ゲーム作品アラブ風キャラ名考察『原神』ナブ・マリカッタ編

検索件数増加を受けて新設したゲーム『原神』アラビア語由来ネーミング考察+雑談記事です。長いので冒頭に置いてある要旨や目次からの拾い読みをお願いします。

検索履歴からの逆検索でいくつかのワードについてまとめたものですがこのナブ・マリカッタは直近履歴で出てきて知ったワードなので考察を出す時期が適切でないかもしれません。読みたくない方はこのままページを閉じて回避していただければ幸いです。

このページの趣旨

ゲーム『原神』キャラクター名考察に関して2022年後半から当サイトを利用される方が多い状況が続いていたことからページを新設しました。ゲーム作品の名前考察向け情報提供記事としては『ゲーム作品アラブ風キャラ名考察『ツイステッドワンダーランド』編』に続く2本目ということになります。

管理人はゲームをやらない系おたくなので、検索履歴にあり「何だろう」と思い調べたものになります。Googleサーチコンソールの検索履歴にあったキーワードについてアラビア語・アラブ人名いう観点から雑談している記事となっています。作品から大きく外れた推察の防止目的から、HoYoLABや公式Twitterアカウント、ユーザーさんの感想・雑談ツイートを参照させていただきました。

制作会社により作られた原神オリジナル世界観に関する考察は含みません。実際にゲームを利用されている皆様の側で実際の中東情報と作品独自設定との区別や解釈補足をお願い致します。

ナブ

ナブは古代メソポタミアの男性神

ナブは古代メソポタミア(アッシリア、バビロニア)の神話に出てくる知恵・書記と大地に豊かな作物を茂らせる草木の男性神 Nabu(ナブ、ナブー)の名前が由来だという点については他の方の考察の通りだと思われます。

ナブ(ナブー)は後代に成立したアラビア語の نَبِيّ [ nabī(y) ] [ ナビー(ュ/ィ) ](預言者)という語にもつながる単語で、ネット上の各種ソースによると

アッカド語では「called(呼ばれた、呼ばれし(者))」「announcer(告げる者)」「authorised person(権威ある者)」といった意味がある

と紹介されています。「brilliant(輝く者)」という意味を紹介しているサイトなどもありますが、「called(呼ばれた、呼ばれし(者))」「announcer(告げる者)」の解釈を採用しているソースが多いとの印象です。

ちなみにアッカド語辞書検索によると

  • nabû(動詞的意味として)
    to invoke(a god)((神に)呼びかけ祈る)
    to nominate(指名する、任命する)
    to be named ; to be appointed(指名される、任命される)
  • nabû (形容詞的意味として)
    called(呼ばれた)
  • nebû(動詞的意味として)
    to shine , to glare , to be brilliant(輝く)
  • nebû(形容詞的意味として)
    shining , bright(輝いている、輝ける)

となっており、ナブ(ナブー)と読むかネブ(ネブー)と読むかで「呼ぶ」と「輝く」の両解釈に分かれるということのようです。

ネブカドネザル王やナボニドゥス王の名前も分解すると「ナブ・~」になる

世界史にも出てくる古代メソポタミア(新バビロニア)の王にネブカドネザルという名前の人物がいますが、これは元々アッカド語で「ナブ(ナブー)神よ、長子をお護り下さい」的な呼びかけの文言だったとか。

ナボニドゥス王の名前も同様で「ナブ(ナブー)神は高きにおわす」「ナブ(ナブー)神は称賛される」といった意味だったとのこと。

そのためナブ・マリカッタという名前を見ると「ナブ(ナブー)神よマリカッタ」もしくは「ナブ(ナブー)神はマリカッタ」という風についつい見てしまいがちです。

マリカッタ

後半のマリカッタもナブ(ナブー)と同じアッカド語で揃えてあるかというとどうやらそうでもなさそうです。アッカド語関連のソースに Malikata は見当たらないので、もう少し視点を広げて探していきたいと思います。

アラビア語由来の人名Malikataとして見る場合

アラビア語の名詞マリカ(女王)と関係はあるか?

