List of Arabic Given Names (Male) [ Arabic-Japanese ]
各種アラブ人名辞典(アラ-アラ、アラ-英)・中世から現代までのアラビア語大辞典・現地記事にて確認しながら日本語訳し、プラグインにデータ入力して作っています。「♪発音を聴く♪」をクリックすると発音サンプルの音声が流れます。
現地発刊のアラブ人名辞典5冊前後+串刺し検索で辞典を20~30冊ほどチェックし管理人の自分用メモとし、そこに創作・命名向け情報などをプラス。検索エンジンに全部載るよう全ネームを1ページに出力しています。長いので頭文字別ページや検索をご利用ください。
*アラビア語由来の名前を持っている人=アラブ系・アラブ人ではないので、トルコ、イラン、パキスタンなど非アラブ系の国における発音や表記とは区別する必要があります。(言語によってはアラビア語と少し意味が違ったり、アラブ男性名がその国の女性名になっていることも。)
* [ ] 使用項目/行数が少ない部分は未改訂の初期状態、【 】使用項目は改訂履歴あり。■ ■使用項目は直近改訂あり/新規執筆分で情報の正確性も高めの部分となっています。
*文藝春秋社刊『カラー新版 人名の世界地図』(著:21世紀研究会)巻末アラブ人名リストは当コンテンツの約1/3にあたる件数の人名・読みガナ・語義の転用と思われる事例となっていますが当方は一切関知していません。キャラ命名資料としてのご利用・部分的引用はフリーですが、商業出版人名本へのデータ提供許諾は行っていないので同様の使用はご遠慮願います。
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名前辞典の見方
カタカナ表記/アラビア語表記/英字表記/日本語での意味[補足]
アラブ人の名前はファーストネーム部分も家名部分も英字表記に揺れがあります。文語のつづりと母音記号に比較的忠実なこともあれば、口語で起きる二重母音の変化を反映したり子音が2個連続しているはずの部分を1文字だけで済ませているケースもありカタカナ化をする時に間違えやすいです。
英字表記については、使われ得るパターンをなるべくたくさん列挙するようにしているので、多用されないつづりも含んでいます。
たとえはハーリドの場合、KhalidとKhaalidのようにアーと長く伸ばす長母音āを1文字だけで表現するKhalidと2文字並べてKhaalidとする方法がありますが、アラブ人やアラビア語由来人名を持つイスラーム教徒が通常用いるのはKhalidの方です。キャラクターネーミングの際はアーを-aa-ではなく-a-、イーを-ii-ではなく-i-、ウーを-uu-ではなく-u-と当て字をしている英字表記を使うのが無難なのでおすすめです。
アラブ人名辞典-男性
母音記号あり:عَاقِل [ ‘āqil ] [ アーキル ] ♪発音を聴く♪
Aqil、Aaqil
知性ある、理性ある、理性的な 、分別がある、賢い(人);【アラビア語文法用語】(物事とは異なる知性ある存在としての)人間
■意味と概要■
能動分詞の男性形。動詞 عَقَلَ [ ‘aqala ] [ アカラ ](分別がある、理性がある;~を理解する)の動作主・行為者であることを示す。
アラビア語文法で「アーキル」は数や性の対応関係の項目でよく出てくる語で、具体的には知性を有する生命体である人間のことを指す。対義語は غَيْر عَاقِلٍ [ ghayr(u)/ghair(u) ‘āqil ] [ ガイル・アーキル ] で直訳は「知性的でない」、即ち「知性を持たないもの」である人間以外の動物や物事を指す。
■発音と表記■
口語的にiがeに転じた発音アーケルに対応した英字表記Aqel、Aaqelもある。携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響からSNSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた表記3aqil、3aaqil、3aqel、3aaqel等も派生し得る。
Aasii、Aasi、Asi、Aasy、Asyなど
不従順な、命令に従わない、反抗的な(者);反逆者;罪を犯す(者)、罪人;出血が止まらない血管
【 能動分詞の男性形。ベドウィン人名辞典によると難産ですんなり生まれてきてくれなかった男児だから、夫と喧嘩して家に戻るものかと反抗的になっていたさなかで産んだ男児だからつけた、といった命名の動機も元々はあったとか。
名将عَمْرُو بْنُ الْعَاصْ [ ‘amr(u) bnu-l-‘āṣ ] [ アムル・ブヌ・ル=アース ](アムル・イブン・アル=アース)のアル=アースはこのアースィーに定冠詞アルがついたアル=アースィーの休止形で、語末の長母音īが脱落したもの。アムル・イブン・アル=アースの父アル=アース・イブン・ワーイルは預言者ムハンマド迫害側の代表人物の一人。イスラーム教徒となった息子を監禁棄教を迫り毎日虐待。最後は天罰が下り落命したと言い伝えられている。】
【 sを2個連ねたAssi、Assyといった英字表記もあるがアッスィ、アッスィーと読むことを意図したものではないので要注意。
また日本語では外国語の「si」(スィ)部分に「shi」(シ)の音を当てることが広く行われているため、この人名に関してもアースィー、アスィ、アーシー、アシといったカタカナ表記が使われ得る。ただし子音のわずかな違いが言葉の意味を大きく変えてしまうアラビア語ではアースィーとアーシーでは全く違う名前になる。
アーシーという発音だと عَاشِي [ ‘āshī ] [ アーシー ] というアラビア語表記を連想、「夜盲症である、夜目がきかない」もしくは「夕食を食べる、夜ごはんを食べる;家畜が夜に牧草を食べる」といった概念に関連した同士の能動分詞(=行為者・動作主などを示す)のイメージにつながるので要注意。】
Aasim、Asim
護る者、防御者
【 能動分詞の男性形。】
【 日本語的なカタカナ表記ではアーシムになっていることも多いがshi(シ)の音ではなく重たく発音するこもった感じのsi(スィ)。またアラビア語の英字表記されたsはズィやジと濁らない。
また長母音の場所を変えてアスィームとしたり、さらに濁点をつけて読んでしまいアジームとすると全く違う語形となりもはや「護る者、防御者」の意味をなさないので要注意。ただし英語圏など非アラブ諸国では原語とは違う発音がされている可能性も高いので現地発音に沿ってカタカナ化する必要あり。】
Aazim、Azim
決意した、決心した(者)
【 能動分詞「~している」「~する者」の男性形。】
【 口語風にiがeに転じてアーゼムに近くなった発音に対応した英字表記はAazem、Azem。】
Aadam、Adam
アーダム
【 最初の人間でイスラームの預言者でもあるアーダム(アダム)の名前。アラビア語では بَنُو آدَم [ banū ’ādam ] [ バヌー・アーダム ](アーダムの子孫たち)は人類、人間のことを指す。】
Aaatif、Atif
同情している、優しい(人)
【 能動分詞の男性形。】
【 口語風にiがeに転じたアーテフという読みに対応した英字表記はAatef、Atef。】
発音記号あり:عَادِل [ ‘ādil ] [ アーディル ] ♪発音を聴く♪
Aadil、Adil
公平な、公正な(人)
【 能動分詞の男性形。継続的な性質を示す能動分詞(品詞としては名詞)のため形容詞的意味を帯びている。定冠詞 اَلْـ [ ’al- ] [ アル= ](al-)がついて اَلْعَادِل [ ’al-‘adīl ] [ アル=アーディル ] となっている場合は「公正なる王」といった限定名詞への修飾のため定冠詞がついている、「公正なる者」という称号として王を呼ぶのに使うなどするケースのため、男性のファーストネームとして使う場合は定冠詞 اَلْـ [ ’al- ] [ アル= ](al-)抜きの عَادِل [ ‘ādil ] [ アーディル ] が推奨。】
【 口語風にiがeに転じた発音アーデルに対応した英字表記はAadel、Adel。携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響から、SNSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた3aadil、3adil、3aadel、3adelも用いられている。日本語カタカナ表記としてはアーディル、アディル、アーデル、アデルが使われ得る。】
母音記号あり:عَابِد [ ‘ābid ] [ アービド ] ♪発音を聴く♪
Aabid、Aabid
崇拝する者、崇拝者、しもべ
【 動詞 عَبَدَ [ ‘abada ] [ アバダ ](~を崇拝する)の動作主・行為主であることを表す名詞(能動分詞)の男性形で「崇拝している(もの/者)、崇拝する(もの/者)、崇拝者、しもべ」。男性名としても用いられる名詞 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷;崇拝者、僕)と同じ語根を共有する姉妹語。】
【 口語(方言)風にiがeに転じた発音アーベドに対応した英字表記はAbed、Aabed。本人名に対応する主な日本語カタカナはアービド、アビド、アーベド、アベド。】
Aamir、Amir
住んでいる、居住している、居住者;建設者;人々がそこに住んでいる、(場所として)栄えている;長生きの
【 能動分詞の男性形。】
【 口語風にiがeに転じた発音アーメルに対応した英字表記はAamer、Amer。】
Aarif、Arif
知っている、知識ある、博識な(者)
【 能動分詞の男性形】
【 口語風にiがeに転じた発音アーレフに対応した英字表記はAaref、Aref。日本語のカタカナ表記ではアリフ、アレフと書かれていることも。】
Aalim、Alim
知識がある(者)、学がある(者);学者
【 能動分詞の男性形。عِلْم [ ‘ilm ] [ イルム ](知識、学)に関連した性質を有している者や仕事をしている者を指す。】
【 口語的にiがeに転じアーレム寄りになった発音に即した英字表記Aalem、Alemなどもある。】
Ayham、Aiham
勇敢で豪胆な男、撃退することがかなわない勇敢な男;到達・登頂が難しい高くそびえ立つ山;星が無い(真っ暗な)夜;滑らかな石
【 2010年前後にパレスチナで流行した男児名。パレスチナ付近にあったガッサーン朝(王国)最後の王の父親の名前でもあった。ガッサーンはキリスト教を信仰するアラブ系部族で、イスラーム軍に敗れイスラーム化した。
アラビア語で اَلْأَيْهَمَان [ ’al-’ayhamān(i)/’aihamān(i) ] [ アル=アイハマーン(語末まで全部読む場合はアル=アイハマーニ) ](意味は「2つのアイハム」)は打ち勝つことが難しい2つの存在である「激流・洪水」と「興奮して暴れまわるラクダ」を指すという。 】
【 二重母音ay/aiが口語風にエイやエーになったエイハム、エーハムという発音に即した英字表記はEyham、Eiham、Ehamなど。】
Ayman、Aiman
幸運/安寧/祝福を授かった(者)、幸運な(者);右の
【 يُمْن [ yumn ] [ ユムン ](幸運、好運;成功、繁栄)に恵まれていることを意味する形容詞的語形。もしくは يَمِين [ yamīn ] [ ヤミーン ](右)であることを示す。】
【 二重母音ay/aiが口語風にエイやエーになったエイマン、エーマンという発音に即した英字表記はEyman、Eiman、Emanなど。ただしEmanは女性名 إِيمَان [ ’īmān ] [ イーマーン ] の場合がほとんど。またIで [ アイ ] と読ませる意図のImanも見られるが、こちらも女性名イーマーンに使うのが普通。】
Ayyaash、Ayyash、Aiyaash、Aiyashなど
たくさん生きている、長生きの(人)
【 能動分詞 عَائِش [ ‘ā’ish ] [ アーイシュ ](生きている(者))の強調語形。たくさん生きている、長く生きているといった意味合いになりその度合い・長さ・回数が強調されている。なおアイヤーシュの語形は能動分詞の強調以外にも職業を示す語形としても使われることから عَيْش [ ‘aysh/‘aish ] [ アイシュ(口語発音はエイシュ、エーシュ) ](通常はパンのことだが米食地域では米・白飯を指す)屋・売り、つまりはパン売り・パン屋という意味で使うこともあるとのこと。】
【 [ ‘ayyāsh ] の「ay」部分は二重母音「ai」となるため発音表記が‘ayyāshと‘aiyāshが混在している。どちらもアイヤーシュという発音を示しており、重子音化記号シャッダ(ـّ)がついていても促音化させアッシャーシュとするのは正確なカタカナ表記ではないので要注意。
英字表記についてはyyを1個だけに減らしたAyashというバリエーションもある。語末のshをchで表記したフランス語圏風のAyyach、Ayachなどもしばしば見られるがアイヤッチやアヤッチという読みを意図したものではなくこのアイシャーシュの表記違い。】
Ayyuub、Ayyub、Ayyoub、Ayyoob
アイユーブ
【 イスラームにおける預言者の名前。聖書に出てくるヨブに相当。唯一神アッラーに対する揺らぎない信仰を試すべくシャイターン(悪魔)が次々と彼に不幸を起こした。財産の喪失・家族の死・体を蝕む病・孤独…最後に報われて苦しみから救われるものの、数々の苦難に陥った人生を想起させることからアイユーブという名前を我が子には命名しない親も少なからずいるという。】
【 yを1個だけに減らしたAyuub、Ayub、Ayoub、Ayoobといった英字表記も見られる。なおアラビア語ではay部分が二重母音aiになるためアッユーブではなくアイユーブと発音するので要注意。】
Aws、Aus
狼;贈り物;補償、代償
【 元々はギリシア語由来だと言われるが古くにアラビア語化されアラビア語とみなされている。ジャーヒリーヤ時代はأَوْسُ مَنَاة [ ’aws/’aus manā(h) ] [ アウス・マナー ](女神マナートの贈り物)という複合名があったが、イスラーム誕生により多神教の神の名前を含む名前は改名され أَوْسُ اللهِ [ ’aws/’ausu-llāh ] [ アウスッラーフ(語末まで厳密に読む発音ではアウスッラーヒ) ] に置き換わったという。
イスラーム共同体初期、マッカ(メッカ)から逃れた預言者ムハンマドらの一行を迎えた教友(サハーバ)であるアンサール達は الأوس [ アル=アウス ] 族と الخزرج [ アル=ハズラジュ ] 族に属していた。どちらも元々同じ祖先を持つ部族で、حارثة [ ハーリサ ] という男性の息子アウスとハズラジュを分家の祖とした。
預言者ムハンマドの教友でアンサールだった أوس بن جبير الأنصاري [ アウス・ブヌ・ジュバイル・ル=アンサーリー ](アウス・イブン・ジュバイル・アル=アンサーリー)はハズラジュ系統の支族の出身。】
【 語頭の’aw/’au部分は二重母音で口語発音ではオウ、オーになることからオウス、オース寄りの読みに基づいたOws、Ous、Oos、Osが派生し得る。】
母音記号あり:عَوْف [ ‘awf / ‘auf ] [ アウフ ] ♪発音を聴く♪
Awf、Auf、Aoufなど
獅子(ライオン);狼(オオカミ);家族のために懸命に働く人、家族を養うためあくせく働く男性;状態、状況;客、客人;仕事;恵み;分け前、持ち分;鶏(ニワトリ)、雄鶏(おんどり);(吉凶を占う際の前兆・鳥占いの吉凶の表れ・様相としての)鳥;運勢;オスのバッタ;かぐわしい香りがする植物の一種の名前
■意味と概要■
色々な意味を持つ単語。通常は一般的・基本的名称 أَسَد [ ’asad ] [ アサド ] などと呼ばれる獅子(ライオン)の指すのにも使用、夜に獲物を追い求める様子からつけられた属性名・別称だという。
「(吉凶を占う際の前兆という意味で)鳥」という語義についてはイスラーム以前(ジャーヒリーヤ時代)にあったアラブの迷信と関連しているもので、当時は鳥が飛ぶ方向によって幸運・不運の前兆が示されるという考えによる。アラブの伝統的な鳥占いでは、右の方を飛ぶ=吉兆、左の方を飛ぶ=凶兆、前の方に飛ぶ=凶兆、後ろの方に飛ぶ=吉兆、ヤツガシラ=吉兆の鳥、カラス=凶兆の鳥という扱いだった。(→アラブ研究者堀内勝先生ブログ『夜の旅人 研究ブログ~カラスの俗信、吉凶、鳥占、薬膳、夢占い』に詳細な説明あり。)
■発音と表記■
[ ‘awf / ‘auf ] [ アウフ ] の「aw」部分は二重母音「au(アウ)」として発音されるため-aw-を含むAwf等と-au-を含むAuf等との2系統が混在、どちらもアウフという発音を示している。
学術的な発音表記では1文字目のع(アイン)を示す際に記号の「‘」や「ʿ」を使ったりするが、一般的なアラブ人名・アラビア語由来人名の英字表記(ラテン文字表記)では‘Awf、‘Aufなどではなく単に記号無しのAwf、Aufとつづる方が圧倒的に多い。またフランス語の影響を受けている地域だとウ音をouで表現するため、Aoufという当て字でアオウフではなくアウフと読ませるので要注意。
アラビア語文語の二重母音「aw(=au、アウ)」部分は日常会話・口語ではou(オウ)もしくはō(オー)音になることが多く、オウフに対応したOwf、Ouf、Oaf(*英語のloafのように-oa-部分をオウと読むことを意図したものと思われる)オーフに対応したOof、そしてOofの-oo-を1文字に減らしたOf(*オーフを意図しているため、オフや英語風に濁点ありのオブなどとカタカナ表記しないよう要注意)といった英字表記が見られる。
またアウフは実際に発音するとアオフに近く聞こえることもあるせいか、アオフとしか読めないような当て字であるAofといった英字表記の使用も行われている。
携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響からSfSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayf/‘aif ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた3owf、3ouf、3oaf、3oof、3of、3aof、3aoufといった表記も見られる。(注:3は喉付近を力む動作に対応したものなので、3owfはスリーオウフ等とはカタカナ化せず、3aはア、3oはオと当て字を行う。)
母音記号あり:عَوْن [ ‘awn / ‘aun ] [ アウン ] ♪発音を聴く♪
Awn、Aun、Aounなど
助け、援助、支援、助力;支援者、援助者
■意味と概要■
通常の名詞としては「召使い、使用人」「ボディーガード、護衛」といった語義もあるが、アラブ人名辞典で第一の意味として挙げられているのは「助け、援助、支援、助力」「支援者、援助者」。
ファーストネームだけでなく男性名由来のラストネーム(≒ファミリーネーム、家名)としてアラブ人名のフルネームに含まれることもしばしば。レバノン元大統領の مِيشَال عَوْن [ つづり通りの発音:mīshāl ‘awn/aun ] [ ミーシャール・アウン(実際にはミーシェール・アウン等と発音)](ミシェル・アウン)のラストネームであるアウンもその一例。
■発音と表記■
[ ‘awn / ‘aun ] [ アウン ] の「aw」部分は二重母音「au(アウ)」として発音されるため-aw-を含むAwn等と-au-を含むAun等との2系統が混在、どちらもアウンという発音を示している。
学術的な発音表記では1文字目のع(アイン)を示す際に記号の「‘」や「ʿ」を使ったりするが、一般的なアラブ人名・アラビア語由来人名の英字表記(ラテン文字表記)では‘Awn、‘Aunなどではなく単に記号無しのAwn、Aunとつづる方が圧倒的に多い。またフランス語の影響を受けている地域だとウ音をouで表現するため、Aounという当て字でアオウンではなくアウンと読ませるので要注意。
アラビア語文語の二重母音「aw(=au、アウ)」部分は日常会話・口語ではou(オウ)もしくはō(オー)音になることが多く、オウンに対応したOwn、Oun、Oan(*英語のloanのように-oa-部分をオウと読むことを意図したものと思われる)オーンに対応したOon、そしてOonの-oo-を1文字に減らしたOn(*オーンを意図しているため、オンとカタカナ表記しないよう要注意)といった英字表記が見られる。
