★★★★☆
口語寄りに簡素化したフスハーによるシンプルな会話を紹介
現地の人と堅苦しくない標準語会話をしたい人向け
著者: モハンマド・ファトヒー、石垣 聡子
出版社:Jリサーチ出版
著者の先生について
モハンマド・ファトヒー 先生
外国語教育で有名なエジプトのアインシャムス大学ドイツ語学科を卒業。カイロで日本語を学び、その後来日。東京外国語大学大学院にて博士号取得(日本語とドイツ語との対照研究)。第二言語としてのアラビア語を研究。東京外国語大学、東京都市大学、外務省研修所、アジア・アフリカ語学院、ディラ国際語学アカデミー(DILA)等で勤務するかたわら、通訳・翻訳業に従事。
石垣 聡子 先生
清泉女子大学卒業。社会人経験の後にアジア・アフリカ語学院アラビア語学科を卒業。ヨルダン大学付属語学センター、シリア フランス・アラブ研究所等へ留学。アジア・アフリカ語学院、ディラ国際アカデミー(DILA)他でアラビア語講師経験あり。『CDブック はじめてのアラビア語』(ナツメ社)の共著者。
本の概要
●フスハーの文法を簡略し口語的な表現を取り入れたシンプルな会話文で旅行者が現地アラブ人と意思疎通することを目指した本です。本にもはっきりとフスハーとアーンミーヤの中間と明記されていますが、フスハー会話に近いので一応こちらのカテゴリに分類しました。
●否定語はシリアやエジプトなどで使われている مو [ムー] や مش [ ムシュ ] に置き換え。to不定詞的な表現は簡略化。数の文法において数えられる対象の名詞に応じて数詞の性を入れ替える文法はカットし ة(ター・マルブータ)つきの数詞で統一。存在・所有については前置詞を使った في [ フィー ]で表現してあります。
●本の詳しい内容は出版社の書籍紹介で見ることができます。冒頭にまずアラビア語アルファベットの一覧表が掲載されており文の構成に関する基本を学習。『出発24時間前編』では基本の10フレーズを紹介。~をください、~はありますか、~には・・・がありますか、~してもらえますか、これは~ですか、~したいです、~してもいいですか、~はどこですか、何時に~ですか、どのくらい~ですか、という表現と言い換えが列記されています。続いて、挨拶や疑問詞/位置/曜日/数字/お金/月/時間といった基礎単語を学習。
●『場面別会話編』では機内・空港、ホテル、グルメ、ショッピング編、観光、アクティビティ、ビジネス、トラブルの各場面における会話や単語を学びます。旅行会話なので、料理やお土産、観光ツアー内容の単語が多いです。
●巻末特集として『すぐに使える旅単語500』がありますが、こちらは既出単語のおさらいといった感じの内容でした。
表記・誤字脱字について
●母音記号は全編にわたってつけられていますが、会話本なので語末母音は書いてあります。また語中の無母音部分を示すスクーンもついていないです。会話本であっても正確に全部の文字に母音記号がふってある方が良いという学習者さんには向いていないと思います。
●語末に弱文字が含まれている غَالٍ [ ghālin ] [ ガーリン ](高い)を非限定でもたたまずに غَالِي [ ghālī ] [ ガーリー ] とするのは他のフスハー入門書でも行われていますが、本書ではさらに非限定名詞・形容詞などの対格で書き足す ا [ ’alif ] [ アリフ ] が省略されており口語的表記になっています。
●読みはカタカナによるルビです。左→右方向で、アラビア語文の下に小さく書かれています。本書では複合語における定冠詞アルの「ア」は落とさずに読むルールとなっています。
●ター・マルブータが後ろから所有格支配されている箇所は「◯◯◯テ」というルビがふってあります。数字とかにサラーサテ、アルバアテ、ハムサテと読みガナがふってある本は初めて見ました。
●アーンミーヤ混じりの会話本ということもあり、フスハーと同じ単語でもついている母音記号が違う箇所が結構あります。純然たるフスハーの本であれば母音の付つけ違いという誤字脱字に相当すると思うのですが、作者の先生のエジプト方言での読みに引っ張られた感じの読みなのでそうした部分も標準語ながら単語につける母音がところどころでアーンミーヤ式になるネイティブの人が話すフスハーに近いと言えるかもしれません。特に動詞の第2語根に付く母音が違う部分が多いです。
