実用アラビア語会話 (田中 四郎)

実用アラビア語会話

★★★☆☆~★★★★☆
先生が留学されたのが約60年前ということもあり
シチュエーションや言い回しが古かったりする部分も
前半が文法解説メイン、アラビア語既習者の社会人向けな方言学習書

著者:田中 四郎
出版社:大学書林

著者の先生について

1921年生まれ2017年没(享年96歳)。1942年大阪外国語学校アラビア語学科卒業。陸軍への学徒出陣を経て戦後1946年に母校大阪外国語大学に復帰され、教授を務められていたようです。

1960年代末には在任中大阪よみうりテレビの深夜番組11PM(通称:イレブン)に謎のアラブ人カセム・アリとして出演。田中先生といえば猥談、というぐらいに色々な著作でアラブ・エジプトの明るく楽しいエロ談義を披露されていましたがテレビでも深夜番組を賑わしていらっしゃったようです。現役教授ということでバレないようにアラブ人に変装していたものの後に正体を突き止められて降板となったのだとか(^ ^;)

同時期学生紛争のあおりを受け大阪外国語大学は退職。ほどなくして教職に復帰。1971年以降は京都外国語大学で教鞭をとられていたようです(最終的には名誉教授)。

先生がエジプトに留学されたのはナセル大統領あてに直訴する手紙を送られたからだそうで、実際にその手紙が目に留まりカイロ大学への在籍が認められたのだとか。1959年に留学されたということなので大阪大国語大学教官だった最中にエジプトに行かれたものと思われます。

本の概要

●1963年初版。Amazonで購入した新品は平成2年の第19版でした。248ページありなかなかのボリュームです。改訂はされていないのか、現在では放送禁止になっている身体の障がいに関する語とかも当時のままになっています。

●82ページまでは文法編で、発音、定冠詞、人称代名詞、指示代名詞、格、性、数詞、動詞、派生形動詞、時制、名詞複数形、比較級、最上級を例文と共に解説。大学書林だけあって、真面目な文法本といった感じの作りです。83ページ~196ページが場面別の実用会話編。197ページ以降は単語集になっています。

●実用会話編は税関、ホテル、住む部屋探し、訪問・辞去、食事、家事、掃除、買い物、勉強、見物、劇場、友人、相談、時計屋、洋服屋、靴や、散髪屋、郵便、病気、旅行の各シーンで会話が繰り広げられます。クレームをつけたり、腹を立てたり、実際の会話を想定したやり取りが多いです。「この焼肉はまだなま焼けだ!」、「この肉はとてもかたい。皮ではないのだろうね。」、「もしもこんな値段で品物を売っていたら、まもなく破産することでしょう。」など普通の会話本には出てこないような活き活きとした会話が多いです。

●主人公の山田さんは社会人でエジプトのカイロで仕事をしています。田中先生が大阪外国語大学の教官になられてから留学されたことも大いに関係していると思うのですが、会話スキットの大半が社会人生活らしい内容となっています。アパートメントを借りてそこで使用人を雇っているので家事・料理から訪問客の応対まで基本的に自分自身ではやっていません。服も三つ揃えのスーツをオーダーして仕立て屋に作ってもらっています。(ちなみに山田さんの弟も同じアパートメントに住んでいるらしく、流暢なエジプト方言で来客に対応しています。)

●先生が留学されたのが約60年前ということもあり貨幣価値が全然今と違います。空港からカイロのヒルトンホテルまでタクシーに乗った主人公が支払った運賃が30ピアストル(キルシュ)。ヒルトンと思われるホテルで提示された朝食・夕食付きの1泊が7.5ポンド(ギニー)。賃貸フラットの日当たりが悪い下の階なのに3ヶ月家賃が30ポンド(ギニー)要求された、という感じです。エジプト生活の参考にするには今と違いすぎるので別の本で確認する必要があります。

●口語は文語よりも変化のスピードが早く日常生活関連の名称が置き換わりやすいです。60年前では物・建物の名称も多少異なっていたりするので参考にならない部分もかなりあると思います。部屋探しで「エレベーターは自動式ですよ」(=まだ停止する高さを自分で調節したり蛇腹状の扉を手で開けたりする手動式のエレベーターが多数現役だったことが読み取れます)とおすすめしていたり、時計屋でゼンマイを巻いてもらったり、全体的にアナログです。

●日本語部分も古めかしいのですがやはりエジプト方言部分も一部古くなってしまっているようで、今ではほぼ使われていなくなっている that の意味での ديكها [ dīkha ] が多用されています。これはもうエジプトに言っても使わない方が良いぐらい古めかしい表現だと思います。

表記など

●アラビア文字表記は無くIPAっぽいローマ字転写でアーンミーヤを表現してあります。カイロ方言ではqがよくハムザ化しますが、そうしたハムザもqのままで表記されているので、自分で確認して読み替える必要があります。(ちなみに上エジプトでqをgで読む件にも言及しています。エジプト方言の日本語による学習書では珍しいと思います。)

●上がり口調で読むか/下がり口調で読むかを示したイントネーションの矢印が付けられています。

●文法用語が今現在使われている物とは異なり、弱動詞の名称が首弱動詞、首欠動詞、間欠動詞、末欠動詞、重子音動詞、変形動詞という風に呼ばれています。

感想

●アラビア語の文法教科書的な説明が多いのでフスハー文法をやったことがない方にはとっつきにくいと思います。また会話のシーンやレベル的にもエジプト方言が全く初めての人には向いていない気がします。既習者が現地生活を送る前に読むのにちょうど良いレベルだと思われます。

●内容的にはかなり古い本ですが、活き活きとした会話例文は楽しく明るい猥談で有名?だった田中四郎先生の元気一杯なエジプト生活を彷彿をさせる物で、読んでいて面白かったです。現代の内容で似たような本ができたらおそらく★5個評価をつけただろうな、という印象の一冊でした。さすがに古すぎるのでこれからエジプトに行く場合は他のテキストをメインに使われたほうが良いです。

●今はカイロ・アメリカン大学の教科書も簡単に入手できエクスプレスシリーズのエジプト方言学習書も日本語で出ているので、この本をわざわざ買うほどではないかもしれません。しかし内容的にはかなりしっかりしているのでエジプト方言の色々な学習書を読みたい方であれば入手して損は無いかと思います。

 

実用アラビア語会話 実用アラビア語会話
著者:田中 四郎
出版社:大学書林