★★★☆☆
アラブ式文法・語形論に基づいて初級〜中級相当文法事項を説明した本
入門とは言い難いレベルの内容で、初学者が完走するのは極めて難しい
著者:四戸 潤弥
出版社:東洋書店
著者の先生について
前書き等によると四戸先生は元々早稲田大学ご卒業。イスラームに関心を持たれ、カタール国立大学イスラーム学部入学が決まってから初めて本格的にアラビア語を学ばれたとか。現地の学部で受けるアラブ式文法学で鍛えられたという経歴もあってか、こちらの本もアラブの文法書に書かれているような内容が多分に盛り込まれています。
本の概要
●東洋書店というかつて理工・医薬・語学・人文書を手掛けていた出版社から1996年に出版されたアラビア語文法書です。倒産してしまったそうで、今はもう中古でしか買えないものと思います。
●筆者の先生が元々アラビア語を分かりやすく超噛み砕いて教えられるタイプではいらっしゃらないようで、解説を読んで全部すんなり理解できる方はそう多くないかもしれません。
上巻
●序盤の文字紹介はかなり手短です。発音の説明は1文字あたり1~2行程度。具体的な調音方法が書いていないためこの本だけでは正確な発音を身につけるのは難しいかもしれません。
●入門講座とありますが、普通の初級学習書には出て来ない誓願文や動詞に ن をつける強調形が掲載されていたり、動詞派生形11〜13がちょこっと登場していたり、四語根動詞の各種派生形が紹介されていたりと、内容的には中級レベルに分類される学習書だと思います。
●数詞については新妻先生の『アラビア語文法ハンドブック』よりも細かく説明されているように思います。男性形と女性形をあべこべに組み合わせる話、数えられる名詞が対格になる تَمْيِيز [ tamyīz ] [ タムイーズ ] 、序数など24ページほどが数詞関連に割かれています。初見で読むとアラビア語における数の文法が嫌いになりそうな細かい説明ですが、日本語でそういうのが読みたかったという人には有用な内容だと言えるかもしれません。
下巻
●上巻が一般的な初級文法学習書の発展程度に留まっているのに対し、下巻の方は中級相当の細かい話がメインです。日常的に使われている事項の習得から離れた古典文法寄りの例文が多いので、ニュースを読むとか会話力向上の足しにするといった実践的な語学知識を身に付けたい方が求めている物とは違っているかもしれません。
●下巻は名詞文・動詞文の詳しい解説と主語の種類、動詞文における目的語、同族目的語、様態を示す様々な表現、例外表現、疑問文、感嘆文、誓約、比較、強調、分詞、間投詞、إِنَّ や أَنَّ、否定詞、関係詞、色々な動詞と能動態・受動態、等を扱っています。詳しい解説と細かい項目列挙が続くので、初学者かつ独習の方が全部を読了するのはかなりしんどいものと思います。
●単語の意味については下巻の最初の頃は簡単に添えられています。しかし名詞の元の単数形も併記されていませんし例文中の構文解説も特に無しということで、初級学習者が使う場合には辞書を何度もひくことになる可能性が高いです。
読みガナと表記
上巻
●読み方はローマ字転写の発音記号ではなくカタカナのふりガナです。語末母音を省略するワクフ وَقْف 読みの説明を上巻冒頭で行なっているため、文法説明上必要な場合以外は全体を通してワクフ読みに基づいた物でほぼ統一。つなげ読みでなく息継ぎする箇所の母音・タンウィーン・ターマルブータの読み仮名は省かれています。対象となる学習者の層を考えれば、アルファベットの発音記号にしワクフ読みで省く箇所を()で閉じるパターンの方が音の変化や省略を視覚面で確認でき良かったと感じました。
●フォントが昔「日本語のパソコンでアラビア語を入力するならMac一択」と言われていた頃を彷彿とさせるのですが、当時はたしかアッラー الله と入力しても自動では短剣アリフが出てこなかったように記憶しています。誤植とはまた違うのですがこの本では الله の短剣アリフの部分にはただのファトハだけが乗っています。事情を知らない方は「基本中の基本な有名単語なのに母音記号がおかしいなんて」と不審に思われるかもしれません。
●書かなくても分かるだろうから、ということなのか母音記号が語末だけ書かれず省かれている部分もいくつかありました。これも誤植ではないのですが、省くor省かないの統一性があまり見られないということで全部に正確な母音記号がきっちり振られているのを希望されている方はかなり気になる可能性があります。上巻の後半になるとその度合いが強くなり、母音記号がかなり省略されてきます。
