アラブ世界における雪・雹・氷

1年を通じて太陽が照りつける常夏・酷暑の地域だと誤解されがちなアラブ世界。実際には低地から2000~3000m級の山地までがある起伏に富んだ地形で、防寒具無しには冬を越せない寒冷地もあります。

イスラームでは楽園が夏の酷暑も冬の厳寒も無い穏やかな場所として描かれています。また白い歯を雹(ひょう)にたとえる比喩表現などが古い時代から見られ、人々が厳しい冬に苦しみ部族間の戦争すら招いていたことが千年以上前の記録や文学作品でも確認することができます。

こちらのページでは各地における雪・雹(ひょう)・氷についてまとめてみたいと思います。時間に余裕ができた時点でアラブ文学における描写なども掲載できればと考えています。

雪~サウジアラビア

サウジといっても国土の気候は様々

サウジアラビアはアラビア半島にある国々の中でも特に国土が広く、降雨が多く温暖な気候を生かして果実を育てている農業地域、冬が厳しく分厚い毛皮コートが必需品となる北部まで気候も様々です。

アラブ世界の様々な自然環境と季節変化』でも紹介していますがアラビア半島にも春夏秋冬があり、サウジ北中部ハーイルにおけるシャンマル族の族長アブー・ホーザと盗人のエピソードからも1800年代の時点で厳しい寒さから凍死者が出ていた環境であったことがうかがえます。

 Wikimedia Commonsより

サウジアラビアの地図です。地図の上の方、ヨルダンとの国境に近いタブークやハーイルは冬の寒さで有名な地域となっています。

『冬のハーイル民は今こんな状況』というコメディ動画で、冬の寒さが厳しいことで有名なサウジアラビア王国北中部ハーイルの様子を茶化した内容に仕上がっています。

ハーイルだと寒くて毛布にくるまったきり出てこられなくなる、挨拶のキスも分厚い毛布を外したくなくてそのまましようとするので厚みに阻まれてしまい苦労の末なんと口が相手の頬に届いた、などなど…

アラビア半島の冬場の寒さは昔からあったため、遊牧民(ベドウィン)たちの間には厳寒を表す「死にはしないものの非常に辛くて毒のよう」、「身にも骨にも寒さが染みわたり、ラクダたちが寒さのあまり鼻から血を出す」といった言い回しもあったとか。

冬の寒さと水の凍結

*閲覧注意*
下の動画では凍死した野生動物が出てきます。

サウジアラビア北部における冬の冷え込みと野生動物の凍死について報告している動画です。水飲み場として置いてあるタライの水が凍結してしまい飲みたくても飲めずにいるラクダ、鼻と口の辺りが出血で赤くなってしまったラクダ、凍死してしまった小動物の様子が写っています。

サウジアラビアの雪映像がネットで出回ると「フェイクかもしれない」「サウジアラビアでない場所で撮影されたのでは」「サウジアラビアは本来雪が降らない地域のはずだから、数十年に一度の珍事なはずだ」といったコメントが寄せられることも多いようですが、同国の関連地域では千年以上の昔から冬の寒さが極めて厳しかったことが伝えられているので降雪や水の凍結自体は異常事態ということはありません。

サウジアラビア北部は雪の名所

北西部タブーク州は標高が高い山が連なるスノーリゾートで冬のアジア大会会場にも選定

元々冬になると氷点下まで冷え込むこともある気候だったサウジアラビア北部は同国内の他地域よりも降雪の回数が多いとされています。

そのため北部の高山帯に冬キャンプに訪れた観光客の様子や雪遊びをして大はしゃぎするサウジ人男性たちの映像がテレビで放映されるのが毎冬恒例となっています。有数のスノーリゾートということで雪がめったに降らない湾岸地方などの近隣諸国から来る人もいるのだとか。

2029年冬のアジア大会が新規建設予定の近未来的建設計画群NEOMの一つである山岳リゾートTROJENA*に決まったのも、同地が海外で典型的な暑い砂漠イメージとは全く違う標高2000m超えの雪名所であることが関係しています。

