アラビア半島の口語詩شَيْلَة(シャイラ)

シャイラとは

シャイラの定義と用途

شَيْلَة
[ shayla(h) / shaila(h) ] [ シャイラ ]

はサウジアラビアやアラビア半島の湾岸諸国、イエメンで継承されてきた伝統的な口語詩のジャンルで、元々は楽器の伴奏無しにメロディーをつけて朗唱するスタイルだったそうです。語源に関しては、動詞 شَال [ shāla ] [ シャーラ ](持ち上げる)の動名詞) だと考えられているのだとか。

このシャイラは部族をほめたたえる詩として広く使われているので、YouTube動画の場合は شيلة قبيلة ـــ [ シャイラ・カビーラ・~ ](~族のシャイラ)という検索ワードで探すと様々な部族のものがヒットします。国や国家元首を称賛しているシャイラの場合は部族部分を国名に変えると上手く検索できます。

サウジアラビアのような部族社会では客人の歓迎や部族の行事にこうした詩の朗唱が伴うことも多いそうで、部族名を入れて検索すると部族ごとに数多くのシャイラ動画が公開され、他部族を歓迎する様子を撮影したビデオにおいても歓待の意を示すシャイラが高らかに朗唱されている光景が写っていたりします。

部族自慢系シャイラの題材

サウジアラビアの部族自慢系シャイラには歌詞がついているものがあり、方言があまり分からなくてもその意味を拾うことができます。それらを見た限りでは

  • 部族の祖先は有名であり非常に由緒正しい血筋である
  • ジャーヒリーヤ時代から名を馳せていた
  • イスラーム初期からムスリムに改宗し預言者ムハンマドの教友(サハーバ)として共同体に加わった
  • イスラームの軍勢に加わり対外遠征に貢献した
  • 誇り高く、危険を恐れない勇猛な男たちである
  • 切れ味鋭い剣は敵を切り裂き、血しぶきを上げる
  • 敵は勇敢な我々に恐れをなし逃げまどう
  • 敵を一網打尽にしその亡き骸は積み上がるほどである
  • その名声はヒマラヤや宇宙よりも高いぐらいの次元に到達する

といった歌詞が多いように感じました。

またかつては覇権を争っていた部族同士の和解を演出したコラボソング、対立する集団同士での歌の応酬におけるアンサーソング(自分の悪口を言ったラッパーに対してアンサーソングを送りつける形でリリースする欧米の音楽業界に通じるものがあるかもしれません)なども見かけることがあります。

伴奏楽器に関する議論

シャイラには近年打楽器の伴奏がつくようになりそのような物が若者たちの間でも流行しているとのこと。

しかしイスラームでは、詩の朗誦に人によるメロディー的な調子をつけるのは許されても娯楽的な歌唱として楽器演奏をつけるのは禁止されているため、サウジアラビア国内では「シャイラは人の声だけで行わない限り禁止とする」という法的見解を出している法学者もいるそうです。

人気動画と口語詩シャイラの組み合わせ

アラビア半島発の動画は部族や祖国を称賛するもの、騎乗などの伝統的な技術を自慢するものが多いです。それらとたいていセットになっているのが上で紹介した口語詩 شَيْلَة [ shayla(h) / shaila(h) ] [ シャイラ ] です。

騎乗技術自慢動画の例

例えばアクロバティックな騎乗技術を披露する部族出身青年たちによる人気動画でも、所属する部族を称賛する口語の詩にメロディーをつけたものがBGMとして使われています。

乗り手は دَوَّاس البرَاهِيم التَّمِيمِيّ [ dawwās ’al-brahīm at-tamīmī(y) ] [ ダウワース・アル=ブラーヒーム・アッ=タミーミー ] 氏。古くから続く部族であるタミーム族の青年だそうです。
*ダウワースは戦闘相手を踏み倒して回る勇敢なる者といった意味の男性名。アル=ブラヒームはイブラーヒームの口語発音ブラヒームに定冠詞アルをつけた家名だと思います。

