フスハーに打ち込む子供たちの晴れ舞台、アラブ読書チャレンジ

Arab Reading Challengeとは?

تَحَدِّي الْقِرَاءَةِ الْعَرَبِيُّ
Arab Reading Challenge
https://www.arabreadingchallenge.com/

日本語ではアラブ読書チャレンジ。形容詞の語形を見るとわかるのですが、ArabはChallengeの方を修飾していて「アラビア語による読書」ではなく「アラブ人たちがチャレンジする」といったニュアンスになっています。

こちらについては、アラブ世界における子供たちのフスハー習得について調べていた時に偶然関連動画として表示されたことで知りました。出演している小中高生の標準アラビア語運用能力の凄さに驚き一時期まとまった数の動画を視聴したので、こちらのページで彼らがフスハーがどうして大人顔負けで使えるのか、フスハー衰退地域とまで言われる国在住であってもどうしてそんなにペラペラなのか、という理由についてまとめてみたいと思います。

アラブ読書チャレンジの開催目的

このコンテストはドバイ首長の名前を冠したMohammed bin Rashid Global Initiatives(2015年)によって実施されています。この機関の事業には教育活動も含まれていて、アラブ読書チャレンジもその一環として行われているそうです。近年めっきり減ったと言われている読書量を増やすこと、また子供たちのアラビア語能力を向上させることを目指して開催。

Higher Committee of the Arab Reading Challenge
https://www.arabreadingchallenge.com/higher-committee
にもある通り、アラブ読書チャレンジ運営機関のトップは地元の教育・文化関連の要人や大手テレビ局の関係者が務めています。

コンテストのシステム

世界各地から集まる参加者

対象年齢はグレード1~12。日本でいうところの小学生・中学生・高校生にあたる年齢の子供たちに参加資格があります。

Participated countries
https://www.arabreadingchallenge.com/country
アラブ連盟に加盟している国家という枠組みを越えて読書・アラビア語活動に励むことを奨励するため、移民が多く住む欧米諸国を中心に世界各地の教育機関を通じて参加者を募る形態をとっています。リストを見ると、日本からも参加したお子さんがいるようでした。

過去の記録を見る限り、参加者も年々増えておりイベントとしては大成功のようです。参加している子供たちの優秀さからいっても、日本でいうところの算数オリンピック・数学オリンピックに近いものがあるかもしれません。

地域予選と決勝

子供たちはまず地元での地域予選を勝ち抜く必要があります。読書を奨励することが目的のひとつなので、「まずは年間50冊以上読むこと」というノルマが設定されています。生徒らは読んだ本がどのようなものだったかを作文。新学年度がスタートした9月から翌年5月までの間、そのような活動を続けます。

地域予選を勝ち抜き、ドバイで10月に行われる本戦に参加した精鋭たちの中からアラブ、というよりは全世界のアラブコミュニティ全ての頂点となる子供が選出されます。

決勝は非常に豪華で、ステージで歌をサービスする歌手も毎回誰もが知るお大御所となっています。

賞金

このコンテストの特徴のひとつが、賞・賞金が優勝者以外にも与えられる点です。読書・アラビア語作文&スピーチ練習の活動に寄与した学校や先生に対する褒賞が別途用意されており、学校総出での取り組みを促す形となっています。

What You Can Win
https://www.arabreadingchallenge.com/what-you-can-win
賞金は非常に高額で、優勝者は150,000米ドルを獲得。優勝者を輩出した学校には800,000米ドルを授与。

出場者のインタビューを見ていると、将来の夢を実現するために賞金が欲しくて頑張ったという子も少なくないようです。

歴代チャンピオン

Winners
https://www.arabreadingchallenge.com/winner
公式サイトでは優勝者だけではなく各国代表の写真が掲載されています。(2019年の第4回は未掲載。)

