イラク方言の学習について
イラク方言を始めたきっかけ
アラブ馬の飼育やイガール、ビシュトのような伝統衣装に関連した動画を見ているうちにイラク方言に興味を持ち勉強を始めることにしました。
イラク方言は管理人が過去に軽く学んだことのあるシリア・レバノン方言と湾岸方言を混ぜ込んだ感じの比較的柔らかなアラビア語なのですが、文法面ではそんなに癖がありません。サウジアラビアの隣国であるイラクとイエメンを比べるなら、イラク方言の方が断然聞き取りやすい気がします。
元々アラブのメディアはたいてい現代アラビア語界隈で普及している文語と口語の混合体や公用方言を使っているので、各地固有の方言を丸出し・全開にした放送というのはあまり聞かれません。そのため文語経験のある外国人学習者には取り組みやすい映像教材が多くなっています。
トルコ語やペルシア語由来の語彙が多いことを除けばごく普通のマシュリク方言でマグリブ諸方言ほどの違いは無いため、フスハーや他方言の既習者であれば1年ほどでかなり理解力を上げることが可能だと感じました。
とはいえフスハーと他の方言をいくつか学んだだけでは理解できない部分が多く、一度しっかり取り組まなければいけないと思い立ち教材を探すことに。
2021年春頃からイラク方言の学習を開始しました。
学習手段
管理人はすき間時間に細切れにアラビア語をやるタイプなので、オンラインレッスンは受けずに書籍・アプリ・テレビ視聴にて学習を進めています。イラク人と直接会話をする目的ではないので、スピーキングの練習は特にしていません。
学習書
日本語で出ている指さし会話帳はイラク方言の教科書としては使えないため、英語で書かれた本をアメリカのAmazonから購入。古本で買えるものの日本には発送していない書籍については転送代行業者を使って入手しました。
いきなり難しい本から始めると失敗してしまうので、まずはMango Languagesのアプリで入門的な内容に触れ、その後アメリカの大学でアラビア語専攻学生向けに書かれた本へと移行。
大学出版系をもう何冊か終えたら他地域の方言に移行する予定でいたのですが、イラクは昔から文化活動が盛んな土地柄で面白い話題が非常に多く当初予想していたよりも学習期間が長引いており、現在はシリア・レバノン・ヨルダン・パレスチナ方言の初級教材と並行しつつ続けています。
リスニング
リスニングについては耳に慣れる目的で空き時間は教材の付属CDをひたすら繰り返して聴いたり、イラク系テレビチャンネルの録画ビデオやストリーミング放送を毎日見たりするというのを今回も実施。
イラク方言に慣れてからはラジオのトーク番組も聴くようになりました。
リスニング練習は基本的にエジプト方言の時とだいたい同じで、
- イラク系放送局のテレビ番組や個人がアップロードした色々なジャンルの動画を毎日視聴し、語学学習としてだけでなく視覚経由でイラク事情についての情報に触れる。
- イラク系テレビ放送網であるアル=シャルキーヤ(قناة الشرقية)のニュース番組は毎日欠かさず視聴。現地時間の夜に2時間ほど放送したものが半日後にYouTubeにアップされるので、忙しくて見られなかった場合でも後日まとめてチェックする。
- イラク方言ではなくフスハー中心の番組であっても、アラビア語の学習と娯楽の一環としてトーク番組やドキュメンタリー番組のYouTube動画を視聴し、イラク事情を学ぶ。
- 机に向かって勉強できない時が多いので、テレビやラジオの音声を聴きながら作業をするといった「ながら学習」を行う。
といった日課を4年半ほど続けました。(この記事を修正加筆した2025年8月現在。)
当初は位置関係が全く把握できていなかった地名もだいぶ覚え、農家・遊牧民・漁師らインタビューの理解度もだいぶ上がってきたりと当初の目標はある程度達成されたのですが、過去に大勢の知識人たちを輩出してきたイラク文化の魅力というのは非常に大きく、今後もイラク関連の学習を続けていきたいと考えています。
イラク方言をやってみての感想
アラビア文字上のつづりと実際の発音のずれが他方言より多め
イラク方言は文字につづる際の揺れやバリエーションが他の地域よりも大きく、ك [ k ] を [ ch ] の音で発音する場合には چ [ ch ] もしくは点が1個だけで元々アラビア語にある ج [ j ] で書くのに実際には [ ch ] と読んでいるとか、ق [ q ] を [ g ] の音で発音する場合には گ [ g ] もしくは棒が無いアラビア語の ك [ k ] で書くのに実際には [ g ] で読んでいるといった現象が顕著です。
