アラブ人の名前のしくみ~命名事情・人気ランキング:エジプト編

エジプトで人気の赤ちゃんネーム

2018年の記事から

“محمد ومريم وملك”.. أكثر الأسماء شيوعا بين مواليد 2018
『ムハンマド、マルヤム、マラク…2018生まれで最も多かった名前』
(2019年2月2日)

エジプト健康省が2018年生まれの赤ちゃんに関して発表した内容に基づく人気ネーム紹介記事です。

男児名の第1位は مُحَمَّد [ muḥammad ] [ ムハンマド ] で198,810名。意味は「称賛された、讃えられた、称賛に値する、称賛されるべき」。預言者ムハンマドの名前であるためエジプトでも圧倒的な第1位に。

女児名第1位は مَرْيَم [ maryam ] [ マルヤム ] で、48,000名。イスラームにおけるイエス(アラビア語ではイーサーもしくはヤスーウ)の生母ですが、イスラーム教徒以外にもコプト教会のキリスト教徒が多く住むエジプトでは宗教を問わず女児につけられる人気ネームになっているものと思われます。

3番目に多かったのが女児名の مَكَّة [ makka(h) ] [ マッカ ] だったとか。こちらはイスラームの聖地マッカ(メッカ)の名前をそのまま人名にしたもので、最近アラブ地域の一部で人気が出てきているようです。

女児名だけの人気順では3位に مَلَك [ malak ] [ マラク ] がランクイン。意味は「天使」。アラブ諸国でも命名に使う人が少なくない名前のようです。ただイスラーム法学者の意見では子供に天使の名前をつけるのは良くないとされており、命名してからそのことを知ってしまい改名すべきか悩む人もいるのだとか…

ムハンマドなど人気名を持つ国民の総数

預言者ムハンマドにあやかった命名はアラブ諸国で非常に多く、不動の1位を誇ります。北アフリカの大国エジプトもその例外ではありません。

2020年初めに報道されたエジプト国内の統計記録に関する内容によると、ポピュラーな男性名を持つ国民の数は以下の通り。

  • مُحَمَّد [ muḥammad ] [ ムハンマド ]
    1,400万人超
  • أَحْمَد [ ’aḥmad ] [ アフマド/アハマド ]
    600万人
  • مَحْمُود [ maḥmūd ] [ マフムード/マハムード ]
    400万人

いずれも預言者ムハンマドの本名や彼が持つ複数の別称(あだ名、通称)として扱われる男性名で、ランキング上位を占めているのは全て語根「ḥ-m-d」(称賛・称賛に関連した意味を付与する文字の組み合わせ)から成っています。この数の多さからもエジプト人の預言者ムハンマドに対する崇敬の念が健在であることが伝わってきます。

また記事では2017年時点のエジプト人総人口が約9550万人だったと記されていました。単純計算すると、エジプト男性の4人に1人ぐらいがムハンマドさんということになるでしょうか。若い世代についてはもっと違う名前の人も多いのだろうとは思いますが、上で紹介したランキングでも断然の1位なので不動の地位は今後も揺らぐことが無いものと推測できます。

*記事には詳細が書いてありませんが、ムハンマドさんとして数えられている人が1400万と非常に多いのは、「ムハンマド・アンワル」「ムハンマド・フスニー(口語発音はホスニー)」「ムハンマド・アリー」のような昔は命名が可能だった複合名も含まれているからなのでは?という気がしないでもないです。

テレビドラマに感化されて命名する親たち

الأسر المصرية تستلهم من أبطال دراما رمضان أسماء مواليدها
『エジプトの家庭はラマダーンドラマの主人公から着想を得て赤ちゃんに名前をつける』
(2018年6月2日)

その年の赤ちゃん名づけトレンドに関連する記事です。カイロ近辺の役所に実際届け出された新生児の名前のうち、数百が放送中のラマダーンドラマに出てくる主人公たちの名前だったとのこと。

普段は申請が少ない名前だったので、受け付けた職員たちもすぐに気付いたようです。ラマダーンがの1週目だけでも、管轄地域内の親たちから各主人公のファーストネームである

  • رَحِيم [ raḥīm ] [ ラヒーム ](慈悲深い)
    300名
  • سَلِيم [ salīm ] [ サリーム ](安全な、健康な、健全な、無傷の)
    250名
  • عُمَر [ ‘umar ] [ ウマル ](長生きする/第二代正統カリフ ウマルの名前)
    500名