鞍無しで疾走する愛馬の上に立って挨拶、地面にある赤いパネルを武具で突き刺してゲット、立ち乗りのまま敬礼、馬上で片足立ち、頭絡を外して投げ捨てたてがみだけつかんで騎乗といった技能を披露しています。

部族の詩人とシャイラの歌手

上の動画の題名には『詩人の سَامِي الْعَرْفَج [ sāmī ’al-‘arfaj ] [ サーミー・アル=アルファジュ ] とフォロワーの皆さんにささげます』という一文が含まれているのですが、サーミー氏は同じタミーム族の詩人で動画のBGMの歌詞になっている詩を作った青年のことを指しています。

こちらがBGMの音楽です。歌詞で検索したら見つかりました。歌詞は動画のYouTubeページに行くと閲覧可能です。

歌の題名は『بني تميم 506』で、بَنِي تَمِيم [ banī tamīm ] [ バニー・タミーム ](Bani Tamim、タミーム族)をほめたたえる部族ソングとなっています。506は下でも紹介していますがバニー・タミームの部族番号です。

詩人のサーミー氏は手前。マイクを持っている奥の青年が歌い手の فَهْد بِنْ فَصْلَا [ fahd bin faṣlā ] [ ファハド・ビン・ファスラー ](Fahd Bin Fasla) 氏です。ファハド氏は売れっ子歌い手らしく、自分の出身部族であるカフターン系ハージル族以外のシャイラ詩の歌唱を請け負っています。

シャイラ動画に登場するサウジ部族社会のシンボル

部族の紋章と部族旗

こちらもタミーム族をたたえるシャイラです。

剣を交えたマークは部族の紋章ー شِعَار [ shi‘ār ] [ シアール ](標語;紋章) ーで、アラビア文字にて「بني تميم」(バニー・タミーム)と書かれています。この紋章は公式なものらしくあちこちで使われているのを見かけます。旗は元々戦闘時に部族の成員が掲げていたものに由来するようですが、現代では祝典や行事の際に掲げられるのだとか。

タミーム族の紋章には何通りかあるそうですが、ベースは交差した剣2本の交差部分に立てた槍が重なっている形です。そこにワシー عُقَاب [ ‘uqāb ] [ ウカーブ ] ーが追加されることもあるとのこと。

ワシはタミーム族がジャーヒリーヤ時代から戦争時に使っていた鳥で、彼らの力を示すシンボルだそうです。ワシを1羽だけあしらう場合は交差した剣の1本ずつに脚を乗せる形で上に立つ構図。馬とワシをあしらう場合は左側に馬で右側にワシ。

全部が配置された部族旗もあって、槍と剣は戦争、ワシは権力、馬はタミーム族の血統の良さ・純血を表すとか。

アラブ人名辞典の「ジャアファル」欄にも書きましたが、アラブにとって自分の軍勢の旗を死守するのは非常に大事なことらしく、旗を落とす=自分たちが負けるという意味合いがあるようです。歴史上の人物であるジャアファル・イブン・アビー ・ターリブ(第4代正統カリフ アリーの兄で預言者ムハンマドの従兄弟)は両腕を斬り落とされてもなお軍旗を手放さず、天に召される際にアッラーから腕の代わりとなる翼を授かったとされています。

サウジアラビアの部族ナンバー

シャイラの動画に写っていた4WDタイプ レクサスのナンバープレートをよく見ると「506」と書いてあります。紋章にも506と書き込まれています。

この506というのはサウジアラビア王国で各部族の情報を管理するためにランダムでバニー・タミームに割り当てられた番号なのだとか。

こちらがサウジアラビアの部族の番号を集めた動画です。ガーミド707、カフターン505、スバイウ503、ハルブF-15、アニザB-52、ムタイル305、ジュハイナ518、シャンマルF-16、ザハラーン(ザフラーン)702、などなど。

