アラブ世界の様々な自然環境と季節変化

こちらは『アラブ世界における月と太陽』から切り分けたコンテンツです。

アラビア半島における様々な自然環境

アラビア半島内部といっても湿度が高く蒸し暑くてかなわない所から標高が高く降雨も多くて鈴なりの果樹園に恵まれた所まで様々です。同じ地域でも年中を通じて同じような天候というわけではなく、冬に気温が下がったり降雨が多めになって家畜の落雷死や溺死が起こることもあります。

そのような地域差や自然の変化に対する敏感な感覚なども手伝い、アラブ文学においても太陽・月・晴れ・雨の描写は決してワンパターンではありませんでした。太陽は草木を育む存在であるという認識や、太陽の暖かさを恋しがる感情は大昔からアラブ世界にも普通に見られたものであり、千数百年前に書かれた詩にも残っているほどです。

まずは元々アラブ人が住んでいたアラビア半島内部の地域差や時期ごとの環境について軽く触れてみたいと思います。

地域による環境の違い

たしかに砂漠は過酷で真夏における遊牧生活は困難を極めます。そういう時の涼しい夜や恵みの雨は何にもまさる喜びですが、アラブ人と呼ばれる人たちがイスラームの軍事遠征前に元々住んでいたアラビア半島だけをとっても海岸・高原・山岳と地域差があり均一ではありません。

アラビア半島の砂漠

いわゆる日本で一般的なアラブ世界のイメージに一番近い光景かもしれません。太古の昔には草木が生えていたのに砂漠化してしまったアッ=ルブウ・アル=ハーリー(ルブアルハリ)砂漠。過酷な環境でめったに雨も降らず、草が生える季節を待ち望み雨と緑の到来を喜ぶ人々の想いをナレーターが語っています。

湿度が高く夏場には気温が50℃を超えることもあるアラビア湾岸(ペルシャ湾岸)地域のクウェート。冬は過ごしやすい気温になるものの真夏のうだるような高温は熱射病の危険性も。上の動画では荒野に出かけていき素足で地面に乗って熱さのあまり叫んでしまっている様子などが写っています。

オアシス農業地帯

水に恵まれた地域にある水田での田植え作業。サウジアラビア最大級のオアシス地帯(アル=)アフサー(*実際の発音はアハサーに近いです)では稲作が行われておりサウジ国内の米飯食文化を支えています。このような地域では野菜から果物、ナツメヤシまで実に多くの農作物が育ちます。

山岳地帯

アラビア半島南部の山岳地帯(サウジアラビアの山リストはWikipediaでも見られます)です。降雨もあり雲海が美しい地域です。

アラビア半島南端に位置するイエメン。雲よりも高くそびえ立つ急峻な山に建てられた伝統建築が並ぶ山岳地帯も。イエメンは古代王国があった地域で、月や太陽に対する信仰に関する石像類も残っています。

アラビア半島南部の肥沃な緑地

アラビア半島南部オマーンの水と緑に恵まれた地域です。草がたくさんあるので多くの家畜を養うことができます。ラクダというと砂漠のイメージですが、このような地方では生い茂る林で思う存分に柔らかい葉をムシャムシャしておりのんびりした雰囲気が漂っています。

アラビア半島北部の降雪地帯

アラビア半島北部は時によってかなりの冷え込みとなります。サウジアラビア北部タブークに雪が降った時の様子です。冬に冷え込む日は防寒着を着込んでもまだ寒く、しかも動画では降雪のタイミングを狙っているので皆で焚き火にはりついてブルブルしている様子が写っています。

大河川を擁するイラクの湿地帯

こちらはアラビア半島の外ですが、イスラームの軍事遠征でアラブ化しアラビア語という紐帯でゆるやかにまとまっている広大なアラブ世界の自然環境は「アラブ=砂漠」というイメージとはかけ離れた多様性を持っています。

アラビア半島のすぐ北にあるイラクは大河川を擁しているため湿地帯も存在し、舟に乗って移動する生活スタイルの人々も暮らしています。同地はシュメール文明の舞台でもあり、古い時代の名残りであるとされる葦を使った独特の建物や食生活でも知られています。

