アラビア語の音読ルール~語末の母音を省略するワクフ

ワクフとは

フスハー文法本来の休止法としての”ワクフ”

وَقْف [ waqf ] [ ワクフ ] はアラビア語で休止・停止・中断という意味の動名詞です。アラビア語の学習においては複数の単語を一気読みしていたのをそこで休み、その語末で発音を止めて息継ぎに入ることを意味します。

1つの単語を単独で発音する場合、もしくは文を読んでいって句読点や句切れの良い箇所で息継ぎをする場合にこのワクフを行います。

格変化を考えずに読むことができるのでネイティブにとっても学習者にとっても楽な方法ですが、現代の会話におけるルールとクルアーン朗誦におけるワクフのルールとでは違う部分も大きいので区別・使い分けが必要です。

クルアーン朗誦法の اَلتَّجْوِيد [ ’at-tajwīd ] [ アッ=タジュウィード ](タジュウィード)ではもっと細かいワクフの規則があり、イスラーム留学した人達は長い時間をかけて学びます。

管理人にはそこまでの経験と知識はありませんので、ここでは普通の現代文を読むのに必要な部分をかいつまんでまとめてみたいと思います。

語末母音省略と休止法”ワクフ”との違い

日本のアラビア語教材における語末無母音化読み

日常的なフスハー会話やニュースでは語末の母音をスキップするため、日本の学習書では「ウン・イン・アン」「トゥン・ティン・タン」を全部読む方式の次段階である実践レベルとして教えらるか、もしくは難解な語末の格変化に触れずに済むよう最初から「これがワクフと呼ばれる読み方です」と文中各語の語末母音落としが教えられるかしています。

東京外国語大学出版会の『大学のアラビア語 表現実践』では省略される部分が()で囲んであり、音読練習をしたい人にとっては非常に親切な作りをしています。

ただ、上記の本では語尾の母音を省略する読み方を「ワクフ」と説明していますが、これはフスハー本来の休止形であるワクフではなく、アラビア語文語保守層が「母音省略」「語尾無母音化」と読んで嫌っている簡略化発音に相当します。

アラビア語専門番組で「語末の格変化(イウラーブ)ができないアラビア語話者のための補助具のようなもの」と言う人すらいるなど、息継ぎをしない箇所も含め語末母音を全部落としていく方法は本来あるべき文語アラビア語の姿が堕ちた結果であるかのように語られることすらあるとの印象です。

フスハー文法としてのワクフは『大学のアラビア語 表現実践』に書いてある”ワクフ”とはかなり違っているので、アラビア語学を専門にされる方はアラブ圏で出ている本で上書きする必要があるように思います。(ジャンル的にはアラビア語文法辞典やクルアーン朗誦学(タジュウィード)系の本。)

学習者はどの読み方をするのがベターか?

この語末母音の発音省略ですが、最初はどうやって使い分ければ良いのかわからず戸惑う方が多いのではないかと思います。

アラブ人もシーン、ジャンルによって使い分けているので一概に「こうすべき」とは言えないのですが、余裕があるならば自分でコードスイッチングができるようになるのが理想かもしれません。

基本的には「学習者の人が語末の母音を省略するのは日常会話や小説などの朗読の時。省略しないのは文法の授業や詩の朗唱で母音記号通りに読まねばならない時。」と覚えておけば大丈夫だという気がします。

日常会話なのにタンウィーンまで読み上げれば何かのコントか吹き替えアニメの物真似のように滑稽だと受け止められかねず、逆に詩を読むのに全部の語末を省いてしまい詩行末特有のルールから逸脱すれば技量不足とみなされる感じかと思います。

語末の母音を子音にする(=スクーンをつける)ワクフ

ワクフの一番基本的なものが「母音のついている語末を母音無し(=スクーン)に変えること」です。息継ぎをしない箇所でも語末母音を落とすことを日本で”ワクフ”と呼ぶ慣習があるのもこの無母音化のイメージが非常に強いためかと思います。

語末にタンウィーンがついている場合

ダンマのタンウィーン(un)