第1回:2016年
2015年9月~2016年5月に読書・作文活動、2016年秋に決勝。
優勝者はアルジェリアの7歳男子、محمد عبد الله فرح جلود(Mohamed Abdullah Farah Juloud)くん。
→ 詳細:『アラブ読書チャレンジ~第1回優勝者はアルジェリアの7歳男児

第2回:2017年
2016年9月~2017年5月に読書・作文活動、2017年秋に決勝。
優勝者はパレスチナの17歳女子、عفاف رائد شريف(Afaf Raed Sherif)さん。

第3回:2018年
2017年9月~2018年5月に読書・作文活動、2018年秋に決勝。
優勝者はモロッコの9歳女子、مريم لحسون أمجون(Meryem Lehsen Amjoun)さん。

第4回:2019年
2017年9月~2018年5月に読書・作文活動、2019年秋に決勝。
優勝者はスーダンの13歳女子、هديل أنور(Hadeel Anwar)さん。

決勝大会の様子

審査員団から質問が出され、その場で考えた回答を60秒以内に言い切るというのが最終課題となっています。

第1回:2016年

最終戦に残ってステージ上でスピーチをしたのは3名。ヨルダン代表の女児、バーレーン代表の女子、アルジェリア代表の男児でした。

アルジェリア代表のムハンマドくんがアリストテレスの名前を出して読書の意義について語っている時、あまりの流暢さと7歳離れした内容におもわず肩を揺らして笑っている観衆の姿が映っていました。

大人については、100%フスハーではなく現地でよくある「何?」「~したい」といった基本表現がアーンミーヤになるしゃべり方をしているメンバーが多かったです。特に司会の男性はレバント方言で、ステージにいる間の口語率が高めでした。

第2回:2017年

最終戦に残ってステージ上でスピーチをしたのは5名。サウジアラビア代表の女児、エジプト代表の男子、アラブ首長国連邦の女子、パレスチナ代表の女子、アルジェリア代表の女子でした。

エジプト代表の男子はアズハルの生徒さんなので赤い帽子をかぶっています。スピーチの中でクルアーンを暗記していること、クルアーンの正統十読誦やハディース(預言者の伝承)を学んだことに触れていました。アズハルで訓練を受けているだけあってとても雄弁なスピーチでした。

本来ならばUAE代表の後にパレスチナ代表がスピーチする予定だったようですが、順番が来た時にいなかったため、アルジェリア代表が先にスピーチを行った形です。彼女が戻ってきた時に審査員の先生が質問の紙を見失ってしまい、必死になって探していました。

パレスチナ代表のアファーフさんは文学作品の朗読会のように堂々とスピーチを行っており、見事にタイトルを獲得。優勝者が決まった時故郷の応援団の様子が映されたのですが、ものすごい人数が集まって大喜びしているのが見えました。

第2位はエジプト代表、第3位がアラブ首長国連邦代表、第4位がサウジアラビア代表、第5位がアルジェリア代表。

ちなみにこの回から手元の操作盤で番号ボタンを押して投票をするシステムが導入されています。

第3回:2018年

最終戦に残ってステージ上でスピーチをしたのは5名。エジプト代表の女子、アルジェリア代表の女子、パレスチナ代表の男子、モロッコ代表の女児、ヨルダン代表の男子でした。

前回の決勝に出ていたアズハルの生徒さんもそうなのですが、エジプト代表の女性生徒さんのフスハーがとてもスタンダードでエジプト人だとわからないぐらいのアクセントと発音をしています。エジプト人でここまで発音矯正して生粋のフスハーをしゃべるというのはかなり珍しいのではないでしょうか。彼女のフスハーにかける熱意の強さを感じました。(別の動画で、彼女の両親が医師・歯科医で自宅に大量の蔵書があるという話をしています。)

お兄さんお姉さんたちに囲まれて立派なスピーチをしたモロッコのマルヤムちゃんが優勝。ちなみにこのマルヤムちゃん、アラブ系ではなくアマズィグ(いわゆるベルベル人)ということで地元では別の意味でも話題となったそうです。

