一人称単数の人称代名詞「أَنَا」の発音はアナー?それともアナ?

学習書・文法書によって分かれる「أَنَا」の発音

アナとアナーのどちらか一つが正しいのか?

アラビア語一人称単数の أَنَا。竹田敏之先生のニューエクスプレス(プラス)やとことんトレーニング、池田修先生のアラビア語入門では [ ’ana ] [ アナ ] と読むように書かれています。

しかし日本では [ ’anā ] [ アナー ] という読みガナがついている学習書が多く、アナーとアナの2つが混在している状況です。

テレビのニュース放送を聴いてもアナーと伸ばして読んでいるように聞こえることが多く感じられたりアナーとアナをしっかり使い分けているかどうかがいまいち聞き取れなかったりして、「アナとアナー、一体どちらなのだろうか?」と疑問に思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

基本ルール

一人称単数の人称代名詞 أَنَا の発音はおおざっぱに言うと、アリフの元々の発音ルールはこんな感じになっています。

  • 単語集に出したり1語だけ単独で読んだりする場合(休止=ワクフ)
    أَنَا [ ’anā ] [ アナー ](長母音アリフを読む)
  • أَنَا が文末にあったり直後に息継ぎをしたりしてアリフの後に一旦音読が途切れる(休止=ワクフ)
    أَنَا [ ’anā ] [ アナー ](長母音アリフを読む)
  • أَنَا が文中にあり息継ぎ無しで前後の単語とつなげて一気に読む(接続=ワスル)
    أَنَا [ ’an ] [ アナ ](長母音アリフを読まない)

以下で具体的なソースを挙げていきたいと思います。

日本や欧米で発売されている学習書や文法書における記述

アナとアナーの両方に言及しているものをピックアップしてみました。

日本の書籍

W・ライト 著、後藤 三男 訳
『アラビア語文典』
ごとう書房 刊
上巻 p.81

超有名なライト(William Wright)文法書『A Grammar of the Arabic Language』の日本語訳であるアラビア語文典における記述に補足をすると、以下の通りとなります。

  • 古い詩人たちは休止の場合を除いては أَنَا のアリフを発音せず نَا 部分を [ nā ] [ ナー ] ではなく [ na ] [ ナ ] と短く発音する(子音+母音)ものとして扱っていた。
  • ただし古詩では(詩行の途中といった)休止以外の場所でも長母音 ā と発音し أَنَا [ ’anā ] [ アナー ] と扱う例も見られる。
  • 休止(=ワクフ)の場合は長音(子音+母音+子音/子音+長母音)として扱い、أَنَا [ ’anā ] [ アナー ] もしくは أَنَهْ [ ’anah ] [ アナフ ] という2つの表記があった。
  • 元々は不変化詞 أَنْ أَنَّ إِنْ إِنَّ(*ジャーヒリーヤ時代は ان の2文字目である ن の小さな点も無かったつづりで発音記号も無かったのでこれら4つは全部同じつづりだった)などと区別するための長母音アリフだったと考えられる。
  • 間投詞などを組み合わせるとこのアリフが欠落し هٰأَنَذَا もしくは هَآءَنَذَا(*アリフの上のマッダ記号や語中ハムザが単独形になっているのは古いアラビア語での表記)[ hā’anadhā / hā-’ana-dhā ] [ ハーアナザー ](ほら私はこうしてここに)のような形で現れる。

アラビア語書籍における記述

アラビア語辞典

アラ-アラ辞書だと أَنَا の発音をどうするかまでを書いたものは多くないようですが、اَللُّغَةُ الْعَرَبِيَّةُ الْمُعَاصِرَةُ [ ’al-lughatu-l-‘arabīyatu-l-mu‘āṣira(h) ] [ アッ=ルガトゥ・ル=アラビーヤトゥ・ル=ムアースィラ ] 辞典あたりだと

ضَمِيرُ رَفْعٍ مُنْفَصِلٌ مَبْنِيٌّ عَلَى السُّكُونِ لِلْمُتَكَلِّمِ أَوِ الْمُتَكَلِّمَةِ، أَلِفُهُ الْأَخِيرَةُ تُكْتَبُ وَلَا تُلْفَظُ إِلَّا فِي الْوَقْفِ أَوْ ضَرُورَةِ الشِّعْرِ

