アラブ人の名前のしくみ~肩書き・敬称(3)国家元首・政治家

編集途中ですが公開しながら書き換えを行っています。ご注意ください。

国王

英語のHis Majesty [ H.M. / HM ](陛下)に対応する敬称のアラビア語版になります。

アラブ諸国の場合外国語で国王(King)と書かれている人物のアラビア語での肩書きが同一ではないので、別々に確認したいと思います。日本語で国王と訳されるアラブの元首はマリクとスルターンです。

国王(King)と王国(Kingdom)

アラビア語-日本語-英語表記

اَلْمَلِكُ
[ ’al-malik ] [ アル=マリク ]
王、国王(the King)

近現代アラブ世界において、英語のKingに対応する語として王権を持つ元首が名乗っている肩書きです。マリクと呼ばれる国王が統治する王国はアラビア語でマムラカと言いますが、アラブ世界において英語でKingdomと訳される国家は以下の通りです。

اَلْمَمْلَكَة
[ ’al-mamlaka(h) ] [ アル=マムラカ ]
王国(the Kingdom)

アラブ世界にあるKingdom

اَلْمَمْلَكَةُ الْعَرَبِيَّةُ السُّعُودِيَّةُ
[ ’al-mamlakatu-l-‘arabīyatu-s-su‘ūdīya(h) ] [ アル=マムラカトゥ・ル=アラビーヤトゥ・ッ=サウーディーヤ ]
サウジアラビア王国、サウディアラビア王国
Kingdom of Saudi Arabia

口語的な読み方だとター・マルブータ部分をスキップして [ アル=マムラカ・ル=アラビーヤ・ッ=スウーディーヤ ] となることがしばしばあります。

学術書だと-īyaではなく-iyyaと書いてあったりするのですが、実際の固有名詞の英字表記では-īya、-īyahが圧倒的に多いため、当サイトではそちらを採用しています。

مَمْلَكَةُ الْبَحْرَيْنِ
[ mamlakatu-l-baḥrayn/baḥrain ] [ マムラカトゥ・ル=バフライン/バハライン ]
バーレーン王国
Kingdom of Bahrain

バフライン(fではなくhなので実際にはバハラインの方が近いので一応併記しておきます)の-rayn/-rainのay/ai部分は二重母音で、口語ではeiやēの発音に変わります。アラビア語口語での発音バハレーンのah部分を英語風にアーの音で伸ばして発音したバーレーンが日本語での国名カタカナ表記の由来です。

اَلْمَمْلَكَةُ الْأُرْدُنِّيَّةُ الْهَاشِمِيَّةُ
[ ’al-mamlakatu-l-’urdunnīyatu-l-hāshimīya(h) ] [ アル=マムラカトゥ・ル=ウルドゥンニーヤトゥ・ル=ハーシミーヤ ]
ヨルダン・ハシェミット王国
Hashemite Kingdom of Jordan

口語的な読み方だとター・マルブータ部分をスキップして [ アル=マムラカ・ル=ウルドゥンニーヤ・ル=ハーシミーヤ ] となることがしばしばあります。

    • هَاشِمِيَّة [ hāshimīya(h) ] [ ハーシミーヤ ]
      ハーシム家の(Hashemite)
      *国王の一族が預言者ムハンマドを輩出したクライシュ族のハーシム家という特別な家柄であることを示す形容詞になります。
      *王国という意味の名詞が女性名詞なので、それに合わせて男性形の هَاشِمِيّ [ hāshimī(y) ] [ ハーシミー ] に ة(ター・マルブータ)をつけて女性化したものです。

اَلْمَمْلَكَةُ الْمَغْرِبِيَّةُ
[ ’al-mamlakatu-l-maghribīya(h) ] [ アル=マムラカトゥ・ル=マグリビーヤ ]
モロッコ王国
Kingdom of Morocco

口語的な読み方だとター・マルブータ部分をスキップして [ アル=マムラカ・ル=マグリビーヤ ] となることがしばしばあります。

敬称を加えた場合

敬称に用いる名詞が異なるだけで、基本的な使い方は『肩書き・敬称(2)宗教関係』に登場したものと同じになります。

敬称を表現する名詞の後に役職名を属格で続ける

جَلَالَةُ الْمَلِكِ ـــ
[ jalālatu-l-malik・~ ] [ ジャラーラトゥ・ル=マリク・~ ]
~国王陛下
His Majesty [ H.M. / HM ] King ~