ちなみに司会の男性は前回とは違いますが、引き続きレバント方言を話す人物となっています。(今回はアラブ版クイズ$ミリオネアの司会だった人のように思います。)

第4回:2019年

最終戦に残ってステージ上でスピーチをしたのは5名。クウェート代表の男子、チュニジア代表の女子、スーダン代表の女子、サウジアラビア代表の女子、モロッコ代表の女子。今回は小さな子供はいません。

クウェート代表の男子は弟が幼くして癌で亡くなってしまい、癌の治療法をつきとめるという目標を実現するための手段としてアラブ読書チャレンジに参加したとのこと。自分の信念に反する本を手にした時読むのを続けるのかどうか問われ、自身の考えが不変であることを確かめる意味でも最後まで読み通すのだと答えています。

チュニジア代表の女子に対しては、自分に一番影響を与えた本は何だったのかが問われました。スーダン代表の女子は、落ち込んでいる時に読むと良い本を3つ教えて欲しいというものでした。サウジアラビア代表は、とても印象が強く自分に影響を与えた本でアラブの若者らにも読んでもらいたい1冊紹介するという課題でした。モロッコ代表は読書をしない人々が失ったものは何かを聞かれたのですが、とても雄弁な演説が印象的でした。

優勝したのはスーダンの13歳、ハディールさん。アラビア語を通してスーダンの国力を取り戻し祖国を変えていきたいという明確な目標を抱いている彼女が頂点に輝きました。

彼女は優勝後のインタビューで方言を交えてしゃべっているシーンも動画で公開されているのですが、このアラブ読書チャレンジに参加している子供たちはそうやって全員自分の方言で起きるアルファベット発音の入れ替えやアクセント・イントネーションの違いを矯正して臨んでいます。

それにもかかわらずスラスラと話していることを考えると、普段からフスハーを使って意識的に会話する練習を行っていることがうかがえます。

参加者が出演したテレビ番組

エジプトの معكم منى الشاذليّ というテレビ番組にアラブ読書チャレンジ参加者が複数出演した時の様子です。上の方が赤いターバンをかぶっている観衆はアズハルの生徒さんたちです。

11:30過ぎに話している男の子が初代王者でアルジェリア在住のムハンマドくんです。

14:20過ぎに話しているのがアズハル内予選で首位に輝いたハリールくん(ナイルデルタ地域の港町ディムヤート出身)です。純朴な感じの青年ですがジョークも上手で、30:20あたりで「何冊ぐらい本を読んだの?」と聞かれて食事の皿に乗っている米粒が何個か数えられないのと一緒ですと回答し会場をわかせていました。

ヨルダン人のアラブ最年少女性作家

上の動画で4:25ぐらいにパソコンで作業をしている少女はアラブ世界最年少の女流作家として有名になったジュード(جود المبيضين)ちゃんです。今でこそテレビ取材時にアーンミーヤ混じりで受け答えするようにもなりましたが、フスハーでしか会話しない女の子として昔から有名だったそうです。

幼児ながら詩人としてテレビに登場した時の様子です。

エジプト地域予選優勝者

スタジオトーク番組動画の10:40ぐらいから話している花柄のスカーフをしている女子がエジプト代表だったマルヤムさんです。ナイルデルタ北端のカフル・アッシャイフ出身で、第3回ドバイ決勝に進出。

彼女のフスハーを聞いただけではエジプト国内における出身地どころか、アラブ世界のどこが出身国なのかすら推測が難しいぐらいに流暢で驚かされます。

20:00過ぎに読書を始めた経緯について聞かれていますが、彼女によると4歳ぐらいで字が読めるようになった時点で親御さんが童話や雑誌を買ってくるようになったそうです。また同時期にクルアーンの暗唱も始めたのだとか。

両親はアラビア語関係の仕事に携わっておらず、お父さんは外科医でお母さんは歯科医。家族全員が読書好きで自宅に据え付けた本棚の中に本が非常にたくさんあり、今も蔵書量がどんどん増え続けているという環境で育っているそうです。