アラブ人の名前のしくみ~肩書き・敬称(2)宗教関係

イスラーム

尊敬を示す祈願文の挿入

預言者、教友(サハーバ)等に関しては名前の後に祈願文を挿入することが行われています。詳しくは『アラブ人の名前のしくみ~イスラーム関連の名前に添える様々な表現』でご確認ください。

活動内容・知識量に応じた肩書き

イスラーム関係者の活動内容・知識量に応じた肩書きをいくつか集めてみました。

学者

اَلْعَالِم
[ ’al-‘ālim ] [ アル=アーリム ]
【動詞基本形能動分詞・男性形】学者、イスラーム法学者 ♂

複数形は اَلْعُلَمَاء [ ’al-‘ulamā’ ] [ アル=ウラマー ]。いわゆるイスラーム法学者を指す名称「ウラマー」の由来です。
*厳密には語末に声門閉鎖音/声門破裂音のハムザがあるのでウラマーゥもしくはウラマーッという発音になりますが、日常会話ではウラマーとのみ読み上げているように聞こえることが多いです。

大学者、碩学

اَلْعَلَّامَة
[ ’al-‘allāma(h) ] [ アル=アッラーマ ]
【普通の能動分詞よりも強調された語形・男性】大学者、碩学 ♂

上の اَلْعَالِم [ ’al-‘ālim ] [ アル=アーリム ] よりも遥かに知識の量と幅が大きく学者としての能力がすこぶる高い人物を指します。「a■■ā」という語形は元々強調の意味があるのですが、 ة(ター・マルブータ)を強調の目的で付加した「a■■āa(h)」も強い意味を示します。(女性化するためにター・マルブータをつけている訳ではないので、これで男性形になります。)

布教者

اَلدَّاعِي
[ ’ad-dā‘ī ] [ アッ=ダーイー ]
【動詞基本形能動分詞・男性形】布教者 ♂

اَلدَّاعِيَةُ
[ ’ad-dā‘iya(h) ] [ アッ=ダーイヤ ]
【動詞基本形能動分詞・女性形】布教者 ♀
【動詞基本形能動分詞+強調の ة・男性】布教者 ♂

イスラームの布教をメインに行う活動家・宗教家を指します。自らが法学研究をするというよりは、法学者たちが研究した内容や知見を他の人に伝達することを中心に実践。

ちなみに下の例は、語末の ـة(ター・マルブータ)を能動分詞の女性化のために付加したものだと解釈すれば「女性布教者」の意味に。強調のために付加したものだと解釈すれば「男性布教者」の意味になります。

シャイフ(師、先生)

اَلشَّيْخُ ـــ
[ ’al-shaykh/shaikh・~ ] [ アッ=シャイフ・~ ]
*口語発音はアッ=シェイフ・~
【男性】シャイフ・~ ♂

預言者ムハンマドが生存していた時代は宗教者の肩書きとしては使われておらず「年配者」の意味だったとのこと。イスラーム関連の学者に対するシャイフという敬称は一般的に長年の学びを通じて各分野に精通している主に年配の法学者に使われる肩書き・敬称なので、預言者時代に無かったビドア(預言者や教友ら初期共同体が行っていた慣例からの逸脱)として禁止するべきものとは見なされず使用されているのだとか…

発音と英字表記のバリエーション

shaykhのay部分は実際には二重母音なのでaiとつづったshaikhという英字表記も多いです。この二重母音部分は口語でエイやエーの音に変わり、シェイフやシェーフと聞こえるようになります。そのためsheykh、sheikhやsheekhといった英字表記のバリエーションが生まれますが、英語で敬称としてつける場合はSheikhというつづりが一般的であるように思われます。

خ [ kh ] は猫の威嚇音のようなかすれた音で、hともkとも違います。アラビア語関連業界ではハ行でカタカナ表記するのでシャイフ、シェイフと書きます。しかし英語など外国語ではkの音で発音することもあって、日本ではシャイク、シェイクというカタカナ表記が多く見られます。