  • جَلَالَة [ jalāla(h) ] [ ジャラーラ ]
    【名詞】名詞としての元の意味は「威厳、荘厳、崇高、偉大」。英語における敬称のMajestyに対応。
His ~を「صَاحِبُ」で表現する

もしくは、His Majestyを違う形でアラビア語化した以下の表現を用います。

صَاحِبُ الْجَلَالَةِ الْمَلِكُ ـــ
[ ṣāḥibu-l-jalāla(h) ’al-malik(u) ~ ] [ サーヒブ・ル=ジャラーラ・アル=マリク・~ ]
~国王陛下
His Majesty [ H.M. / HM ] King ~

*文脈上ジャラーラとアル=マリクの間に一息入れることが少なくないと思うので、発音も [ サーヒブ・ル=ジャラーラーティ・ル=マリク・~ ] にはしませんでした。ご了承ください。

  • صَاحِب [ ṣāḥib ] [ サーヒブ ]
    【名詞】意味は「持ち主、所有者」で、後に定冠詞 al- [ ’al- ] [ アル= ] を伴う敬称に用いる色々な名詞を属格にして置くことで所有している対象を示し、「~の持ち主」すなわち英語の「His ~」という表現を作ります。
His ~を人称代名詞接続形で表現する

役職名や人名抜きで尊敬表現を示す場合、敬称に用いる名詞に人称代名詞接続形を属格でくっつけて「His ~」とします。

جَلَالَتُهُ
[ jalāla(u) ] [ ジャラーラトゥフ ]
【主格】陛下
His Majesty [ H.M. / HM ]

肩書き・敬称(2)宗教関係』に出てきたように、文中での役割に応じて jalālatuhu(主格)- jalālatihi(属格)- jalālatahu(対格)と適切な格を選びます。

サウジアラビア独自の敬称

サウジアラビアのみ国王の敬称は His Majesty に相当する صَاحِبِ الْجَلَالَةِ [ ṣāḥibu-l-jalāla(h) ] [ サーヒブ・ル=ジャラーラ ] ではなく

خَادِمُ الْحَرَمَيْنِ الشَّرِيفَيْنِ
[ khādimu-l-ḥaramayni / ḥaramaini-sh-sharīfayn(i) / sharīfain(i) ]
[ ハーディム・ル=ハラマイニ・ッ=シャリーファイン ]
二聖モスクの守護者
Custodian of the Two Holy Mosques

となります。こちらは1986年に変更が行われたとのこと。

「二聖モスクの守護者」という肩書きを何度も何度も繰り返し登場することを避ける場合は جَلَالَتُهُ [ jalālatuh(u) ] [ ジャラーラトゥフ ](His Majesty)の代わりに以下のような表現を使ったりしているようです。

  • اَلْمَلِكُ الْمُفَدَّى
    [ ’al-maliku-lu-mufaddā ] [ アル=マリク・ル=ムファッダー ]
    親愛なる国王
    beloved king

    • مُفَدًّى
      [ mufaddan → 限定:mufaddā ] [ ムファッダン → ムファッダー ]
      敬愛された、敬愛すべき、親愛なる

スルターン(Sultan)とスルターン国(Sultanate)

ُاَلسُّلْطَان
[ ’as-sulṭān ] [ アッ=スルターン ]
スルターン(スルタン)
Sultan

アラビア語でこの肩書きかつ日本語で国王と訳されるのはオマーン国国王(Sultan of Oman)です。王権を持つ君主の名称として昔から使われてきた肩書きになります。日本語では長母音部分がつまったスルタンというカタカナ表記が一般的かと思います。

オマーンの国名は以下の通りです。

سَلْطَنَةُ عُمَانَ
[ salṭanatu-‘umān ] [ サルタナトゥ・ウマーン ]
オマーン国(Sultanate of Oman)、オマーン・スルタン国

  • سَلْطَنَة [ salṭana(h) ] [ サルタナ ]
    スルターンの地位;スルターンが統治する国家(Sultanate)、スルターンが統治するオマーンの王国=مَمْلَكَةُ عُمَانَ [ mamlakatu-‘umān ] [ マムラカトゥ・ウマーン ](the kingdom of Oman)

敬称を加えた場合

敬称に用いる名詞が異なるだけで、基本的な使い方は『肩書き・敬称(2)宗教関係』に登場したものと同じになります。

敬称を表現する名詞の後に役職名を属格で続ける

جَلَالَةُ السُّلْطَانِ ـــ
[ jalālatu-s-sulṭān・~ ] [ ジャラーラトゥ・ッ=スルターン・~ ]
~国王陛下、スルターン(スルタン)・~陛下
His Majesty [ H.M. / HM ] Sultan ~