*ニュース記事にはサウジアラビア北東部と書いてあるものも見られますが、紅海寄りでヨルダン国境に近い北西部タブーク州における事業計画です。リブートアニメ『グレンダイザーU』やSNK買収、世界各地の複数有名サッカー選手リクルートなどで知られるムハンマド王太子(皇太子)兼首相主導のプロジェクトとなっています。

しばしば話題になるサウジの雪まみれラクダ動画も寒冷山地山頂付近で撮影されたもの

サウジアラビア気象情報報告専門アカウントを運営するサウジ人男性 بندر الحواس 氏(バンダル氏のTikTokアカウント:https://www.tiktok.com/@bandar_7557)が撮影したラクダ動画は日本でも話題になりました。

*当時、ラクダが丸裸の状態でいることについては、ラクダの世話に慣れている人たちから「凍死しないよう毛布などをかけてやるべき」という指摘も出ていました。他のサウジ雪映像を見ると、馬着のような布を背中にかけられた上でじっと降雪に耐えているラクダたちの姿が写っていることもあるので気をつける飼い主はそれなりに対策をしている模様です。

投稿者によると場所は تَبُوك [ tabūk ] [ タブーク ] 北西にある標高1828mの جِبَال الظَّهْرِ [ jibalu-ẓ-ẓahr ] [ ジバール・ッ=ザフル/ザハル(*カタカナ表記ルール上はザフルが一般的ですが発音はザハルに近いです)](ザフル/ザハル山地)だとのことです。

このラクダ動画に「サウジアラビアで100年ぶりに雪が降った」「生まれて初めて見る雪にラクダもびっくり仰天」というコメントをつけて拡散している例もありますが、事実ではなくサウジアラビアでも有数の雪名所で撮影されたものになります。

撮影されたのは1シーズンに何回も降雪がある雪の名所なので、写っているラクダたちも過去に複数回雪を見たことがあるものと思われます。サウジアラビアの新聞サイトにこのラクダ動画に関する海外からのリアクションの大きさを報じた記事が残っているのですが、記事からは

  • 毎年雪が降り観光客も訪れる名所。
  • 雪自体は毎年降るのでサウジアラビアでは雪を楽しめる場所として知られているが、今年(2021年当時)は背中に雪が積もったビデオが拡散したことで海外でも広く知られるに至った。
  • 地中海東側沿岸のシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナを襲う寒波がタブーク地域にも影響を及ぼすと雪が降る。

といったことが読み取れ、ある程度年を重ねたラクダなら10回、20回と雪を見たことがあってもおかしくはない地域であることがわかります。

サウジアラビア政府の観光サイトでもこの地域のウィンターレジャーとして『冬のドライブとラクダ乗り』を挙げており、標高の高い雪遊びスポット付近に観光用のラクダが一定数置かれていることがうかがえます。

このラクダ動画は2020年1月中旬に撮影されたものですが、その後も毎年「今年雪が降った時のもの」として転載が続いています。これ以外にもサウジアラビア降雪にまつわるインパクトのある写真・ビデオは先月、数ヶ月前、前年、前々年、それよりも前の数年前…に撮られた後も繰り返し引用・転載されていることが多いとの印象です。

国内外から冬のレジャー客が集まるサウジアラビア北西部

こちらも同じく اَلظَّهْر [ ’aẓ-ẓahr ] [ アッ=ザフル / アッ=ザハル ] 山の様子で、空撮映像も。四輪駆動の自動車で見物に来た人々があちこちを走り回って絶景を楽しんでいる様子が写っています。

雪の名所 جَبَل اللَّوْزِ [ jabalu-l-lawz/lauz / 口語発音:ーlowz/louz もしくは lōz ] [ ジャバル・ッ=ラウズ / 口:ジャバル・ッ=ロウズ、ジャバル・ッ=ローズ ](ラウズ山、ロウズ山)ともなるとその高さは海抜2580m*にも達し2021年に氷点下22度を記録したこともあるので、皆さんのイメージとはだいぶ違うかもしれません。