またアウンは実際に発音するとアオンに近く聞こえることもあるせいか、アオンとしか読めないような当て字であるAonといった英字表記の使用も行われている。
携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響からSNSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた3own、3oun、3oan、3oon、3on、3aon、3aounといった表記も見られる。(注:3は喉付近を力む動作に対応したものなので、3ownはスリーオウン等とはカタカナ化せず、3aはア、3oはオと当て字を行う。)
母音記号あり:عَقِيل [ ‘aqīl ] [ アキール ] ♪発音を聴く♪
Aqil、Aqiil、Aqeelなど
知性ある、理性的な 、分別がある、賢い(人);(人・女性・ラクダなど)人民・集団の間の高貴な者、人民・集団の中でも長たる上位の身分の者;(言葉といった物事の中でも特に)希少・貴重な・最良の(物事);(海で採れる澄んだ色の大粒な)真珠;縛られた、拘禁された(もの/者)
■意味と概要■
男性のファーストネーム以外にも男性名由来のラストネーム(家名、ファミリーネーム)としてもしばしば用いられる。古くからあるアラブ男性名で、イスラーム初期に預言者ムハンマドらの仲間として活動し後に第4代正統カリフ/初代シーア派イマームともなったアリーの兄弟がこのアキールという名前だった。
文法的には受動態的な意味を持つ分子類似語形である فَعِيلٌ [ fa‘īl(un) ] [ ファイールン ] 型で、アラビア語辞典やアラブ人名辞典では受動分詞 مَعْقُولٌ [ ma‘qūl ] [ マアクール ] に似た語義を持つと書かれているなどする。
元になる動詞 عَقَلَ [ ‘aqala ] [ アカラ ] には「理性的である、分別がある」「理解する」という理性・分別に関連する語義と「(ラクダがいなくならないよう動き・行動範囲を制限するために脚を)縛る」「拘禁する」という語義の2通りがあり、そこから派生する عَقِيل [ ‘aqīl ] [ アキール ] も受動分詞 مَعْقُول [ ma‘qūl ] [ マアクール ] と同様の語義を含む。アキールの意味の一つとして「縛られた、拘禁された」などが挙げられているのはそのため。
■発音と表記■
長母音ī(イー)部分の当て字は複数通りあり、Aqil、Aqiil、Aqeel以外にもAqeelのeeをe1個に減らしたAqel、Aquilといった英字表記が用いられている。アラビア語としてAqelをアケル、アーケル、アケール、Aqeelをアケール、Aquilをアクイル、アキュイルとカタカナ表記するのは誤読に当たるので要注意。
またqを発音部位が近いkに置き換えたAkil、Akiil、Akeel、Akelなども広く用いられているが、全くの同じ人名。
英字表記についてはAqilは同じ語根を共有する姉妹語で男性名としても用いられる عَاقِل [ ‘āqil ] [ アーキル ] の英字表記Aqil、Aqelは عَاقِل [ ‘āqil ] [ アーキル ] の口語風発音アーケルに対応した英字表記のAqelとかぶるので要注意。アラビア語など原語での発音やつづりを確認の上区別する必要がある。
また携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響からSNSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた表記3aqil、3aqiil、3aqeel、3aqel、3akil、3akeel、3akel等の使用もしばしば見られる。
なお、アラビア語表記上では母音記号が無いと全く同じつづり عقيل となる男性名に縮小名詞語形である عُقَيْل [ ‘uqayl / ‘uqail ] [ ウカイル ] がある。アラビア語表記のみが書かれている場合は実際の発音や英字表記で عَقِيل [ ‘aqīl ] [ アキール ] と区別する必要あり。
عَقِيل [ ‘aqīl ] [ アキール ] に対する日本語カタカナ表記としてはアキール、アキルがある。
母音記号あり:أَكْرَم [ ’akram ] [ アクラム ] ♪発音を聴く♪
Akram
より/最も寛大な(者);より/最も気前が良い(者);より/最も高貴な(者)
【 比較級(より~な)・最上級(最も~な)語形。男性名 كَرِيم [ karīm ] [ カリーム ](寛大な、高潔な;気前が良い;高貴な)の意味合いを比較級もしくは最上級にしたのが أَكْرَمُ [ ’akram ] [ アクラム ] の意味となる。】
母音記号あり:عَقْل [ ‘aql ] [ アクル ] ♪発音を聴く♪
Aql
知性、理性、理解力;精神、心;意識、認識;(動き回らないようにするためラクダの脚を縄で)縛ること;血債(血の代償金、血の代金)
■意味と概要■
語形としては動詞 عَقَلَ [ ‘aqala ] [ アカラ ](理性的である、理性がある;理解する;(ラクダの脚)を(ロープで)縛る;~を拘禁する)の動名詞で文法的には男性名詞として扱われる。元々はラクダなどの家畜が自由に歩き回って他所に行ってしまわないようにするために脚に縄をかけて動きを制限することを表す語だったが、理解や認識といった語義に発展した。
عَقْل [ ‘aql ] [ アクル ] はこの他にもイスラームにおいて規定されている殺人時の遺族向け代償金ディヤを指すこともするが、男性名としても使われるのは「知性、理性」「理解、認識」などの意味で、アラブ人名辞典にはラクダの脚の緊縛や血の代償金といった語義までは載っていないことが多い。
■発音と表記■
真ん中の2文字に母音がつかない(無母音)の عَقْل [ ‘aql ] [ アクル ] という語形は語末母音の発音が省略される口語(アーンミーヤ)では無理が出ることから補助母音が入りやすく、方言によっては عَقِل [ ‘aqil ] [ アキル ] や母音iが口語的にe寄りになった [ ‘aqel ] [ アケル ] に近い発音に変化することも。それらの発音に対応した英字表記としてAqil、Aqelなどが用いられている。
またアラビア半島などベドウィン系方言などでは ق(q)の発音が文語アラビア語(フスハー、正則アラビア語、現代標準アラビア語)に存在しない g に置き換わるなどするため、ネットの人名やユーザーネームの英字表記には عَقْل [ ‘agl ] [ アグル ] に対応したAgl、عَقِل [ ‘agil ] [ アギル ] に対応したAgil、عَقِل [ ‘aqel ] [ アゲル ] 寄り発音に対応したAgelといった英字表記も使われているが、前部同じ男性名の発音揺れ・表記揺れに当たる。
母音記号あり:أَسَد [ ’asad ] [ アサド ] ♪発音を聴く♪
Asad
ライオン、獅子;勇敢な男、勇猛な男
■意味と概要■
ライオンを意味するアラビア語で最も一般的な名詞。獅子は勇敢・勇猛・猛者の代名詞。長年の間部族同士が衝突・戦争を繰り返し外敵と戦うこともあったアラブ社会では勇敢で死を恐れない戦士であることは重要な資質の一つでもあった。またイスラーム教のために奮闘する勇猛な闘士の形容にもしばしば用いられる。
■家名として■
【シリアのアサド家】
シリア大統領のアサド家はアラビア語だと定冠詞のついた اَلْأَسَد [ ’al-’asad ] [ アル=アサド ](「the Lion」の意)で一族の祖・家長の本名ではなく通称(ラカブ)が家名化したもの。
アサド家の父祖は元々野獣という意味の اَلْوَحْش [ ’al-waḥsh ] [ アル=ワフシュ(実際にはアル=ワハシュに近い発音)](一般的英字表記はal-Wahsh)の二つ名で知られ、それ以前に名乗っていた元々のラストネームに代えて新たな家名としてアル=ワフシュを名乗るようになったという。(反体制派が同家の元々のルーツと噂されるイラク-イラン付近クルド人地域の地名にちなむ本来のラストネームだとして البهرزي [ ’al-bahrazī ] [ アル=バフラズィー(/アル=バハラズィー) ] を敢えて使っているのもそのため。)
しかし後々になってさすがに اَلْوَحْش [ ’al-waḥsh ] [ アル=ワフシュ(/アル=ワハシュ)](野獣、けだもの)というネーミングはイメージ的にも良くないということで同じく勇猛さを意味する اَلْأَسَد [ ’al-’asad ] [ アル=アサド ](ライオン、獅子)家に改名したと言われている。
【ブラジルのアサド(Assad)ファミリー】
ブラジルには有名な音楽家一族である「アサド(Assad)」ファミリーがいるが、一族がレバノン系移民であることに由来するアラビア語家名で「獅子、ライオン」という意味の男性名が元になっている。
■発音と表記■
sを2個連ねたAssadという英字表記もあるが、フランス語圏で濁点がついたザで読まれることを防ぐためにssと連ねるといった理由などから多用されている当て字で、アッサドやアッサードと読むことを意図したつづりではないので要注意。
なお英字表記のAsadは「獅子、ライオン」という意味の أَسَد [ ’asad ] [ アサド ] だけでなく、「より/最も幸福な・幸運な」という意味の名詞・形容詞 أَسْعَدُ [ ’as‘ad ] [ アスアド ] にも使われる当て字なので、実際の発音や元のアラビア語のつづりを見ないと区別できないケースもある。
Ashraf
より/最も高貴な
【 比較級(より~な)・最上級(最も~な)の語形。男性名 شَرِيف [ sharīf ] [ シャリーフ ](高貴な、名家出身の、名誉ある)の意味合いを比較級もしくは最上級にしたのが「アシュラフ」の意味となる。】
【 フランス語圏ではsh部分をch表記するのが一般的でAchrafと書かれる。】
As'ad、Asad
より/最も幸せな、より/最も幸福な、より/最も幸運な
【 比較級(より~な)・最上級(最も~な)語形。男性名 سَعِيد [ sa‘īd ] [ サイード ](幸せな、幸福な、幸運な)の意味合いを比較級もしくは最上級にしたのが「アスアド」の意味となる。】
【 英字表記では「'」を通常入れないので、أَسَد [ ’asad ] [ アサド ](獅子、ライオン)のAsadと見た目上全く同じつづりになってしまうので混同に注意。アラビア語表記や本人の名前の発音を実際に聞かないとAsadがアスアドなのかアサドなのか判別できないため。】
母音記号あり:عَزِيز [ ‘azīz ] [ アズィーズ ] ♪発音を聴く♪
Aziiz、Aziz、Azeez
力強い、強力な;親愛なる
■発音と表記■
日本語カタカナ表記ではAzeezをアゼーズとしていることが多いが、アラビア語に忠実なカタカナ表記ではアズィーズとなる。英語圏、フランス語圏、ドイツ語圏などの移民先での呼ばれ方・読まれ方についてはまた別なので現地メディアなどで発音を確認する必要あり。
またアズィーズに関してはAzeezのeeを1個に減らしたAzez、英語のseize(スィーズ)のように長母音「ī(イー)」部分を「ei」で表現したAzeizといった英字表記も見られるが、アゼズ、アゼッズ、アゼイズではなくアズィーズという発音を意図したものなので要注意。
日本では外国語単語に含まれるzi(ズィ)音をji(ジ)で当て字してカタカナ化する慣例があるため、このアズィーズというアラビア語人名も日本で長い間使われてきたアジーズやアジズの方でカタカナ表記されていることが多く、創作などにおいても「アズィーズはなんとなく発音しにくいので」「アジーズの方が馴染みがあるから」といった理由からアジーズ、アジズ表記のキャラクター名ネーミングがポピュラーだと言える。
しかしながらアラビア語ではzi(ズィ)音をji(ジ)音に置き換えてアジーズやアジズといった響きにしただけで全く別の意味を表す完全に別物の単語に変貌してしまうので注意が必要だと思われる。عَجِيز [ ‘ajīz ] [ アジーズ ] は「性的不能になって女性と性行為ができない男性;交尾ができなくなった(種牡馬などの)種牡・種雄」。عَجِز [ ‘ajiz ] [ アジズ ](尻)という意味になる。人名としては不適切な内容なので、個人的にはアジーズにしないと読者受けが良くないといった事情が無い限りはアズィーズ表記を推奨。
Asiim、Asim、Aseemなど
【 近年になって男児の命名に使われるようになった新造のマイナー男児名。アラビア語の赤ちゃん命名サイトでは「家畜を放牧場に出す者」「視線を投げかける者」という意味も与え得るとはしているものの、辞書には載っていない。語源がはっきりたどれる人名ではなく、音的に良い感じだからと使われているもの、と説明している命名サイトもある。
アラビア文字上は同じつづりの男性名が別にあるが、そちらは أُسَيْم [ ’usaym/’usaim ] [ ウサイム ] と発音する全く別の男性名。ウサイムは男性名としても多用される أُسَامَة [ ’usāma(h) ] [ ウサーマ ](ライオン、獅子)の縮小形で「小さな獅子」という意味を示す。】
【 sを2個連ねたAssiim、Assim、Asseemといった英字表記も派生し得るが、主に濁点の「ズィ」になることを回避するためのつづりだったりするのでアッスィーム、アッスィムと読むのを意図している訳ではない。なお日本語によくあるカタカナ表記だとアシームだが、元はshではなくsの音である。また英語と違いsは濁点をつけることがないので、アラビア語としてはAsimをアズィームやアジームと読むことはしない。】
Asiil、Asil、Aseel
純血の、血筋・血統の良い;本物の、真正の;固有の
【 純血アラブ馬の「純血の」 といった表現に用いる形容詞。】
【 日本語のカタカナ表記ではアシール、アシルとなっていることが多い。】
Azhar
(より/最も)光っている、輝かしい、光り輝ける;(より/最も)顔が光り輝いている;色白で星や灯火のように輝ききらめく美貌の男性;真っ白な(もの)、輝かしい(もの);月(の別名);ミルク、乳;金曜日
【 動詞 زَهَرَ [ zahara ] [ ザハラ ](輝く)、زَهِرَ [ zahira ] [ ザヒラ ]((人の顔色などが)美しい、色白で肌色が輝かしく澄んでいる)と語根 ز - ه - ر(z - h - r)を共有する関連語。月・星や灯火が輝いている様子やそれらのごとくきらめいて輝いているもの・色が白いものを指すなどする。これらと結びつけた色白・輝くような肌色が美男の表現になるのはアラブにおける非常に古くからある美貌感が理由。
2つあることを示す双数形 اَلْأَزْهَرَانِ [ ’al-’azharān(i) ] [ アル=アズハラーン /(語末母音まで読む場合)アル=アズハラーニ ] で太陽と月を指す用法もある。いずれも光り輝くことから。
比較級・最上級の語形だが普通の形容詞の語形ともかぶっており、実際に比較・最上のニュアンスを含まない形容詞としても使われる。そのため「アズハル」でも単に「光り輝いている」という意味で「最も」という含みが無いことも。
エジプトの宗教機関アル=アズハルはこの「光り輝ける」という意味で、預言者ムハンマドの娘でありアリーと結婚したファーティマの称号 اَلزَّهْرَاء [ ’az-zahrā’ ] [ アッ=ザフラー(ゥ/ッ) / アッ=ザハラー(ゥ/ッ) ] (光り輝ける(者))の男性形が由来だとも言われている。シーア派(イスマーイール派)だったファーティマ朝のアリー、ファーティマ一家への崇敬との関連性があるとされる命名だが、ファーティマ朝以後エジプトは再び統治者がスンナ派となりアズハルもシーア派からスンナ派学府へと転換した。】
【 英字表記Azharは女性名 أَزْهَار [ ’azhār ] [ アズハール ](英字表記:Azhaar、Azhar。زَهْر [ zahr ] [ ザフル/ザハル ](花)の複数形で「花々」の意味)のAzharとかぶってしまうので要注意。Azharと英字表記された名前を持つ人物が男性ならアズハル、女性ならアズハール。】
母音記号あり:أَصْلَان [ ’aṣlān ] [ アスラーン ] ♪発音を聴く♪
Aslaan、Aslan
獅子、ライオン
■概要■
日本ではアルスラーン、アルスランというカタカナ表記が多い男性名 أَرْسَلَان [ ’arsalān ] [ アルサラーン ] と同様にオスマン語・トルコ語から輸入された外来人名で「獅子、ライオン」の意味。キャラクターネーミングで用いられるアスラーン、アスランはこの人名のこと。
テュルク系言語・オスマン語・トルコ語で使われてきた男性名アルスラーン(アルスラン)、アスラーン(アスラン)のうちアラブ世界に定着し一部の詳しいアラブ人名辞典にも載っているのは前者の方。
アルサラーン(アルスラーン)はアッバース朝初期にイラク方面から来たラフム朝統治者一族出身男性アルサラーン(アルスラーン)を父祖とする家名としてレバノンで有名。先祖が移住してきた西暦700年代から有名家系として延々と続いており、現代でも国会議員を輩出するなどしている。一方アスラーン(アスラン)の方は名辞典等に掲載されていないことが多くアスラーン(アスラン)という名前を持つアラブ人男性も非常に少ない。
ネット等でも「アスラーンはトルコ人の名前だよ」「アスラーンはトルコ語でライオンって意味だそう、アラビア語の男性名 أَسَد [ ’asad ] [ アサド ] とか لَيْث [ layth / laith ] [ ライス ] とかと同じだね」と書かれているなど、アラブ人名として定着・浸透したものではないことがうかがえる。
元々アラブ世界では獅子、ライオンという意味の人名アサド、ウサーマ、アッバース、ガダンファル、ディルガーム、フィラース、ライフ、バースィル、アッザーム、サーリー、サーリヤ、ハーディー、ハーリス、ハイダラ、ハイダル、ファーリスなどがある。アルサラーン(アルスラーン)はそれらの伝統的アラブ人名に比べるとテュルク系・トルコ系のイメージが強い男性名であるためアラブ人キャラのネーミングに使える典型的アラブネームであるとは言い難い。さらにアスラーン(アスラン)はそれよりもマイナーであることから、アラブ系キャラ命名には非推奨。
なおネットで出回っている
●トルコ語などで獅子を意味するアスラーン(アスラン)だがアラビア語では「昼下がりに、午後に」という意味の عَصْرًا [ ‘aṣran ] [ アスラン ] が由来の男性名。
●アスランはアラビア語で「夜明け、暁」という意味の男性名。
といった情報はいずれも誤報で、「アスランは昼下がり、午後」説については単にカタカナ表記が同じだという理由からアラビア語では全くつづりの違う単語を人名の語源として解釈してしまったのが原因だと思われる。
オスマン語(オスマン朝時代のトルコ語)で使われていた「獅子、ライオン」という意味の男性名は أَصْلَان [ ’aṣlān ] [ アスラーン ]、アラビア語で「昼下がりに、午後に」を意味するのは عَصْرًا [ ‘aṣran ] [ アスラン ] という名詞対格の副詞用法、アラビア語で「夜明け、暁」は فَجْر [ fajr ] [ ファジ(ュ)ル ] という具合に、「アラビア語にアスランという男性名がある」「トルコ語で獅子(ライオン)という意味のアスラーン(アスラン)と違って午後の意味」「アスランというアラビア語人名は午後3時ぐらいのことらしい」といった言説は全て混同や誤解によるものだと言える。
ちなみにアラビア語には多少似た語 أَصْلًا [ ’aṣlan ] [ アスラン ] がある。名詞対格の副詞的用法で、意味は「元々は、当初は」の意味。つづりも発音もトルコ男性名アスラーン(アスラン)に類似しているが無関係で、أَصْلًا [ ’aṣlan ] [ アスラン ] で人名として使われることは無い。
■発音と表記■
アラビア語における発音はアスラーンで対応する英字表記としてはAslaan、Aslanがある。日本語のカタカナ表記としてはアスラーンの他に長母音部分が短母音化したアスランが挙げられる。
Ataa、Ata
与えられた物、贈り物、授かり物