His ~を「صَاحِبُ」で表現する

もしくは、His Majestyを違う形でアラビア語化した以下の表現を用います。

صَاحِبُ الْجَلَالَةِ السُّلْطَانُ ـــ
[ ṣāḥibu-l-jalāla(h) ’as-sulṭān(u) ~ ] [ サーヒブ・ル=ジャラーラ・アッ=スルターン・~ ]
~国王陛下、スルターン(スルタン)・~陛下
His Majesty [ H.M. / HM ] Sultan ~

*文脈上ジャラーラとアッ=スルターンの間に一息入れることが少なくないと思うので、発音も [ サーヒブ・ル=ジャラーラーティ・ッ=スルターン・~ ] にはしませんでした。ご了承ください。

His ~を人称代名詞接続形で表現する

役職名や人名抜きで尊敬表現を示す場合、敬称に用いる名詞に人称代名詞接続形を属格でくっつけて「His ~」とします。

جَلَالَتُهُ
[ jalāla(u) ] [ ジャラーラトゥフ ]
【主格】陛下
His Majesty [ H.M. / HM ]

肩書き・敬称(2)宗教関係』に出てきたように、文中での役割に応じて jalālatuhu(主格)- jalālatihi(属格)- jalālatahu(対格)と適切な格を選びます。

領土・国家から王国へ~名詞 عَظَمَة を用いた敬称

スルターン等に対する敬称として

「国王陛下」と呼ばれる元首が統治しているアラブ諸国については جَلَالَة [ jalāla(h) ] [ ジャラーラ ](威厳、荘厳、崇高、偉大)を名乗る前の時代に

عَظَمَة
[ ‘aẓama(h) ] [ アザマ ]
1) His Majesty [ H.M. / HM ](陛下)ー 国王として
2) His Highness [ H.H. / HH ](殿下)ー 領土の支配者・元首として
【名詞】名詞としての元の意味は「威厳、偉大、強大、壮大」。英語における敬称のMajestyに対応。

  1. 敬称を表現する名詞の後に役職名を属格で続ける
    عَظَمَةُ ـــ
    [ ‘aẓamatu-
    ~ ] [ アザマトゥ・~ ]
  2. His ~を「صَاحِبُ」で表現する
    صَاحِبُ الْعَظَمَةِ
    [ ṣāḥibu-l-‘aẓama(h)・~ ] [ サーヒブ・ル=アザマ・~ ]
  3. His ~を人称代名詞接続形で表現する
    عَظَمَتُهُ
    [ ‘aẓamatuh(u) ] [ アザマトゥフ ]
    *文中での役割に応じて ‘aẓamatuhu(主格)- ‘aẓamatihi(属格)- ‘aẓamatahu(対格)と適切な格を選びます。

という敬称が使われたりしていたようです。

調べてみると、元々これは現代式の国王となる前の王(スルターン/スルタン)だった頃の統治者に対する敬称だった模様。エジプト ムハンマド・アリー朝のスルターン(スルタン)などもこの敬称が使われています。

  • صَاحِبُ الْعَظَمَةِ السُّلْطَانُ حُسَيْن كَامِل
    [ ṣāḥibu-l-‘aẓama(h) ’as-sulṭān ḥusayn/ḥusain kāmil ]
    [ サーヒブ・ル=アザマ・アッ=スルターン・フサイン・カーミル ]
    スルターン(スルタン)フサイン・カーミル殿下、フサイン・カーミル スルターン(スルタン)殿下
    His Highness [ H.H. / HH ] Sultan Hussein Kamel

これと上で紹介したジャラーラとが入り混じっているので、独立や王制への移行の前と後では同一人物である元首であっても敬称を使い分ける必要が出てくるようです。

英訳については、現代国家として独立して王国になる前の時期とかぶったりするせいもあってか国王に対する敬称である His Majesty [ H.M. / HM ](陛下)とアラビア半島湾岸地方の元首に用いる敬称 His Highness [ H.H. / HH ](殿下)の2種類が見られます。