SNSなどではマリカッタ部分がアラビア語の مَلِكَة [ malika(h) ] [ マリカ(フ/ハ) ](女王;王の妻)から来ているという考察がなされているらしいのですが、アラビア語とアラブ人名をやっている立場からすると違うように感じられます。

というのもそのまま読むとマリカッタとカタカナ化しがちな Malikata(Malikatta)というイスラミックネームがあり、そちらの方が女王という意味のマリカよりもぴったり一致するためです。

この Malikata(Malikatta)はそうメジャーではないのですが男性名として実在する名前で、アラビア文字でつづると مَالِك عَطَاء [ mālik ‘aṭā’ ] [ マーリク・アター(ッ) ] に。口語風に最後の ء を落とした مالك عطا と書かれていることもあります。

*パキスタン パンジャーブ(パンジャブ)の名士で馬術競技テントペギング王者でもあった Malik Ata Muhammad Khan 氏については Malik Ata(Malikata、Malikatta)部分は現地語で ملک عطا とつづるとのこと。

アラビア語由来男性名MalikataはMalikとAtaをくっつけたもの

前半のマーリクは مَلِك [ malik ] [ マリク ](王)とは別の語で、「所有者、統べる者」という意味の能動分詞ると مَالِك [ mālik ] [ マーリク ] です。英字表記にすると Malik と Malik で全く同じになってしまうことが多いため名前考察の際に間違える人がとても多く、元のアラビア文字表記を見て確認しないと区別できないので混同しやすいです。

後半の عَطَاء [ ‘aṭā’ ] [ アター(ゥ/ッ) ] は「贈り物」という意味の名詞で、アッラー(イスラームの唯一神)、神といった語と組み合わせると神からの授かり者、神からの恩恵といったニュアンスが加わります。

前半のマーリクと後半のアターを組み合わせることで「贈り物を統べる者」つまりは「恩恵を与える主、恵みを司る者」となり、恵み深さ・寛大さを印象づける熟語として理解可能です。

これの英字表記は Maalik Ataa、Malik Ataa、Malik Ata、Malikata を始め色々なパターンがあるのですが、元のアラビア語ではアッターと発音するわけでもないのに Atta と t を2個重ねる方式が存在します。これが Malik Atta やつなげ書きした Malikatta となります。

アラビア語の通りに発音するとこんな英字表記でもマリク・アッタ、マリカッタではなくマーリク・アターやマーリクアターになります。話し言葉風の発音だと最後の「ー」が短く聞こえてマーリク・アタやマーリクアタに近くなるものの、マリカッタとは読みません。

Malikata のような t が1個のままの英字表記でもアラビア語的にはマリカタ、マリカッタとは発音しないです。

Ataの前に定冠詞をつけると…

パキスタンなどのイスラーム地域で男性名として使われることもある مَالِك عَطَاء [ mālik ‘aṭā’ ] [ マーリク・アター(ッ) ](マーリク・アター、口語風に最後の ء を落とした مالك عطا 表記あり)ですが、後半の عَطَاء [ ‘aṭā’ ] [ アター(ゥ/ッ) ] (贈り物)に(定)冠詞 اَلْـ [ ’al- ] [ アル= ](al-)をつけた

مَالِك الْعَطَاءِ
[ māliku-l-‘aṭā’ ] [ マーリク・ル=アター(ッ) ]
マーリク・アル=アター、マーリクルアター

にすると唯一神アッラーの二つ名として使われることが多いです。意味としては「恩恵を与える主(たる神)」的な感じになるかと思います。神に向けた祈りの文言などで見かけることがある熟語になります。

Malikataは男性形の人名

ちなみにアラビア語には男性形と女性形の区別があり、Malik Ata(Malikata)は男性に命名する時の形です。

男性か女性かによって前半部分の変形を行うため、アラビア語のルール通りにネーミングをするなら

  • 男性キャラなら
    مَالِك عَطَاء
    [ mālik ‘aṭā’ ] [ マーリク・アター(ッ) ]
    マーリク・アター
  • 女性キャラなら
    مَالِكَةُ  عَطَاء
    [ mālikat(u) ‘aṭā’ ] [ マーリカ(トゥ)・アター(ッ) ]
    マーリカト・アター、マーリカトゥアター、マーリカ・アター

と使い分ける必要があり女性に男性名がついていることになってしまうのですが、仮にこれが正解の一部だったとしてもゲーム作品なので「女性キャラが実は男性だった」的なサプライズ無しで命名したものと推察されます。