とあり、最後のアリフは書かれるが発音されず [ ’ana ] [ アナ ] となること、しかしワクフ(休止)時と詩の韻律上必要だとみなされるシーンでは長母音として発音し [ ’anā ] [ アナー ] となることが解説されています。

アラブ人向けの文法書

النحو الوافى

عباس حسن 著
النحو الوافى
دار المعارف 刊
第1巻 p.217

エジプトの文法学専門家 عَبَّاس حَسَن [ ‘abbās ḥasan ] [ アッバース・ハサン ] 先生の著書『اَلنَّحْوُ الْوَافِى』[ ’an-naḥwu-l-wāfī ] [ アン=ナフウ・ル=ワーフィー ](*エジプト出版書籍なので語末の ي には点がついていません)には7行程度ですが言及があります。

  • アラブの諸部族は大半が休止(ワクフ)の時は長母音アリフを発音し、そうでない(ワスル)時は読まなかった。
  • 休止形かどうかに関係なく常に長母音アリフを発音しアナーと読んでいた派の部族は少なかった。
  • أَنَا を3語根の語と見るか2語根と見るかについては文法学的な意見の相違がある。

部族方言と古い時代のアラビア語に関する専門書

アラビア語一人称単数 أَنَا の発音はセム系言語における人称代名詞やジャーヒリーヤ時代の各部族方言における語形などがからんでいる問題で、Googleの書籍検索によると古いアラビア語に関する著作が複数ある خَلِيل يَحْيَى نَامي(ハリール・ヤフヤー・ナーミー)氏の دِرَاسَاتٌ فِي اللُّغَةِ الْعَرَبِيَّةِ という本で論じられている模様。しかし残念ながら絶版で通販でも買えないようでした。

ウェブフォーラムでの議論

アラビア語Webフォーラム الفصيح

アラビア語学専門フォーラム اَلْفَصِيح [ ’al-faṣīḥ ] [ アル=ファスィーフ ] のスレッド『 كلمة (أنا) قراءةً وشِعرًا 』ではこのアナ(ー)という語の読まれ方や詩における発音について議論がされています。

  • أَنَا の直後で休止するワクフの時は長母音アリフを発音することが広く行われていたが、タイイ族はアリフに代えてハーを用い أَنَهْ [ ’anah ] [ アナ ] と発音していた。
  • 休止(ワクフ)ではなく息継ぎ無しのつなげ読みするワスルの時では
    1)直後に無母音の子音が続く場合は子音衝突回避のためアナとなる。
    2)直後に母音のついた子音が続く場合は部族によって2通りの発音をしていて、大多数はアリフを読まずアナと発音していた。しかし少数ながらアナーと発音しているアラブ人らもいた。
  • 文法学のバスラ学派は أَنَا の本体は أن の2文字で最後のアリフはワクフの際にヌーンについた母音を明らかにするために添加された余剰の文字だと主張。
  • 一方クーファ学派は أَنَا の3文字がこの人称代名詞の元々の文字でありアリフは余剰の文字ではないとし、アリフを省略して読むのは発音上の都合によるものだと主張。

そしてクルアーン朗誦におけるルールに関しては以下のようになっていることを紹介しています。

  • いずれの朗誦法でもワクフの際にはアナーと長母音アリフを発音する。
  • ワスルの際には2通り。
    1)直後に無母音の子音が来る場合は長母音アリフは発音せずアナとする。
    2)直後に母音を伴う子音が来る場合、それがハムザ以外ならアナと発音。ハムザ+母音 i の時はアナと発音するのが主流。ハムザ+母音 a・u の時は長母音アリフを読んでアナーとする朗誦法がある。

さらに詩について。

  • 2つある半詩行の最後に أَنَا が来る場合は長母音アリフを読みアナーと発音する。
  • 詩行の途中に来る場合
    1)直後に無母音の子音が来る場合は長母音アリフは発音せずアナとする。
    2)直後に母音を伴う子音が来る場合は長母音アリフを読む/読まないはそこの部分が定型詩としての韻律に合っているかどうかに左右される。そのためアナとアナーが混在。

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