学習書や辞書によってこの表記はバラバラで、この対応関係が分かっていないと語根別単語を調べる時に少々難儀するように思いました。しかも湾岸やサウジの方言と違い q のまま発音する ق に g で発音する ق や j で発音する少数の ق が混在しているのである程度暗記しなければならず、いささか面倒だと感じました。
そうした点は他の方言より煩雑ですが慣れれば大丈夫なレベルなのでそんなに心配は要らないのではないでしょうか…
あとイラク方言の特徴としては [ p ] の音が多いことが挙げられます。他のアラビア語方言だと ب [ b ] と書いて [ b ] で読むのが正解でも、イラク方言ではきちんと [ p ] で発音するので پ ではなく ب の字で書いてあっても現地での発音に即してきちんと [ p ] と読むべき部分を覚えるのも欠かせないように感じました。
教材によってアラビア文字や英字での表記が違う
上で述べたような事情から教科書や辞書のアラビア文字表記が統一されていません。とある本では ق の文字を使っている単語が辞書では ك の文字で載っているということが頻繁に起きます。
またイラク方言ではaの音がeに寄る傾向が強いのですがテレビ等を見ている限り人によってその度合いは違うようで、教材でもその幅の広さが反映されています。例えば هسة / هسه(今)が hassa(ハッサ)で書いてある本と hesse(ヘッセ)で書いてある本とに分かれ教材により hissa になっていたりとまちまち、接続形の人称代名詞 ـه(彼の~)はーaもしくはーe、 ـها(彼女の~)はーha(hā)(*実際には語末は長母音āよりもずっと短くなるのでーhaと書いてあることが多いです)もしくはーhe(ーhē)、ـة の手前はーaもしくはレヴァント方言と同じーeといった具合にバラバラです。
フスハーでは二重母音になっている بَيْت [ bayt / bait ] [ バイト ] は各国方言で [ ベート ] に近く発音されるのが一般的だと思いますが、イラク方言の場合 [ bēt ] ではなく [ biet ] [ ビィエト/ビェート ] になる人が多くやはりこれも教科書によって転写が beet だったり biet だったりとばらつきが出る原因となっています。
教科書付属の音声教材も同じCDの中でナレーターによってそれらの発音が異なるので、「あれ?テキストと発音が合っていない?」となる方が出やすいかもしれません。
ネイティブによるアラビア文字のつづりが何通りもある
きちんと定められた正書法(正字法)が無いアーンミーヤですが、それぞれの方言でスタンダードとなる表記はある程度決まっていることが多いアラビア語。しかしイラク方言はそのような中でもつづりのバリエーションがかなりあるようです。
ネイティブが文を書く時も同じ単語に数通りのつづりがあり、語末が-aになるからという理由から本来フスハーでは置かないような場所にも ة を書いてあるケースもしばしばあるため、アラビア文字で書かれたイラク方言の文を読む時はそれをふまえた上で行う必要があります。
たとえば「私は冗談を言っています(I’m joking)」という意味の [ ダタシャーカ(ー)/ダッチャーカ(ー) ] だけでも
- داتشاقا
- داتشاقى
- داتشاقه
- داتشاقة
- دتشاقا
- دتشاقى
- دتشاقه
- دتشاقة …
いったパターンを見かけました。動詞なのに語末の発音が「ーa」になるという理由から名詞・形容詞にしかつかないはずの ة(ター・マルブータ)を使っている人も少なくないようで、イラク方言のアラビア文字表記に関しては「ター・マルブータがついていたら動詞ではない、とは限らない」ことを念頭に置いておく必要があると感じました。
イラク方言の教材
イラク方言の教材は首都バグダードの方言をベースとしています。シリア方言に近いモースルなどの北部方言や湾岸方言などに近いバスラなどの南部方言についての言及がある教材もありますが、入門書はバグダード方言をフスハー寄りにしたイラク国内の公用方言のみ扱っています。
学習書はクウェート方言に比べれば充実していますが、シリア・レバノン方言やエジプト方言に比べるとだいぶ少ないです。発売されたものの既に絶版になっている本もあったためアメリカのAmazon.comで古本を買ったりして数を揃えました。
日本にいても入手できたイラク方言の教材は以下の通りです。(*表紙画像を正規利用するためにアフィリエイトを使っています。)
アプリ
サービス名:Mango Languages(マンゴー ランゲージ)
公式サイト:https://mangolanguages.com/
対応OS:Windows、iOS、Android
おすすめ度:★★★☆☆
管理人は過去にこちらのフスハーとエジプト方言のコースを修了したので、なんとなく使い慣れているからという軽い動機から姉妹版のイラク方言版もやることに。