サウジアラビアの場合

サウジラアビア(サウディアラビア)の場合、王国建国に至るまでの過程で建国の祖アブドゥルアズィーズ・イブン・サウードの肩書きと敬称が何度か変更になっています。

Sultan of Najd 時代

صَاحِبُ الْعَظَمَةِ سُلْطَانُ نَجْد
[ ṣāḥibu-l-‘aẓama(h) sulṭānu najd ] [ サーヒブ・ル=アザマ・スルターン・ナジュド ]
ナジュドのスルターン(スルタン)殿下
His Highness [ H.H. / HH ] the Sultan of Najd

1921年にそれまで首長(アミール)だったアブドゥルアズィーズ・イブン・サウードの肩書きを「ナジュドのスルターン(スルタン)」に変更することが決定。

現代式の王国を名乗る前の統治者・王であるスルターン(スルタン)だったので عَظَمَة [ ‘aẓama(h) ] [ アザマ ] が使用されています。

Sultan of Najd and Dependencies時代

عَظَمَةُ سُلْطَانِ نَجْد وَمُلْحَقَاتِهَا
[ ‘aẓamatu sulṭāni najd wa mulḥaqātihā ]
[ アザマトゥ・スルターン・ナジュド・ワ・ムルハカーティハー ]
ナジュドおよび属領のスルターン(スルタン)殿下
His Highness [ H.H. / HH ] the Sultan of Najd and Dependencies

  • سَلْطَنَة نَجْد
    [ salṭanatu najd ] [ サルタナトゥ・ナジュド ]
    【名詞+地名】ナジュド・スルターン(スルタン)国=Sultanate of Najd / Nejd
  • مُلْحَقَات [ mulḥaqāt ] [ ムルハカート ]
    【名詞・複数名】属領=dependencies

1922年以降の肩書き・敬称だとのこと。ハーイルのアール・ラシード(シャンマル族のラシード家)を打ち破り版図を拡大し、「Sultanate of Najd and Dependencies」になったことで肩書きに追加。

Kingdom of Hijaz and Sultanate of Najd and its Dependencies時代

جَلَالَةُ مَلِكِ الْحِجَازِ وَسُلْطَانِ نَجْد وَمُلْحَقَاتِهَا
[ jalālatu maliki-l-ḥijāz wa sulṭāni najd wa mulḥaqātihā ]
[ ジャラーラトゥ・マリキ・ル=ヒジャーズ・ワ・スルターニ・ナジュド・ワ・ムルハカーティハー ]
ヒジャーズ王、ナジュドおよびその属領のスルターン(スルタン)陛下
His Majesty [ H.M. / HM ] the King of the Hijaz(/Hejaz) and Sultan of Najd(/Nejd) and its Dependencies

1926年以降の肩書きと敬称です。ヒジャーズ王国を倒し「ナジュドおよびその属領のスルターン(スルタン)」に加え「ヒジャーズ王」兼任しを同時に名乗っていた時代です。

ヒジャーズの方は元々王国だったこともあり、この時点で肩書きが「マリク(王)」に変わり、敬称もHis Majesty(陛下)に変更。

Kingdom of the Hijaz and  Najd and its Dependencies時代

جَلَالَةُ مَلِكِ الْحِجَازِ وَنَجْد وَمُلْحَقَاتِهَا
[ jalālatu maliki-l-ḥijāz wa najd wa mulḥaqātihā ]
[ ジャラーラトゥ・マリキ・ル=ヒジャーズ・ワ・ナジュド・ワ・ムルハカーティハー ]
ヒジャーズ王、ナジュドおよびその属領のスルターン(スルタン)陛下
His Majesty [ H.M. / HM ] the King of the Hijaz(/Hejaz), Najd(/Nejd) and its Dependencies

1927年以降の肩書きと敬称だとのこと。ナジュドが王国に含まれることとなり、スルターン(スルタン)という肩書きが消えマリク(国王)に一本化。

サウジアラビア王国建国

صَاحِبُ الْجَلَالَةِ مَلِكُ الْمَمْلَكَةِ الْعَرَبِيَّةِ السُّعُودِيَّةِ
[ ṣāḥību-l-jalāla(h) maliku-l-mamlakati-l-‘arabīyati-s-su‘ūdīya(h) ]
[ サーヒブ・ル=ジャラーラ・マリク・ル=マムラカティ・ル=アラビーヤティ・ッ=スウーディーヤ ]
サウジアラビア(サウディアラビア)王国国王陛下
His Majesty [ H.M. / HM ] the King of the Kingdom of Saudi Arabia