【 語頭にある喉を引き締めて発音するアインという子音に相当する「'」は通常のアラブ人名英字表記では用いられないためただのAtaaやAtaと書かれることが一般的。語末に長母音āと声門閉鎖音/声門破裂音ハムザがあるため厳密にはアターゥ、アターッのような発音となるが、口語などではアターのように聞こえることが多い。なおtを2個連ねたAttaa、Attaという英字表記もあるがアッター、アッタという発音を意図するものではない。】
Azzaam、Azzam
強く決意している、強く決心している(者)、非常に意志が強い(者);ライオン/獅子の別名
【 能動分詞男性形 عَازِم [ ’āẓim ] [ アーズィム ](決意した、決心した(者))をより強い意味にした強調語形。単に決意したのではなく、その決心ぶりが強い・激しいこと、確固たる決意を胸に抱いておりそれが決して揺るがない様子を示す。】
【 長母音āがē寄りになる方言におけるアッゼームに近い発音に即したAzzemといった表記も見られる。】
母音記号あり:عَبَّاس [ ‘abbās ] [ アッバース ] ♪発音を聴く♪
Abbaas、Abbas
(嫌悪感や怒りから)眉をひそめることが多い、しかめ面をやたらとする、度々渋面をする、苦い表情をやたらとする(男);(他の獅子たちが逃げ出すほどの)獅子、ライオン;厳しい(一)日
■意味と概要■
能動分詞男性形の強調語形。動詞 عَبَسَ [ ‘abasa ] [ アバサ ]((嫌悪感や怒りから)眉をひそめる、眉間にしわを寄せる、顔をしかめる)の動作主・行為主であることを意味する能動分詞(行為者名詞)の基本語形である عَابِس [ ‘ābis ] [ アービス ](眉をひそめている(者)、しかめ面をしている(者))よりも回数が多いこと、度合いが激しいことを示す。
注釈書などにおける詳しい語義説明では「眉をひそめ獅子のような」「怒りで顔つきが変わり獅子のような表情になっている様子」と記載されていることも。このことからも顔をしかめた憤怒の様子が、咆哮し他の個体を威嚇する勇猛な獅子(ライオン)の姿に重ねられライオンの別名となったことがうかがえる。
ライオン(獅子)の別名の一つで、他のライオンたちが(畏怖して)逃げ出してしまうような(勇猛な)雄ライオンを意味。男性名はそうした力強い獅子にあやかって命名されてきたもので、諸々のアラビア語大辞典では獅子の別名にちなみ男性名として用いられるといった説明が書いてあることが一般的。そのため人名の意味としては「眉をしかめる」さんではなく「獅子(ライオン)」さんとして解釈することを推奨。
元々の由来としてはかなり獰猛なニュアンスで昔のアラブ人が重んじた勇猛で敵をけちらす騎士といった印象をも与える人名でもあるが、後代ではイスラーム史上に名を残した預言者ムハンマドの一族出身者であるアル=アッバース・イブン・アブドゥルムッタリブや、シーア派に崇敬されるアル=アッバース・イブン・アリーにあやかった命名が増えたため、「獅子(ライオン)のような強い子に育ってほしい」ではなく「アル=アッバース様をお手本に育ってほしい」「アル=アッバース様のお名前に守られて育ちますように」といった名付け動機である事例の割合が高くなっている。
■アッバース朝の名称■
アッバース朝の名称はこの男性名が由来で、アッバース家の祖となった預言者ムハンマドの叔父(父アブドゥッラーの弟だが預言者ムハンマドと3歳違い)اَلْعَبَّاس بْن عَبْدِ الْمُطَّلِبِ [ アル=アッバース・ブヌ・アブディ・ル=ムッタリブ ](アル=アッバース・イブン・アブドゥルムッタリブ)にちなむ。アル=アッバースはイスラームに改宗し、異教徒との戦闘にも参加した。
■シーア派における重要人物、アル=アッバース■
アッバース家の父祖同様、中世には定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] がついた「アル=アッバース」というファーストネームだった者は少なくなく、第4代正統カリフ・シーア派初代イマーム アリーの息子にもアル=アッバースの名を持つ اَلْعَبَّاسُ بْنُ عَلِيِّ بْنِ أَبِي طَالِبٍ [ ’al-‘abbās(u) bnu ‘alī(yi) bni ’abī ṭālib ] [ アル=アッバース・ブヌ・アリー(イ)・ブニ・アビー・ターリブ ](アル=アッバース・イブン・アリー・イブン・アビー・ターリブ)がいた。
彼は預言者の娘ファーティマとは別の妻が産んだ男子で、シーア派第2代イマーム アル=ハサンとシーア派第3代イマーム アル=フサインらの年の離れた弟だった。قَمَر بَنِي هَاشِم [ qamar(u) banī hāshim ] [ カマル・バニー・ハーシム ](ハーシム家の月)という二つ名を持つ人物で、美男だったという。アル=フサイン一行が全滅に陥ったカルバラーでの戦いにおいては軍旗を持つ役割を果たした。
飲み水不足に苦しんだ自軍のためユーフラテス川の水を届ける役目を負ったことから اَلسَّقَاء [ ’as-saqqa’ ] [ アッ=サッカー(ゥ/ッ) ](水を与える者、水を汲み与える者、水を注ぎ与える者)という呼び名も持つ。アル=フサイン側から飛び出し敵陣を突破した一行は川で遭遇した敵軍と対峙、何とか水を得ることに成功。アル=アッバースは兄らが喉の渇きに今も苦しんでいることを思い川で水を飲むことを我慢したまま自陣に向かったが、道中敵軍に再び見つかりその身と水袋を狙われてしまう。彼は手を切り落とされてもなお敵の刃に噛みついて応戦したが絶命。イマームのアル=フサインの悲痛な叫びが戦場に響き渡ったという。
徳の高い人物という意味でついた通称・敬称は أَبُو الْفَضْل [ ’abu-l-faḍl ] [ アブ・ル=ファドル ](アブー・アル=ファドル)。直訳は「徳の父」だが、アラビア語的な言い回しで意味としては「徳を持つ人、徳のある男性」といったニュアンス。
イラクのカルバラーには彼の墓廟があり、異母兄であるイマームのアル=フサイン墓廟の近くに位置。国内外シーア派信徒が参詣する重要施設となっている。そのような事情からこのアッバースという名前も彼に対する崇敬からシーア派信徒家庭の男児に命名されることが少なくなく、ジャアファルやカーズィムなどと並んでいわゆるシーア派ネームのひとつとなっている。
かつてイラクは軍事ミサイルとしてアル=フサイン(アル=フセイン、アル・フセイン、アルフセイン)やアル=アッバース(アル・アッバース、アル・アッバス、アルアッバース、アルアッバス)を所有していたが、これらはシーア派第3代イマームのアル=フセインとその弟である名騎士アル=アッバースを想起させるネーミングだった。
またシリア情勢で名前が出てくるイラク系シーア派民兵組織アル=アッバス旅団(アル・アッバス旅団、アルアッバス旅団、アッバス旅団)ことアブー・アル=ファドル・アル=アッバース旅団(アブー・ファドル・アッバース旅団)は彼の名前にちなむ。旅団の旗などで لواء أبو الفضل العباس の後に (ع) と添えられているのは預言者一族などの名前に添えたりする祈願文 عَلَيْهِ السَّلَامُ [ ‘alayhi/‘alaihi-s-salām ] [ アライヒ・ッ=サラーム ](彼の上に平安がありますように)の略。
■表記と発音■
長母音āがē寄りになる方言におけるアッベースに近い発音に即したAbbesといった表記も見られる。本来2つ連ねる重子音部分-bb-を1個に減らしたAbas、Abesもあるがアバス、アベスではなくアッバース、アッベースという発音を意図したものなので要注意。
日本語での主なカタカナ表記としてはアッバース、アッバスが見られる。
なお定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] がついた「アル=アッバース」はイスラーム史上重要な地位を占める人物の名前を彷彿とさせるので、ネーミングの際は単なる「アッバース」とするのが無難。
Abbuud、Abbud、Abboud
強く崇拝する、よく崇拝する
【 強調の意味合いがある語形。】
【英字表記ではbを2個連ねたbbではなくbが1個だけのAbudやAboudがあるが、アブドやアブードと読むのではなく元々はアッブードという発音なので要注意。なおアラブ人名の英字表記に多い「ou」はオウではなくウもしくはウーの音を示すことが多く、ここでもアッボウド、アボウドとカタカナ化しないよう要注意。】
Allaam、Allam
非常に知識のある(者)、とても学がある(者)、博識な(者)
【 能動分詞 عَالِم [ ‘ālim ] [ アーリム ](知識がある(者)、学がある(者);学者)をより強い意味にした強調語形。知識の量が多いこと、とても学があることを意味する。】
【 lを1個に減らしたAlaam、Alamという英字表記も使われている。長母音āがē寄りになる方言におけるアッレームに近い発音に即したAlleem、Allem、さらにlを1個減らしたAlemといった表記も見られる。】
母音記号あり:عَلُّوش [ ‘allūsh ] [ アッルーシュ ] ♪発音を聴く♪
Alluush、Allush、Alloush、Allooshなど
オオカミ(狼);ジャッカル;男性名アリーの愛称の一つ
■意味と概要■
オオカミ(狼)を表す一般的な名詞 ذِئْب [ dhi’b ] [ ズィッブとズィィブを混ぜたような発音 ](オオカミ(狼))の別名の一つ。もしくはジャッカルといったイヌ科動物を意味する。アラブ世界では男性名として用いるが、アッルーシュという男性祖先がいる人々が名乗る家名として使われているケースが多い。
中世の複数アラビア語辞典には عِلَّوْش [ ‘illawsh / ‘illaush ] [ イッラウシュ ] という発音で母音記号がふってあり、ل [ l ] の後に ش [ sh ] が来る語根順(子音文字の組み合わせ)がアラビア語としては不自然であり外来語由来であることが記されている。辞書によってはヒムヤル語由来との記載があり、中世の学者らがヒムヤル語でオオカミ(狼)を意味する語だったとの解釈を記すなどしている。
またこれとは別に口語表現で عَلِيّ [ ‘alī(y) ] [ アリー(ュ/ィ) ](アリー、「高い;高貴な、地位が高い;堅固で強い」)の愛称、ニックネームとして使われることがある。語尾のش(sh)はシリア語における指小辞(縮小辞)が由来で、シリア語ではs音だった部分がアラビア語化する過程でsh音に置き換わったものだという。アラビア語における他の愛称語形と同じく「アリーくん、アリーちゃん、アリーっち」的な親しみや愛情を込めた意味合いを持つ。
■発音と表記■
アラブ人名の英字表記では長母音ū(ウーとのばす音)のつづりが何パターンもあるため、このアッルーシュという人名・家名もAlluush、uが1個だけに減らされたAllush、ouでウー音を表したAlloush、ooでウー音を表したAlloosh、そのoを1個に減らしたAlloshなどバリエーションが多め。また本来2個あって「ッ」と促音化するはずのllがつづり上1個に減らされたAluush、Alush、Aloush、Aloosh、Aloshもある。
上記に加え、携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響から、SNSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた3alluush、3allush、3alloush、3alloosh、3allosh、3aluush、3alush、3aloush、3aloosh、3aloshなどが使われ得る。
アラビア語としてはアッルーシュ、その次に少し口語(方言)風発音寄りのアッローシュと聞こえることが多く、日本語のカタカナ表記にする際はアッルシュ、アッロウシュ、アッロシュ、アルーシュ、アルシュ、アロウシュ、アローシュ、アロシュにする前に本人が自分の名前を言う時の発音や現地発音がそうなっているかどうか確認することを推奨。】
Adnaan、Adnan
(一箇所に常に・いつも)滞在している、居住している、住んでいる(者)
【 能動分詞と同様の意味を持つ語形。動詞 عَدَنَ [ ‘adana ] [ アダナ ]((一箇所に)滞在する)という行為を恒常的に行っていることを示す語形で、そこから「特定の場所に常に滞在している」というアドナーンの意味が生じたという。
北方系アラブ人の祖とされる人物の名前としても知られる非常に古い人名。アラブの部族はこのアドナーンの系譜の場合はアドナーン系部族、南方系アラブ部族の祖 قَحْطَان [ qaḥṭān ] [ カフターン(実際にはカハターンに近く聞こえることが多い) ] の系譜の場合はカフターン系部族と分類される。それぞれアラブ諸部族の祖先とされ系譜・血統に対するこだわりが強いアラブ部族社会ではアドナーン系、カフターン系といった用語が日常的に使われている。
アラビア語の別名の一つとして بِنْت عَدْنَان [ bint ‘adnān ] [ ビント・アドナーン ](アドナーンの娘)があり、アドナーンの末裔が話してきた言語という意味でそのように呼ばれている。】
Adham
(特に馬、そしてラクダや羊の毛色に関して)漆黒の;(夜が)真っ暗な、(夜の闇が)真っ黒な
■意味と概要■
古くからある男性名。色を示す語形の男性形。ベドウィン人名辞典によると、元々は生まれた時に肌が地黒だったことから命名されたりしたのだろうとのこと。アドハムという語については昔から真っ黒な家畜の毛色を示すのに使われ、青毛(黒い毛)の形容にも多用されてきた。馬の場合は現代でも青毛馬をアドハム号と命名することもしばしば。
アドハムが含む語根「د - ه - م」(d-h-m)を使って示される真っ暗な夜については、アラブでずっと使われてきた太陰暦月末3日間くらいの月の光がほぼ無くなる時期を指すという。女性名 لَيْلَى [ laylā/lailā ] [ ライラー ] も太陰暦で月が変わる新月の頃の真っ暗闇を示す語が由来だが、このアドハムも似たような時期の夜の闇と結びついており、ただの黒さよりもより深い黒色であることがわかる。
ちなみにアラビアのロレンスと同性愛関係にあったと言われているシリア人青年につけられたあだ名Dahoum(黒助)はこのアドハムの姉妹語。アドハムと同じ語根を共有する دَاهُوم [ dāhūm ] [ ダーフーム ] にダフームというカタカナ表記の当て字が行われているもので、「ちび黒
Adham
、黒ちゃん、黒すけ、黒っち」的なニュアンスを込めて周囲のアラブ人たちから命名されたあだ名だったという。
■アスワド(黒)との違い■
アラビア語では「黒い」という普通の形容詞・名詞としては أَسْوَد [ ‘aswad ] [ アスワド ] があるが、人名や動物の名前として「黒太」「黒助」「黒介」のように命名する時はアドハムを使うのが一般的。アスワドの方はアフリカ出身者(いわゆるザンジーと呼ばれる黒人奴隷)などを指すのに使われており日本語の「黒人」という呼称に対応した使われ方を主にしていたという違いがある。
アラブ世界ではイスラーム以前からアビシニア(エチオピア)系奴隷が多く、アラブ人部族の男性との間に子供も生まれるなどしてきたが、生粋のアラブたちがアフリカ人奴隷女性との間に設けた子供らは我が子だと認知されずアラブ人の一員としても扱われず、苦難の人生を送ることも多かった。
黒い肌色は上記のアスワド(黒)以外にも時として أَخْضَر [ ’akhḍar ] [ アフダル ](緑;(緑が黒に近いとされたことから)黒)と表現され差別を受け、両親ともにアラブ人であっても浅黒い肌を持った子は出自を疑われ部族から放逐されうち捨てられるなどしていたという。
彼らはしばしばはぐれ狼のように暮らし盗賊のような家業で食いつなぐなどし、すぐれた詩を残した者もいた。そうした詩人は無頼詩人(サアーリーク)と呼ばれ、アラブ詩の一ジャンルとして現代でも人気がある。英雄アンタル物語も上記のような境遇で育ったアラブ-アビシニアルーツを持つ主人公が復讐を遂げのし上がっていく様子を描いたものとなっている。
■発音と表記■
dhを1文字と扱ってアザムなどとカタカナ表記しないよう要注意。Ad/hamと区切りアドハムと発音する名前となっている。
Adlii、Adli、Adlee、Adly
公正さの、正義の;法の
【 ジャーヒリーヤ時代からある男性名。名詞 عَدْل [ ‘adl ] [ アドル(会話ではアドゥルやアディルに聞こえることもしばしば) ](公正、正義)をニスバ形容詞化したもの。】
【 厳密には語末を発音すると [ ‘adlīy ] [ アドリーュもしくはアドリーィ ] のように聞こえるが、口語など日常的な会話では単なる [ ‘adlī ] [ アドリー ](♪発音を聴く♪)と聞こえる発音をしていることが多い。この場合はアクセント位置が「リー」から「ア」へと前方にずれる。】
母音記号あり:عَدْوَان [ ‘adwān ] [ アドワーン ] ♪発音を聴く♪
Adwan、Adwaan
(敵と対峙し戦闘する際に)走りが激しい、速く走る、激走する、疾走する(者/もの)
■意味と概要■
イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代からあった伝統的なアラブ男性名。現代では男性のファーストネームに加え家名としてしばしば用いられている。
走ることに関連した概念を表す語根 ع - د - و( ‘ - d - w )より構成される名詞・形容詞で、人名辞典には عَدْوَان [ ‘adwān ] [ アドワーン ] という発音で 「(敵と対峙し戦闘する際に)走りが激しい、速く走る、激走する、疾走する(者/もの)」という意味として載っている。
しかしながら「(敵と対峙し戦闘する際に)走りが激しい、速く走る、激走する、疾走する(者/もの)」、「(馬が)大いに走る、激走する、疾走する」、「(狼が)駆け回って人や羊を追い襲いかかる」という語義でアラビア語大辞典に通常収録されているのは عَدَوَان [ ‘adawān ] [ アダワーン ] の方で、語形としては程度・回数・度合いを誇張・強調する語形の一つである فَعَلَان [ fa‘alān ] [ ファアラーン ] 型との解説が専門書などにも明記されている。
これに対し部族名としては子音d部分に母音を伴わない無母音の عَدْوَان [ ‘adwān ] [ アドワーン ] と発音する旨が別途記されており、これが男性名としては [ ‘adwān ] [ アドワーン ] という発音になる原因だと思われる。
なお母音記号無しだと全く同じつづり عدوان で発音が異なる別単語 عُدْوَان [ ‘udwān ] [ ウドワーン ](敵意、敵対;攻撃、侵攻)と混同しないよう要注意。
■発音と表記■
語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] という子音字を「‘」で表現する‘Adwan、‘Adwaanといった英字表記も見られるが、通常こうした記号を添えるのは学術的な転写で、一般のアラブ人名としては記号を足さずにただの母音アと同じであるかのようにAdwanやAdwaanと当て字をする方がはるかに多い。
長母音āがē寄りもしくはēそのものになる地域の方言での発音アドウェーンなどに対応したAdwen、Adween、時にはAdweanといった英字表記も見られる。なおeeは長母音ī(イー)ではなく長母音ē(エー)を意図しているのでアドウィーンとしないよう要注意。
携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響から、SNSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた3adwan、3adwaan、3adwenといったつづりも見られる。
Anas
親しみ、親愛、人を安らがせること;大勢、大人数の集団
【 預言者ムハンマドの教友(サハーバ)でアンサールだった أَنَس بْن مَالكٍ [ ’anas(u) bnu mālik ] [ アナス・ブヌ・マーリク ](アナス・イブン・マーリク)のファーストネームでもある。彼はヤスリブ(後のマディーナ/メディナ)のハズラジュ族出身。預言者ムハンマドが移住してきた時はまだ少年だったがイスラーム改宗者だった母の取り計らいにより身の回りの世話をすることとなり、青年期まで預言者の近くで過ごしたという。長期間にわたり預言者ムハンマドの言動を実際に見聞きしたことから言行録(ハディース)にも名前がよく登場する。】
Abuu Bakr、Abu Bakr、Abou Bakrなど