Mango Languages アラビア語学習コンテンツはフスハー、エジプト方言、レヴァント方言、イラク方言の4コースを用意しているのですが、非常に力を入れているレヴァント方言コースや十分な内容を備えているエジプト方言コースに比べると、イラク方言は
- レッスンが少ない
- 単語の発音がフスハー発音になっている部分がある
- フスハーの文法説明を流用していてイラク方言の人称代名詞や疑問詞などの解説になっていない
といった感じで、充実度は低めでした。
結局最後までやったのですが、イラク方言に触れてみるには良かったもののこれ単体では足りず、ジョージタウン大学出版などの教科書で正確な情報を仕入れる必要がありました。
教科書
Modern Iraqi Arabic with Mp3 Files
公式ページ:https://press.georgetown.edu/Book/Modern-Iraqi-Arabic-with-MP3-Files
おすすめ度:★★★★☆ 取り組みやすいのでおすすめ
米国ジョージタウン大学の出版部であるGeorgetown University Pressが2006年に刊行。会話スキットと文法学習がセットになっています。
アラビア語表記やラテン文字転写の細かい部分は気になるものの、ニューエクスプレスに似た構成で、イラクに渡航したいアラビア語履修学生さんや文法と日常会話学習を両立させたい初級学習者にちょうど良い内容となっています。
「どの本を買うのか迷っている」という方は、入手もしやすいこちらの本を一冊目に選ばれるのがおすすめです。
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A Short Reference Grammar of Iraqi Arabic
公式ページ:http://press.georgetown.edu/book/languages/short-reference-grammar-iraqi-arabic
おすすめ度:
★★★★☆(アラビア語専攻学生さんや言語学既習者の方向け文法書として)
★☆☆☆☆~★★☆☆☆(実践的日常会話力増強目的・実用性重視の方)
米国ジョージタウン大学出版が2004年に刊行。Georgetown Classics in Arabic Languages and Linguisticsということで1963年出版の古い書籍を復刊したものとなっています。
文字はタイプライター打ちした感じの小さなサイズでやや読みづらいです。アラビア語部分はラテン文字転写のみのスタイルなのでアラビア文字表記を求める方には向いていませんが、補助母音や母音の脱落など口語アラビア語で起きる様々な事象を正確に示している本なので、信頼性は非常に高いです。
題名だけを見ると手短にまとめた一般的な文法書をイメージしやすいのですが、中身は大学の専攻学生向けっぽい硬派な解説で、口語アラビア語学習書としてはかなり難しい部類に入ります。英語で書かれた言語学や厚めの文法書を読んだ経験のある方がイラク方言を数年学習してから読まれるのが良いかもしれません。自分も1周目は軽く通し読みするだけで終わったのですが、イラク方言4年目を過ぎてから再度読んだところ、かなりイメージが変わりました。
会話能力が直接向上する実用的な類の教科書ではないためあまりおすすめはできないとはいえ一定以上のレベルに達した学習者にとっては非常に良い本で大いに満足できる内容なので、自分的には★4、ただし初級学習者向けとしては難しすぎ自分もかつては中をチラ見して放置してしまった件を加味して★1.5という風に評価を分けてみました。
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A Basic Course in Iraqi Arabic with MP3 Audio Files
公式ページ:https://press.georgetown.edu/Book/A-Basic-Course-in-Iraqi-Arabic-with-MP3-Audio-Files
おすすめ度:★★★★☆
米国ジョージタウン大学出版が2004年に刊行。上記の『A Short Reference Grammar of Iraqi Arabic』同様 Georgetown Classics in Arabic Languages and Linguistics の一つとして1969年に出版された古い書籍を復刊したものなので、表紙以外の中身はかなり年代を感じさせるものとなっています。
昨今の語学書に比べるとフォントが小さい上にアラビア語部分はラテン文字転写のみのスタイルなので読みやすさを求める方には向いていませんが、文法解説の正確さといった長所も備えています。