1932年、サウジアラビア(サウディアラビア)王国が誕生。خَادِمُ الْحَرَمَيْنِ الشَّرِيفَيْنِ [ khādimu-l-ḥaramayni / ḥaramaini-sh-sharīfayn(i) / sharīfain(i) ] [ ハーディム・ル=ハラマイニ・ッ=シャリーファイン ](二聖モスクの守護者、Custodian of the Two Holy Mosques)になる前の時代の肩書きと敬称です。

バーレーンの場合

バーレーンは1971年にバーレーン国として独立。2002年に王国に変更。

独立前

صَاحِبُ الْعَظَمَةِ حَاكِمُ الْبَحْرَيْنِ وَتَوَابِعِهَا
[ ṣāḥibu-l-‘aẓama(h) ḥākimu-l-baḥrayn/baḥrain wa tawābi‘ihā ]
[ サーヒブ・ル=アザマ・ハーキム・ル=バフライン/バハライン・ワ・タワービイハー ]
His Highness [ H.H. / HH ] the Ruler of Bahrain and its Dependencies
バーレーンおよびその属領の統治者(首長)殿下

  • حَاكِم [ ḥākim ] [ ハーキム ]
    【名詞】統治者、支配者、君主
  • تَوَابِع [ tawābi‘ ] [ タワービウ ]
    【名詞・複数形・二段変化】تَابِعَة [ tabi‘a(h) ] [ タービア ] の複数名。意味は「属領、属国」。

1783年にアール・ハリーファ(ハリーファ家)がこの地を支配し、1971年に独立するまでは Ruler of Bahrain and its Dependencies と呼ばれていたようです。首長時代だったので His Highness [ H.H. / HH ](殿下)という敬称になっています。

一部サイトでは国王に対する敬称の His Majesty [ H.M. / HM ](陛下)で英語表記してある例も見られました。

1971年独立後

حَضْرَةُ صَاحِبِ السُّمُوِّ أَمِيرُ دَوْلَةِ الْبَحْرَيْنِ
[ ḥaḍratu ṣāḥibi-s-sumūw(i) ’amīru dawlati/daulati-l-baḥrayn/baḥrain ]
[ ハドラトゥ・ッ=サーヒビ・ッ=スムー・アミール・ダウラティ・ル=バフライン/バハライン ]
His Highness [ H.H. / HH ] the Amir of the State of Bahrain
バーレーン国首長殿下

  • أَمِير [ ’amīr ] [ アミール ]
    【名詞】王子;首長
  • دَوْلَة [ dawla(h) / daula(h) ] [ ダウラ ]
    【名詞】国家(State)

首長国として独立。英語での国名が State of Bahrain(バーレーン国)だった首長制時代の敬称と肩書きです。アラビア半島湾岸諸国の首長制国家で用いられる صَاحِبُ السُّمُوِّ [ ṣāḥibu-s-sumūw(i) ] [ サーヒブ・ッ=スムー ] を用いており、英語では His Highness [ H.H. / HH ](殿下)でした。

2002年王制移行以後

حَضْرَةُ صَاحِبِ الْجَلَالَةِ مَلِكُ مَمْلَكَةِ الْبَحْرَيْنِ
[ ḥaḍratu ṣāḥib-l-jalāla(h) maliku mamlakati-l-baḥrayn/baḥrain ]
[ ハドラトゥ・サーヒブ・ル=ジャラーラ・マリク・マムラカティ・ル=バフライン/バハライン ]
His Majesty [ H.M. / HM ] the King of the Kingdom of Bahrain
バーレーン王国国王陛下

王制に移行。バーレーン王国となり英語での国名が Kingdom of Bahrain(バーレーン王国)に変わってからの敬称と肩書きです。

シャイフ(シェイフ)

اَلشَّيْخُ ـــ
[ ’al-shaykh/shaikh・~ ] [ アッ=シャイフ・~ ]
*口語発音はアッ=シェイフ・~
【男性】シャイフ・~ ♂

発音と英字表記のバリエーション

shaykhのay部分は実際には二重母音なのでaiとつづったshaikhという英字表記も多いです。この二重母音部分は口語でエイやエーの音に変わり、シェイフやシェーフと聞こえるようになります。そのためsheykh、sheikhやsheekhといった英字表記のバリエーションが生まれますが、英語で敬称としてつける場合はSheikhというつづりが一般的であるように思われます。

خ [ kh ] は猫の威嚇音のようなかすれた音で、hともkとも違います。アラビア語関連業界ではハ行でカタカナ表記するのでシャイフ、シェイフと書きます。しかし英語など外国語ではkの音で発音することもあって、日本ではシャイク、シェイクというカタカナ表記が多く見られます。