またシークというのは口語発音に基づくsheikhのei部分をイーと読んだ非アラビア語的な外国語発音が元になったカタカナ表記になります。

複数の意味

名詞 شَيْخٌ [ shaykh/shaikh ] [ シャイフ ] にはいくつかの意味があります。

  1. 年配の人(アラビア語辞書によると50歳代を過ぎた人で、中年と老年の中間ぐらいだとのこと。50~80歳ぐらいを指すとする辞書もあり。)
  2. 部族の長、族長
  3. 長、指導者的存在、共同体の中で地位が高い人物(村の場合 عُمْدَة [ ‘umda(h) ] [ ウムダ ](村長)ほどではないが、村の運営を指導するような立場の人。)
  4. イスラームの宗教家に対する敬称(~師、~先生)
    شَيْخ الأَزْهَرِ [ shaykhu/shaukhu-l-’azhar ] [ シャイフ・ル=アズハル ]
    (アズハルの最高責任者=総長)
    شَيْخُ الْعُلَمَاءِ [ shaykhu/shaukhu-l-‘ulamā’ ] [ シャイフ・ル=ウラマー ]
    (ウラマーたちの中でも特に知識を有する者、スーフィズム教団の指導者的人物を指すなどする。)
    شَيخُ الإِسْلَامِ [ shaykhu/shaukhu-l-’islām ] [ シャイフ・ル=イスラーム ]
    (その時代においてイスラーム法学者の中で最も知識を兼ね備えた人物。例えばイブン・タイミーヤなど。アズハル総長を指すこともある。)
  5. (宗教家以外の)学者、先生
  6. アラビア半島湾岸諸国の元首一族に対する敬称
  7. 上院議員
  8. (女性の)夫
    شَيْخ الْمَرْأَةِ [ shaykhu/shaukhu-l-mar’a(h) ] [ シャイフ・ル=マルア ](その女性の夫)

実際の例は以下の通りです。肩書き・敬称にシャイフ(シェイフ)とあっても族長なのか、宗教者なのか、元首一族なのかは名前とプロフィールから判断する必要があるのが分かるかと思います。

4.イスラームの宗教家に対する敬称(~師、~先生)

اَلشَّيْخُ أَحْمَدُ الطَّيِّبُ
[ ’ash-shaykh/shaikh ’aḥmadu-ṭ-ṭayyib ] [ アッ=シャイフ・アフマドゥ・ッ=タイイブ ]
【男性】シャイフ・アフマド・アッ=タイイブ、アフマド・アッ=タイイブ師
Sheikh Ahmad Al-Tayyeb

上の意味では4番に相当。アズハル現総長の名前です。

*TayyebはTayyib(タイイブ)が口語的発音タイエブに対応した英字表記。他にも文語通りのつづりShaikh Ahmad al-Tayyibや、アフマドの口語発音アフメドに対応したSheikh Ahmed al-Tayyebといった英字表記も見られます。

اَلشَّيْخُ أَيْمَنُ سُوَيْدُ
[ ’as-shaykh/shaikh ’ayman/’aiman suwayd/suwaid ] [ アッ=シャイフ・アイマン・スワイド ]
シャイフ・アイマン・スワイド、アイマン・スワイド師
Sheikh Ayman Suwayd

クルアーン朗誦学の専門家で発音教室の講師として著名な人物です。アラブ世界で彼の書籍、PCソフトウェア、テレビ番組の録画ビデオが多数出回っています。

女性バージョン

اَلشَّيْخَة ـــ
[ ’al-shaykha(h)/shaikha(h)・~ ] [ アッ=シャイハ・~ ]
【女性】シャイハ・~ ♀

女性の場合はこの語形です。上のシャイフという語を女性化する ة(ター・マルブータ)がついています。

shaykha(h)のay部分は実際には二重母音なのでaiとつづったshaikha(h)という英字表記も多いです(というよりはayよりもaiが一般的だと思います)。この二重母音部分は口語でエイやエーの音に変わり、シェイハやシェーハと聞こえるようになります。そのためsheykha、sheyhah、sheikha、sheikhah、sheekha、sheekhahといった英字表記のバリエーションが生まれます。

なお、語末が-aだったり-ahだったりする理由については『アラビア語アルファベットの発音を覚えよう~ター・マルブータ[ ة ]』で紹介しています。

*この語は一般的にアラビア半島湾岸諸国の元首ファミリー成員である女性に使われます。詳しくは『アラブ人の名前のしくみ~肩書き・敬称 (3)国家元首・政治家』で紹介しています。

敬称

فَضِيلَةُ الشَّيْخِ ـــ
[ faḍīlatu-sh-shaykh/shaikh・~ ] [ ファディーラトゥ・ッ=シャイフ・~ ]
【男性】シャイフ・~尊師、大師