全体の作りとしては全部で40ユニットあり、懇切丁寧な文法解説に会話スキットや単語リストを加えた構成になっています。練習問題で人称・数・性に合わせた言い換えが延々と続く、子音・短母音・長母音・二重母音の発音や子音連続・発音同化といった話題が長いなど、気軽にイラク方言を覚えて手っ取り早く会話能力を向上させたい独習者には向いていないのもたしかです。
60年前に書かれたため口語アラビア語学習書としては既にかなり古く、会話スキットについては一部アップデートが必要なのではとも感じましたが、イラク方言特有の発音など重要な部分の情報に関して非常に信頼性が高いので★4としました。
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Beginner’s Iraqi Arabic with 2 Audio CDs
おすすめ度:★★★☆☆~★★★★☆
2006年に米国の出版社 Hippocrene Books から色々な言語の入門書シリーズ Beginner’s Series の一つとして発売されたようなのですが、既に絶版らしく出版社サイトからも書籍ページが削除されてしまっている状態で、米国Amazonにて古本を買いました。
アラビア文字は全く出てこずラテン文字(英字)による転写のみで学習するスタイルです。
アラビア語初心者用の割には動詞活用や派生形といった文法練習が細かめなので、アラビア語を全く学習したことが無い方がいきなりこの本に取り組んで完走するのは意外としんどいかもしれません。
ジョージタウンの『Modern Iraqi Arabic with Mp3 Files』では触れられていない部分の説明がある、イラク方言話者の発音の癖がかなり反映されたナレーションで耳を慣らすのにちょうど良いといった特徴を考えると、他書で学習してから知識補充用に使うとより効果的に活用できるような気がします。
語学書としては作りが甘めですが、買って損は無かったので評価は★3.5としました。
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Iraqi Dialect Through Dialogue
公式ページ:http://www.montezumapublishing.com/larc/arabic
おすすめ度:★★★★☆
サンディエゴ州立大学 Montezuma Publishing 刊のイラク方言学習書で、現在売られているのは第2版になります。Amazonではイラン語などと表示されていますが.comにはIranian Languages Editionと書かれていますが中身は普通にバグダード方言の教科書でした。
レッスンは全部で55課。イラクの地理、政治、イラク社会、治安問題に大別され、それぞれのジャンルにつき15課ほどが用意されています。学習書としては会話スキットがだいぶ長くイラク人同士の雑談という体裁なので、フスハーなどのアラビア語リスニングに慣れている方でないと完走は厳しいかもしれません。
非ネイティブが日常会話を覚えるための学習書ではありませんが、イラク事情の勉強にもなること、歩きながら聴くのに手頃だったころもあってこちらの音声教材は数百周ぐらいしたような気がします。学習書としての充実度はそんなに高くないものの、イラク方言に関しては一番お世話になった教材ということで★4としました。
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Iraqi Dialect Versus Standard Arabic
公式ページ:https://mattikhoshaba.wixsite.com/
おすすめ度:★★★★☆
個人の方の論文を製本化したような感じの書籍です。アメリカのAmazonだとMatti Books Publicationという自ら立ち上げられたらしい出版所が直接販売しています。
著者はニネヴェ地域出身のMatti Phillips Khoshaba氏。モースル大学卒業でイラク・中東の諸言語に通じておりクルド語等の辞書も執筆。
本書はイラク方言特有の表現を英語でどのように言うかをまとめたネイティブ向けの解説書として作られたようなのですが、国内の方言差と子音の発音、フスハーとイラク方言との比較に加え基本挨拶集、「お前は靴野郎だ」といった罵倒語も含めた分野別決まり文句集が充実。フレーズブックの代用としてもおすすめです。
ただ転写が少々アバウトなので正確な発音を知りたい非ネイティブには不親切かもしれません。
辞書
The Georgetown Dictionary of Iraqi Arabic: Arabic-English, English-Arabic
