アラビア語の口語(アーンミーヤ)では文語(フスハー)とは異なる様々な単語が使われています。中にはフスハーに通じる痕跡が見られ、調べてみると文語由来で語尾部分が省略された物だとわかることもしばしばです。
こちらのページでは日常で良く使われるアーンミーヤ表現からいくつかピックアップしその由来について調べた内容をまとめてあります。
アイワ/イーワ(はい)
アラブ世界においてYesの意味で使われる أيوه [ アイワ ]。フスハーの نعم [ ナアム ] に似たような使い方をされているこの表現ですが、地域によって] إيوه [ イーワ/エーワ ] と発音が少し違ったり、إيوا と書かれたりでバリエーションが複数存在します。
語源に関する説明は何通りかありますが、ポピュラーなのはフスハーにおける肯定と宣誓を組み合わせた表現
إِي وَاللهِ
[ ’ī wallāhi ] [ イー・ワッラーヒ ](*ワッラーヒは重たくワッロァーヒのように発音)
神にかけてそうだ
の省略形だという説であるように感じます。
アーンミーヤでは基本的に元になったフスハーのフレーズが常用されているうちに省略されるため、アイワやイーワ/エーワも لَفْظُ الْجَلَالَةِ [ lafẓu-l-jalāla(h) ] [ ラフズ・ル=ジャラーラ ](=神 اَلله [ ’allāh ] [ アッラー ] を指すアラビア語における名称)部分が取れ、語末となった部分に هَاءُ السَّكْتِ [ hā’u-s-sakt ] [ ハーウ・ッ=サクト ](休止つまりその語末でつなげ読みを切るワクフをした時につく ه で、ター・マルブータがこれになることも)がついたのだろうとのこと。
口語でも「エー・ワッラ」といった肯定の返答がありますが、口語でもそちらは「イー・ワッラーヒ」の発音が口語風になっただけの、省略が無いロングバージョンといった感じかと思います。
ちなみにエジプト方言における「アイワ」についてはコプト語が由来だとする説明とトルコ語のevetが語源だとする説明などが混在しています。語源についてはネット検索だけではなく時として専門家の論文や著書でもしっかり確認する必要があるようです。
マアレシュ、マアレーシュ(気にしなさんな、すみません)
地方によってつづりや発音は変わりますが、معلش [ マアレシュ ] や معليش [ マアレーシュ ] などと書く謝罪表現です。意味は「すみません」ですが、あまりに多用されるため日本では「アラブのIBM」のM部分として悪名高いフレーズともなっています。
元は裁定者・裁判官が口にした
مَا عَلَيْهِ شَيْءٌ
[ mā ‘alayhi/‘alaihi shay(un)/shai(un)] [ マー・アライヒ・シャイ(ウン) ]
彼が負うべき物は何も無い、彼に咎は無い
という文言だとか。
ジャーヒリーヤ時代まで遡る古い表現なので元の意味や用法がすっかり忘れ去られた状態で、由来など特に意識せずに「ごめん」「ちょっとすみません」といった色々な文脈で多用されるに至っています。
ちなみにこの「マアレシュ」「マアレーシュ」は日本で「気にしなさんな」(英語:Don’t worry about it./It’s nothing.)という意味でのみ紹介されるも多いようですが、アラビア語口語では「すみません」(Sorry./Excuse me.)と謝る時や「ちょっとすみませんが」(Sorry, but)と会話を切り出す時など利用の幅が広いのでケースバイケースで解釈する必要があるかもしれません。
クワイイス、クワイエス(良い)
エジプト方言で多用される كُوَيِّس [クワイイス/クワイエス ]。英語のgoodやwell同様に「良い」「良く」といった意味で色々なシーンで聞くこの単語。アラビア半島も含め結構な広範囲で使われるのでフスハーが語源だろうと思い調べてみました。
語源はフスハーの كَيِِّسٌ [ kayyis/kaiis ] [ カイイス ](賢い、聡い)という人柄を表現する言葉で、この縮小形が少しだけ変形したものが元になっているというのが定説だとのこと。
参考になるサイト
- شبكة الفصيح لعلوم اللغة العربية
『الموضوع: كلمة (كويس) ؟』
アラビア語学専門のウェブフォーラムにおけるクワイイスに関する質問スレッドです。
アーイズ、アーウィズ(~が欲しい、~したい)
エジプト方言で「~が欲しい」「~がしたい」「~が必要だ」といった意味で頻繁に用いられる عايز [ アーイズ ] や عاوز [ アーウィズ ]。
これらはフスハーに存在する他動詞 عَازَ [ ‘āza ] [ アーザ ](彼は~を失くした、彼は~が必要だ) や自動詞 عَوِزَ [ ‘awiza ] [ アウィザ ](貧しくなる、物事が困難になる・より困窮状態になる)に由来。
フスハーでは第2語根に弱文字が来るので能動分詞はハムザがついた عَائِزٌ [ ‘ā’iz ] [ アーイズ ] になるのですが、口語ではハムザが取れて台になっていた弱文字 ي に置き換わった عايز に。さらに ي ではなく و となった عاوز という語形も使われているという感じのようです。
「~が無い」→「~が必要だ」→「~が欲しい」「~したい」という具合に意味が変化したと言えます。エジプト方言におけるアーイズ/アーウィズを使った「この車は修理が必要が」といった表現はフスハーの元々の意味合いとほぼ同じかと思います。
なおアーウィズ/アーイズはエジプトでしか使わないかというとそうでもないらしく、シリア・レバノン方言でも聞かれる場合があるとのこと。アーンミーヤ辞書に「シリアよりパレスチナの方がおそらく使用頻度は高いだろう」というようなことも書いてありました。
参考になるサイト
- منتدى مجمع اللغة العربية على الشبكة العالمية
『أصل قول العامة: عَاوِز، وعَايز』
アラビア語学専門組織のオンラインフォーラムにおける口語表現アーウィズ/アーイズの語源に関する質問スレッドです。
アビート(阿呆、愚か者)
エジプト方言でよく使われる عَبِيط [ アビート ]。語源は古代エジプト語の複合語で意味は「ロバのような人、ロバ野郎」つまりは愚か者ということなのだとか。
アラビア語の حمار [ヒマール、エジプトの口語発音ではホマール ] も同じく阿呆、愚か者を指しますが、古代エジプト語発祥のアビートも併用されているといった形のようです。
ちなみに عباطة/عباطه [ アバータ ] 「阿呆ぶり、ばかげたこと」という意味になり、ايه العباطه دى؟ [ エ・ル=アバータ・ディ? ](なんだこの阿呆ぶりは?、なんてアホくさいんだ!)のような表現で使われているのを聞いたことがあります😅