「ハヤワーン」の検索ワードで当サイトを訪問される方が増えたので新規に設置したページです。コンテンツの性質上不快表現、差別表現が含まれます。ご了承ください。なおロバや犬は後日追加予定です。
ハヤワーン(動物)
犬、犬の子、ロバといった具体的な動物名を挙げずにののしるパターンです。英語でも「You animal! (この間抜け!)」という罵倒表現がありますが、それと似たような感じです。
辞書的な意味と語の概要
現代における主な意味
حَيَوَان
[ ḥayawān ] [ ハヤワーン ]
*方言によってはイマーラ現象と呼ばれる ā の完全 ē 化、もしくは ā の ē 寄り化のためハヤウェーンに聞こえることも。
*方言辞典によっては حَيْوَان [ ḥaywān / ḥaiwān ] [ ハイワーン ] 発音が載っている事例あり。ペルシア語では و(w)の v発音置き換わりなどが起きヘイヴァーンに。アラビア語圏と同じく罵倒語としても使われているとのこと。
普通の意味:【(動)名詞】生物、動物
現代においてはハヤワーンは「動物」「生物」という意味で多用されるごく普通の名詞となっています。
ゾウやクジラなどの巨大な哺乳類から精子のような微細な存在まで幅広く使われており、形容詞を後置することによって「◯◯生物」のような表現を作るなどして多用されています。
クルアーンにおける動名詞的な語義
ハヤワーンは元々は動詞 حَيِيَ [ ḥayiya ] [ ハイヤ ](生きる)の動名詞語形で、クルアーン(コーラン)などでは「生、人生」といった意味合いで登場するなどしています。
クルアーン第29章
『 اَلْعَنْكَبُوت [ ’al-‘ankabūt ] [ アル=アンカブート ](蜘蛛)』
第64節 [ 参考URL ]
旧表記:
وَمَا هَـٰذِهِ ٱلْحَيَوٰةُ ٱلدُّنْيَآ إِلَّا لَهْوٌۭ وَلَعِبٌۭ ۚ وَإِنَّ ٱلدَّارَ ٱلْـَٔاخِرَةَ لَهِىَ ٱلْحَيَوَانُ ۚ لَوْ كَانُوا۟ يَعْلَمُونَ 現代表記: وَمَا هَـٰذِهِ الْحَيَاةُ الدُّنْيَا إِلَّا لَهْوٌ وَلَعِبٌ ۚ وَإِنَّ الدَّارَ الْآخِرَةَ لَهِيَ الْحَيَوَانُ ۚ لَوْ كَانُوا يَعْلَمُونَ |
三田了一訳:現世の生活は,遊びや戯れに過ぎない。だが来世こそは,真実の生活である。もしかれらに分っていたならば。
サイード佐藤訳:この現世の生活は戯れごとと遊興に過ぎない。そして本当に来世の住まい、それこそが(真の)生なのである。もし彼らが(そのことを)知っていたならば。 |
こうした純粋な動名詞としての用法については「生」「生活」と訳すべき内容となっており、軽蔑とも罵倒表現とも無関係です。
なお語根は ح ي ي(ḥ-y-y)なのに動名詞語形 فَعَلَان に当てはめたこの語が حَيَوَان [ ḥayawān ] [ ハヤワーン ] となっている理由ですが、同じ弱文字 ي(y)が2個並んだ状態はアラビア語的に不自然で保持されず、3個目の語根(=2文字目の ي(y))が و(w)に転じたからだとか。
アラビア語では同じ文字を続けることを嫌う傾向があり、弱文字と呼ばれる ي(y)のような字については変化が起こりやすいです。この語を構成する語根からすると本来は حَيَيَانٌ [ ḥayayān ] [ ハヤヤーン ] となるはずにもかかわらず حَيَوَانٌ [ ḥayawān ] [ ハヤワーン ] と変化したのもそのような理由からとのこと。
ののしり言葉として
名詞 حَيَوَان [ ḥayawān ] [ ハヤワーン ] は「生あるもの、生き物、生物、動物」という意味ですが、ののしり言葉として使われることも多いです。
街中で危険運転の巻き添えを食らいそうになったといったトラブルが起きた際に相手に向かって「ハヤワーン!」と叫ぶ人も少なくありません。エジプトなどに旅行して耳にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実際の意味合いについては口語辞書(方言辞典)やアラビア語罵倒表現解説に載っているのですが、大きく分けて
- ちくしょうめ、この畜生が、こんちくしょう、この野郎、こいつめ、英語の You beast
- 間抜け野郎、馬鹿野郎、アホ野郎、英語の You animal
*後者はアラビア語だとハヤワーンよりも حِمَار [ ḥīmar ] [ ヒマール / 口語発音:フマール、ホマール等 ] (ロバ。愚かさの代名詞で馬鹿、阿呆の意味で罵倒に多用。)が代表格。
になると記されています。日本の例に置き換えると「ちくしょう」と「馬鹿野郎」が近いかと思います。
*頻度や姉妹表現との併用状況については地域差があるので、アラブ世界全土で一様に同じという訳ではありません。
フレーズ例
حَيَوَان
[ ḥayawān ] [ ハヤワーン ]
罵倒語として:動物野郎!、こん畜生!、ちくしょうが!;この間抜け!、馬鹿野郎!
