A Basic Course in Iraqi Arabic with MP3 Audio Files【書籍レビュー】

A BASIC COURSE IN IRAQI ARABIC with MP3 Audio Files

おすすめ度:★★★★☆
アラビア語専攻学生や言語学既習者が細かい情報を得ながら
初級文法学習とリスニング練習できる口語教本
信頼性が高いが60年前とかなり古く字も細かいので
他の初級本で基礎固めをしてから読むのがおすすめ

著者:Wallace M. Erwin
出版社:Georgetown University Press

ページサンプル

目次と本編の見本はGoogleブックスで確認可能です。

本の概要

公式ページhttps://press.georgetown.edu/Book/A-Basic-Course-in-Iraqi-Arabic-with-MP3-Audio-Files

Georgetown Classics in Arabic Languages and Linguistics series

米国ジョージタウン大学の出版部である Georgetown University Press が2004年に刊行したものですが、こちらは Georgetown Classics in Arabic Languages and Linguistics series といって昔出版されたアラビア語文法書を復刊したシリーズなので、実際の初版は1969年とかなり古いです。

口語アラビア語(アーンミーヤ)の学習書は60年も前の本ともなると昨今では聞かれないような言い回しが載っていたり貨幣価値や日用品の種類などが違いすぎて会話学習には使わない方が良いものもしばしばあったりするのですが、こちらの『A Basic Course in Iraqi Arabic with MP3 Audio Files』の解説は懇切丁寧で中級以上の学習者にとっては有用な情報も多数掲載しているので、会話スキットの古めかしさや堅苦しさを差し引いても読む価値は十分にあると思います。

内容

目次と細かい学習項目はGoogleブックスで公開されている目次にて確認可能です。

全体の作りとしては全部で40ユニットあり、同じ著者による『A Short Reference Grammar of Iraqi Arabic』よりは多少とっつきやすい丁寧な文法解説に会話スキットや単語リストを足したような構成になっています。

序盤のかなりのページ数はイラク方言の子音の発音や語形に関する説明に割かれており、ユニット11になってようやく会話スキットと各種文法項目を織り交ぜた構成に切り替わります。

英語発音とイラク方言ラテン文字転写の読み方の違いを丁寧に練習したり、言語学用語を多様せずにたとえ話も交えた解説で理解させようというスタンスの教本なのでアラビア語既習者にとってはかなり冗長に感じるほどの丁寧さとなっていますが、そうした懇切丁寧な解説がこの『A Basic Course in Iraqi Arabic with MP3 Audio Files』の長所でもあるので、必要に応じて拾い読みする感じになるかと思います。

ドリル(Drill)は通常の文法書の練習問題とは違って人称・性・数の入れ替え練習の色彩が濃く、それぞれに音声教材の吹き込みが対応しているので、耳で聴いて覚える活用表として利用するのに向いています。

慣用句の意味説明も含め、中級以上のアラビア語既習者が気になること・知っておいた方がよいことを多数盛り込んでいること、イラク方言学習書の中でも正確性が特に高いので、約60年前のアーンミーヤ教本ではあるものの依然としてその有用性は失われていないように感じられました。

なお会話スキットは慣用句も交えた実用的なものがしばらく続いた後、イラク人女性のお婿さん探しと新婚旅行までの物語シリーズに切り替わります。白水社ニューエクスプレスシリーズのようなイラク旅行に直結するような会話を多数含んだ学習書をお求めの方は、ジョージタウン大学出版『Modern Iraqi Arabic with Mp3 Files』がレベル的にも初級向けに近いので先にそちらを買われた方が良いと思います。

難易度

同じ著者による『A Short Reference Grammar of Iraqi Arabic』と同様、「イラクに旅行するので会話ができるようになりたい」といった方のニーズにはあまり合っていないと言えるかもしれません。

自分もこの手の文法書は学生時代は苦手で買っても積読状態で放置するか、読んでもあまり吸収できずその後ほとんどの情報が頭から抜け落ちて◯◯年後の時点でほぼ記憶に残っていなかったりもしたのですが、おそらくレベル的に合っていなかったことが原因なのだと思われます。

Amazonレビューなどにも「難しすぎて理解できなかった」といった感想が寄せられている通り、レベルに合っていない状態ではお手上げになりやすいタイプの学習書だという気がします。

英語で書かれたアラビア語関連の文法書や専門書をある程度読み慣れてきて、かつイラク方言の学習年数が3年を超えた頃に取り組んだところ、既に大まかな情報を得ていたため読み進めるのが止まってしまうということが起きにくく、また気になっていた点が解決されたりとその有用性や内容の信頼性を実感することができました。

アラビア文字は使わず一部オリジナル表記を取り入れたラテン文字転写を使っているだけなので、一応はアラビア語学習経験が無くても言語学などの下地がある方ならいけるとは思います。