下巻
●読み方は引き続きローマ字転写の発音記号ではなくカタカナのふりガナです。下巻では章冒頭の文のみ読みガナと日本語訳ありで、文法解説箇所や他の例文にはついていません。
●場所によっては例えば派生形第8形動名詞の語頭アリフがハムザトルワスルになっておらず
・アラビア語文:في الإختلاط
・読みガナ:フィル イフティラーティ
となっていたりするのですが、本来なら
・アラビア語文:في الاختلاط
・読みガナ:フィリフティラーティ
が正確な発音なので、そういう部分は自分で確認して後から全部修正する必要があるかと思います。
誤字脱字
上巻
自分が買ったのは第2刷で、他の方がレビューで指摘されていた誤字はさほど多くなく ثاني が ساني になっているといったタイプミスが少しあるのみでした。中古を買う時は初版でないことを確認した方が良いかもしれません。
下巻
下巻に関して問題だと感じたのはアラビア語部分の誤字脱字の多さです。上巻のレビューで誤字脱字が多過ぎると書いていた方がいらっしゃいましたがその通りでした。
上巻は誤字脱字の少ない第2刷だったので実感することは無かったのですが、購入した下巻は初版でタイプミスが多いと感じました。もしかしたら先生ご本人が作成された原稿を、他の人の校正を入れないまま出版されたのかもしれません。
誤字脱字としては母音記号のつけ違い、كِلَيْهِمَا とすべきところが كِلَيْهُمَا となっているといった発音上の変化に関する表記違い、シャッダのつけ忘れ、クルアーン的表記とは違った範囲内での長母音を表すو や ا の打ち忘れなどが挙げられます。
あと気になったのが、動詞派生形動名詞の語頭アリフにハムザが付いていたり付いていなかったりで統一性が無い、長母音 [ ī ] を ي で統一している中で時折エジプト式と同じ ى が混じっている、スペース無しで続ける部分1文字だけの前置詞の後にスペースが空いている、スペースを空けなければいけない部分スペース無しでくっついている、単語の途中で改行が入っている、といった点でした。
感想
初めて独習する人が文法を最後までやり遂げるとか、会話スキットや例文を通じて色々学ぶといった楽しく読了するための本とはかなり違います。
アラブ圏に将来留学する方、アラブ式アラビア語文法を学ぶ予定の学生さん、日本でアラビア語オンリーの授業を受ける人にはおすすめですが、アラビア語をゼロからスタートする場合はまず本田孝一先生の入門書等を買われるべきかと思います。
分かりやすさや定着度が段違いですし、CDとかもついているので。初期はもう少し無難でオーソドックスな学習書を選ぶのがおすすめです。
自分はアラビア語の復習を始めた際の数冊目にこれを読み直しました。
上巻前半の例文は平易かつシンプルで、挨拶に含まれる語の単数と複数を使い分けると丁寧度が変わるとか、言い方が何通りあるとか、男女別でこうなる、とかで似たような文を数パターンを列記した部分とかが多いので暗記量・負担は少なめです。文法の解説部分と短い例文がメインで語彙力はそこまで要求しない構成なので、アラビア語文法が好きな方/好きだった方なら読了自体はしやすいと思います。
文法や簡単な会話を一通り習得した人が
- つづる際に後続文字とくっつけて書くアルファベットとそうでないアルファベットとの違いとその理由
- タンウィーンの ن の意味や役割
- 複数を表す人称の و の解釈や完了形動詞の三人称男性複数語末につけ足される ا の役割
- كَتَبْتُنَّ の تنّ は男性二人称複数の تُمْ に複数の نَ が付いた上に音が変化した物だ
といった入門書に出て来る事項の細かい説明を読んで理解を深めるため、副読本的に利用すると効果が増す本だと感じました。
他の文法書ではあまり取り上げられていない項目が載っているという点では良いと思うのですが、初版での入力間違いがこれだけ多いと訂正する手間も大きいですし、読んでいて気付かない段階にある学習者さんが鵜呑みにして覚えてしまう可能性があるので★3つとしました。
(2022年1月修正・上下巻ページを統合)
上巻
現代アラビア語入門講座〈上〉 著者:四戸 潤弥 出版社:東洋書店 |
下巻
現代アラビア語入門講座〈下〉 著者:四戸 潤弥 出版社:東洋書店 |