  • فَضِيلَة [ faḍīla(h) ] [ ファディーラ ]
    意味は「徳、美徳」。敬称とする場合は(地位が高い)イスラームの宗教関係者、ムフティー、カーディーなどに使用。

سَمَاحَةُ الشَّيْخِ ـــ
[ samāḥatu-sh-shaykh/shaikh・~ ] [ サマーハトゥ・ッ=シャイフ・~ ]
【男性】シャイフ・~尊師、大師

  • سَمَاحَة [ samāḥa(h) ] [ サマーハ ]
    意味は「寛大、寛容」。敬称とする場合は(地位が高い)イスラームの宗教関係者、ムフティー、カーディー、ワクフ庁長官などに使用。

大巡礼ハッジに行った人

اَلْحَاجُّ ـــ
[ ’al-ḥājj・~ ] [ アル=ハーッジ(ュ)・~ ]
【男性】ハーッジ(ュ)・~ ♂
اَلْحَاجَّةُ ـــ
[ ’al-ḥājja(h)・~ ] [ アル=ハーッジャ・~ ]
【女性】ハーッジャ・~ ♀

イスラームの5つの義務である五行(信仰告白・礼拝・喜捨・断食・(大)巡礼」の一つである大巡礼ハッジを無事に遂行できた人物に使います。

اَلْحَاجُّ عَبْدُ اللهِ
[ ’al-ḥājj ‘abdullāh ] [ アル=ハーッジ(ュ)・アブドゥ・ッラー ]
【男性】ハーッジ(ュ)・アブドゥッラー
Hajj Abdullah

اَلْحَاجَّةُ زَيْنَبُ
[ ’al-ḥājja(h) zaynab/zainab ] [ アル=ハーッジャ・ザイナブ ]
【女性】ハーッジャ・ザイナブ
Hajja Zaynab / Zainab

ハッジはそう気軽に行けるとは限らず、お金をコツコツためたり親族から支援を受けたりしてやっと実現するという人も少なくありません。特に昔は大巡礼を遂行できた人は大いに祝われるべき存在でもありました。

なお、この肩書きは文語よりも口語での呼びかけの方が使用頻度が高いように思います。例えばエジプト方言の場合は、実際にハッジに行ったかどうかに関係無く(主に労働階級層の)年配の男女に呼びかける際に使う等…

口語での語形や英字表記について

اَلْحَاجُّ [ ’al-ḥājj ] [ アル=ハーッジ(ュ) ] は地域によって語形が違うようで、語末に ي がつく حجي [ ハッジー ] を使って「ハッジー・アリー」のように呼んだりもするとか。この語形はアラブ世界の外のイスラーム地域でのハーッジ(ュ)の称号に相当するものでもあり、そのことからHaji、Hajji、Hadjiといった英字表記が複数存在している模様です。

日本語におけるカナ表記は書籍やサイトによってまちまちで、岩波の「ハッジ」という項目では男性がハーッジュ、女性はハーッジャとなっていますが、それ以外の人名部分では「ハーッジ」となっていたりします。アラビア語の発音では通常語末の母音uを省略して読むのでどちらかというと「ュ」までは聞こえず、「ハーッジ」の方が近いかもしれません。

発音は口語だと長母音が文語よりも短めに発音される傾向があり、そのこともあってか日本では「ハッジ」「ハッジャ」というカタカナ表記も見られます。ちなみにエジプトのようにjがgで発音される地域では「ハッグ」「ハッガ」と聞こえます。

あと定冠詞「アル=」は、アラビア語ではついていても日本語のカタカナ表記にする際に抜くことがしばしばあります。例えば「アル=ハーッジ(ュ)・◯◯」→「ハーッジ(ュ)・◯◯」など。

イスラーム(シーア派)

シーア派十二イマーム派におけるウラマー(イスラーム法学者)の位階について調べてみました。イラン・イスラーム革命後のウラマー階級は以下の通りだとのことです。(岩波のイスラーム辞典やアラビア語サイト等を参考にしました。)

  1. طَلَبَة
    [ ṭalaba(h) ] [ タラバ ]
    タラバ(学生)