若ラクダの父;ラクダおやじ、ラクダ大好き男
【 第1代正統カリフのあだ名。「◯◯の父」という◯◯部分に通常息子の名前が来るクンヤ形式だが、بَكْر [ bakr ] [ バクル ] は若いラクダのことで彼自身にバクルという名前の男児はいなかった。ラクダ好きで有名だったためこの通称で呼ばれたと言われている。通称が有名になりすぎて本名アブドゥッラー(イスラーム改宗前はアブドゥルカアバ(アブド・アル=カアバ。「カアバ神殿のしもべ」の意。))の代わりにアブー・バクルの方が後代における人名表記で使われているパターン。
後世アブー・バクルと名付けられた子供たちは彼にあやかっての命名である。元々ラクダ好きだった彼のあだ名がファーストネーム扱いされ2語1組の複合名として定着した。いわゆるスンナ派色が強い名前とされており、シーア派圏ではイマームである第四代正統カリフのアリーとの関係性・彼に先んじて正統カリフ位についた人物として男児につける名前としては好まれないものの代表例の一つと言われている。】
【 アブーの伸ばす長母音ūにouの英字表記が当てられることも多いが、Abouと書いてアボウと読ませるわけではないので注意。口語ではアブーがアボー寄りになりやすく英字表記でもAbo、Abooと書かれることがある。また口語風にBakrの後半に母音挿入が発生しiやeが追加されたバキル、バケルのような読まれ方を発音に対応したBakir、Bakerという英字表記も存在する。更にはつなげ書きをしたAbuubakr、Abubakr、Aboubakr、Abobakr、Aboobakr、Abuubaker、Abubaker、Aboubaker、Abobaker、Aboobakerなども。
なお文語では特殊な格変化をし、主格でアブー・バクル(語末格母音・タンウィーンまで読む場合はアブー・バクリン)、属格ではアビー・バクル(語末格母音・タンウィーンまで読む場合はアビー・バクリン)、対格ではアバー・バクル(語末格母音・タンウィーンまで読む場合はアバー・バクリン)となるが、文中に登場するのではない単なる人名を単独で出す場合には使わない文法事項なのでネーミングに使う程度であれば特に考えず全部「アブー・バクル」で通してしまって差し支えない。】
Afiif、Afif、Afeef
慎み深い、貞淑な、清廉な(人);正直者の、実直な(人)
【 アフィーフの長母音「ー」を示すAfeefのeeを1個に減らしたAfefという英字表記も使われているがアフェフ、アフェッフと読ませることを意図したつづりではないので要注意。】
Abd ◯◯
しもべ、下僕;奴隷(;信心深く敬虔なイスラーム教徒)
【 「アブド・◯◯」のようにな複合名を形成せずこの1語のみで男性名として使うケース。単なる奴隷、下僕に限らず、主に従う者すなわち唯一神アッラーの教えによく従い信仰を実践する信徒といった意味も示す。】
【 口語的な母音挿入によりアビド、アベドに近くなった発音に対応した英字表記Abid、Abedも存在。】
عَبْد [ ‘abd ◯◯ ] [ アブド・◯◯ ] ♪発音を聴く♪
Abd ◯◯
■定冠詞が語頭に接頭する名前が◯◯に入る場合
عَبْدُ الْـ [ ‘abdu-l-◯◯ ] [ アブドゥ=ル・◯◯ ]
Abd al-◯◯、Abd al ◯◯、Abd Al ◯◯、Abd al◯◯、Abd Al◯◯、Abdul◯◯など
◯◯のしもべ、◯◯の下僕(≒◯◯の崇拝者、◯◯の崇敬者)
■名前の構成と意味■
99の美名と言われるアッラーの属性名・別名などと組み合わせて作る複合名。名詞 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷、下僕)を崇拝対象となる名詞「◯◯」が後ろから属格(≒所有格)支配した属格構文(イダーファ構文)「◯◯のしもべ」という作りになっている。和訳には「奴隷・下僕」という意味も含まれるが具体的には「崇敬する◯◯様の教えをよく守り信仰を実践する敬虔な人」といったニュアンス。
イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代から存在した非常に古い伝統的中東ネーム・アラブ名で、メソポタミアの古代文明時代から存在したとされる「◯◯のしもべ」「◯◯の奴隷」という意味を表す複合名の一種がイスラーム以降も形を変えて残ったもの。旧約聖書のダニエル書に出てくるアベデネゴ(Abednego)はアッカド語由来の名前が変形したもので「Negoのしもべ」すなわちアッシリアやバビロニアで崇拝されていたナブー(ネボ)神のしもべであることを意味。アッカド語人名Arad-Mardukも「マルドゥク神のしもべ」を意味するなど、「◯◯のしもべ/奴隷」という形式の人名は中東において長い間用いられてきたものだった。
ジャーヒリーヤ時代当時は各地のご当地神様や部族全体で信奉する神などがアラビア半島内に複数併存。◯◯部分に多神教の神や偶像の名前やカアバ神殿といった名称が入ったが、イスラーム布教以後それらの名前を持つ人々はイスラームの唯一神信仰と抵触しない名前へと時には預言者ムハンマドの助言も受けながら改名が進められていった。
現代においてはスンナ派共同体内だとアッラーの名前と組み合わせたアブドゥッラー(アブド・アッラー)やその属性名(通常「アッラー99の美名」と呼ばれるものから選ぶ。ただし99個きっかりではなく使われない名称があるほか、99美名リスト掲載外の名称も◯◯に入るなどする。)と組み合わせたアブドゥッラフマーン(アブド・アッ=ラフマーン)などが広く命名に用いられている。
個人崇拝・偶像崇拝への忌避感が強いスンナ派地域では預言者・使徒ムハンマドへの崇敬からアブドゥンナビー(アブド・アン=ナビー)、アブドゥッラスール(アブド・アッ=ラスール)といった男性名もまれに見られるが、サウジアラビアではイスラーム教義にそぐわないとしてそれらの命名を禁止している。
イラクのようなシーア派が非常に多い地域では第4代正統カリフ・シーア派初代イマームのアリーやその子孫・親族各故人への崇敬が行われているため、アブド・アリー(アブド・アリー)といった具合にシーア派における重要人物の個人名や別称が来る名前も多く見られる。しかしスンナ派ではアッラー以外に対する個人崇拝として忌避されており、シーア派特有のアブド・◯◯系ネームが宗派差別の一因になることもあるという。
イラクではサッダーム・フセイン政権崩壊後政府がシーア派系となり逆にスンナ派信徒差別のようなものも生まれ宗派対立案件がしばしば生じるようになった。そのためシーア派側が好まないとされるアリーよりも先に正統カリフの位についた面々の名前を持つ人物が不利になるといった逆転現象も起こっているという。
なお、この「アブド・◯◯」はキリスト教徒コミュニティーなどでも使われており、◯◯部分にイエス・キリストを指すメシアといった意味合いの言葉が入った男性名も見られる。
■発音と表記■
◯◯に定冠詞が入らない名前(主に個人名)が来る場合、عَبْد [ ‘abd ◯◯ ] [ アブド・◯◯ ](英字表記はAbd)となり発音上の変化や数え切れないほどの膨大なつづりバリエーションが生じることは無い。Abd部分が口語的な母音挿入によりアビド、アベドに近くなった発音に対応したAbid、Abedに置き換わることがあるのと、◯◯に入る名前の何通りかの英字表記を把握しておくのみで十分なので比較的扱いが楽だと言える。
アッラーの美名(属性名、別名)と組み合わせる場合は通常定冠詞を伴う唯一神の属性名「al-◯◯」(◯◯なる者アッラー、最も◯◯なる者アッラー)が来るので、Abd al-◯◯のように複合名の2語目語頭に定冠詞al-(アル=)がつく。文法規則上このタイプの1語目に定冠詞al-(アル=)は付加できないので、「アル=アブド・アル=カリーム」とはしない。このような語形にすると2語目が1語目を形容詞修飾する構文となり「高貴なるしもべ」「寛大なるしもべ」となってしまうので創作におけるネーミングの際は要注意。
口語アラビア語(方言)では定冠詞が [ ’il- ] [ イル= ](英字表記:il- など)や [ ’el- ] [ エル= ](英字表記:el- など)と発音されることが多く、アブディル◯◯(アブド・イル=◯◯)やアブデル◯◯(アブド・エル=◯◯)という発音やそれに即した英字表記が派生する原因となっている。
またパキスタン、インド方面ではアブド+定冠詞+◯◯の「アブドゥル◯◯」の発音をal-からul-に置き換えるなどした英字表記が多く見られる。
■アブド・◯◯系ネームと非アラブ圏制作商業作品に頻出するアラブ人名アブドゥル、アブドゥールとの関係■
アブド・◯◯や定冠詞を含むアブドゥル◯◯(アブド・アル=◯◯)は2個ないしそれ以上が組み合わさっている複合名であるにもかかわらず、◯◯を抜いた「アブドゥル」部分だけが本人のファーストネームだと勘違いされることも多く、日本などでもファーストネームがアブドゥルアズィーズ(アブド・アル=アズィーズ)で1個扱いなのにアブドゥルさん、アブデルさん、アブドルさんと呼ばれることが一般化している。
ハリウッド映画といった映像作品、商業作品でもアラブ人キャラというと「Abdul」と命名されることが多く、アラブ人らの間で「またアブドゥルだ。そんな名前のアラブ人なんていないのに。」と議論が巻き起こるケースも珍しくない。
しかしアブドゥル単体を使うことが全くの間違いであるかというとそうでもなく、アメリカ人歌手で父親がアラビア語圏であるシリア出身ユダヤ教徒というポーラ・アブドゥルのようにアブドゥル単体が家名として使われているケース、アフリカ系イスラーム教徒男性がアブドゥル、アブドゥールを単体で個人名などとして使っている例も見られる。
ただし「Abdul」単体で男性名・家名として使われている場合は、アブド・◯◯とは違うアラビア語表記で عَبْدُول [ ‘abdūl ] [ アブドゥール ] のとd直後が長母音部分となる。日本語でポーラ・アブドゥルなどとカタカナ表記している「アブドゥル」は本来アブドゥールだったものを短くアブドゥルと書いているだけで「アブドゥル◯◯」のアブドゥル部分とは全くの別物なので要注意。
アラブ人の名前としては、アラビア語つづりを確認の上 عَبْدُول [ ‘abdūl ] [ アブドゥール ] と確認できたもの以外は十中八九「アブドゥル◯◯」と途中で切ってしまったものなので、創作目的でのネーミングとしては「アブドゥル」を避けるのが無難。商業作品の場合はアラブ圏に売った際にツッコミ祭になる可能性が大きいため。
なお『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズに登場するモハメド・アヴドゥルのようなアヴドゥル(avdol)という名前はアラビア語には存在しない。アラビア語にはvの音が無く、本項で取り上げた「◯◯のしもべ(アブドゥル◯◯)」やまれに存在する「アブドゥール」のどちらとも異なるため。(モハメド・アヴドゥルのアヴドゥルはポーラ・アブドゥルが元ネタだとのことなので、原語であるアラビア語風に発音しても「ムハンマド・アブドゥッラー」とはならないものと思われる。ポーラ・アブドゥルのアブドゥルはアブドゥッラーではなくシリアなど一部地域に見られる عَبْدُول [ ‘abdūl ] [ アブドゥール ] という別の名前であるため。)
Abd al-Zahraa、Abd al-Zahra、Abdul Zahraa、Abdul Zahra、Abdulzahraa、Abdulzahraなど
アッ=ザフラー(アッ=ザハラー)のしもべ、輝ける者(ファーティマ様)のしもべ
[ ザフラーは男性名にもなっている أَزْهَر [ ’azhar ] [ アズハル ] の女性形。定冠詞al-がついたアッ=ザフラーは「輝ける者」という意味で預言者ムハンマドの娘・第四代正統カリフとなったアリーの妻ファーティマの名称に添えられる称号・通称であるため、彼女への尊敬から命名されることが多い。それを عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ] と組み合わせてファーティマへの崇敬を示した男性名。スンナ派ではこのような唯一神アッラー以外に対する個人崇拝を禁じているためイラクなどシーア派信徒が多い地域に集中している名前でもある。]>
[ カタカナ表記のルールで標準的なのはザフラーだが、フ部分は [ f ] ではなく [ h ] のため原語の発音に近いのはザフラーよりもザハラーの方であるとも言える。そのためアブド・アッ=ザハラー(アブドゥッザハラー)の方が実際の発音に似ていたりする。
なお語末が声門閉鎖音のハムザで終わっているため、文語通りに母音をつけて最後の文字までしっかり読めばザハラーゥ、ザハラーッに近い音になる。しかし口語では最後の声門閉鎖音/声門破裂音「 ’」(ハムザ)は無しで [ zahrā ] [ ザフラー/ザハラー ] のように発音。口語では語末の長母音が短くなってしまうため [ ザフラ/ザハラ ] に近く聞こえたりもする。
口語における定冠詞al-の発音el-やil-を反映したAbd el-Zahraa、Abd el-Zahra、Abdel Zahraa、Abdel Zahra、Abdelzahraa、Abdelzahra、Abdilzahraa、Abdilzahraという英字つづりもある。定冠詞al-のlがzに同化してzとなり2個連なったzzを反映したaz-Z~、Abduzz~、Abdezz~、Abdizz~などのバリエーションも存在。]
慈悲厚き者アッラーのしもべ、慈悲深き者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
Abd al-Rasuul、Abd al-Rasul、Abd al-Rasool、Abd al-Rasoul、Abdul Rasuul、Abdul Rasul、Abdul Rasool、Abdul Rasoul、Abdulrasuul、Abdulrasul、Abdulrasool、Abdulrasoulなど
使徒のしもべ、使徒様のしもべ
[ 名詞 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ)に定冠詞al-のついた اَلرَّسُول [ ’ar-rasūl ] [ アッ=ラスール ] を組み合わせてアッラーの使徒であるムハンマドのしもべという意味にした複合名。何人もいる使徒の中の具体的には最後の預言者・使徒であるムハンマドへの崇敬から命名されたものだが、厳格なイスラームそしてスンナ派ではこうしたアッラー以外に対する個人崇拝系人名はNGとされており、一種の民間信仰的に慣習として現代まで用いられてきた男児名であると言える。数は多くないが存命中のアラブ人男性でこの名を持っている人は意外といたりする。]
[ ou部分はオウではなくオーと読むことを意図した英字表記なのでラソウルとは発音しない。また口語における定冠詞al-の発音el-やil-を反映したAbd el-Rasuul、Abd el-Rasul、Abd el-Rasool、Abd el-Rasoul、Abdelrasuul、Abdelrasul、Abdelrasool、Abdelrasoul、Abdilrasuul、Abdilrasul、Abdilrasool、Abdilrasoulという英字つづりもある。定冠詞al-のlがrに同化してrとなり2個連なったrrを反映したar-R~、Abdurr~、Abderr~、Abdirr~などのバリエーションも存在。]
糧を与える者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
[エジプト等定冠詞がel-の地域ではAbd el-Razzaq、Abd Elrazzaq、Abdel Razzaq、Abderrazzaqといった表記になる]
慈悲深き者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
[ エジプトなどの定冠詞がel-になる地域ではAbd el-Rahim、Abd el-Raheem、Abdel Rahim Abdel Raheem、Abdelrahim、Abderrahim、Abderraheemなどに表記が変化する。]
Abd Aliなど
アリーのしもべ
【 アブド・◯◯方式の属格構文(イダーファ構文)複合名「◯◯のしもべ」で、◯◯部分に唯一神アッラー以外の崇敬対象の名前が来るパターン。イラクなどで見られるシーア派ネームで、第4代正統カリフでありシーア派初代イマームでもあるアリーへの崇敬から命名。スンナ派地域では個人崇拝にあたるとして法学者が命名をNGだとしており、その人の宗教的バックグラウンドを明示しているタイプのファーストネームとなっている。】
【 アリーの部分は格変化部分の母音も全部省かずに読む文語式発音だと [ ‘aliyyin / ‘alīyin ] [ アリーイン ] となる。格を示す語末母音を読まない文語休止(ワクフ)形発音だと [ ‘aliyy / ‘alīy ] [ アリーュというよりはアリーィに近い発音 ] になるが日常会話では口語的な [ ‘alī ] [ アリー ] となり、日本語で一般的に使われているアリーもこれに基づいたカタカナ表記となっている。なお口語だと語末長母音āが短母音a化しアリに近く聞こえる可能性があること、通常の英字表記がAliであることからアリというカタカナ表記が日本では多用されている。】
威力並び無き者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
[ 日本語的にカタカナ表記してアブド・アル=アジーズとなっている場合も多い。しかしその発音だとネイティブには عَجِيز(‘ajīz)というつづりで読み違えているものとして受け取られる可能性が高いので注意。]
[ エジプトなど定冠詞がel-の地域ではAbd El-Aziz、Abd el-Azeez、Abd Elaziz、Abd Elazeez、Abdelaziz、Abdelazeezと表記が変化する。]
[語末まで丁寧に読めばアブド・アル=カウィーイ、アブドゥルカウィーイだが、実際の日常的な発音ではカウィーで最後のyは聞こえないのが普通。]
寛大な者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
英知ある者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
Abd al-Hasan、Abdulhasanなど
アル=ハサンのしもべ
[ シーア派信徒特有の名前。第四代正統カリフかつシーア派初代イマームであるアリーの長男・第二代イマーム(アル=)ハサンに対する崇敬を示す男児名。スンナ派ではこのような唯一神アッラー以外に対する個人崇拝を禁じているためイラクなどシーア派信徒が多い地域に集中している名前でもある。]
[ ssを2個連ねたAbd al-Hassan、Abdulhassanや口語における定冠詞al-の発音el-やil-を反映したAbd el-Hasan、Abd el-Hassan、Abdelhasan、Abdelhassan、Abdilhasan、Abdilhassan等の英字つづりバリエーションがある。またHasan後半のaをeに置き換えたHasenやHassenも同じ人名。]
寛容な者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
[ エジプト等定冠詞がel-になる地域ではAdb el-Halim、Abd Elhalim、Abdel Halim、Abdel Haleemといった表記になる。]
Abd al-Husayn、Abd al-Husain、Abdulhusayn、Abdulhusainなど
アル=フサインのしもべ
[ シーア派信徒特有の名前。第四代正統カリフかつシーア派初代イマームであるアリーの次男・第三代イマーム(アル=)フサインに対する崇敬を示す男児名。スンナ派ではこのような唯一神アッラー以外に対する個人崇拝を禁じているためイラクなどシーア派信徒が多い地域に集中している名前でもある。アル=フサインはヤズィード一派によるカルバラーで皆殺しにされのちのアーシューラー、アルバイーンといったシーア派特有の追悼行事が発生する原因となった人物。
歴代イマームの中でも強く敬愛されていることもありイラクのようなシーア派優勢地域ではアブド・アル=フサイン(アブドゥルフサイン)という名前をファーストネームなりラストネームなりに持つ人は少なくない。]
