検索件数増加を受けて新設したゲーム『原神』アラビア語由来ネーミング考察+雑談記事です。長いので冒頭に置いてある要旨や目次からの拾い読みをお願いします。
検索履歴からの逆検索でいくつかのワードについてまとめたものですが直近履歴ということで情報を出す時期が適切でない可能性があります。ページ内検索で見たくない情報があった場合は自己判断で回避していただければ幸いです。
このページの趣旨
ゲーム『原神』キャラクター名考察に関して2022年後半から当サイトを利用される方が多い状況が続いていたことからページを新設しました。ゲーム作品の名前考察向け情報提供記事としては『ゲーム作品アラブ風キャラ名考察『ツイステッドワンダーランド』編』に続く2本目ということになります。
管理人はゲームをやらない系おたくなので、Googleサーチコンソールの検索履歴にあったキーワードについてアラビア語・アラブ人名いう観点から雑談している記事となっています。作品から大きく外れた推察の防止目的から、HoYoLABや公式Twitterアカウント、ユーザーさんの感想・雑談ツイートを参照させていただきました。
アラビア語由来ネーミングに関する雑談となっていますので、ゲームを利用されている皆様の側で実際の中東情報と作品独自設定との区別や解釈補足をお願い致します。
アラビア語とアズィーフ(アジフ)
クトゥルフ神話のネクロノミコン名称は実在するアラビア語単語
アラブ・イスラーム世界では本当に神の声を聞くことができた預言者は別格で、それ以外の常人が聞く声は悪魔のささやきだったり、正気を失ってしまった人の幻聴ということになります。
昔の人は風が吹いた時に砂が出す鳴くような音、吹きすさぶ風や遠くでゴロゴロする雷の轟く響きを人外・精霊的存在「ジン」のうめき声だと信じたりもしたようです。
そうしたジンの鳴き声は「風で砂が鳴く音」「弓のうなり音」「遠雷の轟き」などを意味する名詞から取って عَزِيف [ ‘azīf ] [ アズィーフ ] と呼ばれていたのですが、これがハワード・フィリップス・ラヴクラフト作クトゥルフ神話に出てくる魔導書『アル・アジフ』(ネクロノミコン)ネーミングの由来となったのだとか。
アズィーフ(アジフ)と砂漠の不気味な響きとの連想
原神にも「アル・アジフの砂」というエリアがあるとのこと。クトゥルフ神話との関係性はともかくとして、アラビア語をやっている立場からすると「アル・アジフの砂」と聞いた場合鳴き砂で有名な少々オカルトチックな地域なのだろうという推測をしやすいネーミングとなっています。
アラビア語では「アル・アジフ(アル・アズィーフ)」単体で「(風で砂が立てる音や遠雷のゴロゴロ言う音がそのように聞こえたということでアラブ人らが信じていた)ジンの鳴き声・うめき声」を意味するので、魔物に関連したスポットなのではという印象を与える命名だという感じがします。
アラブ世界におけるジン信仰
ジンは人とも悪魔・天使とも違う存在
なおジン(アニメ、コミック類ではジンニーの名称で出てくることもしばしば)はイスラームにおいては邪霊とは違っています。精霊のような人外のような、悪魔とも天使とも違う存在で良いジンもいれば悪いジンもいるので、ジン=邪霊とはなりません。人の怨霊がジンの元という考えも特に無いです。
アラブ世界がイスラーム化してからは石や草木が御神体となる八百万の神的な多神教から徹底的な一神教に切り替わったため、世界に存在する全ての天体もジンも全て唯一神アッラーの被造物という扱いになりました。そのためジンを司る神のようなものも存在しません。
ジンとジンニーの違い
アニメやゲームにもアラビア風のジンが出てくることがしばしばありますが、ジンニーと呼ばれていることも多いかと思います。
ジンとジンニーはどちらもアラブ・イスラームにおける精霊的存在・人外を指しているのですが、以下のような違いがあります。
- جِنٌّ
語末の母音まで全部読む発音:[ jinnun ] [ ジンヌン ]
日常会話発音:[ jinn ] [ ジン ]
【総称・集合体としての】ジン、ジン全般 - جِنِّيٌّ
語末の母音まで全部読む発音:[ jinnīyun ] [ ジンニーユン ]
日常会話発音:[ jinnī ] [ ジンニー ]
【男性・単数】(男性の)ジン(1人・1頭) - جِنِّيَّةٌ
語末の母音まで全部読む発音:[ jinnīyatun ] [ ジンニーヤトゥン ]
日常会話発音:[ jinnīya(h) ] [ ジンニーヤ ]
【女性・単数】(女性の)ジン(1人・1頭)
