「音程が外れまくっている」「日本の中高生のブラスバンドの方が上手い」「自衛隊の音楽隊と全然違う」「敵対国に心理的ダメージを与えるためにわざと下手くそな演奏をしている」といったネタ的な意味で取り上げられることが多いエジプトの軍楽隊。
そうしたイメージとは異なり現地メディアでは軍の統制を司り国のために尽くす軍人たちとして紹介されていることが多いです。この件について気になったので、彼らがどういう経緯で選抜されているのか、どんな音楽教育を受けているのかについて調べてみました。
ニュース記事から
エジプト軍楽隊の概要
エジプト日刊紙Youm7ニュースサイト記事
(Youm7紙がエジプト軍楽隊内で取材した初の報道機関に.. 運営部には軍楽隊学校と最高レベルの演奏家らが含まれる .. 国軍には60の部隊がありエジプト国内外あらゆるイベントへの参加が可能)
要旨:
エジプト国軍の軍楽隊はムハンマド・アリー時代の1838年に創設された。当初は国内3箇所に軍付属音楽教練所があった。
軍楽隊はエジプト国内外で演奏活動を行っており、時の経過と共に知名度が上がっていったが。しかしながら軍楽隊そのものにスポットが当てられないままで、2019年に書かれたこの記事がメディアに掲載された初の詳細リポートとなった。
軍楽隊ではプロ意識をもって世界基準に見合う運営が行われており、団員らは誇りを感じ自己研鑽と練習に励み軍にふさわしい演奏ができるようにと心がけている。
エジプト国外の活動でも素晴らしい業績を残しているとして1965年には大統領から勲章授与も行われた。
軍楽隊は軍内部でも重要な役割を果たしている。
新団員は軍養成校卒業生。告知を見て応募した志願兵を軍付属軍楽隊運営部が選抜し、軍楽隊活動に対する意欲の強さや身体面の必要条件といった複数要素から適性を見て採用決定を行う。
軍楽隊メンバーは軍養成校出身なのでまず最初に一般の基礎教練を受ける。軍楽隊付属音楽学校に入るのはその後。
軍楽隊付属音楽学校は全3課程。軍楽隊に加わるのに必要な訓練が段階を追って施され、中期課程になってから担当する演奏楽器を割り当て、最終過程で国歌演奏等を学ぶ。
新団員は体格や長時間練習に耐える能力を加味して軍楽隊内での配置が決まる。
エジプト軍楽隊は一般催事、要人晩餐会等演奏機会に合わせた隊に分かれている。
誇りをもって国を代表し国民を喜ばせる存在
エジプト日刊紙 Youm7 ニュースサイト記事
(特殊分野の英雄たち .. 軍楽隊がYoum7に明かす愛国歌と結びついた秘話・逸話そして世界による彼らへの視点 .. 国軍シンフォニー指揮官:「私は34年前に加入しました」.. 新入隊員:「加入できて誇らしく思います」)
要旨:
高いプロ意識・ぴしっと整った隊列・国民を喜ばせる精神で任務を遂行しているエジプト軍楽隊。彼らは国民と共に歩み、彼らを代弁する存在でもある。
軍楽隊員らは多くの業績を築いてきた英雄。複数ある部隊の中で特にポピュラーなのがエジプト国歌演奏・各国要人歓迎を担当する部隊。
シンフォニー部隊指揮官コメント:
自身は音楽隊歴34年。国への貢献に対し誇りを常に感じている。
彼らの武器(*エジプト軍楽隊における楽器の呼び名)はエジプト軍における重要な武器の一つ。エジプト軍楽隊は国内外から称賛を受ける存在。ロシアで開催されたフェスティバルは2位だったものの大勢が人気投票してくれ中国に僅差で敗北を喫した。隊は常に進化を遂げており、衣装も隊員の動きに合わせたデザインとなっている。
オーボエ担当軍楽隊員コメント:
音楽隊歴18年。オーボエの練習に励み軍楽隊に加入した。軍楽隊員らの演奏レベルは非常に高く、世界水準に匹敵していると感じている。自分も同僚らも軍楽隊の仕事に誇りを持っている。
アルトサックス担当コメント:
軍楽隊歴15年。ロシア開催の軍楽隊フェスティバルではエジプトだけでなくロシアの楽曲も演奏できたのでロシア人たちを驚嘆させられたと思う。軍楽隊の仕事をしていて疲れを感じることもあるが、人々の前で演奏が上手くいくとその疲れも吹き飛んでしまう。