    • アラビア語の場合、طَالِبٌ [ ṭālib ] [ ターリブ ](学生)の複数形が طُلَّابٌ [ ṭullāb ] [ トゥッラーブ ] や طَلَبَة [ ṭalaba(h) ] [ タラバ ]です。
  2. ثِقََةُ الْإِسْلَامِ
    [ thiqatu-l-’islām ] [ スィカトゥ・ル=イスラーム ]
    スィカ・アル=イスラーム(イスラームの権威)

    • ثِقَة [ thiqa(h) ] [ スィカ ]=信用、信頼
  3. حُجَّةُ الْإِسْلَامِ
    [ ḥujjatu-l-’islām ] [ フッジャトゥ・ル=イスラーム ]
    フッジャ・アル=イスラーム(イスラームの証)

    • حُجَّة [ ḥujja(h) ] [ フッジャ ]=証拠、論拠
  4. حُجَّةُ الْإِسْلَامِ وَالْمُسْلِمِينَ
    [ ḥujjatu-l-’islāmi wa-l-mislimīn ] [ フッジャトゥ・ル=イスラーミ・ワ・ル=ムスリミーン ]
    フッジャ・アル=イスラーム・ワ・アル=ムスリミーン(イスラームとムスリムたちの証)
  5. آيَةُ اللهِ
    [ ’āyatu-llāh ] [ アーヤトゥ・ッラー(ヒ) ]
    アーヤトッラー(アッラーの徴)

    • آيَة [ ’āya(h) ] [ アーヤ ]=奇跡、徴、神徴
  6. آيَةُ اللهِ الْعُظْمَى
    [ ’āyatu-llāhi-l-‘uẓmā ] [ アーヤトゥ・ッラーヒ・ル=ウズマー ]
    アーヤトッラー・ウズマー、大アーヤトッラー(アッラーの最高の徴、最大なるアッラーの神徴)

    • عَظْمَى [ ‘uẓmā ] [ ウズマー ]
      比較級・最大級 أَعْظَمُ [ ’a‘ẓam ] [ アアザム ] の女性形。
  7. نَائِبُ الْإِمَامِ
    [ nā’ibu-l-’imām ] [ ナーイブ・ル=イマーム ]
    ナーイブ・アル=イマーム(イマームの代理人)
    *第11代イマーム死去時、実は彼にはシーア派迫害を恐れて誕生が秘密にされていた幼い男児がいたものの神隠し状態(ガイバ、幽隠)となり死去しないまま姿を見せない状態にあるとされた。第12代となった隠れイマームの彼は現代に至るまでずっとガイバの状態が続いており、終末の時にマフディーとなって再臨すると考えられているとのこと。
    *神隠し中には代理人であるナーイブだけに姿を見せシーア派共同体に間接的に指示を与えていたと言われ、特に4人の人物がこのナーイブ・アル=イマームとして名前が残っているのだとか。シーア派十二イマーム派の中では非常に地位の高い、特別な人間にのみ与えられた称号である模様。

    • نَائِب [ nā’ib ] [ ナーイブ ]=代理人、代行
    • اَلْإِمَام [ ’al-’imām ] [ アル=イマーム ]=イマーム
      *theと同じ意味の定冠詞al-がつくことで第12代目の مُحَمَّدٌ الْمُنْتَظَرُ [ muḥammad ’al-muntaẓar / muḥammadu(ni)-l-muntaẓar ] [ ムハンマド・アル=ムンタザル ](ムハンマド・ムンタザル) を暗に特定して示しています。

キリスト教

マロン派総大司教

مَار ــ
[ mār・~ ] [ マール・~ ]
聖~

レバノンのキリスト教マロン派(マロン典礼カトリック教会)で بَطْرِيَرْك [ baṭriyark ] [ バトリヤルク ](総大司教)の本名直前につける語とのこと。

اَلْبَطْرِيَرْكُ مَار بِشَارَة بُطْرُسُ الرَّاعِي
[ ’al-baṭriyark mār bishāra(h) buṭrus ’ar-rā‘ī ] [ アル=バトリヤルク・マール・ビシャーラ・ブトルス・アッ=ラーイー ]
総大司教 聖ビシャーラ・ブトルス・アッ=ラーイー
Patriarch Mar Bechara Boutros al-Rahi