またシークというのは口語発音に基づくsheikhのei部分をイーと読んだ非アラビア語的な外国語発音が元になったカタカナ表記になります。

複数の意味

名詞 شَيْخٌ [ shaykh/shaikh ] [ シャイフ ] にはいくつかの意味があります。

  1. 年配の人(アラビア語辞書によると50歳代を過ぎた人で、中年と老年の中間ぐらいだとのこと。50~80歳ぐらいを指すとする辞書もあり。)
  2. 部族の長、族長
  3. 長、指導者的存在、共同体の中で地位が高い人物(村の場合 عُمْدَة [ ‘umda(h) ] [ ウムダ ](村長)ほどではないが、村の運営を指導するような立場の人。)
  4. イスラームの宗教家に対する敬称(~師、~先生)
    شَيْخ الأَزْهَرِ [ shaykhu/shaukhu-l-’azhar ] [ シャイフ・ル=アズハル ]
    (アズハルの最高責任者=総長)
    شَيْخُ الْعُلَمَاءِ [ shaykhu/shaukhu-l-‘ulamā’ ] [ シャイフ・ル=ウラマー ]
    (ウラマーたちの中でも特に知識を有する者、スーフィズム教団の指導者的人物を指すなどする。)
    شَيخُ الإِسْلَامِ [ shaykhu/shaukhu-l-’islām ] [ シャイフ・ル=イスラーム ]
    (その時代においてイスラーム法学者の中で最も知識を兼ね備えた人物。例えばイブン・タイミーヤなど。アズハル総長を指すこともある。)
  5. (宗教家以外の)学者、先生
  6. アラビア半島湾岸諸国の元首一族に対する敬称
  7. 上院議員
  8. (女性の)夫
    شَيْخ الْمَرْأَةِ [ shaykhu/shaukhu-l-mar’a(h) ] [ シャイフ・ル=マルア ](その女性の夫)

実際の例は以下の通りです。肩書き・敬称にシャイフ(シェイフ)とあっても族長なのか、宗教者なのか、元首一族なのかは名前とプロフィールから判断する必要があるのが分かるかと思います。

2.部族の長、族長

اَلشَّيْخُ طَالِبٌ السُّهَيْلُ التَّمِيمِيُّ
[ ’ash-shaykh/shaikh ṭālib-s-suhaylu/suhailu-t-tamīmī(y) ] [ アッ=シャイフ・ターリブ・ッ=スハイル・ッ=タミーミー ]
【男性】ャイフ・ターリブ・アッ=スハイル・アッ=タミーミー
Sheikh Taleb Al-Suhail Al-Tamimi

上の意味では2番に該当。イラクのタミーム族(Bani Tamim)の族長だった人物です。近代にシーア派に改宗した部族で、サッダーム・フセイン政権下では反体制活動を行っていました。暗殺により死去。

*Talebは文語Talib(ターリブ)の口語発音ターレブに対応した英字表記です。

6.アラビア半島湾岸諸国の元首一族に対する敬称

اَلشَّيْخُ مُحَمَّدُ بْنُ رَاشِدٍ آلُ مَكْتُومٍ
[ ’ash-shaykh/shaikh muḥammad bnu/bin rāshid ’ālu-maktūm ]
【男性】シャイフ・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム
Sheikh Mohammed bin Rashid Al Maktoum

上の意味では6番に該当。ドバイ首長国のアミール(首長)です。本人のファーストネームと父親の間にはさむイブン(ibn)については『アラブ人の名前のしくみ~ナサブ(◯◯の息子/娘で示す系譜)』で紹介しています。

*بن は文語だとbnu-bni-bnaの読みと格変化になりますが、口語だとbinで読まれます。

*Momhammedは口語発音モハンメドに即した英字表記で、文語に対応したMuhammad → Mohammad → Mohammedと変遷を遂げる感じです。MakutoumはMaktūmの長母音ウーの英字表記バリエーションの1つで、ouと書いてウーと読ませます。マクトウムではありません。

女性バージョン

اَلشَّيْخَة ـــ
[ ’al-shaykha(h)/shaikha(h)・~ ] [ アッ=シャイハ・~ ]
【女性】シャイハ・~ ♀

女性の場合はこの語形です。上のシャイフという語を女性化する ة(ター・マルブータ)がついています。

shaykha(h)のay部分は実際には二重母音なのでaiとつづったshaikha(h)という英字表記も多いです(というよりはayよりもaiが一般的だと思います)。この二重母音部分は口語でエイやエーの音に変わり、シェイハやシェーハと聞こえるようになります。そのためsheykha、sheyhah、sheikha、sheikhah、sheekha、sheekhahといった英字表記のバリエーションが生まれます。