*2549mだとか2600m近いとかソースによって数通り存在しますが、当ページではひとまず2580mとしています。

日本でいうと八ヶ岳や日本アルプスの観光地と同じかそれよりも標高で、八ヶ岳連峰の上の方や連峰に含まれるいくつかの山の頂上まで行ったぐらいの高さがあります。

砂漠に積もった雪の映像について

砂と雪のティラミス動画はサウジアラビアの高山エリアで撮影されたものが多い

雪の上に砂漠・土漠から吹き飛ばされた茶色い土壌がかぶさってティラミスのようになった映像も人気コンテンツの一つで、世界各地に拡散されているように思います。

ネットでの転載件数が多いこちらの有名な雪と砂のティラミス動画も、雪で有名な北部タブークで撮影されたものとなっています。元々はサウジ人男性が2021年2月18日に自分のTikTokアカウントに投稿した動画で、山頂エリアの様子だったとか。

タブークはサウジアラビアでも寒いことで知られる地域なので、こうした降雪のニュース動画や投稿ショートムービーも同地域で撮られたものが非常に多いです。同地域は市街地だと標高760m程度なのですが、2000mを超える山々をいくつも抱えており毎年数回ずつの降雪が発生。人々はその地点を目指してマイカーなどで雪見物に向かうのが恒例行事となっています。

サウジアラビアは首都のリヤード(リヤド)も標高600mぐらいあり、南部の山地は標高2900m超、聖地マッカ(メッカ)付近の山は2600m超、北部の山地も2000mと山が非常に多い国となっています。

ヨルダンとサウジアラビアの国境付近にある جَبَل اللَّوْزِ [ jabalu-l-lawz/lauz / 口語発音:ーlowz/louz もしくは lōz ] [ ジャバル・ッ=ラウズ / 口:ジャバル・ッ=ロウズ、ジャバル・ッ=ローズ ](ラウズ山、ロウズ山)に行くために凍結した車道を進む自動車から撮影された動画です。

「サウジアラビアで雪が降った」という映像はこのような山の山頂や合間にある野で撮影されていたりするので、「砂漠=海から近い低い場所にある、年中暑くてしょっちゅう熱中症で人が亡くなる常夏の地」という先入観は捨てて見た方が良いかもしれません。

サウジアラビア南部からイエメンにかけても高山が連なる

「サウジアラビアの南部やイエメンにも雪が降った!」と報じられることもあるのですが、普段は穏やかで過ごしやすい気候に恵まれコーヒーの生産が盛んな同地も、雪が降ったという地点の標高を見てみるとものすごく高かったりします。

サウジアラビア南部と聞くとやたら暑そうな場所を思い浮かべがちですが、非常に高い山が多く冷涼な山脈に降る豊かな雨水を利用した農業が行われているエリアです。降雨があり標高も高いことから、これらの条件を満たすことで味が良くなるとされるコーヒーの名産地ともなっています。

畑が無い場所は植物が少ない岩山だったりするのでついつい「砂漠に雪が!」と早合点してしまうのですが、サウジアラビア南部やイエメンの雪映像については地名をGoogle マップで検索してみるとものすごく高い山の中だったということも珍しくありません。

スノーリゾートとしての観光客誘致

山間部における降雪が比較的多いタブークでは冬になると雪遊びができるため、サウジアラビアでは国内外からの訪問客を増やすべく観光キャンペーンを展開。

地元紙の情報によるとタブーク地域は少なくとも10年前には既に国内・近隣地域訪問客をターゲットにしたであろう冬季観光キャンペーンをしていて、『タブークは冬の花嫁』(≒冬に関しては一番の地域、秀でている存在)と銘打った宣伝もしていたとか。今はページが消えてしまって無いのですが、「子供たちが大喜びしますよ」「雪やたき火を楽しみませんか」といった言葉で家族連れを誘致していたことを当方で確認済みです。