  • بَطْرِيَرْك [ baṭriyark ] [ バトリヤルク ]
    総大司教(=Patriarch)
  • بِشَارَة [ bishāra ] [ ビシャーラ ]
    吉報、福音
    *レバノンなどのキリスト教徒に多く使われている男性名です。彼の本名はこのビシャーラで、父親の名前は يُوسُف [ yūsuf ] [ ユースフ ](聖書のヨセフに相当)だとのこと。
    *英字表記はBishara、Bisharah以外にも口語的にiがeで置き換わったBeshara、Besharahや、上記のようにフランス語発音に基づくBecharaなどもあります。フランス語風の表記の場合chaはチャではなくシャになるので、ベチャラとしないよう要注意です。
  • بُطْرُس [ buṭrus ] [ ブトルス ]
    聖書のペテロに相当。イスラーム教徒のアラブ人たちの名前規則と違うので分かりづらいですが、ブトルスはビシャーラ氏の父親の名前ではありません。
    *Boutrosとありますがouはフランス語に基づいてウと読ませる意図、rosはアラビア語文語通りの母音記号配置rusがu→oに転じブトロスのようになったことに対応しています。ボウトロスやブートロスと発音させるためのつづりではありません。
  • الرَّاعِي [ ’ar-rā‘ī ] [ アッ=ラーイー ]
    「羊飼い、牧人、保護者、パトロン」という意味の人名に定冠詞al- [ ’al- ] [ アル= ] がついたファミリーネームです。
    *通常の英語ベースな表記ではal-Raiなどになるのですがネットの記事でこのつづりはあまり多くなく、al-Rahiが公式のようでした。フランス語ベースの表記なのでhを読まないフランス語に従って「Rahi」はラーヒーではなくラーイーと読むことを意図しています。

敬称

国家元首の敬称でも同じ語法・用法が適用されます。

敬称を表現する名詞の後に役職名を属格で続ける

غِبْطَةُ الْبَطْرِيَرْك مَار ـــ
[ ghibṭatu-l-baṭriyark mār ~ ] [ ギブタトゥ・ル=バトリヤルク・マール・~ ]
総大司教 聖~座下
His Beatitude [ 略:H.B. / HB ] Patriarch Mar ~

  • غِبْطَة [ ghibṭa(h) ] [ ギブタ ]
    意味は「幸福」。マロン派総大司教の敬称として使う場合、日本語では「座下」と訳される模様。英語ではPatriarchにHis Beatitudeの敬称を使うのでマロン派にもそれを適応して英語でそう表記しているようです。
His ~を「صَاحِبُ」で表現する

もしくは、His Beautitudeを違う形でアラビア語化した以下の表現を用います。

صَاحِبُ الْغِبْطَةِ الْبَطْرِيَرْك مَار ـــ
[ ṣāḥibu-l-ghibṭa(h) ’al-baṭriyark mār ~ ] [ サーヒブ・ル=ギブタ・アル=バトリヤルク・マール・~ ]
総大司教 聖~座下
His Beatitude [ 略:H.B. / HB ] Patriarch Mar ~

*文脈上ギブタとアル=バトリヤルクの間に一息入れることが少なくないと思うので、発音も [ サーヒブ・ル=ギブタティ・ル=バトリヤルク・マール・~ ] にはしませんでした。ご了承ください。

  • صَاحِب [ ṣāḥib ] [ サーヒブ ]
    【名詞】意味は「持ち主、所有者」で、後に定冠詞 al- [ ’al- ] [ アル= ] を伴う敬称に用いる色々な名詞を属格にして置くことで所有している対象を示し、「~の持ち主」すなわち英語の「His ~」という表現を作ります。
His ~を人称代名詞接続形で表現する

役職名や人名抜きで尊敬表現を示す場合、敬称に用いる名詞に人称代名詞接続形を属格でくっつけて「His ~」とします。

غِبْطَتُهُ
[ ghibṭatuh(u) ] [ ギブタトゥフ ]
【主格】座下
His Beatitude [ 略:H.B. / HB ]

文中での役割に応じて ghibṭatuhu(主格)- ghibṭatihi(属格)- ghibṭatahu(対格)と適切な格を選びます。

  • تَحَدَّثَ غِبْطَتُهُ
    [ taḥaddatha ghibṭatuh(u) ] [ タハッダサ・ギブタトゥフ ]
    座下【主格】はお話しになられました
    “—“, said His Beautitude. / His Beautitude said “—“
  • كَلَامُ غِبْطَتِهِ
    [ kalāmu ghibṭatih(i) ] [ カラーム・ギブタティヒ ]
    座下の【属格】お言葉
    Speech of His Beatitude
  • قَابَلْتُ غِبْطَتَهُ
    [ qābaltu ghibṭatah(u) ] [ カーバルトゥ・ギブタタフ ]
    座下に【対格】お会いしました
    I met His Beatitude