ちょっと無茶をした解釈

アラビア語の「女王」説でいく場合

ちなみに名詞の مَلِكَة [ malika(h) ] [ マリカ(フ/ハ) ](女王;王の妻)は文語アラビア語のていねいな発音をすると末尾の母音などを全部読む形になるので

  • 非限定・主格:مَلِكَةٌ [ malikatun ] [ マリカトゥン ](とある女王は)
  • 非限定・属格:مَلِكَةٍ [ malikatin ] [ マリカティン ](とある女王の)
  • 非限定・対格:مَلِكَةً [ malikatan ] [ マリカタン ](とある女王を)

となります。これがマリカという女性名として使われる場合、文法的に限定される場合はまた発音が違っていて

  • 限定・主格:مَلِكَةُ [ malikatu ] [ マリカトゥ ](女王は)
  • 限定・属格:مَلِكَةِ [ malikati ] [ マリカティ ](女王の)
  • 限定・対格:مَلِكَةَ [ malikata ] [ マリカタ ](女王を)

になり、最後の مَلِكَةَ [ malikata ] [ マリカタ ](女王を)が Nabu Malikata(ナブ・マリカッタ)の後半部分と一致しますが、キャラクター名の一部に含めるには不自然な語形・格となっています。

アラビア語の名前としては مَلِكَة(女王;王の妻)の通常読み飛ばす語尾の t の音を読んだ上に対格(動詞の目的語である状態などを示す)の母音 a までつけて Malikata(マリカタ)にして、しかも小さい「ッ」までつけてマリカッタと読むようなことはしません。アラブ人名で女王という意味のネーミングは英字表記だと文語発音準拠のものは Malika、Malikah のどちらかになります。

そのためアラビア語の「女王」が語源だとするのは違和感が強く、制作会社側がアラビア語の文法を間違えてネーミングしたと理解しない限り不自然だという印象です。

アラビア語の賛美歌です。聖母マリアを讃える歌なのですが、題名 يَا مَلِكَةَ السَّمَاءِ [ yā malikata-s-samā’ ] [ ヤー・マリカタ・ッ=サマー(ッ) ](ああ天の女王様)のように 名詞 مَلِكَة [ malika(h) ] [ マリカ(フ/ハ) ](女王;王の妻)が呼びかけの語と別の名詞にはさまれ「ああ、~の女王よ」とケースでは مَلِكَةَ [ malikata ] [ マリカタ ](女王を)という語形で malikata とはっきり発音に現れます。

実在するアラビア語由来人名を無視して主語+述語として分解すると

Malikata を実在するイスラーム教徒男性名とは切り離して考えた場合、Malik+ata に切り分けて مَلِك [ malik ] [ マリク ]((男の)王)+ أَتَى [ ’atā ] [ アター ]((彼は)来た)と分解して解釈することも一応可能です。

ただ構文、人名としては不自然なのでこれが正解な可能性は低いかもしれません。

アラビア語以前の言語として見た場合

Malikata(マリカッタ)の形とは完全一致しませんが、アラビア語の مَالِك عَطَاء [ mālik ‘aṭā’ ] [ マーリク・アター(ッ) ](贈り物の主、恵みを統べる者)に含まれる مَالِك [ mālik ] [ マーリク ](所有者、統べる者)やよく似た語 مَلِك [ malik ] [ マリク ]((男の)王)はアラビア語よりも古い中東のセム系諸語とリンクしています。

アラビア語ではクルアーン(コーラン)の文字化と記録が行われた頃はまだ長母音 ā(アー)のつづりが完全に整備されておらず、ملك(厳密には ـك の中に書かれた ء に似たパーツは当時はありませんでした)とつづって [ mālik ] [ マーリク ](所有者、統べる者)と مَلِك [ malik ] [ マリク ]((男の)王)のどちらなのかを文脈から判断して読み分けていました。

ギルガメシュ叙事詩のような古代メソポタミアの言語では maliku / malku(マリク)が「」、māliku(マーリク)が「助言者、相談役」といった意味で使われていたとか。古典アラビア語同様つづりは全く一緒で意味に応じて発音を変えていたようです。