最近は対外的な宣伝も盛んで、サウジアラビア観光局公式サイトには日本語のページまで用意されています。

Saudi Tourism Authority(サウジアラビア観光局)ウェブサイト
『Visit Saudi』

開放政策により海外客を積極的に受け入れるようになったサウジアラビアは王国政府公式の観光キャンペーンをしており冬季のスノーリゾート訪問を推進するプロモーションビデオも制作。

サウジアラビア系汎アラブニュース局でも積極的に紹介を流したりしています。

冬の寒が厳しい地域では伝統衣装に毛皮コートも

サウジアラビアに限りませんが、アラビア半島周辺では冬の寒さをしのぐための毛皮やたき火は欠かせず、現代においてはストーブやエアコンも使われています。

現代でも愛される伝統的な毛皮ウェア

サウジアラビアニュースチャンネルによる毛皮防寒ウェア فَرْوَةٌ [ farwa(h) ] [ ファルワ ]
に関するレポート。若者らが今時の防寒具を着るようになった現代でも伝統的なコートは現役で活躍しており、寒さが厳しい時期に屋外に出る際には欠かせないといったコメントなどが紹介されています。子羊の毛皮を使ったコートが高級品なのだとか。

冬が近づくと行商人らが毛皮コートを売りにやってくる

サウジアラビアの経済ニュースサイト
في الشتاء .. لا غنى عن «الفروة» عند السعوديين
(冬..サウジアラビア人にとって欠かせない毛皮)

サウジ北中部にあるハーイル発の記事です。エアコンが普及した現代でも冬の伝統衣装である فَرْوَةٌ [ farwa(h) ] [ ファルワ ] を今でも多くの人々が着用。

記事に登場した販売者はヨルダンから来たとのことですが、ファルワと呼ばれる毛皮がついている昔ながらのコートはシリア、ヨルダン、イラク近辺で古い時代から連綿と続いてきた産業の一つとなっています。

サウジアラビアの北部ではシャーム(いわゆる地中海沿岸のレヴァント地方、シリア~パレスチナ付近)の行商人たちが移動販売の形で商売をしており、昔ながらのシリアやイラクで作られた毛皮コートや小物を販売。伝統衣装のガウンであるビシュトの形をしたもの、ジャケット等様々なタイプがあるとのこと。

サウジアラビア北部で地元名物の伝統芸能 دَحَّة [ daḥḥa(h) ] [ ダッハ ] を踊る人々。皆冬物ジャケットを着用。頭巾を首元に巻いて暖かそうな格好で楽しげに過ごしています。

このダッハの様子はサウジアラビアの降雪風景動画に登場する率が高く、海外放送局で流れることも。

雪~イラク

北部に複数ある避暑地・雪の名所

かつてメソポタミア文明が栄えた地でもあるイラク。シュメール文明などは湿地帯が集中する南部で育まれました。

一方現在のイラク北部はクルド人が多く住むクルディスタン(クルド人自治区)となっており、同地は夏は避暑地・冬はスノーリゾートとして多くの観光客を集めています。

2023年2月の大雪映像です。

イラク北東部クルディスタンのスノーリゾート كورك(Korek、コレク)山。アルビール県でも特に積雪が多いエリアらしく、県内から日帰りで初めて遊びに来たと話す人も。皆厚着をして準備万端。インタビューされて何枚も厚着をしていると答えている青年もいます。雪が降ってとても素敵な天気だと喜ぶ人々。

最後に写っているのは雪に埋もれたベンチで、皆が座るように道沿いにあるはずなのにすっかり雪に隠れてしまったと男性リポーターが驚いた様子で触れています。

クルディスタン忍者団の雪中修行

クルド人は勇敢な戦士たちで武勇を重んじると言われたりもしますが、中東一帯で人気の忍者道(主に武神館系)とクルディスタンの冬の雪とが結びつき雪中修行という形で結実。

動画に写っているのはイラク北部クルディスタンで活動する忍者教室の面々 نينجا بنجوين [ ニーンジャー・ペンジュウィーン ](ペンジュウィ(ー)ンの忍者)による匍匐前進等の雪中訓練です。