サウジでは部族の成員が自分のところの番号と同じナンバーを車につけるのを好むそうで、ネットでは部族ナンバーがついている自動車ナンバープレートが売買取引されています。

タアシール

足元に発砲する伝統芸能タアシール

تَعْشِير [ ta‘shīr ] [ タアシール ] というのはサウジアラビア西部ヒジャーズ地方周辺の諸部族に見られる伝統芸能なのだそうです。元々は部族の勇猛さと誇りをアピールし、戦闘での士気を上げ、勝利を祝う喜びを表現し、敵対する部族には自分たちの勇気と力量を見せつける意味合いがあったのだとか。

代々引き継がれて伝わっているもので、現在でも客人を迎える際の式典やイベントで行われているとのこと。銃を片手に持ち跳躍の際に地面に向けて発砲するのが特徴となっています。そのため英語のサイトでは「Ta‘sheer」以外に「Fire Dance」(ファイアー・ダンス)と書かれていることがあります。

タアシールに関しては、詩歌の朗唱や騎馬技術のデモンストレーションがあわせて行われたりもするとタアシール関連動画内で説明が流れていました。

アール・ハサン族の若者がタアシールと騎馬デモンストレーションを行っている様子です。

アラブ馬めぐり~サウジアラビア』に部族紹介ビデオが置いてありますが、آل حَسَن [ ’āl ḥasan ] [ アール・ハサン ](ハサン家、ハサンファミリー)は ターイフの南東部で暮らしている بَنو سُفْيَان [ banū sufyān ] [ バヌー・スフヤーン ](スフヤーン族)の分家、آل سَاعِد [ ’āl sā‘id ] [ アール・サーイド ] がさらに枝分かれしてできたファミリーだとのこと。ヒジャーズ地方でも特に標高が高い山のある地域に住まう誇り高き部族、という風に動画では自己紹介しています。

冒頭で歌詞がテロップで出てくるのでサウジアラビア方言ながらなんとなく意味はわかる感じです。我々の意志は鋼鉄よりも硬く、我々の名声はヒマラヤよりも大きく、敵の心には恐怖を植えつける…といった内容のようです。

アール・ハサンのYouTubeチャンネルのタイトル画像に

للعدو سم وأما الضيف فنجان دله
「敵には毒を。客人にはポットから一杯(のコーヒーでもてなしを)。」
*口語なので دَلَّة の語末に点々がつかない دله になっています。

と書かれているので、アラブの美徳である寛大さを実践しつつも勇猛かつ敵には決して容赦しないことを誇りにしている部族であることが伝わってきます。

タアシールに使う銃の制作風景

スフヤーン族の男性がプロデュースした英語によるタアシール紹介動画です。部族の男性がライフルを作っている光景を見ることができます。

途中で長髪の男性たちが出てくるシーンに切り替わりますが、そちらは過去の回想になります。昔のアラビア半島には長髪の男性も多く、それを再現したものとなっています。

部族・国・ジャンルごとに見るシャイラ動画

フザイル族

هُذَيْل [ hudhayl / hudhail ] [ フザイル ] はヒジャーズ地方のマッカ(メッカ)近辺に大昔から住んでいた部族で、イスラーム黎明期にはクライシュ族の隣接地域に居住。

そのこともあり彼らの話していたアラビア語はクルアーンの言語でもある標準アラビア語(フスハー)に近く、أَفْصَح قَبَائِل الْعَرَبِ [ ’afṣaḥ(u) qabā’ili-l-‘arab ] [ アフサフ・カバーイリ・ル=アラブ ](アラブで最もアラビア語が清純な部族、アラブで最もフスハーに近いアラビア語を話す部族)と呼ばれてきました。