の登録申請があったといいます。上記以外にも、

  • طَايِع [ ṭāyi‘ ] [ ターイウ ](従順な)
    *口語・人名でしばしば起きる تَخْفِيف [ takhfīf ] [ タフフィーフ ] と呼ばれる現象で、文語で طَائِع [ ṭā’i‘ ] [ ターイウ ] だったものが声門閉鎖音/声門破裂音ハムザの弱文字 ي [ y ] 化で طَايِع [ ṭāyi‘ ] に転じた名前です。
  • أَيُّوب [ ’ayyūb ] [ アイユーブ ](預言者の名前。ヨブに同じ。)

のような主人公名の申請が増えたとのこと。

エジプトでは名前と子供の運が結びついていると考える向きがあり、アッラーに対する信仰心を試すべくシャイターンにより引き起こされた数々の苦難と病に見舞われたアイユーブのような人物の名前を我が子につける親は多くなかったといいます。それにもかかわらずアイユーブくんという赤ちゃんが急増したのは明らかにラマダーンドラマの強い影響だったとのこと。実に25年ぶりのランキング入りとなった形です。

命名が禁止されている名前

複合名の禁止

アラブ人の名前のしくみ~ファーストネーム(イスム)』で紹介していますが、エジプトは2語以上からなる複合名が禁止されているそうです。

パレスチナなどでも問題になっていましたが、親が尊敬する人物のフルネームをそのままファーストネームにもらったりすると非常に長くなり、文字数が増えて登録コンピューターの入力欄からはみ出てしまうということが関係している模様。

新しい世代にそうした名前がつけられなくなっていることから、ラカブ(称号・尊称)由来だった複合名などは1語目、つまり「~の◯◯」のうち◯◯部分のみを残して命名するという風に変わってきているそうです。

  • عَلَاء الدّين [ ‘alā’u-d-dīn ] [ アラーウ・ッ=ディーン ]
    Alaa el-Din / Ala el-Din、宗教の高み
    *エジプトでは人名の英字表記に定冠詞の口語バージョンである「ei-」を使うのが普通です。アラーエッディーン、アラーエルディーンのようなカタカナ表記があるのもそのためです。実際にはdはlに同化して促音になる太陽文字なのでエルディーンとは読みませんが、エジプト人本人が自分の名前をそうカタカナ表記している場合もあります。

    • → عَلَاء [ ‘alā’ ] [ アラー ]
      Alaa / Ala、高み・高さ・崇高さ
      口語発音だとアレーァに近く聞こえたりすることも。

色々な種類の禁止ネーム

エジプトで新生児につけてはいけないと公布されている名前について調べたところ、以下のようなものが書かれていました。

  • 複数の単語を組み合わせて1セットとした複合名の新規命名(国民のID登録の都合上。)
  • 「اِسْم الشُّهْرَة」[ ’ism-sh-shuhra(h) ] [ イスム・ッ=シュフラ ] =通称(犯罪防止のため。アラブ地域ではテロ・ゲリラ組織の成員が通名を使うことが多いことから。)
  • 狂人・けだもの・阿呆といった悪意ある醜い名前
  • 「アブド・◯◯」(◯◯のしもべ)の◯◯部分に、通常用いられるアッラーやその属性名・美名以外の預言者や使徒といった名詞を入れること(イスラームの偶像崇拝禁止に抵触するため。)
  • 外国語由来の洋風の名前でアラブ、イスラーム的ではないもの。

場合に応じて罰金・刑期も定められているようです。

登録された本名とは違う名前で名乗る・呼ばれる現象

アラブ人の名前のしくみ~通名・通称・仮名・芸名』で紹介していますが、エジプトでは国民登録した時の本名とは違うファーストネームを使っている人たちが結構いるようです。

エジプトのラジオ番組でも、出生時の国民登録で届け出た本名とは異なるファーストネームを名乗っている人が少なくないという話題を取り上げているのを聴いたことがあります。

家族が本人の幼少期から登録とは違うファーストネームで呼んでいる場合があったり、本人が名乗るのを嫌がってニックネームで通している場合があったり、など事情は様々なのだとか。前者は本人の意志ではなく家族の発案。後者は本人の意志からということになります。

親を恨むレベルで古臭い名前をつけられてしまい名乗りたくなくて「ズーズー」や「ズィーズィー」といった可愛らしい愛称で通してごまかしている女性、珍しすぎる変な名前を言いたくなくて全く異なる名前を使っている男性の話など色々な実例がトークの中で登場していました。