単語にタンウィーンがついている場合、ダンマとカスラでは母音とタンウィーンの「n」が無くなり、語末の子音で発音が止められます。

هٰذَا خَالِدٌ ــ هٰذَا خَالِدْ
これはハーリドだ
・非ワクフ:hādhā khalidun [ ハーザー ハーリドゥン ]
・ワクフ時:hādhā khalid [ ハーザー ハーリド ]

*人名とタンウィーンについて
人名の多くにはタンウィーン(語末の格を示す母音の後のn)がついていて、خَالِد [ khālid ] [ ハーリド ] もその1つです。文法の授業で格変化をしっかり読む時は、三段変化の人名と二段変化の人名を記憶しておいて正しい母音をつけて音読することになります。

カスラのタンウィーン(in)

単語にタンウィーンがついている場合、ダンマとカスラでは母音とタンウィーンの「n」が無くなり、語末の子音で発音が止められます。

مِنْ خَالِدٍ ــ مِنْ خَالِدْ
ハーリドから
・非ワクフ:min khālidin [ ミン ハーリディン ]
・ワクフ時:min khālid [ ミン ハーリド ]

ファトハのタンウィーン(an)

ファトハのタンウィーンでは、タンウィーンの「n」が無くなるものの、アリフがそのまま残って長母音の「ā」(アー)と発音されます。

クルアーンの朗誦や詩の朗読で聞くことができる読み方です。現地のテレビやラジオでアザーンを流した後に祈りの言葉を言う時など、耳にする機会が意外と多いです。

فَإِنَّ‮ ‬مَعَ الْعُسْرِ‮ ‬يُسْرًا
本当に困難と共に、安楽はあり(クルアーン 第94章5節)
・非ワクフ:fa-’inna ma‘a-l-‘usri yusran [ ファ・インナ マア・ル=ウスリ ユスラン ]
・ワクフ時:fa-’inna ma‘a-l-‘usri yus [ ファ・インナ マア・ル=ウスリ ユスラー]

現代のフスハー会話だとタンウィーンのanをバサッと省略してしまったりすることもあるようです。

وَجَدَ كِتَابًا
彼は本を見つけた
・非ワクフ:wajada kitāban [ ワジャダ キターバン ]
・ワクフ時:wajada kitā [ ワジャダ キターバー ]
・現代会話:wajada kitāb [ ワジャダ キターブ ]

副詞

国語の授業動画や文学・宗教関係の朗読では耳にする方法ですが日常的な会話やニュースではタンウィーンを残して長母音にしないことの方がほとんどな気がします。特に副詞として使われる語など。

أَيْضًا ــ أَيْضَا
また、もまた
・非ワクフ:’ayḍan [ アイダン ]
・ワクフ時:’ayḍā [ アイダー ]
・現代会話:’ayḍan [ アイダン ]

جِدًّا
非常に、とても
・現代会話:jiddan [ ジッダン ]

タンウィーンがついていない語

定冠詞がついていたり、二段変化だったりして語末に母音だけがあってnの音の添加が無い場合です。

語末の子音についている母音を読まずに子音で発音をストップします。

語末にダンマ(u)

اَلْبَيْتُ ــ اَلْبَيْتْ
その家(は・が)
・非ワクフ:’al-baytu [ アル=バイトゥ ]
・ワクフ時:’al-bayt [ アル=バイト ]

語末にカスラ(i)

مِنَ الْبَيْتِ ــ مِنَ الْبَيْتْ
その家から
・非ワクフ:mina-l-bayti [ ミナ・ル=バイティ ]
・ワクフ時:mina-l-bayt [ ミナ・ル=バイト ]

語末にファトハ(a)

تَرَكَ الْبَيْتَ ــ تَرَكَ الْبَيْتْ
彼はその家を去った
・非ワクフ:taraka-l-bayta [ タラカ・ル=バイタ ]
・ワクフ時:taraka-l-bayt [ タラカ・ル=バイト ]