枢機卿

اَلْكَارْدِينَالُ ـــ
[ ’al-kārdīnāl ] [ アル=カールディーナール ]
【男性】~枢機卿 ♂

كَارْدِينَال [ kārdīnāl ] [ カールディーナール ] は枢機卿=Cardinalをそのままアラビア語表記に変換した外来語になります。

敬称を加えた場合

上のマロン派総大司教のところで出てきた枢機卿も、特定の敬称との組み合わせがあります。

敬称を表現する名詞の後に役職名を属格で続ける

نِيَافَةُ اَلْكَارْدِينَالِ ـــ
[ niyāfatu-l-kārdīnāl・~ ] [ ニヤーファトゥ・ル=カールディーナール・~ ]
~枢機卿猊下
His Eminence [ 略:H.E. / HE ] Cardinal ~

  • نِيَافَة [ niyāfa(h) ] [ ニヤーファ ]
    名詞としての元の意味は「高み、高さ」。英語における敬称のExcellency、Eminenceに対応。
His ~を「صَاحِبُ」で表現する

もしくは、His Eminenceを違う形でアラビア語化した以下の表現を用います。

صَاحِبُ النِّيَافَةِ ـــ
[ ṣāḥibu-n-niyāfa(h)・~ ] [ サーヒブ・ン=ニヤーファ・~ ]
~猊下
His Eminence [ 略:H.E. / HE ] ~

His ~を人称代名詞接続形で表現する

役職名や人名抜きで尊敬表現を示す場合、敬称に用いる名詞に人称代名詞接続形を属格でくっつけて「His ~」とします。

نِيَافَتُهُ
[ niyāfatuh(u) ] [ ニヤーファトゥフ ]
【主格】猊下
His Eminence
*文中での役割に応じて niyāfatuhu(主格)- niyāfatihi(属格)- niyāfatahu(対格)と適切な格を選びます。

総大司教と枢機卿の兼任

上で出てきたマロン派のビシャーラ・ブトルス・アッ=ラーイー氏は総大司教と枢機卿の両方を務めているので、敬称も併記されることがあります。

اَلْبَطْرِيَرْكُ الْكَارْدِينَالُ مَار بِشَارَة بُطْرُسُ الرَّاعِي
[ ’al-baṭriyarku-l-kārdīnāl mār bishāra(h) buṭrus ’ar-rā‘ī ]
[ アル=バトリヤルク・ル=カールディーナール・マール・ビシャーラ・ブトルス・アッ=ラーイー ]
総大司教 聖ビシャーラ・ブトルス・アッ=ラーイー枢機卿
Patriarch Cardinal Mar Bechara Boutros al-Rahi

  • كَارْدِينَال [ kārdīnāl ] [ カールディーナール ]
    枢機卿(=Cardinal)

敬称を加えた場合

兼任していることを明示する場合は、総大司教の敬称 غِبْطَة [ ghibṭa(h) ] [ ギブタ ](座下)と、枢機卿の敬称 نِيَافَة [ niyāfa(h) ] [ ニヤーファ ] の両方を入れます。

His ~を「صَاحِبُ」で表現する

صَاحِبُ الْغِبْطَةِ وَالنِّيَافَةِ ـــ
[ ṣāḥibu-l-ghibṭati-wa-n-niyāfa(h)・~ ]
[ サーヒブ・ル=ギブタティ・ワ・ン=ニヤーファ・~ ]
~座下・猊下
His Beatitude [ 略:H.B. / HB ] and His Eminence [ 略:H.E. / HE ] ~
His Beatitude and Eminence ~

His ~を人称代名詞接続形で表現する

غِبْطَتُهُ وَنِيَافَتُهُ
[ ghibṭatuh(u) wa niyāfatuh(u) ] [ ギブタトゥフ・ワ・ニヤーファトゥフ ]
【主格】座下・猊下
His Beatitude [ 略:H.B. / HB ] and His Eminence [ 略:H.E. / HE ]
His Beatitude and Eminence
*文中での役割に応じて ghibṭatuhu wa niyāfatuhu(主格)- ghibṭatihi wa niyāfatihi(属格)- ghibṭatahu wa niyāfatahu(対格)と適切な格を選びます。