国内でも指折りだというこの忍者アカデミーでは少年少女らが心身を鍛え護身術を学習。イラクでも冬の冷え込みが特に厳しい同地区で屋外鍛錬に励むことであらゆる天候に耐える力を養っているのだとか。

雹(ひょう)

雪に加えてアラブ世界では雹(ひょう)が降ることも多いです。山岳部・高地帯のスノーリゾート以外でも度々見られることから、アラビア半島周辺の一見大雪動画に見える映像は実は雹(ひょう)のものであることも少なくありませせん。

雷鳴が轟く中で豪雨や雹嵐が地域一帯を襲うため驚異的な光景・神への畏怖を感じる光景・恐ろしい光景としてネットにアップされていたりもします。(災害感をアップさせるためにサムネイル画像が加工されている例もしばしば。)

サウジアラビアの市街地や砂漠・土漠に降り注いだ大粒の雹(ひょう)。一見雪が積もっているように地面が白く覆われていますが、良く見ると雪ではなく氷の粒なのがわかります。

こちらは2021年4月のサウジアラビア北中部ハーイルに大量の雹(ひょう)が降った時の録画映像です。氷の粒を大量に含む洪水が発生。涸れ川(ワーディー、よくある日本語カタカナ表記はワジ)を流れる雨と同じように何もない大地の上をうねりながら押し寄せてくる様子が写っています。

サウジではしばしば見られる光景だとはいえ夏を控えたこの時期にこれだけの量が降るのは異例だったらしく、歴史的出来事という記述も見かけました。

アラブ世界における気象変化・異常気象と降雪量・降雹量の増加

雪や雹自体は1000年以上前にも降っていた

アラビア半島は灼熱の砂漠というイメージが強いために「雪や雹(ひょう)が降っているのは本来ならあり得ない異常事態」というネット書き込みを多数見かけますが、現地では大昔からそのような現象は確認されていました。

イスラーム以前つまり現在より1400年以上前の時代(ジャーヒリーヤ)に作られたとされる詩は今でもアラブ人に大人気で、それら作品に登場する太陽・月・冬・雪といったテーマに関する研究論文も複数出ています。

そうした資料を通じ

  • 当時も冬は寒かった
  • 雪や雹(ひょう)が降っていた
  • 氷の粒が空から降り注いだために大事なラクダを慌てて体が温まる場所へ連れて行き避難させたりしていた
  • 厳しい寒さや降雨不足などでたびたび旱魃・飢えに苦しめられていて、数年連続で苦しい冬に襲われたこともあった
  • 冬季の渇水・旱魃・飢饉は部族同士の戦争をしばしば引き起こした
  • 冬の寒さが厳しすぎる時には生きるか・死ぬかの闘いになるほど危険な低温になった
  • 厳寒の夜には焚き火をしてその明かりにつられてやってきた通行者・旅の者たちが暖を取ることを許しもてなすことが行われていた

ことが実際にあった可能性が非常に高いと判断可能です。

*イスラーム以前の時代に書かれたとされる詩は後代の捏造も多いのですが、捏造された時期もいわゆる中世に当たります。そのため1000年前~数百年ぐらいであっても雪・雹(ひょう)・氷・極寒の地域や季節があったことは確実だと言えるかと思います。

アラビア半島で旱魃・日照りというとつい灼熱の真夏と砂漠をイメージしてしまうのですが、同地では秋~春が雨のシーズンで夏場は地下水を保っている井戸に頼ることも多い土地柄です。そのため飢饉に関する記述は冬のことを指している場合も少なくありません。

雨と太陽光の両方に恵まれて草木や作物が生い茂ることを願うという発想が昔からあるのもそのためです。

またこの降雨不足と旱魃は近代にも大きな規模で起こっていたとのことで、スーダンやエリトリアに移住したアッ=ラシャーイダ(ラシャーイダ族、日本ではラシャイダのカタカナ表記が多いです)たちもアラビア半島(現サウジアラビア)の故郷において旱魃・飢饉の危機にさらされたことをきっかけに舟に乗って対岸のアフリカ大陸に渡ったと当事者らが語っています。

