母音(ア、イ、ウ)にエとオが加わる
文語には無い母音の存在
文語ではa(ア)、i(イ)、u(ウ)しかない母音ですが、口語ではe(エ)、o(オ)も頻繁に登場します。eとoは、元々文語ではa、i、uだった部分が置き換わって変化したものです。
口語でよくあるのが以下の2種類の置き換えです。
- i(イ)→e(エ)
- u(ウ)→o(オ)
実際には上のような覚えやすい変化にとどまらず、aの部分がeになったりと色々です。変化は方言によって異なります。アラビア語学習者が文語である標準アラビア語を勉強した後で方言を勉強すると、この母音の変化に悩まされることが多いです。
母音が脱落して全体的につまった感じの発音になる地域では、母音自体があちこち脱落してコロコロした語感になるので英字表記もさらにわかりづらくなりやすいです。
母音の置き換わりの実際の例
- sālim(サーリム)→ sālem(サーレム)
- aḥmad(アフマド、アハマド)≠ アーマド → aḥmed(アフメド、アハメド)≠ アーメド
- muḥammad(ムハンマド)→ moḥammad(モハンマド)→ moḥammed(モハンメド)
- muhsin(ムフスィン)≠ ムースィン → mohsin(モフスィン)≠ モースィン → mohsen(モフセン)≠ モーセン
- sharīf(シャリーフ)→ sherīf(シェリーフ)
- mutawallī (ムタワッリー)→ motawallī(モタワッリー) → metwalli(メトワッリ)
アフマド
ahmadですが、英語のようにahをアーとはせずアフマドとします。アーマドではありません。学術書ではahmadのfをフで表記しますが、hは母音を伴わないhなのでfみたいなフを避ける意味でアハマドと書く人もアラビア語をやっている人にはいるようです。
ムハンマド
muhammadですが、ムハッマドではなくムハンマドが適切なカタカナ化です。また-adがアッドに近く聞こえることがあるため、ムハンマッドというカタカナ表記の人名を日本語サイトで見かけることがあります。
mohammadはmuがmo寄りの発音に変わった口語風の読み方です。モハンマドが最も適切なカタカナ化ですが、-adがアッドに近く聞こえることがあるため、モハンマッドというカタカナ表記になっている日本語ページも見かけます。mmをmと同じように読んでモハマドにまで変遷をとげたカタカナ表記も存在します。
mohammedはmuがmo寄り、madがmedよりの発音に変わった口語風の読み方です。モハンメドが最も適切なカタカナ化ですが、モハメッドだったりモハメドだったり、様々なカタカナ表記になっています。
消えた母音の補充
方言によっては母音が他の方言よりも脱落しコロコロとつまった感じの発音になることがあります。
そうした地域では、例えばMuhammad(ムハンマド)という人名の語頭にあったMuやMoから母音が取れた発音に即したものと思われるMhammad、Mhammedがあるので余計にわかりづらいです。
この場合はカタカナで正確にそうした変化を再現するのは難しいので、母音が取れていることを念頭に入れつつひとまず「ムハンマド」なりにしておくといったカタカナ化を行えば良いかもしれません。
Mutawallī(ムタワッッリー)からMetwalli(メトワッリ)に
エジプト方言だと、uがoに置き換わるmutawallī (ムタワッリー)→ motawallī(モタワッリー)に限りません。アラビア文字のつづりは متولي で同じでも、mの後の母音がeになり、tの後の母音が落ち、最後の長母音が短めに聞こえるmetwalliにまで変わることがあります。
日本語ではこの口語的な読みに即したMetwalliという英字表記をメトワッリとカタカナ化していたりするようです。ll部分を促音「ッ」としないメトワリというカタカナ表記もあるようです。
ここまで変わってしまうと、アラビア語の語形を知らない方にとってはそもそものスタート地点がムタワッリーだったことを想像するのは相当難しいのではないでしょうか。
二重母音の変化と長母音(エー、オー)の出現
ē(エー)とō(オー)は文語には存在しない長母音ですが口語には存在します。通常、文語における二重母音のai(アイ)はエイ(ei)もしくはエー(ē)になります。au(アウ)はou(オウ)もしくはō(オー)に変化します。
この場合口語的な発音に即して英字表記されているので、元になった文語の二重母音にまで戻す必要は特に無いと思います。
ai(ay)→ ei
[ faisal / faysal ](ファイサル)→ [ feisal ](フェイサル)
二重母音のaiがeiに転じたケースでの英字表記です。下に出てくるēに転じることもあるため、現地人の発音を耳にした場合は「フェーサル」にしか聞こえないことも。
注:厳密にはsの部分は重たい発音をする方のصで、学術的な表記ではsの下に点をつけたṣを用います。しかし通常の英字表記ではこの下点は省略され、軽く発音するسのsと同じ書き方をします。
ai(ay)→ ē
[ saif / sayf ](サイフ) → [ sēf ](セーフ) → [ sef ](セーフ)
「剣、刀」という意味のsaifに含まれる二重母音aiが口語的に変化するとēとなりsēfに。さらに英字表記で長母音記号を省略してしまうとsefになります。
人名でSefと英字表記されていても、実際の読みはセーフである可能性が非常に高いです。
au(aw)→ ou
[ naufal / nawfal ](ナウファル)→ nōfal / noofal(ノーファル)→ noufal(ノーファル)
「美貌の青年」という意味のnaufalに含まれる二重母音auが口語的に変化するとouとなりnoufalに。
au(aw)→ ō
naufal(ナウファル)→ nōfal / noofal / noufal(ノーファル)→ nofal(ノーファル)
「美貌の青年」という意味のnaufalに含まれる二重母音auが口語的に変化するとōとなりnōfalもしくはnoofalに。さらに長母音記号を省いてしまうとnofalという英字表記になってしまいます。
人名でNofalと英字表記されていても、長母音を補ってノーファルに戻さなければいけない可能性が高いです。