[ ssを2個連ねたAbd al-Hussayn、Abd al-Hussain、Abdulhussayn、Abdulhussainも。口語における定冠詞al-の発音el-やil-を反映したAbd el-Husayn、Abd el-Husain、Abdelhusayn、Abdelhusain、Abdilhusayn、Abdilhusain、そしてssと連ねたつづりをセットにしたAbd el-Hussayn、Abd el-Hussain、Abdelhussayn、Abdelhussain、Abdilhussayn、Abdilhussain、Abdilhussain等の英字つづりバリエーションがある。長母音部分の口語発音フセインやフセーンに即したバリエーションとして上記のパターンにおけるHusayn/HusainやHussayn/Hussain部分をHuseyn/HuseinやHusseyn/Hussein、Huseen、Husseen、Husen、Hussenに置き換えたつづりも多い。口語的にuがoに近い読み方をされるとホセインやホセーンと聞こえ、同様の部分を置き換えた英字表記Hoseyn、Hosseyn、Hosein、Hossein、Hoseen、Hosseen、Hosen、Hossenが派生する。いずれも同じ人名でフッサイン、フッセイン、フッセーン、フッセン、ホセン、ホッセンなどと発音することを意図した英字表記ではないので要注意。]
栄光ある者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
[ 英字表記上で長母音を示す横棒が無くなってAbd al-Majidとなると、アブド・アル=マジードとアブド・アル=マージドの区別がつかなくなるので要注意。 ]
栄誉ある者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
[ 英字表記上で長母音を示す横棒が無くなってAbd al-Majidとなると、アブド・アル=マジードとアブド・アル=マージドの区別がつかなくなるので要注意。 ]
[عَبْد الْمُتَعَالِي(‘abdu-l-muta‘ālī)(アブド・アル=ムタアーリー、アブドゥルムタアーリー)と書かれることもあるが、クルアーンの中ではワフクという語末母音等を省略する読み方の関係で最後のيが脱落しアル=ムタアーリとなるため、アブド某の人名でも通常はそちらの綴りを用いる。]
授与者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
[語末まで丁寧に読めばアブド・アル=ワリーイ、アブドゥルワリーイだが、実際の日常的な発音ではワリーで最後のyは聞こえないのが普通。]
Abd al-Nabii、Abd al-Nabi、Abd al-Naby、Abd al-Nabee、Abdul Nabii、Abdul Nabi、Abdul Naby、Abdul Nabee、Abdulnabii、Abdulnabi、Abdulnaby、Abdulnabeeなど
預言者のしもべ
[ 名詞 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ)に定冠詞al-のついた اَلنَّبِيِّ [ ’an-nabī(y)/nabiyy ] [ アン=ナビー ] を組み合わせてアッラーの預言者であるムハンマドのしもべという意味にした複合名。何人もいる預言者の中の具体的には最後の預言者・使徒であるムハンマドへの崇敬から命名されたものだが、厳格なイスラームそしてスンナ派ではこうしたアッラー以外に対する個人崇拝系人名はNGとされており、一種の民間信仰的に慣習として現代まで用いられてきた男児名であると言える。数は多くないが存命中のアラブ人男性でこの名を持っている人は意外といたりする。]
[ ナビーの部分は格変化も全部読む文語式発音だと [ nabīyin(=/nabiyyin) ] [ ナビーイン ]、格を示す母音を読まない文語式発音だと [ nabīy(=/nabiyy) ] [ ナビーィ ] になるが日常会話では口語的な [ nabī ] [ ナビー ] となり、日本語表記のナビーもこれに基づいたカタカナとなっている。
口語における定冠詞al-の発音el-やil-を反映したAbd el-Nabii、Abd el-Nabi、Abd el-Naby、Abd el-Nabee、Abdel Nabii、Abdel Nabi、Abdel Naby、Abdel Nabee、Abdelnabii、Abdelnabi、Abdelnaby、Abdelnabee、Abdilnabii、Abdilnabi、Abdilnaby、Abdilnabee、という英字つづりが派生。定冠詞al-のlがnに同化してnとなり2個連なったn-N/-nn-を反映したan-N~、Abdunn~、Abdenn~、Abdinn~などのバリエーションも存在。]
Abd Rabbihi、Abdrabbih、Abd Rabbih、Abdrabbih
彼の主のしもべ、彼が従うべきお方のしもべ
【 「アッラーのしもべ」という意味の عَبْدُ اللهِ [ ‘abdu-llāh(i) ] [ アブドゥッラー(語末母音まで読む丁寧な発音はアブドゥッラーヒ、語末母音iを省いた丁寧な発音はアブドゥッラーフだが日本語での一般的なカタカナ表記はアブドゥッラー) ](Abd Allah、Abdullah)と同様な構成の男性名。アブド(しもべ)+ラッビヒ(彼の主)=アブド・ラッビヒ(彼の主のしもべ)、つまりは彼の神であるアッラーのしもべといった意味になる。】
【 なお元々は2語から成る複合語だが、息継ぎせずに一気読みする1かたまり人名ということで英字表記ではスペース無し1つにまとめてくっつけたAbdrabbihi(以下略)のような表記が広く行われている。
アブド部分語末につく短母音uを英字表記に入れたAbdu Rabbih、Abdurabbih、語末にあり発音上はっきりと聞こえづらくなるhを脱落させたAbd Rabbi、Abdrabbi、Abdu Rabbi、Abdurabbiなども同じ人名。
口語的に رَبّ [ rabb ] [ ラッブ ](あるじ、主)という語に人称代名詞接続形・3人称・男性・属格(≒所有格)である ـِهِ [ -hi ] [ ヒ ](彼の~のー)がついてイダーファ構文(属格構文)になっている رَبِّهِ [ rabbihi ] [ ラッビヒ ] の読み方を主格と同じ ـُهُ [ -hu ] [ -フ ] にした رَبُّهُ [ ラッブフ ] を反映したアブド・ラッブフ、もしくは発音上聞こえづらくなるhを落としたアブド・ラッブ→Abd Rabbuh、Abdrabbuh、Abd Rabbu、Abdrabbu、Abdu Rabbuh、Abdurabbuh、Abdu Rabbu、Abdurabbuという英字表記も存在する。
更には口語的にuがo寄りになって [ ‘abdo ] [ アブド ] や [ rabbo(h) ] [ ラッボ ] と発音されたものに即したアブド・ラッボ→Abd Rabboh、Abdrabboh、Abd Rabbo、Abdrabbo、Abdu Rabboh、Abdurabboh、Abdu Rabbo、Abdurabbo、Abdo Rabbih、Abdorabbih、Abdo Rabbi、Abdorabbi、Abdo Rabboh、Abdorabboh、Abdo Rabbo、Abdorabboというバリエーションも生じる。
また方言によっては「彼の~」という人称代名詞接続形部分がu/o系の音ではなくa系の発音になるためラッブ、ラッボではなく [ rabba(h) ] [ ラッバ ] になる地域もあり、アブド・ラッバ→Abd Rabbah、Abdrabbah、Abd Rabba、Abdrabba、Abdu Rabbah、Abdurabbah、Abdu Rabba、Abdurabba、Abdo Rabbah、Abdorabbah、Abdo Rabba、Abdorabbaという英字表記も使われている。
さらにラッバの「バ」部分がa音のe化というイマーラ現象によりラッベ寄りになったためと思われるAbd Rabbeh、Abdrabbeh、Abd Rabbe、Abdrabbe、Abdu Rabbeh、Abdurabbeh、Abdu Rabbe、Abdurabbe、Abdo Rabbeh、Abdorabbeh、Abdo Rabbe、Abdorabbeなども見かける。
これに加えて عَبْد [ ‘abd ] の語形は真ん中の語根 ب 直後への母音挿入が起きやすく、[ ‘abid ] [ アビド ] もしくはiが口語的にe寄りになった [ ‘abed ] [ アベド ] という発音に変わるなどする→アビド・ラッボ、アベド・ラッボ、アビド・ラッバ、アベド・ラッバなどなど…それに即した英字表記として上記の各パターンにおけるAbd部分をAbidやAbedに置き換えた英字表記のバリエーションが更に追加される形となる。
このような複合名が文語(フスハー)文の途中に来る場合は文中での働きに応じて1語目 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ] 語末につく母音が格変化により主格では عَبْدُ رَبِّهِ [ ‘abdu rabbihi ] [ アブドゥ・ラッビヒ ]、属格(≒所有格)では عَبْدِ رَبِّهِ [ ‘abdi rabbihi ] [ アブディ・ラッビヒ ]、対格(≒目的格)では عَبْدَ رَبِّهِ [ ‘abdia rabbihi ] [ アブダ・ラッビヒ ] と変化するが、単独の人名として英字表記や日本語カタカナ表記をする場合は特に考える必要が無く、基本となる主格の時の発音を採用すれば大丈夫。】
Abduul、Abdul、Abdoul、Abdoolなど
アブドゥール
■創作に多いアラブ人名アブドゥルと実在するアブドゥールとの違い■
アラブ人の多くが「海外の映画やコミックによくアブドゥルとかアブドゥールというアラブ人が出てくるけどそんな名前存在しないしアラビア語としてもおかしいと思う」と思っている名前の典型例。日本でもアブドゥル◯◯(アブド+アル=◯◯)という複合名の前半部分だけを間違って切り取ってしまったものとして紹介されていることが多い。
しかしながらシリアのアレッポ周辺やイラクのクルディスタンなどにはアブドゥール単体が男性名として使われてきた形跡があり今でもこの名前を持つ人物が複数実在。アラブ首長国連邦にも آل عَبْدُول [ ’āl ‘abdūl ] [アール・アブドゥール](アブドゥール家)という家名があり少数派ながらアラブ世界の内部に存在する名前となっている。
女性歌手のポーラ・アブドゥルはシリア系ユダヤ教徒の父を持つが、アラビア語のファミリーネームAbdul単体を家名として名乗っておりこれはAbdul◯◯を間違って切り取って使っているのとは異なるものと思われる。第一次世界大戦時におけるアレッポ戦死者リスト資料にはアブドゥールというラストネーム(/ファミリーネーム)の男性が含まれていること、またシリア系の記事に「ポーラ・アブドゥルの父親はアレッポのユダヤ系ファミリーであるアブドゥール家の出身」と記載されているなどすることから、「ポーラ・アブドゥル◯◯」が本来のフルネームなのではなく「ポーラ・アブドゥール」というのが父親から引き継いだ通りの代々伝わる家名アブドゥールをそのまま使って名乗っていることがわかる。
アブドゥールはアラブ人向けの赤ちゃん名前サイトで عَبْد اللهِ [ ‘abdullāh ] [ アブドゥッラー(ヒ/フ) ](アブドゥッラー、「アッラーのしもべ」の意味)の愛称(=دلع [ ダラア ])候補として紹介されているなどしており、ダラア語形が人名として使われたもしくはアブドゥッラーからの連想なりがこの男性名アブドゥールの始まり・由来だった可能性も考え得る。
■発音と表記■
日本語では長母音を抜いたアブドゥルというカタカナ表記になっていることが多い。アブドゥルというアラビア語風人名の大半がアブドゥル◯◯の◯◯も含めてセットで一つの人名であることを知らず切り取ってしまったパターンに該当するが、まれにこのアブドゥールの方で◯◯部分を付け足さずそのまま単体で人名・家名とすべき例も少ないながら含まれているので注意。
通常は単体でアブドゥルという男性名になっていないので、Abdul Majid(アブドゥルマジード)のように直後に来るMajidなどのセットパーツと一緒に人名として扱いカタカナ化する。これで1つの人名なので、アブドゥルを本人の名前、マジードを父親の名前といった具合に「・」で仕切らないよう要注意。
Abd al-Zaahir、Abd al-Zahir、Abdul Zaahir、Abdul Zahir、Abdulzaahir、Abdulzahir、Abd al-Dhaahir、Abd al-Dhahir、Abdul Dhaahir、Abdul Dhahir、Abd az-Zaahir、Abd az-Zahir、Abduz Zaahir、Abuz Zahir、Abduzzaahir、Abduzahirなど
顕現者アッラーのしもべ、顕現する者アッラーのしもべ、外に現れる者アッラーのしもべ、明らかなる者アッラーのしもべ、他のいかなる存在・被創造物よりも上にある者アッラーのしもべ
【 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名などとアブド(しもべ、奴隷)という語を組み合わせた、アブド・◯◯シリーズ男性名の一つ。1語目 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷)を定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)がついた2語目であるアッラーの属性名 اَلظَّاهِر [ ’aẓ-ẓāhir ] [ アッ=ザーヒル ](顕現者、顕現する者、外に現れる者、明らかなる者、他のいかなる存在・被創造物よりも上にある者)が後ろから属格(≒所有格)支配したイダーファ構文型の複合語。】
【 アラビア語の定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)の「l」は直後に来る子音の調音位置が近いと同化を起こすためアル=ザーヒルではなくアッ=ザーヒルという促音化が発生。ただし人名表記としてはal-のままでaz-Zahirのように「l」部分を同化後の子音に書き換えていなかったりすることも多い。学術的な転写方法でも「l」音の同化有無に関わらずal-とする表記が存在するため、al-Ẓāhirやal-Zahirといった表記がかなり広範で見られる。そのため日本語でも原語通りのアッ=ザーヒルではなくアル=ザーヒル、アル・ザーヒル、アルザーヒルのようにカタカナ表記されていることが多い。
ザーヒル語頭の子音 ظ [ ẓā’ ] [ ザー ] は学術的な英字表記では dh ではなく便宜上 z の下に下点をつけたものが使われるなどする重くこもった音。文語アラビア語(フスハー)では舌を歯にはさむ ذ [ dh ] を重くした音だが、シリア・レバノンといった一部地域の口語では重たくこもった ز [ z ] の音(舌は歯ではさまない)に置き換わるため文語会話でも舌をはさまない発音をしている人が混在。そのためZaahir・Zahir系統とDhaahir・Dhahir系統の2通りのつづりが併存している。
また口語風にiがeに転じたアブドゥッザーヘルに対応した英字表記はAbd al-Zaaher、Abd al-Zaher、Abd al-Dhaaher、Abd al-Dhaher、Abdulzaaher、Abdulzaher、Abduldhaher、Abd az-Zaher、Abd adh-Dhaherなど。口語風にuがoに転じたアブドッザーヒルという発音に対応したAbdol Zahir、Abdolzahir、Abdozzahirといった英字表記も。
この他にも定冠詞部分が口語的な発音el-、il-に置き換わったアブデッザーヒル、アブディッザーヒルに対応したAbdel Zaahir、Abdel Zahir、Abdel Dhaahir、Abdel Dhahir、Abdelzaahir、Abdelzahir、Abdeldhaahir、Abdeldhahir、Abdil Zahir、Abdilzahir、Abdezzahirなどがある。
さらに子音 ظ [ ẓā’ ] [ ザー ] はアラビア語の口語において ض [ ḍād ] [ ダード ] との入れ替わりが起きやすく正確に区別できない人も少なくないため、عَبْد الضَّاهِرِ [ ‘abdu-ḍ-ḍāhir ] [ アブドゥ・ッ=ダーヒル ] とつづられていることもある。その場合の口語発音はアブドッダーヒル、アブドッダーヘル、アブディッダーヒル、アブディッダーヘルなど。派生し得る英字表記としてはAbd al-Daahir、Abd al-Dahir、Abduldaahir、Abduldahir、Abdol Dahir、Abdoldahir、Abdel Dahir、Abdeldahir、Abdil Dahir、Abdildahir、Abd al-Daaher、Abd al-Daher、Abduldaaher、Abduldaher、Abdol Daher、Abdoldaher、Abdel Daher、Abdeldaher、Abdil Daher、Abdildaher、Abdi Daherなどが考えられる。】
母音記号あり:عَبْدُ السَّتَّارِ [ ‘abdu-s-sattār ] [ アブドゥ・ッ=サッタール ]
Abd al-Sattar、Abdulsattar、Abdussattar、Abd al-Sattaar、Abdulsattaar、Abdussattaarなど
(よく/大いに)覆い隠し・匿い守る者(たるアッラー)のしもべ
■意味と概要■
イスラーム教の唯一神アッラーの属性名・別名などとアブド(しもべ、奴隷)という語を組み合わせた、アブド・◯◯シリーズ男性名の一つ。1語目 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷)を定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)がついた2語目であるアッラーの属性名 اَلسَّتَّار [ ’as-sattār ] [ アッ=サッタール ]((大いに/よく)覆い隠す者)が後ろから属格(≒所有格)支配したイダーファ構文型の複合語。
この اَلسَّتَّار [ ’as-sattār ] [ アッ=サッタール ]((大いに/よく)覆い隠す者)自体は「アッラー99の美名(/美称)」などと呼ばれている唯一神アッラーの正式な属性名の一群には含まれておらず、アラブ・イスラーム世界でアッラーの属性名・別名だと信じられ用いられている類のもの。具体的には「信徒・僕(しもべ)の過ち・罪・恥部を隠し、匿い・守る」といったニュアンスだという。
なお2語目に含まれる سَتَّار [ sattār ] [ サッタール ] を「神に匿われた」という意味で紹介しているアラブ人名関連の日本語ネット記事が複数見られるが能動と受動を取り違えているもので、誤り。سَاتِر [ sātir ] [ サーティル ](一般的な能動分詞語形)や سَتَّار [ sattār ] [ サッタール ](通常の能動分詞語形よりも回数が多い・度合いが強いことを示す強調語形) という語形が「覆い隠す」という動作の主語・動作主側であることを示す「覆い隠す(もの/者)」という能動分詞であるのに対し、「覆い隠された(もの/者)」という受け身の意味を示す受動分詞は مَسْتُور [ mastūr ] [ マストゥール ] のような語形となる。
なお定冠詞 اَلْ [ ’al- ] [ アル= ] がつかない単なる سَتَّار [ sattār ] [ サッタール ]((よく/大いに)覆い隠す者)が男性名として載っているアラブ人名辞典もあるが、純アラブ男性名としてはマイナーで唯一神アッラーの属性として扱われることが多いため、通常は複合名 عَبْدُ السَّتَّارِ [ ‘abdu-s-sattār ] [ アブドゥ・ッ=サッタール ]((よく/大いに)覆い隠し・匿い守る者(たるアッラー)のしもべ)として用いられると考えて差し支えない。(サッタールさん自体はイランやパキスタンといった非アラブ圏の男性名、男性名由来のラストネームという印象が強め。)