يَا حَيَوَان
[ yā ḥayawān ] [ ヤー・ハヤワーン ]
意味:おい動物野郎、おいこの畜生、おいこんちくしょうめ、おいケダモノめ;おいこの間抜け野郎、おいこの馬鹿野郎
أَنْتَ حَيَوَان
[ ’anta ḥayawān ] [ アンタ・ハヤワーン ]
*アンタ部分は口語(方言)によってインタ、エンタ等の発音に。
意味:お前は動物野郎だ、お前は畜生野郎だ、お前はケダモノ野郎だ;お前は間抜け野郎だ、お前は馬鹿野郎だ
人間性と獣性~重たい意味で用いる「ハヤワーン」
痴漢事件といった社会道徳に反した行為・そういうことをしでかす人間の性質に対して使った場合は「人として備えているべき道徳観やマナーの類を欠いているけもののような人、けだもの」「普通なら思いとどまるようなひどい所業をやってのけるような輩」「人間性に欠けており獣性をあらわにしたふるまいをする者」「人でなし、人非人」という軽蔑・非難のニュアンスが加わるとの印象です。
これらの表現は道端で腹いせに叫ぶ「ハヤワーン」よりももう少し具体的で、公然と迷惑行為をするような人間に加え、人としての情けを持たず堂々と弾圧・侵略行為をする側を非難する際に使われるなどしています。
人間性を欠いた様子を示す口語表現としては حَيْوَنَة [ ḥaywana(h) ] [ ハイワナ / 口語発音:ハイワネ等 ](獣性、非人間性、野蛮ぶり)という語があり一部地域で使われているようですが、方言発ということでアラブ世界共通の表現とまでは言えないらしく汎アラブ放送局や使用地域外のメディアを視聴していてもまず耳にすることはありません。
こちらについても日本語に置き換えるとすると、「獣性」「畜生道に落ちる(堕ちる)こと」「野蛮、蛮行」のイメージに近い感じでしょうか…
内戦で多くの国民の命を奪った為政者や自己の利益優先で国民や同胞の命を犠牲にするを為政者を糾弾する意味で名前の後に同格語的に添える(ハヤワーンの◯◯大統領)といった使い方もされており、道端でおじさん同士がもめて「ハヤワーン!(こんちくしょう!;バカヤロー!)」と叫ぶ時よりもその人物の人間性欠如を批判する意味合いが強い用法となっています。
このように「ハヤワーン」には軽い意味と人道問題にからむ相当重い意味とがあるので、和訳をする時には言った人物の伝えたい内容をくみ取った上で道端で気軽に口にされるような「こんちくしょう」「馬鹿野郎」、犯罪報道にも出てくるような「モラルに欠ける」、人道問題などにからんで用いられる「非人間的、非人道的」などの中から実際の重みに合わせて適切な訳語を選ぶ必要があるかと思います。
実際の記事や映像から
セクハラ・痴漢問題悪化に憤るエジプト人による怒りの投稿
ニュースサイトの投稿欄:国民からの苦情コーナー
أيها الكلاب
『犬野郎どもよ!』
エジプト人による投稿記事です。最後の署名からすると男性が男性たちに向けて書いたものだと思われます。
何十年も前からはちみつや月といった美人を意味する定番ワードを使って声をかけたり着ている衣服といった外見について形容・コメントしたりといった言葉のセクハラをしてくる輩が絶えなかったこと、女性が着ている服がイスラーム的に好ましいとされるヒジャーブ姿やニカーブ姿なのか肌の見える薄着なのかという違いに関係無くちょっかいを出してくる痴漢たちがいることを挙げ、犬野郎並みのけだもの(ハヤワーン)にまで身を堕としたセクハラ男と形容し批判する内容となっています。
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要旨(直訳風、一部意訳あり):
群衆の中人々が見ている前で性的いやがらせを目にするまで、私自身こういう話題について語ることはしたくないと願っていました。私が心に抱いているものは言葉や文章では表しきれないからです。
もう何十年も前から女性側が着ている服装の種類に関係無く「なあハチミツちゃん(*管理人注:≒かわいいじゃん)、なあ月ちゃん(*管理人注:≒美人だね)、死ねる(*管理人注:直訳は俺は死ぬ≒死ぬほどいい、君のこと超気に入っちゃった)…」という言葉によるセクハラが行われてきました。