語末がター・マルブータの場合

ワクフ事例の簡単なまとめ

まずは最低限の説明で事例を列挙してみたいと思います。

ダンマのタンウィーン(un)

مَدْرَسَةٌ ــ مَدْرَسَةْ
学校(は・が)
・非ワクフ:madrasatun [ マドラサトゥン ]
・ワクフ時:madrasah [ マドラサ ]
・現代会話:madrasa [ マドラサ ]

カスラのタンウィーン(in)

مِنْ مَدْرَسَةٍ ــ مِنْ مَدْرَسَةْ
学校から
・非ワクフ:min madrasatin [ ミン マドラサティン ]
・ワクフ時:min madrasah [ ミン マドラサ ]
・現代会話:min madrasa [ ミン マドラサ ]

ファトハのタンウィーン(an)

رَأِيْتُ مَدْرَسَةً ــ رَأَيْتُ مَدْرَسَةْ
私は学校を見た
・非ワクフ:ra’aytu/ra’aitu madrasatan [ ラアイトゥ マドラサタン ]
・ワクフ時:ra’aytu/ra’aitu madrasah [ ラアイトゥ マドラサ ]
・現代会話:ra’aytu/ra’aitu madrasa [ ラアイトゥ マドラサ ]

定冠詞つき女性名詞+定冠詞つき形容詞

اَللُّغَةُ الْعَرَبِيَّةُ ــ اَللُّغَةُ الْعَرَبِيَّةْ
アラビア語(は・が)← 主格
・非ワクフ: ’al-lughatu-l-‘arabīyatu [ アッ=ルガトゥ・ル=アラビーヤトゥ ]
・ワクフ時: ’al-lughatu-l-‘arabīyah [ アッ=ルガトゥ・ル=アラビーヤ ]
・現代会話: ’al-lughatu-l-‘arabīya [ アッ=ルガトゥ・ル=アラビーヤ ]

さらに現代の日常会話では、形容詞修飾で後ろに他の語がくっついている名詞の語末にあるター・マルブータの tu 部分をスキップしてしまう読み方が広く行われています。

اَللُّغَةُ الْعَرَبِيَّةْ ــ اَللُّغَةْ الْعَرَبِيَّةْ
アラビア語(は/の/を)
・現代会話(口語色強め): ’al-lughal-‘arabīya [ アッ=ルガ・ル=アラビーヤ ]

イダーファ構文の1語目部分に ة

إِضَافَة [ ‘idafah ] イダーファ構文(属格/所有格支配による語のつながり)の1語目語末にター・マルブータがある場合、そこで息継ぎ休止をする訳ではないので ت [ t ] の音と語末の母音は基本的に省きません。

لُغَةُ الضَّادِ
ダードの言語(=アラビア語)
・非ワクフ:lughatu-ḍ-ḍādi [ ルガトゥ=ッダーディ ]
・ワクフ時:lughatu-ḍ-ḍād [ ルガトゥ=ッダード ]

直前に長母音 ā が来るター・マルブータの発音

このようなケースでは属格構文(イダーファ構文)でなくとも語末のター・マルブータを [ t ] と読むことがしばしばあります。

حَيَاة
(人生、生活)
・非ワクフ:ḥayātun [ ハヤートゥン ]
・ワクフ時:ḥayāh [ ハヤー ]
・現代・口語風:ḥayā [ ハヤ ] もしくは ḥayāt [ ハヤー ]

فَتَاة
(若い娘、少女)
・非ワクフ:fatātun [ ファタートゥン ]
・ワクフ時:fatāh [ ファター ]
・現代・口語風:fatā [ ファタ ] もしくは fatāt [ ファター ]

 ター・マルブータのワクフ発音に関する詳細

アラブ式のアラビア語フスハー文法における本来のルールと、日本で出版された学習書で一般的な読み方の解説とが違っているのでまとめておきたいと思います。

アラブ圏で教えられている基本ルール

直前の文字に母音「ア(a)」 がつく

ٌـَة
[ –atun ]