(以下略。エジプト軍楽隊の努力・研鑽・高い技能・海外における評価の話が続く。)
エジプト軍楽隊員選抜基準と2年間の集中的音楽教育
エジプト週刊紙記事 Akbar el-Yom ニュースサイト記事
(談話 | 軍楽隊運営部所長:60の部隊が国内外の催事に参加)
抜粋:
エジプト国軍の軍楽隊学校加入学生選定基準は
- 17歳を超えない
- 身長170cm以上
- カリキュラムについていけるだけの能力がある
- 音楽を学びたいという意欲がある
- 聴力が良い
- (*楽器演奏時に使うこととなる)唇・歯が健康である
- 指の動きが柔軟
- 音・リズムを聴き分けるテストで合格を果たす
等が条件。
有望な志願兵が残され採用が決まると、学生としてまずエジプト国軍アカデミー معهد ضباط الصف المعلمينで軍人に必要な基礎教育を受ける。
軍楽隊学校に移った後は音楽の基礎や演奏技術を国内大学等の先生たちから教わり、他アカデミー・音楽学校の教育の元技能を高めていく。幼児期から音楽教育を受けてきた人たちと違い付属音楽学校入学後の2年で集中的に養成を済ませる。
動画ニュース・特別取材から
エジプト軍楽隊探訪取材
軍楽隊の概要紹介番組
2021/03/07公開動画
エジプトのテレビ局Ten TVが放送した『祖国の盾』という題名の国防番組です。
要旨:
音楽隊候補生は軍訓練校卒業生の新兵ではなく様々な専門技術教育を行う معهد ضباط الصف المعلمين にまだ在籍している途中の学生。一般の軍事教練基礎課程を6ヶ月受けた後で音楽学校に入り、まず楽譜の読み方・音階・リズムの基礎を学習。
適性を見て各自に合うであろうと見込まれる担当楽器が割り当てられる。
同学校は卒後軍楽隊に配属された隊員の訓練やアラブ・アフリカ諸国から派遣された訓練生の受け入れも実施している。取材当時はサウジアラビアから来た軍楽隊員13名が在籍。
3:00
軍楽隊付属音楽堂。建物前にいるのは軍式典担当部隊。戦没者追悼式典で演奏される曲を実演。
5:59
軍関連校卒業式典やスポーツ選手権等での演奏を担当する部隊。バグパイプ演奏を実演。
7:39
シンフォニー部隊。エジプト軍楽隊の中でもエリート集団とされており、演奏スキルが高い隊員で構成。エジプトや諸外国の国歌演奏を担当するのもこの部隊。どの国歌を演奏するか決まったら楽譜を用意し練習、本番に備える。
軍楽隊員らが基礎教練を受ける国軍のアカデミーについて
2022/02/06公開動画
こちらも上と同じくエジプトのテレビ局Ten TVが放送した『祖国の盾』という題名の国防番組です。エジプトでは有名な卒業記念デモンストレーションや食堂での一斉食事などの様子も収められています。
エジプト軍楽隊員らが音楽以外の基礎教練を受けるのは معهد ضباط الصف المعلمين という軍人養成アカデミーで、ボディービルディングやパルクールのアクロバティックな動きを取り入れた卒業時パフォーマンスの様子はネットで見たことがある方もいらっしゃるのでは。
この教練所で軍楽隊員は陸海空各種兵器・機器の取り扱いを学ぶのだとか。そして軍楽隊関係者が担当する楽器はライフル等と同様に سِلَاح [ silāḥ ] [ スィラーフ ](兵器、武器)と呼ばれているのですが、楽器を敢えて武器を称することに関しては「音楽学校卒業後もエジプト国軍の立派な軍人として職務に励む 」という気持ちが込められている模様です。
エジプト軍楽隊の新兵選抜手順と教育課程
2021/03/07公開動画
エジプトのテレビ局Ten TVが放送した『祖国の盾』という題名の国防番組のうち、文学対運営部の責任者が軍楽隊員らが誕生するまでの様子を詳しく説明している部分のビデオになります。
要旨:
軍楽隊運営部はエジプト国軍の一組織で、軍内の統率や士気高揚に寄与し聞く人々に喜びを与える役目を負っている。
