判を経て楽園(天国)に住むことが許された人々に天使らが挨拶する時の言葉としてクルアーンに登場していることが記されており、イスラーム法学的にも根拠がはっきりしている表現となっています。
日常会話での省略版~サラームのみ
سَلَام
[ salām ] [ サラーム ]
平安を、平安あれ、平安がありますように
方言による口語の会話だと「平安」という部分の名詞しか言わない省略バージョンがあります。
ペルシア語をやっている方、インド映画が好きでイスラーム教徒の登場人物などが口にするせりふとして覚えている方などはこちらの「サラーム」によりなじみがあるのではないでしょうか。
ネットでは「アッ=サラーム・アライクムじゃないただのサラームはペルシア語の挨拶でイラン人の言い方。アラブ人は言わないからアラビア語には無い挨拶。」と書かれているのを見かけたことがあるのですが、アラビア語圏の複数地域で日常会話に使われています。
日常会話におけるくだけた言い方として「平安があなたたちの上にありますように」の「平安」という名詞しか残っていないものなので、意訳すれば「平安あれ」「平安を」みたいになるかと思います。
それでもイスラーム教徒同士の挨拶であることには変わりがないので、イスラーム教徒である話者側が「この人はイスラーム教徒」と知っている時や外見などから「この人たぶんお仲間だと思う」と推測した時に使うのが基本なのは同じです。
なお、方言によって「サラーム」の発音はまちまちです。方言によってラー部分がレーに近くなるため「サラェアーム」とか「サレーム」に聞こえたりすることも。
またアラビア語圏の日常会話ではアッ=サラーム・アライクムの丁寧バージョンに使うパーツをつけて
سَلَام وَرَحْمَة
口語発音:[ salām wa raḥma ] [ サラーム・ワ・ラフマ ] など
平安を、そして(神の)ご慈悲を
سَلَام وَرَحْمَة الله
口語発音:[ salām wa raḥmato-llā/raḥmato-lla ] [ サラーム・ワ・ラフマトッラ(ー) ] など
平安を、そしてアッラーのご慈悲を
なとどするくだけた言い回しも使われています。
返事をする側
وَعَلَيْكُمُ ٱلسَّلَامُ
[ wa-‘alaykumu/‘alaikumu-s-salām(u) ]
[ ワ・アライクム・ッ=サラーム ]
ワ・アライクムッサラーム
あなたたちの上にも平安がありますように(And peace be upon you too.)
母音記号が無い場合は وعليكم السلام になります。
意味
こちらが「アッ=サラーム・アライクム」に対する返事です。意味は「(そして)あなたたちの上に平安がありますように」「あなたたちの上にも平安がありますように」です。英語だと「And peace be upon you too.」などと訳されています。
接続詞「ワ」の後に、「アッ=サラーム・アライクム」の語順を入れ替えたものを続けます。内容的には全く同じで上の挨拶をひっくり返した倒置構造のような感じになっています。
- وَ
[ wa ] [ ワ ]
【接続詞】~と、そして
▶基本用法は英語の and とだいたい同じ感じです。この接続詞 وَ [ wa ] [ ワ ] は次の語とスペースを空けて書かれていることが多いですが、正書法・正字法ではスペース無しでつづるのが正しいです。なので و عليكم السلام と文中にスペースを2個置くのではなく وعليكم السلام とアライクムの直後に1個だけ入れるのが正確な表記になります。 - عَلَيْكُمُ
[ ‘alaykumu/‘alaikumu ] [ アライクム ]
【前置詞+人称代名詞接続形】あなたたち(二人称・複数)の上に
▶元々 [ ‘alaykum/‘alaikum ] [ アライクム ] と読むところが [ ‘alaykumu/alaikumu ] [ アライクム ] と母音 u つきになっているのは、次の語とそのままでつなげ読みしてしまうと「-kum–s–sa-」とアラビア語では許されない子音の3連続が起きてしまうのでそれを回避する必要があるためです。ここでは母音の u 音を補って「-kumu–s–sa-」とします。 - ٱلسَّلَامُ
[ -s-salām(u) ] [ ッ=サラーム ]
【定冠詞を語頭に伴った限定名詞・主格】平安、平和、安寧が
▶最初の挨拶と違い、こちらでは「アッ=サラーム」が文末に来るので本来 m の字についている主格を表す母音 u は読まないのが一般的です。なので括弧で囲んであります。
▶定冠詞語頭の [ ’a ] [ ア ] 部分は前に息継ぎ無しで別の語が来る時は読まないので、「ワ・アライクム・アッ=サラーム」ではなく「ワ・アライクム・ッ=サラーム」となります。ٱ の上にあるしずくのような形の記号はその部分を読み飛ばすという印になります。
直訳は「そしてあなたたちの上に平安があります」ですが、こちらもそうなることを願っている祈願文なので「そしてあなたたちの上にも平安がありますように」と訳します。
補足:定冠詞の音の脱落と母音uの追加
「アライクム」の後が「アッ=サラーム」ではなく「ッ=サラーム」となるのは、アラビア語の定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ] の最初にある [ ’a ] [ ア ] の音が前の語と息継ぎせずに一気読みする場合には脱落するためです。途切れずに読む場合は「ワ・アライクム・アッ=サラーム」ではなく「ワ・アライクムッサラーム」とします。
wa-‘alaykum/‘alaikum+’as-salām(u)
ワ・アライクムとアッ=サラームをただ並べた状態です。赤い部分の発音が省略されます。-ッ=サラーム [ -s-salām(u) ] の語末にある主格を表す母音 (u) は文語(フスハー)会話でも発音が省略されるのが普通です。一気読みして息継ぎする箇所にある格を示す母音を読まないワクフという方法です。
↓
wa-‘alaykum/‘alaikum–s–salām(u)
定冠詞の [ ’a ] [ ア ] の音を落とすと、m-s-sと子音が3つ連続します。アラビア語ではこうした子音連続は許されないので、m の後に発音の補助となる u の音を補います。
↓
wa-‘alaykum/‘alaikumu-s-salām(u)
これで「ワ・アライクムッサラーム」の正確な英字表記が完成です。
少し長いバージョン~平安&神のご慈悲を祈願
先に言う側
اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ وَرَحْمَةُ ٱللهِ
[ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum wa raḥmatu-llāh(i) ]
[ アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトゥ・ッラー(ヒ) ]
アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトゥッラー
平安、そして神のご慈悲があなたたちの上にありますように
発音
日常の文語会話では語末の部分は「ラフマトゥッラーヒ」ではなく「ラフマトゥッラー」に近く聞こえることがほとんどです。
また口語会話になると「ラフマトゥッラ」「ラフマトッラ」「ラハマトッラ」のように短くなって聞こえる感じとなり、アクセント位置が「ラフマトゥッラーヒ」部分から「ラフマトッラ」に移るなどします。方言によってはイントネーションが違って聞こえることも。
意味
基本の挨拶「アッ=サラーム・アライクム」を言ってから、主語である「アッ=サラーム」(平安)に補足する形で「~がありますように」と祈願する項目を増やします。
- رَحْمَةُ ٱللهِ
[ raḥmatu-llāh(i) ] [ ラフマトゥ・ッラー(ヒ) ]
【属格(所有格)構文・1語目が主格】アッラーのご慈悲が