コプト正教会教皇

اَلْبَابَا ـــ
[ ’al-bābā・~ ] [ アル=バーバー・~ ]
教皇~、パパ・~
Pope ~

エジプトのコプト正教会トップの肩書きになります。管理人は詳しくないのでネットで色々と調べてみました。

اَلْبَابَا تَوَاضُرُوس الثَّانِي
[ ’al-bābā tawāḍurūsu-th-thānī ] [ アル=バーバー・タワードゥルース・ッ=サーニー ]
教皇タワドロス2世
Pope Tawadros II

اَلْبَابَا الْأَنْبَا تَوَاضُرُوس الثَّانِي
[ ’al-bābā ’al-’anbā tawāḍurūsu-th-thānī ] [ アル=バーバー・アル=アンバー・タワードゥルース・ッ=サーニー ]
教皇・総主教タワドロス2世
Pope Abba Tawadros II

コプト正教会第118代教皇、アレクサンドリアおよび聖マルコ大主教管区総主教のタワドロス2世については、教皇(Pope)のみの肩書きの場合が大半のようですが、正教会の主教の肩書きであるAbba(父、Fatherの意味だそうです)が2つめの肩書きとして併記されている例も見かけます。

  • اَلْبَابَا [ ’al-bābā ] [ アル=バーバー ]
    教皇(Pope、Papa)を表すバーバーにアラビア語の定冠詞 al- [ ’al- ] [ アル= ] がついたものです。
  • اَلْأَنْبَا [ ’al-’anbā ] [ アル=アンバー ]
    シリア語のabba(父、fatherの意味)がコプト語として取り入れられたものらしく、東方正教会では主教の肩書きとなっているそうです。総主教のタワドロス2世以外にも他のコプト正教会の現役聖職者たちの名前にもついているのを見かけます。
  • اَلثَّانِي [ ’ath-thāni ] [ アッ=サーニー ]
    第二の、二番目の、~二世

敬称を加えた場合

敬称を表現する名詞の後に役職名を属格で続ける

قَدَاسَةُ الْبَابَا ـــ
[ qadāsatu-l-bābā・~ ] [ カダーサトゥ・ル=バーバー・~ ]
教皇聖下(、教皇猊下、教皇台下)
His Holiness [ 略:H.H. / HH ] Pope ~

教皇を聖下、猊下、台下のどれで和訳するかは何教会かによって使い分けるそうなのですが、コプト正教会については日本にある教会が「聖下」という漢字を採用しているのをウェブサイトで確認しました。

  • قَدَاسَة [ qadāsa(h) ] [ カダーサ ]
    意味は「神聖さ、聖性」。英語のHis HolinessのHolinessに対応。
His ~を「صَاحِبُ」で表現する

صَاحِبُ الْقَدَاسَةِ ـــ
[ ṣāḥibu-l-qadāsa(h)・~ ]
[ サーヒブ・ル=カダーサ・~ ]
~聖下(、猊下、台下)
His Holiness [ 略:H.H. / HH ]

His ~を人称代名詞接続形で表現する

قَدَاسَتُهُ
[ qadāsatuh(u) ] [ カダーサトゥフ ]
【主格】聖下(、猊下、台下)
His Holiness [ 略:H.H. / HH ]
*文中での役割に応じて qadāsatuhu(主格)- qadāsatihi(属格)- qadāsatahu(対格)と適切な格を選びます。

(大)司教、(大)主教

اَلْمَُِطْرَانُ ـــ
[ ’al-miṭrān/muṭrān/maṭrān・~ ] [ アル=ミトラーン/ムト(ゥ)ラーン/マトラーン・~ ]
【男性】(大)司教~、(大)主教~(=Bishop ~) ♂

カトリック系の教会は(大)司教、正教会と聖公会は(大)主教と和訳するのが一般的のようです。

アラブ世界に関してはこの اَلْمَُِطْرَانُ をマロン派(マロン典礼カトリック教会)もコプト正教会も使用している模様。レバノンのマロン派はカトリックなので(大)司教、エジプトのコプト正教会は(大)主教と訳し分ける形に。

اَلْمَُِطْرَانُ إِلْيَاسُ عَوْدَة
[ ’al-miṭrān/muṭrān/maṭrān ’ilyās ‘awda(h)/‘auda(h) ]
[ アル=ミトラーン/ムト(ゥ)ラーン/マトラーン・イルヤース・アウダ ]
エリアス・アウディ(/アウデ)(府)主教
( Metropolitan ) Bishop Elias Audi