季節などによる天候・自然環境の違い

日本においては「砂漠地域では太陽=灼熱と苦しみそして喉の乾き、時には死をもたらす=悪、月=穏やかな光と癒やし=善」「昼は灼熱の太陽が出るから嫌な時間で、夜は涼しくて月も出たりして好ましい時間」という太陽vs月、昼vs夜に近い単純な対立のみで捉えられがちかもしれません。

しかし実際には春と冬の2つの季節、もしくは春夏秋冬の4つの季節があると認識されておりアラビア半島、特に湾岸地域のような猛烈な酷暑がある地域でも「冬は雨が降りやすい」「花畑が広がる楽園のような春」といった季節差が存在します。

そのような冬と春の存在ゆえに、アラブ文学(アラブ詩)でも太陽は暖めてくれる、命の芽吹きをもたらしてくれる恵みの象徴として描かれることがしばしばあります。

夏~灼熱の昼、癒やしの夜

アラブ世界では夏の照りつける太陽は過酷な生活と喉の渇きを連想させる、というイメージは日本で一般的に広がっているものと一致しているかと思います。

砂漠での行き倒れと生命の危険

アラブ首長国連邦にあるサンドポリス(砂漠地域特化の警察部隊)の活動イメージビデオです。四輪駆動の自動車がある現代では砂漠地帯に遊びに出かけたまま故障を起こすなどして行き倒れるケースがあり、警察や身内・通行人が助け出さないと命を落としてしまいます。

夜の集会やおしゃべり

昼間が暑いことから生まれたアラブの اَلسَّهَرُ [ ’as-sahar ] [ アッ=サハル ](寝ないこと、夜ふかし)文化。夜ふかしの集い、夜会、宴会は سَهْرَةٌ [ sahra(h) ] [ サフラ(実際の発音はサハラに近いです) ] といい、皆で心地良い夜に集まって楽器演奏・歌・踊りを楽しむ慣習があります。

また اَلسَّمَرُ [ ’as-samar ] [ アッ=サマル ] は日が沈んでからの夕方・夜のおしゃべり(談笑、歓談、閑談)を意味します。そうしたおしゃべり相手としての友人のことを سَمِيرٌ [ samīr ] [ サミール ] といいますが男性名としても使われ、現代でも多く見られる名前となっています。

動画はイラク サマーワの砂漠におけるベドウィン(遊牧民)風のサフラ(サハラ)です。テントに座って無駄話を楽しんだり、皆でフォークダンスを踊ったりといった様子が写っています。(アラブ世界では男女別々なので男性が参加している集いには基本的に男性しか写っていません。)

午後の心地良い風が吹く時間帯になってから開催されるイベント

こちらはアラビア半島ではなくパレスチナ南部のガザ地区で代々受け継がれてきた遊牧民(ベドウィン)の伝統行事サービヤです。結婚式の開催に合わせて皆が馬やラクダで乗りつけ広場で騎乗会を楽しむという部族民同士の親睦会で、設営されたテントの中に年長者やお偉いさんたちが座るなどします。

サービヤは午後の暑すぎず涼しすぎずちょうど良い風が吹く気持ちの良い時間帯のことを指すそうで、転じてその時間帯に開催される結婚祝いの騎乗大会を意味するようになったのだとか。

ただインタビューを見る限り冬はさすがに肌寒いため、程よい気候の時に開催される方が多いようでした。涼しいのを通り越して寒いのが嫌なのはどこも同じようです。

冬~雨の季節

アラブ世界では冬に降雨が増える地域が複数あります。北アフリカのエジプトなども同様で、冬=雨というイメージです。

冬のクウェート。アラブ世界の市街地は雨水の排水経路がしっかり作られていないためまとまった雨が降るとすぐに冠水することで知られています。

バーレーンの冬の大雨です。

冬~雪が降るアラビア半島北部の寒い夜と救いの太陽

アラビア半島北部では冬に冷涼になるのを通り越し時として凍死者が出る寒さにまでなることがあります。そのような寒い時期には太陽が恋しくなることもあり、太陽は詩においても草木が育たず餓えた冬に助けてくれる存在と言った良い意味でも表現されてきました。