▶文頭の主語「アッ=サラーム」を英語の and に相当する接続詞「ワ」でつないでいるので、引き続きこちらも主語相当ということで格を合わせ主格にします。- رَحْمَةُ
[ raḥmatu ] [ ラフマトゥ ]
【名詞】慈悲、慈愛、哀れみが
▶後ろから名詞「アッラー(フ)」の属格(所有格)支配を受けているので、単体の時の発音 رَحْمَةٌ [ raḥma(h) ] [ ラフマ ](語末まで全部読むと [ raḥmatun ] [ ラフマトゥン ])とは違い、語末が t 音となった上で非限定名詞を示す n 音(タンウィーン)無しの主格母音 u がつきます。 - ٱللهِ
[ -llāh(i) ] [ -ッラー(ヒ) ]
【名詞・属格(所有格)】アッラーの
▶アッラーの「ア」は定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル= ] の「ア」と同様に前に他の語が来ると発音されません。なので [ ’allāh(i) ] [ アッラー(ヒ) ] ではなく [ -llāh(i) ] [ -ッラー(ヒ) ] になります。ٱ の上にあるしずくのような形の記号はその部分を読み飛ばすという印になります。
▶語末には属格(所有格)であることを示す母音 i がつきますが、挨拶の最後で息継ぎをする部分なので通常は [ hi ] [ ヒ ] と読まず [ h ] までで止めます。その場合は「アッラーヒ」とははっきり発音せず、子音だけの h を軽く添えます。「ッラーヒ」というよりは「ッラーハ」か「ッラーフ」に近く聞こえるかもしれません。
▶アッラーの l 音は直前に母音 u が来ているので普通の l とは違う重たくこもったような l の音になります。軽い「ラフマトゥッラーヒ」ではなく重々しく「ラフマトゥッロァーヒ」に近く発音します。
- رَحْمَةُ
返事をする側
وَعَلَيْكُمُ ٱلسَّلَامُ وَرَحْمَةُ ٱللهِ
[ wa-‘alaykumu/‘alaikumu-s-salāmu wa raḥmatu-llāh(i) ]
[ ワ・アライクムッ=サラーム・ワ・ラフマトゥ・ッラー(ヒ) ]
ワ・アライクムッ=サラーム・ワ・ラフマトゥッラー
あなたたちの上に平安、そして神のご慈悲がありますように
相手の挨拶により丁寧に返すことがイスラームで推奨されているため、短い基本バージョン اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ [ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum ] [ アッ=サラーム・アライクム ](平安があなたたちの上にありますように)の返事として使われることも多いです。
さらに長くしたパターン~平安&神のご慈悲+祝福を祈願
先に言う側
اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ وَرَحْمَةُ اللهِ وَبَرَكَاتُهُ
[ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum wa raḥmatu-llāhi wa barakātuh(u) ]
[ アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトゥ・ッラーヒ・ワ・バラカートゥフ ]
アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトゥッラーヒ・ワ・バラカートゥフ
平安そして神のご慈悲と祝福があなたたちの上にありますように
発音
上で紹介した挨拶とは違い読み終わりの文末ではなく息継ぎをしない文中に位置が変わるので、「ラフマトゥッラー」ではなく「ラフマトゥッラーヒ」と読み上げることが一般的になります。
一番最後は「hu」ではなく「h」音で止める読み方が一般的で、その場合ははっきりとした「フ」ではなくほんの少し軽く「フ」が聞こえる程度になります。そのため「バラカート」に近く聞こえやすいです。
この語末の接続形人称代名詞「h(u)」部分は口語(話し言葉、方言)で違う発音になることが多く、レヴァント地方~エジプト付近では [ barakāto ] [ バラカート ]、アラビア半島~イラク付近では [ barakāta ] [ バラカータ ](これの発音がさらに変化した [ barakāte ] [ バラカーテ ] なども)のように聞こえるといった傾向があります。
意味
基本の挨拶「アッ=サラーム・アライクム」を言ってから、主語である「アッ=サラーム」(平安)に補足する形で「~がありますように」と祈願する内容を「神のご慈悲」+「神の祝福」と2個加えるバージョンです。
- بَرَكَاتُهُ
[ barakātuh(u) ] [ バラカートゥフ ]
【名詞+人称代名詞接続形・フの前が主格】アッラーの祝福が
▶最後の「フ」は日常会話では母音無しで「h」で止めるのではっきりと「バラカートゥフ」とは聞こえず「バラカートゥフ」と軽く小さく発音されることが多いです。- بَرَكَاتُ
[ barakātu ] [ バラカートゥ ]
【女性名詞・複数形・主格】(いくつもの、数々の)祝福が
▶بَرَكَة [ baraka(h) / baraka(tun) ] [ バラカ(トゥン) ](祝福)の複数形です。単独では [ barakāt(un) ] [ バラカート(ゥン) ] と発音しますが、後ろから属格(所有格)支配を受けているので非限定名詞であることを示す n 音は消失。主格を示す u 音が語末について [ barakātu ] [ バラカートゥ ] となっています。
▶ - ـهُ
[ -hu ] [ -フ ]
【人称代名詞接続形・三人称単数・属格】彼の~
▶既に直前で一度 اللهِ [ (’a)llāhi ] [ (ア)ッラーヒ ] と唯一神アッラーの名称が出ているので、ここでは繰り返しをせず「彼の」という人称代名詞接続形を بَرَكَاتُ [ barakātu ] [ バラカートゥ ] にくっつけて済ませます。
▶ここでは属格(所有格)で前にある祝福という意味の名詞にかかります。
- بَرَكَاتُ
返事をする側
وَعَلَيْكُمُ ٱلسَّلَامُ وَرَحْمَةُ اللهِ وَبَرَكَاتُهُ
[ wa-‘alaykumu/‘alaikumu-s-salāmu wa raḥmatu-llāhi wa barakātuh(u) ]
[ ワ・アライクムッ=サラーム・ワ・ラフマトゥ・ッラーヒ・・ワ・バラカートゥフ ]
ワ・アライクムッ=サラーム・ワ・ラフマトゥッラー・ワ・バラカートゥフ
あなたたちの上に平安、そして神のご慈悲と祝福がありますように
相手の挨拶により丁寧に返すことがイスラームで推奨されているため、短い基本バージョン اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ [ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum ] [ アッ=サラーム・アライクム ](平安があなたたちの上にありますように)などの返事として使われることも多いです。
イスラームにおけるサラーム挨拶の位置づけ・マナー
アッラーの報奨を得て天国に行くことができる善行
クウェートの国語eラーニング動画です。第6学年(グレード6)の授業に出てくる『サラームを広めること』という文章では、「アッ=サラーム・アライクム」は天国に住まう人々の挨拶でもあり積極的に交わし友愛を促進することでアッラーからの報奨を得られること、お互いに多くのサラームを言い合うことで天国への道が築かれることが紹介されています。
アッ=サラーム・アライクムが単なるこんにちはではなく宗教的に意義のある推奨された行為であることは、このようにしてアラブ人そしてイスラーム教徒らに子供時代から教えられています。
先にサラーム挨拶をすべきなのはどんな立場の人?