公式ページ:http://press.georgetown.edu/book/languages/georgetown-dictionary-iraqi-arabic
おすすめ度:★★★★☆~★★★★★ ネット辞書を使わない場合は必須
アラビア語学習書を多数出版している米国ジョージタウン大学の出版部であるGeorgetown University Pressが2013年に発売した辞書で、前半がアラビア語-英語辞書、後半が英語-アラビア語になっています。
いわゆる語根方式の辞書で、アラビア語の語形や動詞派生形について既習であることが前提の作りです。例文の数もそれなりに豊富です。
調べたい単語が載っていないことがある、イラクでは ك や گ の表記になっている部分が ق になっているなど気になる点はありますが十分役に立ってくれており購入して良かったと感じています。
The Living Arabic Project というオンライン辞書サイトが充実したイラク方言辞書を追加してからはすっかり利用回数が減ってしまいましたが、イラク方言学習初期にはまだ無かったため『The Georgetown Dictionary of Iraqi Arabic』抜きでの学習はさすがに厳しかったと思います。
1960年代に出版された『A Dictionary of Iraqi Arabic: English-Arabic/Arabic-English (Georgetown Classics in Arabic Language and Linguistics)』を発展させた内容だとのことで、実際に見比べてみると例文や意味の解説部分がかぶっています。ほとんど同じな上に見やすさもかなり違うのでイラク方言の辞書を買う場合はこちらの1冊だけで十分だと思います。
A Dictionary of Iraqi Arabic: English-Arabic/Arabic-English (Georgetown Classics in Arabic Language and Linguistics)
おすすめ度:★★★☆☆
米国ジョージタウン大学の出版部であるGeorgetown University Pressが2003年に刊行。Georgetown Classics in Arabic Languages and Linguisticsということで上で紹介した文法書同様1960年代出版の古い書籍を復刊したものとなっています。
こちらの辞書は最初に英語-アラビア語辞書、次にアラビア語-英語辞書という順番ですが英-アラ部分はページ数が少なくメインはアラ-英パートとなっています。
全て転写のみでアラビア文字による検索や例文は基本的にありません。アラ-英パートの文字の大きさはアラビア語の辞書としては普通です。一方英-アラ部分のフォントはかなり小さいので読みづらいと思います。英-アラ部分は見出しが太字ですが、アラ-英部分は全部同じ太さなので項目を見つけにくいです。
近年はアーンミーヤをアラビア文字表記することが多いこともあって個人的には『The Georgetown Dictionary of Iraqi Arabic: Arabic-English, English-Arabic』の方が使いやすさ・内容の両観点からおすすめです。こちらの辞書をアップデートした内容だとのことで例文などもかぶっています。
こちらの古い辞書についてはあれこれ買い揃えたい方以外はわざわざ購入する必要は無いかもしれません。自分がイラク方言を頑張るつもりでこちらも買ってしまいましたが、全く使っていません…
المعجم للكلمات والمصطلحات العراقية
URL:http://www.iraker.dk/maqalat24/Iraqi%20words%20Dic.pdf など
おすすめ度:★★★★★
『المعجم للكلمات والمصطلحات العراقية』(イラクの言葉・用語辞典)という題名がつけられた辞書で、PDFファイル形式にてネット上で配布されているのを見つけてダウンロードしました。
そもそもはデンマークのイラク系移民たちが故郷の方言について学べるようにと作ったものだとか。写真が多数ついており語源の解説も詳しいです。普通のアラ-英辞書に載っていない情報が満載なのでタブレットのPDFリーダー内でテキストのタブ→イラク方言-英語辞書のタブ→こちらの辞書のタブという順番で並べて頻繁に使用しています。
発音を示す目的以外での母音記号がついていないネイティブ向けのアラビア語文で書かれているので、フスハー既習者の方におすすめです。