つまり、ジンという存在についてまとめて指す時や複数集まっている時には「ジン」を使い、単体でいる場合には性別に応じて男のジンを「ジンニー」、女のジンを「ジンニーヤ」と呼んで区別しています。
そのためアラビア語的に厳密に言うと、ジンニーたち・ジンニーの軍勢は「ジン」ということになります。
ジンに取り憑かれた人~アラブ・イスラーム世界における発狂
アラビア語では発狂してしまった人をマジュヌーンと呼ぶのですが、元々の意味は「ジンに取り憑かれた(者)」という意味の受動分詞(~された(人・物)という語形)です。
『ライラーとマジュヌーン(ライラとマジュヌーン)』という古典的悲恋物語でヒロインのライラーに恋したカイスがマジュヌーンと呼ばれたのも、思い恋の病で取り憑かれたようになり普段通りの生活がままらなくなったことが理由でした。
アラブ世界では何らかの異常な言動をジンの仕業と考える人が現代でもいるのですが、それにつけこんだジン退治詐欺も存在します。日本でいうところの除霊詐欺に相当し、現地で横行している非イスラーム的民間信仰に基づく黒魔術や呪いを解く仕事と並んで一定の需要があり被害者がなかなか減らないと言われています。
アラブ世界に古くからあったジンへの恐怖心
このジンですが、アラブ世界ではイスラーム以前から民間信仰として信じられていたと言われています。
アラビア半島南部には非常に深い巨大な井戸のような穴・洞窟 بئر برهوت [bi’r barahūt/barhūt/burhūt] [ ビィルとビッルの中間のような発音・バラフート/バルフート/ブルフート ](バラフートの井戸)があります。
預言者ムハンマドの言行に関する記録集であるハディースにも登場するというバラフートの井戸は1400年以上前から同地に存在。名前の由来については「古代イエメン王国であるヒムヤルの言葉でジンの地・ジンの街を意味する」と説明されていたりもします。
上の動画はイエメンのYouTuberがバラフートの井戸をドローン撮影したもので、地元の人が嫌がって入ろうとしない井戸を遠隔操作で探索。壁面から地下水がしみ出し、色々な生物が住まう内部を紹介しています。
バラフートの井戸にはいくつかの伝説があり「(イスラームにおける最後の審判で神罰を受け地獄に落とされる対象となる)不信仰者と偽善者たちの霊が住んでいる」「古代イエメンのヒムヤル王国を統治していた王が財宝を隠すためジンらに穴を掘らせて作らせたもので、王の死後それらの人外・精霊的存在が住み着いた」とも言われるため動画の撮影者も怖がりながら作業をしています。
このようにジンはアラブ世界において今でもその存在感を保っており、砂漠に響く謎の轟音やヴーとうなるような不気味な音を怖がることで生まれた عَزِيف [ ‘azīf ] [ アズィーフ ] の「人の鳴き声・吠え声」という語義の根底にあった恐怖感をうかがい知ることができるように思います。
ジンと人間との通婚
最初の人間・預言者アーダム(聖書のアダムに相当)をテーマにしたイスラームアニメです。ここにはジンたちが大量に出てくるのですが、人間とも違う種族・存在ということでジン同士が通婚したり仲間割れしたりしている様子が描かれています。
通常は人間との間にハーフが生まれることは無いのですが、古代イエメンの王朝が周辺諸国の奪い合いとキリスト教 vs ユダヤ教宗教抗争で荒廃した時代にサーサーン朝の支援を得て王座奪還を狙った سَيْفُ بْنُ ذِي يَزَن [ sayf/saif bnu dhī yazan ] [ サイフ・ブヌ・ズィー・ヤザン ](サイフ・イブン・ズィー・ヤザン)という人物は父と女のジン(精霊的存在・人外)との間に生まれたという説もあります。
また聖書に出てくるシバの女王はアラビア語では بِلْقِيس [ bilqīs ] [ ビルキース ](バルキースという発音もあり)という本名だったと言われており、彼女も母親がジン(精霊的存在・人外)だったという言い伝えられています。
このようにアラビア半島では通常の理解では説明がつかない現象や人物をジンとからめる文化が古くからあったことがうかがえます。
イエメン人が加わる形でシリアにて制作された大河ドラマ『サイフ・イブン・ズィー・ヤザン』。サイフがジンの血を引いているという伝承を元にしているらしく、ジンやジンの財宝といった話が出てきます。
この13話に出てくるジンのように、アラブ世界の人は日本の赤鬼・青鬼のように人間とは違った肌色だという認識をされています。基本色としては日本の鬼と同じで赤や青が多い印象です。