直前に来る文字につく母音を a にします。

*ター・マルブータ自体の発音が母音 a だと誤って書かれている記事も多いので覚え違いに要注意です。ター・マルブータの発音がアなのではなく直前の字につく母音がアになります。

これ以外にも長母音の ā が来る語もあります。

ـَاةٌ
[ –ātun ]

直後で息継ぎをする場合は ه [ h ] の音になる

مَدْرَسَةْ = مَدْرَسَهْ
[ madrasah ] [ マドラサ ]
(とある)学校

ター・マルブータが語末にある単語を単独で読んだり、直後で息継ぎをしたりする場合は ه(ハー(ゥ/ッ))と同じ [ h ] の音で発音します。hには母音がつかないので母音記号はスクーンがつくため、はっきりとは聞こえずふんわり小さく息が漏れるような「」もしくは「」のような音になります。

英語だとこのわずかに聞こえるだけのハーを「faint」という風に表現していることが多いようです。

そしてこのように語の直後で息継ぎをするような発音を「ワクフ」اَلْوَقْف [ ’al-waqf ] [ アル=ワクフ ](停止、つまり息継ぎのこと)と呼びます。ワクフでは基本的に子音についていた母音が除去されてスクーンがつきます。

アラブのアラビア語授業では基本規則として教えられていますが日本で出版された入門書にはまず登場しません。これまでに発刊された主なアラビア語本を全部チェックして実際に確認したところター・マルブータを [ h ] で発音するルールについて明記している日本の初級~中級学習書はマイナーな存在で少なかったです。そのうち行数が多めだったのは以下の本でした。

  • 東京外国語大学の『大学のアラビア語 表現実践』59-60ページ
    説明は少ないですが実例が何個も並べられていて [ h ] と読む練習をするようになっています。
  • 内記良一先生の『基礎アラビヤ語』8ページ
    名称の由来とワクフ発音 [ h ] の説明が5行分あり。古典的なフスハー文法に則ったルールが明記されている珍しい例だと思います。
  • 松山洋平先生の『第二外国語で学ぶアラビア語入門』145-146ページ
    文末の母音の無母音化という項目でター・マルブータを [ h ] で読むこと、非常に弱く発音するのでほとんど聞こえない場合があることを紹介。ただ اللغة العربيةاللغهْ العربيهْ と両方とも [ h ] のワクフ [ アッルガ・ル=アラビーヤ ] で読むというくだりはちょっと違うかな?という気がしました。(ニュース等ではアッルガルアラビーヤのようにスピードを落とさず一気読みし明らかに [ h ] を聞こえないぐらい小さな音で発しているであろうブランクを一切はさまず ة 部分を省略していることが分かる読み方が多いため。)

ちなみに詩等ではター・マルブータだった部分を ـه で表記していることが多いです。母音記号をふってある文語詩の場合はきちんとここにスクーンが乗って ـهْ になっているので [ h ] と発音することを意識しやすいです。

またアーンミーヤのアラビア語表記ではター・マルブータ部分を [ t ] で発音しないことが多い上にネイティブの人が正書法(正字法)をきちんとマスターしていないことも重なって ة ではなく ه と書いてある率が非常に高いです。また外来語では語末に ه と書いてあっても読まない黙字的な使われ方をしているケースがあり、女性名詞語末についているこれら2つの文字は他の文字と事情が少し違っており結構ややこしいです。

文中にあって後続の語と息継ぎ無しでつなげ読みする場合は ت [ t ] の音になる

مَدْرَسَةٌ جَدِيدَةْ
[ madrasatun jadīdah ] [ マドラサトゥン・ジャディーダ ]
(とある)新しい学校

文中にあって後に来る単語をそのまま息継ぎ無しで読む場合は ت(ター(ゥ/ッ))と同じ [ t ] の音で発音。ター・マルブータについている母音やタンウィーンもしっかり読みます。

ター・マルブータにタンウィーンがついている場合は主格-属格-対格の tun – tin -tan [ トゥン – ティン – タン ] と律儀に読むことになります。日本ではアラブ人講師による文法・格変化学習重視授業では、ター・マルブータについている母音を省略する略式なフスハー会話的発音ではなく本来の [ t ] 音を保持したまま読ませることが多い印象です。