عَبْد اللهِ [ ‘abdu-llāh ] [ アブドゥ・ッラー(フ/ハ) ] ♪発音を聴く♪
Abd Allah、Abdullahなど
アッラーのしもべ
■意味と概要■
名詞 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷、下僕)を崇拝対象である神の名前 اللهِ [ ’allāh/(口語発音)’allā ] [ アッラーフ/(口)アッラー ] が後ろから属格(≒所有格)支配した属格構文(イダーファ構文)で、「アッラーのしもべ」を意味。具体的には「崇敬する唯一神の教えをよく守り信仰を実践する敬虔な人」といったニュアンス。
アブドゥッラーはイスラームにおいて特に好まれるメジャーな男性名で、預言者ムハンマドが信徒たちに"唯一神アッラーに最も愛されるファーストネーム群の一つ"だと教えたとされ、神が好む男性名の筆頭に位置すると考えられている。このアブドゥッラー(アッラーのしもべ、神の僕)は預言者ムハンマド本人の別名として知られているほか、ムハンマドが乳幼児期に亡くした父親の名前でもあり、かつ幼少期に夭折したムハンマドの息子の名前でもあった。
女性版は أَمَة اللهِ [ ’amatu-llāh ] [ アマトゥ・ッラー(フ/ハ) ](アマト・アッラー、アマトゥッラー。英字表記はAmat Allah、Amatullahなど。)アブドに女性化の役割を持つ ة(ター・マブルータ) をつけた女性形アブダを作り عَبْدَة اللهِ [ ‘abdatu-llāh ] [ アブダトゥ・ッラー ](アブダト・アッラー、アブダトゥッラー)とするわけではなく、أَمَة [ ’ama(h) ] [ アマ ] という女奴隷を意味する別の名詞と組み合わせてアマ+アッラー→つなげ読みしてアマトゥッラーとする。
■中東と男性名アブドゥッラー■
「アブド・◯◯(◯◯)のしもべ」という崇拝対象の僕であることを示す熟語形式の複合名は中東に太古から存在する男性名で、アブドゥッラーは◯◯部分に「アッラー」を入れて作られている。アブドゥッラーという名前はイスラーム誕生後に作り出されたイスラーム教徒だけのものというわけではなく、もっと古くからありイスラーム以前の多神教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イラクに居住するサービア・マンダ教徒などによって命名されてきた各宗教共通人名。
「神のしもべ」「神の僕」という男性名の歴史は非常に古く、メソポタミアのバビロニアにおける男性名「Ab-di-ili(Abdi-ili)」、旧約聖書歴代誌に出てくるアブディエル(עֲבְדִּיאֵל、Abdiel)なども同じような語彙と構造から成る複合名で「神のしもべ(servant of God)」という意味を持つとともにアラビア語のアブドゥッラーとよく似た響きを持つ人名でもあった。
「アブドゥッラー」は各地のご当地神様や部族全体で信奉する神がアラビア半島内で複数併存していた時代に「アッラー」という名前で信奉されていた神にあやかって命名されていた古いアラブ男性名で、当時の「アッラー」はセム系一神教的な信仰とは違う扱いだった。イスラーム以後は、かつての数ある中の神としてのアッラーではなく、他に神が存在しないという絶対的唯一神アッラーの信仰を表す好ましい複合名として性質を変えた形となっている。
預言者ムハンマドの父は彼が幼い頃に亡くなっておりイスラーム以前のジャーヒリーヤ時代のみ生きた人物だったが、このアブドゥッラー(アッラーのしもべ)という意味のファーストネームだった。クライシュ族や他の部族にも複数のアブドゥッラーという男性が実在していたことが記録により伝えられており、この名前が現代よりも1500年ほど前には既に使われていたことを示唆している。
当時既に現地にはユダヤ教徒やキリスト教徒がいて唯一神アッラーを信じる宗教の存在が知られていた。クライシュ族自体は他の神も信じていたため多神教徒だったが、信仰していた女神らをアッラーの娘たち、天使らもアッラーの娘たちと呼ぶなどしてアッラーという言葉が使われていた。アッラーも信じていたが真正な一神教という意味合いでのハニーフな宗教ではなく、多神教の枠組みの中での信仰でアッラーを見ていたためイスラームとは大きく異なる立場だったという。
なお、イスラーム改宗前に「アブド+多神教の神・偶像の名前」だったような男性信徒の中にはこのアブドゥッラーに改名した者も少なくなかった。預言者ムハンマドはそうしたイスラーム的に不適切である可能性のある信徒らから相談を受け、必要であれば改名するよう指示し推奨する新しい名前を提示することがたびたびあったと伝えられている。
初代正統カリフのアブー・バクルもその代表例で、本名部分アブドゥッラーはイスラーム改宗前 عَبْد الْكَعْبَةِ [ ‘abdu-l-ka‘ba(h) ] [ アブドゥ・ル=カアバ ](アブドゥルカアバ、アブド・アル=カアバ)だった。しかし意味が「カアバ神殿のしもべ」で多神教時代の巡礼地だったカアバ神殿そのものの崇拝者であることを示唆するような名前だったためカアバ神殿本来の主である唯一神アッラーのしもべという名前に。「太陽神のしもべ」といった名前を持つ改宗信徒らと同じく改名を行った一人となった。
またこの男性名アブドゥッラーは出自が不明(مجهول النسب)な男性にフルネームを与える際に便宜上父親の名前として用いられることが非常に多く、中世の非イスラーム教徒地域出身奴隷が「本人ファーストネーム・イブン・アブドゥッラー」だったり、現代も含めたアラブ諸国で捨て子男児が「本人ファーストネーム・イブン・アブドゥッラー」と名乗る背景ともなっている。
■発音と表記■
名詞 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷)を唯一神の名称 الله [ ’allāh ] [ アッラー(フ/ハ) ] が後ろから属格支配したイダーファ構文の複合名。前の語を属格支配する後続の名詞は語末に格母音「i」がつくのでこの人名につく母音を全て読み上げる場合は عَبْد الله [ ‘abdu-llāhi ] [ アブドゥ・ッラーヒ ] となる。
しかしアラビア語には休止(ワクフ)形がありこの人名を単独で呼ぶ場合、直後に息継ぎをする場合には最後の格母音「i」は落とすため、عَبْد الله [ ‘abdu-llāhi ] [ アブドゥ・ッラーヒ ] ではなく [ アブドゥ・ッラーフ ] と [ アブドゥ・ッラーハ ] の中間のような発音となり最後の「h」はほんのり軽く聞こえる程度となる。カタカナ表記でアブドゥッラーフではなくアブドゥッラーが一般的なのはそのため。
日本語表記の都合上元々の単語の切れ目通りにアブド・アッラーと中点を入れて分けることもあるが、この人名に関してはアブドゥッラーとつなげ書きすることが多い。アラビア語では実際にはアブド・アッラーのように分けて読まず息継ぎ抜きでアブドゥッラーと一気読みに発音される。日本における中東関連の学会における学術的な統一カタカナ表記もこのアブドゥッラーとなっているが、一般の記事や書籍ではアラビア語の方言における少し違う発音が由来となっているカタカナ表記やより日本語風に形を変えたカタカナ表記が多用されている。
口語(方言)のアラビア語では唯一神の名称は最後のhを読まずアッラーフ、アッラーハではなくアッラーや「ー」を短くつまらせたアッラになる傾向が強い。その際文語で語末の文字や格母音まできっちり読み上げる時よりもアクセントの位置が前方にずれる形となる。 ♪発音を聴く♪
口語的に読むとAbd+Allahがつながってアブダッラーと聞こえることが多く英字表記AbdallahやAbdallaなどが派生。また長母音が短くなったアブダッラ発音もあり、同じくAbdallah、Abdallaなどがあてられる。
またAbd部分は一気読み発音する場合には語末格母音「u」を含むことからAbdu+Allah→Abdullahとなるが、口語的にアブドゥッラと短くなった発音に対応したAbdullaなどが派生。また口語ではAbdu部分の母音uがoに転じやすくそこからアブドッラーやさらにそれがつまったアブドッラという発音とそれに対応する英字表記Abdollah、Abdollaが生じる。
またアッラー部分のllをl1個に減らしたAbdulah、Abdula、Abdalah、Abdala、Abdolah、Abdolaといった英字表記が各国イスラーム教徒のムスリムネームとして使われているが、これらをつづり通りに日本語のカタカナ化したものがアブドゥラ、アブダラ、アブドラといった表記となっている。アブダーラ、アブダラー、アブドーラ、アブドラー、アブドゥラーなども含め全て同一のアラビア語男性名アブドゥッラーを英語発音・ラテン系文字表記等を経由したこと、アラビア語の方言発音を聞いたらそう聞こえたといった何らかの理由から起きたカタカナ表記の揺れであり人名としての意味なども同じ。
母音記号あり:عَبْد اللَّطِيفِ [ ‘abdu-l-laṭīf ] [ アブドゥ・ッ=ラティーフ ] ♪発音を聴く♪
Abd al-Latiif、Abd al-Latif、Abd al-Lateef、Abdul Latiif、Abdul Latif、Abdul Lateef、Abdullatiif、Abdullatif、Abdullateefなど…
優しき者(たるアッラー)のしもべ、心優しき者(たるアッラー)のしもべ;最も神妙なるお方(アッラー)のしもべ、幽玄者(たるアッラー)のしもべ
■意味と概要■
「アッラー99の美名」「アッラー99の美称」などと呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名などと、名詞アブド(しもべ、奴隷)という語を組み合わせた、アブド・◯◯シリーズ男性名の一つ。
1語目 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷)を定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)がついた2語目であるアッラーの属性名 اَللَّطِيف [ ’al-laṭīf ] [ アッ=ラティーフ ](優しき者、心優しき者;最も神妙なるお方、幽玄者)が後ろから属格(≒所有格)支配したイダーファ構文型の複合語。
اَللَّطِيف [ ’al-laṭīf ] [ アッ=ラティーフ ] という属性名・称号の元となる文言はクルアーン(コーラン)で
إِنَّ ٱللَّهَ لَطِيفٌ خَبِيرٌ
本当にアッラーは「親切にして」知悉される御方である。(三田了一訳)
本当にアッラーは霊妙なお方、(全てに)通暁されたお方。(サイード佐藤訳)
ٱللَّهُ لَطِيفٌ بِعِبَادِهِ
アッラーはそのしもべに対して,「やさしくあられ」(三田了一訳)
アッラーはその僕たちに対して霊妙なお方であり(サイード佐藤訳)
などとして登場。解釈によって「優しき者」(些細な物事も感知・把握している存在。信徒らが思いもしないような方法で哀れみ優しくしてくれる神)と「最も神妙なる者、幽玄者」(人の視力では感じ取ることのできない神妙・幽玄の存在)といった和訳に分かれる。
ちなみにGoogle翻訳に「かわいい神様」と入れると上のクルアーン(コーラン)の文言と同じ言い回し اَلله لَطِيفٌ [ ’allāh(u) laṭīf(un) ] [ アッラーフ・ラティーフ ] が表示される。これは修飾語・被修飾語を結ぶのに必要な定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)がラティーフ語頭についていないために主語+述語の文章になっているもので「アッラー(イスラームの唯一神)は優しきお方であられる」といった意味になるのでネーミングに利用しないよう要注意。
■発音と表記■
アラビア語の定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)の「l」は直後に来る子音の調音位置が近いと同化を起こすためアル=ラティーフではなくアッ=ラティーフという促音化が発生。ただし英字表記(転写)としてはal-のままでal-Latiif、al-Latif、al-Lateefのように「l」部分はつづり上の違いが起こらないので、定冠詞部分がアルではなくアッと変化している件はアラビア語文法を知らないと見ただけではわからない。
日本語では学術的な表記だとスペースを空ける部分は「・」、定冠詞のように分かち書きをせず接頭する定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)は「=」でつなぐため分かち書きをすればアブド・アッ=ラティーフ。ただしこのような2語1組の複合人名に関しては実際のアラビア語で息継ぎ無しの一気読みをした時の本来の発音に即したカタカナ表記が広く採用されており、事典類でもアブドゥッラティーフとなっているのが一般的。
一方、一般の表記では全部「・」で区切る書き方、定冠詞直後は「・」を入れない書き方、実際の発音とは違う定冠詞部分がアルのままの書き方が混在しているので、アブド・アッ・ラティーフ、アブド・アル・ラティーフ、アブド・アッラティーフ、アブド・アルラティーフなど色々なパターンが使われ得る。
英字表記では定冠詞部分をどのように区切るかによって何通りものつづりが存在しており、学術表記のように定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)と直後の語を「-」で結んでAbd al-◯◯とするケース、2語を実際の発音と同じようにスペース無しで書きかつ隠れていた格を示す母音uを間にはさんでAbdul◯◯とするケース、2語目につくはずの定冠詞を1語目の最後にくっつけた上で2語目とスペースを空けるAbdul ◯◯、1語目末の母音uと定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)から一気読みで最初の [ ’a ] [ ア ] 音が落ちて الْ [ -l ] [ -ル ]となったものドッキングし2語目先頭につけたAbd ul-◯◯(注:非アラビア語圏のイスラームネームに多い)など様々。
1語目と2語目を息継ぎ無しで一気読みする時にAbduという風に現れる母音uを口語風oに寄せたアブドッラティーフという発音に対応したAbdollatiif、Abdollatif、Abdollateef、Abdol Latiif、Abdol Latif、Abdol Lateefといった英字表記も使われ得る。
この他にも定冠詞部分が口語的な発音el-、il-に置き換わったアブデッラティーフ、アブディッラティーフに対応したAbdel Latiif、Abdel Latif、Abdel Lateef、Abdil Latiif、Abdil Latif、Abdil Lateef、Abdellatiif、Abdellatif、Abdellateef、Abdillatiif、Abdillatif、Abdillateefなどがある。
なお定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)の2文字目とラティーフ語頭の「l」音とが連続してllと2文字連なるものをつづり上1文字だけに減らしたAbdulatiif、Abdulatif、Abdulateef、Abdolatiif、Abdolatif、Abdolateef、Abdelatiif、Abdelatif、Abdelateef、Abdilatiif、Abdilatif、Abdilateefの類も見られる。
ラティーフの長母音ī(イー)音を示すために用いる英字表記-ee-がe1個だけに減らされたLatefというつづりもよく見られるが、原語であるアラビア語ではラテフではなくラティーフと発音するので英字表記経由でカタカナ化する際は要注意。
この人名のカタカナ表記としてはアブドゥッラティーフ、アブドゥッラティフ、アブドッラティーフ、アブドッラティフ、アブド・アッ=ラティーフ、アブド・アル=ラティーフ、アブド・アッ・ラティーフ、アブド・アル・ラティーフ、アブド・アッラティーフ、アブド・アルラティーフ、アブドルラティーフ、アブドルラティフ、アブデッラティーフ、アブデルラティーフ…など多くのパターンが考え得る。
Abd al-Rahmaan、Abd al-Rahman、Abdulrahman、Abdul Rahman、Abd ar-Rahmaan、Abd ar-Rahman、Abdurrahmaan、Abdurrahmanなど
慈悲あまねき者アッラーのしもべ、最も慈悲あまねき御方アッラーのしもべ、慈愛あまねき者アッラーのしもべ
【 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名などとアブド(しもべ、奴隷)という語を組み合わせた、アブド・◯◯シリーズ男性名の一つ。
1語目 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷)を定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)がついた2語目であるアッラーの属性名 اَلرَّحْمٰن [ ’ar-raḥmān ] [ アッ=ラフマーン(ラハマーンに近く聞こえることも) ](全ての被造物に慈悲が行き渡るという意味の「慈悲あまねき者」「慈愛あまねき者」で説明している専門書が多いが、「慈悲深き者」という訳がついている例も見られる)が後ろから属格(≒所有格)支配した属格構文(イダーファ構文)型の複合語。特殊つづりのため رَحْمَان とは書かれず、م [ m ] 字の上に短剣アリフを表記する。
なお、رَحْمٰنُ [ raḥmān ] [ ラフマーン / ラハマーン ](慈悲あまねき者)は唯一神アッラーの属性名で人間の性質を形容するのには用いないため、イスラーム法学的には عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](しもべ、奴隷)抜きで単体の「ラフマーン」と名付けることは許されていない。アラブ人やイスラーム教徒で「ラフマーンさん」「ラハマーンさん」「ラーマンさん」のように紹介されている人物はほぼこの複合名「アブドゥッラフマーン(アブド・アッ=ラフマーン)」の後半部分だけを切り取ったものだと思われる。】
【 アラビア語の定冠詞 اَلْ [ ’al ] [ アル ](al-)の「l」は直後に来る子音の調音位置が近いと同化を起こすためアル=ラフマーンではなくアッ=ラフマーンという促音化が発生。ただし人名表記としてはal-のままでar-Rahmanのように「l」部分を同化後の子音に書き換えていなかったりすることも多い。学術的な転写方法でも「l」音の同化有無に関わらずal-とする表記が存在するため、al-Raḥmānやal-Rahmanといった表記がかなり広範で見られる。そのため日本語でも原語通りのアッ=ラフマーンではなくアル=ラフマーン、アル・ラフマーン、アルラフマーンのようにカタカナ表記されていることが多い。
前の語を属格支配する後続の名詞は語末に格母音「i」がつくのでこの人名につく母音を全て読み上げる場合は عَبْد الرَّحْمٰن [ ‘abdu-r-raḥmāni ] [ アブドゥ・ッ=ラフマーニ(ラハマーニに近く聞こえることも) ] となる。しかしアラビア語には休止(ワクフ)形がありこの人名を単独で呼ぶ場合、直後に息継ぎをする場合には最後の格母音「i」は落とすため、عَبْد الرَّحْمٰن [ ‘abdu-r-raḥmān ] [ アブドゥ・ッ=ラフマーン(ラハマーンに近く聞こえることも) ] に。英字表記や日本語のカタカナ表記も後者の休止形に基づいて行われている。
日本語表記の都合上元々の単語の切れ目通りにアブド・アッ=ラフマーンと中点を入れて分けることもあるが、アラビア語では実際には息継ぎ抜きでアブドゥッラフマーンと一気読みに発音されるため、カタカナ表記でもアブドゥッラフマーンとつなげ書きすることが多い。
またAbd部分は一気読み発音する場合には語末格母音「u」を含むことからAbdu+al-Rahmaan / al-Rahman / ar-Rahmaan / ar-Rahman 等を組み合わせた上でつなげることとなる。定冠詞の発音同化でアッ=ラフマーンと発音するにもかかわらず英字表記上は同化無しのアル=ラフマーンと読めるままのことも多いため、実際のアラビア語発音に即したAbdurrahmaan、Abdurrahman以外にもAbdulrahmaan、Abdulrahmanなどが併存。