「アッ=サラーム・アライクム」のマナーに関する動画です。サラームの挨拶はお互いの良好な関係を築き平和を広めるために多用すべきであること、知っている人だけではなく見知らぬ人にも挨拶することの大切さ、信徒同士が居合わせた時にどちらがどういう風に声をかけるか、といった事項が紹介されています。
أَفْشُوا السَّلَامَ بَيْنَكُمْ
[ ’afshu-s-salāma baynakum/bainakum ] [ アフシュ・ッ=サラーマ・バイナクム ]
サラーム(平和・平安)をあなたたちの間に広めなさい
という預言者ムハンマドの言葉も残されるなど信徒間が友愛の気持ちを抱きそれを広め合うことが推奨されており、サラームの挨拶をすることでアッラーからの報奨が得られることが預言者言行録にも残されているとか。
サラームの声がけには
- 年少者から年長者に向かって挨拶する
- 乗り物に乗っている人から歩いている人に向かって挨拶する
- 歩いている人から座っている人に向かって挨拶する
- 少人数側から大人数側に向かって挨拶する
- 対等な者同士であれば、先にサラームを言い出した方がより良い(وَخَيْرُهُمَا الَّذِي يَبْدَأُ بِالسَّلَامِ)
*動画では فَخَيْرُهُمَا となっていますが一般的なフレーズに従い当方で接続詞を1字書き換えました。なお先にサラームを言いだした方がベターだというのは預言者言行録(ハディース)に登場する話で、「イスラーム教徒同士は3晩(3日間)言葉を交わさず会ってもそっぽを向き合ったままでいることは許されない。先にアッ=サラーム・アライクムの挨拶をして沈黙を破った方が片方よりも善い人だ。」といった趣旨。
といったマナーがあり、預言者ムハンマドの言葉や後代の法学者の見解によって様々な指針が示されている模様です。
サラーム挨拶の種類や得られる報奨の数、おはよう・こんばんはとの違い
サウジアラビアで作成された子供向けの教育アニメです。サラームの挨拶の意義や種類などを紹介する小学校の授業という形で子供視聴者らにイスラームの教えが伝えられる、という趣旨のビデオになっています。
冒頭で転入生がまだ知り合っていない在校生に「アッ=サラーム・アライクム」と声をかけるシーンから始まります。道端に座っていた少年2人は「彼のこと知ってる?」「ううん、知らない」と不思議がり、全く面識が無い人からサラームの挨拶をされた理由について先生から教えてもらいます。
預言者ムハンマドの言行録(ハディース)を通じて、イスラーム教徒はお互いに愛し合わない限り天国には入れないこと、仲良くなり友愛を促進する上でサラームの挨拶を広める行為が重要であることを説明する先生。
そしてサラームの挨拶には複数種類がありどれを言うのが良いのか男子生徒が質問。
サラームを含む挨拶の中でも「アッ=サラーム・アライクム」にはアッラーからの報奨が10個、それよりも長い「アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトッラー(ヒ)」には報奨が20個、「アッ=サラーム・アライクム・ワ・ラフマトゥッラーヒ・ワ・バラカートゥフ」には報奨が30個という風に、丁寧に挨拶すればするほど神様からのご褒美が増えるという預言者ムハンマドの言葉(ハディース)があることを先生が紹介。丁寧なサラームの挨拶になればなるほど善行ポイントがたくさん貯まるのだということが説明されます。
違う挨拶
- صَبَاحُ الْخَيْرِ
[ ṣabāḥu-l-khayr/khair ] [ サバーフ・ル=ハイル ]
*語末まで全部読むと [ ṣabāḥu-l-khayri/khairi ] [ サバーフ・ル=ハイリ ]
おはようございます - مَسَاءُ الْخَيْرِ
[ masā’u-l-khayr/khair ] [ マサーウ・ル=ハイル ]
良い夕を、こんばんは
*語末まで全部読むと [ masā’u-l-khayri/khairi ] [ マサーウ・ル=ハイリ ] - أَهْلًا وَسَهْلًا
[ ’ahlan wa sahlan ] [ アフラン・ワ・サフラン(実際はアハラン・ワ・サハランに近い発音) ]
ようこそ(もしくは英語のHelloなどに近いこんにちは、どうも系挨拶として使用
をしている人もいますが、と先生に尋ねる生徒。
それに対し先生は、預言者ムハンマドも朝や夕の「おはようございます」「こんばんは」のような挨拶をしていたこと、しかし相手が「アッ=サラーム・アライクム」と言ってきた時は「おはようございます」「ごんばんは」類で返してはならずきちんと同等のサラームを使った挨拶で返事をしなければならないと注意を促しています。
その根拠として最後に流れるクルアーンの朗誦は第4章の86節で
وَإِذَا حُيِّيتُمْ بِتَحِيَّةٍ فَحَيُّوا بِأَحْسَنَ مِنْهَا أَوْ رُدُّوهَا ۗ إِنَّ اللهَ كَانَ عَلَى كُلِّ شَيْءٍ حَسِيبًا |
あなたがたが挨拶された時は、さらに丁重な挨拶をするか、または同様の挨拶を返せ。誠にアッラーは凡てのことを清算なされる。 |
というもの。
*「おはようございます」「こんばんは」は「アッ=サラーム・アライクム」よりも軽い挨拶なので、「アッ=サラーム・アライクム」と相手に言われた時の返事に使ってはいけないというマナーがこの聖句が裏付けているというくだりになります。
異教徒に対する返事
異教徒の人から「アッ=サラーム・アライクム」と挨拶されたらムスリムの側はどうすべきか、についてはイスラーム法学者の意見も分かれる模様です。
ワ・アライクム・ッ=サラーム
特に日本人学習者側の宗教云々や異教徒に対する返事の仕方にこだわらない人は、そのままイスラーム教徒同士がする時と同じ返事を返してきます。
全員ではありませんがたいていはこのパターンだと思います。
ワ・アライカ・ッ=サラーム
アッ=サラーム(平安)という語を使うものの、相手の宗教共同体全体ではなく挨拶をしてくれた個人に対してのみ平安を祈って返すパターンです。これも預言者言行録を根拠としての返事パターンだとのことです。
- وَعَلَيْكَ السَّلَامُ
[ wa ‘alayka/‘alaika-s-salām(u) ] [ ワ・アライカ・ッ=サラーム ]
男性相手:そして貴男の上にも平安がありますように - وَعَلَيْكِ السَّلَامُ
[ wa ‘alayki/‘alaiki-s-salām(u) ] [ ワ・アライキ・ッ=サラーム ]
女性相手:そして貴女の上にも平安がありますように
アラビア語は人称代名詞が性別や数によって変わります。例文にもある通り、アライカは「(男性単数の)あなたの上に」でアライキは「(女性単数の)あなたの上に」です。
こちらの挨拶ですが、回数は多くないものの管理人も何度か見かけたことがある返事です。この返事が返ってくると「あ、こちらが異教徒であることを認識した上で選んで返事をくれたんだな。イスラーム面でそういうルールを真面目に守っている人なんだろうな。」とわかる感じです。
ワ・アライクム
基本的に「アッ=サラーム・アライクム」に対して「ワ・アライクムッサラーム」と同じサラーム(平安)という単語を含む返事を返すのはムスリム同士とされています。