*ハチミツ、月はキュート・美人な女性にかける路上ナンパや通りすがりの性的からかいの常套句。
かつてはセクハラ・痴漢よりもからかいによるちょっかいの方が多かったのですが、今では祝祭や人混みでのセクハラ・痴漢が増えてきています。若者の集団、いや犬野郎どもの集団が女性たち本人についてや彼女たちが着ている服装のことを取り上げて口にするという状況が突如起こったりするのです。
特に目を引くようなことは無いはずなのですが、彼らはセクハラを始めたかと思うと巣穴へと向かって急ぐネズミどものように早足で走り(*管理人補足:群衆となって対象となる女性を追いかけ回し)ます。
ちょっかい類は減り、例を見ないような方法によるセクハラが増えました。1970年と2012年では42年もの開きがありますが、その間に人々は変わってしまい道徳心も地に落ちてしまいました。それと同じもしくはそれを上回る長い期間をかけないと、我々はもう人間に戻ることができないのです。
私からのコメントです。犬野郎どもへ。お前たちを犬にたとえることは私の良心が痛みます。なぜなら犬はお前たちが知ることのない忠実さを持ち合わせているから。でも犬が持つけがれ*やお前たちのハヤワーンぶり(獣じみた行動、野蛮ぶり)は犬っころそのものです。
*イスラームの教義では猫と違い犬には نَجَاسَة [ najāsa(h) ] [ ナジャーサ(フ/ハ) ] があるとされ、猫が水を飲むためになめた皿と犬が水を飲むためになめた皿とでは清浄/不浄という扱いの差が生じます。
今は思うがままに犯罪行為を続けていたとしても、いつかは来ることでしょう。お前たちの叫び声が空を切り裂く時が。そしてお前たちは自分たちを待ち受けていると想像すらしていなかったような惨めな終わりを味わうのです。そうなった時のお前たちの末路は、野良犬たちがたどる運命のようになることでしょう。
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昔から日本人旅行者・留学生らの間でセクハラ被害が多い地として知られていたエジプトでは言葉だけでなく身体接触系の痴漢も多く、現地ではヴェールであるヒジャーブを留める針ピンを不届き者の手などに突き刺す、催涙スプレーを携帯する、護身術を習い最終手段として相手を殴るといった対策が実際に使われています。
これらはセクハラが増加傾向にあるエジプト以外の国のアラブ女性の間でも共有されている撃退方法ですが、元々痴漢件数が多かったエジプトではさらに事態がエスカレート。
エジプト方言の再学習として2年ほど毎日エジプト系のTVチャンネルを見ていた時期に何度か似たようなニュースが流れていたのですが、近年では薄着をしているといった何らかの理由で目をつけられた若い女性が街中や大学キャンパスで数十人の若者らに取り囲まれ追いかけ回され時には服すら剥がれるという事件(アラビア語で集団セクハラ、集団痴漢といった表現をされる行為)が度々起きており、女性たちによる抗議行動なども行われている状況です。
この投書もそうした事例とリンクしており、かつては見られなかったような女性への迷惑行為を動物的であり人として踏みとどまるべき一線を超えてしまっていると示唆する内容となっています。
なおアラブ世界では女性に限らず子供や男性に対する性的犯罪も報道され、隠蔽するのではなく社会問題として公然と論じられるようになってきています。それらは人として恥ずべき蛮行としてとらえられ、幼子が命を奪われる悲惨なケースでは犯行者を ذِئْبٌ بَشَرِيٌّ [ dhi’b basharī(y) ] [ ズィッブ(とズィィブが混ざったような発音)・バシャリー(ュ/ィ) ](人の形をした狼、人狼)などと形容することも行われています。
性犯罪や凶悪犯罪については麻薬のまん延と中毒者による犯行の増加なども関係しており、社会全体で取り組むべき重大な事項の一つとしてメディアに登場する回数が昔に比べかなり増えたとの印象です。
(2023年12月 クルアーンからの引用追加、補記)