基本アラビア語入門 (奴田原 睦明/大学書林)

基本アラビア語入門

★★★☆☆~★★★★☆
大学における旧来のアラビア語講義に改善点を盛り込んだ文法書
こなれた例文の日本語訳からは文学の香りがほんのり漂う

著者:奴田原 睦明
校閲:ノール・ディーン・ナクシャバンディ
出版社:大学書林

著者の先生について

1940年生まれ。1965年東京外国語大学アラビア語学科卒業、1973年カイロ大学留学。東京外国語大学の助教授・教授職を務め2003年退官。同大学名誉教授。専門はアラブ文学研究で数多くの名作を日本語に翻訳。他にもエジプト生活体験を記した著作なども。2018年カタールの『シャイフ・ハマド翻訳・国際理解賞』(Sheikh Hamad Award for Translation and International Understanding)の『その他言語の功労賞(The category of Achievement Awards in other Languages)』受賞。

先生のプロフィールやご近況はエジプト أخبار اليوم 社の أخبار الأدب が行ったインタビュー記事が非常に詳しいです。退官と同時にアラビア語関係のお仕事をすっぱり引退、長崎県の五島列島にひっそりと移住された経緯が載っていました。

アラブ世界では以前から先生の著作である『العرب: وجهة نظر يابانية』がアラブ人読者達に衝撃を与え話題になっており、ネットでもそれ関係の書き込みやYouTube動画を度々見かけます。しかし先生のインタビュー記事によれば出版契約を結ばないまま改題の上無断出版された物だったらしく、元々は『رحلة البحث عن الأشياء المفقودة』という題名だったのだとか…

本の入手方法

元々の価格は本体4,700円+税。色々なショップでの新品在庫が僅少となっているようですが古本であればまだ入手が比較的容易です。

本の概要

●後書きに「アラビア語を能率よく学習するにはどのようにすればよいか、その方法を考えながら、これまでアラビア語教育に携わった過程で得られた経験をこのテキストに盛り込んでみました」とあります。先生ご自身は長年泰流社/大学書林の通称赤本『現代アラビア語入門』を使って学生達に教えられていた世代の方ということもあり、この『基本アラビア語入門』自体もそうした硬派なアラビア語学習の流れをくんでいるように思います。

●まず始めにアラビア文字の読み方や母音記号の解説が15ページほど。書き順の図示はありません。1ページ~146ページ文法学習。定冠詞、格、性、数、人称代名詞、指示詞、形容詞、動詞の完了形・未完了形、命令文、受動態、分詞・動名詞、不規則動詞、弱動詞、四語根動詞、كان、動詞派生形、数詞を学びます。147~148ページが日-アラ対照文法用語集。149ページ~253ページが見開きでの動詞活用表となっています。昔のタイプの大学生向け学習書としてはかなりの活用表ボリュームで、四語根動詞もしっかり載っています。

●練習問題はついていません。各課に例文演習として文が並べられており、アラビア語文や日本語訳を見て学習内容を反芻するという形式です。例文演習には用語集や文法解説はありません。

●要点をポン・ポン・ポンと並べてその後に手短な文章や脚注で補う参考書タイプの本とは異なり、先生が文法について語りながら例文や活用表を間にはさんでいくという講義の実況中継に資料を追加したような感じの構成です。流し読みして要点を拾っていくというよりも、本文を読み時には巻末の活用表と行ったり来たりしながら下線を引いたり書き込みを入れたりしていくと覚えやすいのではないかとと思います。

●多数の文法用語にアラビア語での名称が併記されているのは入門書としては珍しい方だと思います。アラビア語で書かれた文法書を読む時に活用できるのではないでしょうか。

●タンウィーンの ن をつけることをヌーネーション、属格・対格のことは斜格と書かれています。他のアラビア語文法書では見かけませんが、先生ご自身がヨーロッパ系言語文法書といった何らかの書籍で見かけ大学の文法講義でも使われていた用語をそのまま教科書に盛り込まれたものと推察されます。

●アラブ文学専門の先生が書かれたこともあってか例文『女たちは余りのうれしさにのどから甲高い叫び声をあげた』『君がぼくといるかぎり、ぼくは幸福だ』『なぜ君たちはそんな些細なことのために戦うのか?』や単語からほんのり文学の香りが漂っています。英語でいうところの to ~部分を「~するために」ではなく「・・・して~になった」と訳す、といった技術に似た感じでアラビア語→日本語訳も直訳というよりはもう少しこなれた感じになっており柔らかな印象を与えます。

表記

●アラビア語文のフォントはあまり大きくありません。日本語訳と同じ行に収めて、アラビア語部分だけ少しフォントサイズを大きくしてあるようです。ワープロソフトでいうとA4サイズ設定の原稿に日本語部分が10ptぐらいアラビア語部分が11ptぐらいで配置されている感じです。

●アラビア文にはルビはふってありません。冒頭で覚えた母音記号を使って自力で読む方式です。アルファベット学習の辺りだけはローマ字転写が添えられています。ش を sh ではなく š で表すISO 233なる転写方式が使われています。

音声教材

別売りカセットテープがあります。吹き込みは

ノール・ディーン・ナクシャバンディ先生 (シリア出身)

日本ではムハンマド・ヌールッディーン・ナケシュバンディという表記の方が一般的かと思います。お勤め先によってはナクシュバンディという表記だった時もあったように記憶しています。

1948年ダマスカス生まれ。ダマスカス大学でアラビア語を専攻、アラブ文学の分野で修士号を取得。1978年までシリアでアラビア語の講師をされていたのだとか。日本では外務省研修所(1987年~)、アジア・アフリカ語学院、東京外国語大学等、数多くの教育機関で長年アラビア語講師を務められ、NHKラジオのアラビア語講座(新妻 仁一先生担当講座)にネイティブゲストとして出演。

2009年秋の外国人叙勲では「我が国におけるアラビア語教育の向上に寄与」を理由に瑞宝双光章を受けられています。2018年春には外務省から感謝状が贈られたようで、ダマスカス関係のサイトに写真がアップされているのを拝見したことがあります。

感想

ظز [ z ] の強調音だと書かれていたりと気になる点はありましたが、先生が退官される前の西暦2000年前後まであちこちの大学で行われていたオーソドックスな文法教育をベースにした本という感じなので、王道から大きく外れたところもなくわかりやすく無難にまとまっていると思います。

●わかりやすい学習書をお求めの独習者さんには向いていないかもしれませんが、大学書林の『現代アラビア語入門』(通称赤本)のような教科書で勉強したいけれど読みづらくて挫折してしまった、という方にはおすすめです。赤本の代替本としてちょうど良い感じの構成と内容です。

(2022年2月修正)

基本アラビア語入門 基本アラビア語入門
著者:奴田原 睦明
出版社:大学書林