また口語ではAbdu部分の母音uがoに転じやすく、1語目のuがoに転じたアブドッラフマーンという発音に対応した英字表記としてAbdo al-Rahmaan、Abdo al-Rahman、Abdol Rahmaan、Abdol Rahman、Abdolrahmaan、Abdolrahman、Abdor rahmaan、Abdorrahman、そして2語目の定冠詞部分の発音を一語目末に移動した上で切り分けたAbdor Rahmaan、Abdor Rahmanなどが使われ得る。
この他にも定冠詞部分が口語的な発音el-、il-に置き換わったアブデッラフマーン、アブディッラフマーンに対応した英字表記も見られる。
アラビア語に即したカタカナ表記だと後半の2語目部分は-ah-と「ー」のように伸ばすことはせずラフマーン、ラフマン、ラハマーン、ラハマンなどになるが、アラブ系移民だったり非アラブ人イスラーム教徒名だったりして英語圏での発音など非アラビア語圏における現地風の読み方に合わせる場合は適宜ラーマーン、ラーマンなどとする必要も出てくる。】
Abduh
彼のしもべ、かのお方(アッラー)のしもべ
【 عَبْد [ ‘abd ] [ アブド ](奴隷、しもべ) に「彼の~」という意味の人称代名詞 ـهُ [ -hu ] [ -フ ]をくっつけて書いて、「彼のしもべ」、「彼のお方(アッラー)のしもべ」という意味にしたもの。英語だとhis slave、his servantという2語になるものがアラビア語で1語にくっついてまとまっている形となっている。
この名前が父の名前だといった理由からフルネームに含む人物としては、エジプトのイスラーム革命思想家ムハンマド・アブドゥフ、サウジアラビアの大御所歌手モハンメド・アブドゥ、エジプトのベリーダンサー・女優フィーフィー・アブド(彼女の場合は完全な芸名)などがいる。】
【 文語においては語末母音まではっきり発音すると [ ‘abduhu ] [ アブドゥフ ] だが、アラビア語は語末母音のuを省略して発音する方法がありその場合は最後のフはふんわりと聞こえるのみになり、日常的にはアブドゥに近く発音されがちである。
さらに口語的な発音ではuがoになりやすく、アブドに近く聞こえるのが一般的。その場合の英字表記はAbdohもしくはAbdo。その他見られる英字表記としてはAbdu、Abdouなど。また方言によってはアブダという発音になることもあり、AbdaやAbdahという英字表記が派生し得る。】
Abd al-Amir、Abdulamir
アミールのしもべ、信徒の長様のしもべ
【 シーア派信徒特有の名前。第四代正統カリフ(アミール・アル=ムウミニーン)かつシーア派初代イマームであるアリーのしもべであることを意図した名前でアリーに対する崇敬を示す。スンナ派ではこのような唯一神アッラー以外に対する個人崇拝を禁じているためイラクなどシーア派信徒が多い地域に集中している名前となっている。】
【 口語的にuがoに転じたAbdol Amir、Abdol Ameer、Abdolamir、Abdolameerといった英字表記あり。口語における定冠詞al-の発音el-やil-を反映した英字つづりはAbd el-Amir、Abdelamir、Abdilamir。AmirをAmeerに置き換えたのがAbd al-Ameer、Abdulameer、Abd el-Ameer、Abdelameer、Abdilameerなど。AmirをEmirとつづっているのも同じ人名。】
万能なる者アッラーのしもべ
[ 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名とアブド=しもべ・奴隷という語を組み合わせた、アブド某シリーズ。]
[ 口語ではiがeに転じてアブドゥルカーデルのような発音になる。その場合は上記の英字表記バリエーションがQaader、Qaderに置き換わる。 ]
Abd al-Qahhaar、Abd al-Qahhar、Abdulqahhaar、Abdulqahharなど
征服者たるアッラーのしもべ、制圧者たるアッラーのしもべ
【 99の美名と呼ばれる色々な属性を示すアッラーの別名などとアブド(しもべ、奴隷)という語を組み合わせた、アブド・某シリーズ男性名の一つ。どちらかというとマイナーネームであまり見かけない印象。】
【 口語風にuがoに転じたアブドルカッハールという発音に対応したAbdol Qahhar、Abdolqahharといった英字表記あり。この他にも口語的な定冠詞発音el-、il-に置き換わったアブデルカッハール、アブディルカッハールに対応したAbdel Qahhar、Abdelqahhar、Abdil Qahhar、Abdilqahharなども。hを2個重ねず1個に減らした英字表記も使われており、Abdul Qahar、Abdulqahar、Abdol Qahar、Abdolqahar、Abdel qahar、Abdelqahar、Abdil Qahar、Abdilqaharといった英字表記が存在し得る。
またqを発音が近いkに置き換えたAbd al-Kahhaar、Abd al-Kahhar、Abdulkahhaar、Abdulkahhar、Abdol Kahhar、Abdolkahhar、Abdel Kahhar、Abdelkahhar、Abdil Kahhar、Abdilkahhar、Abdul Kahar、Abdulkahar、Abdol Kahar、Abdolkahar、Abdel kahar、Abdelkahar、Abdil Kahar、Abdilkaharなども全部同じ名前の英字表記バリエーション。】
Abd al-Hamiid、Abd al-Hamid、Abd al-Hameed、Abdul Hamiid、Abdul Hamid、Abdul Hameed、Abdulhamiid、Abdulhamid、Abdulhameedなどなど…
称賛される者アッラーのしもべ
【 名詞アブド(しもべ、僕)と唯一神アッラーの属性名(美名や美称と呼ばれている別名)の1つアル=ハミード(称賛される者、The Praiseworthy)を組み合わせた複合名。分かち書きをすればアブド・アル=ハミードだが実際にはアブドゥルハミードと一気読みされる。
神の教えによく従う敬虔な信徒となることを願ってつけられるイスラーム男性名。オスマン朝史で出てくるアブデュルハミトはこれのトルコ語発音由来で、後半部分の元となったEl-Hamit(アル=ハミト、アル・ハミト、アルハミト)が唯一神アッラーのみに用いられる特別な称号アル=ハミードに対応している。
*トルコ語発音にする場合、アラビア語の定冠詞 定冠詞 اَلْـ [ ’al- ] [ アル= ](al-)は el-(エル)に置き換えるのが標準的である模様。ただ検索してみると「アル=ハミード」の意味に相当する部分がAl-Hamit(アル=ハミトもしくはアル・ハミト、アルハミト)になっているケースも観測。】
Ahmad
より称賛された(者)、より称賛に値する(者);最も称賛された(者)、最も称賛に値する(者)
【 比較級・最上級の語形。ムハンマドと同じ語根 ح - م - د(ḥ-m-d)から作られた語で称賛に関連した概念を示す。
語末格変化が二段変化で主格: أَحْمَدُ [ ’aḥmadu ] [ アフマドゥ ]、属格: أَحْمَدَ [ ’aḥmada ] [ アフマダ ]、対格: أَحْمَدَ [ ’aḥmada ] [ アフマダ ] となる件に関して「動詞と同じ語形」「動詞と同じ型」(عَلَى وَزْنِ الْفِعْلِ)と形容されるが、これは語形・リズムが動詞未完了形と同じという意味で、アフマドという語の意味の由来が أَحْمَدُ [ ’aḥmadu ] [ アフマドゥ ](私は賛美する、私は称賛する)という動詞だという意味ではないので区別が必要。
アラビア語では比較級も最上級も同じ語形なので「より称賛された」と「最も称賛された」の両方の意味を示し得るが、属性名的にクルアーン等で言及されている預言者ムハンマドの別名としては最上級の方に該当。他のどんな人間よりも優れた預言者・使徒ということで「最も称賛された(者)、最も称賛に値する(者)」という強い意味の方となる。
アフマドと呼ばれた・アフマド(最も称賛されるべき者、最も称賛に値する者)と形容された人物は預言者ムハンマドが初めてだとされており、後代に生まれた男児たちの名前として崇敬を集める彼にあやかっての命名。信徒らの間で長きにわたって好まれており、この名前を持っている人はアラブ人だけでなくそれ以外のイスラーム教徒にも非常に多い。】
【 日本語のカタカナ表記ではアフマドが標準的だが、h部分はfとは違うためカタカナのフよりもハに近い。そのためアフマドよりもアハマドの方が原語に似た発音となる。口語風にaがeに寄ったアフメドもしくはアハメドという発音に対応した英字表記もAhmed。
またアラビア語では語末が-adのようになっている語では-addのように重子音化に近くなることがあるため、アフマッド、アハマッド、アフメッド、アハメッドのように聞こえる場合がある。日本ではそれとは別に英字表記Ahmadの-ad部分を英単語のカタカナ化同様に扱ってアフマッド、アハマッドとしているケースも少なくないと思われる。
アラビア語においてahはアーという音ではなくアフやアハという発音となる部分を示す。英語圏に移民したアラブ人やイスラーム教徒の人名として現地発音する場合は別だが、アラブ式発音に即した純アラブ人名としてカタカナ化をする場合はアーマド、アーメドとしないよう注意。ただしネイティブのアラブ人が自分の名前をアーマドのようにカタカナ表記して使っていることもある。】
Amiid、Amid、Ameed
(一家・民衆・組織などの)長、代表的人物;学長(*現代用法);(文芸界などの)大御所、第一人者;准将、大佐(*軍の階級として。ただし国によって異なる。);クッションで支えられないと座っていられないぐらいに弱っている病人;愛情・恋慕に身を焦がしている(人)、愛情・恋慕に苦しめられている(人)、(心が)恋慕や悲しみで打ちひしがれている(人)
【 語根 ع - م- د(‘-m-d)は支えること・支えられることに関連した概念などを示す単語を作るのに使われたりする。「長」といった意味はその人を拠り所として物事の決定において頼りにするような人物、というニュアンスから。「(文芸界などの)大御所、第一人者」という意味では عَمْيد الأَدَبِ الْعَرِبِيّ [ ‘amīdu-l-’adabi-l-‘arabiyy/‘arabī(y) ] [ アミードゥ・ル=アラビ・ル=アラビー(ィ) ](アラブ文学のアミード、アラブ文学の第一人者)という表現などが有名。ちなみにエジプトが生んだ有名作家ターハー・フサイン(/フセイン)のこと。
通常は人を率いて頼られるようなプラスのイメージで命名されるが、いくつかある意味にはマイナスの内容を示す用法も含まれる。恋情や悲しみに襲われ苦しんでいるイメージについては、同じ語根から成る動詞 عَمَدَ [ ‘amada ] [ アマダ ] に「(感情・悲しみ)が人にのしかかって蝕み苦しめる」ことを表現する用法があるため。عَمِيد [ ‘amīd ] [ アミード ] のような فَعِيل 語形にはそのような他動詞の動作を受ける対象であることを示す受動態的な意味合いが含まれ、恋慕や悲哀により苦しめられた人の形容となる。】
母音記号あり:أَمِير [ ’amīr ] [ アミール ] ♪発音を聴く♪
Amir、Amiir、Ameer
指導者、指揮者、司令官、長;首長;王;(国王の子供としての)王子;助言者、アドバイザー;イスラーム共同体の指導者たるカリフの称号「信徒たちのアミール(長)」を指す;(イラクやイラン(注:非アラブ地域)いったシーア派共同体内で強く崇敬されている)第4代正統カリフ/シーア派初代イマーム アリーの称号「信徒たちのアミール(長)」にちなむ
■意味と概要■
動詞 أَمَرَ [ ’amara ] [ アマラ ](命令する、命じる、指示を出す;アミールとなる)、أَمُرَ [ ’amura ] [ アムラ ](アミールになる)、أَمِرَ [ ’amira ] [ アミラ ](アミールになる)が示す性質・状態を継続して有することを意味する、分詞に類似した فَعِيلٌ [ fa‘īl(un) ] [ ファイールン ] 型語形。
現代アラブ諸国が王国となりその統治者である国王が مَلِك [ malik ] [ マリク ]、その息子である王子たちが أَمِير [ ’amīr ] [ アミール ] と呼ばれることが普及する前の長や民たちのトップがこの أَمِير [ ’amīr ] [ アミール ] で、今でもアラビア半島の湾岸諸国で「首長」と和訳される立場にある元首らがこのアミールという称号で呼ばれている。辞書にはアミールの同義語としてマリクが載っていたりと、「アラビア語では昔からマリクが王でアミールが王子だった」とはだいぶ事情が違うので要注意。
アラブ諸国やイスラーム諸国でアミールという名前がついている人は元々の意味である「指導者、指揮者、統治者、リーダー、長(おさ)」というニュアンスを意図しているのが普通で、「キラキラしくロイヤルに育ってほしい」「王侯貴族のようにゴージャスな暮らしを送ってほしい」という願いを込めて命名される「王子様」「プリンスくん」という意味で解釈しない方が無難。創作キャラ以外については日本でイメージするような「王子」「プリンス」と同じイメージで扱わないよう要注意。
أَمِير الْمُؤْمِنِينَ [ ’amīru-l-mu’minīn(a) ] [ アミール・ル=ムウミニーン(実際にはムゥミニーンとムッミニーンを混ぜたような発音) ](アミール・アル=ムウニミーン)すなわち「信徒たちのアミール(長)」シーア派初代イマームのアリーへにちなんでアミールと名付けられる例も多く、イラクやイランを始めとするシーア派が多い地域ではアリー崇敬と結びついた命名である割合がスンナ派地域よりも高め。
アミール自体はアラブ全体としてはそう多くないファーストネーム。王族の称号が国王(マリク)や王子(アミール)であるサウジラアビア王国では一般男児名として命名することが禁止であると内務省の通達などにより告知されており、このアミール(王子)もそうした命名禁止男児名の一つとなっている。
■発音と表記■
主な英字表記はAmir、Amiir、Ameer。Ameerの2個連なっているeeを1個に減らしたAmerも使われているが、アーメルでもアメールでもなくアミールなので要注意。
英字表記でEmir、Emiir、Emeerなどと書かれている男性名はこの名前の発音・表記バリエーション。トルコ語系の発音だとエミルになるため、Emirなどはトルコの男性名であることも多い。
なおAmirについてはアラビア語表記も発音も全く違う男性名である عَامِر [ ‘āmir ] [ アーミル ](住んでいる、居住している、居住者;建設者;人々がそこに住んでいる、(場所として)栄えている;長生きの)の英字表記とかぶるので、アラビア語表記や実際の発音で確認する必要あり。またAmeerと書いてアミールと読ませる当て字からeを抜いたAmerについては عَامِر [ ‘āmir ] [ アーミル ] の口語発音 [ ‘āmer ] [ アーメル ] の当て字とかぶるので同じく区別のための確認作業が必要。
Amiin、Amin、Ameen
正直な、誠実な;信頼できる、信頼に足る;安全な
【 預言者ムハンマドの別名(属性名的にクルアーン等で言及されているもの)の一つとして古くから好まれている男性名でもある。】
【 長母音 [ ī ] [ イー ] を意図したAmeenのeeが1個だけに減らされたAmenという英字表記があてられていることもある。】
Amr
長生きの(人);建築、建物を建ててその地に居住する(人);生涯、人生
【 イスラーム以前のジャーヒリーヤ時代からある伝統的なアラブ男性名。アラビア文字に弁別点も母音記号も無かった時代、別の男性名 عُمَرُ [ ‘umar ] [ ウマル ] とつづりが全く同じ عمر になってしまうためアムルの語末には区別用に発音に影響しない余剰の و [ wāw ] [ ワーウ ] 1文字が足され عَمْرٌو [ ‘amr ] [ アムル ] となった。
格変化についてはウマルが主格:عُمَرُ [ ‘umaru ] [ ウマル ]、属格:عُمَرَ [ ‘umara ] [ ウマラ ]、対格:عُمَرَ [ ‘umara ] [ ウマラ ] の二段変化。アムルは主格:عَمْرٌو [ ‘amrun ] [ アムルン ](*タンウィーン記号は و の手前の ر の上に書かれる)、属格:عَمْرٍو [ ‘amrin ] [ アムリン ](*タンウィーン記号は و の手前の ر の下に書かれる)、対格:عَمْرًا もしくは عَمْراً [ ‘amran ] [ アムラン ] の三段変化。対格のみ二段変化のウマルと違いタンウィーンのアリフが書かれるのは、つづり上の混同が起きないことから余剰の و を追加する必要が無いため。
アラビア語文法学では「فَعْلٌ(fa‘l)」型で語形的に使いやすいこの عَمْرٌو [ ‘amr ] [ アムル ] と زَيْد [ zayd/zaid ] [ ザイド ] が例文の登場人物として多用されるのが中世以降から続く伝統となっており、アムルはいつもザイドに殴られる・棒で叩かれる・殺されるといった物騒な目に遭っていることでも有名。入れ子状の構文になるとザイドの父なども登場しアムルに危害を加えるというかなりバイオレンスな設定となっている。
このファーストネームを持つ歴史上の有名人物としてはエジプトなどに遠征した名将 عَمْرُو بْنُ الْعَاصْ [ ‘amr(u) bnu-l-‘āṣ ] [ アムル・ブヌ・ル=アース ](アムル・イブン・アル=アース)が挙げられる。後世に生まれた男児らには彼にあやかって命名されたケースが多い。】
【 アラビア語表記の語末にある و は発音しない余剰文字で別の男性名 عُمَر [ ‘umar ] [ ウマル ] と区別するために足されたもの。 しかし英字表記ではAmru、もしくはuを口語的にoに寄せたAmroと書かれていることもある。日本語のカタカナ表記でアムロと書いてあるアラブ人名はこのAmroに対応。】
母音記号あり:عَلاَء [ ‘alā’ ] [ アラー(ゥ/ッ) ] ♪発音を聴く♪
Alaa、Ala
高さ;高位、高貴;高潔、崇高
■意味と概要■
「高いこと、高み」、「高位、高貴」、「高潔、崇高」を意味する動名詞。
2語以上から成る複合名の新規命名が不可となった国では عَلاَء الدِّين [ ’alā’u-d-dīn ] [ アラーウ・ッ=ディーン ](アラーウッディーン(アラー・アッ=ディーン))の代替としてこのアラー単体が命名されることも。本名自体がまた عَلاَء الدِّين [ ’alā’u-d-dīn ] [ アラーウ・ッ=ディーン ](アラーウッディーン(アラー・アッ=ディーン))というファーストネームを持つ人が日常において家族・知人などから短く省略して呼ばれる際にも、この「アラー」で呼ばれることが少なくない。
イスラーム教やアラビア語圏のキリスト教で使われている唯一神の名称 اَللهُ [ ’allāh ] [ アッラーフ(日常会話での発音は [ ’allā ] [ アッラー ]) ] に対して日本で長年使われてきた慣用カタカナ表記「アラー」とかぶるため誤解されがちだが、人名としての「アラー」は全く別のつづりと発音をする関係の無い語で、「唯一神の名前アッラーから定冠詞を取ると男性名アラーになる」、「アラジンのアラビア語名アラーウッディーンのアラーは神様の名前」といった説明はいずれも誤り。
■発音と表記■
語末に長母音ā+声門閉鎖音/声門破裂音 ء(ハムザ)があるため文語アラビア語的に厳密な発音はアラーゥとアラーッを混ぜたような感じに聞こえるが、口語などでは単なる [ ‘alā ] [ アラー ] のように聞こえることが一般的。そのため日本語の学術的なカタカナ表記でもアラーとするのが標準的となっている。
長母音āがē寄りになる方言におけるアレーに近い発音に即したAlee、Ale、Aleaといった表記も見られる。Aleaについてはおそらく口語アラビア語におけるアレェー(ァ)のような発音を意図したものなので、アレアとカタカナ化しないよう要注意。
