おすすめ度:
★★★★☆(専門性が高い文法学習書として)
★☆☆☆☆~★★☆☆☆(日常会話力増強・実用性重視の方のニーズに見合うかどうか)
信頼性が高い内容と厳密なラテン文字転写を徹底
アラビア語専攻生や言語学既習者が満足できる文法書ながら
イラク渡航者の実用的会話能力増強は他書利用を推奨
著者:Wallace M. Erwin
出版社:Georgetown University Press
ページサンプル
目次と本編の見本はGoogleブックスで確認可能です。
本の概要
公式ページ:https://press.georgetown.edu/Book/A-Short-Reference-Grammar-of-Iraqi-Arabic
Georgetown Classics in Arabic Languages and Linguistics series
米国ジョージタウン大学の出版部である Georgetown University Press が2004年に刊行したものですが、こちらは Georgetown Classics in Arabic Languages and Linguistics series といって昔出版されたアラビア語文法書を復刊したシリーズなので、実際の初版は1963年とかなり古いです。
口語アラビア語(アーンミーヤ)の学習書は60年も前の本ともなると昨今では聞かれないような言い回しが載っていたり貨幣価値や日用品の種類などが違いすぎて会話学習には使わない方が良いものもしばしばあったりするのですが、こちらの『A Short Reference Grammar of Iraqi Arabic』は発音・語形・文法に関する解説が中心なので比較的古さを感じにくいです。
内容
Googleブックスでも公開されている目次からの抜粋と大まかな内容は以下の通りです。
- SOUNDS:子音や母音の発音
- SOUNDS IN COMBINATION:二重母音、子音連続、補助母音、発音同化
- STRESS:強勢、アクセント
- INTRODUCTION TO MORPHOLOGY:語形、語幹と母音
- VERBS:動詞と活用、派生形
- NOUNS:名詞、動名詞、性と数、複数形
- ADJECTIVES:形容詞、分詞
- NUMBERALS:数詞、基数、序数
- PRONOUNS:人称代名詞、指示代名詞、疑問代名詞
- PARTICLES AND WORDS ENDING IN an:不変化詞、小辞
- INTRODUCTION TO SYNTAX:構文、性・数・定/不定の一致、否定
- VERB PHRASES:動詞を含む表現、كان を用いた表現
- NOUN, PRONOUN, AND ADJECTIVE PHRASES:名詞・代名詞・形容詞を含む表現
- RELATIVE CLAUSES:関係代名詞、関係節
- CONDITIONAL SENTENCES:条件文
会話スキットや練習問題は無く、ひたすら文法教科書・言語学解説書のような文章が続くタイプの語学テキストです。
難易度
『A Short Reference Grammar of Iraqi Arabic』という題名の通り、一応アラビア語を研究している専門家向けの語学研修テキストに比べればかなり手加減はしてあると思うのですが、大学出版で刊行されるアラビア語教本としてはかなり学術的カラーが強く、「イラクに旅行するので会話ができるようになりたい」といった方のニーズには全く合っていないと言えるかもしれません。
自分もこの手の文法書は学生時代は苦手で買っても積読状態で放置するか、読んでもあまり吸収できずその後ほとんどの情報が頭から抜け落ちて◯◯年後の時点でほぼ記憶に残っていなかったりもしたのですが、おそらくレベル的に合っていなかったことが原因なのだと思われます。
英語で書かれたアラビア語関連の文法書や専門書をある程度読み慣れてきて、かつイラク方言の学習年数が4年を超えた頃に取り組んだところ、既に大まかな情報を得ていたため読み進めるのが止まってしまうということが起きにくく、また気になっていた点が解決されたりとその有用性や内容の信頼性を実感することができました。
アラビア文字は使わず一部オリジナル表記を取り入れたラテン文字転写を使っているだけなので、一応はアラビア語学習経験が無くても言語学などの下地がある方ならいけるとは思います。
ただ内容的には文語アラビア語フスハーが中級以上でかつ英語で書かれた専門性の高い文法書を読み慣れている状態で利用するのが良い感じで、読む人をかなり選ぶ文法書だと言えるかもしれません。
本書『A Short Reference Grammar of Iraqi Arabic』が難しすぎると感じた場合の代替案としては、基礎的な文法をある程度詳しくまとめた正確性の高い学習書でジョージタウン大学出版 Georgetown Classics in Arabic Languages and Linguistics series の一つである『A Basic Course in Iraqi Arabic with MP3 Audio Files』が、音声教材もついているのでおすすめです。(同じ先生が書かれた姉妹書なので、解説がある程度似通っています。)
表記
表記についてはアラビア文字は使わず、ラテン文字転写のみというです。
文字はタイプライター打ちした感じの小さなサイズでやや読みづらいです。アラビア語部分はラテン文字転写のみという昔ながらの口語アラビア語教本の方式なのでアラビア文字表記を求める方には向いていませんが、口語アラビア語で起こるフスハー発音との違いを正確に翻字しているため非常に有用だと感じました。
ネイティブのイラク人が書いた教科書と違い「どの母音を入れるか」「アラビア文字で長母音があるようにつづられていても実際には短くなる」といった細かいポイントの正確さを徹底している本なので、適当さ・不正確さが見られる転写に不安を感じている方におすすめです。
ラテン文字はIPA、LC、ISO方式の当て字と共通のものが一部使われているものの、いくつかの子音はアラビア文字(と似た形状の字)を転用しているなど、本書籍オリジナルとなっています。
ただ奇抜な転写ではないので、ぱっと見だとどの子音のことなのかわからないという風にはなりにくく、読んでいるうちに慣れて気にならなくなるのでは、と思います。
感想
「イラク旅行のために話せるようになりたい」「まずは基礎的な事項をざっと学びたい」という方には全く向いていない教本なので、実用性という点では★1.5ぐらいかもしれません。
しかし学習年数が4年を過ぎてから改めて読み直したところ、母音の脱落や母音のシフトといった情報が詳しくまとめられている本書の有用性を実感。長期間イラク方言ネイティブたちの色々な会話をリスニングして「いつも◯◯と聞こえるのはなぜか」といった疑問がある程度蓄積してきた頃に利用するとより効果的だと思いました。
全編にわたって非常に丁寧にまとめられていること、ラテン文字転写の厳密さに関しても信頼性が高いことから、アラビア語専攻や言語学界隈の中級~上級学習者からは好評価を得るような良書なのでは、との印象です。
ただ60年以上前の古い本で通常の口語アラビア語教本であれば賞味期限切れもしくは賞味期限ギリギリであること、会話能力が直接向上する実用的な類の教科書ではないことから「是非買うべき」といった勧め方はできないのですが、一定以上のレベルに達した学習者にとっては大いに満足できる内容なので自分的には★4、ただし初級学習者向けとしては難しすぎ自分もかつては中をチラ見して放置した経験があるので★1.5という風に評価を分けてみました。
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A Short Reference Grammar of Iraqi Arabic 著者:Wallace M. Erwin 出版社:Georgetown University Press ![]() |