彼らの別名は他にもあって「ヒジャーズの盾(درع الحجاز)」、「弾薬の軍勢(عسكر البارود)」など。

部族番号は515。フザイル族関連の動画では車に「هذيل 515」(フザイル 515)というステッカーが貼ってあるのを見かけることがあります。

作詞、歌唱、ビデオ作成全てフザイルのメンバーが担当したビデオです。

このシャイラ動画でのアピールポイントは、危険を恐れない勇敢さ、イスラーム初期から預言者ムハンマドの教友(サハーバ)として共同体に参加し対外遠征に貢献したこと、戦闘において数々の戦績を残してきたこと、その名声は宇宙にまで上りつめるほどであること、数々の美点・属性を備えている点、敵の大群を蹴散らし剣をふるってきたこと、彼らのアラビア語が流麗で言語・文学の面でも有名だったことなどなど…

イエメン

長い歴史を誇るイエメン

一方太古の昔から続く歴史を誇るイエメンだと、古代王国やアラブ人の原点であることを誇るMVが目立つようです。この動画『我々は虎であり獅子である』(*نمارهは豹もしくは虎ですが、MVで虎が出てくるのでそちらで訳してあります)でもそのような内容を歌っています。

このシャイラ動画でのアピールポイントは大昔からイエメンの名は轟いていたこと、イエメン人は虎や獅子のよう(に誇り高く勇敢である)こと、イエメン人は由緒正しく古から続く民族であること、イエメンの家屋が昔ながらの造りをしている(美麗な建造物である)こと、イエメンはアラブのゆりかご(ルーツ)であることなどなど…

あとはところどころで「イエメンの男たち万歳」「さあ共にイエメン万歳と言おうではないか」といったフレーズが入っています。最後の方ではイエメンを駄目にしちゃいけない、力を合わせてイエメンを再興しよう的な呼びかけがなされているようでした。

ヒムヤル王国の遺産自慢

こちらは『ヒムヤルの剣』というシャイラの動画です。ヒムヤル王国という歴史的な遺産と自分たちがアラブのルーツであるという誇りがテーマになっています。アラビア語による題名の下にヒムヤル語の文字が添えてあるようです。

冒頭ではイスラーム最初のキスワをカアバ神殿に捧げたのがイエメンだったこと、イエメン人信徒らが預言者ムハンマドを助け初期のイスラーム共同体を支えたことに触れています。

伴奏が始まった後はイエメン人の勇敢さ、イエメンはアラブのルーツであること、高くそびえる山々のごとくイエメン人は他者の追随を許さない存在であったこと、アンダルシアのアラブ人もイエメン系だったことなどを歌っている模様です。(イエメン方言なので一部のみしか理解できずすみません。)

*アル=アンダルスのアラブ人にイエメン系が含まれていた話の関連になりますが、イエメン人はエジプト首都カイロの元になったフスタートの建設にも関わっており首都カイロ方言の ج [ j →g ] 発音も彼らが持ち込んだのだとか。

自動車の特定製品を称賛

アラビア半島で大人気の اَللّكزس [ アッ=レグザス ](レクサス)4WDタイプを称賛するシャイラ動画も複数アップされています。

ニスバ الشيبانيّ [ ’ash-shaybānī(y)/shaibānī(y) ] [ アッ=シャイバーニー ] から分かる通り、こちらの動画は作詞も歌唱もバヌー・シャイバーン(シャイバーン族)の成員によるものです。

レクサスのシャイラ動画には製品を区別するため型番や発売年が入っていることが多く、どのモデルを褒めているのかアラビア語がわからなくても判別しやすいです。

こちらはベンツのG63という4WD車のシャイラで、サウジ シャイラ界のスター فَهْد بِنْ فَصْلَا [ fahd bin faṣlā ] [ ファハド・ビン・ファスラー ](Fahd Bin Fasla) 氏が歌い手を担当しています。

こちらはレクサスのシャイラで、同じくファハド・ビン・ファスラー氏が歌ったものをBGMにしています。アラビア半島のシャバーブ(若者、青年)が好きな公道での爆走(暴走、危険運転とも言うのですが…)シーンとの組み合わせになっています😅