定期的に起こっている大寒波と大雪

中東では定期的に大寒波と大雪が発生しており、シリア・レバノン・ヨルダンといった降雪が比較的多い地域を中心に人々の生活や命を脅かすレベルの被害が起こってきたことが記録にも残っています。

サウジアラビア北西部などはそれらの地域に非常に近く大型寒波の影響を受けやすいようで、過去の降雪に関する記録や報道をたどっていくと30年ほど前に雪が車の上に山盛りになっている光景が映ったビデオ録画なども見ることができます。

1911年にシリアなどを襲った超大型雪害

1911年、後に「40日雪」と呼ばれるに至った大寒波・大雪がシャーム地方(いわゆるレヴァント地方:シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナ付近のこと)やエジプトを襲い、40日間降り続いて全てが雪に埋もれたことがあった [ ソース ] のだとか。

気温は氷点下10度前後、日によっては二十数度に。交通が寸断されたことで物資供給は途絶え、多くの人や家畜が命を落としたとのこと。当時の様子を伝える記事にはモスクの大きな柱に極寒ゆえひびが走った、オスマン朝は凍死者増加防止のため公衆浴場であるハンマームに夜間開場(*ただし火は炊いていない)を命じ寒さから逃れる術の無い貧しい人々を収容する避難場所とした、などとも記されています。

ちなみに同地を埋め尽くし長期間居座ったこれらの雪や氷ですが、1911年の5月になってようやく溶け切って姿を消したとのこと…

上の動画には当時撮影されたアレッポ市街地や凍結して動かなくなったユーフラテス側流域の水車群などの様子が写っています。

1980年代のレバノン

大きなレバノン杉が生える山々やスキーリゾートがあるレバノンはアラブ世界としては北寄りに位置。そのため雪が降った、積もったというニュースがアラビア半島に比べると多めです。

こちらは1983年にレバノンを襲った大豪雪を報じた当時のニュース映像です。動画の中で積雪が2mほどに達し、ひどい場所だと10mほどになってしまったとのコメントも出てきます。車に閉じ込められたまま逃げそびれた人々が酸欠で亡くなるという痛ましい事故も起きたとのこと。

中盤に出てくる帽子姿の男性はトラクターを探してスコップで雪の山を掘っているところを取材されたようです。この場所にあるはずなんだが、と言ってはいますが完全に埋もれてしまい画面には何も写っていません。

1990年代のサウジアラビア

“サウジアラビアで雪が降るのは異常”という誤解から降雪・降雹があっただけで「気象操作が行われている」「温暖化は偽りでむしろその逆」であることの何よりの裏付けだとする情報が複数飛び交っていますが、サウジで雪が降ったというだけでは気候変動を確定することは難しいです。

この地域は2000m超えの高地があり千数百年前から雪・雹(ひょう)・氷があったため、異例のレベルになったり数十年も降っていなかった地域ですさまじい量が積もったりということでなければ通常の範囲内であるためです。

降雪地域である北部タブークについては古いビデオ映像がネットで公開されており、1991年でも屋根に雪が山盛りになった車が走ったり雪の名所でピックアップトラックを乗り回して遊んだりしている人々の様子が残されています。

こちらは上の翌年である1992年の様子です。これもタブーク地方での降雪を撮影したもので、ヘリコプターによる空撮映像などが収められています。

現地住民による異常気象・気候変動の実感

「終末の日が近い」という声も出ているが、サウジアラビアなどは雪の名所もあるので情報の精査は必須

とはいえ近年は気象の異変も見られ冬季の豪雨や洪水、大量の雹(ひょう)、大雪の回数が増えつつあるようです。

「神様からの恵みが増えて嬉しい」という意見もあったりするのですがそれまでとは明らかに降雨量が違う、降水量が非常に多くなったことでそれまでのささやかな緑のじゅうたんを通り越し広大な面積において荒れ地全面が草花畑になるという珍しい光景が広がる、という事例がニュース番組で流れることも。