エジプトでは古代王朝時代から軍楽隊があったがムハンマド・アリー時代に近代的軍創設に合わせ مدرسة الطبول والنفخيات والأصوات(打楽器・吹奏楽器・音楽学校)が誕生。学校はカイロ、ハーンカ、アシュート(アスユート)に設置された。その後海外に引けを取らないレベルを備えた今の軍楽隊教育・運営形態に発展した。
軍楽隊運営部が国軍内の全軍楽隊の管理・訓練を統括している。
軍楽隊は国・軍の催事や軍関係卒業式に参加。約千人という非常に大規模なパレードも行う。
軍楽隊は国軍志願兵と同様に募集を行っている。一般の志願兵採用時の選定基準に加え、音感やリズム感のテスト・170cm以上の身長・口や歯の健康・指の柔軟さ等を加味して採用を決める。
その次の段階で軍楽隊学校側が別途実施する細かい試験があり、ピアノや楽器を使って音楽隊隊員候補者の音楽センスをチェックする。
選抜通過者は軍人養成校で一般の基礎的教練を半年受けから軍楽隊学校に来て2年半、つまりは計3年間で修了し軍人となる。
軍楽隊付属音楽学校ではソルフェージュ等の基礎から始める。軍楽隊内にも教員らがいるが外部音楽院・オペラ座等との連携も行い人員を育成。
エジプト軍楽隊は海外でのコンテストで複数回1位を獲得しており、人気投票方式のフェスティバルでも上々の結果を得ている。諸外国との協力関係・交流も行っている。
ファラオ風で有名な軍楽隊衣装はエジプト国内で製造。イベントに合わせ企画しており、軍服・古代エジプト風・マムルーク朝風といった各種衣装の中からその催事に見合うものを選んで着用している。
軍楽隊選抜の詳しい内容と動きながらの演奏訓練による仕上げまで
2014/10/10公開動画
エジプト国営放送の朝番組より。10月戦勝記念日に合わせた放送で軍楽隊関係者がゲスト出演。
要旨:
現在のエジプト軍楽隊はムハンマド・アリー時代に実施された近代化と近代エジプト国軍創設に合わせ誕生。軍内統率と兵士らの士気を高めるという役割を負った。
軍楽隊新隊員になるには、まず国軍志願兵募集時の年齢・国籍要件を満たし医学的身体・健康検査や運動能力テストに合格する必要がある。
軍楽隊学校が試験官を派遣、彼らの中から軍楽隊隊員を拾い上げていく。身長170cm以上・19歳を超えない・発話調音部位が正常・外見等が判定基準。
さらに身体面・技術面双方のチェックを実施。胸が広い(=胸囲が大きい)、歯に問題が無く欠けが見られないといった条件を確認、口周りの状態、聴覚・音感・病気の有無を確認するため耳周りを見るなどする。本人に軍楽隊加入意志があるかの確認も行う。
新隊員は歌唱・演奏能力を有することが望ましく、セッション試験(音の聴き分け・リズム記憶他)も経て最終的に軍楽隊入隊が決まる。
軍楽隊の演奏は全て楽譜を使用。耳で聞いての暗記(=耳コピ)はさせていない。
新兵は一般の軍事基礎教練を受けた後軍楽隊付属専属音楽学校に来る。音楽学校では準備課程で理論・音楽の歴史を学ぶ。中期課程で本人の希望と能力・適性に基づき担当楽器を決定、音階等を学ぶ。最終課程で楽曲実習や集中力を要求する行進しながらの演奏技術を習得。これらには各種講師陣が指導に当たっている。
軍楽隊付属学校での授業風景を多数収録した貴重な取材録画
2022/12/04公開
エジプトのテレビ局Ten TVが放送した『祖国の盾』という題名の国防番組シリーズで、軍楽隊員養成音楽学校でどんな授業が行われているかがとてもよくわかるビデオとなっています。
要旨:
軍内統制と士気高揚に寄与する軍文化組織の軍楽隊。人々の知覚を刺激し喜びを与えるなどする。
1:58に登場するのは軍楽隊運営部所長。
団員は条件を満たし合格した志願兵から採用、エジプト国軍アカデミー معهد ضباط الصف المعلمين に入った者らのうち適性がある者が軍楽隊へ入隊する。軍内統制という役割があるので隊は軍内セレモニーの全てに参加。民間イベントに登場することも。
カリキュラムは新しい物へとアップデートが続けられておりエジプト文化省芸術アカデミーと提携し専門家らの協力を得ているほか、高い専門性・学位を有する軍楽隊員が指導をし最新技術を伝授している。