なお、語末が-aだったり-ahだったりする理由については『アラビア語アルファベットの発音を覚えよう~ター・マルブータ[ ة ]』で紹介しています。

6.アラビア半島湾岸諸国の元首一族に対する敬称

以下は、男性形の6番にあるアラビア半島湾岸諸国の元首ファミリーに対する敬称としての用法に当たります。

اَلشَّيْخَةُ مَوْزَةُ بِنْتُ نَاصِرٍ الْمِسْنَدُ
[ ’ash-shaykha(h)/shaikha(h) mawza(h)/mauza(h) bint nāṣir ’al-misnad ] [ アッ=シャイハ・マウザ・ビント・ナースィル・アル=ミスナド ]
【女性】シャイハ・モーザ・ビント・ナーセル・アル=ミスナド
Sheikha Moza Bint Nasser Al-Misnad

*前カタール首長(アミール)の夫人です。ハージェル族の分家であるミスナド家出身。父の名前がNasser(ナーセル、文語だとNasirもしくはNassirでナースィル)。Al-MisnadはMisnad(ミスナド)という家名です。

*Mozaは مَوْزَة [ mawza(h) / mauza(h) ] の二重母音aw/au部分が口語的にオウ、オーになったモウザ、モーザに対応した英字表記です。Nasserは文語だと [ nāsir ] [ ナースィル ] と読む男性名が口語的に [ nāser ] [ ナーセル ] になったことに対応。ssになっているのはフランス語でs1個だと濁点がついてしまうことなどからナッセルと発音するわけでもないアラブ人名で慣習上2個連ねてNasserとつづるためです。Al-Misnadはカタールのサイトで採用されている表記のようでしたが、口語読み [ misned ] [ ミスネド ] に即しかつssのs2個連ねを行うAl-Missnedも多く見られます。

 

国家元首の敬称対照表

国家元首やその一族につける敬称は外来表現なので英語とアラビア語に対応関係があります。

男性

英語・日本語 アラビア語 対象
新・建国後
His Majesty
[ H.M. / HM ]
陛下
جَلَالَةُ ـــ
صَاحِبِ الْجَلَالَةِ
حَلَالَتُهُ
【国王・スルターン】
国王/King