イスラーム共同体は初期の頃からこの挨拶を交わしていましたが、預言者ムハンマドを良く思わなかった異教徒側が彼やその仲間に対して「アッ=サラーム・アライクム」に似た響きの
- اَلسَّامُ عَلَيْكُمْ
[ ’as-sāmu ‘alaykum/‘alaikum ] [ アッ=サーム・アライクム ]
死がお前たちの上にあらんことを
*アッ=サラーム・アライクムにそっくりですが、意味は「お前たちなど死んでしまえ」というとんでもない内容なので言い間違い・書き間違いに要注意です。- سَام
[ sām ] [ サーム ]
【名詞・主格】死
▶مَوْت [ mawt/maut ] [ マウト ] と同じ意味。発音記号無しだと سَامٌّ [ sāmm ] [ サーンム ](毒のある、有毒な)と同じつづりになりますが預言者ムハンマド一行が投げかけられた言葉は「死」を意味する違う語根の名詞になります。
- سَام
- اَلسَّامُ عَلَيْكَ
[ ’as-sāmu ‘alayka/‘alaika ] [ アッ=サーム・アライカ ]
死がお前の上にあらんことを
という嫌がらせの言葉を投げかけていたといいます。預言者の妻アーイシャが憤って思わず「あなたたちの上に(こそ)死と呪いあれ」と言い返してしまったところ預言者ムハンマドはそれをたしなめ、自分は(罵詈雑言の応酬はせず)ただ単に
- وَعَلَيْكُمْ
[ wa ‘alaykum/‘alaikum ] [ ワ・アライクム ]
そしてあなたたちの上にも(あらんことを)
と答えているのだ、と伝えたとされています。
預言者言行録にはキリスト教徒やユダヤ教徒に対して「アッ=サラーム・アライクム」の挨拶はしないという言葉も残されており、これらを根拠としてムスリム同士の挨拶である「アッ=サラーム・アライクム」を異教徒から言われた場合にはただ「アライクム」とのみ答える慣習ができたようです。
こちらのサラーム挨拶に異教徒相手専用の返事をされた場合
イスラーム諸国でも比較的まれではありますが日本人学習者に対してこの方式で返事を返す人がいます。
「異教徒の人にはできればアッ=サラーム・アライクムは言ってほしくない」「イスラーム教徒だけの挨拶だ」「異教徒から言われてもイスラーム教徒同士の時と同じ返事はしちゃいけない」といったその人の宗教的なスタンスが反映される挨拶なので、明言こそしないものの「わあイスラームの挨拶知ってるんだね!」「どこで覚えたの?」「すごい!」とは喜んではいないサインだとも言えます。
「ワ・アライクム」もしくはクムの部分を単数形にした「ワ・アライカ」「ワ・アライキ」しか言われなかった場合はその人が異教徒とはサラームの挨拶を交わしてはならないという戒律を守っていることの表れであるため、こちら側から気付いて次回以降違う方式の非イスラミックな挨拶を検討する必要があるかもしれません。
どう挨拶するのが良いのかわからない場合は、相手か他の人に相談して教えてもらうのが良いのではと思います。地域によりバリエーションがあるので地元の人に聞くのがおすすめです。
アッ=サラーム・アライクムに関する色々な話題
サラームとは何のことを指しているのか?
サラームは神が与える平和、そして唯一神アッラーそのもの
「イスラームは平和の宗教」といった説明がしばしばなされていること、日本では神が介在することでもたらされる平和・平安・安寧という概念が希薄であることから「アッ=サラーム・アライクムは世界の平和を祈願する挨拶」「アッ=サラーム・アライクムは相手のために幸せを祈る言葉」といった説明に終わりがちです。
しかしイスラームにおけるサラームはキリスト教の教会などでも説かれる「神の平和」「主の平和」に相当するもので、「唯一神アッラーが信徒らと共にあり、彼らに平和・平穏・安寧・健康・幸福を与えて下さる」という人対人とはちょっと違った内容を指しています。
またイスラームでは唯一神アッラーの数ある属性名・通称・二つ名の中に
اَلسَّلَام
[ ’as-salām ] [ アッ=サラーム ]
平安、平和、安寧;最も平安なる御方、平安者(たるアッラー)
というものがあることから、「アッ=サラーム・アライクム」が「唯一神アッラーによってイスラーム教徒たちがあらゆる害悪・不幸・病気・地獄の業火などから守られますように」以外に「アッラーが信徒らを見守り気にかけてくださっている」ことを表していると解釈する法学者らもいるとのことです。[ ソース ]
日常生活における「サラーム」の色々な語義
アラビア語の سَلَام [ salām ] [ サラーム ] は色々な意味を持っており、
- 平安、平和
- 安寧
- 健康、無事
- (定冠詞アルを伴い神の称号として)最も平安なる御方、平安者(たるアッラー)
- 挨拶
- (直後に”国の”、”王国の”といった形容詞を伴って)国歌
などと使われ方は多岐にわたります。
現代アラビア語では英語の「Say hello to ~」(~によろしく言っておいて、~に挨拶をよろしく)に対応する言い回しとして
بَلِّغْ سَلَامِي لِ
[ balligh salāmi li-~ ] [ バッリグ・サラーミー・リ-~ ]
【相手が男性の時の語形】直訳:~に私の(/からの)挨拶を伝えてください
بَلِّغِي سَلَامِي لِ
[ ballighī salāmi li-~ ] [ バッリギー・サラーミー・リ-~ ]
【相手が女性の時の語形】直訳:~に私の/からの挨拶を伝えてください
などもあります。ちょうど「hello」の部分を「(サラームの)挨拶」に置き換えたもので、ここでのサラームは「平和、平安;安寧;無事」と訳すのではなく「挨拶」とするのがベターな部分で、もっと意訳をすると「よろしく伝えて」に近いニュアンスになります。
アッ=サラーム・アライクム ≠ こんにちは
あらゆるシーンで交わされ、「こんにちは」「こんばんは」よりも重要な地位を占める
アラビア語学習書の挨拶コーナーで必ず出てくるのがこの「アッ=サラーム・アライクム」です。本によっては「こんにちは」と訳がついていることもありますが、厳密にはそうした意味はありません。
元々イスラーム共同体内の仲間がお互いに平安を願い合うために使い始めたもので、「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」のような時間と結びついた意味合いは持ち合わせていません。ムスリム同士が色々なシーンで交わす挨拶なので朝・昼・晩全ての時間帯、あらゆる場所において使われます。
アラビア語の教科書では会話スキットの場面と時間帯に合わせて「こんにちは」と書いてあるだけで、文字通り訳すならば「あなたたちの上に平安がありますように」と祈念している内容となります。
別れ際やテレビ番組を終える締めの挨拶などとしても使っており、「こんにちは」で訳すのが明らかに不適切なシーンも少なくありません。
またイスラーム関連の規定・記事などにおいても「アッ=サラーム・アライクム」が「おはよう」「こんばんは」系の挨拶とは異質かつよりまさっていることが示されており、決して同質・同等のものではないことを物語っています。
日本語で対応している語を挙げるなら「こんにちは」ではなく「ごきげんよう」の方が近いかもしれません。
アラビア語における昼間の挨拶「こんにちは(良い昼を)」