ただ内容的には文語アラビア語フスハーが中級以上でかつ英語で書かれた専門性の高い文法書を読み慣れている状態で利用するのが良い感じで、イラク方言の学習書を4~5冊終えた頃に取り組むのがおすすめかもしれません。

本書『A Basic Course in Iraqi Arabic with MP3 Audio Files』も良い本ではあるのですが、イラク方言を初めて勉強するという方は、読みやすくレベル設定としても初級向けなジョージタウン大学出版『Modern Iraqi Arabic with Mp3 Files』を先に購入された方が良いと思います。

表記

表記についてはアラビア文字は使わず、ラテン文字転写のみというです。

文字はタイプライター打ちした感じの小さなサイズでやや読みづらいです。アラビア語部分はラテン文字転写のみという昔ながらの口語アラビア語教本の方式なのでアラビア文字表記を求める方には向いていませんが、口語アラビア語で起こるフスハー発音との違いを正確に翻字しているため非常に有用だと感じました。

ネイティブのイラク人が書いた教科書と違い「どの母音を入れるか」「アラビア文字で長母音があるようにつづられていても実際には短くなる」といった細かいポイントの正確さを徹底している本なので、適当さ・不正確さが見られる転写に不安を感じている方におすすめです。

ラテン文字はIPA、LC、ISO方式の当て字と共通のものが一部使われているものの、いくつかの子音はアラビア文字(と似た形状の字)を転用しているなど、本書籍オリジナルとなっています。

ただ奇抜な転写ではないので、ぱっと見だとどの子音のことなのかわからないという風にはなりにくく、読んでいるうちに慣れて気にならなくなるのでは、と思います。

音声教材

MP3ファイルと付属CD-ROM

書籍題名に『A Basic Course in Iraqi Arabic with MP3 Audio Files』とある通り音声教材はMP3形式のファイルなのですが、付属CD-ROM内のファイルをパソコンに移して使用することが前提となっており、昨今標準的方法になってきているサイトからのダウンロード方式は今でも採用されていない模様です。

ジョージタウン大学出版の書籍公式ページ内ではMP3が配布されておらず、中古で購入する場合はこのCD-ROMが欠品していないかどうかを商品詳細で確認された方が良いかもしれません。

なお著作権侵害アップロードだと思われることからリンクをはることは差し控えますが、CD-ROMの中身などは Internet Archive(https://archive.org/)にあるので、「昔買ったけれどもCDを紛失した」といった方は止むを得ずですがMP3の入手をすることはできる形となっています。

MP3ファイルについてはPCからiPadに転送したところ、全491ファイル、合計24時間6分と表示されました。アラビア語学習書としてはものすごい時間数で一つずつまともに聴いていたら相当な日数がかかってしまうと思うのですが、そのぶん聞いて覚える活用表といった感じでイラク方言特有の語感や語形変化を耳で覚えるのに向いているため、自分も重要な部分はリピートして聴いたりしました。

音声教材の概要

1969年の発売時に収録された音声をそのままMP3化したらしく、英語のナレーションも含め話し方にやや古めかしさを感じます。

本文同様非常に丁寧・親切な作りで、英語のナレーターが状況や課の内容を説明。会話スキットに関しては一文ずつゆっくりスピードで読み上げた後にノーマルスピードでの対話が流れるという方式になっています。

オーディオファイルの分量を増やさないようにする都合上ファイル数が少ない傾向にある昨今のアラビア語学習書とは全く違い、「録音の総時間が長大になったとしても丁寧な教材作りを優先させる」という著者の先生の方針があったのでは、と感じさせるポイントともなっています。

アラビア語ナレーションは男性と女性とが登場。ノーマルスピードの時は口語アラビア語学習書としては早めのしゃべりではあるものの、不明瞭だとか滑舌が良くないといった問題は無く、アラビア語のリスニングに慣れている方であればおおむね聞き取れるのでは、と思います。

感想

60年前に書かれたため口語学習書としては既にかなり古く、現地番組・動画を視聴してもまず耳にしないような言い回しが載ったりもしているのでおそらく一部内容はアップデートが必要なのだと思いますが、イラク方言特有の発音など重要な部分の情報に関して信頼性が高いので★4としました。

ジョージタウン大学出版の Georgetown Classics in Arabic Languages and Linguistics series シリーズはパソコンが普及し読みやすいフォントやレイアウトが普及する前のアラビア語教本でかなり字が小さくラテン文字転写も見づらかったりするのですが、懇切丁寧な解説は中級以上になると非常にありがたい存在となり、自分の中でもイメージが大きく変わりました。

本棚の肥やしになりやすいタイプの教本なので、完走を目指す場合はイラク方言の学習がある程度進んでから着手されるのがおすすめかもしれません。

 

A BASIC COURSE IN IRAQI ARABIC with MP3 Audio Files A Basic Course in Iraqi Arabic with MP3 Audio Files
著者:Wallace M. Erwin
出版社:Georgetown University Press