アッシリア人によって今でも使われているシリア語では…

Malikata 部分はアラビア語やアッカド語にある単独の単語とは違うような気もしたのでもう少し調べてみました。

現代のアッシリア人が使っているシリア語のオンライン辞典『English to Assyrian Dictionary』によると、東シリア語では女王はアラビア語などと同じ響きを共有する ܡܲܠܸܟܬܵܐ(発音は ma ‘ lik ta:)だとか。発音記号からすると「マリクター」でしょうか。

こちらも Malikata と完全一致するわけではないのでシリア語という線は薄そうです。

アラビア半島付近の諸言語はこんな感じで似通っているので元ネタを特定しづらいのですが、古代メソポタミア神話関連に全く同じつづりの Malikata も見つからず完全一致するのがアラビア語由来の男性名 Malikata(Malik Ata)ぐらいしか思いつかない、原神は実在する中東言語での発音に「a」が加えてあるようだ、というのが今のところの調査結果となっています。

Malikatta(マリカッタ)ではなく「Mlkta」で探してみると…

サーサーン朝女王のアラム語称号MLKTA

『ARAMAIC TRACES THROUGH COINS IN THE IRANIAN WORLD』
https://skhodoznavstvo.org.ua/en/Archive/2018/82/7

アラム語とイランに関する学術記事より。

p.125の下方

One can find a rare use of <MLKTA> “queen” as a feminine title in Sāsānid kingdom.
サーサーン朝の女王の称号としてまれに<MLKTA>が使われているのがわかる。

中世のペルシアとMLKTA

『Encyclopaedia Iranica』
https://www.iranicaonline.org/articles/banbisn-middle-persian-queen

項目:BĀNBIŠN

BĀNBIŠN, Middle Persian “queen.” The Pahlavi ideogram for bānbišn is MLKTA

MLKTAはイデオグラム(表意文字)のためマリカッタと読むのではなく全然違う発音 /bāmbišn/ をしていたようです。当方パフラヴィー語の学習経験が皆無なので自信がありませんが、バーンビシュンとカタカナ化すれば良いでしょうか…

原神では字で書いてあるのに発音は全く違ったらしい古いペルシア語の対応関係は採用せず、直接 MLKTA にマリカッタという発音をあてたのかもしれません。

ただし MLKTAに母音を補って Malikata としてかつマリカッタと読む部分はベースとなった可能性が高いアラム語とは違う原神オリジナル読みガナのようで、Malikata で検索しても中東関係の歴史に関する記述といった元ネタらしきものを見つけられないのもそのためだと思います。

アラビア語では l の後に母音 i を補って「女王」という単語の前半が malika~(マリカ~)という響きになるのですが、それ以外の姉妹言語だと i は補わず mal~(マル~)という表記を当てるような発音(マルクタ、マルクターの類)になる模様です。

アナーヒター神とMLKTA

『騎馬虎狩文鍍金銀製皿の王侯の冠考 – 中央アジアにおけるアナーヒター女神信仰の浸透』
https://kanazawa-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=6517&item_no=1&attribute_id=26&file_no=1

p.4 アナーヒター女神の王冠に関する話題の部分

パフラヴィー文字銘に詳しい山内和也氏に尋ねたところ、MROTA ではなく MRKTA と読むほうが適切であろうという。さらにMRKTA なる言葉は MLKTA というアラム語のイデオグラム (ideogram) と同じで、ペルシア語の”bâmbishn”(=queen)ないし”bânug”(=dame)を意味すると教示された(MacKenzie 1971,p.17; Gignoux/Gyselen 1989, p.879)。 ただし、 MROTA にせよ MRKTA にせよ、これらはアナーヒター女神の称号にすぎず、この女性がアナーヒター女神像であることには変わりない。

原神には既にペルシア神話に出てくるアナーヒター女神を由来に持つキャラ名だというナヒーダが登場しているということですが、マリカッタの名前を示すという Mlkta がアナーヒター女神とのつながりを意識した上で「女王(MLKTA)」とネーミングされたかは不明です。

原神ではイランにまつわるネーミングが非常に多いので、アナーヒター女神とは別の線で「女王」という称号を調べてアナーヒター女神を意図せず命名した可能性もあるかと思います。