昼間専用の挨拶ですがアラビア語では別にあり、
- نَهَارُكُمْ سَعِيدٌ
[ nahārukum sa‘īd ] [ ナハールクム・サイード ]
あなたたちの昼が幸せなものとなりますように - طَابَ نَهَارُكُمْ
[ ṭāba nahārukum ] [ ターバ・ナハールクム ]
あなたたちの昼が良きものとなりますように - أَسْعَدَ اللهُ نَهَارَكُمْ
[ ’as‘ada-llāhu nahārakum ] [ アスアダ・ッラーフ・ナハーラクム ]
アッラーがあなたたちの昼を幸せにしてくださいますように
などが英語の Good afternoon に近いです。
相手が一人なのに「あなたたちの上に」と複数形を使う理由
アラビア語では相手が1人の時に複数形にすると尊敬表現になるが…
アラビア語では相手が1人でも複数形を使うと尊敬ー تَعْظِيم [ ta‘ẓīm ] [ タアズィーム ] ー 表現になります。相手が男性1人の時に
- أَنْتَ [ ’anta ] [ アンタ ](あなた)
→ أَنْتُمْ [ ’antum ] [ アントゥム ](あなたたち;あなた様) - عَلَيْكَ [ ‘alayka/‘alaika ] [ アライカ ](あなたの上に)
→ عَلَيْكُمْ [ ‘alaykum/‘alaikum ] [ アライクム ](あなたたちの上に;あなた様の上に)
という感じで尊敬表現にする用法があるのですが、اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ [ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum ] [ アッ=サラーム・アライクム ](アッ=サラーム・アライクム、平安があなたたちの上にありますように)に関してもそれが理由で複数形が使われているのかというと実は違ったりします。
アッ=サラーム・アライクムが複数形「あなたたち」な理由とは?
アラビア語でイスラーム法学者の意見を紹介したQ&A(ファトワー)サイトを調べてみると詳しく経緯が説明されており、違った理由で二人称・複数形が使われているのがわかります。
サウジアラビアの法学者ビン・バーズ(イブン・バーズ)師(故人)によるサラームの挨拶に関する規定の解説
بن بَاز (اِبْن بَاز) [ bin bāz / ’ibn bāz ] [ ビン・バーズ/イブン・バーズ ] 師
『من: (باب كيفية السلام)』
(サラームの方法の章より)
ここに相手が1人の時(*母音記号がついていないこと、例として二人称・男性・単数が挙げられているので当方で女性の場合とに分けてあります)は
- اَلسَّلَامُ عَلَيْكَ
[ ’as-salāmu ‘alayka/‘alaika ] [ アッ=サラーム・アライカ ]
【相手が男性1人の時】アッ=サラーム・アライカ
平安があなたの上にありますように - اَلسَّلَامُ عَلَيْكِ
[ ’as-salāmu ‘alayki/‘alaiki ] [ アッ=サラーム・アライキ ]
【相手が女性1人の時】アッ=サラーム・アライキ
平安があなたの上にありますように
という風に挨拶をすることも差し支え無いが、複数形にして
- اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ
[ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum ] [ アッ=サラーム・アライクム ]
【語形としては相手が複数の時】アッ=サラーム・アライクム
平安があなたたちの上にありますように
とするのがより好ましいと書かれています。
預言者ムハンマドの時代に二人称・単数の形で「アッラーの使徒様、アッ=サラーム・アライカ」と挨拶していた信徒がいたとの記録も残っているそうですが、二人称・複数がより良いということもあってか実際のところアラブ人もイスラーム諸国の信徒たちも「アッ=サラーム・アライクム」と複数形メインで挨拶し合っている状況です。
なおアラブのメディアではドラマやアニメを見ていると単数形の「アッ=サラーム・アライカ」を耳にすることがあります。使用頻度が高いのは宗教機関の校閲が入っており文語アラビア語面でのこだわりが見られる作品だという印象です。
「アライカ」や「アライキ」を使ったサラーム挨拶を聞きたい方はラマダーンに放送されるイスラームアニメをチェックされると良いかもしれません。これらの作品にはイスラーム以前のジャーヒリーヤ時代の多神教徒アラブ人らが行っていたという عِمْتَ صَبَاحًا [ ‘imta ṣabāḥan ] [ イムタ・サバーハン ](おはようございます)や عِمْتَ مَسَاءً [ ‘imta masā’an ] [ イムタ・マサーアン ](こんばんは)などもよく出てきます。
ビン・バーズ(イブン・バーズ)師による単数形でのサラームに関する質問への回答
بن بَاز (اِبْن بَاز) [ bin bāz / ’ibn bāz ] [ ビン・バーズ/イブン・バーズ ] 師
『حكم قول “السلام عليك” بالإفراد』
(アッ=サラーム・アライカと単数で言うことの規定)
一般信徒からの質問内容:
相手が1人の時に単数形で اَلسَّلَامُ عَلَيْكَ [ ’as-salāmu ‘alayka/‘alaika ] [ アッ=サラーム・アライカ ](平安があなたの上にありますように)と挨拶しても良いでしょうか?
ビン・バーズ(イブン・バーズ)師の回答:
単数形でも構わないが、預言者ムハンマド様はたいていの場合複数形で اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ [ ’as-salāmu ‘alaykum/‘alaikum ] [ アッ=サラーム・アライクム ](平安があなたたちの上にありますように)とおっしゃっていたので、複数形の方がより好ましい。
「両肩にいる記録係の天使たちに向かって挨拶しているから」説
イスラーム共同体の挨拶「アッ=サラーム・アライクム」があなた方の上にという複数形相手の形で言うことが広く行われている理由については、「イスラーム教徒の両肩にはそれぞれ天使が1人ずつついており、善行を記録する右肩の天使と悪行を記録する左肩の天使にそれぞれに向かって挨拶しているから複数形を使う」という説明がなされることがあります。
これは主に礼拝している時の顔を右に向けて「アッ=サラーム・アライクム」、左に向けて「アッ=サラーム・アライクム」と言う動作について語られることで、なぜ左右に挨拶をするのか、どうして複数形なのかという疑問点に答える形となっています。
なお2人の天使の名称として رَقِيب [ raqīb ] [ ラキーブ ] と عَتِيد [ ‘atīd ] [ アティード ] が知られていますが、ラキーブが右肩の天使の名称でアティードが左肩の天使の名称という説は不正確でありクルアーンの文言に従うならば両肩でそれぞれ行いを記録している天使のコンビそれぞれが共有している属性名なのだとか。[ ソース ]
アッ=サラーム・アライクムの挨拶を最初に言い出したのは誰か?
