基礎アラビヤ語 (内記 良一/大学書林)

基礎アラビヤ語

★★★★☆
文法の説明は短くて簡潔だが例文と練習問題の数が豊富
そして豆知識的な話も登場

著者:内記 良一
出版社:大学書林

入手方法

amazonでは古本価格がだいぶ高くなっていますが本来の定価は税抜き4,800円。メルカリ等だと安く出品されているようです。e-honやhontoでは日数のかかる取り寄せながら購入可能表示になっています。新品ながらまだ買えるということのようです。

著者の先生について

大阪外国語大学のアラビア語学科を卒業、京都大学大学院で言語学を専攻。東京外国語大学で教授をされていた先生です。様々な文法書や辞書を世に出しアラビア語文法研究や語学教育に貢献されていましたが、退官前に難病のため一線を退かれ、復帰が叶わぬまま亡くなられたものと記憶しています。ご存命でいらっしゃったら、興味深い学習書がもっと生まれていたのではないでしょうか。

本の概要

●初版は昭和58年(1983年)。約40年前ということでアラブ世界の地図も古くイエメンが2つに分かれています。例文の訳文も العرب がアラブ人たちではなくアラブ族、طيب が良いではなくよろしいといった具合に渋めの日本語となっています。

●B6サイズで352ページ。大学書林のアラビア語学習書によくあるサイズとボリュームです。

●カバー範囲は大学の第2外国語講義向け教科書と同程度。名詞、形容詞、指示詞、人称代名詞、動詞完了形・未完了形、動詞派生形、弱動詞、仮定といった初級文法が一通り載っています。

●「文法の説明は簡潔にし例文や練習問題で体得する」という方針なので心の眼で文法を感知できないと文章での説明が少ないので理解できないままになるおそれがあります。初学者の人がこの1冊だけでアラビア語初級文法を学び終えるのは厳しいかもしれません。他の本で学んでから文法知識を膨らませつつ問題集代わりに使うと効果的だと思われます。発音方法の説明も軟口蓋とか有声摩擦音といった語で説明されているので、専門用語っぽいのを抜きにしてわかりやすく解説している本が好きな方は違うテキストを選ばれると良いです。

●文法説明は簡潔で短いですが、大学の講義で余談として出てきそうな豆知識的な話が混ぜ込まれています。基本事項をさらっと流す代わりに発展内容をその分詰めてある感じの構成です。

  • 日本語でいうところのいろはにほへとに相当する الأبجدية の古い配列 أبجد هوز … と、さらにその順番通りに1、2、3、4…と割り当てられた数値(字母数値)について。そうした古い数字表記システムではアルファベットを1文字ずつ右から並べて棒線を上に書くとそれで数が表せる。しかもマグリブ地方ではその順番と母音記号が違う。
  • アラビア数字は4に違う形がある、筆記体だと2と3の形が本の活字と違う。
  • 単語のアクセントがエジプト辺りでは他地域と違う。

●文法説明本文中で動詞の活用表が少し出て来ますが数は少ないです。他の文法書に比べると活用表ではなく解説と例文から学び取るスタイルだからかもしれません。全部の人称と数が載っている一般的なタイプの活用表は巻末にあります。本文と巻末の活用表を行ったり来たりしながら学習するスタイルになるかと思います。

表記について

●古い本の割にはアラビア文字の活字もすっきりしていて、日本語部分の行間も程良く空いているので読みやすいです。

●アラビア語のカタカナ表記(読みガナ、ルビ)にオリジナリティがあって、アラビア語ではなくアラビヤ語、ダンマはダムマ、ムハンマドではなくムハムマド、シリアはシリヤ、アンマンはアムマンと書かれています。アラビア文字での表記と調音部位との整合性を考えたつづりということのようです。

*アラビア語の ـمّـ(シャッダがついたミーム)はカタカナ表記にする時は「ムハンマド」が一般的ですが、シャッダがついた m 部分はアラビア語の元々の発音規則ではイドガームやグンナと呼ばれるルールにより両唇を閉じたまま鼻音で長く読む部分に相当します。舌を n の調音部位に動かして -mm- ではなく -nm- と発音するわけではないので مُحَمَّدٌ をあえて「ムハムマド」としているところに内記先生のこだわりを感じました。

●読み方は一般的な文法書が採用しているLC方式のローマ字転写(خをkh、長母音بَاをbāのように表記)ではなく、国際音声記号であるIPA方式(خをχ、長母音بَاをbaː)を採用しています。大学で言語学寄りのアラビア語学習をしている人にとっては最適であろう表記とはいえ、そうでない人にとっては文字列の読み方がスッと頭に入って来づらい要因になると思われます。

●エジプトに留学された旧世代の先生方のアラビア語文法書にしばしば見られる表記ですが、語末の ي がエジプト方式の点が無いアリフ・マクスーラと同形の ى(点無しヤー)になっています。فيفى と、يجيءيجىء と書かれています。この本も冒頭では長母音を ـِي で表すと紹介してはいるのですが、その後で ـِى メイン表記に切り替わります。ى になっている件については特に追加説明も無くページが進んでいきますのでこの件を知らない方は要注意です。間違えそうであれば自分で点点を書き足しても良いかと思います。

音声教材

大学書林の書籍概要ページには「カセットテープ3別売」との記載あり。ただ中古でも見つけるのは難しそうです。

感想

●全体的に説明が難しいので楽しくスイスイ覚える学習書をお求めの方には向いていないです。アラビア語を専攻している1年生さん、色々な外国語を学んでいる言語学系の学生さん、入門書を一通り終えて基礎固めの仕上げをしたい方におすすめな硬派な初級文法書だと思います。

●全体的に誤字脱字が少なく、東京外国語大学アラビア語学科言語学分野担当の先生が書かれた本ということもあり安心して読める本だと感じました。個人的には★4.5〜5個な気分ですが、終盤にさしかかるにつれて例文や単語が難しくなっていく初学者に優しい本とは言い難い部分ゆえに★4つとしました。人によっては「小難しくて理解しにくい。★3個ぐらいが妥当では?」と感じられるかもしれません。学習を初めて何冊目かに使うのが良いかと思います。

(2022年1月修正)

基礎アラビヤ語 基礎アラビヤ語
著者:内記 良一
出版社:大学書林