●上記のような理由から時おり動詞がフスハーとは違う活用になっていたりするので、フスハーだけを学んでいる人特に先生がアーンミーヤ使用を制限しているレッスンに参加されている方は、ごちゃまぜにしてこちらの本のアーンミーヤ活用を覚えてしまわないよう多少注意が必要です。例えば「(彼は)キャンセルした -(私は)キャンセルする」は動詞派生形第4形の أَلْغَى – أُلْغِي [ アルガー – ウルギー ]ではなく、エジプト方言式の لَغَى – أَلْغِي [ ラガー – アルギ(ー) ] となっています。
付属音声教材
●エアコン تَكْيِيف [ takyīf ] [ タクイーフ ] の母音記号が本の中で全部 تَكيِّيف になっていますが、これについては先生のタイプミスなのか口語で「タキイーフ」のように聞こえることを反映した意図的なつづりなのかは不明です。ちなみに本ではタクイイフと読みガナがふってあります。
について
●付属CDは2枚。それとは別にaudiobook.jpのPC向けウェブサイトやモバイル端末で音声を再生したり一括ダウンロードしたりすることができます。本に記されたパスコードの数字を入力すると書籍が追加されコンテンツにアクセス可能となります。発売当初はaudiobook上での音声に不具合があり全体を通して音声レベルが下がり音が聞こえなくなる箇所がかなりありましたが、2019年9月下旬に解消されています。(発売後すぐに音声をダウンロードした方は差し替えられたファイルを再度入手する必要があります。)
●アラビア語ナレーターは男性1人です。標準的なアクセントで聞きやすいです。
- 山根ノーマンオマル氏 (パレスチナ/ヨルダン出身)
共著者である石垣先生の『CDブック はじめてのアラビア語』でも吹込みを担当。その縁でこちらにも出演されたものと思われます。ヨルダン川西岸地区ご出身らしくニュース記事ではヨルダン人として紹介されていることもあるようです。NHKラジオジャパンのアナウンサーやフリージャーナリストとして活動されていて、現在は中東Link社を経営。本書のDTPやデザインも担当されています。翻訳事業以外にもパレスチナの大学への留学仲介等も行っておられる模様。
●日本語での意味も読まれるのでリスニングのみでの学習も可能です。
感想
●街中を歩いている人に話しかける場合はその人が文語アラビア語で会話できるかどうかを確認せずにランダムで声をかけることになるため、ガチガチの標準語で話しかけるよりはこの本に出てくるぐらいのくだけた口語寄りアラビア語の方がソフトな印象を与えより良い反応を得られる可能性が高いです。そういう本を探している方にはぴったりだと思います。ただ、学校などに通っていて正確なフスハー文法でスピーチする用事やテストのために学習している人は要注意です。
●アラビア文字の紹介はさらっとしていて冒頭に表が載っている程度なので、アラビア語の書き方や読み方の基本は別の本で勉強する必要があります。そうした初歩を学習済みの方であれば問題なく読み終えることができる内容と難易度です。掲載単語は詳しめですが表現はとてもシンプルなので実用性は高いと思います。
●以前はフスハーでの旅行会話本というと読みガナが複雑すぎて使いづらい上にフスハー文がやや不自然なJTBの『ひとり歩きの会話集 アラビア語』ぐらいしか無かったのですが、それに比べると本書は自然な感じのアラビア語、字の大きさやレイアウトも見やすくて良いと思いました。
●堅いフスハーで話しかけて笑われたり「げっ!フスハー」とか言われたりすると旅行中困ってしまうので、これぐらいのブロークンな感じの方が観光客にとっては親切かもしれません。アーンミーヤまでは手が出せないけれど、ちょっとだけ口語を混ぜたフレンドリーなフスハーでいってみたい方の参考になる本だと思います。
(2022年2月修正)
単語でカンタン! 旅行アラビア語会話 著者: モハンマド・ファトヒー、石垣 聡子 出版社:Jリサーチ出版 |