預言者ムハンマドの言行録(ハディース)によると、アッラーが最初の人間アーダム(アダムに相当)を創造した際にサラームの挨拶をするよう命じたといいます。
لَمَّا خَلَقَ اللهُ تَعَالَى آدَمَ عَلَيْهِ السَّلَامُ قَالَ: اِذْهَبْ فَسَلِّمْ عَلَى أُولٰئِكَ -نَفَرٍ مِنَ الْمَلَائِكَةِ جُلُوسٌ- فَاسْتَمِعْ مَا يُحَيُّونَكَ، فَإِنَّهُ تَحِيَّتُكَ وَتَحِيَّةُ ذُرِّيَّتِكَ. فَقَالَ: اَلسَّلَامُ عَلَيْكُمْ فَقَالُوا: اَلسَّلَامُ عَلَيْكَ وَرَحْمَةُ اللهِ، فَزَادُوهُ: وَرَحْمَةُ اللهِ |
When Allah created Adam (ﷺ), He said to him: ‘Go and greet that company of angels who are sitting there – and then listen to what they are going to say in reply to your greetings because that will be your greeting and your off-spring’s.’ Adam (ﷺ) said to the angels: ‘As-Salamu ‘Alaikum (May peace be upon you).’ They replied: ‘As-Salamu ‘Alaikum wa Rahmatullah (May peace be upon you and the Mercy of Allah).’ Thus adding in reply to him: ‘wa Rahmatullah (and the Mercy of Allah)’ to his greeting.” |
ソース:https://sunnah.com/riyadussalihin:845
このハディースによると、アッラーが作られたばかりのアーダムに命じ神の近くで座っていた天使たちに挨拶をし、彼らがどんな風に挨拶をするのか聞いてくるよう促したといいます。
アーダムや彼の子孫らの挨拶になるであろうとアッラーから伝えられたのがサラームを使ったフレーズで、アーダムが「平安があなた方の上にありますように」と言うと天使たちは「アッラーのご慈悲が」という文言をつけ足した「平安とアッラーのご慈悲がお前の上にありますように」と返したのだとか。
アッ=サラーム・アライクムは預言者ムハンマドよりもはるか昔、人類創造時からイスラームの挨拶として唯一神アッラーにより授けられ・命じられずっと使われきたという教義になっており、預言者ムハンマドが友愛を促進するためにイスラーム布教を始めてから考案したといったストーリーにはなっていません。
アッ=サラーム・アライクムの代わりや別枠で使われる「こんにちは」系挨拶
「ごめんなさい、それ私たちの挨拶じゃないの」~アッ=サラーム・アライクムはイスラーム教徒同士が使う言葉
アッ=サラーム・アライクムはこのページでも紹介している通り元々はかなりイスラーム色が非常に強い挨拶です。
アラビア語学習者の中には「宗教色が無いこんにちはだから気軽に使ってOK」と教わった方もいらっしゃるようなのですが、実際はむしろその逆です。イスラーム教徒が仲間を認識する合図だったり、モザイク国家で宗教対立がある国の場合お互いを区別する非常にわかりやすい指標になるなど「アッ=サラーム・アライクム」は思われているよりも扱いの難しさを含んでいます。
元々アッラーや預言者ムハンマドの言葉によって推奨されイスラーム教徒同士が交わし合うことで神の満悦と報奨を手に入れ皆で天国への道を切り開こうという善行キャンペーンのようなものなので、日常生活ですっかり定着したとはいえ信徒以外にとっては普段使わない挨拶としてとらえられていたりもします。
アラビア半島以外のアラブ世界にはキリスト教などを信じる異教徒の住民も少なくなく、アラビア語の挨拶を覚えたばかりの日本人学習者から「アッ=サラーム・アライクム」と言われ「それ、うちらの挨拶じゃないんだ。ごめんね。」と断りつつ説明してくれることがあります。
そこで自分たちの普段の挨拶を教えてくれることもあれば、気にしない人はそうしたことに触れず「アラビア語のきまり文句だからまいっか」ということでサラームで返事してくれることもあり、対応は人により異なります。
この挨拶は覚えておくと「アラビア語の挨拶を知ってるなんてすごいね!」と喜んでもらえることも多いので学習者は積極的に使うよう教えられることも少なくないのですが、真面目なイスラーム教徒からは「異教徒には言わないでもらいたい」「それはイスラーム教徒同士だけの挨拶なんですが」と注意されたり、宗教熱心ではないアラブ人からは「宗教を意識している人っぽくてちょっとひくな」と思われたり、相手が「自分たちの挨拶じゃない」と感じたりで、そこまで鬼に金棒な万能フレーズではないです。
アッ=サラーム・アライクムの代用挨拶~各種「こんにちは(Hello)」
「アッ=サラーム・アライクム」は「アラブ世界で使える万能挨拶」のように紹介されがちですが、唯一神アッラーや預言者ムハンマドの教えに基づいて盛んに交わし合う挨拶なので、イスラーム色が強いです。
そのため宗教熱心でない層に敬遠されることもあり、地域によってはもっと軽い挨拶で「こんにちは」「どうも」を表現するのが普通になっていたりします。相手がイスラーム教徒であっても「うわっ、がちがちな堅い挨拶」と思われないためには現地の人が普段多用しているざっくばらんな「こんにちは」を覚えるのがおすすめです。
ざっくばらんな日常会話表現
言い回しは地域によって違いますが、
- مَرْحَبًا
文語的発音:マルハバン
مَرْحَبا / مَرْحَبَه / مَرْحَبَة
口語発音:マルハバ
【直訳】広い場所、広さ
*これが「歓迎します」の意味に転じたのか、アラビア語以前・イスラーム以前の近隣文化から移入されたもっと古い挨拶が起源かについては諸説あり。
【意味】ようこそ;こんにちは、どうも、やあ - أَهْلًا
発音:アフラン / アハラン(*標準的カタカナ表記アフランよりアハランの方が近いです)
【直訳】(あなたが訪れた・会った相手は)家族(のような人々ですよ、どうぞくつろいで)
【意味】ようこそ;こんにちは、どうも、やあ - هَلا
発音:ハラ
【直訳】(あなたが訪れた・会った相手は)家族(のような人々ですよ、どうぞくつろいで)
【意味】ようこそ;こんにちは、どうも、やあ
*上の أَهْلًا [ アフラン / アハラン ] 変化形。アラビア半島ほか複数方言で使用するざっくばらんな挨拶。呼びかけの言葉「ヤー」を前に足した يا هلا [ ヤー・ハラ ](やあようこそ;こんにちは、どうも、やあ)も多用。