当方の推測~おそらくマリカッタはアラビア語ではなくアラム語

これらをふまえると

  • マリカッタはアラビア語ではなく、それよりももっと昔に中東で広く用いられていたアラム語などの古い言語における「女王」が由来。ただし発音は「マリカッタ」と少し違う。
  • 原神で数多く命名ネタとして使われている古代ペルシア(イラン)では、アラム語に準拠した MLKTA というつづりで実際の発音は /bāmbišn/(バーンビシュン)と全く違うものだったが、ゲーム内では「マリカッタ」という読みガナになっている。
  • MLKTA を「女王」という意味で「バーンビシュン」と読んでいたイスラーム以前のペルシアについては、中期ペルシア語のパフラヴィー語辞典に nab は grandson(孫)との記載あり。「孫女王」の可能性がさすがに無さそうなので、ナブ・マリカッタの前半・後半部分はペルシア(イラン)由来要素だけで構成されているのではなく、ナブ部分がアッカド語・マリカッタ部分がアラム語といった風にそれぞれ別の言語である可能性が高い。

というのが当方の推測となります。

ちなみにアラビア語既習者の方が「あ、アラビア語のマリカ(女王)だ!」と感じられたのは、アラビア語がアラム語などの流れをくんでおり同じ響きで同じ意味の単語を大量に持っているためだと思います。アラビア語は古いアラビア半島一帯を取り囲んでいた各言語の痕跡が多数残っている言語でイスラームの宗教用語にもその痕跡が見られることで有名です。

ナブ・マリカッタ

和訳する時の語順は「ナブのマリカッタ」「マリカッタのナブ」どちらか?

上で考察したナブとマリカッタ。並んでいる通りに解釈すれば「ナブ女王」という具合に「メソポタミア神話の男性神名称(アッカド語?)+女王の称号(アラム語+パフラヴィー語?)」と妙な組み合わせになってしまうのですが、中東言語はこういう組み合わせだと和訳する時に語順が逆になったりするので念のため確認しておきたいと思います。

『Images and Monuments of Near Eastern Dynasts, 100 BC – AD 100』
著者:Andreas J. M. Kropp · 2013
出版元:OUP Oxford

p.195 王家の墓に関する記述

‘Queen Ṣaddan (ṢDN MLKTA)’ and ‘Queen Ṣaddah (ṢDH MLKTH)’

アラム語で書かれていた女王の名前で、◯◯ MLKTA という語順で「◯◯女王」という意味になるようです。

この方式だとナブ・マリカッタは「ナブ女王」となり、メソポタミアの男性神ナブ(ナブー)の名前を持った女王という意味に。

『Encyclopaedia Iranica』
https://www.iranicaonline.org/articles/banbisn-middle-persian-queen

項目:BĀNBIŠN

There are also Xwarranzēm, the šahr bānbišn “queen of the empire” (MPers. l. 25), Šābuhrduxtag, the Sagān bānbišn “queen of Sakas” (l. 25), Stahryād “the queen” (l. 26), and Dēnak, the Mēšān bānbišn “queen of Mesene” (l. 30)

古のペルシアでも「◯◯ MLKTA(= bānbišn)」で「◯◯(の)女王」という語順になるので、実在した言語に従うと「ナブ・マリカッタ」は「ナブ女王」「ナブの女王」という解釈とするのが適切なようです。

ナブ女王女王になり得る「ナブ・マリカッタ女王」という呼び名

そうするとマリカッタの方が称号でナブが女王の名前の本体になるわけですが、「ナブ・マリカッタ女王」という呼ぶとおそらく「ナブ女王女王」、「マリカッタ女王」で「女王女王」という意味になり、単に「マリカッタ」と呼ぶと「女王」という肩書き・称号部分のみで呼んでいることになるかと思います。

「ナブ女王女王(ナブ・マリカッタ女王)」「女王女王(マリカッタ女王)」ではちょっと不自然なので、制作会社は何か他のことを考えてナブ・マリカッタと命名した可能性を考える必要があるかもしれません。

またナブについては、実在した男性神の呼び名としてではなく語源「呼ぶ者、告げる者」という意味と「天からの言葉を預かり告げる者」としての役割とを結びつけて解釈する余地もありそうです。