携帯電話にアラビア語キーボードが無かった時代に普及したチャットアラビア語の影響から、SNSのユーザーネーム等では語頭の ع [ ‘ayn/‘ain ] [ アイン ] を数字の3に置き換えた3Alaa、3Ala、3alaa、3alaや、語末の声門閉鎖音/破裂音 ء [ hamza(h) ] [ ハムザ ] を数字の2に置き換えたAlaa2、Ala2といったつづりも見られる。
Alaa al-Diin、Alaa al-Din、Ala al-Din、Alaa ad-Diin、Ala ad-Din、Alaauddiin、Alauddinなどなど ♪発音を聴く♪
信仰の高み、宗教の崇高さ、信仰・宗教における高い地位・崇高さ
■意味■
いわゆるAladdin(アラジン)のこと 。2語からなる複合語で、中世に宗教関係で功績を挙げた人物に与えられた称号(ラカブ)がファーストネームに転じたもの。スルターンといった歴史上の統治者がこの称号を有していたほか、マムルーク朝時代になると軍人に授けられるなどしていたという。
「信念の尊さ」といった意味で紹介されていることもあるが、後半部分の単語 اَلدِّين [ ’ad-dīn ] [ アッ=ディーン ] 自体は信念や強く誰かや何かを信じる個人的な気持ちではなく具体的には信仰・宗教と訳する内容である。具体的には定冠詞つきで英語の「the religion」すなわち特定宗教であるイスラーム教のことを指しており、称号を与えられた人物のイスラームに対する信心や功績が栄光ある高い場所に到達したことを意味する称号・名称となっている。
ちなみにネットでは「アラジンのアラはイスラーム教の神の名前アラーが由来」「アラジンという人名は唯一神アラーとジーニー等の名前で知られるジンを合わせた名前」「アラジンは神(アラー)と妖精(ジン)の合成語」と書かれていることがあるが誤り。日本でアラジンとして知られるアラビア語人名は前半の عَلَاء [ ‘alā’ ] [ アラー(ゥ/ッ) ] という表記・発音で、英語発音Aladdin(アラディン)のディ部分を日本語カタカナ表記でしばしば行われるジ置き換えによってアラジンとしたものとなっている。
イスラームの唯一神の名前 اَلله [ ’allāh ] [ アッラー(厳密にはアッラーフとアッラーハを混ぜたような発音で、最後の ه [ h ] はほんのり聞こえる程度に発音、口語では省略され単なるアッラーに) ] とは全く別の言葉となっている。このアッラーは昔日本語で「アラー」「アラーの神」などと書かれることが多かったが、今は原語の発音に従い「ッ」を含んだアッラーやアッラーフが用いられている。また後半はジンではなく دِين [ dīn ] [ ディーン ](宗教)でこれも精霊的存在の人外である جِنّ [ jinn ] [ ジン ] とは異なる。
■発音と英語や日本語における表記■
日本語のカタカナ表記では複合語の発音を区切ってアラー・アッ=ディーンなどと書かれていることもあるが、実際には息継ぎせず一気読みされるため文語的な発音はアラーウッディーンとなる。これをアラー・ウッディーンのような区切り方をするのはインドなどのイスラーム政権の統治者の名前などとして表記する際となっており、アラブ人名では通常行わない。
1語目の厳密な発音がアラーゥとアラーッの中間のような読み方となるが日常生活での会話・口語における発音はアラーなので日本語では学術書も含めアラーゥやアラーッではなくアラーと表記。そのためこの複合名を分かち書きする際もアラー・アッ=ディーンのようになるなどする。
なお分かち書きをすればとアラー・アッ=ディーンとなるものの、「アラー」の直後に定冠詞+ディーンより成る「アッ=ディーン」を息継ぎ無しで一気読みする際はアラーの語末の声門閉鎖音/声門破裂音についた格母音(主格はu、属格はi、対格はa。通常人名として単独で言う場合は主格の「u」をつける。)がはっきり現れるので [ ’alā’ ] [ アラーゥ/アラーッ ] ではなく [ ’alā’u ] [ アラーウ ] に変わる。
後半の2語目は定冠詞 اَلْـ [ ’al- ] [ アル= ](al-)+名詞 دِين [ dīn ] [ ディーン ] の組み合わせだが、定冠詞の「l」は直後に調音位置が近い子音が来ると同化してしまうため「d」に同化。اَلْدِين [ ’al-dīn ] [ アル=ディーン ] ではなく اَلدِّين [ ’ad-dīn ] [ アッ=ディーン ] という促音化した発音に変わる。
さらに定冠詞語頭の [ ’a ] [ ア ] 部分は前に他の語が来て息継ぎ無しで一気読みすると発音が脱落。複合語全体では عَلاَءُ الدِّين [ ’alā’u-d-dīn ] [ アラーウ・ッ=ディーン ] という発音になる。しかし学術的表記も含めこの定冠詞の発音変化を反映させず常に「al-」で通す英字表記が多く使われている。
ディーンの長母音「ī(イー)」に関してはDiin、-ii-を1個に減らしたDin、Deen、-ee-を1個に減らしたe、Deanといった英字表記バリエーションが存在。ディーンもしくは短くつまってディンとなった発音を意図したものなので、デンやデアンとカタカナ化しないことを推奨。
前半部分と後半部分のつづりバリエーションを合わせた結果としてAlaa al-Diin、Alaa al-Din、Ala al-Diin、Ala al-Din、Alaa al-Deen、Ala al-Deen、Alaa al-Dean、Ala al-Deanといった英字表記が見られる。
口語(方言)ではアラーアッディーン、アラーッディーン、アラッディーンといった発音になることも。1語目末の声門閉鎖音やそこにつく母音を省いてしまうケースでは純文語的な発音とは耳で聞いた時の感じが多少異なってくる(♪発音を聴く♪)。英字表記のAlaaddiin、Aladdiin、Alaaddin、Aladdin、Alaaddeen、Aladdeen、Alaaddean、Aladdean、そして2個連なる-dd-を1個に減らしたAlaadiin、Aladiin、Alaadin、Aladin、Alaadeen、Alaaden、Aladen、Aladeen、Alaadean、Aladeanなどが派生。
ディズニー映画『アラジン』の題名としても使われている英語におけるつづりAladdin(発音はəlˈædnやəlˈædɪnなど)と英字表記が全く一緒・発音がそっくりになる場合もあり、英語における男性名Aladdinの発音が元のアラビア語から大きくかけ離れている訳ではないことがわかる。
アラブ以外のイスラーム圏では عَلاَء الدِّين [ ’alā’u-d-dīn ] [ アラーウ・ッ=ディーン ] の発音が英字表記の定冠詞部分に反映されたAlaa ud-Din、Ala ud-Din、Alaa ud-Deen、Ala ud-Deen、Alaa ud-Den、Ala ud-Den、Alaa ud-Dean、Ala ud-Deanのように定冠詞部分をalからudに変えた英字表記を使うことも少なくない。
定冠詞部分については南アジア風のud-以外にアラブ系人名の英字表記として「al-◯◯」、「Al-」、スペース無しの「Al◯◯」。スペースありの「Al ◯◯」など複数通りが併存。口語における定冠詞の発音変化に即した「el-」「il-」の系統が上記の多様な英字表記各パターンに加わる形となる。
なお、Aladdin語頭の「Al」は定冠詞アルではないのでAlとaddinに分けてAl-Addinとしてアル=アッディーンやアル=アッディンと間違えて読まないよう要注意。Alaとddinに分けるのがアラビア語的には正しい区切り方。
Alii、Ali、Alee、Aly
高い;高貴な、地位が高い;堅固で強い
【 第4代正統カリフでシーア派初代イマームのアリー・イブン・アビー・ターリブのファーストネームとして有名。彼は預言者ムハンマドのいとこで、彼の娘ファーティマと結婚。2人の間に生まれた息子のハサンとフサイン(フセイン)はシーア派の第2代・第3代イマームとなった。なお定冠詞 اَلْـ [ ’al- ] [ アル= ](al-)がついた اَلْعَلِيُّ [ ’al-‘alī(y) ] [ アル=アリー(ュ/ィ) ] は唯一神アッラーの属性名(美名)の一つで意味は「至高なる者」「最も高き者」。
アラブ世界では古くからあった名前だが、イスラーム教徒特にシーア派に強く崇敬されるアリーのファーストネームであることから世界各地の信徒らが我が子の命名に用いている。なお改宗者がムスリムネームとして選ぶことも少なくなく、アメリカ合衆国のボクシング王者モハメド・アリの「アリ」などもこのアラブ人名アリーが由来となっている。
なお「堅固で強い」という意味合いはアラビア語大辞典に載っていることがある定義で、人以外に牡ラクダや馬などの形容に使うなどする模様。】
【 語末の子音「y」は重子音化記号シャッダがついているためアラビア語におけるつづり的には [ ‘aliyy = ‘alī(y) ]。純文語的で厳密な発音を発音するとアリーュとアリーィの中間のような発音に聞こえアクセントも後半に置かれるが、口語など日常的な会話では単なる [ ‘alī ] [ アリー ] と聞こえる発音をしていることが多い。この場合はアクセント位置が前方にずれる(♪発音を聴く♪)。
さらに口語では [ ‘alī ] [ アリー ] のような語末の長母音が短母音化してしまうため、実際に聞くと [ ‘ali ] [ アリ ] に聞こえることも。また英字表記では語末長母音の存在がわからないAliというつづりが広く使われているため、日本ではアリー以外にアリというカタカナ表記が多用されている。】
母音記号あり:أَرْسَلَان [ ’arsalān ] [ アルサラーン ] ♪発音を聴く♪
Arsalaan、Arsalan
獅子、ライオン
■意味と由来■
テュルク系言語ならびにペルシア語で「獅子、ライオン」を意味する名として使われていたものがアラビア語圏に輸入された外来人名。非アラブ圏からの輸入男性名だが資料からかなり古い時代にアラブ世界内部で使われていたことがうかがえ、アッバース朝時代初期に現シリア・レバノン付近にやってきたラフム朝ゆかりの人物がこのアルサラーン(アルスラーン)の名を持っていたことが伝えられている。
レバノンでは家名にもなっており今でも国会議員を輩出するなどしている。スンナ派のアルサラーン(アルスラーン)家、ドゥルーズのアルサラーン(アルスラーン)家、シーア派のアルサラーン(アルスラーン)家がそれぞれあるという。
オスマン語やトルコ語におけるアルスラーン(アルスラン)、アスラーン(アスラン)のうちアラブ世界に定着し一部の詳しいアラブ人名辞典にも載っているのは前者の方で、アスラーン(アスラン)の方は名辞典等に掲載されていないことが多い。
元々アラブ世界では獅子、ライオンという意味の人名アサド、ウサーマ、アッバース、ガダンファル、ディルガーム、フィラース、ライフ、バースィル、アッザーム、サーリー、サーリヤ、ハーディー、ハーリス、ハイダラ、ハイダル、ファーリスなどがある。アルサラーン(アルスラーン)はそれらの伝統的アラブ人名に比べるとテュルク系・トルコ系のイメージが強い男性名であるためアラブ人キャラのネーミングに使える典型的アラブネームであるとは言い難い。さらにアスラーン(アスラン)はそれよりもマイナーであることから、アラブ系キャラ命名には非推奨
アラブ世界は多くの地域がオスマン朝の支配下にあったため、このアルサラーンのようにトルコ語の人名を持つ人物が今でも存在する。この أَرْسَلَان [ ’arsalān ] [ アルサラーン ] 語頭にある「ア」の音が取れた رَسْلَان [ raslān ] [ ラスラーン ](獅子、ライオン)という人名の流通もあり、シリア ダマスカス老舗コーヒーポット製造元の名前から命名されたラスラーン・ポットはアラビア半島のコレクターの間でも人気が高い。
なおネットで出回っている
●トルコ語などで獅子を意味するアスラーン(アスラン)だがアラビア語では「昼下がりに、午後に」という意味の عَصْرًا [ ‘aṣran ] [ アスラン ] が由来の男性名。
●アスランはアラビア語で「夜明け、暁」という意味の男性名。
といった情報はいずれも誤報で、「アスランは昼下がり、午後」説についてはアラブ人名事情に通じていない人物が単にカタカナ表記が同じだという理由からアラビア語では全くつづりの違う単語を人名の語源として解釈してしまったのが原因。
オスマン語(オスマン朝時代のトルコ語)で使われていた「獅子、ライオン」という意味の男性名は أَصْلَان [ ’aṣlān ] [ アスラーン ]、アラビア語で「昼下がりに、午後に」を意味するのは عَصْرًا [ ‘aṣran ] [ アスラン ] という名詞対格の副詞用法、アラビア語で「夜明け、暁」は فَجْر [ fajr ] [ ファジ(ュ)ル ] という具合に、「アラビア語にアスランという男性名がある」「トルコ語で獅子(ライオン)という意味のアスラーン(アスラン)と違って午後の意味」「アスランというアラビア語人名は午後3時ぐらいのことらしい」といった言説は全て混同や誤解によるものだと言える。
■発音と表記■
アラビア語圏ではアルスラーンではなく أَرْسَلَان [ ’arsalān ] [ アルサラーン ] と発音されるので、トルコ語系の発音「アルスラーン」「アルスラン」と混同しないよう要注意。
アラビア語では2語から成る外来語の1語目・2語目の切れ目に母音「a」を伴うことから、千夜一夜物語(アラビアンナイト)に出てくる王の名前もシャフリヤール、シャハリヤールではなく شَهْرَيَار [ shahrayār ] [ シャフラヤールとシャハラヤールを混ぜたような発音 ] と日本で出回っているカタカナ表記とは微妙に違う読み方となる。
ただしアラブ圏で活躍した男性の名前にArsalanではなくArslanという英字表記があててあることも少なくない。
Awad
代わり、代替
【 一般名詞として使われる時の発音 عِوَض [ ‘iwaḍ ] [ イワド ] で載せているアラブ人名辞典も。】
Antar
青蝿(アオバエ)、クロバエ(*英語のblue bottle flyに同じ);勇敢な、勇猛な;槍で激しく突き刺す者
【 有名なアラブの古典的騎士道物語の主人公名。実在したアラブの騎士・詩人アンタラ عَنْتَرَة [ ‘antara(h) ] [ アンタラ ] の生涯を脚色した壮大な物語となっている。彼はアラブ人の父と黒人奴隷の母との間に生まれ、誕生当初は父から認知を受けることができなかった。成長するとその勇敢さ・勇猛さで有名に。彼は色黒で寛大・高貴な人柄だったとされる。
その肌の黒さから أَبُو الْمُغَلِّسِ [ ’abu-l-mughallis ] [ アブ・ル=ムガッリス ](アブー・アル=ムガッリス、意味は「闇夜を進む者の父」)や اَلسَّائِر فِي الظَّلَامِ [ ’as-sā’ir fi-ẓ-ẓalām ] [ アッ=サーイル・フィ・ッ=ザラーム ](アッ=サーイル・フィー・アッ=ザラーム、意味は「夜に闇の中を進む者」)とあだ名された。
アンタル/アンタラの命名の由来が本当にアオバエやらクロバエやらで彼の肌の黒さを例えたからだったのかは確かではなく、他の語を変形させた語形が由来だとする説など複数の解釈があり定まっていないという。】
母音記号あり:عَنْبَر [ ‘anbar ] [ アンバル ] ♪発音を聴く♪
Anbar
アンバー、竜涎香(りゅうぜんこう)
【 男性名、女性名の両方として古くから使用されてきた名前。】
【 アラビア語では-ar部分はアルと発音。英語のようにアンバーのような発音にはならない。なおb音の前のn音がmに転化しやすいアラビア語の音声的な性質のため実際には [ ‘ambar ] [ (アムバル寄りの)アンバル ] と発音されることも。】
Ammaar、Ammar
数多く・大いに建設する者、建設者;長生きの;香りが良い、芳しい香りの;たくさん礼拝・断食を行う(人)、信仰心が強い(人)
【語形・意味・発音】
男性名にとしても使われている能動分詞 عَامِر [ ‘āmir ] [ アーミル ](住んでいる、居住している、居住者;建設者;人々がそこに住んでいる、(場所として)栄えている;長生きの)の強調語形。アンマール・イブン・ヤースィルのイメージからか「確固たる信仰心を持っている人物」「一生涯亡くなるまで揺るがない信仰心を持っている人物」といったイメージも持ち合わせている名前となっている。
-mm-部分は促音化する訳ではないのでアッマールとカタカナ化しないよう要注意。なおmの調音部位で-mm-と音を出すため日本語のカタカナ表記ではアンマールとなるもののアラビア語では [ ‘anmār ] [ アンマール ]ではなく [ ‘ammār ] [ (アムマール寄りの)アンマール ] と発音される。
【イスラーム最初期改宗者アンマール・イブン・ヤースィル】
男性名アンマールは預言者ムハンマドの布教活動が始まった最初期に入信した信徒・教友(サハービー)のファーストネームとして有名。イスラーム共同体のための最初のモスク(マスジド)を建てた人物。
彼の父ヤースィルはイエメン出身。故郷を離れた兄弟を探しに多神教の巡礼地としてにぎわっていた聖地マッカ(メッカ)に出てきてそのまま定住。イエメンに戻らずそのまま居着いてスマイヤと結婚。ヤースィルを含む男児複数名(うち1名はイスラーム以前に死去)をもうけ、預言者ムハンマドが布教を開始した早い時期にその教えに共鳴し一家でイスラームに改宗。多神教巡礼地マッカ(メッカ)管理者であったクライシュ族側が行ったイスラーム棄教を迫る激しい拷問で母が死去。母はイスラーム共同体でクライシュ族側による拷問により亡くなったした1人目の信徒となった。そして父も棄教を受け入れないまま拷問死。
生き残ったアンマールは激しい拷問と両親の壮絶な死から強要に屈し心にも無い信仰否定の言葉を口にしてしまい、泣く泣く預言者ムハンマドに事情を打ち明けたという。その折に本心で信仰を失っていなければ大丈夫だという旨の神の言葉がクルアーンとして下されたとされる。
預言者ムハンマドと行動を共にし数々の戦い(ガズウ)に参加。預言者亡き後は第4代正統カリフのアリーと共にウマイヤ家との闘争に参加、ヤマーマの戦いで片耳を失った。最期はウマイヤ家ムアーウィヤの軍勢との戦闘中に殺害され死去。享年93歳。
パレスチナのPLO議長を務めた故 يَاسِر عَرَفَات [ yāsir ‘arafāt(口語発音はyāser ‘arafāt)] [ ヤースィル・アラファート(口語発音はヤーセル・アラファート)](Yasser Arafat、ヤーセル・アラファート)のゲリラ名である أَبُو عَمَّار [ ’abū ‘ammār ] [ アブー・アンマール ](Abu Ammar、アブー・アンマール。意味は「アンマールの父」。)はこのアンマールと父ヤースィルの親子関係から着想を得たレヴァント(レバント)地域によくあるタイプのニックネームが由来。
Anwar
より/最も光り輝く、より/最も輝やかしい;肌の色が輝かしい、顔が輝かしい(*色白、血色が美しいといった意味合い)
【 比較級(より~な)・最上級(最も~な)の語形。
このアンワルはエジプト大統領だったアンワル・アッ=サーダート(日本ではアンワル・サダトといったカタカナ表記多し)氏のファーストネームとしても知られるが、実は彼の本名は「ムハンマド・アンワル」で1セットという昔エジプトに多かった複合名。預言者ムハンマドと同じ名前を我が子のファーストネームの最初に足すとご利益があるという民間信仰からよくつけられていたタイプの複合名だが、エジプトは男性の1/4近くが名前に「ムハンマド」を含むとされる国柄のため、大統領という有名人になったことでムハンマド部分が省略され「ムハンマド・アンワル・アッ=サーダート」から通名の「アンワル・アッ=サーダート」となった。】
【 女性名 أَنْوَار [ ’anwār ] [ アンワール ]((1) نُور [ nūr ] [ ヌール ](光)の複数形で意味は「光(たち)」、(2) نَوْر [ nawr ] [ ナウル ](春の野に咲く黄色い花)の複数形で意味は「春の野に咲く黄色い花(たち)」)と英字表記Anwarがかぶるため、文脈やプロフィールなどのヒントから男性名のアンワルなのか女性名のアンワールなのかを区別する必要がある。】