このように後の語とつなげ読みすることを「ワスル」اَلْوَصْل [ ’al-waṣl ] [ アル=ワスル ](接続、つまりつなげ読みのこと)と呼びます。

しかし日常会話ではこの基本ルールに従っていないことが多く、日本語で書かれた多くの教科書では形容詞修飾の場合については文中にあってもター・マルブータを読み飛ばすよう教えていたり、ター・マルブータの音価を「tもしくは無音」としていることもあります。

日本語による学習書で教えられていることが多い読み飛ばし方式

直前の文字に母音「ア(a)」 がつく【同じ点】

ٌـَة
[ –atun ]

直前に来る文字につく母音を a にする点は同じです。

ター・マルブータは基本的に読み飛ばす【異なる点】

مَدْرَسَة جَدِيدَة
[ madrasa jadīda ] [ マドラ・ジャディー ]
(とある)新しい学校

ター・マルブータが語末にある単語を単独で読んだり直後で息継ぎをしたりする場合も、文中にある場合も、基本的に直前の文字につく母音 a を読んだらター・マルブータを発音せず読み飛ばしてしまうというものです。

形容詞修飾がその典型例で、文中であっても名詞の語末・それを修飾する形容詞の語末それぞれについているター・マルブータは読み飛ばし直前の文字の母音 a までを発音します。

アラブ式フスハー文法本来のワフク規則とは違いますが、日本の学習書ではこれをター・マルブータの「ワクフ」読みとして紹介していることが多いです。

英語だとこの読み飛ばして聞こえないター・マルブータを「silent」という風に表現していることが多いようです。

ライトの文法書だと近代になってからのアラビア語における発音でター・マルブータは読まない黙字・黙音となっていることが記されています。現代アラビア語会話で読み飛ばされるター・マルブータについては英語等で書き込まれた記事やフォーラムで話題になっていることがしばしばあり、発音しないことを「silent」と表現してあったりします。

ター・マルブータを読まない黙字として扱うような現代風の発音では、定冠詞が含まれているような اَللُّغَة الْعَرَبِيَّة でもター・マルブータ部分をスキップして後続語の定冠詞の لْ [ l ] にジャンプして読んでしまいます。

اَللُّغَة الْعَرَبِيَّة
[ ’al-lugha-l-‘arabīya ] [ アッ=ル・ル=アラビー ]
アラビア語

読み飛ばす扱いなので [ アッ=ルガ・ル=アラビーヤ ] のような感じで [ h ] の音は聞こえることがありません。(そもそも子音衝突の問題が発生するので [ ’al-lughah-l-‘arabīyah ] と子音3連続の「h-l-‘」をフスハーにもかかわらず維持すること自体に無理があると言えばあるのですが…)

イダーファ構文の時は ت [ t ] の音を残す【同じ点】

سَيَّارَةُ الْكَاتِب
[ sayyāratu-l-kātib ] [ サイヤーラトゥ・ル=カーティブ ]
その作家の自動車(は・が)【主格】

سَيَّارَةِ الْكَاتِب
[ sayyārati-l-kātib ] [ サイヤーラティ・ル=カーティブ ]
その作家の自動車(の)【属格】

سَيَّارَةَ الْكَاتِب
[ sayyārata-l-kātib ] [ サイヤーラ・ル=カーティブ ]
その作家の自動車(の)【対格】

上記のような簡略式フスハー発音でも、所有等の属格構文(イダーファ構文)「~の◯◯」では ت(ター(ゥ/ッ))と同じ [ t ] の音で読みます。ター・マルブータにつける母音は格に応じて変えます。