軍楽隊には複数の部隊があるが、非常に重要なのが式典係で軍行事や各国要人出迎え等を担う。(中略)これ以外にも長い歴史を誇る交響楽団部隊もあり国際的軍楽隊競技会で繰り返し受賞、上位入賞している。
友好国軍楽隊との合同練習も実施。最新演奏技術を身につける一助となっている。エル・アラメイン会戦80周年追悼式典には7ヶ国が参加、合同練習も。
各隊員が担当する楽器は彼らの主戦兵器でもあるが、高価で値段高騰もあるため手入れ・補修を軍楽隊内で行っており専用工房も存在する。民間各ジャンルイベント・記念日等国の祝祭行事への参加に加え病院を慰問し小児患者を激励・国を愛する気持ちを育んだりする活動も重要な任務。
11:43~教官の講義に耳を傾ける訓練兵たち。教室の壁には音楽教育用ポスターが並ぶ。
軍楽隊付属専門教練課程。最初に基礎理論や読譜を学び中期の時点で本人の身体的適性他に基づき専攻楽器(16種)を割り当てる。
今教室で行っているのは楽器の手入れと簡単な補修方法の学習。楽器は非常に高価なので訓練兵らにメンテナンス方法等を教える。聴解・ソルフェージュの授業もあり受講した生徒らには大きな進歩が見られる。
15:35~英国軍楽隊との合同訓練
英国軍楽隊と練習しているエジプト側部隊は軍楽隊のシンフォニー部隊。西洋と東洋それぞれの楽曲演奏技術を交換するのが目的。演奏したのは英国の葬送曲で1週間の練習を経てここまで上手に弾けるようになった。
軍セレモニーや祭典に際しては事前に練習し現地での予行もする。エジプトに来訪する各国要人を出迎える際は国歌の楽譜を事務局が事前に用意し十分な練習を行う決まりとなっている。
国軍関連の催事参加
2020/10/20公開動画
エジプト国軍の兵士養成カレッジ・アカデミー卒業式典における軍楽隊演奏です。
アナウンスによると新兵のうち軍楽隊に配属されることが決まった一団だけが成果を発表するためにパフォーマンスをしているという訳ではなく、現役の軍楽隊が祝賀のために参加している模様です。司会が卒業生たちと卒業祝いを分かち合うために日頃の鍛錬の成果が表れている高度な陣形形成・演奏を披露している旨をアナウンスしています。
エジプトの勝利や神の加護を願う歌詞の軍歌等を披露。エジプトにおいては古代から軍楽隊が活躍してきたこと、軍楽隊員らが熱心な練習を行い高い技術を誇っていることが紹介されています。
エジプト軍楽隊の楽曲サンプル
Facebookにあるエジプト軍楽隊関連アカウント Arab Military Music and The World ではエジプト軍楽隊が演奏している楽曲の譜面と演奏サンプルの動画を複数提供しています。
動画は مارش ناصر(ナースィル・マーチ)なる楽曲。日本でよく使われているカタカナ表記にするとナセル・マーチになるかと。
エジプト軍楽隊の演奏技術について
各国要人が来る際に国歌は練習していないのか?
上の動画を見るとわかる通り、エジプト軍楽隊には要人歓迎時にその国の国歌を演奏する部隊がいて、来訪前に毎回楽譜が用意され一定期間練習しているとのこと。
軍事政権的なエジプトの公共放送で「軍楽隊は下手っぴだ」などとコメントが流れること自体考えられないので真実がどうなのかは断定できませんが、国歌演奏でわざと手を抜いている様子は全く無く毎回満足のいく演奏ができていると感じている模様です。
ネットには「汚職のせいで有力者の子弟がコネ就職をしてろくに練習もせず適当に演奏している」と書いている方もいらっしゃるのですが、軍楽隊のリポート映像やインタビューを見る限り練習は所定の期間行っているようです。
「エジプトの軍楽隊は他国の大統領に正々堂々けんかを売っている」といった評価は外野が面白がって与えたものであり、当事者らは真面目に頑張っているつもりだと解釈した方が事実には近いのではないでしょうか。
海外のフェスティバルに出場しているエジプト軍楽隊と上手さが違う?