冬=寒い・しんどい・草が育たずひもじくて腹ぺこで死にそう、そんな中寛大な施しをしてくれる人はまるで太陽のよう・暖かい太陽の出る季節が待ち遠しいという構図が生まれます。

أَبُو خُوذَه [ ’abū khōdha(h) ] [ アブー・ホーザ ] という通称で呼ばれその寛大さで広く知られたシャンマル族のシャイフ(族長)عَبْدُ الْكَرِيمِ الْجَرْبَا [ ‘abdu-l-karīm ’al-jarbā ] [ アブドゥルカリーム・アル=ジャルバー ]。彼は1833年生まれ、1871年没の実在した人物で現代のシャンマル族にも彼の子孫にあたる人々がいます。

خُوذه [ ホーザ ] は語の見た目と読みが خُوذة [ khudha(h) ] [ フーザ ](ヘルメット)という名詞に似ているのですが無関係で、シャンマル弁で「それを持っていきなさい」という意味だとか。「アブー・ホーザ(=ホーザの父)」は日常的に「ホーザ」と口にして人々に惜しみなく与えていた彼の類まれな寛大さを示すあだ名だとのこと。

シャンマル族は現サウジアラビア北部のハーイルが拠点だった部族で、アラビア半島の中でも寒い地域に住んでいました。ハーイルは上の大雪動画に出てきたタブーク同様雪が降ることもあるような場所です。

そんなシャンマル族のテリトリーにある時ラクダ泥棒が忍び込みました。侵入者である男はあまりの寒さのためうまく盗み出すことができず止むなく野宿をしたのですが、あいにくの冷え込みでこのままでは凍死を免れないほどに追い込まれます。そこに領地内での異変を感じ取ったアブー・ホーザがやってきて、不審者であるにもかかわらず毛皮のついた冬用コートをかけてやり死から救ったとのこと。

盗人は翌日コーヒーポットが並ぶ暖かいテントに招き入れられますが、ラクダ泥棒の分際でそのような待遇を受けるなどふさわしくないと恐縮。それでもなお寛大な心で応対したアブー・ホーザの男ぶりに感動し称賛詩を作って贈った、というのが上の動画のストーリーです。

アブー・ホーザはシャンマル族の誇りとして語り継がれる人物だったため、ラクダ泥棒が作った詩もシャンマルの昔話として受け継がれているのだとか。詩の中では特に太陽という語は出てきませんが、寒い冬の夜に手を差し伸べてくる人物を太陽と表現際のイメージは大体こういう感じのようです。

待望の春~砂漠が生まれ変わる恵みと命の季節

クウェートの春に見られる動植物を紹介したビデオです。夏の気温が高く降雨が少ないため植物もあまり育たないクウェートの砂漠。しかし市街地から離れた野では砂漠が見せるもう一つの顔に触れることができます。

0:45が寒々とした枯れ草の野原の様子です。クウェートの砂漠には多年草が生えているとのことでそれらが土の上に残っているのが見えます。1~2月の春の雨と穏やかな気温が合わさり、砂漠は一気に芽吹き美しい花畑に変身。2:10に出てくる菊のような花は雨がふるとすぐに花を咲かせ始める春の到来を告げる花だそうです。一斉にイモムシが育って蝶になったり、野鳥が繁殖期に入ったり、新しい命を感じられる素晴らしい季節だとのこと。

クウェートの砂漠地帯を覆う春のじゅうたん。

アラブ首長国連邦のラアス・アル=ハイマ(ラス・アル・ハイマ)首長国。市街地化されていない地域に訪れた昔ながらの春の様子です。アナウンサーの話によると毎年緑を一面に敷きつめたような春になるとは限らず、豪雨増加に伴いこのようになったようです。毎年このような緑に恵まれますように、UAE全土が緑で覆われますようにといった神への祈りで動画は締めくくられています。

 

(2023年4月 リンク切れ修正)