東方正教会のアンティオキア総主教庁ベイルート府主教です。英語での肩書きはMetropolitan Bishopなので大主教とは違うのですが、アラビア語ではMetropolitanに相当する

  • ُاَلْمِتْرُوبُولِيت
    [ ’al-mitrūbūlīt ] [ アル=ミトルーブーリート ]
    府主教(=Metropolitan Bishop)
  • مِتْرُوبُولِيتُ بَيْرُوتَ
    [ mitrūbūlītu-bayrūt/bairūt ] [ ミトルーブーリート・バイルート ]
    ベイルート府主教(=Metropolitan Bishop of Beirut)

という語無しにただ اَلْمَُِطْرَانُ(Bishop)相当の肩書きだけで言及されていることが大半のようです。

*文語の母音記号通りだとイルヤース(聖書のエリアに相当)・アウダなのですが、レバノン方言での発音に基づいてイルヤース→エリヤース [ ’elyās ] → Elias [ エリアス ]、アウダ→ [ ‘awde(h) / ‘aude(h) ] [ アウデ ] → Audi [ アウディ ] という英字表記が派生しています。

*日本語ではエリアス・アウディ、エリアス・アウデ、イリヤース・アウディといったカタカナ表記が見られます。

敬称を加えた場合

厳密には地位の高さによりHis Eminence>His Graceと区別されるようです。英語でもきっちり使い分けていないように見える例もあり、アラビア語でも同じ اَلْمَُِطْرَانُ が続くのでわかりづらいです…

敬称を表現する名詞の後に役職名を属格で続ける

نِيَافَةُ الْمَُِطْرَانِ ـــ
[ ニヤーファトゥ・ル=ミトラーン/ムト(ゥ)ラーン/マトラーン・~ ]
[ niyāfatu-l-miṭrān/muṭrān/maṭrān・~ ]
~大司教座下、~大主教座下
His Eminence [ 略:H.E. / HE ] Archbishop ~

  • نِيَافَة [ niyāfa(h) ] [ ニヤーファ ]
    名詞としての元の意味は「高み、高さ」。英語における敬称のExcellency、Eminenceに対応。

سِيَادَةُ الْمَُِطْرَانِ ـــ
[ スィヤーダトゥ・ル=ミトラーン/ムト(ゥ)ラーン/マトラーン・~ ]
[ siyādatu-l-miṭrān/muṭrān/maṭrān・~ ]
~司教座下、~主教座下
His Grace [ 略:H.G. / HG ] Bishop ~

  • سِيَادَة [ siyāda(h) ] [ スィヤーダ ]
    名詞としての意味は「支配、統治、覇権」。英語における敬称のExcellencyに対応。

もしくは、His Eminenceを違う形でアラビア語化した以下の表現を用います。

His ~を「صَاحِبُ」で表現する

صَاحِبُ النِّيَافَةِ ـــ
[ ṣāḥibu-n-niyāfa(h)・~ ] [ サーヒブ・ン=ニヤーファ・~ ]
~(大司教)座下、~(大主教)座下
His Eminence [ 略:H.E. / HE ] ~

صَاحِبُ السِّيَادَةِ ـــ
[ ṣāḥibu-s-siyāda(h)・~ ] [ サーヒブ・ッ=スィヤーダ・~ ]
~(司教)座下、~(主教)座下
His Grace [ 略:H.G. / HG ] ~

His ~を人称代名詞接続形で表現する

役職名や人名抜きで尊敬表現を示す場合、敬称に用いる名詞に人称代名詞接続形を属格でくっつけて「His ~」とします。

نِيَافَتُهُ
[ niyāfatuh(u) ] [ ニヤーファトゥフ ]
【主格】(大司教)座下、(大主教)座下
His Eminence
*文中での役割に応じて niyāfatuhu(主格)- niyāfatihi(属格)- niyāfatahu(対格)と適切な格を選びます。

سِيَادَتُهُ
[ siyādatuh(u) ] [ スィヤーダトゥフ ]
【主格】(司教)座下、(主教)座下
His Grace [ 略:H.G. / HG ]
*文中での役割に応じて siyādatuhu(主格)- siyādatihi(属格)- siyādatahu(対格)と適切な格を選びます。