そのためネット上でもサウジアラビアにおいてかなりの積雪、山盛りの雹(ひょう)を記録した時の動画や写真が多数投稿されるようになっています。

このような異常気象は災害レベルに達し死者が出る*こともあるため、現地では「終末は近づいた」「最後の審判が迫った末法の世の前兆とされているいくつもの異常現象の一つなのでは」「多くの人民や為政者がイスラーム離れをし、反イスラーム的行動を重ねたことに対する神の警告・怒りなのでは」とささやく声も聞かれます。

*現地ではワーディー(涸れ川、よくある日本語表記はワジ;谷、渓谷)に押し寄せる濁流を見物する人が後を絶たず逃げ遅れて死亡するケースが複数見られるので、予想だにしてしなかった被災とは異なる事例も含まれます。

以上をふまえて、現地の天候に関する情報を転載する際には

  • アラビア半島では雪・雹・氷自体は珍しくない
  • サウジアラビアは1500年以上前に雪や雹が降っていた記録があり、雪の名所である北部は元々毎年数回ずつ積雪がある
  • サウジアラビア北部は近代でも寒かったため、冬に凍死しそうになったラクダ泥棒に毛皮のコートを譲って助けた美談も残っている
  • 報じられている特定の降雪や降雹が普段その地域で見られないのか、現地にとって明らかに異例の事態かどうか
  • 気象ニュースとして流れた際に、「サウジは砂漠の国だから雪が降るのは普通じゃない」という前提で記事を書いている海外メディア・アカウントではなく現地民がどうコメントしているのかチェックする
  • 物珍しそうに雪遊びをしている人々はサウジアラビア国内の雪が少ない地域からスノーリゾートにわざわざ来た観光客であることが多く、場合によってはサウジ人ではなく他の湾岸諸国から車で駆けつけたアラブ人見物客だったりする
  • 映像技術向上により降雨の様子を加工した「聖地マッカ(メッカ)地域でも異例の雪!カアバ神殿で降りしきる雪!」といった嘘動画が流布する事例が報告されるようになってきている

ことに留意する必要があるかと思います。

雪それとも雹か?雪の名所それともそうではない異例の地域か?

サウジアラビアなどの雪映像は実は大量の雹であるケース、標高2000mを超える避暑地・雪の名所で撮影されたものが多いです。

そのため転載・引用する際は安易に「本来雪が降るような場所じゃない」「サウジに異例の雪」「サウジに初めての雪」「生まれて初めて見た雪に皆戸惑っている」と書いてしまわないよう要注意です。

*実際「サウジアラビアの砂漠に雪が!」と動画つきで投稿されているものを見たところ、標高3000mを超える雪の名所の山頂に降った冠雪のこともあったりしました。

「雪が降った」として世界各地に拡散されたが実際には雹(ひょう)だった

上の映像は2023年4月に降った雹(ひょう)の様子です。ネットでは「大雪」と報じている記事や動画も多いのですが、地元サウジアラビアニュース局の報道によると雷を伴う豪雨と共に降り注いだ雹(ひょう)だった模様。ふんわりした雪に比べ重たそうでじゃりじゃりしているように見えるのもそのせいでしょうか。

アラビア半島では雹(ひょう)は雪よりも色々な時期に降るため、「こんな季節に雪が降るなんておかしい」と思われるような動画・写真の大半は雪ではなく豪雨・雷雨に伴って降り注いだ雹(ひょう)の山であることが多いです。

しかし日本ではそれらを雪として扱い「サウジアラビアに雪」と報じていることも少なくありません。

地元民がおかしいと言うレベルの雪・雹(ひょう)だったかどうか?