ナブ・マリカッタで「輝ける女王」と解釈可能かどうか

ネットではナブ・マリカッタが「輝ける女王」だという意味だという考察を複数見かけます。しかし中東の言語は語順が逆であるためにそうした解釈ができないことが多いです。

実在する元ネタ言語では「女王・輝ける」の順になるのでナブ・マリカッタでは「輝ける女王」にならないという問題

ナブ(ナブー)神の名前の由来の解釈を「輝ける(者)」とする場合、マリカッタ(女王)という称号の前に形容詞的な意味の nebû輝いている、輝ける)を置く語順「ナブ・マリカッタ」で「輝ける女王」になるかどうか確認する必要が出てきます。

アラビア語もそうなのですが「輝ける女王」という表現の場合、「ナブ・マリカッタ」では「輝ける女王」という意味にならず「マリカッタ・ナブ」のような順番が普通だという具合に、日本語や英語と「~な◯◯」という語順が逆になる可能性が高いためです。

アラビア語などはまさにその典型例で、「美しい毒蛇」というネーミングをしたい場合、「美しい+毒蛇」ではなく「毒蛇+美しい」という日本語と逆に並べる必要があります。

実際のアッカド語表現から

ナブ(ナブー)神の名前はアッカド語なので、実際のアッカド語で「ナブ・マリカッタ」という語順で「輝ける女王」になるかを調べてみたいと思います。

マルドゥク(マルドゥーク)神に捧げるアッカド語表現について論じた『Babylonian Prayers to Marduk』(Takayoshi Oshima著、Mohr Siebrek Ek刊)には

  • šamšu nebû Bright sun
    • šamšu(シャムシュ)太陽
    • nebû(ネブー)輝ける

とあり「シャムシュ・ネブー」つまりは「太陽+輝ける」という順番で「輝く太陽、明るく輝ける太陽」という意味になるらしいことがわかります。

他にも

  • kakkabu nebû(カッカブ・ネブー)輝ける星
    • kakkabu(カッカブ)星
    • nebû(ネブー)輝ける

などがあるそうで、ナブ(ナブー)神を崇めていたアッカド語に忠実な解釈をする場合は「ナブ・マリカッタ」で「輝ける女王」という訳にするのは語順が逆になるため難しそうだという気がしました。

アッカド語も「~な◯◯」は日本語式の「形容詞+名詞」と逆の後置修飾「名詞+形容詞」

調べてみたところアッカド語文法もアラビア語と同じ「名詞+形容詞」という後置修飾だそうで、「輝ける女王」という意味にするには「女王+輝ける」という日本語とは真逆の語順にする必要がある模様です。

しかもアラビア語同様、形容詞には男性形と女性形とがあるとのこと。女性である女王という意味として設定しているマリカッタという語に組み合わせてあるナブが男性形のままという文法的にあべこべな組み合わせとなっており、実際のアッカド語やアラム語として適切な「輝ける女王」という表現にはなっていないであろうことが推測されます。

古いペルシア語における女王の称号と語順

古いペルシアでの称号「◯◯ MLKTA(= bānbišn)」が「◯◯(の)女王」という語順・訳になるらしいことと合わせると、「輝けるものの女王」とか「輝けるものたるナブ女王」とかそんな感じの解釈にするのが実在する中東言語的には無難な考察かもしれません。

原神におけるナブ・マリカッタの実際の意味は?

上の考察は制作会社が意図した意味と一致しているとは限らないので、今後公表される具体的な解説や名前の訳などがゲーム的には公式の正解になるかと思います。

運営的には実在するアッカド語や古いペルシア語での語順は特に気にしておらず、ネット考察と同じ発想で「輝ける女王」という設定をした可能性があり、原神的にはそれで正しいことも考えられるためです。

似た響き持つ単語「天使」

アラビア語やそれ以前の姉妹言語では「m – l – k」という文字の並び順を1セットにした語根という単位を共有しており、「王」やその女性形である「女王」と似た響きを持つ単語を持っています。

アラビア語に限らずアラム語、ヘブライ語などには「m – l – k」の文字セットから作られる「王」「女王」に似た響きの語「天使」があり、ナブ・マリカッタの名前考察でも言及している方がいらっしゃる模様です。