また「海外の軍楽隊フェスティバルに出場しているエジプト軍楽隊は比較的まともに演奏しているのに、国歌演奏であんな風になってしまうのはなぜ?」というコメントを見かけたことがあります。
これについては国内で賓客歓迎時に国歌を演奏する部隊と、国際的フェスティバルに出場する部隊とが違っていることが原因かもしれません。
上の取材動画によるとエジプト国軍の軍楽隊には多数の部隊があり国歌演奏部隊と国際フェスティバル出場部隊とは別らしいので、メンバーがかぶることすらしていない可能性も高そうです。
エジプトと音楽界
日本ではエジプト軍楽隊について「音程が外れまくっている」「日本の中高生のブラスバンドの方が上手い」「自衛隊の音楽隊と全然違う」「敵対国に心理的ダメージを与えるためにわざと下手くそな演奏をしている」「東洋の楽曲に合わせて調律しているので他国の楽曲はどれを弾いてもおかしな音程になる仕組みになっている」といった評価が多いかと思います。
しかし現地では国のために尽くす英雄だとされており、国軍をけなすことにもつながる「下手」「手抜き」といった評価がメディアで流れることもまずありません。
エジプトは元々芸能界の規模がアラブ世界でも特に大きく、映画・ドラマ・歌謡曲制作の産業も非常に盛んです。毎年数え切れないほどの新作を量産している地域なので、西洋楽器を得意とするプロの演奏家たちも大勢います。
サウジアラビアなどに比べて楽器を子供に学ばせることへの抵抗感が少ないこと、イスラーム教徒に比べ昔から演芸業界で活発に活動していたユダヤ教徒やキリスト教徒を擁する地域だったこと、富裕層が子弟を留学させたりインターナショナルスクールに通わせたりで欧米化傾向が強いこと、伝統音楽も含め楽器演奏者の層が厚いこと…といった様々な要因が重なってエジプトでは腕の良いミュージシャンたちがかなり多いです。
自衛隊の音楽隊と違い、エジプト軍楽隊は軍人になりたくてわざわざ応募している志願兵の中から選ばれています。楽器演奏ができて普通にそれで生計を立てようとするプロミュージシャンとは違い軍人となることを敢えて選んだ人たちなので、エジプトが誇るエンタメ界に所属している演奏家たちとの間に技量の差が見られるのも仕方が無いことなのかもしれません。
日本はアラブ・イスラーム諸国に比べ子供がピアノを習っている率が今でも非常に高く、経済的に余裕のある家庭が多い時代が長く続いていました。そのためつい自国のレベルに照らし合わせて「なんて下手なんだ」となりやすいのだと思いますが、現地ではあくまで「高度な演奏を身に着けた軍人さんたち、我らがヒーロー」という扱いになっています。
そもそも、エジプト軍楽隊の演奏ぶりが有名なだけでアラブ諸国の軍楽隊はだいたい似たような感じです。海外から要人が来た時の演奏を見ると音程のずれ具合など似たりよったりなので、エジプトだけが際立って下手だとかそういうことではないように思います。
エジプト発のグレンダイザー主題歌映像は軍楽隊とは無関係のプロ演奏家集団によるもの
日本ではエジプトのテレビ局が放送した特番のグレンダイザー主題歌部分抜粋動画に関して「これはエジプト軍楽隊が演奏したもの。軍楽隊は本気を出せばこんなに上手いのに、プーチン大統領が来た時にはわざと下手な演奏をした。」とコメントが添えられていることがありますが、誤りです。
このグレンダイザー主題歌を演奏した生オーケストラは軍楽隊とは全く無関係で、エジプトの صَاحبَة السَّعَادَة [ ṣaḥbet ’es-sa‘āda(h) ] [ サフベット・エッ=サアーダ ] という番組が特番のために募集を行った民間のプロ演奏家たちです。往年のアニソン歌手ということでグレンダイザーや宝島の主題歌を担当したサーミー・クラーク氏もレバノンからわざわざ呼ばれて出演しました。
動画自体は أَبْطَال أَفْلَامِ الْكَرْتُونِ [ ’abṭālu ’aflāmi-l-kartūn ] [ アブタール・アフラーミ・ル=カルトゥーン ](アニメのヒーローたち) と銘打って各国からアニメ関係者を呼んだ2時間放送からの抜粋となっています。
司会はエジプト芸能界の大物 إِسْعَاد يُونِس [ ’is‘ād yūnis ] [ イスアード・ユーニス ] 女史で、画面に出てきてグレンダイザーの主題歌に合わせてガッツポーズをしたりしているのが彼女になります。
このアニメ特集回は準備にかかった年数が2年。往年の懐かし吹き替えアニメ関係者はイラク・シリア・レバノンといった戦乱に見舞われ地域の出身であることが多く元の居住国におらず移住している人も少なくありません。そのため出演交渉の連絡を取る手間もかなりかかったようです。
その間に指揮者らが編曲を行ってオーケストラ版の楽譜を用意し待機。スタジオにいる楽団はこの放送のためにオーディションをして集めたプロの演奏者たちだったとのこと。おそらくこうしたショーでの生演奏経験を多数積んでいた人々が応募したものと思われます。
そのため軍楽隊とは一切関係がありません。プーチン大統領訪問時の演奏と大違いなのもそのためです。