除雪作業車まで出動したことから日本のSNSでも「異常気象だ」として紹介されましたが、現地でも「ここまで降るのは珍しい」という声が聞かれたようです。

地元民ですら「通常レベルを超えている」と感じる積もり方だったとはいえ、そこが普段全く雪の降らない場所かどうかはまた別の話で、雪にある程度慣れている現地住民が「これまでと何かが違う」「生まれて初めて」と言っているかどうかを確認する必要が出てきます。

複数の動画・写真を見ればわかるのですが、動画サムネイルにもなっている雹(ひょう)の山は除雹をして集められたために山のようになっているもので、実際に降り積もったのは見物人が立っている路肩・路側の部分ぐらいの高さかと思います。

動画の舞台は元々降雪がありスノーリゾート計画も立案された標高2000m超の避暑地

上のビデオが撮られた الباحة [ アル=バーハ ](日本での一般的表記はバーハ)はサウジアラビア王国南西部に位置しイスラームの聖地マッカ(メッカ)よりも南東にあります。アラビア半島の紅海沿いに連なる山地帯にあるため標高2000mを超えており、元々避暑地としても有名で降雪・降雹も定期的にあります。

動画最初のシーンに出てくる除雹シーンは奥にあるチキン印の赤い看板つき建物が البيكAlbaik)というフライドチキン・ハンバーガーショップ、手前にある塔つき黄土色建物がモスクとなっています。Google Earthで「الباحة البيك」と検索すれば出てくるのですが、撮影された地点の標高は約2150m。すぐ近くに2500m級の山々が連なっているエリアとなっています。

この(アル=)バーハ地方は元々雹(ひょう)自体は降りやすい土地らしく、上の動画が撮影された2023年4月そして翌月5月にも雹(ひょう)混じりの降雨が複数回記録され、サッカーの試合が一時中断される動画などもネットにアップされています。

2022年やそれ以前にも雹(ひょう)が積もって作業車が除雹作業をしている動画が度々撮影されていること、米国 Big Bear(ビッグ・ベアー)のような冬の雪遊びを楽しむスノーリゾート建設計画を発表していることから、低温・降雪が見込める土地ではあったと考えた方が良いものと思われます。

なので転載・引用する際は「元々雹が降る地域だが積もり方が尋常ではないと地元民を驚かせた」程度に留めるべき映像だという気がします。

この地域について気になる方は「الباحة البرد」(バーハ、雹)、「الباحة الثلوج」「الباحة الثلج」(バーハ、雪)で検索されてみてください。色々な時期の降雹・降雪情報が確認可能です。

サウジ映像では「雪」は雹、「砂丘」は岩山・はげ山、「砂漠」は岩山の間に広がる土漠であることが多い

2022年1月に『サウジ中西部で珍しい降雪、砂丘が白く覆われる』として紹介された映像(2022年1月11日撮影)です。

砂丘というとルブアルハリ砂漠のど真ん中をイメージしてしまうのですが、上に出てくるのはイスラームの聖地を擁するアル=マディーナ(マディーナ、メディナ)州バドル(Badr)地域にあるアル=マフラクという村で、ルブアルハリ砂漠の中にはありません。

このバドルは預言者ムハンマドたちのイスラーム教徒軍がクライシュ族と対峙した「バドルの戦い」の舞台なのですが、紅海沿いに連なる山脈の西側をずっと下っていった先にある低い岩山のふもとで、植物が少ない土漠が広がっている場所となっています。

バドルの地形紹介でも高台に接していていくつもの水源地・地下水に恵まれているとの記載があること、地図でも岩山に面した場所にあるのが確認できることから、ビデオで奥の方に写っているのが砂丘ではなく岩が多いはげ山で、皆が車を乗り回しているのが岩山に面した土漠だと思った方が良さそうです。

ロイター通信が『サウジ中西部で珍しい降雪、砂丘が白く覆われる』と題して紹介した動画と同じ内容の気象情報を伝えたツイートです。当時の報道から降ったのは雪ではなく雹(ひょう)の方だったことがわかります。

このように現地発情報でないと大手通信社であっても雹(ひょう)なのに雪だと書かれていることが多いので、転載の際に十分確認しないまま「こんな時期にこんな場所に雪が降った。異常気象以外の何物でもない。」「サウジアラビアに集中的な気象操作が行われて、本来降るはずのない雪が降った。」等と書いてしまわないよう要注意かもしれません。

 

(2024年2月 雪の名所でのラクダ乗りレジャーと背中に雪が積もったラクダ動画の背景)