自分はイラクの民謡の歌詞を調べたり魚の名前を覚えたりするのにこちらを多用しました。古い職業名や英語由来の外来語なども載っているので本当に重宝します。
会話本
Iraqi Phrasebook : The Essential Language Guide for Contemporary Iraq (Teach Yourself)
おすすめ度:★★★★☆ イラク訪問予定の方におすすめ
ジョージタウン大学出版部から出ている『Modern Iraqi Arabic with Mp3 Files』著者の先生による会話本です。
イラクへの旅行・滞在・居住に必要だと思われる様々なシーンでの会話が収録されています。巻末は英語-アラビア語語彙集になっています。
アラビア文字は使われておらず英字による転写(ラテン文字転写)のみとなっています。ジョージタウン大学の『Modern Iraqi Arabic with Mp3 Files』と著者が同じなのですが、そちらと同じく転写がやや不正確なことがあり、実際の発音にずれがある例がしばしば見られました。
そうした箇所については訂正した上で覚える必要があるので、既習単語でない場合はこまめに辞書で調べて訂正を入れると良いかもしれません。
音声教材が無い点が非常に惜しいのですが、イラク旅行者・滞在者向けのフレーズブックはこの本ぐらいしか無いので★4つとしました。
現地旅行をしたい方はこちらの本を持っていかれるのがおすすめです。(旅の指さし会話帳よりも内容が正確で、収録単語数・会話数も豊富です。)
旅の指さし会話帳46 イラク イラク(アラビア)語
おすすめ度:★★☆☆☆~★★★☆☆
指さし会話帳シリーズ共通の特徴ですが全て手描き/手書きなので見やすさはあまりありません。イラク編はかなり急いで欄を埋めていった感じでアラビア文字部分が読みづらいです。他の言語バージョンのサンプルも見てみましたが書き手によって丁寧さにかなり差があるようです。
フスハー混入率が高く数詞の形と読みは全部非イラク方言、物の名称もイラク方言ではなくフスハーでの名前が載っていたり、アラビア語に訳せるワインや温泉といった語もただの当て字「ワーイン」「オーンセン」になっていたりします。
ネイティブの方と組んだ日本人アラビア語学習者の方がイラク方言に通じていらっしゃらなかったためか、アラビア文字部分とカタカナの読みガナが一致していない場所が多い、読み間違え・聞き間違えたと思われる読みガナの誤字が多い、ラマダーン明けのイードの挨拶に「新年おめでとう」という訳がついている、يومين [ ヨーメーン ] のようにアーンミーヤ発音すべき部分に文語での発音 [ ヤウマイニ ] を書いてある、باجر と書いて [ バーチル ] と読まなければならない語につづり通りの [ バージル ] という読みをつけてしまっている等気になる点が複数ありました。
旅の指さし会話帳イラク編についてはAmazonレビューで「アラビア語部分の誤字が多い」と書かれています。確かに誤字脱字もあるのですが本来 إِ なのを全部 أ で書く、ه が標準の語末を ة にする、ى の上に短剣アリフを書き添えるのはネイティブの方に見られるややイレギュラーなアラビア語表記として実在しています。
ض が ظ(ただしレヴァントやエジプトと違い舌を歯ではさむ方)に置き換わるのもイラク人も含めたアラブ人ネイティブにありがちな子音の置き換えから来るつづりですが、語学学習書としては標準的ではないのでアラビア語学習者により分かりやすいスタンダードなアラビア語表記だと混乱が少なくて良かったのではないかと思います。
旅の指さし会話帳イラク編は自衛隊が大量発注して現地に持参されたそうですが、軍人向け方言教材が豊富なアメリカのように教材を特注で作って用意された方が良かったのではという気もします。ささっと描いた感じの強めな指さしシリーズのイラストだと何を描いてあるのか分からないこともありますし、識字率が100%ではないことを考えれば誰が見ても見間違えない写真+活字の方が伝わりやすいように思います。
結局のところ、一応全部アラビア語で書かれてはいますが残念ながらイラク方言の学習書としてはおすすめできません。個人的にはアビール・アル・サマライ先生のような日本語・フスハー・イラク方言に通じた方に依頼すればもっときちんとした物が出来上がったのでは…と感じました。
*ちなみにイラクは2003年以降急速に識字率が低下しています。指で示しても文字を読めない人が増えているので『Iraqi Phrasebook : The Essential Language Guide for Contemporary Iraq (Teach Yourself)』のような会話本を買って自分で読み上げた方が良いかもしれません。
(2025年8月 書籍レビューの増補と単独ページへの切り分け)