アラビア語では

  • مَلَكٌ
    語末の母音まで全部読む文語発音:[ malakun ] [ マラクン ]
    語末の母音を省略した文語の休止形発音:[ malak ] [ マラク ]
    【単数・主格】(1人の・1体の)天使(は/が)
  • مَلَاكٌ
    語末の母音まで全部読む文語発音:[ malākun ] [ マラークン ]
    語末の母音を省略した文語の休止形発音: [ malāk ] [ マラーク ]
    【単数・主格】(1人の・1体の)天使(は/が)
  • مَلَائِكَةٌ
    語末の母音まで全部読む文語発音:[ malā’ikatun ] [ マラーイカトゥン ]
    語末の母音を省略した文語の休止形発音:[ malā’ika(h) ] [ マラーイカ(フ/ハ) ]
    【複数・主格】天使たち(は/が)
  • مَلَائِكُ
    語末の母音まで全部読む文語発音:[ malā’iku ] [ マラーイク ]
    語末の母音を省略した文語の休止形発音:[ malā’ik] [ マラーイク ]
    【複数・主格】天使たち(は/が)

という単数・複数それぞれの語形を持っていますが、元々は أ ل ك(’ – l – k)もしくは ل أ ك(l – ’ – k)という音のセット(語根)だったものが発音変化して م ل ك(m – l – k)の音だけ残ったりしたと解釈されており、アラビア語では مَلِك [ malik ] [ マリク ]((男の)王)や مَلِكَة [ malika(h) ] [ マリカ(フ/ハ) ](女王;王の妻)との間に直接の意味的な関係性があるという考えは特にありません。

色々な資料と照らし合わせると、制作会社が2つの別々の概念を独自にリンクさせない限り「ナブ・マリカッタ」のマリカッタが天使という意味として解釈できる可能性は非常に低いとの印象です。

中東における巨人伝説

ゲームにおいてナブ・マリカッタ女王つながりで巨人の話が出てくるとのこと。

イスラームの預言者フードと巨人族の滅亡物語

巨人伝説はクルアーン(コーラン)の中で唯一神アッラー自身が預言者ムハンマドを通じて語ったことから中東イスラーム世界の宗教的事実として存在しているため大変有名で、原神の設定もそちらがモチーフになっているのかもしれません。

イスラームの教えでは、諸々の預言者がこの世に遣わされていた時代に今の人間よりも大きな巨人族が中東に暮らしており神の怒りが落ちて滅亡したとされています。

それによるとアラブの地にはかつて長身で長命な巨人族が住んでいて、そのうちのひとつがアード族と呼ばれる一族でした。彼らはそびえたつ高い建物を作り人々を酷使し圧政の上に成り立つ栄華を誇っていましたが、預言者フードによる神罰への警告を無視。異常な暴風に見舞われ滅亡してしまいます。

現地では神が下した言葉の中に出てくるストーリーということで敬虔な人はちゃんと信じていて、上のような海外で出回っている画像を使った「ビデオや写真はフェイクか映像かももしれないけれど、神様がクルアーン(コーラン)で語っているから巨人族がいたこと自体は本当だと思う」といった投稿動画も出回っています。

アラブ部族の血筋については途絶えた系統と現存する系統とに区別されるのですが、途絶えたアラブとして含められているのがこうした神の怒りに触れ滅びた一族となっています。

巨人族と砂漠のアトランティス円柱都市イラム伝説

上記のアード族は非常に高い円柱を誇る大建設物を作った巨人族でしたが、『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』にも登場する円柱都市イラム(円柱のイラム)伝説と関連づけられており彼らが住んでいた地は「砂漠のアトランティス」とも呼ばれています。

詳細:アード族と預言者フード、砂漠のアトランティス円柱都市イラム伝説

バベルの塔の物語に似ているこのアード族滅亡物語ですが、日本の東映アニメーションがサウジアラビア王太子(皇太子)直属アニメスタジオと共同制作した『ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語』にも登場。巨人たちを描いたシーンは公式グッズにもなりました。

またラヴクラフト作品のクトゥルフ神話に出てくる無名都市がこのアード族の円柱都市イラムだとされており、作中ではアイレム(イレム)とそのままもしくはほぼそのままのネーミングとなっています。