*表記としてはハラーと読めるつづりなのですが、アラビア語では口語(アーンミーヤ)では語末長母音が短母音化してしまうため実際にはハラーではなくヤー・ハラ、ヤ・ハラに聞こえるかと思います。同様にヤー・ハラーと読めるつづりで実際にはヤー・ハラとかヤ・ハラに聞こえる感じです。 - بُونْجُور
発音:ボーンジュールなど
【意味】おはよう;こんにちは
*フランス語の Bonjour から。レバノンなどフランス語の影響が強めの地域で使用。 - هلو
発音:ハロー、ハラウなど
【意味】こんにちは、ハロー
*英語の Hello から。イラク方言では「こんにちは」という意味以外にも別れ際の「さようなら」や感嘆・驚きの「へえ~!」としても使用。
ちなみにこれらに返事をする時などは「2個のこんにちは」という語形にして、マルハブテーン、アハレーン、ボンジューレーンとすることが一般的です。
「2個のマルハバ」に関しては口語(方言)における母音脱落という発音変化の都合上、複数の方言においてマルハバテーンではなくマルハブテーンという響きになるので、マルハブテーンで覚えるのが良いかと思います。
ちょっとかしこまった「こんにちは」「良い昼を」
上で一度紹介した昼間専用の挨拶を再度載せておきたいと思います。
以下のフレーズはマルハバン、マルハバ、アフラン(アハラン)に比べるとややフォーマルで、かしこまった場所や目上の重要人物に使える「こんにちは」です。
ニュースといったテレビ番組や文語(フスハー)によるスピーチの出だしで「アッ=サラーム・アライクム」とは別の昼間時に合わせた挨拶として添えられることが多いです。
- نَهَارُكُمْ سَعِيدٌ
[ nahārukum sa‘īd ] [ ナハールクム・サイード ]
あなたたちの昼が幸せなものとなりますように - طَابَ نَهَارُكُمْ
[ ṭāba nahārukum ] [ ターバ・ナハールクム ]
あなたたちの昼が良きものとなりますように - أَسْعَدَ اللهُ نَهَارَكُمْ
[ ’as‘ada-llāhu nahārakum ] [ アスアダ・ッラーフ・ナハーラクム ]
アッラーがあなたたちの昼を幸せにしてくださいますように
*イスラームにおける唯一神アッラーの名前が出てくるので上よりもイスラーム色が強め。
こちらは上のフランクな挨拶が英語の Hi、Hello に近かったのに対し、Good afternoon や Have a nice day に対応しています。
中東風な設定の作品に使うと「これはイスラーム世界じゃない」で通せないので要注意
サラームの挨拶はイスラーム教徒かどうかを見分ける判断材料
アラブ風世界観のアニメ・漫画・ゲーム・同人作品に挨拶を取り入れる場合、イスラームの問題に抵触しないよう「中東のようなインドのようなどこかの国」というふんわりした設定にする方も少なくないかと思います。
ところが実際はサラームの挨拶や金曜日が休日だといった設定はキャラクターたちの服装に加えて「これがイスラーム世界の話」だと決定づける最大要因です。
近年「イスラームは平和の宗教。イスラームという言葉とサラーム(平和、平安)という言葉は同じ語源。」と強調されるようになったことから「サラームも世界平和を願う祈り」のように勘違いされる可能性が高くなっていますが、実際にはイスラーム共同体内部のために用意された挨拶で戒律として細かい規則も定められています。
普通の「こんにちは」や「みんなに平和が広まるよう祈り」として気軽に利用してお酒のラベルに使うことができないフレーズなのはもちろんですが、現地に住んでいる人全員に使える挨拶のつもりで
- アッ=サラーム・アライクム
- サラーム・アライクム
- サラーム
を作品中で使ってしまうと、イスラーム教徒のアニメ・ゲームファンからは「これってイスラーム世界なんだ」と認定されることになり、「イスラーム世界をそんな風に悪く描かないで」といったクレームを受ける原因ともなります。
その理由はこのページで書いた通り
- 元々はイスラーム教徒が相手のことをイスラーム教徒だと知っている時や、「たぶんこの人はお仲間かな?」と思った時に投げかける挨拶だから。
- 相手が喜ぶかも・現地の習慣に合わせて自分も同じ挨拶をしたいと思って非イスラーム教徒が「アッ=サラーム・アライクム」と言った場合、相手によっては「この人ってイスラーム教徒かな?イスラーム教徒として扱って返事すべきだろうか?」と迷うぐらいには仲間同士の合言葉として扱われているから。
- イスラーム教徒とそうでない宗教の信徒が混ざっている地域では「サラームの挨拶をする人々はイスラーム教徒」だという区別があるから。
などとなっています。
現地ではサラームの挨拶と使うイスラーム教徒とそうでない人々との挨拶は区別されて描かれる
「これは別にイスラームの国じゃない」「あいまいな設定にしたのになぜイスラームの国だと決めてかかるのか?」「架空の国なはずなのにイスラーム圏の人々が何人も意見してくるなんて、ちょっとしついこいのでは?」という弁明が難しいぐらいにもろイスラームの挨拶なので、作品に使う場合は上で紹介している他のフレーズが使うのが良いものと思われます。
アラブ世界の歴史ものアニメ・ドラマ・映画では預言者ムハンマドが布教したイスラームに入信する前の多神教時代のアラブ人、イスラーム教徒ではないユダヤ教徒やキリスト教徒の挨拶はきっちり分けられています。
現代の中東だとユダヤ教徒はヘブライ語で「シャ(ー)ローム」、キリスト教コプト教会信徒などはアラビア語で「アッ=サラーム・ラクム」と使ったりしますが、これらはいずれも「平和、平穏」という同じ語源の言葉を使っていて、聖書の記述に根拠がある宗教的に重みのある言葉となっています。
バックグラウンドが聖書やクルアーン(コーラン)ということもあり茶化したりバカにしたりは下手をするとこの言葉・概念を与えた神を嘲笑することになりかねずギャグ用途・おもちゃ的に使えない挨拶なので、創作の際に気になるという方はアラビア語圏として設定した地域は「アハラン」「マルハバ」、トルコ語圏として設定した地域は「メルハバ」といった具合にされるのがお勧めです。
検索エンジンでは「Arabic greetings non-islamic」(アラビア語/挨拶/非イスラーム)といったキーワードで調べると色々出てきます。特定の国を舞台として想定されているなら、Arabic の部分を Eygpt、Lebanon といった国名に差し替えをすれば絞り込みサーチができます。
キリスト教徒コミュニティーとサラームの挨拶
聖書に由来するサラームの挨拶
英語にもキリスト教徒の挨拶として「Peace be with you」((主の)平和があなた(方)と共にありますように)がありカトリックのミサなどで使われているとのことですが、アラビア語のサラームの挨拶がそちらに対応する形となっています。