岩波イスラーム辞典等でター・マルブータのついた語の一部が「t」という翻字になっているのはこのような事情によります。

ちなみに口語(方言)では定冠詞の発音がアルではなくイルになることが多いため、ネイティブの人はフスハー文を言っている時に自動車部分が主格であっても [ sayyārati-l-kātib ] [ サイヤーラティ・ル=カーティブ ] と読んでいることがしばしばあります。日本で出版された学習書の音声教材でも時々そうなっていたりするのですが、正しくは上記の通り [ sayyāratu-l-kātib ] [ サイヤーラトゥ・ル=カーティブ ] なので耳で聞いたまま真似してしまい間違えて覚えないよう要注意です。

略式のター・マルブータ読み飛ばし発音について

フスハーを使った日常会話・レクチャーに多くアラブ世界では広く行われているものですが、現代標準アラビア語(フスハー)のニュース等で全部こうなっているかというとそうでもありません。

管理人はフスハーやアーンミーヤの放送を視聴するのが好きでニュース・ドキュメンタリー・インタビュー・宗教講話といった複数ジャンルの動画を見るのですが、話者によっては属格構文(イダーファ構文)やタンウィーンがついた副詞的対格 ـةً ではない部分でもター・マルブータの [ t ] 音とそれについている母音を読んでいることがしばしばあります。

なのでアラビア語入門書に書いてあるからといって、誰もが揃って اَللُّغَة الْعَرَبِيَّة [ ’al-lugha-l-‘arabīya ] [ アッ=ルガ・ル=アラビーヤ ] のようなター・マルブータ読み飛ばしをしている訳ではないと感じています。

このアッルガルアラビーヤ読みはいわゆる現代アラビア語的・口語会話的・略式な感じで、息継ぎしない限り母音記号を読み飛ばさない本来のフスハー文法に則った(古典)文学作品の音読やアラブ人によるアラビア語授業としてテキストを丁寧に読み上げる場合にはやってはいけない読み方と言えます。個人的意見がだいぶ入ってはいますが、シーンによってはやらないよう調節した方が良いという印象です。

なので余裕がある方や現地に行ってアラビア語学をさらに学ばれる予定がある方はター・マルブータを読み飛ばさない発音と読み飛ばす発音を使い分けられるよう両方練習するか、少なくともそういう発音の違いがあることを念頭に置いておくのが良いかもしれません。

アラブ式のアラビア語(国語)文法授業では語末の格変化に関わる母音記号をきちんと読むことを重視しており日本のアラビア語学習界ほどばんばん読み飛ばしたりはしないので、アラブ人の先生によってはこの部分に厳しく「トゥン・ティン・タン」の類を外国人学習者にも徹底的に言わせることが考えられます。

いわゆるイウラーブ練習重視の伝統的なアラビア語学習の手法なのですが、そういうポリシーの先生だと جَاءَتْ أَمِينَةُ(アミーナが来ました)のような文を [ jā’at ’amīna(h) ] [ ジャーアト・アミーナ ] ではなく [ jā’at ’amīnatu ] [ ジャーアト・アミーナトゥ ] のように律儀に読ませて母音記号つけと格変化の訓練をたくさんさせることが多いように思います。

なおそのような丁寧な発音は道端でのフスハー会話や日常会話ではしないため أَنَا يَابَانِيَّةٌ を [ アナ・ヤーバーニーヤ ] ではなく [ アナ・ヤーバーニーヤトゥン ]、أَنَا بِخَيْرٍ を [ アナ・ビハイル ] ではなく [ アナ・ビハイリン ] のように言うと一人で路上アラビア語学習をしているようなしゃべり方になり相手のアラブ人に一層の違和感を与える原因になり得ます。

アラブ人はフスハーで会話するだけでも国語の教科書音読や吹き替えアニメのセリフを言っているような気分になってゲラゲラ爆笑することもあり、語末の -un・-in・-an や -tun・-tin・-tan 類を全部言いながらフスハーで話し続けるというコメディーギャグも存在します。

アーンミーヤの代わりにフスハーで道行く人に話しかける場合は語末格変化部分の母音を削って少しでもフレンドリーなアラビア語で会話するのが良いかもしれません。

 

(2022年11月~ワクフの定義と語末母音落としの違いについて追記)