まずはこれだけ アラビア語 (石原 忠佳/国際語学社)

まずはこれだけ アラビア語

★★☆☆☆
不正確なルビや文法に関わる重大部分での誤字脱字が多い
アルファベット・発音解説の後にすぐ単語集が来る構成で文法説明は短い
会話表現集は対話形式ではなくこちら側の発言のみ収録

著者:石原 忠佳
出版社:国際語学社

著者の先生について

1952年生まれ。スペイン国立グラナダ大学 哲文学部 アラビア語学科卒業、グラナダ大学 哲文学部 セム・ハム言語学研究科 博士課程修了。グラナダ大学や日本の複数大学の講師を経て創価大学 文学部 人間学科 教授。

専門は言語学(アラビア語方言学、ベルベル語)で、研究分野は北アフリカのアラビア語、ベルベル語、アル・アンダルス(イスラーム統治時代のスペイン アンダルシア地方)のアラビア語など。モロッコ・アラビア語やベルベル語の文法書を複数書かれています。同じ国際語学社から姉妹書『まずはこれだけ エジプト・アラビア語』を出版。

本の概要

●国際語学社という東京都豊島区にあった出版社から2008年発売。私が古本で入手した物は2008年の初版でした。出版社が倒産してしまっているので中古で探す必要があります。

●11~16ページがアルファベットとその読み方や母音記号の解説。その後すぐに単語集に入ります(17~34ページ)。35~64ページが構文編で基本文法の説明。65~112ページは実用編で、場面別の会話表現集と関連単語集が続きます。

●アルファベットは独立形と語中形の表が載っていますが書き順の図示はありません。

●構文編は名詞、代名詞、名詞格変化、冠詞、形容詞、動詞、目的格人称代名詞、名詞・形容詞の副詞化、動詞文と名詞文。日常会話ではまず使わない双数形の学習は省かれています。

●基本単語コーナーは人称代名詞、指示代名詞、疑問詞、家族、国と民族、職業、旅行、方角と位置、月の名前、曜日の言い方、数の数え方、時刻の言い方、時を表す言葉。姉妹書のエジプト方言版と同じジャンル分けです。

●実用編はあいさつ、ホテルで、電話と郵便、レストランで、交通、街で、ショッピング、両替、病気とケガ、ドライブ、の10場面。会話表現は対話方式ではなくこちら側のセリフのみ収録。相手方のせりふは殆ど載っていません。例えば病院に行くシーンだと、「どうしましたか?」とか「この薬を2錠ずつ飲んで下さい」といった医師側が言いそうなセリフは無く、患者側の「~です」「~が痛い」といったセリフが一文ずつ並べられている形です。ちなみにこの実用編の会話内容は姉妹書であるエジプト版とほぼ同じです。

表記

●LC方式のローマ字転写とカタカナルビのセットです。カタカナ表記は ث [ th ] にサではなくタ、ذ [ dh ] にザではなくダがあてられている ثَلَاثَة [ thalātha(h) ] [ サラーサ ] がタラータ、ذلِكَ [ dhālika ] [ ザーリカ ] がダーリカ、هذَا [ hādhā ] がハーダー、أُسْتَاذَة [ ’ustādha(h) ] がウスターダという読みガナになっています。

●アラビア語の実際の発音を無視した形のカタカナ促音表記が見られます。أَوَّل [ ’awwal ] [ アウワル ] はアッワル、أُمّ [ ’umm ] [ ウンム ] がウッムになっていたりとアラビア語の日本語表記に際して避けたほうが良いとされる書き方になっている箇所があるので、カタカナ部分だけを見ながら学習する方は特に要注意です。

●語末の格変化する部分の母音やニスバ形容詞 ـيّ(~人、~国のを示す語)語末のシャッダは書かれておらず ـي になっています。

●ローマ字転写については語末の母音を全て一律で削除してあるので、子音衝突(子音の3連続)が起きたままになっており息継ぎをしないで読む際に発音する補助母音の補足がありません。

誤字脱字、気になった点

●ا アリフにa、āの音価があるという説明になっています。この不正確な説明はこの本だけの特徴ではないので入門書としては時々見かける記述かと思います。

●アルファベット表の音価欄で本来重い音で下に点がつく ص ض ط ظ が点無しの軽い方の s d t z になってしまっています。ただすぐ左のアルファベット名の欄では下点のついた方がきちんと使われています。

●ハムザが台に乗らないのは語末だけと書かれていますが、実際には قِرَاءَة [ qirā’a(h) ] [ キラーア ](読むこと)のように語中でもハムザ単独で書かれているケースがあるので誤説明だと思います。

ظ は舌を歯にはさむ方の文語発音ではなくはさまない口語発音の方の ز [ z ] の強勢音と書かれています。ちなみに قك の強勢音とありますが通常の学習書でこういう説明をしている本は見かけたことがありません。実際のところ調音部位からして違っています。

●通常ハムザをつけて書くべきアリフにハムザが乗っていたり乗っていなかったりと表記がまちまちです。

●ローマ字転写で無母音になっているところに母音がはさまっている誤記がいくつか見受けられました。اَلسَّاعَةُ الْحَادِيَةَ عَشْرَةَ のような数字の文法説明の箇所で عَشْرَةَ につく記号がスクーンではなく母音記号ファトハになってしまい عَشَرَةَ と書かれています。副詞的用法で対格にする部分で主格の母音がついている箇所もありました。派生形動詞語頭の母音や未完了形動詞の第2語根につく母音が違う、أن の後に来る未完了形動詞の語末がファトハではなくスクーンになっている、派生形動詞第4形の命令形「もってこい」が أَحْضِرْ [ ’aḥdir ] [ アフディル ]ではなく اَحْضَرْ [ ’aḥdar ] [ アフダル ] になってしまっている、といったケースなども。

●長母音の後に定冠詞が来た場合に長母音部分が短くなるのですが、ローマ字転写やカタカナルビで長母音のままになっている箇所が複数ありました。

付属CD

●CDに吹き込みはNHKなどでおなじみのエバ・ハッサン先生です。

●吹き込みスピードは姉妹書のエジプト方言版に比べるとゆっくりです。学習書としてはごく一般的なスピードです。数字の خَمْسُمِئَةُ [ khamsumi’a(h) ] [ ハムスミア ] をフスハーのハムスミアではなくエジプト方言のフムスミアで読み上げている箇所などもありましたが、基本的に聴きやすくて初心者に優しいCDに仕上がっていると思います。

●アラビア語と日本語の両方が読み上げられるのでリスニング学習に便利だと感じました。

感想

●会話表現集が対話形式スキットではないのは実際の会話でのやり取りで相手がどんなことを言うのかという情報を欠いているということでもあるので、学習書としてはマイナスポイントであるように感じました。

●単語や会話文については「同じ意味で他のポピュラーな単語があるのにどうしてこちらのマイナーな言い回しを選んだのだろうか」と感じる語や、「少し違う言い回しの方がより自然なのでは?」といったフレーズが散見されました。

●●不正確な記述や読みガナが多いことに加え、アルファベット学習の後に長い単語集が続く点、会話表現を集めた実用編も単語集部分が長い点が気になりました。初学者にとっては単語暗記の負担が大きめの学習書かもしれません。アラビア語学習の教科書としておすすめできる度合いは低いというのが正直な感想です。

(2022年2月修正)

まずはこれだけ アラビア語 まずはこれだけ アラビア語
著者:石原 忠佳
出版社:国際語学社