そのためアラブ世界のキリスト教徒らも英語の「Peace be with you」に当たる表現を持っており、それが
اَلسَّلَامُ لَكُمْ
[ ’as-salām(u) lakum ] [ アッ=サラーム・ラクム ]
あなた方に平安がありますように
などとなっています。
コプト教会の例
エジプト有名新聞 الأهرام [ アル=アフラーム ] カナダ版
『الفرق اللغوى بين السلام عليكم والسلام لكم』
(アッ=サラーム・アライクムとアッ=サラーム・ラクムの違い)
エジプトに今も大勢の信者が住んでいるキリスト教コプト教会。彼らにとってアッ=サラーム・アライクム(あなたがたの上に平安がありますように)はイスラーム教徒の挨拶で、アッ=サラーム・ラクム(あなた方に平安がありますように)はコプト教会信徒の挨拶という認識なのだとか。
宗教者の解説によるとアッ=サラーム・アライクムもアッ=サラーム・ラクムも聖書に登場する文言ながら、コプト教会的解釈では
- アライクム(あなたたちの上に)はサラーム(平和、平穏)の挨拶をやり取りする時
- ラクム(あなたたちに)はサラーム(平和、平穏)が神から相手へと与えられるように祈る時
という違いがあるとのこと。
ヘブライ語のシャ(ー)ロームも含めセム系一神教の挨拶が似通っている理由
はるか古代までさかのぼる起源
アラビア語のアッ=サラーム・アライクム(アッサラーム・アライクム)はクルアーン(コーラン)などに論拠がある宗教的な表現ですが、
- イスラーム以前の中東地域の共通言語として機能していたアラム語における挨拶
- 現代のアラブ世界のキリスト教たちが使っているアッ=サラーム・ラクム、アッ=サラーム・アライクム
- ヘブライ語の挨拶 Shalom aleichem(シャ(ー)ローム・アレイヘム/アレーヘム、「あなた方に平安がありますように」の意)
なども聖典などに根拠がある挨拶でイスラームのサラームの挨拶の同等表現です。
日本でもカトリックのミサなどで”平和の挨拶”が交わされているとのことですが、それが上記の平安・平和の挨拶の和訳ということになります。
ヘブライ語の挨拶に含まれるシャ(ー)ロームはアラビア語のサラームと s 音と sh 音が入れ替わってはいますが同じ語源で、旧約聖書に言及がある宗教的な由来を持つフレーズとなっています。
元々イスラームは複数の宗教儀礼がユダヤ教のそれを継承していた形態となっていること、旧約聖書を共有しているユダヤ教、キリスト教、イスラームが旧約聖書に登場するシャ(ー)ロームとかサラームという語を共通の挨拶として使っていること自体は何ら不思議は無いのですが、ユダヤ教におけるヘブライ語のシャ(ー)ロームが「平和」「平穏」という意味で使われだした発端になった語源なのかというとそうでもなく、もっと古い時代までさかのぼれることがわかっているとのこと。
「s – l – m」もしくは「sh – l – ,」という音を含む文字列が平和・平安・友好的状態を表すというのはアラビア語やヘブライ語よりももっと前のアッカド語などの時点で存在が確認されており、アッカド語が使われていた古代メソポタミア文明の時代に既にこの「平安を」「平和あれ」が挨拶として使われていたとか。
「ヘブライ語のシャ(ー)ローム・アレイヘム/アレーヘムがアラビア語のアッ=サラーム・アライクムの起源だ」というよりも「中東諸語における s – l -m や sh – l – m の文字列を含む似たような響きの挨拶はどれも平安・平和を祈る内容で、中東に大昔からあった共通のフレーズ。セム祖語と呼ばれる中東言語の原型の時代から引き継がれてきた非常に古い慣用表現だったのではないか。イスラームに取り入れられたアラビア語の挨拶も、起源はメソポタミア古代文明期にあるのだろう。」と言われているのもそのような理由によります。
イスラーム的な説明では、預言者ムハンマドの時代におけるユダヤ教徒、キリスト教徒、多神教徒らはサラームの挨拶は使っていなかったとされる
ちなみにイスラーム側の記録では預言者ムハンマドが活動を始めた頃のアラビア半島地域ではユダヤ教徒らは指、キリスト教徒らは手の平のジェスチャーが挨拶として使われていたこと、アラビア語による挨拶が「サラーム」の類ではなかったとされています。 [ ソース ]
イスラーム教徒らが「アッ=サラーム・アライクム」を合言葉として使い始めた際に敵対していたユダヤ教徒らが「アッ=サーム・アライクム(お前たちに死があるように)」と茶化したと言われているなど、アッ=サラーム・アライクムが初期イスラーム共同体の特徴の一つだったために他宗教の教徒らが口撃の理由としたという表現になっていることが一般的です。
当時のマッカ(メッカ)近辺ではサラームの挨拶がユダヤ教徒・キリスト教徒・イスラーム教徒共通の表現で預言者ムハンマドがユダヤ教の挨拶を真似てそのまま取り入れたといった記述も特に見られません。
そういう事情もあってかイスラームにおけるアラビア語の挨拶がキリスト教やユダヤ教から引き継いだものだといった話はアラブ世界では一般的ではなく、管理人自身現地のメディアや一般書籍で見かけた記憶が無いです。
むしろ「イスラームの挨拶」「預言者ムハンマド誕生前からあった真なる信仰者ら・原始一神教としての唯一神アッラーの信徒たちが使ってきた挨拶」である点が強調されていることが多いので、アラブ人イスラーム教徒に「イスラームの挨拶ってユダヤ教の真似なんでしょう?」と聞いてしまうと怒る人すらいるのでは、という気がします。
ともあれ、ネットでは「イスラーム教がユダヤ教の挨拶を真似てアッ=サラーム・アライクムと言い出した」と断定的に書いている記事もありますが、元々「平安あれ」自体がユダヤ教よりももっと大昔から中東地域にあった挨拶なので、詳しい経緯については確定することが難しいーというのが真相なのかもしれません。
イスラームの教義では唯一神アッラーが最初の人間アーダム(アダムに相当)を創造した際にサラームの挨拶をするよう命じ教えたことになっているので、神話的な説明になってはいるものの中東に暮らしていた人間がサラームの挨拶を太古の昔から使っていたという認識が存在することは確かです。
ユダヤ教徒らから教わって真似たという説明にはなっていないのですが、セム系一神教共通の理想的挨拶として神が授けたという感じで「ずっと昔からあったフレーズだ」という点に関しては肯定されているものと思います。
英語圏の複数知恵袋・質問箱サイトでもこの手の話題は過去にも繰り返されているようですが、「ユダヤ教から引き継いだというよりはもっと古いセム祖語が起源で、その子孫にあたるヘブライ語もアラビア語も同じフレーズを引き継いだってことだと思う」といった中東のセム系諸語の近縁性や類似性に言及した書き込みが意外と多いように感じました。
(2023年8月 サラームが表すものとは)