اَلْمَلِك [ ’al-malik ] [ アル=マリク ]
*サウジアラビア、バーレーン、ヨルダン、モロッコ
国王(スルターン)/Sultan
اَلسُّلْطَان [ ’as-sulṭān ] [ アッ=スルターン ]
*オマーン
旧・建国前
His Majesty
[ H.M. / HM ]
陛下
もしくは
His Highness
[ H.H. / HH ]
殿下
عَظَمَةُ ـــ
صَاحِبُ الْعَظَمَةِ
عَظَمَتُهُ
【国王・スルターン】
国王/King
اَلْمَلِك
[ ’al-malik ] [ アル=マリク ]
国王(スルターン)/Sultan
اَلسُّلْطَان
[ ’as-sulṭān ] [ アッ=スルターン ]
Custodian of the Two Holy Mosques
[ CTHM ]
二聖モスクの守護者
خَادِمُ الْحَرَمَيْنِ الشَّرِيفَيْنِ 【サウジアラビア国王】
国王/King
اَلْمَلِك
[ ’al-malik ] [ アル=マリク ]
*サウジアラビアのみ
His Royal Highness
[ H.R.H. / HRH ]
殿下
سُمُوُّ ـــ الْمَلَكِيُّ
صَاحِبُ السُّمُوِّ الْمَلَكِيِّ
سُمُوُّهُ الْمَلَكِيُّ
【国王・王妃以外の王族】
王子/Prince
اَلْأَمِير [ ’al-’amīr ] [ アル=アミール ]
*サウジアラビア、バーレーン、ヨルダン、モロッコ
His Highness
[ H.H. / HH ]
殿下
سُمُوُّ ـــ
صَاحِبُ السُّمُوِّ
سُمُوُّهُ
【湾岸地域の元首】
首長(アミール)/Amir
اَلْأَمِير [ ’al-’amīr ] [ アル=アミール ]
*アラブ首長国連邦、カタール、クウェート
シャイフ/Sheikh
اَلشَّيْخ [ ’ash-shaykh/shaikh ] [ アッ=シャイフ ]
His Excellency
[ H.E. / HE ]
閣下
فَخَامَةُ ـــ
صَاحِبُ الْفَخَامَةِ
فَخَامَتُهُ
【大統領-バリエーション1】
(共和国)大統領
اَلرَّئِيس [ ’ar-ra’īs ] [ アッ=ライース ]
*イラク、イエメン、シリア、レバノン、エジプト、チュニジア、アルジェリア、モーリタニア
His Excellency
[ H.E. / HE ]
閣下
سِيَادَةُ ـــ
صَاحِبُ السِّيَادَةِ
سِيَادَتُهُ
【大統領-バリエーション2】
(共和国)大統領
اَلرَّئِيس [ ’ar-ra’īs ] [ アッ=ライース ]
*イラク、イエメン、シリア、レバノン、エジプト、チュニジア、アルジェリア、モーリタニア
His Excellency
[ H.E. / HE ]
閣下
دَوْلَةُ ـــ
صَاحِبُ الدَّوْلَةِ
دَوْلَتُهُ
【総理大臣・首相】
首相
رَئِيسُ الْوُزَرَاءِ [ ra’īsu-l-wuzarā’ ] [ ライース・ル=ウザラー ]
His Excellency
[ H.E. / HE ]
閣下
مَعَالِي ـــ
صَاحِبُ الْمَعَالِي
مَعَالِيهِ
大臣
عُطُوفَةُ ـــ
صَاحِبُ العُطُوفَةِ
عُطُوفَتُهُ
大臣の次官
سَعَادَةُ ـــ
صَاحِبُ السَّعَادَةِ
سَعَادَتُهُ
大使、国会議員、国家の要人
His Honor جَنَابُ ـــ 裁判官、市長
اَلْقَاضِي [ ’al-qāḍī ] [ アル=カーディー ]

補足:性の一致

敬称に用いる名詞の多くは ة(ター・マルブータ)がついた女性名詞ですが、この用法では男性を指すので動詞や形容詞も男性形で合わせます。

رَحَّبَ دَوْلَتُهُ بِهٰذَا الْأَمْرِ كَثِيرًا
閣下【男性】はこの件を大いに歓迎されました
×彼の国家【女性】はこの件を大いに歓迎しました×

祈願文

王族などの名前の前には肩書き/敬称がつきますが、名前の後にはしばしばアッラーの加護を願う祈願文が続きます。名前を省略して肩書きのみ記載する場合は肩書きの直後に祈願文が来ます。

祈願文は完了形や未完了形の動詞を使いますが、「アッラーがお守りになりました」「アッラーがお守りになられます」ではなく「アッラーが彼をお護りくださいますように」「アッラーが彼を護られんことを」と祈りとして訳します。

جَلَالَةُ الْمَلِكِ ـــ حَفِظَهُ اللهُ
[ jalālatu-l-malik — ḥafiẓahu-llāh(h) ]
[ ジャラーラトゥ・ル=マリク — ハフィザフ・ッラー(フ) ]
~国王陛下は【主格】-アッラーが彼をお護り/保持して下さいますように-
His Majesty the King — may Allah preserve him / may Allah protect him

  • حَفِظَ [ ḥafiẓa ] [ ハフィザ ]
    【動詞・完了形】保つ、保持する、守る、保護する

جَلَالَةُ الْمَلِكِ ـــ حَفِظَهُ اللهُ وَرَعَاهُ
[ jalālatu-l-malik — ḥafiẓahu-llāh(u) wa ra‘āh(u) ]
[ ジャラーラトゥ・ル=マリク — ハフィザフ・ッラーフ・ワ・ラアーフ ]
~国王陛下は【主格】-アッラーが彼を保持し護って下さいますように-
may Allah preserve and protect him

  • رَعَى [ ra‘ā ] [ ラアー ]
    【動詞・完了形】守る、庇護する、面倒を見る、世話をする
    *حَفِظَ [ ḥafiẓa ] [ ハフィザ ] とほぼ同じとして使用される

    • رَعَاهُ اللهُ [ ra‘āhu-llāh(h) ] [ ラアーフ・ッラー(フ) ]
      アッラーが彼をお守り下さいますように
      May Allah protect you

*どちらの動詞もほぼ同じ意味なので、直訳すると「may Allah preserve him and protect him」のような感じになるようです。